ある男子高校生のくだらない話   作:ノスタルジー

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諸注意をば

1 オリジナル主人公(男)です。けいおん原作キャラとの恋愛があると思います。

2 設定や展開に変更があります。 (例 桜ヶ丘高校の共学化)

3 原作キャラの「キャラ」が変更されています。 原作を愛する方にはお勧めできません。

4 変な文体です。 「正統派」の小説が好きな方にはお勧めはできません。

5 変な主人公です。 炭酸の化学式がわからない主人公です。

6 更新は不定期です。 もしかしたら1年後かもしれません。

7 更新しないことさえあるかもしれません。




1

 朝。俺の目を覚まさせてくれる音。ジリリリ。携帯のアラーム。

 最先端のスマホ。活躍。こんな時くらいしか働かないのだからしっかり働け。自分で言ってて悲しくなる。

 俺にお前は「つながり」を与えてはくれない。主に女の子との。何故ベストを尽くさないのか。理解に苦しむ。

 そんなお前に仕事をやろう。俺は起きない。さぁ、起こすがいい。

 

 ジリリリ。鳴り続ける。

 健気だ。愛らしい。お前がいれば彼女なんていらない。

 

 ジリリリ。嘘だ。ごめん。欲しい。

 

「おにーちゃーん、起きてー」

 

 下から妹の声。今日も朝から家事をしていたのだろう。

 いい子だ。本当に俺の妹なのだろうか。まさか…義妹なのか?

 妄想が捗る。けれど、これで実妹だったら笑えない。義妹でもだけど。

 うん。やめとこう。

 

 春の暖かな気温。布団をかぶってゴロゴロとしていると起きるのが嫌になる。ずっとこのままでいたい。だが、そういうわけにいかないのが人生というもので。

 今日は入学式。パリッとした真新しいブレザーが壁に掛かっている。高校生か。

 

「おにーちゃーん?」

 

 床越しに、ドア越しに、布団越しに聞こえる声。入学式といえど、起きるのはつらい。妹の声が消えると部屋に残るのは携帯のアラーム音だけ。うるさい。

 ベッドに寝転がりながらぼうっと天井を見つめる。子供のころに張った暗闇で光るシール。

 もう光らない。

 カーテンを閉め切った部屋ではその隙間から差し込む光だけが床を照らす。

 

「眠い」

 眠い。本当に行きたくない。

 駄目だ。死のう。

 俺はもう立ち上がることはできない。きっとここで朽ち果てるのだろう。精も根も尽き果てる。精は尽き果てたい。美少女と。またはおねーさまでも可。

 

 「よし」

 可愛い妹には俺の全てを残そう。

 あ、嘘。押入れの上の段の奥に隠した男の夢はやるわけにいかない。

 男の夢は終わらねぇ、と黒ひげ先生も言ってたはず。

 

 ふと、気づく。そうだ。俺の目の前には携帯がある。携帯の用途は何だ? 目覚ましか? 否。携帯とは離れた場所にいる相手とコミュニケーションが取れる便利ツールだ。誰だ目覚ましとか言った馬鹿は。犬のお父さんに謝れ。

 

 ごめんなさい。

 

 メールをうつ。相手は友人、その2だ。その2とか言う時点で友達が少ない証拠。

 いいのさ。量より質と言うじゃんか。俺のスマホの電話帳、その7分の2の容量を支配している友たち。

 今はいいよ。だが、あと半年もすれば俺の電話帳は女子の名前で溢れかえる。マヤの予言にそう書いてあると俺が言った。

 

『俺の夢はお前に託す』

 

 これでいい。パタンとは音がしない携帯を頭の横に置く。

 あ、目覚まし止めちゃった。まぁいいか。

 

 あいつらとは長い付き合いだ。中学のころからだから4年目か……

 懐かしい記憶がよみがえる。これが走馬灯というやつなのか……

 いろいろ馬鹿なこともした。あの頃の俺たちはまだまだ子供だった。

 春は可愛い新入生に変な輩がついていないか目を光らせ、夏は女子更衣室の警護をし、秋は運動会で双眼鏡とカメラを手に皆の雄姿を魂と写真に収め、冬は木枯らしでスカートが捲りあがらないかワクワ……もとい、冷や冷やしていた。

 あぁ、恥ずかしくも素晴らしい記憶だった……

 もう……思い残すことはない。パトラッ――

 

 あ。あるあるあるある!! ヤバい……俺まだ童貞じゃん……

 

「もう。お兄ちゃん、早く起きてってば」

 

 いつの間にか部屋に入ってきていたラブリーマイシスター。

 略してラブマシ。何かエロいゲームのタイトルみたいだ。買った。

 

