日常回というか基本的に日常モノなので起伏のなさは仕様です。
更新ペースは上がらないものと思って下さりますようお願い致します。
洗濯が終わると、もうお昼休みの時間だった。
浪子さんは料理番・給仕をしているから使用人棟には戻ってきていない。昼はそれぞれが何か一品作って持ち寄るのが決まりなのだそうだ。そうやってお父様、お嬢様方に見えないように腕を磨くための稽古をする。
そこで私たちは食堂で皿を一枚借りて、それから私達姉妹は部屋に戻った。
料理をするのだ。そういうことだったら、私も手伝おう。そう思って、
「翔鶴姉、私も手伝うよ」
「あら、大丈夫?」
返事と裏腹に、翔鶴姉は私が手伝おう、という気があることには意外さを感じていない。
だって私も料理はいずれしなくちゃいけないことだし、しばらく経ったら多分二人で先輩一人分の働きをするくらいの仕事は与えられるはずだと思う。それからさらに経ったら一人で。だったらうかうかしていられない。私だって料理を追求しなくちゃいけない。
でも、
「大丈夫……って、何が大丈夫かどうかってのは聞いていい?」
翔鶴姉はくすり、と笑って、
「私はあなたが包丁で指を切ったりしないか、ってことよ」
失礼なことを言うと思う。確かに私の頭は悪いかもしれないけれど、体で覚えることは得意なのだ。なんとなくで出来る。多分。
それに、
「腕前は大丈夫。カフェーの裏方だってやったことあるし」
「なら、いいのだけど」
そう、やったことはある。人様にお料理を出す仕事は。まぁ、目当ては料理じゃなくて女給の体を貪ること目当てだから、大目に見てもらえたのだろうけれど。だから、ここで出すお料理には不合格だと思う。本当に油断していられない。
「じゃあ、私の仕事は何がいいかな」
「そうね……でも、そもそも何を作りましょう?」
「……それもそうかな」
さて、ここで問題が立ちはだかる。
人様にお出しする料理って、どんなもの?
私の経験は数えなくていい、というか数に入れてはいけない。そもそも料理するための材料もあまり多くはない。材料からして、パターンは決まってくるようなものだ。
いや、逆に考えよう。作りようがある料理は数少ない、そこから選んでいけばいい。
だったら、
「……もうさ、晩と同じものを作ればいいんじゃない?」
「ううん、あまりそういうのは良くないと思うのだけれど……」
確かに良くはないのだけれど、私達に選択肢はないのだ。それに、先輩達は別にそれを続けて食べているってわけでもない。良くない、と思うのは私達だけ。
「作ろうよ。里芋、人参、油揚げ。立派なお料理じゃない」
「そうね……考えている暇も惜しいもの。そうと決まったら、瑞鶴、お野菜を切ってちょうだい。私は味付けの準備をするから」
意を決したと、翔鶴姉が頷く。真剣な顔で、そう、あまりに真剣だから私は笑ってしまった。
「あはは、じゃあ始めよ」
●
久しぶりに握る包丁の重さ。翔鶴姉と母さんの手には馴染んだこの料理道具。私もいずれこれに馴染んで行くはずだ。そう思って、人参の皮を剥いていく。刃の上に親指を乗せて、指は切らないように、でも手に持った人参からは皮を剥ぐように。
さくり、と人参に刃が入った。手入れは万全。ちょくちょく翔鶴姉が研ぎ直しているから、切れ味は上々だと思う。一方で、これで指を切ったらひどいだろうな、と気をつけながら。
醤油、砂糖、酒、みりんを鍋に入れて混ぜながら翔鶴姉が、
「大丈夫?」
心配な目つきで私の仕事を見つめている。そんなに心配すると、却って私に失礼だと思うんだけれど。
「大丈夫」
そう言って、私はするすると人参に包丁を入れていく。
……久しぶりにしては、上手く行ったと思う。ちゃんと剥けている。あまり身もえぐれていないし。
それを見て、
「あら、上手いじゃない。じゃあ任せて大丈夫そうね」
「任せといてよ」
