一話
吹雪率いる「吹雪哨戒班」は、ある日の哨戒任務で悪い噂の絶えない「ゆうれい」と出くわす。
実際に目撃したのは磯波ただ一人だが、噂が噂だけに酷く困惑し精神的にダメージを受ける。
そんな中、再び哨戒任務を言い渡された吹雪哨戒班は、人員不足を補うため時雨をメンバーに加え出撃する。
そして「ゆうれい」と二度目の邂逅をする哨戒班だったが、同時に戦艦大和とも相見える。
「ゆうれい」とは、そしてこの戦艦大和は何者か、叢雲の苦悶は続く。
二話
事務の冴えない男が吹雪型担当の、艤装検査点検及ビ修理担当係員こと艤検員になっていた。
叢雲はぶち切れるが現実は非情である。
落ち込む叢雲を見て、夕張はなけなしの年上力を発揮し叢雲をたらしこむ。
そこに仮称大和が現れ彼女も叢雲を甘やかす。
さらに大和の計らいで鎮守府をお散歩し叢雲のイメージアップを目論む。
その後色々あって古鷹とお茶した。
あなたのように、綺麗になれない。
■ ■ ■
「なあ、叢雲。ここをロビーって呼ぶの、そろそろやめにしないか?」
「何よ、そんなの私じゃなくて偉い人に言いなさいよ」
「お前に口利きして欲しいって言ってんだよ」
「なんでよ」
ここは深雪が言うところの横鎮駆逐艦寮の一階ロビー、広さは実に四畳半。狭苦しい。
「なあ」
「何よ」
「ここ、ロビーじゃなくて通路だよな?」
「違うわよ、ここはロビー。太古の昔からそう呼ばれてるのよ」
「昔の人は、横文字を知らなかったんじゃないのか?」
駆逐艦寮のロビーは、玄関口と奥の食堂に続く廊下の狭間に位置する。
まあ、つまり廊下と言われると廊下です。と答えるのが無難な場所だ。
しかし、ここはロビーなのだ。
誰に文句を言われようと、誰に邪険に扱われようと、我々はロビーを正しく使用しているだけなので、堂々としていていいのだ。
「ちょっと2人とも! こんなところでくつろがないでよ!」
「あー、じゃまじゃま! こんな所に居座りやがって! ちったあ働いたらどうだ?!」
「ほら! また怒られたじゃねーか!」
「いいのよ、私たちは間違ってないわ。優雅にくつろぎましょ」
「「じゃま!」」
ただロビーでお茶してるだけなのに、かなりの娘達に怒られている。
ちなみに今の二人は朝潮型駆逐艦十番艦「霞」と白露型駆逐艦十番艦「涼風」だ。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさとどきなさいよ!」
「みんな迷惑してんだぜ? さあ、どいたどいた!」
「ちょっと待ちなさい二人とも。……うーん、そうねえ」
「なによ」
「?」
「あんた達、もっとツンデレっぽく言って?」
「「知るか!」」
ツンデレ鑑定二級を持つ私から言わせてもらうと、霞は言わずもがなだが、涼風も良い線いくと思う。
この素材、より光らないものか。
「そういや叢雲も、初めは結構ツンデレだったよな。霞と変わらない感じだったろ」
「ああ、遠い過去の話ね。そんな頃もあったわね」
「いや、そんな前か? 二年前くらいだったと思うけど」
「さすがに二人も同じキャラがいたら、みんな食傷気味になっちゃうでしょ? 断腸の思いでツンデレを辞したのよ」
「そんな思いを持っていたのか」
「つらい選択だったわ」
「いいから!」
「どけって!」
ところで二年を最近ととるか昔ととるかで老け具合はかなり変わると思う。
叢雲は俄然若者なので過去の事としている。うん、心はぴちぴちギャルだ。
「ぴちぴちギャルなんて、今日日(きょうび)誰も言わんぞ」
「マジ? チョベリバー」
「チョベリバなんて、今の二十歳がギリギリ知ってるかどうかの言葉だぞ」
「え? 嘘でしょ? ……あ、ちょっと霞、片付けないでよ」
強烈なジェネレーションギャップに打ちひしがれていたらツンデレが強制発動していた。
ティーセットが片付けられ始めた。
「ああ、すまんすまん。自分らでやるから、ほんと迷惑かけたな」
「そう思うなら最初からこんな場所でお茶しないでよ!」
