ダンジョンに果てを求めないのは間違っているだろうか 作:パイの実農家
私は懸念していた言葉の問題がなかったことに安心していた。
そして長年の疑問が一つ解決した。デーモンたちもかつてシェール・タルのファーポータルを使った交易を行っていたらしいが、彼らが言語の壁をどのようにして突破していたのか。
答えは一つだ。
「《多様の宝珠》には言葉の神秘が眠っているらしいな」
このオラリオで使われている
ただし言語感覚の根底にあるのは慣れ親しんだエルフ語でもイヤル諸語でもなく、古代シェール・タル語である。
なにせ共通語とやらも古代シェール・タル語に似た文法を持っているのだ。
恐らく《多様の宝珠》の力の一つに、シェール・タルやイヤルに連なる言葉の変化を補正する働きがあるのだろうと見ている。
というより、神々の言葉こそが古代シェール・タル語なのだろう。
なにせ彼らシェール・タルは強大なる「絶対神」アマクテルの被造物。言葉もまたかの神から学んだという可能性は十分にあるし、それが神々の共通語であるという可能性も否定はできない。
まぁ、それについてはおいおい
差し当たってそれらを成すために必要なことは、【ファミリア】に籍を置くことだ。
都市の北部、北の目抜き通りから外れた街路沿いの、一番目立つ建物。
「分かりやすいな」
周囲の建造物を頭二つ以上抜きん出た、赤銅色の八つの塔群。
燃え上がる炎を思わせる意匠と、中央塔に立つ道化師の旗。
黄昏の館、【ロキ・ファミリア】の
ロキなる神が、理解のある神であればいいが。
なにせこの身は
加えて言えば、真なる吸命の杖もまた鞄の底に眠っている……。
「……まぁ、なるようになるか」
彼らが悪心ある者なら? 杖を欲する者なら? たとえ善良でも心変わりを見せたら?
燃やし尽くせばいい。今までそうしてきたように。これからもそうする通りに。
そうでないことをただ祈り、私は門番へと声をかけた。
+ + +
「入団希望者?」
「はい。……それが、今しがたギルドから紹介状が来ていまして」
「この時間に、ね」
黄昏の館、北塔の最上階。【ロキ・ファミリア】団長私室。
フィン・ディムナは手紙を受け取ると、親指をぺろりと舐めた。
「神か幹部にだけ見せるよう、とのことでした」
「なるほど、今度の新人は大物のようだね。リヴェリアとガレスを呼んできてくれ」
「はい。……ロキ様は?」
「放っておいても来るさ」
団員が去っていったのを尻目に、フィンは手紙の封を切ってそれに目を通した。
その目の色が、疑念、驚愕、納得と切り替わった頃に、まずリヴェリアが現れた。
「どうしたフィン。何か問題か?」
「ん、問題といえば。リヴェリア、現存するハイエルフの名前は全員覚えているかい?」
「……恐らくは」
「イステニアエルという名前に心当たりは?」
「ない」
リヴェリアは即答し、フィンは一つ頷いて席を勧めた。
「……が、
「どうもそうらしいんだ。優れた装備をいっぱいに身に帯びてね」
今度はリヴェリアが目を見開いた。
「けど、君が知らないハイエルフでそれほどの装備を揃えられる存在がいるとは思えないな」
「……そうだな。一族の子が新たに生まれたのならば、私の耳にも届いているはずだ」
「やはり嘘かな? けど、筋は通っているんだよね。君の知見を聞かせてくれ」
フィンはギルドからの紹介状を手渡すと、リヴェリアは始終怪訝な顔でそれを読み終えた。
「……まず第一に、ただのエルフではイステニアエルなどという名前は名乗れん」
「というと、言語の違い?」
「ああ。古エルフ語だ。ハイエルフでも古い者が名に使うくらいのもので、これを学ぶエルフなどほぼおらんよ。少なくとも、相当に造詣の深いエルフであることは間違いない」
その上で、とリヴェリアは手紙を手で弾いた。
「ギルドの判断もむべなるかな、だな。駆け出しに不似合いな装備といい、無知さといい、そう考えるのが自然だろう。もし客人に悪意があったとしても、ギルドは無関係だ」
「うん、僕も同意見だ」
フィンは手紙を再度預かると、文面にもう一度目を通す。
「すると……不遜にもハイエルフを騙るうつけ者か、悪意あってそうする者か」
「全くの無関係、という説は?」
「件の女がただのエルフで、たまたま優れた装備を身に着け、オラリオにやってきて、ギルドに相談した結果うちを進められたと? ……装備の件がなければ納得した所だがな」
