ある男子高校生のくだらない話   作:ノスタルジー

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 次の日の朝。いつも通りに妹に起こされ、学校に向かった。特筆すべきこともなく、学校に着く。

 

 始業開始5分前。天然ちゃんは窓際の席で友人らしき子と楽しげに会話している。赤い縁の眼鏡の子。生徒会に入ると言っていた子だ。二人が仲良さそうに会話しているのを見るに、少なくとも中学時代からの友人関係のだろうと推測できる。

 エイドリアンかノストラダムスと交換してくださいと神に祈ってみたが、何も変わらなかった。

 

 ここで彼女たちに話しかけることができるほど俺のコミュ力は高くない。話に水を差して「うざいね~」とあのほんわかした笑顔で言われれば立ち直れそうにない。

 だから時期を待つことにした。

 

 授業の間にある10分の休み時間を3回浪費し、昼休みになった。

 天然ちゃんは可愛らしい弁当箱を広げ、眼鏡の子と談笑している。ちなみに3回の休み時間も同じように二人で話していた。他に友達がいないのだろうかと邪推してみたが、軽音部だけであと少なくともあと3人はいる計算だった。負けた。

 このままではいつまで経っても話かけることができないと判断した俺は、ビクビクと怯えながら二人に近づいた。

 

「あ、久しぶり~」

 

「あれ?」

 

 ふにゃっとした笑顔で挨拶してくれた天然ちゃん。怪訝そうな顔で俺と天然ちゃんを見比べる眼鏡の子。

 

「どうしたの?」

 

「あ、ごめん。何でもない」

 

 ついそう言ってしまった。何でもないわけないのに。これが童貞の弊害なのかと感じる。中学の頃はそこそこ可愛い女の子と――俺目線では――お互いに楽しくお話しすることだってできたはずなのに。

 天然ちゃんが眩しすぎる。

 

「そうなの?」

 

 箸を咥えて小首を傾げる天然ちゃん。あざとい仕草がこれ以上ないくらいに似合っている。

 

「付き合……じゃなくて、ギターのことなんだけど」

 

 本音が出そうになったのを何とか引っ込めた。

本題を切り出すことに成功。

 

「おぉ!! 待ってましたー!!」

 

 天然ちゃんは両手を上げてバンザイをした。その時、口に咥えていた箸がポロリと落ち、床に落ちた。

 慌てる天然ちゃんに眼鏡の子が仕方ないな、という感じで声を掛けた。

 

「あぁ、もう。私が洗ってきてあげるから。待たせるわけにはいかないでしょう?」

 

「ごめんね~ありがと~」

 

 眼鏡の子は俺に気を遣ってくれたようだ。天然ちゃんの箸を拾って廊下に出て行った。出来た子だ。精神年齢が高い。委員長さんと呼ぶことにした。委員長には悪いと思った。

 

「えっと、俺の妹がギター弾けるんだけど、教えてもいいって」

 

 「どうする?」と聞いてみれば、天然ちゃんは「ぜひ!!」と元気よく答えた。

 

「じゃあ明日の放課後、軽音部の部室に連れて行くよ」

 

 そう言って爽やかに俺は去る。キラッとした笑顔を作ることも忘れない。天然ちゃんの「ありがとー!!」が心に響いた。惚れた。

 

 

 

「おい、どういうことだ」

 

 自分の席に戻ると、そこに座っていたエイドリアンが怖い顔で出迎えてくれた。

 どけよ。

 

「何故にお前があの子と仲良く話をしているのだ?」

 

 まるでアニメキャラのような言い方でエイドリアンはそう言った。長い脚を組んで、机に肘をついているのがうざかった。

 ノストラダムスはといえば、隣で普通に弁当を食っている。ノストラダムスは男同士の恋愛に夢中な女の子たちが好きそうな顔をしているな、と全く関係のないことを考える。今度、こいつの写真を持って漫画研究会にでも顔を出してみようか。

 