「わりー、こいつが原因なんだ」
「え、売られた」
「はあ、また叢雲なのね……」
「ほんと困った奴だな」
最近、私の猫が亡くなったらしい。
少し前なら、こういう場面は深雪が嘘を言っていると思われていたのに。なぜだ。
「ああ、そりゃあ、この深雪様が懇切丁寧にみんなの勘違いを一つひとつ地道に解いていったからだな」
「あんたなんて事を」
「ロビー活動ってやつだな」
「草の根運動の間違いでしょ」
「似た様なもんだろ」
「もう……、ビンタ!」
「「痛い!」」
「片付けなさい!!」
霞にぶたれた。
というかビンタって。
まさか技名を叫びながら攻撃するとは、ヒーローに憧れる年頃なのだろう、きっと。
「いやぁ、そりゃ霞なりの優しさじゃねーのか?」
「どういう事だ涼風」
「突然叩いたら驚いちまうだろ? ふふん、霞はおめーさん達に構える猶予を与えたってわけよ!」
「なんですって……!」
「これがツンデレ……!」
「もうそれでいいから早くどいて」
「……突然叩いたら舌を噛むかもしれないだろ? そんな事になったら大変だ。ふふん、霞はおめーさん達に構える猶予を与えたってわけよ!」
「なんですって……!」
「これがツンデレ……!」
「涼風、あんた寝返ったのね?」
あたいもお茶したくなった! と言い出した涼風を引きずりながら私達のティーセットを片付ける霞。
お母さん力が高い。
「変な力考えてないでほんとに撤退しなさい! 怒るわよ!?」
「まだ怒ってない判定だったのか」
「仕方ないわね、ほんとに行きましょ深雪」
「二度とくんなよー」
「涼風、立場をふらふらさせるのは危険だぞ」
いい加減、霞がマジギレしそうなのでロビーを出て行く。
それにしても荷物を持ち込みすぎた。
テーブルとか運んで来なければよかった。
深雪と二人掛かりでようやく運べる物量だ。
「あ、おい叢雲よお。なんか落ちたぞ」
「あら? サンキュー。拾ってテーブルの上、乗せてくれる?」
「まったくもう! 持ち込みすぎだし散らかしすぎよ!」
「あー、反論できねーな叢雲」
「そうね」
「えーと、なになに? 『部外秘 仮称「戦艦棲姫」について』と」
「こらこら、あんたは読まなくていいのよ」
いけない、重要資料まで散らかしていたらしい。
「あんた達ねえ……、大切なものなら、ちゃんとしまっておきなさいよ!」
「いやいや、あのな? 霞。こいつが悪いんであってだな? この深雪様は、なんにも落ち度はないんだぞ?」
「あんたのロビー活動って、もしかしてただ嘘をついてるだけなのかしら?」
仮称「戦艦棲姫」の資料を見せろと言ってきたのは深雪だ。
私は悪くない。
「あのねえ、見せるにしても場所を選びなさいよ! なんでこんな、廊下のど真ん中で広げてるのよ?!」
「ほらみろ! 悪いのはお前だ、叢雲! やーい!」
「それは違うわ霞。ここはロビーよ」
「いやあ? あたいも廊下だと思うぜ?」
「そんな……、みんなして私を騙そうっての?!」
「話を逸らさない!」
「はい……」
資料をテーブルに乗せてもらいロビーを後にする。
……霞に怒られながら。
「いやー、良いご褒美だったな」
「あんたのせいでね」
場所を変え、ここは駆逐艦寮二階談話室。
広い。
何と言ってもソファがある素敵空間だ。最初からここに居れば良かったのでは? と思わなくもない。
「いや、ほんとに何であんな所で資料見てたんだろうな」
「何てことはないわ、罵られたかったのよ」
「お前のせいだったんじゃねーか」
本当は別に理由がある。
吹雪と磯波が、現在取調べを受けているのだ。
今朝方突然通達があり、そのまま連行。二時間経ち、いい加減戻ってくる頃だと思ったのでロビーに赴いた。
その途中深雪に資料を見せろと言われたので一緒に長居してしまったのだ。
なので深雪は、私がなぜあそこに陣取ったのかは知らない。
まあ、通達の事は知っているはずなので、気づいていない事もないだろうが。
「そういえば、何で仮称『戦艦棲姫』なんぞのデータ見る気になったのよ?」
