ダンジョンに果てを求めないのは間違っているだろうか   作:パイの実農家

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01 ここは"無限の迷宮"

 古のシェール・タルが神を殺した、人の大地。名を「イヤル」。

 

 一万年より過去から闘争によって染まるイヤルに、ひとときの安穏が訪れた。

 

 

 魔法大禍(スペルブレイズ)の余波は静まり、精強なるハーフリング達は衰退し、恐るべきオーク達は駆逐され……「業火の時代」が終わりを告げて三百余年。

 イヤルの大地を襲った忌むべき陰謀は灰燼に帰した。

 虚空へ通じる(ポータル)は閉じられ、「大いなる神」をも殺した真なる吸命の杖は奪還された。

 

 

 私の手で。

 

 

「終わらせなければならない」

 

 

 私は言った。

 

 いつだったかは、もう分からない。

 

 この力はあまりに強力すぎた。

 二度と人の手に渡らず、人の目につかぬことが望ましい。

 

 命を吸い上げる杖。万象一切をひとときの間に塵へと変えて、その生命を術者に還元する、シェール・タルが遺した九つの神滅具、その頂点。

 神さえも逃れられぬ絶対の死を、この杖は纏っている。

 

 こんなものは世界にあっていてはいけない。この杖は争いを引き寄せるだろう。

 何故ならこの杖はそのために生まれ、そのためにあるのだから。

 争いのために。破滅のために。

 

 永遠なる封印を、決して破られる事なき封印をなさねばならない。

 我ら時なき《シャローレ》すらも朽ち果てる久遠の果てに、封じねばならないのだ。

 その方法に、私は一つだけ心当たりがあった。

 

 誰も訪れることの叶わぬ最果てへ運ぶことだ。

 

 ――決断は早く、実行は尚早かった。

 

 マヤ・イヤルの北全体に広がるタローレの大森林の奥深くにひっそりと立つ、《滅びの迷宮》。

 そこに封じられているのが、幾千年の過去に生まれた《無限の迷宮》だ。

 

 シェール・タルの「九人の神殺しの戦士」ブランジルに追われた「欺瞞の神」ラルカーが生み出したこの迷宮は、文字通り終わりがない。そして、入ったものは抜け出せない。

 遠く、深く、深淵よりも尚深く、夜の闇よりなお遠く……時の最果てまで続くこの迷宮を、かの神ラルカーは逃げ続け、かの戦士ブランジルは追い続けるのだ。

 

 それがこの《無限の迷宮》。

 入ったものは二度と出られぬ世界の深淵、遥か過去より続く正真正銘の「神の迷宮」。

 

 私がここを進み続ければ、この杖は誰の手にも渡らないで済む。

 万が一私が朽ち果て、力だけが残されたとしても、持ち出すことは誰にも(あた)わない。

 

 捨てよう。

 かつて悠久を生きた私の命の、これから久遠を生きる私の命の、その全てを、ここに捨てよう。

 

 ――たったそれだけの代償でイヤルを守れるのなら、安いものだ。

 

 

「さらば、愛しき大地よ!」

 

 

 そうして、私は終わることなき降下を始めた。

 

 

 

 

 

 

 それが、遠い昔の話。

 

 

 

 

 

 数えることも難しいほどの距離を私は歩いた。

 

 深く深く潜り続けた。

 10階を超え、20階、100階、500階を超えた当たりで私は時を数えるのを止めた。

 そして、私のそれまでの歩みを百繰り返しても足らぬだけの時間、潜り続けた。

 

 石にでもなったかのように時というものを忘れていった。

 千の階層など吐息と変わらず、万を降りてようやく一歩踏み出した感触を得る。

 

 無数の悪しき生物が私を阻む中で、その一切を灰燼に帰し、それを実感することはない。

 魂は石と成り果てた。何を感じることもなく、ただ変わらぬ永遠の争いの中を行く。

 

 時から忘れられたシャローレの体は老いる事なく、億兆の眠りを重ねても尚鈍らない。

 刻みつけられたデーモンの炎は衰えを知らず、血は溶岩のように滾っている。

 吸命の杖はなおも私の背で力を振るう時を待っている。

 

 終わらせねばならない。

 

 終わらせねばならないのだ。

 

 

 

 

 階段を降りる。握りしめた槍は最早手足の延長となっていた。

 疲れはない。そんなものは迷宮に入る前から失っていた。

 デーモンの悪しき力が胸の奥で滾っている。遠くに、おぞましき気配を感じる。

 

 扉を開け放ち、私はそれと相対した。

 

 広間の中。()()()

 倒れ伏した痩躯の神と、その前に佇む一人の戦士と。

 

 白き外套に身を包み、黒く光る剣を手にした、人に似てそうではないもの。

 軟体動物のように長く伸びた腕を柄に巻いて握る、シェール・タルの最も強き戦士の一人と。

 

 神滅具《黒き刃マドラス》と。

 

 それを担うシェール・タルの九つの神殺しの戦士ブランジル――その死体と。

 

 そうだろうなと思っていた。

 無限の迷宮には果てがある。時の最果てに行き当たり、ラルカーが討滅されたその時だ。

 

 ……私は辿り着いてしまったのだ。全ての果てに。

 

