猿王ゴクウ   作:雪月

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第五十七回 海のコックたち

 

 

 

 

 

 

 甲板に出てみれば、半楕円形の足場がザパンと海水を持ち上げるようにして迫り上がってくるところだった。

 

 船の両舷に現れたのは、コックのいうところの戦闘用足場『ヒレ』だ。

 

 しかしなんだか『ヒレ』というより『ツバサ』っぽい。

 

 

 

 ……ああ、はいはい。思い出した。

 

 

 

 これもあの設計図か。

 

 お子さまがクレヨンで描いた内の一枚。空が飛べたらいいと船に翼を書き足していたやつで、だから青く塗った画用紙は海ではなく空だ。

 

 もしかしたらレストランを壊さないための戦闘用足場っていうのも、作った当初は豪快な建前だったんじゃないのか。

 

「ていうか、実際に空を飛んだりしちゃったり?」

 

「何を言ってるんですか。もちろん飛びます」

 

 甲板の隣に並んだ深海魚が当たり前の顔をして言う。

 

 え、冗談だよなそれ。

 

 

 

 

 

 

 足場の向こうに巨大な船がいた。

 

 丸くてでかいがぼろぼろだ。

 

 御多分に洩れずジョリーロジャーがたなびいている。

 

「どんな海にでも現れるという伝説のレストランバラティエ」

 

「グランドラインに耐える船とそのノウハウ、俺たちがいただく!」

 

「入り口で躓くような弱っちろいイカ野郎共が生意気言ってるんじゃねえ」

 

「この恩知らずどもが」

 

 足場の上には海賊。

 

 迎え撃つのは海のコック。

 

 それを見学する俺たち。

 

「あー。あれ、クリーク海賊団ですね」

 

「知っている奴らか?」

 

「2日くらい前に助けてくれってレストランに来た男がいて」

 

「100人を越える仲間が水も食料もなくて干からびてるって言うんで、コック総出で仕出し作って持たせました」

 

「おかげで倉庫がほとんど空っぽになって、俺らが今朝買い出しに行く羽目に」

 

「この恩は忘れない絶対金を払いに来るとか言っておいてこれっすよ」

 

 俺たちの他にも、コックの見習いやレストランの客たちが物見高く甲板に集まってきている。

 

 ていうか。

 

「あれに参加しなくていいのか」

 

 その100人という数の海賊たちに相対しているのは、無駄に筋肉を膨らませてポージングを取るコックが2人きりである。

 

「パティさんとカルネさんが出ているんだから、これ以上は過剰防衛ですよ」

 

「余波でレストランが壊れないように気をつければ大丈夫っす」

 

 

 

 お前らホントどれだけ鍛えられたの。

 

 

 

「そういえばさ」

 

 妙に丸いシルエットの海賊が巨大な中華鍋に吹っ飛ばされるのを見ながら、ふと気になったことを聞いてみた。

 

「この足場って船の両側にあったら水の抵抗すごくね?」

 

 こんな板が両舷に沈んでいたら舵を取るどころじゃないだろう。

 

「折り畳み式っす」

 

 あっさり答えが返ってきた。

 

「普段は両サイドに畳まれていて防舷材も兼ねてるんですよ」

 

 へえ。

 

 下に伸びてから海面に上がってくるので、そのままの形だと勘違いしてしまったようだ。

 

 しっかり固定されていて一枚板に見えるんだよな。

 

 頑丈そうで、足元が不安定にもなっていない。

 

 そのくせ海賊がまとめて吹っ飛ばされてバウンドした時には少したわんだ。衝撃を吸収する柔軟性まで持ち合わせているらしい。

 

 すごいな。

 

 足場ひとつでこんなに無駄にハイスペックとは。

 

 他にどれだけの面白便利な機能が積んであるんだろうかこの海上レストラン。

 

「足場があるのは便利ですよ。もし足場がなかったら、何度レストランを建て直すはめになったかと考えるだけでぞっとしますね」

 

「特に、七武海やら海軍将校やらネームバリューあんのが来るとすっげえ面倒っすよ」

 

 そういう手に負えない客がまとめて居合わせた時は最悪だったと話す。

 

「ジンベエの親分がまとめて海に叩き込んでくれたから船が沈まずに済んだんです」

 

 その後に慌てて『ヒレ』を展開して事なきを得たけれど、暴れるだけ暴れた後は同じテーブルで酒飲んでるし、オーナーの作った料理しか食べないとか我儘言い出すし、いきなり包丁持った料理人に斬りかかるし、酔っぱらってまた結局暴れ始めるしで自由すぎて困りますよとか、俺の顔を見ながら呆れたように言うな。

 

 鷹の目と赤髪が鉢合わせた時も大騒ぎになって大変だったって、それはごめん。

 

「おい!今、七武海と言わなかったか」

 

 いきなり割り込みがあった。

 

 麦わらの面々も戦闘見学中だったらしい。

 

 ぎらんぎらんした目で「鷹の目の男を知っているのか」と詰め寄ってきたのはゾロ。

 

 犬歯を見せて笑う好戦的な野獣。

 

 そういえば、笑顔はもともと威嚇の表情だって聞いたことがあるな。

 

 しかし勢いはよくても、人にものを訪ねる態度としてはいかがなものか。

 

「おいおい、いきなりどうしたんだ。ゾロ」

 

 麦わらの残りのメンバーも勇む剣士の勢いに驚いた様子で、こちらに歩いてくる。

 

 深海魚の3人はゾロの気迫に一歩引いた後、困惑した顔を見合わせたかと思うと俺にそのまま揃って顔を向けた。

 

「あー、こちらの……」

 

 こら、俺を生け贄に差し出すな。

 

「知っているんだな!どこにいる」

 

 知っているも何もミホークは俺の飼い主様で、どこにいるかっていうとすぐそこだ。

 

 胸ぐら掴まんばかりに詰め寄るゾロからついと視線を外し、俺は海賊船を見やった。

 

 その場にいる全員が同じように海に顔を向けた時。

 

 

 

 海賊船が、海ごと割れた。

 

 

 

 

 

 


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