 ゴソゴソと布団を動かして体を隠す。というより主に下半身を隠す。

 ラブマシに朝から変なものを見せるわけにはいかない。おい、誰のものが変だと。

 

「なんだ、起きてるんじゃない」

 

 顔を覗き込むように、俺を見るラブマシ。ツインテールが揺れている。

 朝から兄を起しに来るラブマシは妹力が高い。おまけに家事も出来るし、しっかりもの。努力家で健気。そして可愛い。

 

「結婚してください」

 

 プロポーズしてみた。

 

「……朝からバカなこと言ってないで早く起きて」

 

 冷たい目と溜息をミックスして返された。

 振られた。

 

 パタンとドアを閉めて、ラブマシは去ってしまう。

 

「はい」

 

 スタスタと軽い音がドアの向こうから聞こえる。その音に丁寧な返事を返し、ググッと背筋を伸ばす。ぐおぉ、と変な声が出る。じんわりとした奇妙な感覚が体を巡る。頭が酸素を求めて欠伸。

 

「ふぅ」

 

 のそのそとベッドから起き上がり、一日が始まった。

 

 

 

「お兄ちゃん、今日から高校生だね」

 

 ダイニングテーブルに並んだ食器。パンとサラダと牛乳。我が家のルーチン。妹が前の席に座る。小さな体が中学の制服に包まれている。

 

「高校生だな」

 

 オウム返し。下手な女なら別れ話を切り出すところだ。

 あんたといても面白くない。こっちこそ願い下げだ馬鹿野郎!! 

 どうせそんなこと言うのは茶髪ギャルって相場が決まってる。俺は清純派が好きなんだ。でも付き合ってくれるならギャルでもいいです。

 

「駅まで一緒に行こっか?」

 

 天使の微笑み。まさに。クリスチャンもビックリだ。

 

「はい。ぜひ」

 

 敬語になってしまった。俺も微笑みを返しておこう。

 

「……顔が変」

 

 ジーザス。

 

 

 

 公園。座り込み、泣いている女の子がいた。隣ではどうすればいいかわからないとばかりにおろおろと慌てている子がいる。何かあったのだろうか。そう思った俺は彼女たちに近づき、声を掛けた。

 

「どうしたの?」

 

 二人の視線が同時に俺に集まる。きれいな黒髪の子は目を腫らして、お転婆そうなカチューシャの子は不安げな顔で。

 だが、二人はこちらを見るだけで言葉は返してくれない。

 カチューシャの子が黒髪の子の前にさっと立った。腕を横に広げて、俺を睨む。

 

 全然怖くない。体の大きさ的に小学生だろう。可愛い。

 

「俺さ、ギター弾けるんだ」

 

 どうすればいいかよくわからなかったので、取り敢えず喋った。

 ギターなんてほとんど弾けない。音楽一家である我が家で俺は唯一のへっぽこなのだ。だが、練習はした。うまくないだけだ。

 

「ジャジャジャジャーン」

 

 ギターを持っていない。ならばどうするか。エアギターしかない。弾ける曲が見つからなかったから適当に手と口を動かした。

 俺の手は小さかった。夢だ、と気づいたが体を止めはしなかった。

 

「ジャララララ! ボーン!! ボバーン!!」

 

 駆けまわり、駆けまわり、飛び跳ね、飛び跳ね、腕を回す、回す。傍から見れば奇妙なダンスを踊っているようにしか見えないと思う。おそらく女の子たちにも。

 もはやギターの音じゃない。ドラムの音だか爆発音だかわからない。でも鳴らし続けた。

 

「……ぷ」

 

「……ふ」

 

 俺の奏でるシンフォニーを邪魔するかのように堪えた笑い声が聞こえた。

 俺はグルグルと回った。意味もなく。

 

「ギュルルルル!! シュイーン!!」

 

 回転音なのか。口が動いて変な音を出す。手だけはちゃんとギターを弾くように動いていた。

 

「ぷ……あはははは! 何だよそれ!! 絶対ギターじゃないじゃん!!」

 

「ふふふ」

 

 快活にカチューシャの子は笑った。おしとやかに黒髪の子も笑った。意味はあった。俺は誇らしかった。

 俺を指さし、涙を流して笑う顔も。顔を背け、涙を拭いて震える肩も。誇らしかった。

 

「ジャガガガ!! バーン!! シュラララ!!」

 

 調子に乗った俺は回るのを止め、また走りだした。けど、失敗だった。三半規管が揺られた後にまともに走ることなど出来るわけもなく、俺はフラフラと覚束ない足取りで、スピードだけは緩めずに公園の遊具に激突した。

 

 夢は覚めた。

 

 

 

 学校へ向かう道の途中。俺は今日そんな夢を見たことを思い出していた。隣には妹が歩いていて、心配そうに俺の顔を見つめている。

 

「大丈夫? 何かボーっとしてたみたいだけど」

 

「ああ……可愛い子がたくさんいますようにと神様に祈ってたんだ」

 

 神よ!! 俺の席の周りを美少女で囲ってくれ!! 美少女包囲網を!!

