猿王ゴクウ   作:雪月

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第六十一回 石猿の主張

 

 

 

 

 

 海兎っていうのは本来、北の海の氷の上に住む白いウサギだ。

 

 白銀の世界の綿ぼうしに例えられ、確かに生まれてすぐは手のひらに乗るくらいの可愛らしさだが、凍った海に潜り海藻を食べ、最終的には6メートルを越えるサイズにまで育つ。

 

 そんな北の海獣がどうして東の海にいるのかというと、縁日などでよく売られているらしい。

 

 珍しいからと飼ったはいいものの、もてあましたり逃げ出したりで野生化し、暖かい海で暮らしているのだ。

 

 何匹くらい港に居座ったのか知らないけれど、俺は肉じゃなくて白い毛皮がほしい。

 

 ミホークの冬島用のコートを作りたい。

 

 あ、でもミホークみたいに暑かろうが寒かろうが着ている服にこだわりがない相手より、おつるさんにあげた方が喜んでくれるかも。

 

 とかなんとか考えていたけれど、これが獲らぬウサギの皮算用だった。

 

 港に着いてみたら、そこには何故かカラフルな毛玉が溢れていた。

 

 パステルピンクとかブルーとか、そりゃあこんな色合いの巨大な毛玉の群れに港を占領されてしまったのなら漁師も困惑して当然だ。

 

 しかし、狩るのは止めてくれと島の人々に懇願されてしまった。

 

 最初は漁師たちも銛を片手に追い払おうとしたが、子供たちに泣かれた。そして案外人懐っこい。

 

 可哀想なんだどうしたらいいと相談された。

 

 知らないよ。

 

 なげやりに答えたが、深海魚組にも頼まれたので仕方なく商人を呼んだ。

 

 後から聞いた話によると、海獣のくせに陸に上がって牧草食べて、水陸両用車をひいて名物になり、冬毛を刈って作ったファンシーなぬいぐるみが人気になってと無事に共存できたそうだ。話の土産とともに、ピンクのうさぎのぬいぐるみをもらった。

 

 なんで色落ちしないんだと一番の疑問を聞いたら、東の海を縄張りにしている海賊団が島々の祭りを回って商売をしており、その中に色を変えることができるだけのしょぼい能力者がいるから、屋台で売る時に子供向けにファンシーな着色をしたんだろうと。

 

 ――カラーヒヨコか!

 

 ちなみに、祭りに浮かれた子供たちが自分の髪の毛の色を変えてもらって母親に叱られる光景がよく見られるらしい。

 

 だからさ、やっていることはまるっきりテキ屋なのにジョリーロジャー掲げてるってどうなのよ海賊の定義。

 

 

 

 

 

 

 ウサギ狩りがなくなったので、その足でサンジを追うことになった。

 

 深海魚たちも一緒だ。

 

 島に着いたらそこで別れて、猿船を仕入れに貸すことになっている。

 

 俺はサンジが乗っていったはずの端艇を使えばいいからな。

 

 サンジが独り立ちするのをどう思っているのか聞いてみたら、コック仲間としてはありらしい。

 

「バラティエは客層が個性的っすから、覚えた常識がちょっと非常識になりやして」

 

「例えば、砲丸の球は投げたほうが強力だとか」

 

 ああ、うん。俺も知ってるその非常識。

 

 でも麦わらの海賊船に乗ったからって、常識が鍛えられるかは怪しいぞ。

 

「サンジさん箱入り息子だからいい機会ですよ」

 

 チビ、お前も同じ伝説のレストラン育ちだろ。

 

 そういえばあの女好きは環境のせいなのかとついでに聞いてみたら、あれはもっと根本的なものですと返ってきた。

 

 しかしそれはともかく、どんなに強い女相手でも男なら体を張って守れと教育したのは、常連の海軍将校を筆頭に、女性客の皆さま方だったという。

 

 ああ、うん。その海軍将校も多分知っている。その教育とやらは知りたくない。

 

 

 

