天使で悪魔   作:月詠ウサギ

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ブラヴィルでの休日

 

  紅い。

  紅い。

  紅い。

 

  その色は眼を潰すほどの紅。血の色よりもさらに深く濃い、濁り、まるで鬱する事を強いるような色。

  その色は空の色。

  その色は地の色。

  その色は……。

 

  そこは人の相容れぬ場所。

  そこは人の存在を許さない。

  その地は……。

 

  私の名はフィッツガルド=エメラルダ。私はそこで時を過ごした。長い時を。

  その色の中で。

  その地の上で。

  そこはオブリビオン。悪夢よりも深き悪夢の世界。

 

 

 

  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

  ガバッ。

  ベッドから跳ね起きて、私は右手を額に当てた。全身が気持ち悪い。汗まみれだ。

  暑いわけじゃない。

  寝苦しかったわけでもない。

  言うまでもない、私は悪夢で冷や汗をかいていた。

  「うー」

  夢見は最悪。

  目覚め最低。

  はぁ。

  「ちくしょう。……まだこんなに引き摺ってるとは……ちくしょう……」

  あまり人に見せられる顔を今はしていない。

  はぁ。

  鬱し切っているこの顔。

  この表情はとうの昔に捨てたはずなんだけどなぁ。

  どうやらまだ修行が足りないらしい。

  ここは……あー、ギルゴンドリンの宿の二階か。いかんいかん、状況判断すら出来ないとはなぁ。

  はぁ。

  パンパン。

  気合一杯気分一心、顔を叩いて自分を取り戻す。

  よし、頭の中切り替えて今日も元気なフィーちゃんで頑張りましょう♪

  「さーて御飯御飯っと」

 

 

 

  「ギルゴンドリン、おはよう」

  「おはよう、という時間じゃないだろう?」

  コップを磨いていた店主に挨拶。店主は手をあげて、私に答えた。

  さぁて何を食べるかなぁ。

  「それで今朝のお勧めは?」

  「今朝……いや今は既に夕刻だが……」

  「はい?」

  んー。額に指を当てて考え込む……あー、そっかー……。

  昨晩は『哀しげな番兵』で徹夜したもんなぁ。しかし夕方まで爆睡とは……働きすぎかなぁ。

  そう考えながらカウンターに座る。

  「お水頂戴。……あー、出来れば何か果実のジュースがいいな」

  「はいよ。何がいい?」

  「オレンジはあるの?」

  「あるよ。ほら」

  「ありがと

  コップになみなみと注がれたオレンジジュースを受け取り、一口含む。

  チャリン。

  カウンターにジュース代を置きながら安堵の溜息。あんな夢見た後だから、現実が心地良い。

  「ふぅ」

  「だけどどうしてなところで寝てたんだい、あんた?」

  「……?」

  「あっははははは。お嬢ちゃん、何も覚えてないのかい?」

  「……? 何の事? ……それより何を食べよっか……あれー?」

  あまりお腹が空いていない。

  それに今気付いたけど、悪夢の寝汗だけではなく所々服も肌も汚れている気が……。

  あれー?

  「腹が減ってないんだろ? そりゃあ当然だな」

  「ど、どうして私の腹具合が分かるわけよ」

  「さっき食べたじゃないか」

  「はぁ?」

  ポンポン。

  お腹を触ってみる。……なるほど、食事済みのウエストだわな。

  あれー?

  思い出せ思い出せ思い出せ私。た、確か……あ、あれれー?

  笑いを堪えられないらしく爆笑しながらギルゴンドリンは答えを提供してくれる。だけどこちらは状況判断すら

  出来てないのにあそこまで笑われるのは正直面白くない。

  「あっはははは。あんた昼に起きてきて飯を食ったじゃないか。本気で覚えてないのかい?」

  「まったく覚えてない。ちなみに私何食べた?」

  「うちの看板メニュー取れたて新鮮魚介類のたっぷりスープを三杯。それとパンとデザートに苺のショートケーキ」

  「結構食べたのね私。それで?」

  「それで部屋の清算済ませてハチミツ酒二本買って出て行ったんじゃないか」

  「ハチミツ……私どこ行くって言ってた?」

  「友達に会いに行くって言ってた。場所はどこか知らないなぁ」

  「友達」

  ああ。

  グッド・エイか。

  ブラヴィルに他に知り合いいないし。魔術師ギルドのブラヴィル支部のリーダーだ。

  種族はアルゴニアン。

  トカゲさんの女性。気の良い大人の女性(アルゴニアンは外観で判断し辛いけど)で、彼女がアルケイン大学で勉強していた頃に知り合った。

  当時の私も大学で暮らしていたし。

  当時とはいつの頃?