フィンは半秒考えて、言った。
「こういうのはどうだい。かつて【ファミリア】に属していた優れたエルフの冒険者がいた。その【ファミリア】は解散してしまい、そのエルフもオラリオを去った。時が経ち、その装備は何も知らぬエルフの娘に受け継がれ、彼女は冒険者を目指した」
「ゼウスとヘラか」
十五年ほど前に【ロキ・ファミリア】によって滅ぼされた二つのファミリアがある。
フィンの物語には一定の信憑性はあった。逆に言えばその程度でしかない。
「面白い筋書きだが、その手の枝葉は何とでも言えてしまうからな……」
「うーん、実を言えば僕もあまり納得していないだよね」
フィンは苦笑して、劇作家には向かなそうだ、と呟いた。
「……ところで、ガレスはまだか」
リヴェリアの問いかけに、フィンは外を指差した。
「訓練場にいたからね。軽く挨拶を済ませて……そろそろかな?」
「待たせたな、フィン」
「噂をすれば」
フィンの言通り、ぴったりのタイミングでガレスの髭面が現れた。
いつものように輪になって席に座ると、フィンはすぐさま切り出した。
「聞かせてくれ、ガレス。
「うむ……率直に言おう。フィン、
渋い顔の返答に、リヴェリアが僅かに動揺した。
「……馬鹿な。それほどか」
「純粋な槍の使い手として見るならば……そうじゃな、たかだか四十そこらのひよっこなぞ、比べ物にもならんわい。あのものが果たしてどれほどの修練を積んだのか儂には分からん」
「武芸の極みにあると?」
「極み? いやあ、そんなものはとうの昔に踏み出しておるよ」
見れば分かる、とドワーフは言った。
「あれは人ならざる域にある。一つや二つのレベルの壁なんぞ容易に突き崩すじゃろ。間違いなく逸材じゃ。ありゃなんじゃ? 実は神か?」
「入団希望者だよ。ギルドから紹介されてきた、ハイエルフ疑惑がある」
「悩むこたあないじゃろ。――あれを捨て置くようなら【ロキ・ファミリア】はおしまいじゃよ」
それほどか、とリヴェリアは唸った。
こと戦士としてはガレスもフィンも人類最高峰の腕前だ。
それをして、技術では上だという。
ガレスは鼻息荒くフィンに迫った。彼女との戦いを夢想しているのだろう。
「フィン。お主とうに分かっておるじゃろ。便利な親指はどうした」
「……実を言えば、判断に迷っているのはそれなんだよ」
フィンの口調は軽かったが、表情は深刻だった。
まるで、ダンジョンの奥地で生死をかけた選択をするときのように。
「よく聞いてくれ、ふたりとも。僕の親指はこう言っている」
【ファミリア】の存亡がかかっていると言わんばかりに。
「
……室内を静寂が満たした。
かつてない。その言葉を使ったのが他の人間であったならば、まだしも笑う余地があった。
しかしそれを、【ロキ・ファミリア】の団長たる【
それは真に、想像しようもない未曾有の危機を意味している。
張り詰めた空気を、しかし霧散させたのはフィンの苦笑だった。
「ただまぁ、それはそれとして……僕らの気苦労は徒労かもしれないんだよね」
ああ、とリヴェリアは察した。ガレスも遅れて気付いた。
「書いてあったな。見目麗しい女性だと」
「うむ。儂の目にも美女であることは分かったわい」
「となるとさ。我らが主は見逃さないよね」
どたどた、と階段を駆け上がるいつもの足音。
「フィ――ン! あの客誰やー! ウチめっちゃ欲しいねんけどあの子ー!!」
ほらね、と肩を竦めるフィン。
呆れた顔のリヴェリア。ガレスはゲラゲラ笑って髭を撫でた。
部屋に飛び込んできた主神に、フィンは手紙を差し出した。
「ロキ。一応、熟考してくれと伝えておくよ」
・言語について
ToME4本編にそんな設定はない。
《多様の宝珠》に翻訳機能はない。もっとも、イヤルの諸種族が使う言語は一つだけである。ハーフリングもオークもドワーフも何故か人と同じ言葉を使う。
多分シェール・タルのせい。
イヤルの不思議事象は九割がたシェール・タルのせいだからだ。
・技術について
通常タレントレベルは5が最大。
補正込みで実行タレントレベルにしても6.5が普通である。
一方ナローレ族の秘宝を手にすると実行レベルは最大16になる。三倍。つよい。
加えてIDモードではレベル10ごとにタレントレベル上限が一つ上がるため、再現なく強化できる。