 夕日に染まる漫研の部室で「男の子の身体見てみたいな……」とおどおどした眼鏡っ子が言った。

 

 もちろん妄想だ。

 けど、本の中でノストラダムスとエロいことさせられそうだから諦めたほうがいいよな。メリットとデメリットを天秤にかけるとデメリットの方が大きい気がする。

 

 そんなくだらないことを考えているとノストラダムスが睨んできた。

 バレた。

 俺は顔を背け、エイドリアンとの会話をスタートする。

 

「あーまぁ、色々あって」

 

 俺が適当に言葉を濁して答えるとエイドリアンは笑顔に変わった。

 

「あー色々ね。はいはい。まぁ人生だもんな、色々あるよな……なんて言うと思ったか!!」

 

 と思いきや、また鬼の形相に戻った。とりあえず鬱陶しいと思ったが、今は許してやろう。天然ちゃんが俺を優しい人間に変えてくれたのだ。

 

「勝負だ!!」

 

 教室中に響き渡る大声で、エイドリアンが叫んだ。昼休み前半だからほとんどのクラスメイトは教室にいる。視線が教室の中心にいた俺たちに集まったが、皆が「まーたあいつらか……」というような顔をして、何事もなかったかのように会話を再開した。

 

 何故エイドリアンがここまでムキになるのかを冷静に分析してみれば、すぐに答えが出た。多分。天然ちゃんが同い年ながらも年下っぽい雰囲気を醸し出しているからだろう。

 こいつと妹は会わせないようにしよう。と誓った。

 通算七度目の誓いだった。

 

「ふっ」

 

 鼻で笑ってやる。エイドリアンが人を殺せるような目で睨んでくる。普通に怖い。

 

「そんな顔をしていられるのも今のうちだ!! 見ろ!!」

 

 エイドリアンは勢いよく自分の鞄に手を突っ込んで、勢いよく引き抜いた。その手に握られていたのは20cmくらいの少し長い棒状の箱だった。書かれたロゴを見てみると、黒い字で「ジェンガ」と書いてある。

 つまりジェンガだった。

 

「お前何でそんなの持ってんだよ……?」

 

「暇つぶしにやろうと思って家から持ってきたんだよ!!」

 

「普通さ、トランプかUNOじゃね? そういうの」

 

「こいつ馬鹿だから」

 

「うっせぇ!! 黙れ!! この裏切り者どもが!!」

 

 ノストラダムスともども怒鳴られた。エイドリアンはドンと机にジェンガの箱を立て、スーっと箱を引き抜いた。綺麗に完成されたジェンガが俺の机のど真ん中に立つ。

 ノストラダムスは鬱陶しそうな顔をして弁当箱を片付けた。なんだかんだ言ってヤル気だ、こいつ。

 

「負けた奴は、死ね」

 

 エイドリアンはやっぱ馬鹿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ね」

 

 ノストラダムスが冷たく言い放った。俺は妹の作ってくれた弁当を食べながら、泣きながらジェンガを片付けるエイドリアンを見ていた。

 

「何故だ……? 神よ!! そんなにも俺が憎いか!?」

 

 エイドリアンが床に膝をつき、天を仰いで叫んだ。ここが戦場ならかっこいいと思った。だが、普通に教室なのでかっこ悪かった。

 クラスメイトたちは半分くらいに数が減り、教室にいる人たちは楽しげに談笑している。エイドリアンの慟哭を誰もがなかったことにしていた。

 

「神は死んだ!!」

 

 エイドリアンが可哀そうだったので俺も叫んだ。エイドリアンと二人でノストラダムスの方を見てみれば、ノストラダムスは席を静かに離れて、自席へ戻って行った。

 

 俺たちの存在が世界から切り離された。

 頑張って格好よく言ってみたが、ただ空しいだけだった。

 

 

 

 

 

 放課後。天然ちゃんが話しかけてきた。いや。きてくれた。

 嬉しかったのでその気持ちを全力で表現しようと決めた。

 

