「了解しました」
叢雲は恐怖した。
なぜいる。
「待ちなさい、なんであんたがこんなところにいるのよ」
「はい」
ブチ切れそうになる。ハイじゃねーんだよおいこら。
ここは艤装検査点検及ビ修理担当係員こと艤検員の仕事場「工廠」である。
一般事務哨戒班担当連絡係員(こちらは哨員、もしくは簡単に事務と呼んでいる)の腐った男が出入りしていい場所ではない。
そもそも艤検員と哨員では職務内容が大きく異なるためわざわざ来るような場所ではない。
「遊びに来たのなら邪魔よ、さっさと帰りなさい」
悔しいかな、そうではないことはこいつの格好を見ればわかる。
作業着に、艤検員のみが佩帯(はいたい)を許される簡易艤装分解キットを身につけている。
このキットは簡単な検査をする時や訓練中の不調など、あまり時間をかけたくない時に使用するキットだ。
しかし艤装の構造が国家機密のため限られた人員にしか貸与されていない。
そしてその限られた人員こそが艤検員なのだ。なのだが……。
「本日付で艤検に配属されました。事務ではお世話になりましたが、こちらでもよろしくお願いします」
泣きたい。
せっかく喪が服を着て判子を押してる様な男がいない場所に来たのに、ケの日が作業着を着てやってきてしまった。
というか、「よろしくお願いします」?
「……なんであんたによろしくされなきゃなんないのよ」
「私が吹雪型の担当になったからです」
「!!!」
驚愕した。
思いっきり顔に出てしまうほどに。
担当になってしまったことにではない。
いや、それ自体は親の仇のように憎いがそうじゃない。
吹雪型駆逐艦とは、特I型駆逐艦だ。
世界にドヤ顔と共にお披露目したスーパー殺戮マシーンである。
つまり格式高い艦だ、それは現代でも継承されておりぺーぺーが取り扱うことは禁とされている。
実際は他の艦よりも扱いが簡単で素人向けなのだが、ゲンを担いでいるのかなんなのか、長年勤め、年季のいったおっさんが担当することが通例となっている。
それをこの男が担当とは、上もとうとうとちったか?
「あんた、どんだけ餌付けしたのよ」
「……私は、もともと艤検員になりたくて鎮守府に入職しました。そのためスキルは備えています」
「実力だって言いたいの?」
「……はい」
「はいって……」
なんだか言いたい事だらけだが、疲れるのでやめよう。
今日は駆逐に与えられる数少ない休暇なのだ。
目的を果たし、さっさと帰ろう。
「あー、もう一度聞くけど夕張はいるかしら?」
無言で後ろに下がっていった。
せめて何か言ってから席を立て、いや? だから「了解しました」なのか。
それじゃあ何もわからないじゃない、とあきれるも、すでに慣れっこなので諦めた。
「こちらが艤検員の勤務表になります」
「あら! 気がきくじゃない」
まさかの行動だ。
こいつは言外にサイキックに目醒めろ、と言わんばかりの言動しかとる事をしなかった。
そんな男が、そうか、望む環境に移れた事で心境に変化が訪れたのだな。
感心感心、と突然母性に目覚めた気がしたが気のせいだった。
「これ先月のシフトじゃない」
「はい」
「はいじゃねーよウスノロ」
「……」
自分でもびっくりするくらい強い言葉が出てしまったが、私は悪くない。
腐っても数年来の付き合いである人間からこの仕打ちである。
泣き出さなかっただけ偉いと思う。
「今月のシフトは、私が途中加入した為に作り直すと伝えられました。ですので代わりとして、そちらをお持ちください」
「代わるか! 過去の産物じゃない! んあー!!!」
「どうも調子がよろしくないみたいですね、検査致しましょうか?」
「あんたの脳みそを検査しなさいよ!」
もしくは修理改修しろ、と強く望むがままならない。
「一体私に何の恨みがあるわけ?! そもそもハキハキとしないし、シャキッとしないし、なんか全体的に、見ててブルーなのよ!」
「生まれつきです」
「遺伝子のせいにするな!」
「……では、環境のせいです」
「原因を周りに押し付けるなー!」
はあ、叫んだら何か落ち着いてきたみたいだ。
しかしこれ以上ここにいると、全身の血管がぶち破れるだろう。
「はあ、もういいわ。夕張の居場所がわからないなら帰るわ。ああ、くれぐれも気をつけなさい? 艤装の点検怠ったら、弾薬にするわよ?」
この辺の決定を変える事は実質不可能なので、現状できる最良の手を打ち退散するとしよう。つらい。
「夕張さんなら第三実験場にいます」
「……」
殺すか? とぐちゃぐちゃの感情が沸き起こった。
■ ■ ■ ■
第三実験場、ここは夕張と明石の個人的な実験場として扱われていることが多い。
本当は鎮守府固有の財産なのだが、二艦の実績から専有を許している。
「夕張」
「あら、叢雲ちゃん……ってどうしたの?!」
どうもこうもない、あいつと話していたらなぜ自分がこんな事をしているのか深く考えてしまい、ぎゃん泣きしてしまったのだ。
落ち着いて考えてみるとまた怒りが込み上げ、今の顔はそれは酷い事になっているのだろう。
「……なんでもないわ」
「なんでもって、いや、とにかくここに座って? ね? そうだ! コーヒー淹れてくるね。あ、ビーカーしかないけど許してね?」
コーヒーコーヒー、と言い小走りでシンクに向かって行った。
なんだか優しくされてるみたいだ、今はちょっとの気持ちでもめちゃくちゃ染み渡る。
夕張の事が好きになってしまいそうだ。
「はい、お待たせ。ちょっと良い豆使ってるから美味しいと思うわ」
だからゆっくりしていってね、と夕張。
優しい。
「あんたの事が、好き」
「ぶはあ!」
噴き出してしまった。
こんなテンプレートな反応をする人間がいる事に安心を覚えた。
世界はまだまだ平気そうだ。
「ぇほっ! げぇっほ! な、なにぅえっほ!」
「ジョークよ」
「じ、ジョー、えほっ! ぐ、ううん、はー何事かと思ったわ」
「悪かったわね」
