ダンジョンに果てを求めないのは間違っているだろうか   作:パイの実農家

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02 今日はオラリオの神時代 3日 熱の月 ???年

 ――時が目まぐるしく動き始めた。そんな気がした。

 雲のたなびく姿でそれが嘘の空ではないことを察し、次いで満ち満ちた草の青い香りを堪能する。鼻の奥の久しく使われていなかった部分を刺激され、目が覚めるようだった。

 

 そこは一面の草原だった。

 

 どうなっている。口に出す前に、手にした三又槍(トライデント)を引いて構えた。

 

 邪神の支配領域にしてはあまりに自然に溢れすぎている。魔法やサイオニックによる嘘偽りの類でもない。これら自然が実は全て悪しき創造物? いや……魔法に侵されていても我が身はエルフだ。自然の恩恵を見抜けぬ程耄碌してはいない。これは正真正銘の自然だ。タローレたちが愛する木々であり草花に違いない。

 

 足元の草花が、熱で枯れ果てた。

 

「……ふむ」

 

 私は常駐している様々な力を解除する。奈落の守り、戦いの熱気、魔神アーロックの炎、恐慌の力と、永久の苦痛の力。一応、太陽を称える聖歌(チャント)の力も。

 

 辺りに敵に類するものはない。私だけが異物だ。

 となれば、生命を燃やす悪しき炎は不要である。

 

 太陽の傾きを見るに朝であるようだ。

 朝露が……私から離れた位置に見える。炎の加護に当てられて知らず蒸発していたらしい。

 

 今だけはいいだろう。

 私は一言彼らに断りを入れて草花の上に荷物を下ろすと、自らも寝そべった。

 

「……ああ、久しぶりだ」

 

 本当に、久しぶりだ。

 

 永久に続く石獄で過ごした幾星霜は、やはり私を苦しめていたのだろう。いくら強がろうとも私は地上に生きるものなのだということを、ようやく思い出した。

 草花の香りに包まれながら、空の青を見つめて、いっときの安らぎを得る。

 それくらいの羽休めを、どうか許してほしい。

 

 

 

 ――日が傾いた。

 

 ほうと吐き出した吐息を感じた時には、もう夕暮れになっていた。

 

「……いかんな」

 

 時間の感覚が狂っているのを自覚する。

 ほんの数分の休みのはずが、日が東から西へと移ろうまでそうしていたらしい。

 意識は明瞭で、雲の流れも日の傾きも記憶していて、ただ無為だっただけでそうなったというのだから始末に負えない。時なき体にしてもあんまりだろう。

 

「さて、方針を決めねばなるまい……」

 

 意識的に言葉を発する。思考と口腔を回していれば時を忘れずに済むだろう。

 

 周囲を見回す。

 やはり帰りのポータルはなかった。一方通行のポータルというのは珍しいものではないから、ある程度分かっていたことだ。

 

 代わりに、遠くに高くそびえ立つ塔を見つけた。

 ゆうに五十階層はあろうかという高い塔。あの恐怖の塔(ドレッドフェル)どころか遙かなる頂(ハイ・ピーク)すらも越えようかという巨大建造物だ。

 高い城壁に囲まれて、どうも大きな都市が広がっているように見える。

 

「行ってみるか」

 

 他になにかめぼしいものがあるようには見えない。

 ここがどこかを知るくらいはできるだろう。

 

 私は真なる吸命の杖を、反魔の力を宿した外套でくるんで隠すと、鞄の奥に押し込めた。

 当座はこれでいいだろう。そう安々と見抜かれることもあるまい。

 

 立ち上がって鞄を背負い、あの塔に向かって歩き始める。何、この程度の距離なら夜になるまでにはつくだろう。私はそれなり以上に健脚なのだ。

 

「しかし……目標からは遠ざかったかな」

 

 一抹の後悔。だがそれも一瞬のこと。

 遠ざかったのならば、もう一度行けばいいだけのことだ。

 

 愛用のトライデントを杖代わりに、私は柔らかな草原の土を踏みしめた。

 

 

 

   + + +

 

 

 

 オラリオの夕暮れは賑やかだ。

 ダンジョンに潜っていた冒険者たちが帰還してくるからである。

 冒険者向けの店が慌ただしく準備を始め、酒場の竈に火が入り、そこかしこで喧騒が沸き起こる。

 

 しかしメインストリートの一角は、それらとはまた違ったざわめきで満たされていた。

 オラリオの正門から現れた一人の冒険者によって。

 

