私は全てを伝えられなかった。
■ ■ ■
ヒトロクマルマル、つまり午後四時。いい加減寝ているのも飽きてきた。
とはいえ結局寝てはいないのだが、二時間はここに留まっていたのでそろそろお暇する。
陸奥と大人な話で盛り上がったので大満足だ。
というかずっと活動的だったので、なぜここに押し込まれているのか不明な状況であった。
気絶したから安静にしててね、と夕張から口酸っぱく言われていた様な気がする。
まあいいか。
バイト中の陸奥に別れを告げ医務室を出る。雑談しているだけでも時給が発生する素敵なバイトだ、今度自分にも紹介してほしい。
「はあ、また工廠に行かなきゃ」
何度も同じ場所に向かうのは億劫だ。
徒労感がすごい。
しかし、聞かなければならない事がたくさんある。
と思った矢先。
「……あんたからこっちに来たのね」
「ええ、何度も御足労いただくのは失礼かと思いまして」
「殊勝な心がけね、感心するわ」
仮称大和、会いに行こうとしたら迎えに来た。
しかしこちらが流れを作って話を聞き出そうと画策していた手前、そのプランをぶち壊す様な真似はよしてほしい。
「あの娘は深海棲艦ではありませんよ」
「……は?」
「あの娘はもともとは艦娘として建造された娘です」
「なによ、突然嘘つくんじゃないわよ」
突然のカミングアウトに戸惑う。
あの女が艦娘とは、冗談がきつい。
「あら、私とした事が……、叢雲さんにこんなところで立ち話をさせてしまうだなんて。どこか落ち着ける場所に移りましょうか」
どこに行ったってこれからするであろう話じゃ落ち着けないとは思うが、場所を整えると言うのなら従ってやろう。
「大和撫子なら余裕の二、三見せつけてこそよね」
「気概を口にした時点でダメです」
「見逃しなさいよ」
「では、参りましょうか」
本当に見逃された。
突っかかっているのにこんな対応をされると悔しい。
鎮守府には様々な施設がひしめいている。
軍事施設はもちろんのこと、商業施設や娯楽施設など雑多だ。
これは幼くして軍属になった艦娘が、世間からズレないよう俗世のあれやこれを知っていくための処置である。
と言うのが建前で、本当はただ単に家から出ずにショッピングを楽しみたかったりする。
ちなみにこれら施設は一般公開している区画にある。公開理由は市民に軍を身近に感じてもらい、安心できる組織だと認めてもらうため……であるがやっぱり建前だ。
軍だけいい施設整えていると悪目立ちしてしまう。
あとショッピング楽しい。
「……結構良い店入るのね」
仮称大和に連れられて入ったのは、一応一般市民も使える店舗だが、一見さんお断りであり矛盾とガチンコしてる料亭だ。
「あんた何でこんな所入れるのよ?」
「大和の顔は便利ですね」
「虚偽を申告したのね」
艦娘は同じ名前の艦なら、なぜか大体同じ顔をしているのだ。
仮称大和はそれを悪用したらしい。
顔パスも無断複製の時代か。
「段々と人間臭くなって来たわねあんた。ちょっと前はおどおどしてるのが似合ってたのに、今じゃ悪女ね」
「したたか、とおっしゃってください」
「短期間でよくもまあ、言うようになったのね」
一体何の影響か、仮称大和は性格の変化が激しい。
そして私達二人は和装のよく似合う美人の店員に連れられ、通された席に着き顔を付き合わす。
「では、本題に入りたいと思います」
「待ってたわ」
「あの娘は深海棲艦ではありません」
「待ってほしいわ」
「まだ出だしなのですが……」
「最大のポイントだと思うんだけど」
出だしからこれでこの対応という事は、もっとすごい爆弾を持っているのかこいつは。
「追々そのお話も致します」
「……まあ、そう言うなら今はスルーしてやるわよ」
本当はぶん殴ってでも聞き出したいが、駆逐と戦艦じゃ地力が違うので軽くあしらわれておしまいだろう。
悔しいが、断腸の思いで我慢する。
「そして私はヒトではありません」
「それは……、そうね気が付いていたわよさすがに」
これは私だけでなく、鎮守府の者全員が気付いている事だろう。驚きはない。
ただ、なぜ今その話をするのか、一応仮称大和が人間かどうかは鎮守府・委員会では審議中との回答がマニュアルとなっている。
上がわざわざ保留している話をなぜ混ぜっかえすのか。
「ヒトではないなら、一体私は何だと思いますか?」
「さあ、わからないわね。サルには見えないけど」
「私は深海棲艦です」
とんでもないことを言い出す奴だ。
さすがに鵜呑みにできない。
あのやばい女が艦娘でこいつが深海棲艦? わけがわからない。
そもそもこんな所で自分は敵ですと公言されても挨拶に困る。殺してほしいのだろうか?