さぁ、私の仕事はこの人参を剥いで剥いで綺麗にすることだ。それから乱切りにする。大きさは……多分、あまり大きくても品がないから少し小ぶりな程度でいいと思う。
まな板の上で、包丁がトントンと鳴る。気持ちのいい音。懐かしい音。私がこの音の発信者となるなんて、あまり想像もしたことなかったけれど、お母さんを思い出すと、懐かしい。悲しくはないけれど、少し胸に来るものがある。なんとなくだけれど、なんだかんだで大人になったのかなぁ、とそういうことを感じた。
「私達、大人になってるんだね」
「いきなり何?もう」
苦笑いで私の独り言に答える翔鶴姉。私より、ずっと大人の彼女。ずっと料理も勉強も達者な彼女。
……私も、もっと大人になりたい。そんなことを思う。だって、双子の姉妹で家族だから。ずっと一緒にいるなら、肩を並べるなら、もっと頑張らなきゃ。
そう思っていると、面の取れた乱切りの人参が目の前に転がっていた。ひと仕事、終わった。
じゃあ、
「次は?」
何ができるかな。何が出来るようになるかな。なんでも出来るようになりたい。それは高望みだって分かるけれど、でも望みも高くないんじゃどこにも行けない。行けやしない。生きていけやしないんだから。頑張るんだ。
私の目は多分輝いていたと思う。
それに、翔鶴姉は答えて、
「じゃあ、次は里芋ね」
「任せて」
そう言って、私は里芋を足元の紙袋からゴソゴソと取り出し始めた。
ゴロッとして、立派な里芋。少し泥が付いていて、なんだか新鮮そうな感じがする。とれたてみたい。
それを流し台に数個放り込んで、蛇口をひねる。
少し温い水がしばらく流れると、すぐに冷たくなって手が気持ちよくなる。
それを指と手のひらでこするようにして洗う。それである程度泥が落ちたら、人参と同じように包丁を入れて皮を剥いでいく。面が沢山付いて、泥も皮もなくなった芋を4等分。人参と同じようにまな板の脇に退ける。最後は油揚げ。冷蔵庫でひんやりとなっていて、少しザラッとした手触りの油揚げを取り出して、これもなんとなく一度水ですすぐ。ついでに泥の薄く張り付いた包丁も親指と人差指で挟むように拭いながら洗う。油揚げは碁盤の目みたいに切ってこれもまな板の脇へ。仲良く人参・里芋・油揚げのかけらたちが転がっている。
出来上がったそれらを見て、
「はい、よく出来ました。でも隠し包丁も入れてね?」
「隠し包丁?」
「見ていて」
醤油と酒の湯気が立ち上る鍋を放って、翔鶴姉は包丁を私から受け取る。そして、
「こう、薄く切れ込みを入れると味の染みがいいのよ」
乱切りの人参、4等分の里芋、油揚げに薄く包丁を差し込んでいく。
「ああ、なるほど」
「油揚げはいらないわよ、このままで十分味が染みるから」
「うん、そうだよね」
勉強になった。こうすると煮汁がそこからも染み込んで出来上がりも早くなるんだ。今は昼休み。悠長にしていられないのもあるから、とっても理にかなってる。
「おでんを作るときもこうすると良いのよ。出来上がると気付かないけれど、こうした一手間が美味しい料理の秘訣……だなんて、偉ぶるつもりはないけれどね」
いつもの苦笑いで頬を右の人差し指で掻く翔鶴姉。照れる彼女の姿はしとやかで、姉なのに見惚れてしまいそう。今にもお嫁に行ってしまえそうな、そんな女らしさ。私にはないそれ。妬ましさがないでもないのだけれど、家族を嫉んだところで何の意味もない。私たちは仲良し姉妹。それでいい。
「ううん、私あんまり料理はわからないから勉強になったよ。ありがとう翔鶴姉」
私は翔鶴姉がまな板に置いた包丁をまた手に取って、切った具材にせっせと隠し包丁を入れていった。
●
そうして出来上がった品を、鍋から器に空けて食堂に持っていく。
慌てて転んだら台無しだから、なんとなく忍び足みたいになっちゃって翔鶴姉に笑われた。