 

 

 

 入江で小型船を見つけたが、サンジは見つからなかった。

 

 探していたら、車椅子に乗ったおねーさんが長っ鼻相手に悔恨の思い出話をしていた。

 

「この動かない身体では島から逃げ出すこともできない。普通に暮らしているように見えるかもしれないけれど、人質なの。いいえ、私だけじゃない。村の全員が人質よ。私たち大人が不甲斐ないせいでナミの重い足かせになっている」

 

 車椅子を押しているお姉さんも、悔しそうに唇を噛んでいる。

 

 けれど、ナミが心配していたように心が折れたわけではないらしい。

 

 長きに渡って耐え忍ぶ戦いをしてきた。

 

 武器を隠し力を隠し、今こそが反乱の時と息巻いていたから、こっそり力を貸すことにした。

 

 サンジはどこにいるんだろうと思っていたら、ナミにくっついてアーロンパークに入り反乱鎮圧側に回っていた。というかナミを手伝って裏でこそこそと死者が出ないように頑張っていた。

 

 騒動が収束しかけた頃、車椅子のおねーさんに見つかって宝石を押し付けられそうになったので、逃げ出した。

 

 ゼフがサンジに帰ってくるなってさ、と言付けを頼んだ。

 

 端艇をレストランに戻し、それで様子を見たとは言えんだろうとゼフに蹴飛ばされた俺はミホークと合流した。

 

 東の海から帰る時は猿船でのんびり気ままに南へ北へと寄り道するのが恒例だ。

 

 しかし途中で海軍本部に呼び出され、ミホークに船は置いていけと言われてひとり寂しく空を飛んだ。

 

 おつるさんに、アーロンパークの騒動を尋問された。

 

 なぜバレたし。

 

 普段はちょっと暴れたくらいで呼び出しをくらうことはないけど、今回は軍の不祥事が絡むからそうはいかなかったようだ。

 

 でも詳しく聞かれたのはルーキーについてだった。

 

 俺よりもガープのじいさんに聞いてくれ。

 

 

 

 

 

 

 海軍での用事は無理矢理終わらせて、猿船が戻ってくるまで里帰りをして待ち、その後はクロコダイルのところへと遊びに行くことにした。

 

 何号店かは忘れたけれど、アラバスタだ。

 

「でもさ謎の地下帝国持ってるのにどうして今さら砂漠の王様になりたいわけ?」

 

 出会い頭に疑問をぶつけてみたら、バナナワニの水槽に放り込もうとするものだから喧嘩になり、クロコダイルの執務室(と地下室と水槽と他にも裏カジノとかいう怪しい施設)を壊してしまった。

 

 お詫びも兼ねて、カジノの前で麦わらの海賊団に立ちふさがってみた。

 

 あれ、サンジがいない。

 

 ここでもニアミスか。

 

 遭遇率悪いな。

 

 俺が長いことバラティエと擦れ違っていたのって、まさかサンジのせいだとか言わないよな。

 

「あの男はヒーローなどではありません」

 

 王女がクロコダイルの罪を叫んでいる。

 

「あんた、あんな悪人に加担してなんの得があるっていうのよ」

 

 お金持ちでしょって、それは関係ない。

 

「勘違いしていないか」

 

 海賊なんて、皆アウトローだ。

 

 善も悪も関係ない。正義の定義は必要じゃない。

 

 気に入らないからぶっとばす、気に入ったから力を貸す。

 

 お前らは面白いルーキーだけど、クロコダイルはもっと昔っからの友人だ。

 

 それだけで理由になる。

 

 ……ちょっと邪魔をしたかっただけとかそんな本音はもちろん言わない。

 

「俺はゴクウ。猿王ゴクウ」

 

 これみよがしに三節棍を回して突きつけ、笑ってみせる。

 

 さあ、始めようか。

 

「簡単にここを通れるなんて思うなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 




― 第一部・完 ―

次の舞台は監獄の島?!
第二部をお楽しみに(ありません)

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