猿王ゴクウ   作:雪月

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第五回 初めての殺意と

 

 

 

 

 

 

 15年経った。

 

 カレンダーなんてないから、どんぶり勘定だけどな。

 

 10年は越えてるけど、15年は越えてないんじゃないか、みたいな。

 

 最初の5年くらいまではきちんと数えていた。でもその内、どうでもよくなった。

 

 

 

 だって丈比べをしたくても刻む傷がいつも大体同じ位置。

 

 

 

 これじゃあ、過ごした年月を指折り数えても虚しくなってくるから、数えるのは止めた。

 

 なんでだ。

 

 人と成長速度が違うのか?

 

 15年近くをかけて、3歳児がせいぜい6歳児になった程度。

 

 変化が緩やか過ぎて、1年や2年では何が変わったのかすぐには気づかないようなのんびりさだ。

 

 握ったら折れそうな腕の細さも変わらない。力はついたのに筋肉ついてないってどういう仕組みだよ?と自分の体なのに首を捻りたくなる。

 

 しかし自身の成長はともかく、約15年の時の流れの中で全く変化がなかったわけでもない。

 

 

 

 まずは仙術な。

 

 これが使えるようになったりならなかったり。

 

 金斗雲の術が仙人に師事しなくても使えただろ。

 

 つまりあれは、仙術が『孫悟空』のスペックとして織り込まれているっていうことだと思うんだ。

 

 だから他の術も使えるはずと考えて、色々試してみた。

 

 最初に試したのは七十二般の変化の術。

 

 既にゾオン系のメタモルフォーゼができるんだから、簡単だと思ったんだ。

 

 しかし、そうは問屋が卸さなかった。

 

 獣化のように本能に近い部分でできるものでもないらしい。

 

 本能ではなく知性が必要なら、イメージが大切になってくる。

 

 たとえば、赤い弓兵の投影のような。

 

 充分な理解の元、正確にイメージしなければならない。

 

 

 

 ……と、思い込んでしまったのが一番の敗因なんだ、きっと。

 

 

 

 当たり前のことだが、普通の人間だった俺に変身の経験値はない。

 

 ひょいと虻に変化する?

 

 どうにも想像がつかないだろ。

 

 体積どこに消えるんだよ俺の内臓どこよと考えてしまって、やってみる気も起きないんだこれが。

 

 

 

 しかし、身外身の術は使えるようになった。

 

 身外身の術ってのは、孫悟空がぶちりと抜いた毛に息を吹きかけると、猿がわらわらと出てくるあれだ。

 

 あれはあれで理屈なんて関係なくそんなものと思っているからか、息を吹きかけるだけで簡単に変化した。

 

 

 

 ……最初はなんだか思い出すのもグロテスクな物体になっちゃったけどな。

 

 

 

 人体練成失敗したのをリアルで見ちゃったらきっとこれと思うようなものが、蠢いていた。

 

 とっさに消えろ!と念じて消えてくれて助かった。

 

 それからも猿に近いような遠いような試行錯誤を繰り返した。

 

 術を使うことに慣れてきた頃、ふと、ローラースケートで立ち回りしていた舞台じゃ、その役者の顔のお面を被った奴らが出てきていたよなと思い出したら、なぜか紙のお面をした石人形みたいなのが出てきた。

 

 つまり、式神とかゴーレムか!と猿にこだわるのを止めて色んな形のものを面白がって作ってみたが、最終的には50センチばかりの金色のこざるで落ち着いた。

 

 

 

 え、小さい?

 

 

 

 いいんだよ、癒されるから。

 

 それに、自分よりでかいサイズの猿を作ったら、無性に腹が立ったんだ。

 

 ちなみにこざるたちだが、俺にできることしかできない。

 

 つまり、パンの実を焼いたり火を熾したり釣りをしたりはできるが、醤油や味噌を作ったりはできない。

 

 棒切れ持ってチャンバラごっこはするが、いきなり真空波を放ったりはしない。

 

 弱点も俺と同じく水。

 

 ばしゃりと全身が濡れるほどに水を被ると、元の毛に戻る。

 

 でも、水に対する恐怖心は俺より少ないらしい。

 

 

 

 不条理だ。

 

 

 

 

 

 

 それからもうひとつ。

 

 数年前、島に海賊が来た。

 

 海の向こうに、船影を見つけた時には海の上を走りそうな勢いで嬉しかった。

 

 実際には海の手前で、急ブレーキかけたけどな。

 

 船は3隻。

 

 そして、その全てにジョリーロジャーがはためいていた。

 

 海賊船。

 

 しかしだからなんだ。

 

 海賊なんて、この世界には掃いて捨てるほどいるはずで。

 

 人間に会うことのできる喜びの前には、小さなことだった。

 

 俺はわくわくしながら、船が島に近付いてくるのを待っていた。

 

 けれど。

 

 

 

 ガガガガン!

 

 

 

 突如鳴り響く破壊音。

 

 風に乗って聞こえてくる喧騒。

 

 暗礁に乗り上げて、船が割れていく。

 

 すげえ。映画みたいな迫力だ、と。

 

 俺はバカみたいに口を開けて、船が沈んでいくのをただ見ていた。

 

 逃げる人影が船の端からぽとぽとと落ちていくのが分かっても、現実味を感じていなかった。

 

 海に落ちた海賊たちは、他の船に拾われていた。

 

 

 

 しかしそれでも、海賊たちは上陸を諦めない。

 

 

 

 また一隻、岩礁を避けて島に接岸しようと接近してくる。

 

 そして、海岸に立つ俺からも顔の判別がつくような距離になると、搭載の手漕ぎボートを降ろした。

 

 いかにも海賊ルックな男たちが5人ほど乗り込み、船首に立つ山高帽の男に指揮されて、オールを漕ぐ。

 

 乱立する岩が生み出している海流の荒々しさには心もとない小船じゃないだろうかと思っていた矢先に、渦を巻く海流に捕らわれた。

 

 バキバキと船の割れる音と、振り落とされた男の上げる悲鳴。恐怖に満ちた表情。

 

 やばい!と思った。

 

 この時やっと、俺は目の前の光景にリアルを感じたんだ。

 

 

 

 溺れる人間の死を。

 

 

 

 そこからは無我夢中だった。

 

 助けなくてはならない、と思った。

 

 助けることができると思った。

 

 ジャングルにいる常で獣化していたけど、ただ必死に海を走った。

 

 

 

 しかし。

 

 

 

「ば、ばけもんだ!」

 

 そんな、悲鳴混じりの怒声を聞いたように思う。

 

 

 

 ドウンッ!

 

 

 

 それに続いた、音。

 

 左の腕に焼けるような痛みが走る。

 

 山高帽の海賊が、俺に銃口を向けていた。

 

 撃たれた。

 

 やっとそれを理解した。

 

 

 

 人に殺意を向けられたのは、あれが初めてだった。

 

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 人を殺したのもあれが初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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