「サプライズパーリー!!」

 

「さ、サンバパーティー!!」

 

 相変わらず天然ちゃんはいい子だ。もちろんこの数時間の間にグレていたら、それはそれで心配になる。

 安堵の溜息と共に、ついでにサンバの衣装に身を包んだ天然ちゃんを妄想してみたが、全く似合わない。天然ちゃんにはいつもパジャマでいてもらうことにした。もちろん妄想の中だ。

 

「何か用かな? 妹が来るのは明日だけど?」

 

 天然ちゃんのことだから意思疎通に齟齬があったのかもしれない、と少々どころかかなり失礼なことを考える。だが、妹や生徒会長やノストラダムスのように俺の心を覗くことはできないようで、天然ちゃんは普通に笑顔で答えた。

 

「えっと……軽音部の皆が会いたいって言うからね……その~」

 

 「あれ? 俺の心覗かれすぎじゃね?」とかいう疑問はどうでもよくなった。心なんて誰に覗かれてもいいや、もう。

 

 現在。軽音部は天然ちゃんを入れて4人。全員女子。

 

「一緒に来てくれないかな?」

 

「はい。喜んで」

 

 

 

 軽音部の部室前。えらく辺鄙な場所にある。音楽室と準備室のある三階の隅っこ。天然ちゃんに連れられて、そこに来ていた。

 音楽に用のない生徒は絶対に立ち入らない場所だ。うちの高校では音楽、美術、技術の中から選択で副教科を一つ選ばないといけない。音楽選択者は音楽室で授業を受けるが、俺は美術を選んでいたのでここに来るのは初めてだった。

 

 ちなみにエイドリアンとノストラダムスは音楽選択だ。可愛い子が多そうだからという理由。俺は止めておいた。前に「何で音楽じゃないのー?」と音楽選択の隣の席の子に言われたが、その時は「家で毎日音楽に触ってるからさ。学校までは、ね」とキメた。

 その時の彼女のなんとも言えないような顔は一生忘れないだろう。

 

「よし」

 

 居住まいを正して、気合いを入れた。心臓がバクバクと早鐘を打つ。胸に右手を当て、深呼吸をする。

スーハー

 スーハー

 

「みんなー!! 連れて来たよー!!」

 

 準備が整っていないのに天然ちゃんはドアを開け放った。おそらく中から見ると、胸に手を当てながら目を瞑っている俺は敬虔なクリスチャンに見えただろう。

 

 

 

 

「えっと、初めまして」

 

 出来る限りの爽やかな笑みを見せて挨拶をする。印象が薄いかとは思った。

 第一印象が大事だと巷で噂なのだが、俺は噂には流されない男だ。

 

 「初めまして」と3人は答える。黄色いカチューシャがトレードマークの性格まで明るそうな子。艶やかなロングストレートの黒髪が端正な顔とよく似合っている子。緩いパーマがかかった長めの茶髪と太めの眉が特徴的な子。

 天然ちゃんを含めてみんな美少女だった。

 

 なんだか怖くなったので、「お金ないです」と言うとカチューシャの子は何ともいえない顔をした。黒髪の子は何かに気付いた様子で口をパクパクさせながら固まっている。天然ちゃんと眉の子は何もわかっていなさそうな顔。

 

「別にカツアゲとかしないから……」

 

 カチューシャの子が困ったようにそう言う。天然ちゃんと眉の子は黒髪の子に「ねぇねぇ、カツアゲってなーに? トンカツ揚げるの? もう揚がってるのに?」と聞いていた。天然ちゃんはどこでも変わらない様子で安心した。

 

「えっと、あんたさ、あたしとどっかで会ったことある?」

 

 カチューシャの子が躊躇いがちにそう尋ねてきた。これが逆ナンかと思ったので、「逆ナン?」と率直に聞いてみると、「いや、やっぱいい、何でもない」とちょっと引かれた。この経験は次に活かそう。

 

「ん? どーした? 澪」

 

「な、な、何で……」

 

