艦これーさざんかのようにー   作:アテネガネ

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がんばれ叢雲


第1話

 

 海に浮かぶ君は、誰なのだろう。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 叢雲はその日、嘘の報告をした。

 哨戒中、異常なし。

 報告を受けた一般事務哨戒班担当連絡係員の冴えない男性職員は、何の疑問も持たず、おざなりにその報告を了承し受け取った報告書に判を押した。

 

 そんな態度だから一般事務から抜け出せず、いつまでもぺーぺーの仕事しかさせてもらえないんじゃない。

 と叢雲はこの職員のいつもの態度にもやもやするも、こいつのおかげで虚偽が通ったのだと思い、やはりもやもやする。

 

 ここは横須賀鎮守府。

 世界に名だたる対深海棲艦の謂わば本拠地である。

 実際は横須賀よりも遥か内陸にある「国家防衛省等カラ成ル対外敵交戦対策委員会」、通称「委員会」がそうなのだが、やはりデスクワークの役人よりも国民は実際に戦闘に出ている鎮守府を支持している。

 まあ、批判する人間もその分多いのだが……。

 

 この2つの組織の違いは鉛筆を持つか武器を持つかとか、委員会が一方的な権力で鎮守府側を支配しているだとかと思われがちだが、実情は複雑だ。

 もちろんそういった面は持ち合わせている。

 序列は委員会が上だし、戦闘は我々鎮守府が全面を担っている。

 では何がかというと、そう、資金力である。

 有り体に言って鎮守府はお金持ちなのだ。

 

 委員会の持つ権力とは、政府から与えられたものだ。

 そのため逆らうと首が体とバイバイしてしまう。

 しかし、しかしだ、そんな悪代官もかくやの委員達に反目しても助かる方法がある。

 山吹色のお菓子のプレゼントだ。

 袖の下をヒラヒラさせることで委員は犬っころになるし、こちらの首は鋼鉄にコンバートされるのだ。

 横鎮では、その神聖な行為を、敬意を込めて餌付けと呼んでいる。

 

 つまり、状況によって力関係は逆転するため一方的なトップダウン方式ではない、ということだ。

 もちろん表立っての餌付けをしたり、頻繁に行うことはない。

 時々、本当に困った時に活用する。

 

 結構脱線してしまったが、叢雲が何を言いたいのかというと、そんな世間から注目され安泰の職場にいるのに、エリート街道まっしぐらな公務員なのに、何故この男は常に腐りきった目ん玉と態度を晒しているのか、ということである。

 

「そういえば叢雲さん」

 

 ぎょっとした。

 嘘と悪口がバレたのか、ということにではない。

 この男が「了解しました」と「はい」以外に言語を操れたことに驚いたのだ。

 

「何かしら?」

 

 叢雲は不自然なく応答した。

 内心などおくびにもださずに普段のクールビューティさを演出した。

 ちょっとドヤ顔もしてる。

 

「……最近、海上で艦娘の艤装を発見したとの報告がありました。何かご存知ありませんか?」

 

 唖然とした。

 この男が、会話などという人類が生み出した高度なコミュニケーション技術を活用している、ということにではない。

 とんでもないことを言い出したからだ。

 

 艦娘の艤装とは、いや、まず艦娘とは何者かと言うと、定義上は国防軍所属の軍人である。

 適性を持った少女から選出され、委員会の謎の装置にぶち込まれ、厳しい訓練を受けた後に任命される。

 この適性は志願制のテストを受けることで判明するのだが、現在の世論的には志願しないと非国民の様に扱われてしまうので実質強制だ。

 そして花も恥じらう乙女にあんなことやこんなことを敢行し、やっとのことで合否がわかる。

 ちなみにこのテストを作ったやつを発見したら、いかなる手段を使ってでも全艦娘に報告する義務が発生する。

 全員でそいつを囲んで何かしらをしばく予定だからだ。

 みんなわくわくしている。

 しばくのが茶なのかなんなのかは、まあ置くとして。

 

 次に謎の装置だが、本当に謎なので語ることはない。

 

 この行程を経て訓練学校に通い、訓練用艤装を背負う。

 そして訓練中、食べたものを綺麗に胃から返却するマジックを学んだ後に艦娘を名乗ることを許され、実機艤装を貸与される。

 

 そして艤装についてだが、これらは委員会と鎮守府の共同制作だ。

 噂によると委員会直属の艦娘が存在する様でその艦娘らが敵を鹵獲し、どうにかこうにかして艦娘が背負える艤装に作り変えているらしい。

 つまり艤装とは、人類の謎の力で開発した謎の人工物ということになる。

 だからか、沈んだ艦娘が出ても技術の拡散を防ぐために、即座に回収を始める。

 

 そのため気楽に海を泳いでいていいものではない。

 そんなことも忘れるほど惚けてしまったのかこいつは。

 

「艤装が海に浮いてるわけないじゃない。その報告してきたやつはきっと酷い船酔いでもしてて、自分のゲロと艤装を見間違えたんじゃないかしら?」

「……」

「……何よ」

「……了解しました」

「……何がよ」

 

 不気味だ、と叢雲はその場をいち早く逃げ出したくなった。

 嘘も突き通したし、もう用はない。

 はあ、さっさと昇格でも首にでもなって居なくならないかしらこの男、と切に願った。

 

 そして不気味なことに、叢雲のこの願いは彼女にとって良くない形で叶うことになる。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ 

 

 

さざんかのように

 

 

 ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

「叢雲ちゃん!」

「あら、吹雪じゃない」

 

 駆逐艦寮の自室に戻ろうとしていたら声をかけられた。

 叢雲を呼び止めたのは吹雪型駆逐艦一番艦『吹雪』だ。

 大戦中世界を震撼させた特型とんでもデストロイヤーの名を冠する艦娘である。

 ちなみに叢雲はその五番艦だ。

 

「報告平気だった?!」

 

 強いて言うなら、今大声で話されていることが平気ではないのだが、とにかく元気いっぱいでカワイイから叢雲は全てを許した。

 

「平気よ。なんせ何も問題はなかったんだもの、普段通りよ」

 

 ね、と言い姉の不注意の尻拭いをしつつ、にこやかに微笑みかける。

 

「……そっか! あ、磯波ちゃんも今は落ち着いてきてるから様子を見に行ってあげてね? きっと喜ぶから!」

 

