瑞の鳥は片想う-蒸気浪漫の世界で-   作:黒灰

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結局いつもより少し少ない程度の字数に膨れ上がりました。
おそらく平均7000字程度で以降は進んでいくと思われます。



私は使用人

 

 まずは使用人棟の食堂で朝の食事。朝は皆で纏まって摂るのだそうだ。

 

 ここは板張りの間で、テーブルと椅子がある。奥の台所はカフェーのカウンターを思い出す形で、使用人の一人――――長い黒髪の人―――――が盆に食事が載せていくところだった。

 

 丸テーブルを囲うように、椅子が5つ。

 皆はそれを食卓として使っていて、一人がもう座っている。

 窓側の席に翔鶴姉が座ったから、私もその隣に。でも座るその前に自己紹介。

 じろりとした目で私を追う人を横目に見ながら、私は椅子の手前へ。

 

 目を見て、頭を下げる。とりあえず、最初は最敬礼。目一杯下げる。

 

「……瑞鶴、って言います。今日からよろしくお願いします」

「朝子」

 

 つっけんどんな声、

 

「汐子、と言います。がんばってくださいね」

 

 奥の台所の方からは静かな声が。

 

「よろしくお願いします!」

 

 そう言いながら、頭を上げて私も食卓に就いた。

 これが、私とこれからの仕事仲間になる人達との顔合わせだった。

 

 今ここにいる私達の他の使用人は、二人。どちらも女だった。

 朝子、汐子という。

 皆、私達姉妹よりも多分年下だ。むしろ、まだ幼い印象すら受ける。でも、私達と違って皆立派な使用人としてここでやっていっている。先輩として敬わないと。

 

 キツい声色の朝子さん。

 髪は長くて、それを頭の後ろでお団子のように留めている。花の飾りと鈴の付いたかんざしで。目は釣り上がっているけれどバシッとした力を感じる。射抜くような眼差し。

 そして、何より特徴的なのが、挨拶から滲み出ているけれど当たりの強さ。多分、これから私はこの人にものすごく怒られながら仕事をするだろう。それが目に見えるようだ。

 

 物静かそうな汐子さん。今朝の給仕をしてくれている人。

 この人も髪は長い。けれど、彼女は長い黒髪を流したままにしている。綺麗だった。

 そして、何より、胸が、大きい。割烹着の上からでも分かるくらい、大きい。

 私より年下……そのはず。いや、私はそもそも育つほど食べていないから。だから大きくないんだ。それに別に大きくしようなんて思ったことだってない。……翔鶴姉より小さいけれど。

 性格は朝子さんと打って変わって大人しさを形にしたよう。この人はなんとなく皆に甘そう。でもこのお屋敷を任される人の一人なのだから、本当はきっと厳しいだろう。私が本当に甘えて良いのは翔鶴姉だけだと思う。

 

 椅子の空きから見て、他にも人がいるんだと思う。昨日の賑やかさは二人だけで起こせるものじゃなかった。

 

 私の目の前に、汐子さんが食事を運んでくる。

 ……朝食は麦入り飯、味噌汁、ししゃも、ほうれん草と油揚げの煮浸し、それと納豆。

 品数が多くって、よそ行きのご飯みたいだ。持ってきてもらうところもお客様扱いみたい。ちょっと申し訳なく思った。

 

 でも、

 

「ここでは食事当番の人が給仕をすることにもなっているの」

 

 翔鶴姉が表情を察して補足してくれる。有り難い。そういうことなら普通に構えていよう。

 そして、四人分が運び終わると、

 

「頂きます」

 

 揃って言う。食事が始まった。緊張する。

 漆塗りのお箸、それをおっかなびっくりに右手に持って、左手に赤漆の椀を持って、味噌汁に口を付けた。まずは御御御付けから、と母から教わっていたから。

 

 ……美味しい。お出汁が効いていて、すごく。味噌の香りも気持ちがいい。

 豆腐はごろっと大きくて、なんて贅沢なんだろう。

 次に麦入り飯。綺麗な銀シャリと透き通った麦が口の中で解けて薫る。米ってのは大体そうだけれど、噛めば噛むほど甘くって美味しくって……噛み締めたいっていうのはこういうことだと思う。思わず、顔がほころんだ。

 

「……喜んで頂けて、良かったです」

 

 汐子さんが私を見て微笑んだ。安心したような顔で。なんだか、恥ずかしい。

 