 

「はぁ……高校生になっても変わらないんだから」

 

 呆れたような視線と声が俺を襲った。

 変わらない日々だ。

 

 

 

 

 二十分ほど電車に揺られ、学校に着いた。妹とは電車の方向が違うために改札をくぐった後すぐに別れていた。その時すごく心配そうな目をされたが、結局妹は何も言わなかった。

 校門と入学式と書かれた板が合体している。それをバックに親子で写真を撮っている人がちらほらいた。

 

 俺たちの親はプロのミュージシャンだ。両親ともどもジャズバンドを組み、結構忙しそうに各地をウロウロしている。時には海を渡ったりもするそうだ。

 そんななかなか家に帰らない両親の子である俺たちは割と自立した子だと思う。家事は妹がやってくれている。俺は何もやってないけど。

 

 プロのミュージシャンの子ならば楽器ができそうだ。音楽IQが高そうだ。よく言われる。だが、そんなことはなかった。いや、妹はそうだ。俺が違う。ギターやらベースやらピアノやら試してみたけど、中の下。すぐに止めた。

 

 妹は俺が小学校4年くらいに始めたギターを見て、「私もやるー」と言った。妹は才能があったようでメキメキと上達。そんな姿を見ていた俺に両親は「まぁ仕方ないさ」と言って苦笑いをしていたのを子供心に覚えている。

 

 俺は多分悔しそうな、泣きそうな顔でもしていたんだろう。妹は「私が頑張るからおにーちゃんを怒っちゃダメ!!」と両親に言って泣き出した。それ以来。妹はさらにギターがうまくなった。

 

 

 

 楽しげに笑う親子を視界に入れて、俺は校門をくぐった。別に寂しくはない。俺も妹も両親が好きだし、両親も俺たちを愛してくれていると思う。恥ずかし。

 大事なのは体の距離ではなく、心の距離なのさ。と格好つけてみる。

 

 校舎の前には白い大きな紙が貼ってある。クラス分け、というやつに違いない。1組から3組。自分の名前を探す。

 

「お」

 

 3組か。ずらりと縦に並んだ名前の中には友たちの名もあった。友人2名以外に知っている名前などあるはずもなく、俺は他の人の邪魔になるからと気を遣ってすぐに退いた。俺が立っていた場所に違う子が立った。

 

 少しにぎやかになってきた校内。ゆったりとした足取りで3組の教室に向かった。すれ違う女の子の顔は見ておく。

 

「ん?」

 

 何かに引かれるように振り返った。けど何で振り返ったかはわからない。目には数人の新入生らしき生徒が映っている。

 もしや運命の出会いでもあったのだろうか。将来結婚する相手を見るとビビッと来るらしい。

 

 廊下のど真ん中に立ちふさがり、目を皿のようにして正面を睨む。

 目が合った人に逸らされる。すれ違う人とは物理的な距離感がある。

 

 5分耐えて、やめた。

 

 

 

 

 教室に入ると皆の視線が一斉に集まった。よせやい。照れる。第一印象は大事だと巷で噂だからとりあえず叫んだ。

 

「エイドリアーン!!」

 

 両手を上げて、顔面を上に。決して皆の俺をみる目が痛かったわけじゃない。

 泣きそうだったから涙がこぼれないようにしただけだ。

 多分。俺は今日から「エイドリアン」と呼ばれるだろう。それか誰も俺を呼ばないか。きっとどちらかだ。

 

「え、えいどりあーん」

 

 小声でもう一度言った。「あーあいつの口癖ってエイドリアンなんだー」と思われれば何とかなるかもしれないと思ったからだ。

 エイドリアンを繰り返しながら自分の席を探し、座った。出席番号順で決められた席は教室の中心。誰も話しかけてくれない。

 

 泣きそうだった。上を向いた。

 

 

 

 

「さっきすげー可愛い子いた。二人も」

 

 友人その1が現れた。割と高めの身長に眼鏡。インテリ風のイケメン2歩手前の容姿。中学からの付き合いだから卒業するころには6年もこいつと一緒にいたことになる。何故男なんだ? こいつ。

 

「よう、エイドリアン。さっきお前呼んだのにいなかったな」

 

 あだ名をつけた。「あーあいつエイドリアンってあだ名の奴呼んでたんだー」と思われれば何とかなるかもしれないと思ったからだ。

 

