艦これーさざんかのようにー   作:アテネガネ

4 / 9
第4話

 初めて見る景色に、懐かしさを感じるのは何故だろう。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 穏やかな風が吹き抜け、髪を撫でる。

 生臭さが吐き気を覚えさせる。

 音も無い静けさに、身を委ねる。

 踏みつけた赤に鳥肌が立つ。

 

 生きている者は私だけ。

 多分みんな死んでいる。

 

「何でこんなところに……」

 

 一歩進むごとに何かを潰す感触があり、恐怖する。

 しかし、立ち止まる事もなぜかできない。

 

「夢かしら?」

 

 夢にしては鮮明な光景だ。

 目が焼けるかと思う程の夕焼け。

 風に揺れる木々。

 地を這う影。

 

 だが、現実と言うには何か物足りない。

 

「……この足はどこに向かってるのかしら」

 

 両足は、自我と分断されているかのように歩みを進める。

 

 風景に見覚えはない、荒廃としている。

 ここは現実には存在しない場所なのかもしれない。

 

「困ったわね、早く帰らなくちゃいけないのに」

 

 歩き、踏みつけ、避けて、やっぱり踏みつける。

 私の足跡は赤く色づいている。

 

 足がちくりと痛む、よく見ると裸足であった。

 それならばこの足跡が、踏みつけたものを押し付けているのか、私の皮膚が破れて漏れ出したために付いているのか判別がつかなくなってしまった。

 いや、つかなくていいのかもしれない。

 

 景色は流れる。

 しかしどこまで歩いても街に生気はない。

 湿気を含んだ空気は気持ちが悪く、静寂がそれを後押ししている。

 空は紅緋に染まり美しく見えるが、その色彩のため地面との境界を失っている。

 建造物は内外の仕切りを失い、文明の退廃を促している。

 ひどい場所だ。

 

 そうしていくらか歩いたところで、一つの建物の前で立ち止まった。

 

「……対■■■■作戦立案室?」

 

 文字は潰されていて、いくつか読めない箇所がある。

 その建物は、建物と言うよりかはただの部屋に見える。道路に面したこの場所よりも、廊下に位置していた方が不思議はない。

 そして不可思議なことに、この部屋だけはかつての(といってもそのかつてを私は知らないのだが)雰囲気を損なってはいなかった。

 

「入れって事なのかしら」

 

 両足は未だ動かず、私が扉を開けるのを待っているかのようだ。

 まるで急かしているかのように無言を貫くその足に、とても耐えきれなかった。

 

「……ただの部屋ね、安心したわ」

「ここは血を見た事のない人しかいなかった場所なの」

「!」

 

 取っ手を掴み、えいやと開ける。部屋は至ってシンプルでただの会議室のようだった。

 中は血塗れで凄惨な様相かと思ったが、心底安堵する。

 

 部屋の中央まで勝手に進む。そして安心も束の間、背後から何者かに声をかけられた。

 振り向こうとするも、足に阻まれる。

 

「あんた誰? なんでこんなとこにいんのよ?」

「ここは作戦立案室よ。度重なる侵略に頭を悩ませる者が詰め寄る場所なの」

「そんな事は聞いていないんだけど」

「そして、積み重ねた努力が花を咲かせた場所」

「え?」

 

 目の前には、いつの間にか白板が設置されていた。そしてそこには、扉同様掠れた文字でこう書かれている。

 

「『人型艦艇兵器の作製について』」

「そう、人類はついに安全な兵器を手にする段階に至ったの」

「こんなしみったれた場所で計画されてたのね」

「彼らはこれまでの兵器とは次元を画する存在に浮き足立ったわ」

「……」

「そして生まれたのが、艦娘と呼ばれる化け物よ」

「化け物ですって?」

 

 艦娘の誕生は、戦争に押し負けていた人類が捻り出した希望の産物だ。化け物と呼ばれるいわれはない。

 

「あんたが誰だか知らないけど、失礼じゃない?」

「神と悪魔の違いは何かしら? 希望を与えるのが神? 恐怖を与えるのが悪魔? では、希望と恐怖をそれ足らしめる条件は何かしら?」

「なによ……、話通じないわね」

「人は願ったの、仲間の敵討ちを、人類の復興を、過去の栄光を」

「……」

「艦娘はそれに応えたわ。過剰なくらいに」

「……」

「でもそれじゃあ足りなくなったの」

「足りない?」

「人は熱望したの、敵に報復を、侵略を、惨殺を」

「……何か文句あんの? 訳もなく殺されたのよ、そりゃやり返したいでしょ」

 

 何を言いたいのだろうか、わからない。

 

