猿王ゴクウ   作:雪月

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第八回 仙桃の島の伝説

 

 

 

 

 

 

 海賊の時代よりもずっとずっと昔の話。

 

 

 

 ログポースも存在せず、造船術も航海術も遥かに頼りなく覚束なかった頃。

 

 人類未踏の島が数多く存在し、多くの冒険者が居住可能な新天地、そして未知なる資源を求めて海に乗り出した開拓時代。

 

 そんな時代を冒険した男の手記に、こうある。

 

 

 

 長い航海の末の海の果て。

 

 海底火山の噴火により深い海の底から隆起して生まれた島があった。

 

 険しい山々が雲を衝く島。その周りを取り囲んでいる、更に鋭い牙のような岩。

 

 それらの岩礁によって激しい海流が生まれ、船を木の葉のように持て遊ぶ荒波が常に渦巻いていた。

 

 その島とさほど離れていない海域で男は突然の嵐に会い、遭難した。

 

 何日も荒れる天気に翻弄され、舳先がどちらを向いているかも分からなくなった。

 

 帆をなくし仲間をなくし、水も食料もなくし。

 

 しかしどんな奇跡か、男の船は無事にその島に流れついたのだ。

 

 

 

 島はまだ若く、溶岩が冷えて固まった地肌がごつごつと剥き出しだった。

 

 岩肌にわずかばかりに生えた苔をがりがりと削って飢えをしのぎ、その苔につく朝露で渇きをしのいだ。

 

 そして男は、とうとう辿りついた。

 

 

 

 桃源郷に。

 

 

 

 巨人が剣で切り落としたような鋭い山肌の間、激しく吹く風から逃れるような窪地に……いや、険しい大地と厳しい風に守られているような窪地に、桃の木が群生していた。

 

 

 

 ――正しくは桃ではなかったのだろうと、男はその手記にて語る。

 

 

 

 溶岩石にへばりつく低木は、しかし年老いた賢者の徳を思わせた。

 

 いまだ固い蕾と薄い色合いの花、そして艶やかな果実が同じ枝に違和感なく存在していた。

 

 その実は実際の桃よりも鮮やかな桃色で、宝石のような滑らかさと艶やかしさをもって日の光を弾いていた。

 

 見たこともない種類だったが、飢えて死にかけた人間にそれがなんの障害になろうか。

 

 それが毒であろうとなかろうと、食べなければ死ぬ。

 

 極限状態にいた男にはそんなことを考えるゆとりもなかった。

 

 

 

 ただ、食った。

 

 

 

 そして一気に気が弛んだのか、気絶するように眠った。

 

 目覚めた時、男は自分の体の軽さに驚いた。

 

 体力も気力も回復していた。

 

 そして、男はその窪地の両岩壁に自生していた巨大なシダや蔓草で帆を作り、再び海へと船を出した。

 

 壊れる寸前のような傷だらけの船がそれでも渦に呑まれることがなかったのは、歴史に名を残した男がその名声に見合う卓越した腕を持っていたからなのか、それともそれだけ幸運の女神に愛されていたからなのか。

 

 ――男はあの桃源郷から、桃の実のついた枝を一本だけ手折り持ち帰っていた。

 

 その枝が余所の地で根付くことはなかったが、しかし不思議なことに桃の実は何年もの間、枝にあり続けた。

 

 徐々にしなびれこそしたが、枯れも腐りもしなかった。

 

 彼の子供の命を救うその日まで。

 

 

 

 男は『命の桃』と手記に書き残した。

 

 そしてまた、それは食せぬ桃であると。

 

 ひとつ食せば、傷も病も癒し。

 

 ふたつ食せば、老いを退け。

 

 しかし、みっつ食せば命を失う。

 

 

 

 そう書き残した手記に、肝心の島の位置は書き記されてはいなかった。

 

 誰にも語らなかった。

 

 たとえ聞かれても、やみくもに海を渡ったから場所は分からないと答えた。

 

 

 

 そして仙桃の島の伝説が残された。

 

 

 

 

 

 

 

「その島があれば面白い」

 

 ――と、酒の杯を傾けながらミホークが言った。

 

 

 

 え、なんで酒を飲んでいるのかって?

 

 この世界の海賊って「倒すまで戦うか、それとも宴会か」が常識じゃないの?

 

 

 

 

 

 

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