 ずっと硬直していた黒髪の子にカチューシャの子が声を掛ける。黒髪の子は俺を指さしてワナワナと震えていた。

 俺何かしただろうか。振り返ってよく考えてみると、文芸部の見学に行ったとき、この子によく似た子が本を読んでいたのを思い出した。だが、そこで俺は何もしていないと思うので、他の場所か。

 

「な、何でここにいるんだよ!!」

 

 過去の記憶を探ろうとした俺の意識を覚醒させるように黒髪の子が叫んだ。

 

「エアギター!!」

 

 あ、この子は可愛いのに残念な子なんだ。

 

 

 

「エアギター?」

 

 固まった空気を和らげるように天然ちゃんのほんわかとした疑問が宙に浮いた。眉の子も同じように全くピンと来ていないようだ。かくいう俺も全然わからない。

 

「エア……あー!!」

 

 カチューシャの子が黒髪の子と同じ手の動きで俺を指さして叫んだ。

 

「何で!?」

 

 何で、と聞かれても。何についての「何で」なのかもわからない。二人と俺の間には何かしらの齟齬があるようだ。

 

「えーと、とりあえずお茶にしない?」

 

 まったりとしたお茶の誘いが聞こえた。我が家の家訓では「男は女からの誘いを断ってはいけない」という決まりがあった気がする。

 

「はい。ぜひ」

 

 あってもなくても断る気にはなれなかった。

 

 

 

 おそらくアッサムだろう。カチャカチャと陶器とスプーンのぶつかる音が手元から聞こえ、湯気と共に芳醇な香りが鼻を優しく触る。

 目を瞑り、「アッサムだね」と誰に言うわけでもなく、口にしてみる。すると「ダージリンだけど……アッサムの方がよかったかしら?」と少し困ったような声が耳を打った。

 非常に申し訳なかったので、「いえ、大好物です、ダージリン」とティーカップ片手に紳士っぽく言っておいた。

 

「うわー全然変わってねー」

 

 俺と眉の子との高尚な紅茶談義に水を差したのは、カチューシャの子の呟きだった。

 

「ああ、この適当な感じ、昔と同じだ」

 

「三人は知り合いなのー?」

 

 二人の声に反応を示したのは天然ちゃんだった。

 

「小学生の頃に一緒に遊んでたんだよ。大体半年くらいかなー」

 

 あぁ、なるほど。思い出した。確か、

 

「昔、二人とは結婚の約束をしたんだ」

 

「そうそ…って、そんなことしてねーよ!! てか、お前覚えてたのかよ!!」

 

「今思い出したんだ」

 

「……嘘くせー」

 

 本当なのに。信用されていない。何故だろうか、と懐かしい記憶を振り返ってみれば、いくつか思い当たる節がないわけでもなかった。

 多分。アリの巣を穿り返して遊ぶカチューシャの子に「アリって一匹でも殺したら人間が十二歳になった日の夜、寝てる時に群れで襲い掛かってくるらしいよ」と言って脅かしたこととか、ラムネの瓶の中にあるビー玉を欲しがった黒髪の子に「瓶を下に向けて、口で思い切り吸えば出て来るよ」と言って顔を真っ赤にして瓶を吸っている姿を眺めていたこととか。

 けれど、どれも些細なことばかりなのでおそらく違うと思う。

 

「お前さ、何で急に消えたんだよ」

 

 神妙な面持ちでカチューシャの子はそう聞いてきた。黒髪の子も恐る恐るという風に目を向けてくる。残りの二人は何の話かわかってはいないだろう。

 

「ちょっと事故にあってね」

 

 本当だ。俺は事故に逢い、入院していた時期がある。奇しくもそれは二人と仲良く遊んでいた頃だった。

 二人に連絡を取ろうにも小学生だった俺たちは携帯なぞ持っていなかったし、二人の家の電話番号も知らなかった。とは言っても公園には伝令として妹を派遣したはずなんだけど。二人が忘れているか幼かった妹が伝え忘れたのだろうか。