「願った結果、与えたわ。それが希望なのか恐怖なのか、私にはわからないけれども」

「そりゃあ気前が良いわね」

「全てのものに本質を与えるのは人間よ。私たちは、その存在に意味を見出したりはしないもの」

「あっそ、ところで私も願い事があるんだけど」

「でも、そんな私たちでも区別はするの。心のある者は、人間とそれ以外に。そしてそれ以外は全てこう呼ぶの」

「ここから出して欲しいんだけど」

「化け物」

 

 ばたん、と扉が閉まり鍵が掛かる。

 

「神も悪魔も同じ存在よ。それなのに人は二つに分けたの。おかしいわね、どちらも同じ事をしてるのに」

「全然違うじゃない。なんで自分を害する奴を崇めると思ったのよ、良い事する方を重宝するに決まってんじゃない」

「私たちは、ただ与えるだけ。それに本質を与えるのは人間よ」

「さっきも聞いたわよ」

「ナぜ? なぜ二分するの? なぜ悪魔ト呼ぶの?」

「……どうしたのよ」

「ワタシがナにをしたというノ?」

「ちょっと……」

「なゼ? もとハひとツのそンザイいナのに、ナゼ……!」

「あんた、もしかして」

 

 言っている事がめちゃくちゃだ。道理がない。そしてこの独特な話し方は。

 

「モトハヒトツナノニ!」

「やっぱり、くそっ動け……!」

 

 深海棲艦で間違いないのだろう。

 丸腰で勝てる相手ではない、逃げなくてはいけない。

 しかし足を動かそうとするもやはり無反応だ。

 

「タスケテ!」

「……!」

「ワタシヲ、アイシテ……」

 

 視界がぼやける。

 まるでブラウン管の砂嵐だ。

 

 最後にかろうじて見えたその部屋は、血塗れで凄惨な様相に変わっていた。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「夕張、重いわよ」

「叢雲ちゃん?!」

 

 目が醒める。

 腹の上に夕張が陣取っていた。

 

「重いわよ」

「え、二回も言うの?」

「仮称大和は?」

「ここに居ます」

 

 ここは、そう工廠第三実験場第三プール前だろうか。ん? 私はなぜこんな場所に寝転がっているのだろう。

 

「私なんで寝てるの?」

「一時的な記憶の混乱ね。大丈夫、すぐに思い出すと思うわ」

「記憶の、混乱……」

「何を見ましたか?」

「ちょ、大和ちゃん。今記憶の混乱って言ったじゃない、無理させないで」

「このプールで、夢で、何と会いましたか?」

「なに、と……?」

 

 聞かれても困る、靄がかかったように思い出せないのだ。

 とても大事な話をしていたような気がしないでもない。

 

「さっぱり思い出せないわ。悪いわね、病み上がりだから身体が無理したくないって言ってるわ」

「とにかく! 医務室に行きましょう。さ、歩ける? というかまずはちゃんと服を着ないとね」

「あら? 私全裸じゃない。二人してナニしてたのよ」

 

 まさか大変な事をされていたのではなかろうか、むむ、困った。

 こんな所で襲われるとは思いもしなかった。

 

「違うわよ! ええっと、簡単に言うとプールに素潜りしたから脱がしたのよ」

「……ますます不明ね」

 

 私は何を思って素潜りを……。

 寝る前の私は海女さんでも目指してたのか。

 

「……叢雲さん」

「何よ、覚えてないわよ」

 

 しつこいな仮称大和は、何か気になるのだろうか?

 

「……いえ、風邪をひきますから私に包まれてください」

 

 違った。

 でかい寝言だったみたいだ。

 

「ちょうどよかったわ、ここ工廠だから頭診てもらいなさいな」

「なぜですか? 風邪をひいてしまいますよ?」

「何に疑問を感じてるのかわからなくて恐怖を覚えるわ。話が通じないって怖いわね……」

「怖いのなら添い寝も検討します」

「肌身離さず逃さないつもりね?」

「雪山で遭難した時は、裸で抱き合うと良いと聞きます」

「夕張、暖房つけて」

「文明に頼り切ると、いざという時に己の能力を存分に発揮できなくなりますよ?」

「助けて夕張!」

 

 こいつまじか、何が何でも接触を諦めないとは。頑張りすぎ。

 