 うん、だからあまり嘘が露呈する話をして欲しくないのだが、まあここは天下の駆逐艦寮なので全員無条件でこちらの味方だ。

 ここで嘘がバレても駆逐艦以外に口外されることはまずない。

 駆逐艦の団結力は大和の装甲よりも硬いのだ。

 ちなみに駆逐艦全員にはもれなく連絡がいってしまう。

 どんなネットワークを駆使しているのか、内部にいる誰もが把握しきれてはいないだろう(怖い)。

 そして駆逐艦の噂話の制度は100%正しい(怖い)。

 

 とはいえ、この話は内々で済ませているので漏洩の心配は皆無だ。

 たとえ忍者が探りを入れてもバレることはない。

 

 了承した旨を吹雪に伝え、さあ磯波の元に赴こうかとしたところ。

 

「吹雪に叢雲!」

 

 また呼び止められた。

 さて、このハツラツ少女はおかんだ。

 通称暁型駆逐艦三番艦『雷』である。

 艤装よりも救急箱に触れている時間の方が長いとの噂だが、駆逐艦の噂なのできっと事実だろう。

 

「あら、おかんじゃない。遠征お疲れ様」

「む、叢雲ちゃん……」

 

 なぜか吹雪にあきれられた。

 ところで艦娘というものはたくさんいる。

 それは種類が、というわけではなく(種類も豊富だが)同名艦が複数いる、ということだ。

 叢雲自身も過去に3人の叢雲と出会っている。

 まあ、なんというか、流石同名艦というだけあって似ている。

 顔も性格も。

 いい気持ちはしなかったというのが叢雲の感想だ。

 おかんは珍しい艦種ではないのでどこの鎮守府でも、さらにはある程度の大きさを持つ泊地なんかにも存在する。

 つまりはどこでもおかんだ。

 

「んもう! おかんじゃなくて雷よ! 一文字も合ってないじゃないっ!」

 

 間違えないでよね!もう!とぷりぷり怒るおかんはカワイイのだが、うーん、可哀想に遠征の行き過ぎで自分の名前すらわからなくなってしまったのか。

 

「ちょっと? 可哀想なのは貴女の頭よ? 大丈夫? お薬飲む?」

「……ところで何の用かしら? 私これから用事があるんだけど」

 

 真顔で心配されるとクルものがある。

 胸が痛い、早く磯波で癒されなければ。

 

「む、なにか釈然としないけどまあいいわ! 磯波のこと、みんな心配してるから困ったら私たちに頼りなさいよ! それだけ!」

 

「……」

「……」

 

 じゃあね!と言い去っていく雷。

 どんなネットワークを駆使しているのだろうか。

 1人が知っているということは、つまり……。

 

 

 

 

 磯波の元にやってきた叢雲は何も言えなかった。

 自分が颯爽と現れ甲斐甲斐しくお世話をし、「叢雲ちゃん……。ありがとう」と頬を染める磯波を見ようと思っていたのに、すでに全ての工程が終了していたのだ。

 許せない蛮行である。

 下手人は自分以外の駆逐艦だ、敵は多い。

 怒りに震えつつも叢雲はなんとか声を絞り出した。

 

「磯波」

「あ、叢雲ちゃん」

 

 海上では顔色が真っ青で呼吸も浅かった磯波だったが、今は平気そうだ。ベッドで横になっている。

 安堵しつつも悔しさが込み上げてくる。

 誰がこんな完璧な処置を、メンタルケアもバッチリじゃない……!

 

「もう落ち着いたのかしら?」

「うん、もう平気だよ。……みんなのおかげで」

 

 ちょっとはにかんでいる。

 その「みんな」は「叢雲ちゃん」だったはずなのに。

 

「そう、なら良かったわ」

「心配かけて……ごめんね?」

「いいのよ、姉妹じゃないの」

 

 と言い、自然な動作でベッドに腰掛ける。

 我ながら完璧だ。

 姉妹、と言ったが本当の家族ではない。艦娘は同型艦を「姉妹艦」と呼び一種のコミュニティを形成する。

 別に本人はその気ではなくてもなぜか、いつの間にか姉妹艦どうしで「仲良し」になっているのだ。

 

 この「仲良し」というのが曲者で、姉妹艦や史実的に関連のある艦ならいいのだが、それ以外に対し排他的になる傾向がある。

 駆逐艦は除くが。

 ちなみにこの関係性が大きく出るのが戦艦と空母であるのだが、この辺はなんとなく察してほしい。

 

「あのね、叢雲ちゃん……さっき見た、その『ゆうれい』……なんだけど」

「ええ」

「……ううん、やっぱり……、なんでもない」

「そう、まあいいわ。今貴女に必要なのはゆっくり休むことよ。無理に話す必要なんてないわ」

 

 磯波はおとなしい子だ。

 気弱と言ってもいい。

 そのため今回の「ゆうれい」は相当堪えたのだろう。

 これが陽炎型なら、記念にツーショットでも、という気概を見せるのだろうが……まあ人には向き不向きがあるということだ。

 彼女はお化けと写真を撮れない側の人間なのだろう。

 いや、普通は無理だ。

 

「叢雲ちゃん」

「ん?」

「ありがとう」

 

 返事の代わりにニコっと微笑み返した。

 あー、鼻血でそう。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

 艦娘の言う「ゆうれい」とは、一般に知れ渡っているものとは別物である。

 ゆうれいが一般に知れ渡っているという物言いは十分に変だが、とにかく違うのだ。

 

 いわく、「ゆうれい」は艦娘の死期が近づくとその者の前に姿を現わす。

 いわく、「ゆうれい」は艦娘を地獄に引きずり込む。

 いわく、「ゆうれい」は艦娘を深海棲艦にするべく現れる。

 

 とまあ、なにかといわく付きの存在として語られる。

 ちなみにこの話の出所は重巡寮だ。

 つまり真偽のほどは不明、そのため戦艦ともなると笑い飛ばしている。

 笑われたからなのか、重巡はこの話をしないことが暗黙の了解となっている。

 しかし、駆逐艦は不明だからこそ用心する。

 それが事実だとして、死期が近づいたり地獄に落とすとかなら海にその艦娘を出さなければいい。

 艦娘の死因など戦死しかありえないからだ。

 長期的に見ればその対策も考えものだが、やりようはあるだろう。

 そして深海棲艦化についてだが、こちらは途端に話が変わってくる。

 もし事実で、そんな話が委員会の耳に入ってしまったら一大事となる。

 鎮守府が人類の矛ならば、委員会は人類の盾となる存在だ。

 そのため、その存在意義を貫き通すため必ず、その艦に対し処分命令を下すだろう。

 餌付けも突っぱねられそうだ。

 