「あんた、昨日は姉を放っておいてお風邪を召していたらしいじゃない。なってないわね、まったく」

 

 お茶を啜りながら、朝子さんはそう言った。

 それについては、弁明しようがない。でも、生活が一気に変わってしまって多分体がびっくりしてしまったのだ、仕方ないとも思う。けど、

 

「その、大変申し訳無いです……」

「ええ、一つの役にも立たないうちにその体たらくだから、むしろ助かったというものよ。あんたを仕事の勘定に入れずに済んだものね」

 

 苛烈だ。言い方が。

 私はそれに……恥じ入ってしまって、箸の動きが鈍ってしまった。

 次、何を摘もう。迷い箸になってしまう。何を食べてもなんというか、私には似つかわしくないから。

 それに汐子さんが口を挟んでくれて、

 

「で、でも、今日はもう元気になってくれたみたいで、何よりです。食事も、仕事のうちです。ちゃんと食べて力をつけないといけませんから……」

「……ありがとうございます!」

 

 私は頭を下げて、そう言った。

 こう言うときは、謝るんじゃなくて感謝する。それも母に教わったことだ。何もかも有り難いことなのだから。

 

「とっとと食べなさい。悠長にしている時間はないのよ」

「は、はい!」

 

 それで遠慮は無用と、私がししゃもを摘んで頭から齧っていると、

 

「もう一人、浪子さんという方がいらっしゃるの。それでこのお屋敷の使用人を仰せつかっているのは全員よ」

 

 飲み込んでから話す。口にものを含んだまま話すなんてみっともないから。それも教わった。

 

「その人はどこに?」

「今日の旦那様方の御料理番よ」

「へぇ……」

 

 料理人がいるんだ。

 私が感嘆、というか呆けていると朝子さんが、

 

「ここは使用人が持ち回るのよ。あんた、料理できるの」

「え、はい、多少は……」

「多少では困る。覚えて」

「は、はい」

 

 本当に?料理人がいるんじゃなくって、使用人が交代、代わり番こで?

 すると、私も人様にお出しする料理を作らなくちゃいけないのか。けれど、

 

「……最初から出来るようになれ、とは旦那様も仰っていませんでしたから。しばらくは、私達三人で受け持ちます。お掃除の方を覚えたと思ったら、言って下さい。その時は私達の手伝いにも回ってもらいますから」

「頑張りましょうね、瑞鶴。教え合いっこしましょう」

「うん」

 

 二人で頑張る。そう、翔鶴姉もいるから、私は多分頑張れる。一人じゃない。

 ……料理は、彼女の方がずっと達者だけれど。母の具合が悪くなってからはずっと台所に立っていたから。

 今日は私も料理をしよう。慣らしぐらいは早いうちにしておかないと。

 

 

 ●

 

 

 食事が終わってから。

 お仕事は、まずお掃除。翔鶴姉はきちんとした性格だったからすぐに覚えられたらしくて他の三人が後ろに付いているってことはなかった。私の後ろには翔鶴姉だけ。

 

 お屋敷の中身はやっぱり和風で、靴を脱いで歩く家。

 それに、食事中に知ったことだけれど、思ったよりもお住まいになっている方々は少ないみたいで、お父様とそのご家族、それだけ。三人家族。私と縁遠く、けれど、あるいは血を分けた方がいらっしゃる。奇妙なことだけれど、私の家族になりえない、されど、血族。そんな人達が住んでいる。

 お父様と、お嬢様が二人。

 つまり、私達の腹違いの姉、あるいは妹かもしれない。

 奥様は早くして亡くなられたのだそうだ。

 

 私達は旦那様方の部屋の掃除はまだ任せてもらえない。今日は朝子さんと汐子さんがやる。私達がやるのは、そうではない廊下、食堂、客間の叩き掃除、拭き掃除。

 簡単なこと。でも、腕前を要求される立派な仕事。

 

 手順は単純。

 ”掃除機”がけ、

 叩き掃除、

 拭き掃除。

 

 

 まず、地下管蒸気を圧縮蒸気タンクに充填して使う、”掃除機”という機械でまず埃を吸い込む。

 そう、吸い込むのだ。吹き付けるのではなくて。

 これには私は少々面食らった。現在の世界ではいろいろなところで動力として役に立っている圧縮蒸気だけれど、こんな使い方もあったのか。蒸気の力の凄さを感じる。一体どこまで便利になっていくのだろう。