「はあ、もうこれ着て。ほら行くわよ」

「釈然としないわね、私が呆れられてるわ」

「そんな夫婦漫才見せられたら鬱屈するわよ」

「あんたも愛人枠で参加していいのよ?」

「不名誉すぎない?」

「そんな、叢雲さん不潔です!」

「残念な報告になるけれど、別にあんたも元から正妻ってわけじゃないからね?」

「え……」

「ショックを受けるな」

「私とは遊びだったと言うのですか?」

「真顔で聞いてこないで」

「私の46cm砲では満足しなかったのですか?」

「私には規格外すぎるわね」

「あんなに火を吹いていたのに……!」

「大破しちゃうわよ」

「では模擬弾でお遊びしませんか?」

「発言が下品すぎるのよ!」

 

 おかしい、仮称大和はこんな奴だったろうか? こんなクリティカルに下ネタ食い込ませてくるとは、何か心境に変化でもあったのだろうか。

 

「……えー? 二人ともそんなに仲良しだったっけ?」

「よく覚えていないわね」

「記憶が混乱しているそうですよ叢雲さん」

「やかましいわ」

「まあいいか、じゃあさっさと医務室行きましょ」

 

 ついに連行される。

 どうでもいいが、以前深雪に「お前といると行動が阻害される」と言われた事がある。

 その時は結構な物言いだと憤慨したものだが、まあ確かに無駄な所作が多い気はする。

 

「もっとスマートになりたいわね」

「これ以上痩せると死ぬわよ叢雲ちゃん」

「いま以上にあばらとかが浮いてしまうと、目のやり場に困ります」

「痩せるとかじゃなくって、あとあばらとか見るな」

 

 好きで骨格を披露しているわけではない。

 勝手に主張してくるのだ、こいつらは。

 

「しかし私は良いと思います。一般に艦娘『叢雲』の良さは、そのあばらとストッキングにあると聞きます。つまり骨格の自己主張は正当な『叢雲』の証です」

「その二点に正当性なんてないと思うんだけどなぁ……」

「私の身体つきは置くとして、タイツは夕張の罪よ」

「ええー……、私なの? というか罪って何よ」

「夏場クソ暑いのよこれ」

「あ、私もそう思うよ」

「同調するな」

「でも、『私』がその制服をあつらえたわけではないしねー」

「知らないわよ、知ってるんだからね? 『叢雲』の制服は『夕張』が作ったってこと」

「知らないのか知っているのか、お忙しい方ですね叢雲さん」

「うるさい」

 

 ほらこれだ。

 すぐに話が逸れてしまう。

 

「そうじゃなくて、私が言ってるスマートっいうのは、そうね……。あ、大和撫子目指したいってことよ!」

「すぐ無理を言うんだから」

「あら?」

「スキルを習得するには、原石を有していなければならないのですよ叢雲さん」

「追い討ち?」

 

 そんなに向いていないのか大和撫子。

 ちょっとショックだ。

 仮とはいえ大和に言われるとなると、もう望みは絶たれたのと同然ではなかろうか。

 

「それに、そんなものを目指す必要はないのでは?」

「どういう意味よ?」

「今のままが素敵ですよ。叢雲さん」

「はあ、そう。ありがと」

「すぐイチャコラするんだから」

 

 またも夕張に呆れられ、医務室を目指す。

 目指すのだが仮称大和はやけに距離が近い。

 脚が絡まって転びそうなほどだ。

 

「叢雲さん」

 

 と、私にしか聞こえないほど小さな声で、仮称大和は呼びかける。

 

「何よ、エロいこと言いたいならあとにしてよね」

 

 私も小声で返す。

 我ながら律儀な奴だ。

 しかしこういう事を出来てこそ、大和撫子はなるのだと思う。ローマは一日にしてならずというやつだ。

 

「ふふ、それも素敵ですね」

 

 なに、違うのか。ではいったい?

 

「作戦立案室のあの娘は、元気にしていましたか?」

 

 記憶が戻ってくるのを感じた。

 

 

 

  ■ ■ ■

 

 

 

 艦娘とは何者かと尋ねれば、普通の人は軍神だと答えるだろう。

 もしくはアイドル的役割を投影する者もいるはずだ。その成り立ちゆえに偶像主義なところも、まああるから。

 

 鎮守府や委員会的には、そのどちらもが正解である。

 それは人工神霊構築計画の考えに則っているからだ。神やそれに近しい高潔な存在だと不特定多数に認められる事は、艦娘をより強くする。

 

 だから、あの夢の女の「艦娘という化け物」発言はタブーだ。

 まあ奴は深海棲艦なのでイメージ戦略としては正解なのだろう。ただそれを現職の艦娘に行なって何の意味があるのか、と思わなくもない。

 内部崩壊でも狙っているのか? もしそうならば幼くして入隊した私には効果は薄い。今更艦娘や鎮守府に不信感を抱くとか抱かないとか、そういう段階にはいない。

 