  十年ぐらい前かなぁ。私孤児だったから、評議長であるトレイブンの養女扱いで住み込み修行していた。

  その時知り合ったわけよ。グッド・エイとはさ。

  私は彼女を『グッドねぇ♪』と呼び彼女は私を『エメラダ坊や』と呼んで……あぅぅ、私やんちゃだったからなぁ。

  さて。

  「全然まだ状況判断出来ないんだけど……何故に魔術師ギルドに行った私がここで寝てるわけ?」

  「外で酔い潰れてて衛兵が騒いでたからね。ちょうど私は買出しでそこを通りかかってね。引き取った」

  「酔い……」

  ここで昼食済ませて、清算済ませて、ハチミツ酒二本を手土産にして魔術師ギルドに……で途中経過不明で路上で酔い潰れてギルゴンドリンが

  引き取ってくれたらしい。

  酔い潰れるとは、当然の事ながらお酒飲まないとならない。

  ハチミツ酒を二本購入して私はグッド・エイを訪ねに行った。

  ……。

  まままままままままままままままままままままままままままままままままさかぁーっ!

  やべぇーっ!

  「思い出してきたかい?」

  「……」

  「お嬢ちゃん?」

  「またやってもぅたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

  おおぅ。

 

 

 

  ブラヴィルの魔術師ギルド。

  支部長はグッド・エイ。メンバーの大半は女性。女傑であるグッドねぇを慕い、各地の支部の中でも栄えてる支部の一つ。

  「ちわーす。皆様お元気で?」

  「ええ。後片付けに追われて業務を遂行する事が出来ませんけどね」

  「はぅぅ。やっぱりかぁ」

  ギルド会館の内部はほぼ崩壊状態。錬金器具は滅茶苦茶だし内装は……はぅぅ。

  グッドねぇはトゲトゲな空気発しまくりだし。後片付けに追われるメンバー達の視線にも怒り。

  私の対応次第で暴動寸前っ!

  私の返答次第で落命寸前っ!

  こ、殺される、私。

  おおぅ。

  「きょ、今日は良い天気ね、グッドねぇ」

  「血の雨の降りそうな天気だけど」

  「血の雨って……」

  「降らせてみる?」

  「で、出来れば回避の方向でお願い出来たらと……」

  「どうしようかねぇ」

  「あは、ははは、はははー」

  駄目だ、完璧に怒ってる。被害総額は金貨一万枚(推定)っ!

  私は酒乱……いやいや酒乱という穏便な言葉で済むのだろーか?

  ハチミツ酒一本空けると見境なく攻撃魔法を繰り出す……いやまあ不思議と殺人に結びつく事はなかったけどさ。

  まぁそんな問題じゃないか。

  「き、気持ちよく飲んでたつもりなんだけどなぁ」

  「気持ちよく暴れてたのは確かだけどねぇ」

  「そ、そんなにトゲトゲしないでよグッド・エイ」

  「そのトゲトゲで串刺しにしてやりたいねぇ」

  「すんませんでした何度も言うこと聞きますだからもう勘弁してやってください」

  「まぁそういう償い方を希望するなら」

  「は、はいグッドお姉様。何でもお言い付けくださいませぇー」

  「体で払ってもらおうかしらねぇ」

  「はい?」

  ……体で……ええーっ!

  「グッドねぇってば異種族恋愛だけでは飽き足らずに……まさか両刀使いとは……すげぇ……」

  「何なら訴えてもいいんだけどねぇ?」

  「すいませんでしたっ!」

  し、しかし体で払うとは……?

  女性と、しかもトカゲなアルゴニアンとの性的交渉っ!