「い、いや、良いのよ? 貴女がジョークを言えるくらいの心持ちなら。深刻そうな顔をしてたから心配したのよ?」
しまった、どうもほんとに気をかけさせてしまっていたのか少し反省した。
しかし、この優しさがあるから五月雨の相手が務まるのだろう。ナイスカップルだ。
「あんた、やっぱりいい人ね。五月雨を頼むわ」
「あ、あれ? 認められてる? やっぱりまだ調子が悪いんじゃ……!」
「あっさり失礼ね」
しかし、夕張の懸念とは裏腹にだいぶ調子が戻ってきた。
そうだ、これからは工廠に来るたび夕張で癒されよう。
五月雨に目をつけられない程度に。
「そんな間男みたいな考え、やめた方がいいと思うけど」
「第二夫人って扱いでもいいわよ?」
「よくない!」
そろそろ夕張も疲れてきたろうから本題に移ろう。
「疲れたから本題にって、変な切り出しじゃない?」
「まともな思考してたら断られちゃうかもしれないじゃない」
「何を頼むの……」
「変な事じゃないわ。磯波の艤装、休みの日の内に診てもらおうと思ってね」
「あー……」
「?」
何だその反応は、まさかあの人らにバレたのか、それともあの畜生にバレてチクられたか? やはり仕留めるか……。
「ああ! 違うのよ。艤装ならもう検査したの」
「あらそうなの? 助かるわ」
では、その反応は一体何なのか。
とはいえ、やはり夕張に頼んでおいてよかった。
一応深雪の突貫により、「ゆうれい」が思ってた「ゆうれい」とは違う事が判明したため検査の必要はないのだが、不安は潰すべきだと吹雪に言われたのでこうして再度頼みに来たのだ。
「艤装の機能に問題はありませんでした。物理的構造、電気系統、神霊的配列すべてグリーンです。……むしろ調子が良すぎるくらいなのよね。最近何かあったりした?」
「ああ……、恐怖を与えたわ」
「え?!」
「間違えた、みんなで慰めたわ」
「間違えようなくない?!」
そうか、無言摩擦術は吹雪型だけの儀式だったのだ。
他の者には通用しない。
「なるほど、戦意高揚状態だったのね。調子悪いって聞いてたから思いつかなかったわ」
「ごめんなさい、あの娘情緒不安定なのよ」
「またそんな適当を……ところでここまで入ってこれたって事は、用事はそれだけじゃないんでしょう?」
「鋭いわね」
そう、通行証を持たない一駆逐艦は工廠の内部に侵入する事は不可能だ。
しかし偉い人のサイン入り書類を手に入れる事である程度までならお邪魔できる。
そしてその書類を持っているという事は、それなりの理由があるわけで……。
「仮称『大和』の様子を見に来たの」
「うんうん、なるほど大和ちゃんね」
ちょっと呼んでくるねー、といい再び小走りでかけていった。
それにしても、仮とはいえ大和をちゃん付けとは、研究者という生き物は怖いもの知らずなんだなと思う。
叢雲自身全ての艦を呼び捨てにしていることは棚に上げる。
艦娘に艦種による序列はない、と訓練学校で教えられる。
しかし、そんなものはただのマニュアルに過ぎない。
実際は戦艦・空母が力を持っていて、次点が重巡、次は軽巡、あとは混戦といった様相を呈している。
そのため駆逐艦は目上を敬う日本伝統に倣い、大体の艦を敬称で呼んでいる。
叢雲はフリーダムを地で行く女の子なので、伝統には屈しない。
「お待たせいたしました、叢雲さん」
りん、と空気が澄んだ気がした。
登場だけでこれである。格が違う。
「元気そうね、安心したわ仮称『大和』」
「はい、お陰様ですっかり落ち着きました。……あら? 叢雲さんはあまり顔色が優れないようですね?」
お陰様で、か。
こんな大人な返事されたらこっちまで改まってしまいそうだ。
それにしても、またも心配された。
第三実験場はカウンセリング室に改装したのか、と普段通りの思考でやっぱり脳みそは改まらなかった。
「そんな事ないわ、快調よ」
「いえ、貴女には休息が必要です。こちらに来てください」
「何言ってんのよ、襲うわよ」
「来てください」
「……」
子供扱いは不適当だ。
駆逐艦は他の艦種に比べ、適正年齢が著しく低く設定されている。
私としては二十歳の駆逐がいてもそれはそれでおいしいと思うのだが、世界が許さないらしい。
で、周りと比べ低年齢、さらに体格・精神が幼い者が多い駆逐艦は、すべて一緒くたに扱われる事が多い。
そのためか、この戦艦様は勘違いしている。
私はそんなに、子供じゃない。
「あのねえ、あんまりお子様扱いされるのも嫌なものなのよ? ここは私の気持ちを……むぐ」
「そんなつもりはありませんよ。……あなたは疲れているのです。最近、いえ、皆さんから聞きましたよ? 貴女はずうっと、他の方の為に身を粉にして頑張ってきたと。少しくらいゆっくりしてもいいんですよ?」
抱きしめられた。
「別にそんなんじゃないんだけど」
「ふふ、そうですか。じゃあこれは、私が貴女を可愛がっている。という事でどうでしょう?」
「……しっかり甘やかしなさいよね」
「はい」
優しくされすぎた、ここに来るとダメにされそうだ。
オカン顔負けのスーパースポイルゾーンだ。
「……それにしても、さすが、せんかんね。おおきさもやわらかさも……」
最高ね、と言ったつもりだったが、どうも睡魔に襲われたようだ。
ここ最近忙しかったからこれに抗うのは無理そうだな、と思い沈む様に寝入ってしまった。
「おやすみなさい、叢雲さん。それからありがとうございます。私をここまで連れて来てくれて……」
叢雲の言うところの、仮称「大和」は叢雲が眠るのを見届け微笑んだ。
その笑みは、どことなくぎこちないものだった。
■ ■ ■ ■
「叢雲ちゃーん、ごめん! 大和ちゃんどっか行っちゃったみたいで……、あら?」
叢雲に要請されて大和を呼びにいったが、どうやら行き違いがあったみたいだ。
すでに大和は叢雲のもとに居り、叢雲を優しく抱きとめていた。
――抱きとめて?