 ということで磯波が見たという「ゆうれい」は闇に葬ったという運びだ。

 これが叢雲のついた嘘の正体である。

 この判断は旗艦を務めていた吹雪が下し、茫然自失としていた磯波を除いた哨戒隊全員が了承した。

 多分、というか絶対だが雷にもバレていたので駆逐艦娘全員もこの判断を知っていて、かつ肯定している。

 

 鎮守府や委員会、というよりも人類からしたら憤慨ものの判断だろうことは百も承知だ。

 誰が好き好んで人を虐殺する憎っくき敵を迎え入れることを許すだろうか。

 ここで深海棲艦について話そう。

 やつらについてわかっていることはたった2つ。

 「人類をとりあえず殺す」ことと、それが「目的不明」ということだ。

 猛獣よりもタチが悪い。

 獣は「生きる」「食う」「増やす」のシンプルな欲求に従っている。

 そのシンプルさも行方不明の、そんなやばいやつらを迎合するのは不可能だ。

 でも許されないことは二百も合点、「仲良し」とは無理を押し通すだけの関係性なのだ。

 

 ただ、そんな無責任を突き通すだけではない。

 磯波の出撃はこっそり他の人員と入れ替えるし、艤装は艤装検査点検及ビ修理担当係、通称艤検にオーバーホールしてもらい磯波から遠ざける。

 それで問題が発覚したら委員会を脅しつけて損害賠償の1つや2つ掻っ攫ってやる。

 仲間を危険に晒したのだ落とし前はきっちりつけてもらうぞワン公。

 

 とにかく我々もただ危険を野放しにする様な真似はしない。

 やはり防人なのでその辺はきっちりさせる必要がある。

 いまさら何を言っているんだという気がしないでもないが。

 

「んで? どうすんだ叢雲」

「艤検行って話つけて来るわ」

「……艤検も委員会とつながりがある」

「そうだぜ、下手は打てないんだぞ?」

「わかってるわよ。だから夕張に頼むの」

「「ああ」」

 

 艤装を委員会と共同開発している鎮守府だが、鎮守府は資金と技術力を提供している。

 資金は言うまでもなく金だが、技術力は艤検員を派遣することでまかなっている。

 つまり日々艤装を研究・開発している艤検員は当然彼らとつながりがある。

 中には将来の委員候補と呼ばれる者も今の艤検には在籍している。

 そのため、「はい、艤装見て悪いとこあったら言ってね」では問題が発生した場合危険だ。

 絶対チクられる。

 そこを心配しわざわざ私に会いに来た深雪と初雪は私のことが好きなのではないだろうか?ちなみに私は好きだ。

 

 とまあ、そんなこんなで私は叡智を結集させ、ある策に至ったのだ。

 

「来なさい! 五月雨!」

「お任せください!」

「うん、まあそうだろうな」

 

 艤検員の仕事場「工廠」に立ち入るには危険物取扱者であることやボイラー技士であることや、まあ様々な資格を持っていることが条件となる。

 またこれら一般に取得可能な資格以外にも委員会、鎮守府が発行する種々の証明書を厳しい試験の後に手にしていなければならない。

 これはやはり軍属であることと、艤装が技術・情報的にブラックボックス化しているために必要となる。

 

 しかし、これらを無条件でパスできる者がいる。

 艦娘「明石」と「夕張」だ。

 

 艦娘として建造された歴代の明石と夕張は、必ず機械いじりを得意としている。

 過去、この二艦が開発したものは多岐にわたる。

 一番の功績は艦娘の制服概念の構築だろう。

 いきなり機械から遠ざかった話で申し訳ないのだが、それでもこの事は明石・夕張を語る上では外せない。

 今でこそ、それぞれの制服を着用しているものの、対深海棲艦黎明期つまり艦娘運用初期には、艦娘は軍服を着用していた。

 統一制服である。

 現在の艦娘の制服には、それぞれの艦の特徴を最大限発揮できる性能が秘められている。

 中には製作者の趣味しか感じられない意匠も見受けられるが、眼福なので目を瞑る。

 で、性能が悪い、というよりも皆無だった軍服では死傷率が抜群に高かった。

 それも当然だ。艦娘の特異性とはその者が発揮しているわけではなく、身につける「艦」によりもたらされているからだ。

 ちなみに艤装と制服の二対一式により艦娘足り得るというのがこんにちの研究により判明している。

 つまり先人は半分の力でのみ戦っていたというのだ。

 はっきり言って自殺行為である。

 

 そしてそんな軍服着用に疑問を抱いたのが当時の夕張である。

 明石はというと、その頃の艦は特徴が未顕現だったため、特殊な艦種は存在していたものの能力を発揮できていなかった。

 適性試験で本来戦闘に参加しないような艦種と断じられるとハズレ扱いされるほどだ。

 また潜水艦なんかも潜水に耐えられる性能を発揮できなかったためお払い箱となっていた。

 つまり明石は存在していたが、腐っていた。

 

 夕張はある日戦闘を終え、敵に対しこちらが貧弱すぎると「気がついた」

 当初装甲値の明確な差は、人間と人外の種族差だと考えられていた。

 そのため攻撃力・防御力に大差が生じる事は当然との考えが信じられていた。

 しかし、夕張はある仮説を立てた。

 

「艦娘も人外に足を突っ込んでいる」

 

 ここでいう人外とは高異の存在であり、まさしく次元が違う者だ。

 下位次元の者は上位次元の者に干渉する事は不可能で、最低でも同じ領域の存在である事が条件となる。

 つまり逆説的に艦娘は深海棲艦と同等でなくてはいけないのだ。

 

 こちらの攻撃は微々たるもの。

 しかし敵の攻撃は一撃必殺の威力を持っている。

 この差は何かを考えた時、ふと深海棲艦の姿形に目がいった。

 この着眼点は夕張にとって容易に結びついた。

「あれ? なんか私たちアニメの雑兵みたいじゃない?」「みんな同じ格好して登場人物足り得てなくない?」「敵の方がぽくない?」

 夕張ならではの視点だ。

 

 そこからは早かった。

 自身の力だけでは達成するのは難しいと考えた夕張は明石に声をかけ、根性を入れ直し、発破をかけなんとか形にしたのだ。

 これ以外にも様々な功績を挙げ、「夕張」「明石」両艦種は工廠無条件通行証なるものを手にしたのだ。

 

 前置きが長くなってしまったが、ここからが大事な話だ。

 今回のナイスアイディアは、その通行証と夕張の性癖に目をつけたものなのだ。

 

 明石と夕張に駆逐艦がものを頼む時、隙が大きいのは夕張である。

 それは両艦とも三度の飯よりスパナが好きだが、スパナよりも好きなものがそれぞれあるためだ。

 明石は「大淀」、夕張は「五月雨」だ。

 

 そう、夕張は駆逐艦が好きなのだ!