 

「何だよ、そうだったのか……あの時は大変だったんだぞー? 澪が『嫌われちゃったのかな……』って泣き――」

 

「わー!! わー!! わー!!」

 

 どうやら心配させてしまっていたらしい。申し訳ない気持ちと不思議な喜びが現れる。

 

「だってぇ……澪の初――」

 

「わーーーー!!!!」

 

 意地悪そうに笑うカチューシャの子。からかわれてあたふたする黒髪の子。まるで夢のまま時間だけが過ぎた光景に笑いが漏れた。

 つられて二人も笑った。

 

 

 

 

 

「こほん」

 

 軽音部部長のわざとらしい咳。カチューシャの子(そういえば名前を知らない)が居住まいを正して、俺を見た。

 

「エアギターの妹さんが唯にギターを教えてくれるんだよな?」

 

「うん」

 

 おそらくエアギターというのは俺の名前なのだろう。昔は何て呼ばれてたのか覚えていないが、もしかしたら二人は俺のことをエアギターと呼んでいたのかもしれない。彼女も俺の名前を知らないのだろうか。

しっかりと名乗り合うべきかとも思ったが、やめた。

 

「エアギターは結局ギター弾けないんだな?」

 

「うん。あ」

 

 巧みな誘導尋問だった。二人に俺の六年来の嘘がバレた。

 「まぁわかってたけど」とカチューシャの子。「そうだな」と黒髪の子。

 

「あ、明日の放課後連れて来るよ」

 

 おそらく天然ちゃんから聞いていたであろうけど、わざともう一度言った。「いやー悪いな」とカチューシャの子が笑って言う。

 

 そう言えば、ここは軽音部なのだからみんな楽器を演奏するということだ。

 

「カチューシャちゃんの担当の楽器は?」

 

「か、カチューシャちゃん?」

 

 カチューシャちゃんは俺の疑問に答えてはくれなかった。それどころか「は?」という顔。目が合った。照れる。

 黒髪ちゃんはおしとやかに手で口を隠し、くすくす笑っている。天然ちゃんと眉の子も笑いを堪え切れないという感じだ。

 

「カチューシャちゃんは嫌だった? じゃあ、カーちゃん?」

 

「あたしはまだ高校生だ!!」

 

「いや、知ってるけど」

 

「こいつムカつくー!! ……はぁ。カチューシャちゃんでいいよ、もう」

 

 「諦めた」と顔に書いてある。

 

「カチューシャちゃんはドラムかな?」

 

「……何であたしがドラムってわかったのかは聞かないでおく」

 

 俺もそれがいいと思う。

 

「で、黒髪ちゃんは、キーボードかな?」

 

「く、黒?」

 

 黒髪ちゃんも俺の疑問にすぐに答えてくれなかった。カチューシャちゃんと同じように「は?」という顔。二人は本当に仲がいいようだ。流石は幼馴染。

 カチューシャちゃんは「ぷー」とわざとらしく変な声を出して笑い、残りの二人も変な笑い声を堪え切れずに出し始めた。

 

「わ、私はベースだ」

 

「そうなんだ。じゃあ……」

 

 黒髪ちゃんはベース。言われれば、よく似合っている。何と言うか、クールな感じ?

 視線を黒髪ちゃんから外し、眉の子を見る。

ギター、ベース、ドラムがいるということ。そして、彼女の雰囲気から推理するに――

 

「貴様がキーボードだー!!」

 

 バンと勢いよく机を(陶器が割れないよう絶妙な力加減で)叩き、眉の子にホームズもビックリの素晴らしい「犯人当て」をした。

 天然ちゃんは「おぉー」と何故か体をのけぞらせ、カチューシャちゃんと黒髪ちゃんは苦笑い。渦中の眉の子は、

 

「すごいすごい!!」

 

 大喜びだった。

 

 

 

 