「え、なにやってるの?」
「夕張さん? しー」
「あ、はい、ごめんなさい」
思わず謝ってしまうほどの可憐な動作でこちらを諌めた。
なるほど、これが魔性とか言うフェロモンか、と夕張は思う。
「えーと、叢雲ちゃんおねむですか?」
「ふふ、可愛がっているだけですよ」
「?」
なんのこっちゃ、とはいえ叢雲はここずっと忙しなく根を詰めていたので良い機会だ。
少しの時間でも休んでほしい。
「私が来てからというもの、叢雲さんは鎮守府や委員会の方から何度も詰問され、膨大な量の報告書や始末書を督促されたと聞きました。……申し訳なく思います」
「て言っても、大和ちゃんが悪いわけじゃないんだけどね」
軽く言ってみたが大和は思いつめたような顔を崩さない。
「いえ、本来ならば私は、あの海で沈められていてもおかしくはなかったのです。それなのに叢雲さんは、私を『大和』だと理解してくれました。……自分でさえ、私が何者なのかわからなかったというのに」
そんな私を助けてしまったばかりに、身を削っているのです。と大和はうつむきそう言った。
吹雪哨戒隊の哨戒任務から数日が経った。
本来はその必要はないけれども、磯波の件があったため報告書をちょっと拝借した夕張はそれらに目を通している。
それ故にある程度の事態は把握済みだ(ちなみに報告書は何故か厳重に保管されていた)。
なんでも、叢雲が班長を務めたチームβは「深海棲艦と同じ波長」をした大和と出くわしたという。
そのため無線は強制的にロックがかかり、それを見た叢雲は深海棲艦が出現したと勘違い。
チームβに対水上戦命令を出したそうだ。
全弾命中。
褒められるべきスコアだが、いかんせん相手が悪かった。
いや、これは相手が良かったと言うべきか。
着弾したものの装甲を抜く事が出来なかったのだ。
「さすがは戦艦、駆逐の砲ではビクともしなかった」と報告書に記されていた。
発砲後異変に気がついた時雨が意見具申、その後叢雲はその相手が大和だと判断したのだ。
これらの要因が重なり大和は一命をとりとめたが、叢雲に恩だけでなく負い目も感じているらしい。
この報告書、読んでいて不可思議な事が多過ぎると夕張は思った。
これでは上の人間も根掘り葉掘り聞くだろう。
まず第一に、チームαが遭遇した謎の「全裸艦」、次に出処不明の「大和」だ(ちなみにこちらも全裸で登場したらしい)。
謎が謎を呼ぶ。
また鎮守府・委員会的には、攻撃前に何故大和だと気づかなかったのか、攻撃後何故大和だと気づいたのかも気になるらしい。
そんなもの戦場の勘とか、そんなものだろうと夕張はあきれたものだ。
叢雲に聞いても、こんなものわかるはずがないのに、双方ご苦労な事ですね。と明石も笑っていた。
「うーんでもさ、艦娘って結構ハードワークだから、こんな事まあよくあるよ? そんなに大和ちゃんが思い悩む必要はないって」
「ですが……」
重症だ、こうなったら言っても聞かない。
ならば悩みの払拭ではなく、献身を提案しよう。
「わかった!」
「? なにがでしょう」
「こうしましょ! 貴女は定期的に叢雲ちゃんとお話ししてあげて? この娘あまり甘えられる相手がいないみたいだから、今度からそうやって優しくしてあげて、ね?」
叢雲は大人な方だ。
それは駆逐の域を出ないものだが、そのコミュニティの中では十分過ぎる役割を持つ。
普段の言動がアレだが実際は頼られる事が多い。
また駆逐艦以外からは、ちゃっかりクールビューティだと思われがちなので、お姉様方も甘やかす事はほぼ無い。
夕張が知る限りでは、かろうじて古鷹が気にかけているくらいだろうか。
しかしそれも駆逐艦と重巡洋艦の特性上、活動圏が異なるので会える事は少ない。
精神的な疲労は、何かしらの形で取り除く必要がある。
叢雲にはその機会が圧倒的に足りていないのだ。
「なるほど! それは良い案ですね!」
「うえ?! んなに?!」
がばっと立ち上がる大和だが、それにつられる形で宙に浮く叢雲。
大和に抱きかかえられているので問題はないが(ちなみに膝の上で横抱きにされていた)、危なっかしい。
「ち、ちょっとお! 危ないじゃない! 突然立たないでよ!」
「叢雲さん! とても良い提案がございます!」
「……聞いちゃいないじゃない」
「きっと気に入って頂けると思います!」
「その感じは良くない前触れね」
と、叢雲は夕張に視線で助けを求めた。
ただ事の発端は夕張自身なので苦笑いするしかない。
「叢雲さん! 好きです!」
「ぶはあ!」
あ、噴き出した。さっきもどこかで見たなこれ。と他人事だと思い楽しむ夕張。
「と、突然何よ?!」
「これからドライブに行きましょう!」
「何言ってんの?!」
懸念は多い。
まあ、なるようになるだろう。
■ ■ ■ ■
報告書
吹雪哨戒隊ニヨル鎮守府近海哨戒作戦ニツイテ
一部抜粋
------
(3) 遭遇シタ二隻ノ不明艦ニツイテ
本作戦海域で遭遇した二種類の人型を本報告書内において、それぞれ仮称「戦艦棲姫」と仮称「戦艦大和」と呼称する。
これらーー
------
viii) 仮称「戦艦棲姫」ノ呼称ニツイテ
