猿王ゴクウ   作:雪月

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第六回 戦闘

 

 

 

 

 

 

 空を飛んできた勢いのまま墜落する羽目になった俺は、ダダンッと板を踏み抜きそうな騒音立てて、マスケット銃を構えていた男の前に降り立った。

 

「ひいっ!く、くるなあ!」

 

 近すぎる距離にか、目の前に立つ猿の大きさにか、悲鳴混じりの声を発しながらも銃口が追ってくる。

 

 

 

 撃たせるかよ!

 

 

 

 俺はブンッと左腕で銃身を薙ぎ払った。

 

 グギリと。銃身だけでなく、銃持つ腕までもが変な方向に曲がった上、男は船の外まで吹っ飛んでいく。

 

 思わず、見送った。

 

 おいおい。

 

 島の猛獣たちと比べると、脆いな人間。

 

「このやろう!」

 

 背後から剣を振り被ってきた男に飛び蹴りを食らわし、俺は踏みつけた顔を足場にして大きく跳んだ。

 

 直後、渦に飲まれた小船が砕けていく。

 

 望んだ結果ではない。

 

 助けようと思ったんだ。

 

 助けたかったんだ。

 

 

 

 ちくしょう。

 

 

 

 海賊船まで空を走り、帆にぶつかるようにして、メインマストの下の甲板に落ちる。

 

 俺が立ち上がるよりも早く、無数の刃の雨が降ってきた。

 

 海賊たちに囲まれて、斬られたのだ。

 

 俺は両腕で頭を庇い、蹲ることしかできなかった。

 

 

 

 しかし――。

 

 

 

 ギン!

 

 ガギンッ!

 

 

 

 ……痛てえ。

 

 

 

 俺は骨まで響く痛みに耐えながら立ち上がった。

 

「き、効かねえ!」

 

「こいつ斬れねえぞ」

 

 動揺した海賊たちが後ずさる。

 

 武神たちの宝剣でも斬れなかった孫悟空の身体の強靭ぶりを舐めんじゃねえ。

 

 といっても、今まで刀を相手にしたことはないんだから、内心どきどきだったけどな。

 

 次の剣げきは降らない。

 

 立ち上がることのできた俺は当たるを幸い、ただ我武者羅に両腕を振り回し、怯んで腰の引けた海賊たちを薙ぎ払った。

 

「うわわわっ!」

 

 幾重にも悲鳴が重なる。

 

 吹き飛ばされたやつらが落としたカットラスを両腕に持ち、威嚇し、振るう。

 

 海賊たちは更に間合いを取り、甲板の真ん中にぽっかりと、俺を中心点とした穴が空いた。

 

 つかの間の硬直状態が生まれる。

 

 

 

 ドン!

 

 

 

 頬に熱が走った。

 

 全ての視線がその音の先に集中した。

 

 つばの広い羽つき帽と裏刺繍が派手なマントの男が、俺たちを見下ろす船尾楼甲板に立っていた。

 

 細い煙をたなびかせたマスケット銃を腰のガンホルダーに戻す。

 

 腰に巻かれた幅太の革ベルトには他にも何丁かの銃が挟みこまれている。

 

 男はマントをばさりと跳ね上げると、腰の後ろからばかでかいラッパ銃を取り出した。

 

 両手に構えて、にたりと笑う。

 

「キャプテン」

 

 誰かの呟く声が、聞こえた。

 

 キャプテンね。

 

 男は声を張り上げる。

 

「覇気を使え!こいつァ能力者に違いねえ!覇気をこめりゃあ効くぞ!」

 

 

 

 ハズレ。

 

 

 

 俺は能力者じゃない。

 

 そして孫悟空には、炉で焼いても目が赤くなっただけだったとか、八つ裂きにしようとしても斬れなかったという逸話はあっても、銃で撃たれても平気だったという逸話はない。

 

 だから、覇気が効いたのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。

 

 鉄砲玉だから効いたのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。

 

 

 

 教えてやらないけどな。

 

 

 

 海賊頭の声に従い、俺を取り囲む輪が更にざっと広がった。

 

 逆に数人の男がそれぞれの得物を手にずいと前に出てくる。

 

 覇気使いか。

 

 だが。

 

 俺は、彼らをまるっきり無視して、海賊頭に向かって跳んだ。

 

 ガガガン!

 

 それに反応して、ラッパ銃が火を吹く。

 

 いびつな鉄片が無数に飛んできた。

 

 空を蹴って、俺は跳躍を繰り返す。

 

 俺が海を飛んできたのは見ていたのだろう。

 

 本来なら有り得ない空中の方向転換にも慌てることなく、更に新しいラッパ銃を抜いて、乱射してくる。

 

 どんながらくたを詰めても撃てるという散弾銃。

 

 仲間に優しくない銃だ。

 

 いや、仲間がいても平気でラッパ銃を使うんだから、優しくないのは彼らのキャプテンか。

 

 俺がことごとくを避けるので、甲板に鉄の雨が降り注ぐことになる。

 

「ギャー!」

 

「うわわわっ!」

 

 甲板には流れ弾に当たった海賊たちの悲鳴が満ちた。

 

「よくもやってくれたな」

 

 頭が呻くように、歯軋りの隙間から声を絞り出す。

 

 

 

 いや、やったのあんただから。

 

 

 

 俺は弾丸で刻まれていく傷をものともせずに海賊頭に肉迫すると、両手に持ったカットラスを振るった。

 

 海賊頭は迫るカットラスを避けて次の銃を抜こうとしたが、遅い。

 

 凶刃は、首と胴を過たず捉えた。

 

 血飛沫が、舞う。

 

「キャ、キャプテンがやられたぞ」

 

「逃げろ!」

 

 残っていた海賊たちは海に飛び込んで、海賊船の最後の一隻に乗り込み、逃げていった。

 

 

 

 俺はひとりで真っ赤な甲板に立ち尽くしていた。

 

 

 

 操り手のいなくなった船は波に弄ばれ、岩々にぶつかり砕け、座礁した。

 

 俺は島に帰ると、滝つぼに飛び込み、最初の時のように桃の木の根元で眠った。

 

 そういえば、あの時は海も滝も怖いと感じなかったな。

 

 何を感じるよりも何よりも、ただ、全身を濡らすべっとりとした血が不愉快だった。

 

 きっと色んなものが麻痺していたんだろう。

 

 

 

 その一部分は多分今も麻痺したままだ。

 

 

 

 

 

 


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