私の前を歩く彼女が食堂の扉を開けると、いろんな料理のいい匂いが混ざってすごいことになっていた。
みんなとっくに作り終わっているのだ。
「遅い」
椅子に足を組んで座る朝子さんがまず一喝。組まれた下の方の足で、床を一度踏み鳴らした。
それに思わず身震いしてしまって、
「申し訳ありませんでした!」
「申し訳ありません……」
器の中身を気にしつつも勢い良く頭を下げる一方、翔鶴姉が品よくお辞儀。
「うるさい。頭上げなさい。で、モノは何なの?」
「里芋、人参、油揚げの煮物です。瑞鶴」
「うん」
私が朝子さんのそば、テーブルに出来た品を置く。
私たちにしてみれば立派で贅沢なおかず。でも、彼女たちの目にはどう映るんだろう。
「煮物は時間が掛かるのによくこんなに早く出せたものね」
「その、恐縮です!」
「褒めてんじゃないわよ、のろま。煮物には時間を掛けなさいって言ってんのよ」
「いえ、隠し包丁を入れていますから、味も染みて……」
「それでも足りないってのよ、頭を使いなさいよ頭を!」
怒られた。やっぱりもう少し別のものを考えるべきだったんだろうか。でも他に何が出来ただろう。それだって何もない。だから代案はなく、文句も言えない。黙っておしかりを受けるばかり。
朝子さんの隣の汐子さんは、
「まぁ、とりあえず食べてみましょう……朝子ちゃん、話はそれからに……」
私達を一旦庇ってくれた。これで“目も当てられない出来”と言われたらたまらない。
それで、
「まぁ、食べるわよ」
おもむろに箸を取って油揚げを口に放り込んだ。矛を収めてくれたみたい。でも、本題はこれからなんだから、すぐに飛び出てくるかもしれない。
しばしの沈黙。
緊張が走る。私にも、翔鶴姉にも、何故か汐子さんにも。
そして一度目を閉じて考え込むと、すぐに目を開いて汐子さんの方を見て、
「汐子、食べて」
「え、あ、はい。いただきますね、お二人とも」
いきなり話を振られた彼女は少し狼狽えると、すぐに私たちに断わって箸で人参を摘んで口に含んだ。
「は、はい。どうぞお召し上がりに……」
「お願いします!」
そして朝子さん、汐子さん、二人共が黙り込む。
浪子さんがいたら場を温めてくれただろうに、こういう時にいてくれない。だって今日のお料理番はあの人だから、いなくて当たり前なのだけれど。
汐子さんが噛み潰した人参を飲み込むと、口を開いた。
「味付けは、これで大丈夫です」
「味の染みは?」
「それくらいです」
「だってね。……二人共、味付けは合格よ。誰が担当?翔鶴の方?」
合格。少なくとも、味付けは。それはつまり、
「は、はい。私が味付けのほうを」
「そう。煮物は時間を掛けられるときだけにしなさい」
翔鶴姉は、認められた。この二人に。私は、ただ材料を切っただけ。まだ認められたわけじゃない。
「それで?瑞鶴。あなたは材料切っただけなのね?」
「……はい」
「じゃあ明日はあなたが味付けをしなさい」
「はい!」
認めるなら、それが重要なんだと思う。味。……味かぁ。
今までの数少ない料理経験で、まっとうな味付けはあまりやったことがない。料理そのもののアシスタント役、それくらいだから。もしかすると、“塩持ってきて”と言われたらそれっきり。“塩振って”なんて言われたことない。カフェーでやったのなんてままごとみたいなもの。本当に失礼だけれど、客も失礼だから大概。だからこそノーカウントなのだ。
でも、
「頑張ります」
思わず声に出る。
「そう」
朝子さんはつっけんどんなまま、それに値踏みするような目線だけれど、私はそれを物ともしない。いや、だからこそ、と思う。私はここで一人前になって、立派な大人になるんだ。お父様の誇れる娘になるんだ。
「で、お手本は見ないのかしら」
朝子さんがまた言う。
そうだ、この二人は何を作ってきたんだろう。
机の上、私達の煮物の向こう、真ん中に2つのお皿が並んでいる。