本人型を仮称「戦艦棲姫」と呼称したのは、実際に戦闘を行なった者が感じる精神的ストレスから判断したものだ。過去、戦闘・非戦闘状態に関わらず、戦艦棲姫と対峙した者は誰であれ、「酷く喉が焼け付く」「寒気」「緊張感」「身体の硬直」を覚える。また、それが艦娘の場合、それらに加え「艤装の異音」「一時的な妖精の未顕現」が発生する。
さらにーー
------
xi) 仮称「戦艦大和」ノ呼称ニツイテ
本項目において、現存する艦娘「戦艦大和」についての説明は省略する為、『人型艦艇兵器-戦艦項第一頁』の参照を推奨する。
本人型を仮称「戦艦大和」と呼称したのは、単に敵性艦との視覚的類似点が無く、相貌が過去に作戦を共にした艦娘戦艦大和と類似していたからである。
------
(18) 所見
仮称「戦艦棲姫」と仮称「戦艦大和」の類似点は現在、戦艦である事と全裸だった事以外には見受けられない。
両者の関係性は未だ不明である。
------
■ ■ ■ ■
昼、横須賀鎮守府中庭の錆びれたベンチ
叢雲は一人でいた。
非常に疲れた。
可愛い女の子は好きだが振り回されるのはいまいちなれない。
「あいつ結局、私にどうして欲しいのかしら……」
あの後、お姫様抱っこで鎮守府中を連れまわされた。
ヤロウ、感情表現が過激すぎる。恥ずかしくて死ぬところだった。
「まったく夕張にも参ったわね、変な提案しくさりやがって」
今日は口が悪い。
ああ、困ったものだ。こんな日は駆逐と戯れて過ごしたいが、いかんせん先ほどのことがある。
バカにされて結局はストレスだろう。つらい。
こんな日に限って非番であるからする事もない。
思春期に突入する前から戦闘一筋なので暇の潰し方も知らない。
そんな事するくらいなら敵を潰す練習をしていたのだ。
嘆かわしいったらない。
「暇ねえ」
どうしようもないな、と思い心傷を払ってでも駆逐のもとに行こうかとしたタイミングで、
「よう! お姫様!」
絡まれた。
「……天龍、そう思うなら傅(かしず)きなさい」
「あいも変わらず、先輩に敬意ってもんがねえな」
「暇なのよ、精一杯もてなしなさい」
はいよー、と返事をする天龍。
彼女は天龍型軽巡洋艦一番艦「天龍」だ。
主に遠征とお守りを得意とする旧式勇猛イケメン艦とはこの人である。
どかっ、と叢雲の横に腰かけた。
「おめーも大変だったみたいじゃねーか、ええ? 何だっけか? 敵の本拠地壊滅させたんだっけか?」
「終戦しちゃったじゃない……」
事実誤認にも程がある。
とんでもない武勲だ、末代まで食っていけそう。
「そうじゃなくて、ちょっと大和を釣り上げてきたのよ」
「坊ノ岬まで行ってきたのか……」
「本物じゃない」
「でも今は木っ端微塵のはずだろ? 後釜は宇宙にいるんだから」
「レーザーは撃たない」
「まあなんにせよ流石叢雲だ。伊達に俺のお古装備してねーな!」
と言い、頭をめちゃくちゃに撫でられる。
お古、とはそのままの意味だ。「叢雲」と天龍型は親和性が高く、「叢雲」適正者は成長と共に天龍型に移行することが多々ある。
現横鎮天龍は数年前まで「叢雲」だった。正直想像がつかない。
そう思い以前写真を拝見したが、うん、現叢雲と似ていた。
つまりは叢雲も、このまま戦死しなければ天龍やその同型艦の「龍田」になる可能性が高い。
「私も将来は天龍か、眼帯は新品がいいわね」
「はは! 違いねえ!」
ものもらいとかあったら大変だしな、と変にリアルな心配をする。
まあその通りなのだが、口にされるとなんか嫌だ。
「というかお前は、俺より龍田になると思うぞ、なんか似てるしな」
「そうかしら?」
「ちょっと語尾間延びさせてみろよ」
「ええ? ……天龍ちゃ〜ん、甘いものが食べたいわ〜」
「全然似てねーわ」
「あんたね」
「飴ちゃんやるから許せよ」
甘味食べたいと言った手前、断るのもあれなので許す事にした。
「ちょっと、これハッカの飴じゃない」
「おう、嫌いか?」
「嫌いよ」
「俺もだ」
「あんたね」
良い暇潰しと在庫処理ができたぜ、と言い立ち上がる天龍。
「え? もう行っちゃうの? まだお姫様っぽい事されてないんだけど」
「あ? 仕方ねーだろ、これから遠征なんだよ」
「そんな、天龍王子様にフラれるなんて」
「ヤマト王子にでも相手してもらえ」
「高速移動しそうねそいつ」
「暇だからって酒飲まされるなよ」
お前どうせ飲めねーんだからな、と言ってとうとう去って行った。
よくよく思うと天龍は私を心配して話しかけてきたのかな、と考える。
本当に面倒見がいい。
将来は保育士とかが向いてる。
お試し入園とかあったらお世話になろう。私が。
「そんな事したらさすがの天龍も白目むきそうね」
泡とか吹いちゃうかもしれない。
「あら〜叢雲ちゃ〜ん」
「あ、龍田じゃない。なによ、天龍型コンプリートしちゃったわ」
「何のことかしらぁ?」
そうそう、このおっとり間延び感。
私にはこれが足りていないんだ。
「あらぁ? 私の顔に、何かついてるかしら?」
「いや、そういう事じゃないのよ」
じっくり観察してみよう。
そうする事で龍田の真髄がわかるかもしれない。
将来は龍田になるんだ、今決めた。
「……」
「……」
本当は、まじまじと見れば顔の一つや二つ赤らめるかな、と思っての行動だがピクリとも反応しない。
マグロかな?