 美しい超常のシルクによって織られた外套を羽織り、全身を包む鎧はどれもが名匠の逸品と見て分かるほど。何よりその光り輝く白い金属が何であるか、誰も見抜くことができなかった。

 大入りの鞄をこともなげに片手で担ぎ、もう片手には三叉槍を杖のようについている。

 真鍮色に染まった流麗なトライデントだ。波間のように揺らめく霊気を纏っている。刃先の根本には大きな真珠が瞳のように埋められていた。美術的価値もさることながら、この世にまたとない業物であることは誰の目にも明白だった。

 

 背は高く、フードで顔を隠してはいるが、ただ歩いているだけで冒険者たちを戦慄させる何かをその戦士は放っていた。もしも悪魔に睨まれればそうなるだろう。

 人混みが自然と割れていく。あたかも波を割った奇跡のように。

 あるいはその槍がそういう逸話のものであると、彼らは無意識に感じ取ったのかもしれない。

 

 神すらもその背を黙って見送った。いわんや人をば。

 

「どこの【ファミリア】だよ、あいつ! あんなヤツがいるなんて知らなかったんだけど!」

「怖え……ただ歩いてるだけだぜ。なのに震えが止まらねえ……」

「あの鎧、何で出来てんだ? アダマンタイトじゃあ、ねえよな……」

「足音がないわ……あんな重い鎧をまるで自然に扱ってる」

 

 姿が見えなくなったその後に、ようやく人々は言葉を交わすだけの余裕を得た。

 波音のように囁きを引き連れて、異邦の戦士は一路街の中心へと歩いていた。

 即ちオラリオの心臓、深淵の蓋たる神の塔、バベルへと。

 

 

 

「はーい、次の方どうぞー」

 

 ギルドの受付にて、ギルド職員ミィシャ・フロットは片手を上げて次の担当客を呼び込んだ。

 平素あれこれ仕事を溜め込んでは同僚に泣きつく彼女でも、目の前の仕事を疎かにするほど職業意識に欠けているわけではない。

 愛想よく、笑顔を絶やさず、訪れた冒険者の要件を正しく速やかに処理する努力をしている。

 

 さて、訪れたのは件の冒険者であった。

 全身を一級の武具で固め、フードで顔を隠した戦士だ。

 

 ミィシャは内心で驚きと恐怖と疑念を同時に覚える。高位の冒険者が突然現れたこと、身にまとうただならぬオーラ、そしてその姿に見覚えがないこと。

 

「冒険者登録を頼みたいのだが、窓口はこちらで間違いないだろうか?」

 

 驚きと疑念に上乗せ。これほど優れた装備を揃えた人間が冒険者登録を済ませていないこと。

 ミィシャはそれらを上手いこと押しとどめて、笑顔を作った。

 

「はい、お間違いありませんよ。新規ご登録ですね。少々お待ちくださーい」

 

 だがその疑念を見透かされたのか、怪しい冒険者見習いは小さく頭を下げた。

 

「失礼をした。顔を隠したままだったな……」

 

 三度目の驚き。

 フードの奥から現れたのは、それは美しいエルフの()()だったのだ。

 

 月の銀色、そんな言葉が出て来るほどの美しいプラチナブロンド。

 肩口で切りそろえた銀の髪は頭の後ろで束ねられている。

 長旅で乱れたのだろうほつれた髪も倒錯的な色気を匂わせていた。

 

 そして顔。美形揃いのエルフの中でもとりわけに美しい。

 線の細い顔立ちと切れ長の瞳、ほっそりと弧を描く鼻梁、薄くも妖艶な唇。中性的な美貌は男女を問わず魅了するだろう。

 その手の造詣が深いミィシャの判断でも、オラリオ最上級。ハイエルフたる【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ並み、いやことによるとそれ以上かもしれない。

 

 乱れた髪を撫で付けて、彼女はほのかに笑みを浮かべた。

 

「もし、お嬢さん」

「……はっ。あ、はいっ失礼しました!」

 

 響き渡る天上の管楽器のような、中性的な美声で我に帰る。

 魅入っていたことに気付き、ミィシャは慌てて声を張った。

 

 書類を引き寄せ、二度三度と視線が女性と書類を往復する。顔を見るたびに陶酔しそうになる。まずい。《魅了》なんてスキルを持っているのかもしれない。

 相手は女性だと分かっていても、息を呑むほど美しい。今の囁きもヤバかった。理性が飛ぶかと思った。ミィシャは恐るべき客に対抗するべく気合を入れ直した。

 

「そ、それでは、お名前とご所属の【ファミリア】をお教えください」

「名はイステニアエル(Isteniaer)と言う。……すまない、【ファミリア】とはなんだろうか」

 

 ミィシャは耳を疑った。

 

 【ファミリア】を知らない……こんな装備をしていて? あり得ない!