「あんたわかってないかもしれないけど、私も一応軍人だから、敵が居たらそれなりの対処はするし、こう見えて真面目ちゃんだから刺し違える覚悟って言うのも持ち合わせてんのよ?」
「ええ、存じております」
「余裕そうね。腹立つわ」
仮称大和はにこりと微笑み私を見つめる。
やめてほしい、やりづらい。
「そう言っても、理性を失わずに私の話を聞いてくださる叢雲さんはお優しいですね」
「私を獣か何かと勘違いしてんのかしら?」
「過去の防衛軍は、私を殺そうとしました」
「防衛軍ですって?」
防衛軍は、様々な制約の多い自衛隊に変わり深海棲艦と戦うべく設立された組織だ。ややあって自衛隊と併合され国防軍になった。
して、そうなるとその過去とは大分と以前の話になる。
「ああー、何か全然わからないわね。私頭良くないのよ、小出しにせずにもっと簡潔に言ってくれる?」
「……私は防衛軍が捕らえた深海棲艦の表皮を剥ぎ落とし、人間の皮を被せられて造られた存在です。しかし期待した結果を出す事が出来なかったので処分される運びになりました」
「……えぇ?」
スリムに言ったつもりなのだろうが結局わからない。
「ん? それってつまり、ヒトじゃないけど完全な深海棲艦でもないってことじゃない……? 随分中途半端な奴なのねあんた」
「いえ、私は深海棲艦です。……それと人間でないとお気づきなら、深海棲艦だと予測されていると思っていたのですが」
「ああ、なんて言うか……、妖精とかと同類かと思ってた」
「そうですか」
お前察し悪いな、みたいな顔で見ないでほしい。知るかそんなこと。
「ねえ、それってつまり……、偉い人はあんたの正体を知ってるってことよね?」
「はい、存じているかと」
「ふざけんじゃないわよ。そしたらあんたと密会してる私の立場が危ういじゃない!」
「ここで保身に走るんですか……」
「当たり前でしょ。世界で一番可愛い私の身が危うくなるじゃない」
「私がお護りいたします」
「より悪化する」
まあ冗談は置いておくとしても、ここで仮称大和と会っていることは上層部には筒抜けだろう。
普通にまずいのではないか?
「とは言え御安心下さい。人は密会にしてしまうから後ろめたさを感じてしまうのです」
「まあ、そうかしら?」
「なので叢雲さんと密室で二人きりになることは、すでに報告済みです」
「手が早いわね」
根回しまで覚えたのかこの娘。
しかし、本当に人間臭くなったものだ、だが、だからこそ深海棲艦だと言う発言は信じ難い。
「『人間臭くなった』と、感じるならば、それは私が人ではないことの裏返しでしょう」
「あー言えばこー言うわね」
むむ、悔しい。
口が達者だ。
「まあいいわ、仮称大和撫子の私はそんなみみっちいこと機銃でなかったことにするから」
「残党は私にお任せください」
「焼け野原でも作るつもり?」
「過去に作りました」
「……?」
突然言われたから、なんだかわからなかったが話を元に戻したらしい。
急転直下に流れを変えるのはやめてほしい。
「私は過去、建造に失敗したと判断されました。そして先ほども申した通り、結果を残せず処分される運びとなりました。私はその事を知ってしまい逃げ出したのです」
「……その時に放火でもしたの?」
「全てが憎く思えたのです。なので焼き払いました」
建造に失敗して大和が出て来るイージーな世界なんて存在するのか? いや、違うのか、建造をしたら誤って深海棲艦が誕生したのだろう。
この大和の話を推測するにそういう事になる。
しかし、建造で深海棲艦が? 聞いたこともない。
「その辺りもちゃんと話しなさいよ」
ええ、もちろん。と大和は答えたが、この調子では真相に触れる前に日付が変わってしまいそうだ。話をまぜっかえすのは少し控えよう。