 

 なんたる背徳的関係。

 モラル危機ここに体現である。

 つまりこのクソレズロリータコンプレックスウーマン夕張は駆逐艦(!)五月雨をエサにすればダービー一等賞もかくやの暴走っぷりを見せるのだ!!!

 

「暴走してるのはお前だぞ叢雲」

「失礼ね深雪、私はいつも通りのクールビューティよ」

「周りのやつらが本当にそう誤認してるのが、本当に悔しい」

 

 今日の駆逐艦たちは妙に私に厳しい、ツンデレ期だろうか?

 そのうちデレるのだろうか、楽しみだ。

 

「……五月雨をダシに使って、心が痛まないの?」

「え、初雪が私に厳しい」

「厳しくされるだけの行いを普段からしてんのが原因だと思うぞ」

「ところでどうやって私の心読んだのよ、ちょっとも声に出してなかったはずよ」

「お前の感情は、頭から漏れてる」

「なんですって……!」

「白々しいし……話をそらしてる」

「今日のあんたはやけに辛く当たるわね」

「あの!」

 

 おっと、仲睦まじく姉妹愛を育んでたらすっかり忘れてた。

 先ほどの話を要約すると、通行証とそれを悪用できる手段があるので夕張を手口に使うという事だ。

 そして五月雨にはその話をしていない。

 ……心が痛むから。

 彼女には磯波を救う一助となってもらう旨のみ告げている。

 

「五月雨、さっきも言ったけどこれから磯波のために夕張とお茶してもらうわ」

「……えーと、ところでなんですが、なんでそれが磯波ちゃんのためになるんですか?」

「この手紙を渡してもらうからよ」

「?」

 

 懐から一枚の手紙を取り出す。

 この手紙は、まあとどのつまり脅迫状である。

「駆逐と真っ昼間っからお茶とは、ふーん」という内容が法律用語の隙間を縫うようにダンスしている。

 

 ちなみに一般人、特に男性がこの手の疑惑をかけられると問答無用で御用である。

 艦娘とはそれだけ神格化され、貴重品として見做され、人とは違うということを世間に印象付けられている。

 また実際に手を出すと例え合意でも現世とサヨナラバイバイすることになる。

 艦娘同士なら特に適用されることはないのだが、多大なプレスを与える事はできるだろう。

 好きな相手から渡されたらたまらないと思う。キツい。

 そしてそこで颯爽と私が現れ、「今なら助かる方法があるよ」と囁くのだ。

 

 これが私の導き出したサクセスストーリー。

 

「あ、どうでもいいけどサクセスのイントネーションってセに付くらしいわね」

「ほんとどうでもいいな」

「……冷たいわね」

「よくわかりませんが、お茶して手紙を渡せばいいんですね!」

 

 お任せください! と再度了承の返事をすると五月雨は夕張のもとへと駆けて行った。

 夕張にばかり変態性を押し付けたが、五月雨も夕張の事が好きなのである。両想いだ、あやかりたい。

 

 その日、私が囁くよりも早く夕張は私のもとを訪ねてきた。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

「つまり磯波ちゃんの艤装を点検すればいいのね?」

「ええそうよ、よろしく頼むわね」

 

 ここは工廠、ではなく軽巡洋艦寮の一室、夕張の部屋だ。

 普通艦娘には一人部屋を与えられる事はないのだが夕張は特別だ。

 過去、そして現在の功績を認められ、牙城を築く事を許されている。

 というのが夕張の軽巡ジョークで実際は姉妹艦がいないための処置だ。

 ここで話をするのは、どうもこの夕張は後ろめたい出来事を隠蔽したいかららしい。

 まったく困った軽巡だ。

 

「……ところでなんで艤装点検するの?」

「五月雨と二度と会えなくなるわよ?」

「うっす」

 

 うっすって。

 世界の守護者たる存在がそんな返事をしたら、応援してくれる人達が悲しむじゃない。

 と叢雲は思うもなぜか夕張からの視線がジトっとしてきたので思考に蓋をした。

 

 叢雲は夕張になぜオーバーホールさせるのかを伝えていない、またその結果を叢雲以外に報告する事も禁じた。

 この約束事は守ってもらえないんじゃないかと駆逐たちに危惧されたが、叢雲の持ち札は多い。

 結構な頻度でロビー活動をしている叢雲には色々な情報が転がり込んでくる。

 

 戦艦は試し撃ちに合金を使うだとか、空母は弓の練習で藁人形に打ち込むだとか、重巡はおっぱいの大きさで格付けされるだとか様々だ。

 その中に「艤検員が横領を働いている」との内容のものがあった。

 真実をそのまま伝えるとその情報は正しかった。

 裏を取ったのだ。

 これはバレると首が身体から発艦される内容で、そして夕張は「艤装ノ機能向上ノ為ノ資料」という名目で五月雨のフィギュアを購入していた。

 有り体に言って馬鹿野郎。

 

 ということで、その事を猛プッシュして今回の約束を取り付けたのだ。

 実は手紙の内容もその事がほとんどであり、駆逐ティータイムはお茶目で入れたに過ぎない。

 ただ夕張がどちらを危険視して叢雲のもとに転がり込んできたかは誰にもわからない。

 というかどっちでもいい。

 五月雨に会えない、というのは、つまりそのどちらかが本人に露呈すると嫌われるからである(五月雨は多分テレるだけでイチャイチャゾーンが展開されるんだと思う)。

 

「クソが」

「私何かした?!」

 

 おっといけない、感情が頭部艤装から漏れ出てしまった。

 反省しなければ。

 

「キミの場合しっかり口にしてるからね?」

「毎度思うんだけど、それ空耳だと思うのよね」

「毎度指摘されてるんだ……」

「ふ、私の悪い癖ね」

「かっこよくはないからね?」

 

「この軽巡は自分が罪を背負っている事をもう忘れてしまっているらしい、まさか弱みを握られている相手に大きく出るとは」

 

「すごい、隠すつもりがなくなってる」

「最近清々しいクールキャラ目指してんのよ」

「みっともないだけじゃないかな」

「酷い女ね、ちょっとくらい私のお遊びに付き合ってくれてもいいじゃない」

「お遊びで艦首が取れちゃうのは怖いのよね……」

「それは自業自得よ」

 