「ああ、今来たからな。それより可愛い子探しに行こうぜ」

 

 受け入れられた。

 

「いいよ。行こうか」

 

 受け入れた。

 

 

 

 エイドリアンと二人で校内をウロウロした。女子の顔やスタイルは目ざとくチェックした。エイドリアンはチラ見がうまい。小学校時代に習得したスキルだそうだ。

 

 校舎内を回った後は男子トイレの前の廊下の壁に二人でもたれて適当に会話をした。

 

「ふ……なかなかレベルが高そうだ」

 

 低い声でエイドリアンが言った。ここが戦場なら割とかっこいいセリフだと思った。

 よく考えればあんまりかっこよくなかった。

 状況を考えれば全然かっこよくなかった。

 

「だが年下がいないというのはツラいな」

 

 エイドリアンが声に溜息を混ぜる。新入生である俺たちに後輩などいない。年下好きのエイドリアンにとっては厳しい一年になりそうだった。

 こいつと妹は会わせないようにしよう。と心に誓った。

 通算五度目の誓いだった。

 

「時間だ。戻るか」

 

「そうだな」

 

 エイドリアンと二人で教室に戻った。すれ違う女子は全て確認した。

 

 

 

 教室に戻ると友人その2がいた。優しそうな線の細い容姿。なよなよした感じの男だが、はっきりとものを言うし、口が悪い。だが女子には優しい。

 友人その2は自分の席に座って、漫画を読んでいた。今日発売の人気漫画の最新刊だ。来る前にコンビニで買って来たのだろう。後で貸してもらおう。

 

「ねぇねぇ! それって今日出たやつだよね!?」

 

「ああ、うん。そうだよ」

 

「やっぱりそうなんだー! えっと……読み終わったら貸してくれない?」

 

「うん。いいよ」

 

「ほんとに!? やった!! ありがとう!!」

 

 何あれ? 

 エイドリアンと顔を見合わせる。すごい顔してる。雰囲気イケメンが台無し。友人その2は隣の席の女の子と楽しげに漫画について喋っている。結構可愛い子だ。

死ねばいいのに。

 もしかしてあいつこうなるのを予想して漫画を買って来たのだろうか。もしそうならとんだ策士だ。今日から公明と呼ぶことにしよう。

 と思ったがかっこいいのでやめた。ノストラダムスにした。

 

 俺がノストラダムスと女の子の会話に聞き耳を立てているとエイドリアンが二人に近づいて行った。何をするつもりだろうか。なんだか嫌な予感がしたので自分の席に戻っておいた。

 

「またお前学校でエロ本読んでるのか? 中学の頃から変わっちゃいねーな」

 

 最低だ。エイドリアン最低だ。あいつと付き合うとろくなことがない気がした。今までの学校生活を振り返ってみると、実際なかった。

 

「え……えっと」

 

 女の子が困った顔で引いている。ノストラダムスは焦った様子でエイドリアンを廊下に連れ出した。

 

「バカ! お前なんてことしてくれんだよ!! 明日とっておきのエロ本貸してやるから黙ってろ!! な!?」

 

 ノストラダムスの声は教室に丸聞こえだった。神妙な面持ちで二人は返ってきた。ノストラダムスの席に戻り、他人のふりを決め込んでいた女の子に話しかける。

 

「いやーこいつほんとに冗談好きでさー」

 

 苦笑いをしてノストラダムスが言った。

 

「そ、そうなんだ」

 

 苦笑いをして女の子が言った。

 

 俺は自分の席で入学式のしおりを4回読み返していた。

 

 

 

 担任を受け持った教員からの指示を聞き、入学式に出た。パチパチと拍手に包まれる講堂の中を俺たちは歩いた。壇上には色とりどりの花が高そうな花瓶に活けられていて、その正面に校長がいた。おじいさんだった。

 人生のためになるつまらない話を何度か聞く。暇だったので可愛い子がいないか辺りを見回してみた。すると眼鏡をかけた女性教員と目が合った。

 美人だった。笑っておく。

 微笑みを返された。惚れた。

 

 

 退場するとそれぞれのクラスに戻った。担任の指示に従い、席に着いた。俺たちの担任は40歳くらいの男の先生で担当教科は体育。見た目通りという感じ。苦手だ。

 

「よし! じゃあ皆に自己紹介をしてもらおう!!」

 

 テンプレートな展開。名前順。その場で立って自己紹介をしていく。いつも思うが、最初の子ってかわいそうだ。何もやることがなかったので一応自己紹介を聞いておく。エイドリアンの自己紹介は少し面白かったが、しょせん身内ウケだった。