一つは緑と赤、黄色の華やかな野菜の盛り合わせ。
もう一つが肉料理だ。豚の厚切り肉を焼いたもの。添え物には馬鈴薯と……人参かな。煮物と人参が被ってしまった。なんだか失礼なことをした気分になってしまう。
それで、どっちがどっちなんだろう。誰が作ったのかな。
「豚のソテ、それに蒸した馬鈴薯、人参のグラッセよ」
「レタス、トマト、それに黄色パプリカのサラダです」
洋食だ。どう見ても洋食。私達が和食を作ってきたのが場違いみたい。
翔鶴姉が質問する。
「あの、このお屋敷は洋食が主なのでしょうか?」
それに答えて、
「いいえ、和食の日もあれば洋食の日も、あるんです。それは私たちに任せて頂いています……」
汐子さんははにかむような顔でそう言った。
じゃあ、私達のこの料理は無駄じゃない。これからに繋げられる経験だったということだ。大丈夫、今回は間違いだっただけで、たまたまなんだ。
じゃあ、
「ジャンクなものはダメよ」
「いえ、そんなつもりは!」
全く無いのに。私は洋食党寄りだからオムレットとかそういうのを頑張って作れるようになろうとか、そういうことを思っていたのだから。
なんだか、私だけそういう品のない人間に見られてるようでちょっと癪だ。まぁ、実際上品な生き方をしてきたつもりは全く無いけれど。職を転々としてフラフラしていたから。でも、ようやく自分が誰なのか分かった。私は、お父様の娘だったんだって。私には、背景がある。付け足しで描かれたようなものだとしても、それは確実に存在している。
私は、私が誰なのか分かって、凄く嬉しい。だから、ここで頑張ろうって決めている。
例え私という存在が罪の存在だったとしても、何も寄る辺のないよりはずっとずっとマシなんだから。
それに、頑張って作ったお料理をいつか、お父様に食べてもらうんだ。
それと、紅子お嬢様と、――――――――賀子お嬢様。
みんなの喜ぶ顔が見たい。家族にはなれなかった、私と系譜を同じくする人達の笑顔が見たい。
だったらお勉強だ。料理を学ぶんだ。お手本は目の前にある。そこから何かを掴み取るんだ。それがこの持ち寄りの意味なんだから。
私は窓際の、自分の席になったところに座ってから、二人に頭を下げる。
手を打ち鳴らして合わせて、
「頂きます!」
そうして、翔鶴姉も席につくと、
「頂きます」
昼食が始まった。
●
昼食は真面目だけれど賑やかだった。これをこうするといい、だとか、これはこうした、だとか。そう言った意見交換が活発だった。例えばこの私達の煮物だけれど、何より時間が足りないから昼食に出したいなら朝のうちに仕込んでおくとかも考えなさい、とか、味は悪くない、とか。
豚のソテにも汐子さんが、
「これは夜にお出しするものですね」
とか、
「馬鈴薯はマッシュしたほうがお肉の味が染みて美味しいと思います」
とか。そういう率直な意見を出していた。それをいつものむっつりした顔で聞いているけれど、苛立った感じはしない。緊張感のそれだった。
この人は多分、いつも怒っているんじゃなくって、いつだって真剣なだけなんだ。それが良く分かった。
でも、この人参の……ぐらっせ?これがよくわからない。とっても甘く仕上がっていて、まるでデザートみたい。付け合わせの定番らしいけれど、不思議だと思う。
「朝子さん、この……グラッセ? ってどうやって作ってるんですか」
「人参とバター、砂糖、水をスキットルに入れてスチームオーブンで20分加熱よ」
スキットル?なんだろう。料理道具なのはなんとなく分かるんだけれど。
「その、スキットルっていうのは」
「調べなさい」
「要は、小さい片手鉄鍋、です」
「汐子」
「これくらいいいじゃないですか」
「仕方ないわね。本を貸すわ。大切な本だから、大事に使いなさい。翔鶴ならいいけれど、瑞鶴―――――アンタは不安ね」
「……むー」