「勉強熱心だからな」
「え? 聞き違い?」
「毎日の予習復習は欠かした事がないからな」
「罪深い嘘ね……」
「潜水艦は轟沈しない艦種だ」
「初心者凡ミスじゃない……」
ほんとは深雪スペシャルが何で避けられたか、気になったんだよ。と深雪は言う。
何でもクソもない気はする。
顔の前にハエが飛んでたら誰でも嫌だろう。
「酷くねーか?」
「叩かれなかっただけマシだと思う事ね」
「そもそもハエじゃないんだけど?」
「それで何かわかったの?」
「いや、資料からは何もわからんかった。たぶん、これ書いた奴はやる気がなかったんだと思う」
「書いた本人を目の前にしながら、ずいぶんな物言いね……」
「なんせ深雪さまの活躍があまり書かれていない。まったくもって困った奴だ」
「あれをそのまま書けっての?」
前回の哨戒任務報告書は、だいぶマイルドに記してある。
というかいつもそうだ。
報告書とは事実を記すものだが、誰が見ても疑問を覚えないものにしなくてはならない。
そのため、やれ深雪スペシャルだの、やれローリング・ソバットだのは書けない。書いたら事務が卒倒する。
深雪の地道な嫌がらせがあるものの、叢雲は依然優秀な駆逐として認識されているのだ。
「変なこと書いたら私のイメージが崩壊しちゃうわよ」
「気にするところはそこなのか?」
「報告書見る必要が、そもそもあるわけ? 実物と対峙してるんだから、それより優秀な情報はないと思うんだけど?」
「なーに、客観的な視点が欲しかっただけさ」
「主観さえあやふやなのに?」
「さては嫌われてる?」
「愛してるわよ」
「はは、気持ちわりー」
つれない娘だ。
「ひどい女ね。私なら私に愛してるって言われたら二つ返事でオッケーするのに」
「さては自己評価高いな?」
「正当評価のつもりよ」
「無自覚か、これはイラつくな」
「そんな事はさておき」
報告書は、わかりのいい言葉で書かなければならないので、深雪スペシャルは突貫くらいで記している。
「吹雪と磯波、帰ってこないわね」
「そうだなぁ」
「今頃ひどい拷問を受けてるんじゃないかしら……」
「不穏すぎんだろ」
「まさか鞭で打たれてるんじゃ……!」
「国防軍は自衛隊が走りなんだぞ、そんな事するか」
「ろうそくを垂らされてるんじゃ?」
「プレイを始めるな」
「交ざりたいわね」
「そういうのもイケるのか」
遅い、さすがに遅すぎる。
これでは私でなくとも、あの二人が偉い人にエラい事されてるんじゃと勘繰っても仕方がない。
「そんなぶっ飛んだ思考するのは、お前だけだ」
いい加減に帰ってこないと迎えに行った方がいいのではと考えてしまう。
「そんな事したら、お前もついでに調書取られるぞ」
「それは嫌ね……」
「だったら大人しく待つべきだな」
待つしかない事はわかっているのだが、それだけでは暇すぎる。
何か気の紛れるイベントはないものか。
「暇ってお前……、うっかり本音が出てんじゃねーか」
「なによ、あんただってそうじゃないの?」
「そうだけどよ」
「はーあ、仕方ない。仮称大和にでも会いに行こうかしら」
「お前って、あの大和さんのこと好きだよな」
「はあ?」
何を言っているのか、何でもかんでも好き嫌いに発展させるなんて、子供じゃないんだからやめてほしい。
「私が好きなのは駆逐艦よ。誤解されるからやめてちょうだい」
「そっちのが問題あると思うぞ?」
「駆逐が同じ駆逐を好きなら文句ないでしょ?」
「そうだな、お前以外の駆逐が言うなら問題はないぞ」
「何よそれ」
「素直になっちまえよ。大和さん好きだろ?」
「誤解よ。私は可愛い娘ならみんな好きなの」
「より悪いぞ」
「その中でも一番可愛いのは駆逐なの」
「真顔で言うな」
「戦艦は身体的に差がありすぎて、嫉妬しちゃうからあまり好きじゃないわ」
「コンプレックスを感じる心があったのか」
とまあ、冗談はさて置き。
仮称大和に会いに行くのは、保護者監督としての役割を持っているからだ。