「今日の天気は良くないわね〜。太陽にかかる雲、死滅しないかしらぁ」
「え」
今日の天気は曇り。
雲の性状は高積雲だ。
俗に言うひつじ雲、またの名を叢雲と言う。
「……そんな考え、良くないと思うわ」
「気にくわないものはヤるべきよ?」
「そんなニコニコして言わないでちょうだい……。謝るわ」
「わかれば良いのよぉ」
よいしょ、と可愛く座った。
ええ……、距離が近すぎる。
「射程内って感じね」
「貴女はいつも反省しないわよね〜」
天龍型の二人はいつも我々駆逐を気にかけてくれる存在だ。
天龍が飴なら龍田はモーニングスター。
「私も傷つくのよ?」
「ごめんなさい」
あら〜素直な娘は好きよ〜、といって頬をめちゃくちゃに撫でてきた。
天龍と違い猫の手で揉む様に優しく、これが女子力とかいう謎フォースなのだろうか。
「フォースとパワーの違いってなに?」
「いっつも唐突ねぇ」
今度調べてくるわね、と次回のデートの約束を取り付けた。
「そういえば私、龍田になる事にしたのよ」
「あら〜」
「便利な返事ね」
「大抵のことが何とかなるわぁ」
「あ、さっき飴貰ったのよ。あげるわ」
「あら! 嬉しいわ〜……ハッカの飴じゃない」
「あら〜」
「……」
めっちゃ見てくる。
何とかならなかった。
「……これから『軽巡は気に入らない駆逐を毎日24時間遠征に連れて行く』っていう噂を駆逐寮で流して欲しいわぁ」
「残念だけど駆逐は嘘の御触れは出さないわよ」
「いいのよ〜?」
これから本当の事になるんだから、とまた怒らせてしまった。
「あー、冗談はさておき、本当に龍田になろうと考えてるのよね私」
「冗談ね、ふーん……。まあいいわ〜、それで龍田ねぇ」
「嫌なの?」
「嫌って言うかぁ……」
なんだそのタメは、気持ちが急くじゃないか。
散々龍田を怒らせておいてアレなのだが、ここで嫌と言われると悲しい。
「無理に艦娘を続ける必要はないのよ?」
「え?」
「そうねぇ、貴女にとって艦娘として生きていく事は当たり前になってるのかもしれないけれど、普通の女の子として生きてもいいのよ?」
「……今更そんなこと言われても困るわ。これしか知らないんだから」
「不器用ね〜」
そうは言っても艦娘は多くがそんなものだろう。
艦娘の適正試験が志願制で半強制的という話には続きがある。
試験を受ける少女の三割はホームレスだ。
深海棲艦により土地を、家を、家族を焼かれた者が食っていくために試験を受ける。
この制度は、実際にはある種の救済処置として稼働している面を持ち合わせている。
またもう一割は、家はあるが稼ぎがない生活をしていた者たちだ。
つまり嫌々志願する者もいれば、藁をも掴む思いの者も一定数いる。
現実は厳しい。
「そもそも帰る場所がないわよ」
「つくればいいのよ?」
「どうやって?」
「大工さんになるとか?」
「そこから始めるの?!」
家づくりから考えるのか。
というか大工になってるっていうか、手に職つけてるならすでに居場所があるって事なんじゃ……。
「あら〜? 冗談を真に受けるなんて、今日は本当に調子が悪いのねぇ」
「なによ、みんなそろって私をまるで病人扱いして、そんなに看病したいの?」
「みんな母性本能が大爆笑してるのかもね〜」
「……くすぐられるって言いなさいよ」
どういう表現だ。そんな本能、狂気の沙汰だ。
「ふふ、まあ艦娘を続けるかどうかは、今後よく考えていくといいわぁ。何も生き急ぐ必要はないのよぉ?」
「ふーん……そう。そうね、大先輩が言うんだもの、焦らずいく事にするわ」
「良い子ね。あ、そうだ〜、そんな良い子にはお菓子をあげるわね〜」
「ハッカの飴ならいらないわよ」
「チョコレートだから安心して良いわよぉ」
はいこれ、と言って渡されたチョコレート。
さっそく食べてみた。
「にが! え?! 何これにがい!」
「カカオ90%以上って書いてあるわねぇ」
「それチョコじゃないじゃない!」
「あら〜? 嘘つき呼ばわりするのぉ?」
「だってそれ、ほとんどカカオでしょ?!」
「あら〜」
良い暇潰しと在庫処理ができたわ〜、と言い龍田は席を立ち、いたずらが成功した子供のようにうきうきしながら去っていった。
天龍型の二人が何をしたかったのかと言うと、普段弱みを見せない叢雲が珍しく参っているから様子を見にきたのだろう。
その結果が甘くないお菓子詰合せとあっては、結局何がしたかったのか叢雲には不明だ。
まあ面と向かって優しくされるのはこっぱずかしいので、これでよかったのかもしれない。
「何かこう、中途半端に優しくされるともっと優しくされたくなるわね」
全然よくなかった。
脳みそが優しさを求め始めてしまった。
「久しぶりに古鷹に会いたい」
何に気兼ねする事なく甘えたい。
考えれば思いは止まらず、どうしようもなくなってきた。
「よし! 古鷹、今行くわ!」
重巡寮へ、いざ行かん。
■ ■ ■ ■
ややあって重巡寮に到着した。
思い立ってから2時間後のゴールインだ。