 そうこうしている間に俺の番がきた。エイドリアンの情けない姿を笑っている場合じゃなかった。何を話すか全然考えていない。

 とりあえず名前は言うよね。名乗る。

 その後。

 

「えー」

 

 どうしよう。趣味か。特にない。じゃあ特技か。特にない。

 迷った俺は

 

「両親がプロのミュージシャンなんで俺も楽器をちょっと齧ります」

 

 両親を出しに使い、格好つけた。

 

 

 

 

「帰ろうぜ」

 

 HRが終わるとエイドリアンが話しかけてきた。周りでは「アドレス交換しよー」「うん、いいよー」などと現代社会における意思伝達媒体である携帯電話を赤外線通信で繋ぎ、互いの個人情報を交換していた。

 俺には誰も話しかけてくれない。孤高を目指すことに決めた。

 

「黙れ。俺に話しかけるな」

 

 格好よく言った。ダンディーな感じ。

 

「……じゃあな」

 

 エイドリアンの可哀そうなものを見る目。痛い。もしかして嫌われた?

 

「待って! 捨てないで!!」

 

 地べたに女の子座りをして言った。右手で去ろうとしているエイドリアンの制服の裾を掴むのも忘れない。完璧だった。

 

「お前さ、やっぱ馬鹿だよな」

 

 いつの間にか後ろに立っていたノストラダムスが呟いた。

 こいつらにだけは言われたくない言葉だ。

 

 

 

 

「そういや今日のメール何だったんだ?」

 

 帰り道。学校から駅に向かう道の途中。ノストラダムスが聞いてきた。

 

「あー何でもない」

 

 結局死んでないのだからこいつに託す夢はない。

 

「なんだそりゃ」

 

 ノストラダムスはそれ以上何も言ってこなかった。おそらく大して興味がないのだろう。ここで「俺の持ってるエロ本お前に全部あげようと思ってたんだ」と言えば、獲物を前にした空腹の獅子の如く襲い掛かってくるに違いない。だてに長い付き合いじゃない。それくらいわかる。

 エイドリアンは黙って渋い顔でキョロキョロと辺りを見回している。ここが戦場ならかっこいいと思った。何をしているかわかるからかっこ悪いと思った。

 

 二人と電車に乗り、俺は自分の家の最寄駅で降りた。二人とも次の次の駅で降りるはずだ。

 俺は一人、そのまま何事もなく家に帰った。玄関を開けると黒いローファーが綺麗に置かれていた。 妹はもう帰っているようだった。

 

「お兄ちゃん、おかえり」

 

 リビングに続くドアが開き、妹がひょこっと顔を出した。

 

「ただいま」

 

 靴を脱ぎながら、背中に掛かった声に返事を返した。

 

「今日お母さん帰ってくるって」

 

「ふぅん」

 

 四日ぶりくらいだろうか。

 

「だから晩御飯は外に食べに行こうって」

 

「おっしゃー」

 

 両親が帰ってくるとその日は外食になるのが我が家の決まりだ。その次の日からは妹が食事を作るようになる。

 両親曰く、「娘の成長を見たい」

 

「もうすぐ帰ってくるらしいから」

 

 そう言い残して妹はリビングに戻っていった。俺もリビングで母の帰りを待とうかと思ったが、妹はおそらく掃除でもするか音楽雑誌を読んだりするんだろう。俺がいてもすることがない。自分の部屋に行くことにした。

 

 制服を脱ぎ、着替えた。すぐに出かけることを考えて外でも恥ずかしくない恰好。

ボスンとベッドに腰掛けた。

 

「あー」

 

 暇だったので漫画を読むことにした。掃除をしていない本棚には埃がかぶっている。カーテンを開け、窓を開け、パンパンと埃を払う。目についたギャグ漫画を手に取って読んだ。主人公の男子高校生が友人たちと馬鹿をやる漫画だった。面白かった。

 

 しばらくすると玄関のドアの開く音がした。母が帰ってきたのだろう。出来た息子としては仕事帰りのお母様を出迎えねばなるまい。

 部屋を出て、玄関に向かう。するとすでに妹がいた。出来た娘だ。

 

「結婚しよう」

 

 もう一度プロポーズした。

 

「母親の前で妹に求婚しないでよ」

 

 冷静に母が言った。妹は呆れた様子で俺を見ていた。気まずかったので笑っておいた。

 

「高校生になっても変わらないのね」

 

 妹と同じセリフが母から出た。離れていてもやはり親子なんだな、と思った。

 何故か嬉しかった。

 

 母と妹と三人で外食をした。近所の洋食屋。昔からよく行っていたところだ。店に入ると店長が「お久しぶりですね」と言って母に挨拶していた。母は笑って「お久しぶりです」と返した。