 私は杖を手に持つと、長く息を吐いた。

 ひょっとすると、それだけで何年もの時間が経ったのかもしれなかった。

 

『彼ら四人はアマクテルその人の下へとたどり着いた』

 

 流暢に言葉を発せた自分に少なからず驚いた。

 もう何百年も、意味のある言葉の羅列を発してはいなかったからだ。

 

『激しき戦いの末に玉座は夥しい数の死体で埋まり、『神殺し』のうちの三人はかの神の足元で事切れた』

 

 古代シェール・タル語。杖の補佐を受けながら、私はそれを拙くも口にしていた。

 

 杖に刻まれたシェール・タルの文言。

 彼らの大いなる戦いの終わりの伝承を、弔いの言葉の代わりに。

 かの戦士に心残りがあるとすれば、それは同胞の戦いの行く末だったろうから。

 

『だが今わの際、戦士ファリオンが《凍てつく剣アーキル》で絶対神の膝頭を貫いた』

 

 あるいは、その名に彼は微笑んだのかもしれなかった。

 もし彼が朽ちておらず、私が彼と対話していたのなら。

 あるいは、イヤルのどこにも残されていない失われた彼らの日常を、語らいを、聞くことさえ出来たのかもしれなかった。

 

『その好機を逃すことなく、『神殺し』の長カルディザーは歩を進め、吸命の杖で命を奪った――かくてアマクテルは己の息子たちの手によって倒れ、その偉容は崩れ落ちたのだ』

 

 だが彼は死んだ。遥か過去に。

 ともすれば、私が迷宮に挑むその前から。

 この時の涯にて、ひっそりと――。

 

 私は片膝をつき、目を伏せた。

 彼らシェール・タルの祖である絶対神アマクテルを殺した忌まわしき杖を祭具に、鎮魂を祈った。

 

『戦士ブランジル。どうか、安らかに』

 

 ……たっぷりと祈りを捧げた。

 

 気が済んだ私は、杖を手に立ち上がると、奥の扉を睨んだ。

 開け放たれた形跡はない。未開の地だ。

 どころか、この扉だけは他の迷宮と作りが違っていた。

 

 時の最果てをまだ先に行くのか。それともこの階層が行き止まりか。

 私はいつも通りに扉に近づき、それを開け放った。

 

 そこは行き止まりだった。

 そして、そこには見慣れた祭壇があった。

 

「……ファーポータル」

 

 ポータル。超長距離を転移するための門。

 そのうち、異星・異界に繋がるほどの距離を飛ぶ大規模なものをファーポータルと区別して呼ぶ。

 かつて私が打ち壊した滅びに繋がる虚空への門、あるいは恐怖の大地からイヤルへと繋がる門。

 それらと同じ、遥か遠く異界へすら繋がる門の、台座だけがそこにあった。

 

「機能を停止しているが……」

 

 恐らくこれが、迷宮を永遠に生み出し続けた原因なのではなかろうか。

 無から有を取り出す技は独我論者(ソリプシスト)を例として幾らでもある。ラルカーの名である「欺瞞」とは、彼らのように世界を騙し夢と現の境を操ることを差したのではないだろうか。何らかの方法でラルカーの夢、つまり支配領域と迷宮をつなぎ、作り出した迷宮の続きを呼び出していた……というのはどうだろう。こんな憶測に意味があるとは思えないが。

 

「動かせるな」

 

 今このポータルは、エネルギー源であった神を失って機能を停止している。

 だが、私が持つ吸命の杖があれば動かすこともできるだろう。

 この杖はまさにそのような企みに使われたこともあるのだ――私が阻止した、かのおぞましき企み。ファーポータルから滅びそのものを召喚せんとするその儀式を思えば、ポータルを起動することくらいわけはないはずだ。

 

 そのための技術は、この呪われた杖が教えてくれる。

 ポータルを起動させるための《多様の宝珠(オーブ・オブ・メニー・ウェイ)》も手元にある。

 

 悩むことはない。私はあの日《遙かなる頂(ハイ・ピーク)》で見たようにポータルに杖を向け、いつも通り多様の宝珠を手に取った。

 

 躊躇はない。この先に永久の苦痛が続くことは、私の歩みをなんら妨げはしない。

 

 どこに繋がるだろう? 憶測が正しいのなら、このポータルは恐らく繋がっていたはずの場所を失っている。

 ドグロスのカルデラで味わった終わりなき夢を転々とすることになるだろうか。

 ラルカー神の支配領域がまだ残っていて、私はそこに行くことになるだろうか。

 完全なる虚無に放り出され、私も杖も消えてなくなるのだろうか。

 それとも憶測は全くの外れで、全く別の場所に繋がるのだろうか。

 

 構わない。

 たとえその先が消滅だろうと、終わらない旅の新たな一幕だろうと。

 

「永久の封印が成るのなら……それこそが私の終わりだ」

 

 エネルギーを得て、ポータルが唸りを上げる。

 空間が歪み、渦を巻き、ぽっかりと穴が空く。

 

 私はその下で多様の宝珠を握りしめた。

 拡大していく渦の中で、私はほんの一時意識を手放す。

 

 

 誰かが微笑むのを見た気がして。

 

 懐かしい景色を見た、気がして。

 

 それら全てが気の所為だった気がして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと見れば、()があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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