 形は丁字のような吸込口と、そこから伸びる持ち手。持ち手の尻からはよく曲がるチューブが伸びていて、”掃除機”本体へつながっている。鋼鉄と真鍮で出来た、臓器のようなものに。

 その本体は、ごみ溜めの硝子瓶、蒸気タンク、そして吸い込みの機構を備えている。車輪があるから、重いけれど持ち手を持ってスイスイと引っ張っていける。見た目より感触が軽いから、車輪にも動力が回っているのかもしれない。引っ張る度に蒸気が吹き上がるから。

 持ち方はモップ、それよりブラシに似ている。磨くような動きで使うのだ、これは。まるで厠掃除の時のように力を込めて使うものだと思って最初は床に押し付けるような動きをしてしまった。すぐに翔鶴姉に力を抜きなさいと諌められた。

 持ち手を持つと、親指が輪を通る。そこには引き金のような棒がついていて、押して下ろすと掃除機はその時だけ動作した。本体の後方から、かげろうのような蒸気が吹け上がる。……部屋が少しだけ湿気ってしまうのは仕方ないのだけれど、便利なことには変わりない。ともかく、吸い込みの仕組みは学のない私には察せられないのだけれど、私はこれの扱いにすぐに慣れた。使い方が分かって面白くなって蒸気を吹かしているとすぐに翔鶴姉に見抜かれた。遊んでいるって。私は、ゴミがある、と言い訳をしたのだけれど、すぐにそれが誤魔化しだとばれてしまった。……蒸気を無駄遣いすると怒られてしまうし、そもそも充填には時間が掛かる。当然の叱責だった。仕事は遊びじゃない。それはそうだ。子供じゃあるまいし。そう、子供じゃない。

 

 とりあえず、私は吸込口を廊下、畳の間と通過させていく。すると、硝子でできたゴミを溜めておく場所にどんどんとゴミが積もっていく。塵、糸埃、綿埃、それが竜巻のような風で押しつぶされるようにして。使っているだけで面白い。これで本体が片手で持ち上がるくらいの軽さだったらいいのに。だから二階はもう一つの”掃除機”が備えられていて、そっちを使うことになっていた。これを二階へと持ち上げた人足にはご苦労を掛けたろう。便利というものの裏側にはこういう苦労があるはず。

 

 そして、大体の部屋を合わせて二タンク分使って掃除し終わると、今度は細々としたところの拭き掃除になる。窓のさん、さっし、調度品、いろいろなところから湧いてくる埃を取り除くのだ。本当は湧いている、じゃなくて積もった、だけれど。でもまるで湧くようにいろいろなところから汚れが出てくるのだから、人の営みって不思議なものだと思う。

 調度品はハタキで叩いて塵を出し、周りを拭く。窓の桟とサッシは薄い雑巾で水拭き。隈なく。

 

 私の前で翔鶴姉は手本として手順を見せてくれる。その何事もを丁寧な手際で進めていくけれど、私にはそれが苦労の要する事柄だった。

 何故かと言うと、私は本質的には大雑把なのだ。一粒の塵も逃さぬ執念、というものが私にはまだ欠けていて、それこそが掃除の腕前、あるいは手際に現れなければいけないのに。翔鶴姉が、彼女が私の背中に居なければ、見逃した塵・埃がどれだけあるか分からない。それだけ私の仕事は不適切だった。適当ではあるけれど、適正ではない。

 

「そこは?」

「え、そこも?」

「そうよ、しっかりしなさい」

「はい……」

 

 これを何度繰り返しただろう。いずれ積もり積もって目立つようにはなるだろうけど、まだ平気。そのはず。

 でも、それでは駄目なのだ。それはきっと、その積もり積もった時に私への叱責と共に降り掛かってくるだろう。きっとお父様はそこまで責めはすまい。ずっと軍にお勤めだからそんなに家のことが気にならない、気にかけられないから。けれど、まだ出会わぬお姉様……お嬢様方が、私を咎めるに違いない。だから、これは私を守るためのことでもあった。翔鶴姉は、私を守ろうとしている。今は、手が届くからこうして手ずから教えてくれる。それがいなくなったら、ということを考えているのかもしれない。そう、私が頼れるのはこの彼女しか居ない。少なくとも、今はまだ。

 