 怪しさ満点だけど、まあいっか。

 そんな心持ちで過ごしている。

 

 つまり奴のプロパガンダは大失敗だ。

 きっと吹雪や磯波みたいなピュアガールには突き刺さるだろうが、私には少し手遅れだ。

 

「あんたは艦娘って何者だと思う?」

「あら? 難しい事聞くのね?」

 

 話し相手は長門型戦艦二番艦「陸奥」だ。あらあら十八禁系おねーさんである。

 今日はなぜか医務室で白衣を着ている。エロい。

 

 なんでも出撃がなくて暇だからバイトをしているらしい。艦娘に副業が認められているとは知らなかった。

 

「そうねえ、私は役者だと思ってるわ」

「役者?」

 

 なかなか独特な答えが返ってきてしまった。

 そのこころはいったい?

 

「そうよ、みんな私たちににいろんな事を望んでいるでしょ? それに応えるために自分を変える必要があると思うの」

「変える、ねえ。私そんな事した事ないわよ?」

「貴女はまだ若いから、そのありよう自体が望まれているのよ」

「ふーん、駆逐はわちゃわちゃ頑張ってるのが目の保養って感じかしら?」

「ふふ、有り体に言えばそうかしら?」

 

 そうなのか、なんだか舐められている気がしないでもないが、普通にしていればいいなら楽な役回りだ。

 

「じゃあ戦艦は? 白衣着てコスプレするのが役割ってわけじゃないでしょ?」

「戦艦に求められているのは圧倒的な暴力よ」

「物騒な奴らね」

「どれだけ悪い流れでも、その砲の一撃で全てを好転させる。……一種のカタルシスね」

「なるほど、スカッとしたいって事ね」

「あとは大物感かしら?」

「突然ふわっとしたわね」

「どっしり構えてた方が、頼りになるでしょ?」

「まあ、確かにね」

 

 なんだかそれっぽい事を説明してもらったが、聞いている限り独特な意見というわけではなさそうだ。

 

「でもそれって、みんな自然とできてないかしら? 誰も演じてる様には見えないんだけど」

「今のはつまり、見た目の話ね」

「見た目」

「確かに、艦としての振る舞いは自然とできてる娘が多い印象ね。でもそれは当然なの、艦娘の適正審査あるでしょ? そこでどんな艦種に向いてる性格か、っていうのも見てるそうだから」

「なるほど」

「意識して変えなくちゃいけないのは、見た目でも性格でもなくて考え方よ」

「考え方? いきなり息苦しくなったわね」

 

 品位を保つために高尚な思考でいろ。という話なのだろうか?

 

「例えば戦艦『長門』は、その真っ直ぐな性格に即した考え方が必要よね」

「んー?」

「方向性の話よ。真っ直ぐ悪い話されちゃ困っちゃうでしょ?」

「そりゃまあ困るわね」

「横鎮の長門は元から素直な女の子だったけど、ちょっと不真面目だったわ」

「へー、意外ね。想像つかないわ」

「矯正したのよ、『長門』に相応しくなるために」

 

 どれだけ自分を我慢できるか、という事か、やはり息が詰まる。

 

「……面倒じゃないの?」

「その窮屈さが、『役者』って事よ。艦娘は人々からそうあるべきだと望まれたのなら、そうあるべきなのよ」

 

 こちらの意思は考慮してもらえないの、と陸奥は言う。

 

「もしかして艦娘が神たる由縁って、そういうところから来るのかしら?」

「そうね、全ての神は望まれて誕生してるわ。望み通りにならない神は神ではないし、誰も必要としないもの」

「どっちが神だかわかんないわね」

「全てのものには、観測するべき存在が必要なのよ」

 

 また難しい事を言う。

 

「ところで、どうして突然そんなセンシティブな話をするのかしら。悩み事でもあるの?」

「……悩み事、そうね。あるわ」

「あら、じゃあお姉さんに相談してもいいのよ?」

 

 そう言い顔をぐっと近づけてくる。

 あー、これは青少年なら一撃で死に絶えそうな一撃だ。なるほどこれが戦艦の役割か。

 

「事の発端は私のおっぱいが小さいところから始まるわ」

「出発点の割に随分と壮大なスケールになったわね」

「それは私のおっぱいが小さいって言ってるの?」

「あらあら」

「……便利な返事ね」

 

 私も習得しようかしら、と思いながら叢雲は雑談に興じ始めた。




何とか書けました。書いて消してとか繰り返してたらこんなに日が空いちゃいました。次がいつになるかわかりませんがまあ多分、八月くらいには、うん。頑張ります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。