「……なんなのかしらあいつら」
道行く艦娘が叢雲をナンパしてきたのだ。
どいつもこいつも面白い話をしやがって、先に進めないったらない。
「みんな気を使いすぎよ」
なるほどこれが大和の提案か。
鎮守府を間抜けな顔で行脚した結果、みんなに心配され優しくされた。
子供扱いは妥当じゃないが、気持ちは嬉しい。
「さてと、どうやって侵入しようかしら」
「寮監の目を盗むならここよ!」
「ひっ」
突如としてお忍びをぶち壊したのは妙高型重巡洋艦三番艦「足柄」だ。
彼女は一時期、カレー屋さんの広告塔になったことがある。
そのため熱狂的足柄ファンの間ではカレーを食べるのがブームとなったのだが、まあ、平和な頃のカレーと比べると内容物が貧相なので飲み物感が凄いやつだ。
それと「足柄」という艦娘は基本的に勝利への渇望が凄いので、それと併せて「カツカレーお姉さん」との印象が強くなった。
ダジャレだ。
「驚かさないでよ、もう!」
「あら? ごめんなさい。うだうだしてる様に見えたからついね」
「別にそんな事ないけど……」
「そお? じゃあ抜け道も必要ないかしら」
「それは知りたい」
基本的に駆逐と重巡は仲良くする機会がないので、足柄がどんな人なのか叢雲は知らない。
ただ、教えてくれるというのなら誰であろうと聞いておくべきだ。
親切を無下にする事はよろしくない。
「この道を真っ直ぐ行くのよ」
「なるほど、ここは盲点だったわ。こんな抜け穴があったなんて」
「ええ、寮監の部屋に直行よ」
「何でよ!」
どうしたこいつ、乱心キャラだったのか?
抜け道を聞き出そうと思ったら営倉への近道を示されてしまった。
「え? 直談判して勝った方が我を通すんじゃないの?」
「じゃないわよ……」
目、盗んでないじゃないの……。
これが重巡寮か、自分で言うのもあれだが叢雲自身アレな性格していると思っていたが……。
格が違った。
ここはやばい。
「そうなの? じゃああっちの道が……」
「いや、いやもう平気よ。今天啓が降りて来て私にしか見えない道ができたから」
「便利な道なのねぇ」
とぼけた顔して言ってるが、まさか信じたわけではあるまいな。
「あ、そうそう、あそこの部屋なんだけどね?」
「……次は何かしら」
またとんでもない奴の部屋なんだろうか。
ちょっと面倒だ。
「あの一階の角部屋、最近古鷹の部屋になったわよ?」
「足柄だいすき!」
変わり身が近年稀に見る速度だ。
足柄には足を向けて眠れそうにないとまで思っている。
「ふふん! そう、それでいいのよ? ……貴女が古鷹に会いに来たっていう事は知ってるから、みんな協力してくれるはずよ。寮監の目も、時間も、道も気にする事はないから安心なさい」
「……ん? え? ……何で知れ渡ってるのよ?!」
「重巡には予知能力が有るのよ!」
「堂々と嘘ついて恥ずかしくないのかしら?」
「冷たいわね。感情の揺れ幅大きすぎない?」
「ごめんなさい、このチョコあげるから許してほしいわ」
「あら! 美味しそうね、有り難く頂戴するわね。……にがっ! 何これにがいわ?!」
「予知能力はどうしたの?」
「そんなものないわよ!」
ないのか、少し残念だ。
駆逐には駆逐にしかない謎の能力が多数存在するため、他の艦種にもあると思ったのだが。
「はーにが、まったくもう、酷い娘ねぇ」
「悪かったわよ、謝るわ。ごめんなさい」
ちょっと悪い事したなと思うも在庫処理ができてラッキーだ。
この調子で残りのブツもやっつけよう。
「あ、そうだそんな酷い娘にも私は施しを授けるわよ」
「え、何これカツカレー?」
「紙袋に入れる奴がいたら仰天しちゃうわ」
クッキー焼いたの、と足柄。
彼女は飢えた狼との名誉だか不名誉だかわからない評価を払拭すべく、日夜イメージ戦略を行なっている。
これはその一環だろう。
「やっと良いもの手に入れた。感謝するわ」
「物言いが尊大ね……。駆逐艦なのに、恐れるものはないのかしら?」
「そんなもの砲に詰めて飛ばしたわ」
「しっかり持っておきなさいよ」
「今頃敵の手に渡っているはずよ。許せないわね」
「貴女が押し付けたんでしょ……」
それは置いといて、クッキーは正直ありがたい。
他人の部屋に遊びに行くのに手土産を忘れてきてしまったのだ。
さすがに甘くないお菓子セットを古鷹に渡すのは忍びない。
「他の人なら良いわけじゃないのよ?」
「え、驚天動地ね」
「驚きに対する免疫機能が死んでるんじゃないかしら」
「今のは足柄がカレーよりシチュー好きって言うくらいの驚きよ」
「私はそれに何て言えばいいの……」
そんな事は断じてない。くらいには否定してほしかったのだがまあいいか、そろそろ古鷹のところへ行こう。
「……あー、そろそろ向かおうと思うの。道というか部屋教えてくれて、それとクッキーもありがと。助かったわ」
「はあ、まあいいわよそんな事。一応貴女達駆逐艦よりもお姉さんなんだもの、妹分のかわいい悩みの一つや二つ叶えてあげるわよ」