 店長とその奥さんと母は少しの間、世間話に花を咲かせていた。途中俺たち兄妹の話も出てきた。

 店長が「もう高校生か。早いなーこの間までこんなに小っちゃかったのに」と俺を見ながらそう口にした。俺は、あははと愛想笑いを返すだけで、気の利いたことは言えなかった。妹も同じようなことを言われていたが、俺と同じように笑っていた。兄妹だった。

 

 注文をして料理が運ばれてくるのを待つ。その間、母が俺たちに学校はどうかとか色んな話を振ってきた。俺と妹は楽しくやってるという旨の返事を返した。

 母の話を聞くに父は今ヨーロッパにいるらしい。ここがギャルゲ、エロゲの世界なら父が友人の子供の金髪美少女を家にホームステイさせるとかいう電話をかけてくるはずだ。念のために家に帰ったら子機を部屋に持って行こうと思った。

 

 料理が来たら口数は少し減った。店長おすすめのビーフシチューはうまかった。昔ながらの変わらない味。なんだか懐かしい気分になった。

 俺たちが小学生のころは母はあまり家を空けないようにしていたようだ。それでも帰りが遅くなる日はよくあって、そのたびにこの洋食屋に来ていた。その頃からビーフシチューの味は変わっていない。嬉しいことだった。

 

 食べ終わると家に帰った。その途中で母が「アイスを買って帰る」と言い出し、途中コンビニに寄った。好きなものを選んでいいと言われたので、俺は子供のころから好きだった棒アイスのバニラ味を手に取った。妹はそのチョコ味を手に持っていた。

 それを見た母はカラカラと笑って、俺たちからアイスを受け取り、買い物籠に入れた。

 

 家に着くと妹はアイスを持って、リビングのソファーに座った。そういえば妹はあまり自分の部屋に行かないな、と気づく。昔からだ。妹は緑色の大きなソファー、その右端にちょこんと腰かけ、テレビの電源を入れた。人気の女優が主演を務めるドラマが流れる。それには目もくれず、アイスを食べながら読みかけ音楽雑誌を読むことにしたようだ。

 

 俺は何となく妹の隣に座った。何の興味もないのに、本棚から音楽雑誌を取ってきて読む。同じようにアイスを食べながら。母はダイニングのテーブルに一人で座って、俺たちの方をぼうっと見ていた。ドラマは家族のうち、誰も見ていなかった。

 

 夜が更けると風呂が詰まってくるので、俺が一番風呂を頂くことにした。脱衣所で服を脱ぎ、ガラッと風呂場のドアを開けると奇妙なことに気付く。

 湯が張ってない。

 妹がお湯を入れ忘れたのだろう。でも今日はしょうがないな、と小さく笑ってシャワーでその日は済ませた。

 

 風呂から上がると妹はソファーで眠っていた。湯が入ってなかったぞーと言おうと思ったが、その必要はないと思ったので風呂場に戻り、風呂の栓を湯船から出しておいた。

 いまだダイニングに座っていた母に一言声をかけ、部屋に戻った。

 

「お休み」

 

 優しく笑う母の声。その日はよく眠れた。

 

 

 

 夢を見た。

 またカチューシャの子と黒髪の子が公園にいた。昨日とは違って、二人とも最初から笑っている。

 

「あそぼーぜー!!」

 

 俺に気付いたカチューシャの子が花のように笑って俺を誘った。その隣に立つ黒髪の子は何故か不安げだ。もしかしたら嫌がっているのかもしれない。

 

「ほら! 速く速く!!」

 

 カチューシャの子が俺の手を引いて、黒髪の子の元に引っ張っていく。三人で正三角形を作るように立つ。

 二カッとカチューシャの子が笑った。俺もつられて笑った。黒髪の子も笑ってくれた。

 

 三人で駄菓子屋に行き、いろいろ買った。

 カチューシャの子はクルクルと棒状のスナック菓子を回して、勢いよく膝に突き刺した。袋が破け、中から黄色い菓子が飛び出す。そして、どうだと少年のように笑った。

 黒髪の子は綺麗な色の飴玉を袋に幾つも入れて、眺めていた。目をキラキラと輝かせ、いつまで経っても食べようとしない。俺がそれを見ると恥ずかしそうに目を細めた。

 俺はタバコによく似た箱に入った、これまたタバコによく似た駄菓子を口にくわえていた。スパーと煙も出ないのに口で音を出し、格好つけた。大人になったみたいで、口元がニヤついた。

 

 その後、アイスを買った。今日、妹と食べたアイスと同じものだった。

 俺とカチューシャの子はバニラ味。黒髪の子はチョコ味を選んだ。カチューシャの子が「真似すんなよなー」と意地悪そうに言った。「そっちこそ真似すんなよ」と子供っぽく返した。三人で笑った。