私、やっぱり舐められてる気がする。私達、双子なのにな。似てなくもない、そんなくらいしか似てない双子だけれど。髪色も違うし。森のように緑がかった黒髪と、儚い羽根のような銀髪。まるで冗談みたいに。
そういえば、紅子お嬢様と賀子お嬢様、あのお二人もそんなに似てなかったな。……似てなくもない、のかもしれないけれど。
紅子お嬢様はなんというか、少しだけへちょっとしている。愛嬌があるのに凛々しい、そういう美人さん。
でも、賀子お嬢様は、そういうのはない。本当に、ただ綺麗。ただただ、美しいと思ったのだ。研ぎ澄まされた、それはこの人のことなんだろう、と思えるくらいに。
ああ、でもそんなことより。
「……美味しい」
この豚のソテはすっごく美味しい。こんな分厚いお肉なんか初めて食べるのに、ナイフを差し込むとスパッと切れる。それをフォークで口に運ぶと、歯がするっと入り込んで噛み切れる。まるで綿のような柔らかさ。ぷつり、とした音の後には肉汁がぶわっと広がって、もう他のお肉なんて食べられないくらい。普通、こういうのって牛の肉でやるものだと思ってたのだけれど、豚でやってもこんなに美味しくなるものなんだ。細切れの肉を生姜で臭み取りして食べる、そんなのが関の山だった私達の食卓には絶対に無い逸品。すごい。それと美味しい、としか言葉が出ない。
「ふん」
鼻で笑う声。やっぱり朝子さんのもの。……どういう笑いなんだろう。口元が少しつり上がっているから、誇らしげにも見える。
そりゃあ、当然そういう態度になってもいいだろうと思う。こんなすごいものを作れるんだから。だからその笑いに厭な感じは無かった。不思議だけれど、そう思えた。
これからも、当番が任されるまでは美味しいお料理を食べさせてもらえる。
そう思うと、心が躍る。ご飯も進む。
お昼からも気合を入れて頑張ろう。食事も仕事のうち。こういう、英気を養うってことが大事なんだ。
●
賑やかで真面目なお昼休みが終わった。次はなんだろう。お掃除、お洗濯ときて、お料理はまだ任せてもらえないけれど。お昼休みが凄く楽しかったから、その後の仕事まで楽しみになっている。
使用人棟を出てお屋敷に戻ると、賀子お嬢様が朝に会ったときとは違うお召し物を着て玄関に居た。
白い足袋に包まれた綺麗な足が、どこか女性的な黒い革靴の中に入っていくのを見て、そこでも思わず見惚れてしまった。いけない。どうしてこの人が何かをする度に見惚れてしまうんだろう。私、面食いなのかもしれない。
またぼうっと突っ立っていると、
「お昼からも頑張ってちょうだい」
そう言って、玄関を出て行った。それに付いていくのが朝子さん。お仕着せからエプロンを外して、そのまま付いていく。
「どこに行かれるんですか」
考える前に、思わず口に出た。
どうしてだろう。本当に、何故なのか分からない。興味関心がこの人で占められている。私の心がこの人でいっぱいになっているからかもしれない。
「銀座の、百貨店に行きます」
お嬢様がそれに答える。
私はなんとなく、門の向こうを見る。車が来ているってこともないから、多分汽車で行くんだと思う。朝子さんは多分、荷物持ちなんだろう。
つかつかと歩いて外へ向かっていくのを私が見つめていると、突然お嬢様が振り向いて、
「あなたも、付いて来ますか?」
「……はい!」
まただ。思わず口に出た。
……言ってしまった!
朝子さんが私を睨む。主人の手前、口には出せないんだろうけれど言いたいことは分かる。
”何言ってんのよこのクソ!”
痛いほど分かる、痛いほどの睨みで。
思わず胸がバクバクと苦しくなる。
隣の翔鶴姉は、
「ふふ、いってらっしゃい」
なんだか、この状況を楽しんでいるみたいだ。
何がおかしいのか、わからないけれど。
でも、私は慌ててエプロンを脱いで彼女に渡すと、
「行ってきます!」
そう言ってお嬢様を追いかけた。