 はっきり言うのね、と夕張。

 しかしいつまでも遊んでいるわけにはいかないのでさっさと作業についてもらおう。

 

「じゃあ悪いけど早速オーバーホールしてもらうわよ。しっかり隅々まで診なさいよね」

「まあその事に異論はないけど、何か規格外の兵装やオプションを付け足す目論みならやめた方がいいわよ? 艤装が嫌がっちゃって沈む原因になるから」

「そういう事じゃないから安心しなさいな、餅は餅屋って事くらい心得てるわ。ただ私は磯波の事が好き過ぎて不調がないか調べたいだけなのよ」

「……最近調子悪いの?」

「似た様なもんね」

 

 おっかしーなあ、と夕張はごちる。

 それもそうだろう、吹雪型はプロ中のプロが面倒を見てくれているのだ。

 予期せぬ事態は起こりづらい。

 

「だからあんたに診てもらうのよ。あの人らにこんな事頼んだら怒られちゃうじゃない」

「うーん、なるほど? まあ、そう言われるとそうね。プライド持ってお仕事してるはずだし、信頼してないって思われちゃ困るものね」

「そう言うことよ」

 

 口から出まかせがマシンガンだが、ああそうか、最初からそう言えば脅す必要もなかったのかもしれないなと気づく。

 まあ可愛い駆逐艦が変態の魔の手に染まるのを防いだのだから大目に見て欲しい。

 あ、もう手遅れだったんだ。

 

「変態には二種類いるわ」

「突然なに?!」

「ひとりでに変態なやつとパートナーと変態道を突き進むやつよ」

「なに言ってんの?!」

「私は前者よ」

「……」

「でもあんたは後者のタイプ。五月雨に変な性癖換装したら駆逐全員で挨拶に行くわ」

 

 決まった、渾身のシャウトだ。

 心を撃ち抜いたに違いない。

 

「今言うことなの?」

 

 ダメだった。

 

 

「……ところで点検はいいんだけど、出撃はどうするつもりなの? 替玉するつもりならオススメできないけど」

「あら? なんでかしら?」

「艤装には出撃ログを発信する端末が埋め込まれていて大淀さんが管理してるのよ?」

 

 知らなかった? と夕張。

 その直後、叢雲所属の吹雪率いる「吹雪哨戒隊」に出撃要請の放送が流れた。

 

 早く言えこのオカルティックロリコンサイエンティスト!

 

「え?! 酷くない?!」

 

 今度は心をぶち抜いた。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

 艦娘の出撃は絶対命令だ、背くと相応の罰が与えられる。

 ただし所属する鎮守府、部署によりまちまちだが、規模が大きければ大きいほど出撃による艦娘一艦の負担は軽減する。

 そのため最大規模の横鎮は、有給は取れないまでも未出撃日が度々もらえる。

 そのため疲労による出撃不能のため折檻、ということはまずない。

 しかも通常、出撃から帰還後、同日中に再出撃ということはあまりない。

 しかし叢雲たち駆逐艦は違う。

 駆逐艦は元気を売りにしているのだ。「出撃? はい! よろこんで!」を元気いっぱいに無感情で言えてから駆逐を名乗れ、と口伝されているほどだ。

 それを了承している作戦本部は駆逐には多少の無茶をさせることがある。

 「今日出撃してるし、いい感じに缶あったまってるでしょ」とジョークで言われた駆逐がぶちっときたのが発端らしい。

 そのため「行きたくない」は通じないのだ。

 

 

「叢雲ちゃん!」

「あら、吹雪じゃない」

 

 先ほどと同じだが、今は逼迫度が桁違いだ。

 

「夕張さんのとこ、間に合わなかったって本当?!」

「ええ、ごめんなさい話をつけたところで出撃要請がかかったわ」

「そんな、磯波ちゃんどうしよう……!」

「落ち着きなさい、今は出撃させるしかないわ」

「でも!」

 

 吹雪はうぅ、と呻き下を向いてしまった。

 吹雪は優しい。

 間に合わなかったのだから私を責め立てる言葉の二、三言えばいいのに。

 と叢雲は思うも、それをできないのが私たちの長女なんだなと場違いにも感心した。

 

「今回の出撃の内容はもう聞いた?」

「鎮守府の東部距離30000付近に敵影が見えたから哨戒しなさいって……」

「そう、それならちょうどいいわ」

「え?」

「隊を二つに分けましょう」

「どうして?! それじゃああぶないよ!」

「だから落ち着きなさい、吹雪」

 

 どうも混乱してしまっているらしい。

 まあしょうがない、と人ごとのようには言えないか、これは私の手落ちでもあるから。

 

「吹雪、いい? この案は良いものよ? 最大の利点として、死人がでないもの」

「え……?」

「一見、戦力が二分してて弱っちくなった様に感じるでしょうけど、そもそも哨戒任務に戦闘力は必要ないわ、見つけたら逃げればいいのよ」

「あ……うん」

「それから不安のある磯波は、敵影の薄そうな海域に放り込めば万事解決よ」

「そ、そっか! じゃあ二班にして磯波ちゃんのいる班を南側に回せば危険は少ない!」

「その通りよ」

 

 吹雪は叢雲の説明を自身も口にする事で納得できた様だ。

 多分具体的なプランを今、構築しているのだろう。

 ブツブツ言っている。

 

 叢雲は、正直これが適切な判断なのかはわからない。

 そもそも「ゆうれい」とやらが実的な行動で害をなすのか、それとも概念的なもので抗えない被害をもたらすのか一切が不明なのだ。

 今行える最善手を打っているつもりだが果たして……。

 

「叢雲ちゃん!」

 

 どうやら考えがまとまったみたいだ。

 頷き返事をする。

 

「これから作戦会議を開きます! 時間がないので素早くみんなをドックに集めてください!」

「わかったわ」

 

 答えはわからないが、やる事は決まったみたいだ。

 頑張ろう。

 

 

 

 

 

「みんな揃ったね? じゃあ作戦会議をはじめます!」

 

 出撃ドック、艦の発つ場であり、艦娘開発時からは艦娘の発つ場となった。

 ここを会議場として選んだのは時間の短縮が目的だろう。

 

「今回の作戦は鎮守府から東に30000程に見られた深海悽艦の艦種を割り出す事です! なお、定点カメラ、衛生からの撮影は深海棲艦の影響により断念されました。また、本作戦は『吹雪哨戒隊』を二班に分けてあたります。この判断は敵性艦が発見位置から移動してる可能性を考慮したものです。ここまでで質問のある方はお願いします!」

 