「そう言われると照れるわね」
貴女の照れる顔をお駄賃として貰っとくわね。と足柄が言ったところで、井戸端会議はお開きとなった。
■ ■ ■ ■
「あ、来た来た。叢雲が来る事はわかってたからお茶いれて待ってたんだよ。ほら、ここに座って? ふふ、どうしたの? 借りてきた猫みたいにして、いつもみたく甘えてきてくれていいんだよ?」
いや、どうもこうも……。
「あんたいつ改二になったの?!」
「似合うかな?」
似合うかなって……。
この娘は古鷹型重巡洋艦一番艦「古鷹」だ。かわいい。
古鷹は新しい制服をまじまじと見られる事に羞恥を覚えているのか顔に朱がさしている。
制服自体は以前と大きな差は無いように見受けられるが、一変して肌色比率が減っているとわかる。
この程度の変化では、もしかしたら不信心な古鷹信者は改二になった事に気がつかないかもしれないが叢雲は違う。
古鷹第一人者としての自覚と自負を背負い、艦娘として生きているのだ。日夜、微に入り細に入り古鷹チェックを欠かさない事を肝に命じているため、当たり前のように気づける。
実際は会えない日が続いているので脳みそに刻み込んだ古鷹を想起する事で日々の活動としている。
で、だ。健全な古鷹ファンの一人としては、これで風邪を引く心配が減った事に安堵するし、不健全な古鷹ファンの一人としても大興奮だ。
なんだそのインナーは!
右腕から腹部、脚部太腿中程にぴっちりインナーを着衣しているため最高の気分だ。
また左右で長さの違うソックスを着用しているため生脚と、インナー・ソックスのコントラストによる絶対領域の二つのお味が楽しめる素敵仕様。
もう全身が光り輝いて見える。
でかした工廠自由通行組! でかした!
それと照れてる古鷹自体がそれはもうかわいい。
とにかくかわいいので全てがどうでもよくなった。
「古鷹かわいい!」
「きゃっ! ふふ」
思いきり抱きついた。
「で、改二になってどうするつもりなの?」
少し落ち着いた。
悲しくも目と脳が古鷹の変化に慣れてしまったようだ。
冷静に考えてみると疑問やそれに付く問題がポンポン出てくる。
「死ぬつもりなの?」
「そんな事ないよ」
改二とは、正式名称を「改造二号」という。
通常の改造では到達し得ない領域に足を突っ込む手段だ。
艦娘は一種「神」の領分にお邪魔している存在だ。これは深海棲艦と渡り合える事からもわかるが、人から逸脱しているためそういう事になっている。
本来なら逆説的に深海棲艦と同じバケモノという話になるのだが、しかしバケモノと定義付けすると人聞きが余りにも悪いし、良くない影響がでるため「神」に仕立て上げられたのだ。
これは制服概念の構築にあたり考えられた、「人工神霊構築計画」なる怪しいものを基盤としている。
「神」とは、それを崇め奉る「人間」がいて初めて「神」となる。つまりはどんなものであれ「神」とひとたび認識・誤認されてしまえば「神」になれる。という暴力と見紛う論からなっている。
計画については端折って説明したが、概要としては満点だ。
で、話を戻すが改二になるという事は「人工神霊構築計画」に、より深く取り込まれ、人からかけ離れてしまうという事を指す。
こうなると肉体における命の比率が下がり精神によってしまう。
膂力はあがる、頑強さも跳ね上がる。
しかし、ふとした拍子に「死にやすく」なるのだ。
魂の拠り所、民衆からの信仰、星廻り、風水、六曜など本来ならば身体に作用しない様々な要素が突き刺さる。
全てが悪転した時、それは逃れられない死となり、その身に降りかかるだろう。
「みんなを護りたかったんだ。叢雲、ただそれだけなんだよ」
「酷い献身ね。そんなもの、そのみんなで分け合えばいいのよ」
「とんでもない脅威に襲われた時、そのみんなと協力しても打ち勝てなかったらどうするの? ……誰かが、誰かがとても強く先導する必要があるんだよ」
「……その誰かなんて戦艦でも当てはめとけばいいじゃない、重巡の仕事じゃないわ」
「見てるだけなんてイヤなんだよ」
「その誰かが先導してくれるんでしょ? 一緒に戦えばいいじゃない! 何も目立つ所にあんたがいる必要ないでしょ?!」
「最期にその誰かを守ってくれる人は誰?」
「殿するやつなんて強いに決まってるわ、自分で自分を勝手に守るわよ!」
「私がその強い人になろうと決めたんだよ」
「……」
「ふふ、キミと一緒にいたからかな、口喧嘩がね、強くなってきたんだよ?」
「……知らないわよ」
別に負けたつもりはないし、諦めるわけにもいかなくなった。
確かに古鷹は死ぬつもりはないのだろう、しかし土壇場での躊躇はしない。
それが仲間の危機ならなおさらだ。
「叢雲、キミが心配してくれるのは、今日会う前からわかってたよ。でもね? 私にも譲れないものがあるんだ」
「私にも、あるわよ」
「知ってるよ」
「絶対に死なせないから覚悟しなさい」
「わかってるよ」
「勝手に死んだら後を追うから楽しみにしてなさい」