 話を聞くに、眉の子はかなりのお嬢様らしい。俺の「犯人当て」が最近見始めた刑事もののドラマにそっくりだったということでテンションを上げてしまったそうだ。

 机の上に並ぶ高級そうな陶器もマジで高級だった。高級「そう」とか言ってる場合じゃない。危うく一時の悪ふざけで借金を背負うことになるところだったと焦る。

 

「ふふ、やっぱりお嬢様ちゃんがキーボードだったんだね」

 

「何故にドヤ顔……お前一回間違ってるからな?」

 

 カチューシャちゃんはツッコミ体質だ。いや。ボケであり、ツッコミでもあるか。振り返ってみると昔からだった気もする。

 

「ムギちゃんはお嬢様ちゃんなんだねー」

 

 天然ちゃんとお嬢様ちゃんが楽しげに会話している。お嬢様ちゃんは何故か嬉しそう。何故だろうか、と不思議に思っていると隣に座る黒髪ちゃんが「ムギはニックネームが欲しかったんだって」と耳打ちしてくれた。

 でもそんな情報はどうでもよかった。すごくいい匂いだった。

 

「それで、天然ちゃんはもうギターの練習始めてるのかな?」

 

 教える人間がいなくても出来ることはいくつかあるし、ギターリストじゃあなくても音楽を齧っている人間なら教えられることもある。

 

「うん! 楽譜の読み方を習いました!!」

 

「え?」

 

 楽譜の読み方? 何かの暗号だろうか。楽譜、楽譜……gakuhu、がくふ……読む?

 全くわからない。

 

「……唯は本当に初心者なんだよ」

 

 黒髪ちゃんが悟ったような表情で呟いた。その呟きは俺に聞かせたかったのだろう。カチューシャちゃんとお嬢様ちゃんは苦笑い。相当苦労したのが見て取れる。

 まさか楽譜も読めないほどだったとは。妹にはツラい役目を背負わせてしまったのかもしれない。

 今日帰ったら抱きしめてやろうと思った。余計なお世話だったと思う。

 

 

 

 

 

「明日の放課後、学校の校門に迎えに来てね」

 

「ふ、この兄に万事任せておけ」

 

「何それ……」

 

 大きなダイニングテーブルに座るのは俺と妹の二人。両親はいない。

 今日の夕飯は妹の作ったカレーだった。俺の中で家庭の味というのは半分は母の味であり、もう半分は妹の味である。

 カレーは母か妹が作ったものが一番だ。

 そう率直な感想を妹に告げると、妹は恥ずかしそうに目を逸らして、小さく「ありがと」と言った。可愛い。

 もう一度率直な感想を告げてみると、妹は胡乱げな表情に早変わりした。何故だ。

 

「お兄ちゃん、そんなこと皆に言ってるんじゃないの?」

 

「言ってないけど」

 

 多分。

 

「……ならいい」

 

 そう言うと妹は黙って、食事を再開した。俺も同じようにカレーを食べる。

 少し甘めのルー。昔、辛いものが苦手な妹のために母が作ったものとそっくりな味。いつの間にか中野家の家庭の味になったそれを、口に運んだ。

 おいしい、と小さな声が漏れた。

 

 

 

 翌日。いつものように妹に起こされた。朝の陽ざし。部屋を照らす。溜息の交じる欠伸をして、いそいそと制服に着替えた。

 妹と朝食を食べ、学校に向かう。妹は小さな体に似合わないギターを持っていた。

 天然ちゃんとのレッスンのために必要だからだろう。

 

「それ、俺が学校に運んでおこうか?」

 

「え? あぁ、うん、そうだね。じゃあお願い」

 

 妹からギターケースを受け取り、その重みを肩に感じる。

 両親が二年前の妹の誕生日に買い与えたムスタング。当時中学二年生だった俺に大したものは買えず、妹が何を欲しがっているかもわからなかったため、ピックを数個とストラップをあげた。ちんけなプレゼントだったけど妹は喜んでくれて、今でも愛用してくれてるらしい。

 