 吹雪はまくしたてる様に説明を始めた。

 自身の案も手が加えられ、哨員に見せても文句を言われない作戦になった。

 これなら一安心だ。

 

「はい! 深雪様だ! 編成はどうするんだ?」

 

 もっともな質問だ。

 まあでも、集まったメンバーを見ればすぐにわかる。

 これは確認のために聞いたのだろう。

 

「班編成は私吹雪を班長としたチームαと叢雲ちゃんを班長としたチームβに分けます。チームαは『吹雪』『深雪』『初雪』で東部哨戒を担当します。チームβは『叢雲』『磯波』そして……」

「僕だね」

 

 吹雪哨戒隊は書類上五人編成としている。

 一般の隊編成とは基本六人で組むものである。

 しかし、哨戒にそこまで人員を割く必要はない、という上の判断により、この仕事は五人編成となっている。

 哨戒こそ人の目の多さがいるのではないかと疑問視する者は多いのだが……。

 ただ、今回の様に人手を必要とする任務の際は、なんやかんや都合をつけ増員する事が黙認されている。

 ツケは任務終わりの報告書の量で支払うのが通例だ。

 

 そして今回の借金はというと、白露型駆逐艦二番艦『時雨』だ。

 俗に言う『幸運艦』でありゲンを担ぐにはうってつけである。

 でも「仲良し」の例にもれず、扶桑型戦艦に好かれている。

 幸運と不幸のまさかのコンビネーションであり、とにかく近づき難い。

 吹雪はよくぞ時雨にとりつけたなと感心する。

 

「はい、チームβには今回時雨ちゃんに参加してもらう事になりました! 南側を担当してもらいます。よろしくお願いします!」

「そう畏まらなくていいよ。同じ駆逐艦じゃないか」

 

 それに、と声を小さくし続ける。

 

「懸念事項があるみたいだしね。僕の力が役に立つなら、存分に使ってくれて構わないさ」

 

 ね、と言いウィンクをかました。

 うーん、このプレイボーイめ。

 そうやって不幸姉妹も落としたのだろうか、やはり時雨が攻めだという噂は真実なのか……。

 

「僕は男じゃないよ?」

「プレイガールじゃ語感が変じゃない」

「そもそもそんなつもりじゃないんだけどね」

「ストーーップ!!!」

 

 深雪が止めに入った。

 いけない、作戦の前だったのだ、サンキュー深雪様。

 

「ま、なんにせよよろしくね時雨、参加してくれて助かるわ」

「ふふ、構わないって言っただろ?」

 

 ニヤっと、しかしいやらしくなく笑った。

 いちいちかっこいいなこの娘。

 

「ではみなさん、他に質問はありませんか?」

 

 吹雪は会議を締めにかかった。

 そろそろ作戦発動までわずかなのでちょうどいい頃合だろう。

 ストレッチでもして身体をほぐすか、と思ったところで。

 

「あ……あの!」

 

 磯波がおずおずと挙手した。

 

「こ、今回の任務で、その、みんなに迷惑をかけてしまって……、ごめんなさい」

 

 消え入りそうな声で謝る磯波。

 

「本当なら、こんな面倒は起きなかったはずなのに……ってうわ?!」

 

 吹雪型は落ち込んだ姉妹がいると無言無表情で頭を撫でる習性がある。

 うっかりさんめ、これで貴様の御髪のセットは台無しだ!

 

「こ、怖い! みんな怖いよ!」

 

 新しい恐怖を植え付けてしまったみたいだが、それでいい。

 悪い事があった時は別の悪い事で忘れるのが一番だ。

 

「親近感が湧く考え方だね。お姉様方に聞かせてあげたいよ」

「あんたが『お姉様』っていうと、途端いやらしく聞こえるわね」

「君の口は脳みそと直通なのかな?」

「褒めてんのよ」

「文化の違いが如実に出てるね」

 

 どうも吹雪型の性質を見て感心したみたいだ。

 少し照れる。

 

「違う……時雨は吹雪型の話じゃなくて、貴女の変態性の話をした」

「今日の初雪は絶好調ね……」

「私はいつも通りのつもり」

「そういやそうね」

「へこまされるってわかってんだろうに、変な事言わなきゃいいのによ」

「口が勝手に動くのよ」

「……えーと」

「ちょっとみんな! 磯波ちゃんが困っちゃってるよ!」

 

 もう、と言う吹雪だが、無言で頭を撫でて慰めよう。との文化の提唱者は吹雪であり、困らせる要因を作った張本人である。

 ただ、素晴らしいカルチャーだ。

 

「ふふっ、みんな、ありがとね」

 

 効果は抜群。

 これをくらうとキラキラした気持ちになれるのだ。

 姉妹サイコー。

 

「ところで吹雪、そろそろ時間なんじゃないかい?」

「あ! 本当だ! えーと、みなさん、準備してください!」

 

 うん、そうそう、駆逐の出撃前なんてこんな具合で丁度いいのだ。

 変にピリついているのは似合わない。

 グダついててみんなにっこりしているのが一番だ。

 旗艦はたまったものではないだろうが。

 

 

「それではみなさん、海上を東に2000進んだ地点で二班にわかれます! 言い忘れていましたがチームαを本隊、βを別働隊として扱うため最終的な意思決定は私が行います。でも現場で処理できると判断した場合はその限りではありません! それではみなさん、よろしくお願いします!」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 と吹雪哨戒隊のメンバーと時雨が息をそろえて了承する。

 

「『吹雪哨戒隊』抜錨します!」

 

「戦場(いくさば)ね」

 

 叢雲は自分を奮起させる。

 

「悪くないわ!」

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

『コール、チームβ聞こえますか?』

「こちらチームβ、聞こえてるわよ」

 

 鎮守府より南に12000付近、敵影はなく穏やかな海だ。

 しかし油断はならない、鎮守府の調査によりこの海域も敵の影響下にあるのだとわかっている。

 

『そろそろ無線使用制限区域に突入します。ですのでこの無線をもって通信を終了しますが、何か気になる点はありますか?』

 

 無線は敵に傍受される恐れがあるため「無線使用制限区域」が設けられている。

 基本的に深海棲艦は人語を解さないとされているが、念を入れての処置だ。

 これは作戦情報の守秘、というよりも位置情報の秘匿という面が強い。

 またこの区域は敵の規模を考慮し変動する。

 制限のタイミングは、その区域に侵入するか戦闘が始まることで強制的に通信が切断されることによってなされる。

 

「今は特にないけども、強いて言うならここまで何もない事が変ね」

「鎮守府近海だからじゃないかな」

 