 

「ええと……一つの神様を主とする組織でして、冒険者に属する人々はみな、神様から【神の恩恵(ファルナ)】を頂く代わりにその【ファミリア】に属しているのですが」

「【神の恩恵(ファルナ)】……加護ということか?」

「はい、そうなります。下界では《神の力(アルカナム)》を使えない……全知()()である神々が、子である私たちに与えられる数少ない恩寵、といいますか……その、人の経験した様々な事柄から【経験値(エクセリア)】を汲み上げて、それを力として変換する加護でして」

「ふむ」

 

 【神の恩恵】や【ファミリア】についてなど当たり前すぎて、説明するのも難しいほどだった。

 ミィシャのしどろもどろな説明を受け、イステニアエルは小さく頷いた。

 

「つまり人の成長を早める恩寵なのだな?」

「そう! そうです! 【神の恩恵】によって力をつけることが、私たち下界の住人がモンスターに対抗する唯一の手段なんです。それで」

「要は戦う手段があるかどうかか。なるほど。【神の恩恵】を持つことが冒険者の資格なのだな? そして【ファミリア】に属しているものだけがそれを持つと。共同体を形成する以上そこに所属しているという事実は身分証明も兼ねており、恩恵持たざる者、眷属ならざる者は冒険者にはなれない……相違ないか?」

「はい! その通りです!」

 

 良かった賢い人で! ミィシャは安堵した。

 【恩恵】なしに冒険者になろうとする輩はちょくちょくいるが、それらの仕組みを全く知らない人間の担当は初めてだった。有能なハーフエルフの同僚ならばともかく、自分がそれらの社会的機構を丁寧に説明できるとは思えなかった、いや事実出来ていなかった。

 

「……あっ、その、すみま……申し訳ありません、ですので」

「いや、事情は分かった。私が冒険者として認められるには【ファミリア】に入団せねばならず、そうでない今は登録は受け付けられないのだな」

 

 良かったゴネられなくて! ミィシャは重ねて安堵し――そして嫌な想像が頭を駆け巡った。

 

 聡明で、物腰は穏やかで礼儀正しく、とんでもない装備で一式身を固めていて、しかし下界の常識には疎く、子供でも知っているようなことを知らない。

 

 そんな存在を仮定するならば、それは人間社会を遠く離れた場所に隠棲し、かつ地位のとんでもなく高い存在になるのではないか?

 

 そしてそれがこの上なく美しいエルフだとするならば。

 

 それに該当する存在とはつまり、エルフの王族――ハイエルフなのではないか?

 

(ひぇっ――)

 

 ミィシャの体中から嫌な汗が吹き出た。

 

 言われてみれば、その理知的な振る舞いはどこか【九魔姫(ナイン・ヘル)】に似ているし……。

 脳内オラリオ美人ランキングでもタメ張れるレベルだし……。

 名前も家名は名乗らなかったし……。

 

 ぞわぞわぞわ! とミィシャの背筋を緊張が走り抜け、そして凍りついた。

 もし失礼があったら? 国際問題? 打ち首?

 いやそれ以前にオラリオ中のエルフたちに恨まれ闇討ち拷問?

 

 さーっ! と顔から血の気が引いた。

 ミィシャ・フロット、人生最大の危機であった。

 

「うむ、ならば仕方あるまい。お嬢さん、手間をかけさせてすまないな」

「いっいえっ! ここここれくらいお安い御用ですっ!」

「うん……? とまれ、次は【ファミリア】を見つけてから来るとしよう」

「はひっ、あっ――そそっそれでしたら!」

 

 天啓、そう天啓がミィシャの脳裏に降りた。

 

 つまり「全部関係者に押し付ければなんとかなるんじゃない!?」という天啓だ。

 

「――ろっ【ロキ・ファミリア】がいいですよ! きっと! 絶対!」

 

 推定ハイエルフと思しき彼女は小さく頷いた。

 

「分かった、尋ねてみよう。すまないが場所を教えてくれないか?」

「はっはい! お任せください!」

 

 ミィシャは懇切丁寧に【ロキ・ファミリア】の拠点である黄昏の館までの道を教えると、地図の簡単な写しまで用意してイステニアエルに握らせた。

 

「何から何まで手を煩わせてすまないな。感謝する」

「いっいえその、お褒めに預かり恐縮ですっ?」

「そう畏まらないでくれ。私など()()()()()()()()()()()のだから」

 

 ひーっここにはお忍びで来ている宣言っ!? あまり騒ぎ立てないで欲しいみたいな!?

