猿王ゴクウ   作:雪月

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第五十六回 魚のしるしとコックのあかし

 

 

 

 

 

 

「女の子を泣かせたそうだな」

 

 

 

 俺の前には腕を組んだゼフが仁王立ちしている。

 

「責任はきちんと取れ」

 

 投げ落とされる声は厳かだ。

 

 なんの責任かって?

 

 ナミとサンジがいなくなったらしい。

 

 

 

 

 

 

 話を戻そう。

 

 あの後俺はレストランから蹴り出されてこれ幸いと、バナナを握りしめたまま逃げ出した。

 

 泣いている少女のことはサンジに任せて、ウサギ狩り参加希望を申し出るため深海魚組を探す。

 

「お客さん。そちらはご遠慮願います」

 

「スタッフオンリーってやつで」

 

 厨房を覗こうとしたら、声をかけてきたのがドンピシャに三色の魚たちだった。

 

 船の一番下、魚の口に当たるところに端艇の発着所があるというから、船内を見学しつつ案内してもらう。

 

 

 

「どうよあれから」

 

 

 

 というかなにそれ。

 

 腕が悪いと叱られながらコックやってますよと楽しそうな表情で返事があるのはいいことだが、その顔の右半分にはギョロリとした出目金の入れ墨が、でかでかと泳いでいた。

 

「誤魔化すにしたってもっとマシな方法があっただろ?」

 

「俺らのこれは海のコックのあかしっすよ」

 

 今度は反対側を歩くピンク色から面映ゆそうに言葉が返る。

 

 当初の予定では、商人のツテで腕のいい外科医にすっかり消してもらうつもりだったらしい。

 

 しかし、それよりも早く見習い仲間が馴染みのイレズミ屋に深海魚たちを連れていき、止める間もなくまずは自分の腕に入れ墨を彫らせてしまった。

 

 彼らは2人並んでそれぞれ左右の上腕に力こぶを作りながら「どうよこれが海のコックのあかし」と自慢したものだから、見せられたそれに笑うしかなく皆で入れ墨を刻んだそうだ。

 

 お前らバカかと呆れたゼフとそれからサンジも、見えはしないがズボンの下に魚が泳いでいる。

 

 そんな話をするチビ助が背中の入れ墨を誇らしげに見せてくれた。

 

 元の跡がどこにも残っていない巨大な出目金鯉が泳いでいる。

 

 成長の過程で脱皮を繰り返し、入れ墨が落ちる度に背中のサイズに合わせて入れ直していたらみるみる大きくなったって、ちょっと待て脱皮って何だ。

 

 

 

 

 

 

 バラティエは船橋楼にレストランと厨房があって、その上に操舵室やオーナー室などがある。

 

 厨房裏から甲板を下りる。

 

 中甲板がコックたちの居住区や倉庫になっていると説明を受けつつもそこは素通りし、最下層甲板へ。

 

 そこではまず、帆船にあるまじき機関室がどどんと登場。

 

 いや、俺の猿船も確かに他人事じゃなくて、同じようなもの積んでいるけれどさ。

 

 でかい。

 

 俺のはもっと小ぶりで控えめで、それに「触るな危険」を肝に銘じているから滅多なことでは使わない。それ使うくらいなら金斗雲でひとっ飛びするから。

 

 バラティエは船体からして大きい分、機関室も大きくなるのは分かる。

 

 ――が、限度があるだろそれにしたって。

 

 船の知識がないコックたちのせいでこうなったのか、それともマッドたちがはっちゃけすぎて自重を忘れたのか。

 

 波動砲が撃てると言われても納得してしまいそうだ。

 

 

 

 機関室を抜けるとやはり猿船より大規模な水耕栽培の菜園。それから飼育小屋もある。ニワトリやヤギの面倒を見ているのは見習いコックたちだ。

 

 見習いの仕事は他にも色々あり、 オーソドックスにジャガイモの皮むきから始まって、皿洗いにゴミ出し、船の修繕。商売の邪魔をする海賊を叩き出したりなんだり。

 

 掃除に洗濯、テーブルのセッティング。その他諸々やるべきことは盛りだくさん。

 

 コック全員で持ち回りの仕事もあって、見習いたちは先輩の後ろでチョロチョロ雑用こなしながらそれらの仕事を覚えていく。

 

 例えば、仕入れ。

 

 最初は訳も分からず荷物持ち。麦の袋ひとつ抱えきれずによたよたと歩く。

 

 それが段々、野菜の見極めができるようになり、赤く塗られた魚のエラに騙されないようになり。

 

 樽を抱えて木箱を重ねて、一人で市場をうろつくことができるようになる。

 

 グランドラインのサイクロンにも物怖じせず出掛けていき、仕入れの帰りに要救助者の一人や二人拾ってくるようになった頃には、自分が先輩として後ろに新米を連れて歩いているのだという。

 

 ツッコミどころが多いな、おい。

 

 そこまでいくとコックとしてだろうが船乗りとしてだろうが、既に見習いの域を越えている気がするんだけどと聞いてみたら、こう教えてくれた。

 

 オーナーにシチューの出来が悪くないと認められて半人前。

 

 居合わせ悪く海軍と海賊が同時に来店し、覇気を撒き散らしても気絶しないで給仕できるようになってやっと一人前のコックなんだとさ。

 

 しかし、バラティエに乗り込む見習いがなりたいものはただのコックではない。海のコックだ。

 

 そうすれば、更にハードルは上がる。

 

 といっても、海のコックであるというあかしは誰かが認めて得るものではない。

 

 自分に名乗る自信があるのかどうか。

 

 メインディッシュのソースを任された時や、前述した迷惑客がレストランを破壊するより先に緊急展開した戦闘用足場『ヒレ』へと放り出せた時。それぞれのタイミングでコックは、憧れていたイレズミ屋の暖簾を潜るらしい。

 

 そんな話を、面白おかしく聞いた。

 

 

 

 バラティエを作っていた頃を知っている分、コックたちがどう過ごしてきたかのを聞くのは楽しい。

 

 

 

 時には足を止め時には見習いたちにちょっかいを出し、にぎやかにしながら船首につくと、そこにはぽっかり穴が開いていた。

 

 あるはずの小型船がなくなっているらしい。

 

 俺らが仕入れに使った後は誰も使う予定入ってなかったはずなんですけどねと首を捻っているから、猿船使って狩りに行くかと提案しようとした矢先のこと。

 

 

 

 ゴゴゴと軋む音が響いて船が揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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