「どうしたの? ニヤニヤして」

 

 自覚はなかった。

 

「……軽音部は可愛い子がいっぱいだったなーと思って」

 

 適当に誤魔化すと妹はこちらに冷たい目を向けた後、そそくさと行ってしまった。大きな声で、このツンデレめーと言うと睨まれた。可愛かった。

 

 

 

「天然ちゃん、天然ちゃん」

 

 教室に着くと天然ちゃんと委員長さんが席でお喋りをしていた。窓際の天然ちゃんの席は非常に暖かそうで、俺の教室の中心という名の裸の要塞とぜひ交換してほしい。

 天然ちゃんに声をかけ、ムスタングを軽音部の部室に置いておいてもらう。朝の廊下を歩き、部室に向かった。

 

 壁にムスタングを立て掛ける。朝の爽やかな空気の中で一人。誰もいない教室。何だか変な哀愁。キョロキョロと無駄に辺りを見回すと、少し古めの緑色のソファーにカチューシャちゃんの黄色いドラム、木でできた食器棚には白いティーカップやお皿が並んでいる。

 携帯で写真を撮った。何故か。

 

 

 教室に戻ると始業開始まであと三分しかなかった。自分の席に座り、授業の準備をする。ボーっとしていたらアッという間に三分は過ぎる。カップラーメンの出来上がりを待っている時とは随分と違う。

 

 一時間目は数学。眼鏡をかけた中年の男性教諭が静かに教室へ入ってきた。淡々とした調子で授業を開始し、速攻で生徒たちを眠らせる。もっと面白い授業してくれよ、という愚痴が話のネタになる先生だ。そういう俺もその愚痴をよく言う人間の一人だった。

 

 

 

 

「おーい!!」

 

 幼いカチューシャちゃんが手を大きく振っている。俺を呼んでいる。カチューシャちゃんの隣には黒髪ちゃんもいて、控えめに手を振った。いつもと違うな、と思ったのは当然だろう。街の真ん中、少し大きめの駅の前。今日は公園じゃあなかった。

 

「よし! じゃあ行くか!!」

 

 それに何と言うか、余所行きの恰好とでも言えばいいのか、今日は二人とも少しおしゃれだ。いつもは多分、「汚れてもいい服」なのだろう。

 俺が、どこへ、という問いをカチューシャちゃんに投げかけると、カチューシャちゃんは「あれ? 言ってなかったっけ?」と首をかしげた。言っていたのかもしれないが、ここは夢。よくわからない。

 

「まぁいいや、ゲーセンだよ! ゲーセン!!」

 

 嬉しそうなカチューシャちゃんの先導で、俺たちはゲーセンに向かった。

 

 

 ゲーセン独特のガチャガチャとした音。煌びやかなゲームの照明。

 

「おぉー」

 

 カチューシャちゃんは目を輝かせている。もしかしたら初めて来たのかもしれない。俺は何度か男友達と来たことがあったからか、それほど珍しいものでもなかった。ただ。少しテンションが上がるのは否めない。

 ちら、と隣を見てみる。おどおどとした様子で辺りを見回す黒髪ちゃん。音とか明かりとか自分より年上の客とか、いろんなものが怖いらしい。

 

「ほら! 早く行こうぜー!!」

 

 カチューシャちゃんは駆け出し、クレーンゲームの並ぶ一角に向かっていった。「あ……」と小さな声が黒髪ちゃんの口から漏れる。

 俺はその様子が可愛くて、可哀そうで、柔らかい手を握った。

 

「行こう」

 

 体を前に少し動かして、黒髪ちゃんを引っ張った。頬を赤く染めて、黒髪ちゃんは足を動かす。こちらを振り返って俺たちを呼ぶカチューシャちゃんのもとへ二人で走って行った。

 

 

 

 チャイムの音が意識を覚醒させる。どうにも最近昔の夢をよく見る。何かの予兆か。俺が漫画の主人公ならそろそろ夢の中に奇抜な髪の色の美少女が出てきて助けを求めてきてもいいのだが。

