猿王ゴクウ   作:雪月

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第五十八回 責任の所在

 

 

 

 舞い上がった海水が雨のように降りしきる。

 

 破壊された船がけぶるように粉塵をまき散らす。

 

 海は不機嫌そうにうねりを上げる。

 

 見通しの悪い視界の向こうにゆらゆらと揺れるのは、鬼火。

 

 いや、真っ黒な四角い小舟に灯された蝋燭だ。

 

 

 

 ――海の棺桶には埋葬される亡者ではなく、死神が乗っている。

 

 

 

 俺は、ミホークの船のすぐ脇にあったそそりたって沈んでいく瓦礫に足を乗せた。

 

「あいつ、いつの間に!」

 

 バラティエから、驚く声が聞こえてくる。

 

「ミホークちょうどよかった。あんたに客が」

 

 お待ちかねだというより早く猛禽類の目がぎろりと俺を睨んだかと思うと、いきなり胸ぐらを掴まれた。

 

「オレの前でまやかしの姿を取るな」

 

 そしてそのまま海に叩き込まれる。

 

 ええええええーっ。

 

 俺は不意をつかれて体勢を立て直すこともできず、どぼんと水しぶきを上げ海に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 気付いたらゼフに首根っこを掴まれ、子猫のようにぶら下げられていた。

 

 

 

 ぼたぼたぼたと、体中から海水が滴り落ちてバラティエの甲板を濡らす。

 

 ミホークひどい。ううううう。

 

 ぐったりとうなだれる。

 

 最近、船の上にいても海が遠かったというか慣れた気になっていたから忘れていたよトラウマ。

 

 まったく反応することができなかった。

 

 気絶して助けられたっぽい。

 

 意識が飛んだせいで、人型――変化する前の姿に戻ってしまっている。

 

 つまりは年齢偽証のお子さま仕様。

 

 実年齢考えるとこっちがまやかしの姿って言えるんじゃないかとミホークに言いたい。

 

 ゼフの足元には深海魚たちが死屍累々と横たわっている。

 

 俺を助けようと慌てて海に飛び込んだ模様。

 

 それで一緒に溺れて引き揚げられたって感動するからやめてくれよお前らカナヅチだろ。

 

 

 

「ミホーク!」

 

 

 

 ゲホゲホと口から水を吐きだして、ミホークに文句の一つでも言わなくてはと意気込んだものの、当のミホークはこちらのことなど全く気にも留めず、沈みゆく海賊船の上でマリモ頭の剣士とご対面だ。

 

「いきなり海に放りこまれたかと思ったら小さくなったぜおいおい」

 

 酷いな、ウソップ。誰がチビだ。

 

「不思議人間か!」

 

 悪いなルフィ、不思議猿だ。

 

 きらきらと目を輝かせたルフィが、ウソップとともにこちらに歩いてくる。

 

 ……いいのかキャプテン。自分とこのクルーが勝ち目のない戦闘を始めようとしているって時に。

 

 あ、でも甲板の手すりにしがみついて心配そうに見守っている2人組がいる。

 

 あれが賞金稼ぎの兄さん達かな。レストランでは会わなかったから初対面だけど。

 

「猿王だ。知らんのか」

 

 余所に気を取られている俺をぶら下げたまま、ゼフがおもむろに口を開いた。

 

 ぎょっとする。

 

 なにその回想シーン使って語り出しそうな口調。

 

 止めて本人目の前にして語らないで。

 

 それに賞金稼ぎコンビ。「え、あの猿王!?」とか「紙一重だぜ」とかこっちの話に首突っ込んでこなくていいから。

 

 いやそれよりもいいかげん下ろして。

 

 とりあえず暴れて主張してみる。

 

 下ろしてはくれなかったが、話があるとゼフの船室に運ばれた。

 

 え、ちょっと待って俺はミホークとゾロの対戦見たいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 タオルをもらって水気を拭いている俺の前に、腕を組んだゼフが仁王立ちしている。

 

「話って何さ」

 

「女の子を泣かせたそうだな」

 

 誰だよチクったの。

 

「責任はきちんと取れ」

 

「いやまあそれは確かにそうだけど……責任?」

 

 話を聞いて見ると、泣いていた女の子――ナミはその後直ぐにバラティエを出ていったらしい。

 

 そして彼女を心配したサンジも、それを追いかけてバラティエを出ていったらしい。

 

 ああだから端艇がなかったのか。

 

「え、でも責任?」

 

 ナミに麦わらの船もお宝も盗まれてって。それって、俺のせいじゃないんじゃないか。

 

 それはともかく。

 

「サンジを連れ戻して来いって?」

 

「いや違う」

 

 ゼフとしてはサンジにはもっと広い世界を見てほしいと常々思っていたそうだ。

 

 バラティエは世界中の海を行くが、それを広い世界とは言わない。

 

 あくまでバラティエを中心にしたコックの狭い世界。

 

 それしか知らずに育つことをいいことだとは思わない。

 

 そう考えた末に、サンジに向かってバラティエを出ていけと言ったことは何度もあるらしい。

 

 サンジはそれを聞く耳持たずで過ごしてきたけれど、そこにバラティエにコックを欲しがる海賊が登場した。

 

 いまだ若い海賊団だが、船長がサンジのことを気に入ってサンジがいいと言っている。

 

 ゼフの部屋に大穴を開けた雑用。

 

 麦わらのルフィ。

 

「丁度いいから麦わらに『やる』と言っておいた」

 

 だから、戻ってこなくていい。

 

 けれど急すぎて、様子が気になる。

 

 もちろん、泣いていた女の子も。

 

「だから、責任取って2人がどうしているか見て来いと」

 

「そうだ」

 

 ついでに、もう帰ってこなくていいと伝えろってさ。

 

 バラティエは次の海へ向かうから、戻ってきても無駄だ。

 

「伝えるのはいいけど」

 

 俺の猿船で戻りたがったらそれまでじゃないかな。

 

「その時はまた叩き出す」

 

 いいけどね。

 

「それから……」

 

 ゼフが言い淀んだ。

 

「なに?」

 

「麦わらの海賊団がどうしているかは、今後も教えてくれ」

 

 つまり、定期的に様子を見て来いと。

 

 それとも付いていけということだろうか。

 

「いやもうそれ完全に責任の範囲外だよね」

 

 そう言ったら、バラティエの実質的なオーナーは俺だから、従業員の面倒を見る責任はあるだろうと返された。

 

 金を出したことがバレているのは今更どうでもいいけど、それでもやっぱり完全にこじつけじゃね?

 

 

 

 

 

 

 


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