【外伝】 続かない第二部と監獄の島
◇監獄の島◇
嫌味なほどに鮮やかな蒼天の下、その島は陰鬱と佇んでいた。
風の吹かぬ濁った海は荒々しく波打ち、脱出不可能な地獄の門扉がにたりと笑って囚人を出迎える。
インペルダウン。
護送船から降り立ったクロコダイルはその禍々しい歓迎になんの恐怖も後悔も抱かず、淡々と地獄の門扉を潜り最奥の階層の牢の鎖に繋がれた。
砂城のごとく崩れ落ちた野望の残滓はすでになく、これからもうひと暴れしてやろうという気力も湧いてこないのは、海楼石の手錠のせいばかりではあるまい。
「思ってたより退屈な場所だよなここ」
隣から絶望には程遠い能天気な声が上がり、更にクロコダイルの気力が削られた。
子飼いの誰が捕まり誰が逃げたのか今更どうでもいいが、なぜこいつが組織の末端構成員として捕まって、その上同じ房に入っているのか。
クロコダイルは隣に座った男をぎろりと見やる。
年の頃は三十すぎのひょろりとした痩躯の男。
砂まみれになって海軍に捕縛された際、バロックワークスのミスター59とふざけた名乗りを上げた。
しかしそれが本来の姿ではないことをクロコダイルは知っている。
名前はゴクウ。
悪魔の実の能力者ではないと嘯きながら猿に変じたり、ろくに成長しないお子様だったり、ゴーイングマイウェイな剣術バカと波長が合ったりする変人だ。
なんの冗談だと思うが、その上、空まで飛ぶ。
空さえ飛べれば脱獄できる。前例がある。
逃げ出すすべを持つ者の余裕で飄々としていられるのか、それとも。
「飼い主が迎えに来ると思っていやがるのか」
クロコダイルの問い掛けを聞いたゴクウの肩は諦めたように落ちる。
「……ミホークの場合、気づかないんじゃないかなあ。多分あと半年くらいは」
ありえそうな話だ。
クロコダイルからすれば猿とその飼い主は、海賊として信じられないほど情報に疎い。
しかし、海軍の場合はどうか。
妙ななりをしていてもこれをゴクウと気づかないはずがない。
だからこそ手配書にも載ったことがない海賊がレベル6に置かれているのだろう。
存外使い勝手のいい猿だ。つる中将がこのまま放っておくとは思えないが、クロコダイルの騒動に首をつっこんだ罰にちょうどいいとでも思ったか。
当の本人は全然堪えた様子もなく「でもホント殺風景」と改めて監房を見回しながら文句を垂れている。
その両手にはまっていたはずの重い石の手錠は既に外されていた。
「こう、監獄ロックを聞きながら鉄の下駄履いて地獄巡り的なものやってくれるとかさ」
オカマバーでぼったくられるのは嫌だけどちょっと面白みがなさすぎるよなクロコダイル、と同意を求めてくる物見遊山気分のエテ公ってやつはどうにも癪に障ることこの上ない。
だんだんイラついてきたクロコダイルは盛大な舌打ちをひとつ鳴らすと、目一杯足を伸ばして能天気な猿を蹴飛ばした。
◇その頃の飼い主◇
主不在の猿船が係留している湾に、ロジャーの翻る海賊船が横付けされた。
ぶっ違いの剣の上、しゃれこうべに刻まれた三筋の傷。
屋敷の鍛練場で素振りをしていたミホークに赤髪は「よう、この間ぶり」と声を掛けた。
「何をしにきた」
鷹の目の返事は素っ気ない。
「前回はお前さんがルフィの手配書をわざわざ持ってきてくれただろ。だからそのお返しにだな、今回は俺が持ってきてやったぜ」
自慢げなシャンクスの声に、やっと素振りを中断したミホークは先程よりいっそう訝しげな声で「なんのことだ」と問うた。
にやにやしたシャンクスは懐から一枚の紙を取り出しながら、口上を始める。
「お前の同僚のワニヤローの悪さがとうとう明るみに出ちまっただろ」
それと共に正体不明のバロックワークスの全容も明らかになった。賞金稼ぎもしていたくせに、幹部は賞金首揃いだった。
「結果、何枚もの手配書にバツがつけられたってわけよ」
で、その一枚がこれだ。
もったいぶった長い前置きの末にやっとシャンクスは、その手配書をミホークに見せた。
海楼石の手錠を掛けられた痩身の男が苦笑いを浮かべて手を振っている。
名前は『Mr.59』、賞金額のところにはベリーの代わりにバナナ一本と書いてあり、大きくバツがつけられていた。
「そんな男など知らん」
「てことはもう知っていたのか」
情報早いなとシャンクスは驚いた。
予想外のことにどうしたんだと聞くと、刷りたての手配書を海軍が持ってきたという。
「すごい遠まわしな嫌味だな。迎えに行かなくていいのかおとーさん」
「放っておけ」
シャンクスの言葉を、ミホークはバッサリと切って捨てた。