 時雨が答えた。

 確かに鎮守府周囲の海は、日々我々が哨戒する事により安全を保っている。

 敵艦を発見した場合は即座に離脱し出撃待機組にバトンタッチするか、彼女らが出張るまで時間を稼ぐ事になっている。

 しかし、今は少し事情が違う。

 すでに敵がいる事は明確なのだ。

 しかも哨戒隊を哨戒として使うくらいには、それなりの敵艦隊がきていると考えられる。

 それなのにイ級のイの字も出てこないとは、あまりにも不自然だ。

 

「だとしても、変じゃないかしら? もし対象が木っ端艦隊なら『哨戒』じゃなくて『撃滅』を指示するはずよ。そうじゃないって事は、逆説的に敵は結構な大所帯で来ると踏んでたんだけど……」

『現時点では敵艦隊についての情報はすべて不明です。哨員の方からは哨戒のみを命令されましたし……。うーん、よくよく思えば不親切な作戦内容しか伝えられていませんね』

 

 困ったなあ。と、どこか牧歌的に呟く吹雪。

 

『それじゃあ、不親切には不親切で返しましょう。危険を感じたら、とにかく撤退する事を旗艦として許可します』

「あんたって結構不真面目な事さらっと言うわよね」

『あれ?! みんなを思っての発言だったのに?!』

「わかってるわよ」

 

 と、通信を終わろうかと考えたところで「そうだ磯波にも聞いてみよう」と思いたち後ろを向こうかとした時、チームαから『敵艦見ゆ!』との最後の無線が入った。

 

「どうする? 叢雲」

 

 と聞いてくる時雨だが、こちらもそれどころではない。

 手元の無線にロックがかかった。

 いつの間に近づいたのだろうか、通信中であっても、誰も気を抜いていなかったのだが……。

 

「敵艦見ゆ! 位置後方距離超至近! 全艦対水上戦構え!」

「「!!」」

 

 この班の最後尾は磯波だ。

 その背後に艦影が見える。

 「ゆうれい」の不安がよぎるが間に合うか?

 

 叢雲は自身の体勢を大きく右に傾け、本来のスペック以上の機動力を生み出し敵の土手っ腹に照準を合わせる。

 同時に時雨、磯波もフレンドリ・ファイヤを誘発しない位置取りをし、敵に砲を向けた。

 

 いける!

 その確信と共に号令をかける。

 

「全艦主砲斉射ぁ!」

 

 しかし、この艦どうやって接近したのか?

 それにこの面、見覚えがある気がしてならないのだが果たして。

 

 

 

 

 会敵数瞬前、チームαは無線の全てを班長吹雪に任せていた。

 東側は深海悽艦の発見場所であり、気をぬく事は許されない。

 本来ならば吹雪だって通信もそこそこに哨戒をするべきなのだが、いかんせんあちらには磯波がいる。

 旗艦とはいえ、やはり私情を挟んでしまうのだろう。駆逐艦故の公私混同だと言える。

 

「……深雪」

「なんだ初雪?」

「『ゆうれい』本当にいると思う?」

 

 難しい質問だなこれは、と深雪は内心唸る。

 そもそも噂の出どころが怪しいのだが、しかし我らの磯波が見たと言う。

 これは信じたものかどうか……。

 

「答えはわからん、お前はどう思うんだ?」

「……いないと思う」

 

 初雪が珍しく、自身の意見を言い切った。

 こんな事叢雲をいじり倒してる時以外なかなか見れない。

 

「へえ、でも火のないとこにはなんとやらって言うぜ? 実態は違っても、何らかは居ても不思議じゃないと思うんだが」

「……全ての海で、一番の出撃数を誇る駆逐が、噂してないのは変」

「まあ、確かにな」

 

 駆逐艦の噂話は一気に広まる。

 横鎮の島風より、呉の島風の方が速いとドイツから来たマックスが知ってた時は何事かと思った。

 その情報網は、この深雪様の「深雪スペシャル」をもってしても把握を断念したほどだ。

 もしかしてこれは、首を突っ込むと暗殺の恐れがあるほどの闇を抱えた何かなのかもしれない。

 そんな駆逐ネットワークをしても噂されないと言う事は、それは非存在の裏づけなのだと思わせるには十分すぎる。

 

「じゃあいねーのかもな『ゆうれい』なんて」

「いや、いると断定する」

「はあ?」

 

 何言ってんだこいつは、そんなに哨戒が退屈なのだろうか。

 突然意見を変えて、場を盛り立てようとしているのか?

 

「おいおい、何言って……」

「左40度、距離至近、敵艦見ゆ」

「!」

 

 おいおいおい、それならそうと早く言え!

 

「吹雪! いるぞ!!」

 

 即座に反応した吹雪はチームαに号令と、無線越しのチームβに最後の近況報告行う。

 

「敵艦見ゆ!」

 

 会敵した。

 

 

 

 

 それにしても変だ、と深雪は思う。

 いくら無駄話をしていたとしても、こちとら哨戒隊だ。

 ソナーも装備している、だというのにこんな至近まで近づかれるのは変だ。

 

「?!」

 

 全員が自分のミスか? と焦りを感じたが、そんな感情は目先の存在に一蹴された。

 

「……こいつ、非武装?」

 

 いや、というか、

 

「どころかすっぽんぽんじゃねーか!!」

 

 まさかの事態に身体が硬直する。

 しまった! まさかこいつは囮で、周りに……! と思うも周囲に新たな敵影は見られない。

 

「全艦退避! 煙幕展張! 明らかな異常事態です! 帰投します!」

 

 吹雪の命令で、ようやく全身の関節に油がささった。

 わからない事だらけだが、そもそも歴史上、深海棲艦と会敵して以来わかった事は数える程しかないのだ。

 構う必要もないな、と切り捨てる。

 

 煙幕を焚きながら、しかし有事の際を考えて主砲に弾込めをしておく。

 殿は初雪、相手は裸一貫だが、もしかしたら口腔内に砲を隠しているかもしれないので進行方向を微妙にずらし撤退する。

 

 しかし退避とは良い判断だと思う。装備はない(見えない)から断定は出来ないが、あのプロポーションは戦艦のそれだった。

 片乳でももいでればアマゾネス型空母の可能性も考慮したが、それはなさそうだ。

 

 ーーーしっかり両方、でけーのつけてやがる。と深雪は判別した。

 色々確認したい事は多いが、今は隊内(班内か?)無線ですら使うのを憚る距離感だ、とにかく三十六計逃げるに如かず。

 

「前方構え!」

「まじかよ……!」

 