事務に、「お前が拾ってきたんだから責任持ってお世話して」と言われている。それを果たしているだけだ。
「嘘こけ。必要日数以上、足繁く通ってんじゃねーか」
「……」
「好きなんだろ?」
「……もうそれでいいわよ」
「あ! 拗ねたか? 拗ねたか?! はっはーん、お前が感情を露わにするなんて珍しい事もあるんだな!」
「そんな事ないわ、この前もブチ切れて泣き喚いたもの」
「またそんなわかりやすい嘘を」
「……」
「?」
深雪に吹雪らの出迎えを任せ、叢雲は工廠へ向かう事にした。
保護者として与えられた役割は、週のうちに決められた時間の監視だ。
今からの監視は、その時間を超過したものとなるが、そう、ただ仕事熱心なだけだ。それだけなのだ。
■ ■ ■
「夕張ー、いるかしらー?」
「いますー」
工廠第三実験場第三プール前、夕張は書類を片手に機械いじりをしながらお昼を食べていた。
「あんた、忙しそうね」
「いつもはプールに浮かびながらだから、今日は穏やかなのよ」
「ああ、うん」
「その憐れむ目やめて!」
憐れむというか、自分より忙しい人を見ると落ち着く。まあこの頃暇なので誰を見てもこんな感じだが。
「今日は何してるのかしら?」
「あー……、貴女が言うところの仮称戦艦棲姫のレポートを見てるわよ」
「私の書類大人気ね」
「あら? 他の人も見てるんだ。まあでも、そりゃあ見るよね」
新種の敵艦だから、みんな気にしてるの、と夕張。
確かに、今回会敵したヤツに限らず、新たに見つかった深海棲艦というのは、いろんな人からマークされる。
どう倒せばいいのかを研究するのだ。
そういう視点で考えると、深雪の言いも真面目なそれだったのだと気づく。うーん、勉強熱心。
「それから、深雪ちゃんの壊れた艤装を直してるわよ」
「え、またやらかしたのあの娘は」
まさかスペシャルした時にこっそり破損させていたのか、それともその後の吹雪らに折檻されてた時か?
褒めた途端にこれとは。
「ううん、妖精が深雪ちゃんの真似をして砲身捻じ曲げちゃったのよ」
「そいつとっ捕まえたほうがよくないかしら?」
と言っても、妖精は生態が未だ不明な点が多いので難しいだろう。
そもそも普段あまり姿を見せない。
そのため、実在している事を疑問視する声もあるほどだ。
彼(?)らとのファーストコンタクトは、比較的最近の事である。
妖精は深海棲艦や艦娘と同時期に現れたというわけではないのだ。
人類が負け越しているのを見兼ねた神様が寄越した神物ではないか、と言われるくらいには遅い登場だった。
年数で言うと十年前、これは艦娘誕生から十五年後の事で、深海棲艦との邂逅からは十七年経っている。
まあ二十年近く戦争してたら、誰だって手助けの一つや二つしたくもなるだろう。
サンキュー神様。
「あとご飯食べてるよ」
「そうみたいね」
言いながらフォークでピーマンを刺す夕張。
「ところで、仮称大和はいるかしら?」
「ああー……、大和ちゃんなら」
と言い夕張はプールを指差す。
「今そこに沈んでるわよ」
「何でよ?!」
潜水艦においては、「潜っている」と言うのが正しい表現である。海軍人はその辺をかなり気にしている。
なので「沈んでいる」としてしまうとそれは……。
「平気なの?」
「うーん、多分大丈夫だとは思うんだけどね?」
曖昧な返事しかしない夕張は、フォークでニンジンを刺す。
「なんかね? 坊ノ岬を思い出したいって突然言い出してさ」
「ノスタルジーに命掛けね」
「私は止めたんだけどね。戦艦パワーには勝てなかったのよね」
どこか清々しく言う夕張、諦めが垣間見える。
坊ノ岬とは、言わずと知れた戦艦大和の墓場である。
それを思い出すとは、なんと言うかマゾなのだろうか? 自分が死んだ事を想起して何になるのだろうか。
「まあ、今日は叢雲ちゃんが来てくれたから安心ね。大和ちゃんをしっかり教育してあげてね」
「……ええー?」
「よろしくね」
プールに沈まないよう指導するには、なんて言えばいいのだろう。
いや、律儀にそんな事する必要もないか?