「当時は現在よりも世間の、いえ世界の空気が張り詰めていたように思います。敵のことは一切が分からず、人は死に、食べるにも困り、眠ることすら安息にはならない……、常に一寸前よりも悪くなる世界に生きていました。それに加え、現勢の防衛軍は結果を出せないときます。嫌われていたのです防衛軍は」
防衛軍について、艦娘が特別に知っていることは少ない。と言うのも防衛軍が存在していた期間はそう長くはなく、単に秘密にするような成果や悪行がなかったためだ。
たった今、それが勘違いになりそうな雰囲気だが。
「嫌われる、という状況は非常に気持ちの悪いものです。そうなってしまうと取れる行動も限られます。開き直って完全に対立するか、……迎合されるために身を売るかです」
「その感じだと後者なのね」
「重要なのは何に身を売ったかなのです」
少しずつだがわかってきた。切羽詰まった防衛軍は、国家国民に認めてもらう方法を模索していったのだろう。そこで様々な研究を重ね、あの「部屋」で艦娘を構想するに至ったのだ。
そしてその過程で、大和の言う失敗が起こったのだろう。
では身売りとは? おそらく非人道的な犠牲を払ったことの比喩だろう、深海棲艦をどうにか捕らえ、人とつなぎ合わせた。悪魔に魂を、といったやつだ。
「防衛軍は深海棲艦と取引をしたのです」
「え?」
「人の世界に存在するものでは勝機がない。そう判断を下した防衛軍は深海棲艦にアポイントメントを取りました。人が無理ならば、人外に頼る。発想の転換です」
「なによそれ、無茶苦茶じゃない…」
「ええ、そうです。叢雲さん、あなた方艦娘という存在は無茶の上に成り立っています」
そう告げる大和の顔には、怒りとも呆れともつかない影が差していた。その表情に面を喰らった私は、大和に嫌われたのではないかと、肌に付きまとうような居心地の悪さを感じた。
■ ■ ■
ヒトナナマルマル、午後五時。場所は変わらず。
■ ■ ■
「では、休憩にしましょう」
「……」
大和はそう言い呼び鈴を鳴らした。呼び鈴、と言ってもファミレスに有るようなものではなく、本当に鈴だ。鈴を鳴らした。
こんな鈴を鳴らす人間は見たことがないし、大和に至っては人ですらない(らしい)ので、有り体に言ってしまえば化け物が鈴を鳴らしたことになる。
おそらく人類史上初、化け物が鈴を鳴らした場面に遭遇したことになる。
ちょっと嬉しい。
「もう少し、歯に衣を着せて喋っていただけると……」
「あら、漏れてた?」
はい、と大和。漏れていたらしい。
失禁あり、と言った感じだ。
「知ってるかしら? 尿失禁には、実は種類があるのよ」
「存じております」
存じるな、手加減をしろ。
「私の好みは溢流性尿失禁です」
「……なんで私の上をいく」
「叢雲さんの前立腺が大変な事になられた際はお任せください」
「お任せさせるか」
何の申し込みだ、そもそも前立腺肥大に私はならない。
「大病を克服なされているのですね」
「前立腺なんて付いてない」
溢流性尿失禁とは、前立腺が大きくなってしまい尿道を塞ぐことで起こる失禁だ。尿道が塞がれるということは、尿が出て行けないということだが、しかし無残にも尿は新たに生成される。膀胱をパンパンに膨れ上がらせるに至った尿は、是が非でも外に出たい……。
そんな想いを募らせた尿が、溢流性尿失禁である。
「間違っているようで、……いえ、ううん」
「何よ、ちゃんと正しいこと言ってんでしょ?」
まあ失禁の話なんてどうでもいい。今重要な事は呼び鈴だ。手を振って鳴らすタイプの呼び鈴だ。
「ねえ、何でそれ私に振らせてくれなかったの?」
「え? 使いたかったのですか?」
「当然じゃないそんなおもしろグッズ、爆音鳴らせてやるわよ」
「ダメです」
ダメなのか、しかし見れば見るほど鳴らしたい。魔性の、なんか、アレだ。良さがある。
「地の文が適当になっているじゃないですか……」
「魔性のせいよ」
「言いたいだけでは?」
ところで店員が来ない。こういう所は呼べばすぐ来るイメージがあったのだが……、ここに来る途中で事故にでも遭ったのだろうか?