「うっかり死ねなくなっちゃったね」
「うっかり死ぬな」
「わかってるよ」
仕方がない、このままでは埒があかないので、今日のところはひとまず許してやろう。
とりあえず死ぬつもりがないと言質をとったのでしっかり有言実行してもらおう。何が何でも。
ちゃんと釘も刺した、情にも訴えた、イチャついた、よし、大丈夫だな。
「だいじょばねーよ」
「! え! いたの加古?!」
突如として湧いて出たこの女は古鷹型重巡洋艦二番艦「加古」だ。常に睡眠することを目的として活動している。
最近では寝る事よりも寝る場所の確保に熱を上げており、手段が目的になっている。
「最初からいたっつーの」
「全然気がつかなかったわ……。あんた一体いつから川内に弟子入りしたのよ」
「別に忍んでねーよ」
適当言わせたら右がすっからかんだな、と適当を言う加古。
「……おい、いつまであたしらの大天使古鷹様に抱きついてんだてめー。抱きつきながら言い合いしやがって、喧嘩すんのかイチャつくのかどっちかにしろ」
「嫉妬は見苦しいわよ」
「違うな、あたしは世界を統治しているに過ぎない」
「なんですって」
「諦めろ、わかってんだろ。貴様は古鷹成分を摂取し過ぎたんだ。さあ、早く返却しろ良い子だから」
「私は抱き枕じゃないんだよ?」
「あ! 天女の御言葉だ! 一言一句聞きもらすなよ?!」
「任せなさい、この日のために速記を学んできたわ」
「でかした!」
「あのね?」
加古は、少し喧嘩気味だった古鷹との仲を取り持ってくれたのだろう。
これは艦娘によくある傾向なのだが、加古みたいな飄々とした者ほど面倒見が実は良いのだ。
北上とか実はすごい。
「ところで叢雲さんよぉ」
「何かしら?」
「あたしには何かないのか?」
「お菓子の詰め合わせをあげるわ」
「そうじゃなくてさ」
まあ貰うけど、と棚にしまう加古。
よし。
薄荷の飴とかにがいチョコとか、そんなもの好きな人間はきっといない。
加古には悪いが、人類のために負の遺産を抱え込んで貰う。
「あたしを見て何も思わないのか?」
「天使には程遠いわね」
「よりエロくなったと思わないのか?」
「? あ? お、いつ改二になったのよ」
「反応うっすいな!」
古鷹同様制服自体に大きな変化はない、ただ謎の布を身体に巻きつけている。
「誰に束縛されてるのよ」
「古鷹だ」
「なんですって?!」
「違うよ?」
加古も改二になるとは、重巡は早死にしなければいけない法則でもあるのだろうか。
「殺そうとするな、あたしはただ古鷹のお守りをすべく後追いで改造したんだよ」
「さすが古鷹ファンクラブ会員番号二番ね」
「古鷹型重巡洋艦の名前をファンクラブにしないで……」
「自分で番号一番持ってくあたり狡(こす)いな」
「私これいじめられてるの?」
改造二号、というか改造するだけでもかなりの工程が必要になる。
それなのにここまで秘匿に物事を進められるのは異常だ。
「まあそもそも、重巡強化すんのにお前へのお伺いなんて必要ねーからな」
「もともと戦力の増強を進めていく方針だったんだよ。それをここ最近になって委員会が突然強行で執り行ったんだ。あまり知れ渡っていないのはそのせいだね」
そうだったのか、委員会主導でそんな事をしていたのか。
教えてくれればいいのに。
「何よ、じゃあ加古の後追いって嘘なんじゃない。舌ちょん切るわよ」
「そこは嘘じゃねーぞ」
「は?」
「あのね、叢雲……。その……」
なぜか古鷹が言い淀む、はて?
「あー、戦力増強案は元からあった。でも誰がなるかまでは決定されてなかった。が、こいつは勝手に立候補して勝手に判子貰って来やがったんだ」
「とめなさいよ!」
「だーかーら! 勝手に進めたって言ってんだろ?! 実際あたしらもかなり参ったんだ。でも決まっちまったもんは仕方ねえ、だからあたしが餌付けして書類建造して改二になって見守る事になったんだよ」
「ああ……、そんな明け透けにいわないで」
「古鷹? ねえ、古鷹……。こっち見なさい」
超至近距離にいるのだがちっとも目が合わない。
首を無理矢理捻じりこちらを向かせ、向か……。
「諦めて私に怒られなさい!」
「ぐう、……はいぃ」
無理矢理捻じ曲げた。
誰にも言わず相談もせず独断で敢行した。
挙句仲間にまで危険を背負わせるとは、こうなる事が想定できなかったのだとしても、簡単に許してはいけない事だろう。
みっちり叱らねば。
「おい、それより先にさっさと古鷹から離れろバカたれ。次はあたしの番だ」
何て事だ、私が先に怒られてしまった。
まあいいか、今日はまだまだ暇なのだ。
足柄から貰ったクッキーもある事だし、この後は彼女達と一緒に女子会と洒落込もう。
そう思い立った叢雲は内心うきうきするのを抑えながら、古鷹への説教をはじめた。
2話目です。
叢雲がいちゃいちゃしてるだけの話でしたね。
どうでもいい話なのですが2月は馬車馬のように働け状態でお話作れないです。ぐえー
3月終わるまでには投稿したいですね。