 

「今日は帰ろうか」

 

 日が傾いてきたので、俺はそう言った。二人とも「うん」と返事をした。二人の家の方向は一緒だったようだが、俺は反対方向だった。道にぽつんと立っていた電柱を挟むようにして立った。

 

「じゃあなー!!」

 

「ま、また」

 

 腕をブンブンと振り、カチューシャの子が声を上げた。隣では黒髪の子が顔の横で小さく手を振っていた。

 

「バイバイ」

 

 俺も手を振り返し、夕日に染まる二人を見た。最後、夕日の光で二人の顔が見えなかった。

 

 

 目を覚ますと、天井に貼られたシールが目に入った。眩しいな、と思って目を擦る。その理由は単純にカーテンが閉まっていなかったからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 一週間後。俺は部活動見学に来ていた。そこは文芸部の部室。インドアな俺は適当な文化部を巡っていた。そのうちの一つがここだった。

 

「すいません。見学に来たんですけど」

 

 そう言いながらドアを開けた。中にはあまり活発そうじゃない人たちが椅子に座って本を読んだり、ペンを動かしたりしていた。

 

「あぁ、はい。新入生だね」

 

 少し長めの黒髪。野暮ったい眼鏡をかけた優しそうな男の先輩が出迎えてくれた。部長の役職についているらしい彼は見た目通り丁寧に説明をしてくれた。

 文芸部の活動内容としては「本を読む」か「本を書くか」の二択。好きな方を選んでいいそうだ。どうにも緩い部活。そんな印象だった。

 

「ん?」

 

 ふと気が付くと、どこかで見たことあるような女の子がいた。本を読んでいるために少し下を向いてはいるが、かなり可愛い子のようだ。おそらく、学校内のどこかですれ違ったのだろうと適当に当たりをつけて、その日は部室をあとにした。

 

 

 

「部活決まった?」

 

 帰り道。いつもの三人で帰っていると、エイドリアンが口を開いた。

 

「俺はテニス部」

 

 ノストラダムスが言い放つ。華奢な体のくせに意外とスポーツマン。こいつは運動部に入るだろうと思ってはいた。

 

「へぇ、何で?」

 

「テニスウェアっていいよな」

 

 俺は無視することにした。エイドリアンも同じのようだ。

 

「お前は?」

 

 ノストラダムスがエイドリアンに聞き返す。エイドリアンは少し悩む素振りを見せてから、答えた。

 

「バスケ部かサッカー部かな」

 

「へぇ、何で?」

 

 止せばいいのにノストラダムスが聞いた。

 

「可愛い後輩のマネージャーが来そう」

 

 予想通りの答えが返ってきたため、俺は何の反応も示さなかった。ノストラダムスも「くだらなねぇ」と冷たく言って、会話を止めた。

 お前が言うな。

 

「で? お前は?」

 

 エイドリアンが俺に訪ねてきた。今のところ特別ここがいいというものはなかったので、帰宅部になりそうだ、と答えると「やっぱお前馬鹿だわ」とノストラダムスに鼻で笑われた。

 お前らよりマシだ、と思ったけど、俺は大人なので言わないでおいてやった。

 

 

 さらに一週間後。

 俺は生徒会室に来ていた。俺が入学早々生徒会に呼び出しをくらうような問題児というわけでも、生徒会メンバー(妄想の中。全員女子)とエロいことしに来たわけでもなく、生徒会執行部の見学だ。今期の生徒会長は男子で、真面目そうなインテリ系のイケメンだった。

 無性に腹が立った。「もういい! 帰る!!」と言って帰ってやろうかと思ったが、同じ一年の赤い眼鏡をかけた女の子が可愛かったので、許してやった。

 

 だがこれからの行動如何ではどうなるかわからんぞ、と心の中で忠告してやった。するとイケメン生徒会長と目が合い、爽やかな笑顔を見せつけられた。

 まさか俺の心が読まれたのだろうか。漫画では男の生徒会長は悪役と相場が決まっているので、警戒度を上げておく。もしかすると、この学校の生徒会は夜な夜な街を徘徊する悪魔を倒すために集められたエスパー集団なのではないか、という予想が立った。

 面白そうなので、応援することにした。

 

 生徒会の仕事を説明されて、生徒会室を出た。眼鏡の子はもうすでに生徒会に入ることを決めているらしい。

 生徒会の仕事はやりがいがあって楽しそうだった。一応会長には保留と言っておいた。新入生の部活動の入部は来週までなのでゆっくり考えることにした。

 

 

 

 週が明けると視線を感じた。廊下。背後からの視線。

 もしかして熱烈なファンがついたのかも。と妄想してみたが、振り返ってもそんな熱い視線を向けてくる人はいなかった。

 