「とにかく、教育だか説教だかわかんないけど、何をするにもまずは仮称大和を引っ張り上げて欲しいんだけど」
「あはは……、奇遇だね。私もずっと、そうしてくれる人を待ち望んでるの」
「ずっと? ちょっと待ちなさい。あの娘どれだけ潜ってるの?」
「かれこれ……一時間くらい?」
「死んじゃうわよ!」
急いで飛び込む……、よりも手頃な潜水艦娘を連れて来た方が確実だろう。
今日の非番は……。
「潜水艦の娘って、ほぼ休みないじゃない!」
「そうなのよ! だから本当に困ってるのよねぇ」
「我が意を得たりみたいな顔をしない!」
「はい……」
お前も気づいた? っていう感じの表情を浮かべる夕張を叩く。
「どうすんのよ!」
「い、いや! 落ち着いて叢雲ちゃん! 十分おきくらいに発光信号でやり取りしてるから!」
「あ、ああ、そうなの?」
だから安全だと言う。
それなら……、良いのか?
「……。いや、ダメでしょ!」
仕方がないのでプールに飛び込む。
夕張をたたき込もうかとも思ったが、今日のどこか気怠げな感じからして、使えなさそうなのでやめておく。
「えいやっ!」
「あ! 叢雲ちゃん待って!」
頭から突っ込む。
夕張が何か言った気がするが、それどころではない。
普通に考えて一時間素潜りしてたら死ぬ。
もう手遅れかもしれないという考えが頭をよぎるが、とにかく潜る。
(何考えてんのよあの娘は!)
発光信号なんて、ライトを付けっ放しなだけかもしれない。
それが波に揺られてシグナルに見えるだけかもしれないのだ。
急がなければ危ない。
このプールの水深は四〇mある。
普段何の実験をしているのかは知らないが、かなり深い。
それからこのプールは円柱型だ。直径は十mしかない。加えて実験場自体が薄暗い事もあり、光が届かず底が見えない。
(ああ、坊ノ岬を思い出すってことは、当然底まで潜ってるって事なのかしら? 迷惑なやつね……!)
一応訓練学校時代に潜水を習得してはいるのでなんとか潜れてはいるが、それでもキツい。
時間にすると一分も経っていないだろうが、体感的にはかなりの時間を潜っている気がする。
(なんでこんなに深いのよ! ……あとどのくらい?!)
壁面に近づき表示を見ると二〇と書いてある。
ようやく半分か、つらいし、水の抵抗のせいか、身体が上手く動かない。
しかし、なんだか必要以上に仄暗い気がする。
こんなに、光というものは差し込まないものなのか? というか実験場なら、光ぐらいこうこうと付けておけと思う。
二五の表記が真横に見える。
寒くて震える。
水が冷たすぎる。温水にするよう申告しなければならない。
……いや、こんなプールには二度と入らないので必要ないか。
三〇の表記を横目に見る。
もう真っ暗だ。
一寸先が闇って感じがする。
怖い。
ここまで長々と来たせいで脚とかつりそうになる。
結構頑張ったのだが、仮称大和はなぜかまだ見えない。
この恥ずかしがり屋め、さっさと出てこい。
三五の表記、が見えない。
いや、いやいや。なにここ闇じゃん。
さすがに変だ、暗闇すぎる。
暗黒と言った方が適切か。
無理だ、一度上に戻ろう。
夕張に言って、ダイビング用の装備一式を借りよう。多分ここならそういうのもあるはずだ。
志半ばだが、自分はよく頑張った。
うん、戻ろう。
まだ潜る気がある事に、自身で驚きながらも体勢を一八〇度回転し頭を上にあげる。
瞬間、後ろ髪を掴まれる。
「がぼぁっ?!!」
不意を、意表を突かれ息を吐き出す。
誰だ、と思うもこんな事をするのは、この場ではただ一人だ。
こらこら、仮称大和。
殺すぞ貴様。
半ばブチ切れ、掴まれた髪の方を睨みつける。
仮称大和は、ここ最近スキンシップが過剰になっている。
その事に対し、私自身もなあなあに済ませているので、今のもついやり過ぎてしまったのだろう。
……やり過ぎたという意識があればいいのだが。
(は?)
睨んだ先には仮称大和がいるが、どうにもおかしい。
裸だ。
とはいえ、ここがプールだという事を鑑みるに、服を着ている自分よりかは正しいコーデだ。まあ着てないのだが。
髪が黒い。
大和という艦娘は、髪が明るい茶色になるはずだ、黒くはない。
しかしこれも、光が充分に届いていないこの場だからそう見えるだけか。
それから目の色が赤い。
充血か?