「ここに来る途中で事故に遭うとは、災難が過ぎませんか?」
「事故なんてみんなそんなもんよ」
まあ私は事故の何たるかなんて知らないけど。
「事故と言えば、私とあんたの出会いも事故みたいなものだったわよね。衝突事故よね」
「……ええ、そう言われてしまえば、そうですが」
「ん? 不満がありそうな面ね」
「いえ……、いえ、確かにそうかもしれませんね。運命の出会いとは、事故のようなものかもしれませんね」
「は?」
「えっ、ここで威圧されてしまうのですか?」
「たった独りで惚気るとか怖」
「叢雲さんと常に二人でいる計算だったのですが」
「私を巻き込むな」
「事故ですね」
やかましい。自損でも起こしておけ。
なんて話しているところで店員が到着した。
店員、というかここだと仲居さんと言うのが相応しい装いだ。撫子感ある。
「おや叢雲さん、まだ諦めていなかったのですか?」
「史上最悪に私を傷つける疑問をぶつけるな」
「すみません、頼んでいました料理をお願いします」
「シカト? シカトを決め込むの?」
仲居さんは注文を聞くと、そそくさと部屋を出て行ってしまう。
そりゃそうか、まさか世間話をしに来たのではないのだから。まあ実は私もそうなのだが。
「山茶花、と言う花をご存知ですか?」
「さざんか?」
無視をしたと思ったら突然なんだ、色んな話をするな、情緒不安定か。
「ええ、山茶花です」
「あー、悪いわね。あんたは知らないだろうけど、今の大和撫子は『軍艦道』か『戦車道』を歩むのがハイカラなのよ」
「そうだったのですか」
信じるなよこの超弩級、嘘がつきにくくなるでしょうが。
そもそも軍艦道なんて言ったら駆逐は軒並み歩めていない。菊花紋章なんて、飾っていないのだから。
「で? さざんかがどうかしたの? 名前くらいなら風のうわさで聞いたことあるわよ」
「叢雲さん、貴女たちの生き様は山茶花に似ています」
貴女たち、とはおそらく「吹雪哨戒隊」のことだろうと、何となく感じた。
「……ふーんそう。そのさざんかとやらは、さぞかし綺麗に咲くんでしょうね」
さざんかがどんな花なのか、残念ながら本当に知らない私なのだが、花に例えられるのは素直に嬉しく思う。
花を見たときに感じる思いは、きっと誰しもが同じだろう。
花を綺麗と思うのは、なぜなのだろうか。
「バラバラに散ります」
「あ?」
「……威圧」
感動を返せ、生き様って散り際の話か。面食らった。
「私が言うのもなんだけど、結構な物言いね」
「悪い意味じゃありませんよ」
「…飛躍したとらえ方ね。そんな思慮深い脳みそ、拵えてないわよ私」
「全てを出し尽くしているのです。貴女たちは、惜しむことをしない。仲間のために、見知らぬ誰かのために、そして愛する人のために。その手を大きく開き、差し伸べ、手を取った者に心をひらりひらりと遺していく……。そしてその心は曲がることなく、謙虚に、ひたむきに進む。……そんな姿は」
さざんかのよう。
仮称大和はそう言った。
■ ■ ■
突然告げられた話だが実感はわかない。そもそもこの女にそんな良いように評価されるほど、私という人間を教えてやったつもりはない。
でも、こいつに褒められたのは何となく嬉しい。
「ですので叢雲さんは『撫子』を目指す必要なんてないのですよ」
「まあ、花を目指してんじゃなくて、あり方の話をしたんだけどね」
あり方、というと陸奥の話が思い出される。そうか、こいつが求める「私」とは、そういうものなのか。
「人にはそれぞれ、相応しい生き方というものがあるのです。無理をして他人になろうとしないでください」
「なによ、勝手に人の向上心へし折ろうとすんじゃないわよ……」
「人は、その人にしかなれないのです。……あの娘の話をそろそろしたいと思います」
ヒトであるあの娘の話です。と続ける大和。
「ですがあの娘の成り立ちと共に、しておくべき話があります」
「ふーん……」
「防衛軍の罪です」
「さっき話したじゃない」
「その全容を、と思いまして」
全容を、とはまた気の遠くなりそうな感じだ。いったい何時間こいつに拘束されるのだろうか。
「防衛軍はその短命な経歴から忘れられがちですが、人類で初めて深海棲艦に勝利した組織です」
「一般には誤認されてるわね」
防衛軍はすぐ自衛隊と併合されたため、その組織の存在を知らない者までいる。そのため人類で初めて深海棲艦を完全に撃破した者が、防衛軍所属と認知されていない事がある。
まあ、一般人にはそんなことはどうでもいいのだと思うが。
「それがどのようになされたのか、お話しします」
ぴんと、空気が張り詰めたような気がする。