 

 ミィシャは内心で悲鳴を上げる。ありもしない言外の頼みを読み取ったミィシャはばたばたと慌てる心をなんとか隠し通し、それらしく微笑んで一礼した。

 

「……おっと、そうだ。最後にいいかな」

「な、なんでしょう……?」

 

 イステニアエルは、ミィシャの目を見て微笑んだ。

 

「――俗世を知らぬ田舎者を無知や無学と蔑まず、真に心を砕いて救いの手を差し伸べてくれた、尊き我が恩人の御名を……どうかお聞かせ願えないだろうか?」

 

 ミィシャの脳は真っ白に燃え尽きた。

 およそ人生で初めての衝撃、あるいは名誉。高貴なる存在に名前を尋ねられる状況と、何よりイステニアエルの見せた微笑みに、ミィシャの精神は耐えられなかった。

 

「み……ミィシャ・フロットと、申します……」

 

 息も絶え絶えに答えると、銀の麗人は一つ頷いた。

 

「ありがとう、我が友ミィシャよ。私は恩人の名も知らず礼も尽くさぬ恥知らずにならずに済む。どうか星の巡る頃に、この恩を返しに馳せ参じることを許してほしい」

 

 やめてください! とミィシャは内心で悲鳴を上げた。

 これほど美しい中性的な美貌と美声でそんなことを言われて、平静を保っていられるほどロマンスに疎いわけではなかった。心臓が秒間三回のペースで爆発している。耐えろ理性! と吠えて、ミィシャは太ももをつねりまくり、どうにか現実から目をそらさずに耐えきった。

 

「と……当然のことをしたまでですので」

「そうか。では私はそろそろ行こう。友の仕事の妨げになるのは本意ではない」

 

 ――さようなら、ミィシャ。優しき方よ。

 エルフの麗人はひらひらと手を振ると、フードを被り直して立ち去った。

 

 精神力を使い果たしたミィシャは、膝が崩れるままに床にぺたりと座り込んだ。

 そして、遅れて状況を反芻した。

 

 ――名前を覚えられた? 高貴なお方に?

 もしかして私は今とんでもなく幸運なんじゃ?

 対応もどもりまくったのはともかくとしても完璧じゃない? 都市に来て長いハイエルフであるリヴェリア様なら彼女が頼るに最適だし、【ファミリア】の格としてもオラリオ最高峰、初めに頼るにはこれ以上ないのでは……?

 

 いやでもお忍びで来ているらしいし、実はリヴェリア様を里に連れ戻そうとしている、とかだったらどうしよう!? リヴェリア様に迷惑だろうし【ロキ・ファミリア】全体に不利益だし、もしかしたら準備もままならないままリヴェリア様と鉢合わせたことでイステニアエル様も怒る……?

 あ、あと【ロキ・ファミリア】に連絡しなきゃ! でもなんて伝えればいいんだろう!? ハイエルフだって伝えちゃっていいのかな!?

 

「うわーっ! うわーっ!」

 

 手に負えない! 私の手に負える案件じゃない! 上位職員に引き継ぐべきだったんじゃ!?

 

「ミィシャ! さぼってないでお客さん溜まって」

「うわぁーエイナぁー助けてーっ!? 打ち首! 打ち首だよぉ!?」

「ちょっ、どうしたのミィシャ! またなんかやらかしたの!?」

 

 ……彼女の混乱が落ち着くまでに、ゆうに三十分はかかった。

 

 

 




・ビルド
 Shalore Doombringer
 Category point: Corruption/Wrath, Corruption/Fearfire, Corruption/Heart of Fire, Infusion slot 2
 Prodigies: Legacy of the Naloren, Flexible Combat

 LotNは当然武器を賜ってExotic Weapon Masteryの実行タレントレベルは16。
 後はTimeless & Destroyerで全てを粉砕だ。

 真正面からAthamatonを殴り倒し、Linaniilにも*勝利*できるぞ!

 ToME本編で*勝利*した後Infinity Dungeonを一人潜りまくった想定。
 本編→IDではIDモードに切り替わらない、とかそういうのは気にしないでおこう。
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