さらに肌が異様に白い。
寒いから?
見間違いだろうが、一般的な艦娘大和の像から逸脱している点が目立つ。
そして一番異なる点は。
「◼︎◼︎◼︎◼︎!」
水中で喋る事だ。
■ ■ ■
深海棲艦については、わかっている事の方が少ない。
突如として現れ、殺し、奪い、また殺す。
とても迷惑な通り魔だという事は判然としている。
それから犯行動機についても明らかにされていない事がわかっている。
「クソみたいな言葉遊びだ」
「わかっていない事がわかっているなど、オシャレな物言いをしているつもりか」
「こんな事を言い出した奴はある日突然、なぜか金玉が爆発四散すればいい」
とは艦娘のお淑やかな意見だ。
ただし、現場レベルではさらに進んだ理解がなされている。
内地にいては、到達し得ない情報だ。
各種深海棲艦の出現マップ。
地道な労働の結果、我々鎮守府、泊地、基地等は、彼奴らの行きつけの海をある程度把握する事ができている。
これにより、既知の海域に出撃する際は、ある程度敵情を予測し装備に方向性を持たせる事が可能となる。
だからか、準備が不足しがちな未知の海域の見知らぬ敵にぶつかると後手に回りやすい。
後手に、というかいっそ壊滅寸前にまで追い込まれると言った方が適切だ。
そのため観測隊や哨戒班などの消耗率は、それなりに高い。
吹雪哨戒班は、こういった現実に身を置くも、上手くやっている。
結成二年、欠員なし。
功績高く、信頼あり。
世界的に見ても、かなり優秀な哨戒班である。
だから叢雲は、こんなところで死ぬつもりはない。
「!!」
掴まれた髪を強く引かれる。
もはやこれが仮称大和でないことは明白だ。
では何かと言われると、深海棲艦だろう。
(なんで鎮守府のプールにいんのよこいつは!)
「◼︎◼︎◼︎◼︎!」
また何か言葉を発する。
叢雲にはそれを聞いている余裕はない。
どうせ「殺す」と叫んでいるのだろうとあたりをつけ、叢雲はげんなりとする。
ーーー付き合っていられない。
いられないが、相手には関係がない。
正体不明の深海棲艦は、髪を離し両手を広げ叢雲の腰に手を回す。
水中で身動きが取れず、また空気も吐き出しているため行動に精彩を欠き、良いようにされてしまう。
(冗談じゃ、ないわよ!)
ぱんっ、と軽い発砲音がなる。
音の出所は叢雲の手の中だ。
艦娘は出撃時以外での艤装着装を、法により固く禁じられている。
そのため自己防衛手段として、国防軍一般隊員と同様に拳銃を貸与されている。
それが唸った。
(当たらない!)
射出された弾丸は明後日の方向に跳び、壁にぶつかる。水の抵抗が大きかったのか、勢いがなく跳弾にはならなかった。
深海棲艦は発砲により距離を置いたものの、依然として叢雲を捕らえようとしている。
(息が……)
限界が近い。
叢雲は意識が遠のくのを感じ始める。
(……やまと)
名前のない深海棲艦が、叢雲の顔を冷たい手で無造作に掴み、その顔を近づける。
「◼︎◼︎◼︎◼︎」
(……)
「◼︎◼︎◼︎◼︎」
(……なによ)
「タ、ス、ケ、テ」
「!」
唐突に、どん、と大きな発砲音が鳴る。
撃たれた。と叢雲は思い、死を予感する。
しかし、待てども痛覚は刺激されない。
(木っ端微塵にでもされたのかしら……?)
痛覚の限界を超えるだけの損傷をしたのかと冷や汗をかく叢雲。
「叢雲さん!」
どこからか、誰かの声が反響する。
「今、お助け致します!」
幻聴だろうか、と思いながら意識が沈んでいく叢雲は、何者かの腕に抱かれる。
どん、と再び大きな音が鳴る。
今度は叢雲の傍で。
そして叢雲はその身体が急速に浮上していくのを感じていた。
叢雲を抱きとめるその腕は、深海棲艦とは違い、あたたかいものだった。
お久しぶりです。
なんとか3月中に作れました。
本当はもっと長くなる予定だったんですけど半分の分量になりました。
文章作るのサボったからです。てへぺろ