 顔を上げる。ちょうど数学の先生が教室を出て行ったところだった。黒板に書かれていた文字は見たことのないものばかり。

 

「あ、ノート取ってない」

 

 よくあることだった。

 

 

 

 

 

 放課後。今日の掃除を担当する生徒たちがぶつくさ文句を言いながら掃除のロッカーから箒を取り出し始める。エイドリアンとノストラダムスは足早に部活動に向かった。何でも部内に可愛い子がいるそうだ。

 死ねばいいのに。

 自分のことは棚に置いて罵倒する。

 

 天然ちゃんも部活に向かった。一緒に来たがっていたが、妹が来るまでに少しでもギターのお勉強をしていただくことにした。

 

「よし」

 

 おそらく後三十分ほどで妹が来るだろう。それまですることがないから図書室に行くことにした。

 

 

 何事もなく図書室に着いた。とりあえず図書委員の座るカウンターを見る。何だかイメージと違う。だが、それは仕方のないことだろう。ここは画面の向こうではない。

 達観した後。適当に本でも読むことにした。ウロウロと図書室を巡ると、見知った顔が見えた。机に本を何冊か積み上げ、一冊の本を読んでいる彼女。

 

「あら?」

 

 委員長さんだった。委員長さんもこちらに気付いた様子。

 

「やあ。久しぶりだね」

 

 とりあえず「街で昔の知り合いと会った」時の対応をしてみた。委員長さんは少し困った顔をした後、「そうね」と言った。

 

 一瞬の沈黙。

 非常に気まずい。知り合いの知り合いほど距離感のつかめない存在はない。

 

「確か……今日、妹さんが来るのよね?」

 

 躊躇いがちに委員長さんが口を開いた。その内容は我が妹の秘密。

 

「やはり生徒会はエスパー集団か!?」

 

「え?」

 

 

 

「昨日から唯がうれしそうに話すんだもの。私も気になっちゃって」

 

 妹の秘密は天然ちゃんから漏れたものだった。何故妹が来ることを隠したがっているのかと聞かれれば、エイドリアンがいるからだ。奴は(部活で)もういないので隠す必要もなくなったが。

 

「唯が迷惑かけてるみたいでごめんなさいね」

 

 なんだかお母さんみたいだ。結婚したいタイプ。

 

「俺は大丈夫だよ」

 

 むしろもっと迷惑をかけて欲しい。というよりもっとお近づきになりたい。

 机の正面に座る委員長さん。真面目な彼女と図書室に二人。

 

「それより、二人は中学からの友達なのかな?」

 

 下心から情報収集をすることにした。

二人はかなり仲が良さそうだ。安定感がある。まるでカチューシャちゃんと黒髪ちゃんのよう。

 

「幼馴染なのよ」

 

「へぇ」

 

 幼馴染。いい響きだ。俺も欲しかった。

 あれ? カチューシャちゃんと黒髪ちゃんは幼馴染の範疇に入るのだろうか?

 うむむ…いや、半年一緒に遊んだくらいではダメだな。うん。

 

「あの子の相手は大変かもしれないけどよろしくね」

 

 そう言い残して、机に積まれた本を持ち、委員長さんは図書室をあとにした。一人。俺は適当な小説を読み、妹を待つことにした。

 

 

 

 

 

「待った?」

 

「ううん。今来とこ」

 

「今日の服可愛いな」

 

「制服なんだけど?」

 

 あれ? 何かデートみたいな雰囲気だったのに。

 そんな呆れたような目で見ないでほしい。

 

「行くか」

 

「うん」

 

 妹を連れて校舎内を歩く。放課後で校内にはあまり人の姿はないが、それでも残っている生徒はいる。皆すれ違うたびに妹に目を向けていく。

 とりあえず男は睨んでおいた。

 

 そうこうしている間に音楽室に着いた。

 心の中で気合いを入れ、ドアを開いた。

 

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