 その代わりに変な子がいた。

 

 ふわふわした茶髪に黄色いヘアピン。真顔でじっと俺を観察するように見つめている。可愛らしい容姿だが、ほんわかした雰囲気と真顔が全然あっていない。

 確か同じクラスの子だった気がする。名前を忘れてしまったので、便宜上「天然ちゃん」と名付けた。似合う。

 

「何か用かな?」

 

 声を掛けてみた。単純に気になったという理由もあれば、お近づきになりたいという欲望もあった。

 

「え!? い、いや~え~と……」

 

 すると天然ちゃんは一瞬硬直したあと、目を泳がせ、言葉を濁らせた。「まさか声を掛けられるとは思ってもみなかった!!」と顔に書いてある。わかりやすい子だ。

 俺がクール系イケメンキャラならここで「用がないなら、じゃ」と言い残して格好よく去っていくのだろう。だが、残念なことにクールでもイケメンでもないので、女の子と仲良くなるためには努力をするしかない。

 

「ナイストゥミーチュー!!」

 

 流ちょうな英語でコミュニケーションを図った。

 

「うえ!? え、英語!? ど、どう……えっと、は、ハロー?」

 

 ワタワタと可愛らしく手を動かしながら天然ちゃんは英語で返してくれた。

 

「オゥ!! イッツファンタスティック!!」

 

 アメリカンな感じで話を続ける。本当は紳士な俺だが、あえてのアメリカンだ。会話が成り立たない気がプンプンするが、面白そうだったので気にしないことにした。

 

「ふぁ、ふぁん……たすき? 炭酸?」

 

「グレープグレープ!! オゥレンジ!!」

 

「え、えっと……アイドントライクタンサーン!!」

 

「ワォ!! CO2!! CO2!! ウォーミングワーニング!!」

 

「わ、わーきんぐ!!」

 

 天然ちゃんと楽しく会話していると視線を感じた。振り返ってみると沢山の人たちが俺たちを見ていた。

 野次馬の中に可愛い子がいた。目が合ったので笑ってみた。

 目を逸らされた。

 

「ジーザス!!」

 

「し、シーザーサラダ!!」

 

 天然ちゃんはいい子だった。

 

 

 

「え? ギター?」

 

 天然ちゃんと落ち着いて話をしてみた。聞くと、彼女は軽音部でギターを始めたらしい。新しいギターを手に入れることには成功した。だが、ギターを弾ける人間が誰もいないので教えてくれるコーチを探しているという旨の話だった。

 俺を訪ねて来たのは、最初の自己紹介を思い出したからだそうだ。

 

「うん、ギター弾けない?」

 

 天然ちゃんは、こてんと首を傾げて聞いてきた。可愛い。

 

 ギターは弾けるけれど、素人に毛が生えた程度だ。とてもじゃないが人様に教えれるものではない。

 妄想の中では天然ちゃんに手取り足取り教えているのに、所詮は妄想だった。

 

「ギターは専門外かな」

 

 ちんけなプライドが現れた。

 

「そうなんだ~どうしようかな~」

 

 顎に手を当て、うんうんと唸る天然ちゃん。

 俺も悩む。

 この後にギターの弾けるイケメンが出現して、天然ちゃんと二人っきりのギターレッスンを毎日開催し始めたらどうしよう。

 ここは正念場だ。そう感じた。

 

「ギターを弾ける人紹介しようか?」

 

 

 

「って言っちゃったんだ?」

 

「はい」

 

 家。リビングで俺は正座。妹様はソファーの定位置。天然ちゃんにギターの先生を紹介する約束をした俺。その当てはもちろん妹様だった。

 

「お兄ちゃん、私受験生なんだよ?」

 

「あ」

 

 そうだった。妹は中3なのだ。受験だ。

間抜けな声を出すと、妹が呆れた目で兄を見た。

 

「はぁ……家事」

 

「え」

 

 溜息を吐いて、妹様はぼそりと呟いた。

 

「家事、お兄ちゃんも手伝ってくれるなら、いいよ」

 

「マジで?」

 

 大丈夫なのだろうか。俺が余計なことをしたせいで妹が受験に落ちたりしたら、と考えると心臓が苦しい。プレッシャーに弱い。

 

「桜ヶ丘は結構余裕あるし、勉強の息抜きにはちょうどいいと思うし」

 

 言い訳するように妹は言った。

 

「あ。あとお兄ちゃんは勉強教えてね」

 

 妹は悪戯っぽく笑った。

 

「了解」

 

 苦笑いと簡素な返事を返すことしかできなかった。

 ほんとによく出来た妹だった。

 

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