 進行方向にやつがいる。

 音も影もなく移動したようだ。

 

「あたれっ」

 

 誰よりも、先頭の吹雪よりも早く初雪が発砲した。

 初雪は動作に無駄が少なく一番やりとなる事が多い、そのため功績もあげやすい艦だ。

 だが……。

 

「外した?!」

「違います! すり抜けました!」

 

 見間違えたと思ったが、そうじゃないのか、事象は正しく捉えていた。

 弾道が敵を捉えられなかったという事を。

 

「魚雷発射シークエンス! カウント省きます!」

 

 斉射! と叫ぶ吹雪、現在チームα、βの中で魚雷を有しているのは班長の2名だけだ。

 他は代わりにソナーをつけている。

 

「く、やっぱり……!」

「よぉしっ!」

 

 駆逐艦にとっての最大火力が、やはり不発に終わったのを見届け決起する。

 一番やりはくれてやったが、これはいただいていこう。

 

 よっしゃ! 超加速!

 

「……ん? え! み、深雪ちゃん?! それはダメーー!!!!」

 

 鉄砲玉は深雪様のものだ。

 

「喰らえぇ! 深雪!! スペシャル!!!」

 

 その都度、形も性質も変化させる必殺技『深雪スペシャル』

 今日のそれはプロレスラー顔負けのジャンピング・ニー・バットだ。

 

「!!!」

 

 お? なんだこいつ面食らってやがる。

 感情はあるらしいな、と委細を目に焼き付ける。

 叢雲にいい手土産ができた。

 報告書はあいつが書くんだから手伝いくらいはしておこう。

 

「きぃまったあ!」

「……」

「あ?!」

 

 接触までわずか数センチ、というところで全裸の敵艦は、まるで煙のように消え去ってしまった。

 

「馬鹿な! 『深雪スペシャル』をも躱すだと?!」

「馬鹿はお前だあああ!!!!」

「ぐえ!」

 

 躱された事に本気で驚愕したのも束の間、ブチ切れた吹雪のローリングソバットが、あごにクリーンヒットした。

 

「おぁ……! ちょ、ぐぅぅ」

「吹雪、待って」

「初雪ちゃん!!」

「私も、蹴る」

「おま、ぐえ!」

 

 異常事態だ。

 敵よりも味方から攻撃されるなんて、逃げねば……!

 

 

 

 

 少し、いや戦闘が終わったかもわからないのにかなり気がすっぽ抜けてしまったチームαだが、それ以上敵が現れる事はなかった。

 

『あー、あー、お? 通信生きてるわね。コール、チームα全員無事?』

「あ! おい吹雪! 無線、無線きてるぞ!」

 

 助かった! サンキュー叢雲さま!

 

「こちらチームα! 無事です!」

『あ、ああそうなの……? 大事なかった?』

「ありません! でも、深雪ちゃんは帰ったら罰走です!」

「げえ!」

『……スペシャルした?』

「した!!」

 

 ここまで感情的な吹雪は珍しい、以前「あれは味方ですねえ、あ、吹雪見てきてください!」と青葉に言われ戦艦に囲まれた時以来だ。

 

「ちょっとまってくれ! 何も無意味な行為だったわけじゃないんだぜ?!」

「ふんっ!」

 

 ふんって、昨今誰も言わないぞそれと思うも、次に失態を犯すとどんな罰をくらうかわからないので内に秘めよう。

 

『あ、今深雪が良からぬ事考えてるわよ!』

「なんでだよ!」

「さいてー!」

「違うぞ吹雪!」

 

 叢雲てめえ! 覚えてろよ!

 

「……叢雲、そっちは、会敵した?」

『うーん、こっちは一応……して、ない? うん、してないわね。そっちはもう海域出てるの?』

 

 何だ? 叢雲にしては歯切れの悪い言い方だ。

 

「こっちは未だ無線使用制限海域ですが、戦闘を終えたため無線が生きているみたいです」

『そうなのね、まあ全員無事で何よりだわ』

 

 で、と叢雲。

 

『深雪のスペシャルはどんな有意義なものだったのかしら?』

 

 こいつ、いちいち吹雪に着火するような言い方しやがって、でも挽回するにはちょうどいい。

 ふふ、おののけ!

 

『とうとう有史以来、初めてイ級のオスメスの区別をつけたのかしら?』

「ひよこか!」

「そんな事してたの?」

 

 吹雪がジトっとした目で見てくる。

 いや、お前はどこに目ん玉つけてたんだ。

 見てたろ! 全部!

 

「そんなわけないだろ!」

「……ほんとはウズラの」

「雌雄鑑別から離れろ!」

『最上が男の子と間違えられて困ってるみたいなんだよ』

「お前も乗るな!」

 

 大変だ、四面楚歌とはこの事か、早く軌道修正しなければ。

 

「『ゆうれい』と思わしきを発見した! しかもそいつは深海棲艦で特殊な艦だ、でも深雪様の予想では沈める事は可能。どうだ!」

『ほ、本当?!』

 

 返事をしたのは磯波だ。

 さすが満場一致で吹雪型天使の名を命名されただけの事はある。

 優しさが無線越しにも染み渡る。

 

「ああ、本当だ。喜べ磯波、『ゆうれい』なんて嘘だ!」

『何? 歌いたいの?』

「やかましい!」

『冷蔵庫に入れてカチコチって、それは冷凍庫だよね』

「ケチをつけるな!」

 

 駄目だこいつら、話がちっとも進まねえ。

 というかいつの間に仲良しになりやがって、めんどくせえ!

 

「そろそろ深雪ちゃんも反省したと思うので帰投したいと思います。チームβは最初の分岐地点でこちらに合流してください」

 

 さらっと言われたが、まだ根に持ってそうだ。

 すまなかった、もう危険な事はしないから許してくれ。

 

『だいたいそういうのは反省してないわよね』

「まじで黙っててくれ」

『口が勝手に動くのよ』

 

 さっきも聞いたよ。

 一度艤検にその口診てもらえ。

 

『動くついでにこっちも重要な報告があるのよ』

「なんですか?」

『幸運艦のおかげで会敵はしなかったわ』

 

 けど、代わりに味方を拾ったわ。とわけのわからない事をのたまう叢雲。

 まさか遺体でも引き揚げたのか?

 はいこれ、と誰かに無線を渡す声がかすかに聞こえる、そして

 

『初めまして、「吹雪哨戒隊本隊チームα」のみなさん、私は戦艦「大和」です』

 

 という衝撃の発言が無線に乗って聞こえてきた。

 

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