「人類が深海棲艦と初めて接触した日は、誰にもわかりません。それは深海棲艦が進化を繰り返し成長する存在だからです」
「あー、何だったかしら? 段々とヒトガタになったって聞いたわね」
「そうです。初期の深海棲艦というものは、微生物の様な物でした。そしてその微生物型の深海棲艦は、未だに存在しています」
「あら、そうなの」
「深海棲艦は進化の過程を消滅させず、保存しているのです」
「まあ確かに、鬼や姫がいるのにその下位の敵もいるものね」
じゃあそういう「原始の深海棲艦」がいてもおかしくはないか。
「防衛軍は、たまたまこの存在に気がつき、捉えたのです。そしてその一部を、ヒトに埋め込みました」
「……」
「その所業は、なるほど納得のいくものです。なにせ困窮していたのですからね、そこで未知の敵を捉えたのです、存分な成果となるでしょう。加えてそれを兵器として活用できる手段を見出したのです」
「……そうね、その通りね。私は当時の防衛軍を悪いとは言えないわね」
そう、私たちはその行いを悪と断じることはできない。先ほどこいつが言った通り、私たち艦娘は防衛軍がその過去に何を抱えていようとも、防衛軍の上に成り立っている。
悪であると突き放してはいけない。それはつまり私が審判を下せる立場になく、裁かれる方に位置しているからだ。
「私たち今の勢力が何と主張しようと、あんたにとっては糞くらえってことなのね」
仮称大和はこの問いにうんともすんとも返さなかった。
「……この時に生み出された娘こそ、吹雪さんたちが遭遇したあの娘であり、叢雲さん、あなたがプールで、夢で見た女の子です」
あの仮称戦艦棲姫は素体が完全にヒトだから、人間だと主張されるのか。言ってはなんだから言わないが、それはつまり深海棲艦と変わりないのではないか。
とはいえアイデンティティの問題はデリケートだ、本人の言を聞かなければ判断は結局できそうもない。
「彼女は当時完成された存在でした。『制服』という概念がないにも関わらず、現在の艦娘にも遜色ない力を秘めていました。しかし彼女は、完成されていたにも関わらず訓練を経験する中で進化していったのです」
―――完成された存在から、人類の手中に留まらぬ高嶺の花へと。
「高嶺の花?」
「一体全体、そういうモノを何と呼称すればいいのか、当時はわからなかったのです。間違えたのです、防衛軍は」
「は?」
「あの時、防衛軍はあの娘のことを、『バケモノ』と呼んでしまったのです」
人工神霊構築計画が頭をよぎる。ひとたび「神」と認識されたものは「神」になってしまう。つまり「バケモノ」と認識されるということは……。
「彼女はヒトです」
「……」
「ヒトなのです」
仮称大和は、力強くそう告げる。私はそれにうんともすんとも返せなかった。
「防衛軍の犯した罪とは、とても単純で、とても道理にかなったものです。恐怖に中てられ、女の子を畏怖した。それだけです」
「それだけって……」
「そしてその状況で彼女を戦闘に出し、ロストしたのです」
「その時に魂の比率が深海棲艦に寄っちゃって脱柵したってことかしら?」
「ええ、そうなのでしょう」
防衛軍のことは、まあわかった。
仕方がないことだ、とは言えないが、今となっては仕方がないと思うほかない。
「今はどうなの?」
「どうとは?」
「あいつは助けてって、愛してっていったの」
「……」
「でもあいつは見た感じは敵そのものよ」
仮称大和は私の断言に、不快を示した。しかし確認しなければならない。
「あんたの希望的観測じゃなくて、実際はどうなのかわかるなら教えて」
「……知ってどうするのですか」
話を聞いていてわかったが、こいつは恐らくあの女が好きなのだ。始まりは違ったかもしれない、後悔や後ろめたさがその感情を占めていたのだろう、でも今は絶対好きだ。気にかけていたらいつの間にか恋心にでもなってしまったのだろう。こいつ本人が気づいてるのかは知らんが。
そしてこいつは恐れているのだ、愛するゆえにあの女が敵とみなされてしまうのを、殺されてしまうことを。
ならば私のしてやることはただ一つだ。
「どうもこうもないわよ、……さざんか」
「え?」
「さざんかのように、してみせんのよ」
「それは、つまり……」
散々話をされたが、正直パンクしそうだ。
よくわからん。
だから出来ることをしようと思う。そして私が出来ることと言えば。
「どいつもこいつも、救ってやるって言ってんのよ!」
駆逐は駆逐らしく、わちゃわちゃと元気いっぱいやってやる。
次は、とかもう信頼なんてないとは思いますが、こ、今年中にはと思っています、はい。