 私と違って翔鶴姉はすぐに他の味方を得るだろう。彼女は白い鶴。お嬢様方のお気に召すだろう。きっと、そう。

 同時に、私は多分そうならない。だったら、せめて仕事が出来なくてはいけない。忠実な下僕でなくてはいけない。そうして、ようやく認めてもらえるはずだ。お父様は、お嬢様方の承認を得ることでようやくこっそり私を娘として扱う権利を得るだろう。あくまで、こっそりと、だけれど。

 だから、これはお父様のため。お父様が連れてきた何処とも知れぬ娘達が、その顔に泥を塗らないため。誇りを持って、それを守っていかなくてはいけないのだ。出来損ないの娘では、こうして連れてきた甲斐がないものだ。

 頑張ろう。

 思わず鼻息が鳴って、

 

「よし」

 

 気合が入った。

 

 

 ……そんなこんなでえらく時間を掛けてしまったのは、初めてということでご愛嬌と言ったところか。お屋敷を一通り掃除するのには一時間半が掛かった。これをいずれ一時間以下にしなくてはならない。やることはやろうと思えばいくらでもあるはずだから。

 

 

 ●

 

 

 二階の掃除を終わらせて、私は今、桶と雑巾を用具入れのクロゼットに片付けている。

 一階の方では翔鶴姉が私の仕事ぶりの査定をしていて、今はそばに居ない。ちゃんと翔鶴姉の、他の使用人の人のお眼鏡にかなう仕事だといいのだけれど、ちょっと不安がある。

 

「あら。貴女が新しく入ってくださった方ね」

 

 クロゼットに向かう私の背後から、声が聞こえた。初めて聞く声。だから、

 

「は、はい。……瑞鶴と申します!先日、お……旦那様に雇って頂きました!宜しくお願い致します!」

 

 振り返って、頭を下げる。初対面には最敬礼。というか、この人は、

 

「はい、私は紅子(こうこ)と申します。……こちらこそ、よろしくお願いしますね」

 

 頭を上げて、その人を見る。

 

 綺麗な紅白の市松模様の振り袖を着た、長い黒髪の人だった。綺麗な人。すごく、すごく綺麗な。

 その美しさに、思わず、もう一度頭を下げた。

 

「その、不慣れなもので、不手際、あるとは思いますが、何卒よろしくお願いします」

「いえ、お父様から聞いています。まだ、こういったお勤めには慣れていらっしゃらないと。ですから、そんなに固くならなくとも良いのですよ」

「いえ、そんな」

 

 頭をまた上げて彼女の表情を窺う。

 深い微笑みがあった。垢抜けていて、なんだろう、大人っぽい。

 ……私にとっては、腹違いの姉。その通り、姉らしい人だ。

 でも、私にそう呼ぶ資格はない。私はただの使用人で、この人はお仕えするべき人だ。

 

「歳はいくつ?」

「あ、はい。18です」

「私は19よ。私のほうがお姉さんね」

「そ、そうですね……」

 

 お姉さん。確かに、歳の上ではそう。血縁上でも、そう。

 

「お姉さん、と呼んでくださっても結構ですよ」

 

 そう言ってくれるけれど、私には、

 

「いえ、とんでもないです。紅子お嬢様」

 

 そう。私にはその資格はない。

 ないのだ。

 内心を悟られないように、表情を固める。なんとない微笑みのような、そんな顔を貼り付けて。

 そうしていると、彼女も私に掛け値のない微笑みを向けてくれて、階段を降りて行った。

 

 入れ替わるように、階段を上がってくる人がいる。その人は私の顔を見るやいなや、

 

「表情が固いですねぇ」

「……え」

 

 見抜かれたかと思って、驚いた。

 どうして。私、そんな酷い顔をしていたのかな。

 それはよそに、その人は、

 

「浪子でっす!あなたが新入りさんですねー」

「あ、はい、そうです」

 

 私と同じように髪は二つ括り。でも少し下の位置だ。長さは私とそう違わない。けれど、歳は下だと思う。他の、朝子さん、汐子さんと同じくらい。

 言葉遣いは、

 

「ところでー、なんですかぁ今の顔はぁ?もっとこう、裏のない微笑みを浮かべてみればいいじゃないですかぁ?それとも何か含むものでも?いや、お嬢様に何かヨコシマな――――――――」

「ええ!?そんな、滅相も!」

 

 すごく、率直だ。単刀直入とは言うけれど、それがこうズバズバと雨霰のように降ってくると、こう、困る。そして、妙に表情に聡い。そんなに顔に出ていただろうか。でも、紅子お嬢様は気付かなかった。

 

「えぇー?本当ですかねぇー?」

 

 訝しむような言葉だけれど、声色は悪戯娘のそれだ。ませている、とも思う。

 

「本当です、もう……」

「……ま、いいですよ?ここにいるということは旦那様が信用できる、と雇われている者だけだと思いますしぃ」

「その、浪子さんはどういったいきさつでここへ?」

 

 そう言えば、聞いていなかった。だって、知る必要は特になかったのだし。でも、確かにお父様がどうやって雇ってきたのかは分からない。だって、私より年下だ。親元にいてもおかしくないし、今日日は嫁入りが遅くなってきているって聞くけれど、そういう歳でもあると思うから。

 

 浪子さんは私の質問に、

 

「直接お声がけを頂いて、それで雇われましたけど」

「はぁ、それなら、私も同じです」

 

 最初からずっと変わらぬ悪戯っ子のような目で答えた。なんだろう、何を考えているか、最終的には分からない人だ。油断ならない気もする。けれど、仲間。仕事の先輩。敬わないといけないのだけれど。

 

「……隠すことがあるなら、もう少し努力してみることですね、それじゃ、私はこれから賀子お嬢様のお部屋のお掃除ですから!」

 

 そう言って、私の脇を抜けてすたすたと歩いて去っていった。

 なんだったんだろう。

 

 そう思っていると、彼女が入った部屋から一人、女の人が出て来た。

 さっきの話に出ていた、”かこ”という人だ、そう思う。

 

 髪は黒。長い髪をこの人は左頭に一つ括りにしていた。

 顔は、――――――――綺麗。綺麗なひと。すごく、綺麗。

 

 物憂げな瞳、長い睫毛、白い肌、通った鼻筋、薄い色の唇。

 濃い青の着物が、紅子お嬢様と対になっているよう。

 でも、あまり似ていない。

 けれど、それでもやっぱり綺麗。

 

 魅せられる。

 それは、このことだと思った。

 

「あなた、新しく入った人ね?」

「……はい!瑞鶴と申します!」

 

 見惚れていて、返事に間が空いてしまった。

 いけない。

 

「……返事が遅かったようだけれど。私の顔に、なにかついていて?」

「い、いえ!全く、何も!」

 

 全く何も、って。言い方が他にもあるだろう。私の間抜け。そこは……どう言えば良いんだろう。思いつかない。ダメだ、頭が急に火照ったみたいで。

 

「そう。ならいいのだけれど。よろしくお願いします、瑞鶴さん。私は賀子と言います」

「は、はい。宜しくお願い致します、賀子お嬢様!」

「そう、よろしくね」

 

 そう言って、私の脇を通り抜けて階段を降りていく。……どこかへ出掛けて行くのだろうか。

 それで、思わず、

 

「その――――――――」

「そう言えば、あなたこそ、顔色は大丈夫なの?昨日は熱を出して寝込んでいたと翔鶴さんから聞いていますけれど」

「……あの、はい、大丈夫です!」

「そう。ならいいの」

「ありがとうございます!」

 

 頭を下げる。彼女が階段を降りる音が聞こえるまで。

 それで、

 

「……熱い」

 

 頬に手の平を当てると、本当に熱かった。

 なんだったんだろう。

 

 それと、

 

「あ、どこに行かれるのか、聞きそびれちゃった……」

 

 好奇心じゃなくって、職務意識だ。聞いておきたいと思ったけれど、

 

「翔鶴姉達に聞けば良いことだよね」

 

 今から追いかけて聞きに行くのも無礼だと思ったから、私は歩いて下の階にいる翔鶴姉のところに向かうことにした。もしかすると、そこにあの人がいて出掛けていく様子が見られるかもしれない。でも、駆け下りたりはしない。少し早足な程度で。

 

 そうして降りてくると、翔鶴姉が階段のすぐ下で待っていた。

 

「瑞鶴、次は洗濯よ。ついてらっしゃい」

「うん」

 

 そうして、あの人を追いかける暇を失った。でも、仕方のないこと。それに、今知っても詮無きこと。

 私は洗い物をするために、翔鶴姉に付いて玄関とは逆の方へと向かっていった。

 

 なぜだか、ちょっと恨めしく思った。この姉のことを。

 

 

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