  ……ちっと興味ありまくりかもー♪

  てへへ♪

 

 

 

  「……なるほど。こーいう事ね……」

  薬の調合中。

  私は錬金術においてはシロディールでも知れ渡っている。アルケイン大学での勉強の賜物だ。

  「そこ。口を動かさずに手を動かす」

  「……へーい」

  グッド・エイは作業をしている私……いや他のメンバー達も薬の精製をしている。トカゲな彼女は私達の作業を見守る、というか監視している。

  こういった薬の類は魔術師ギルドを支える収入の一つだ。

  原料となる草花やモンスターの内臓などなどは一歩街を出ればいくらでも転がっている。

  まぁモンスターを材料にしようとして返り討ちにあう可能性もゼロとはいかないけどさ。私以外はねー。

  ともかく元でゼロで巨万の富にもなるわけですよ、錬金術は。

  だから私は真っ先に習い、マスターした。

  お陰様で帝都に一軒屋(……と言えば聞えはいいけどスラム街のオンボロ小屋)を持っている。

  「グッドねぇ」

  「エメラダ坊や、口を開かない手を動かす」

  「いえちょっと質問があるだけなのさ。……これって何なの?」

  「貴女の犯罪行為に対する罪滅ぼしですが何か?」

  「いや私が思うに……薬の納期が間に合わなくて、たまたま暴れた私を利用しているようにしか見えないんだけど」

  「お黙りなさい。逆らえる立場ですかねぇ?」

  「あのね。私もそんなに暇じゃないのよ、どうせ巡察休むなら羽伸ばしたいのよ」

  「告発したらきっと牢獄に叩き込まれて、看守に迫害されるんだろうねぇ」

  「すんませんでしたっ!」

  グリグリグリ。

  乳棒でラベンダーを磨り潰す。この際の力加減が、良質な薬と二束三文の駄作とを分けるのだ。

  何度もこなしてきた作業。

  ……あー、いや何百回……?

  「ふぅ」

  魔術師ギルドの知識の最高峰アルケイン大学。

  私は十年もの間そこに所属しそこで暮らしてきた。評議長ハンニバル・トレイブンが私の後見的存在。

  何度もこなしてきた作業。

  単純作業。

  体と頭に染み付いている。無言でこなす。ただ淡々と。……淡々と。

  「……」

  私はいつしか主の思いに耽っていた。

 

 

 

  両親と暮らしたのは五歳の時までだった。

  どこで生まれ育ったかはよく覚えていない。ただシロディールではなかったと思う。

  ママの口癖は『人は誰しもが役割を持って生まれてくる』だった。

  役割。

  ママとパパの役割は、賊に惨殺される事?

  私の役割は、両親を失って孤児となる事?

  ……ああ、いや……。

  賊の役割は分かってるわ。私が階段から突き落として殺したもの。

  私は自分の役割すら分からないままに孤児となり、親類中をたらい回しにされた。

  記憶の中では裕福、と呼ばれるに値する暮らしをしていたのだがいつの間にかそれらは勝手に強欲な親類達が

  分割し私には遺品すら残らなかった。形見がない。それが哀しい事、とさえ分からなかったあの頃。

  親戚を回りに回され、行き着いた先が叔母の家。

  叔母は死霊術師(当時は合法であり魔術師ギルド内でも推奨されていた)で私にもネクロマンシーを教育(最下級のスケル

  トン召喚しかモノにならなかったけれども)し行く行くは私も死霊術師になるように仕込んでいた節がある。

  しかしそうはならなかった。

  死霊術師は年がら年中、死体を弄くりニヤデレしている引き篭もり連中なのだ。

  肉親としての情など基本期待する方が間違っている。常識なんか、なっしんぐっ!

  けっ、あの叔母は私をゾンビにしようとしやがった。

  当然未遂に終わった(私が叔母の家から逃げたから)けれど今でもその時の傷が腕に残っている。

  それから転々とした。

  ある時はオーガに養育(非常食とも言う)されるわ浮浪児として牢獄に叩き込まれるわ奴隷として売られそうになるわ。

  で、挙句は妙な邪教集団にオブリビオンに転送されるわ。

  ……はぁ。

  悪魔達の世界オブリビオン。

  そもそも別次元の連中の世界だけあって連中にこちら側の善悪は通用しない。

  何度悪魔に食されそうになった事か。

  何度悪魔に殺されそうになった事か。

  それで十歳の頃。

  たまたま召喚実験してた魔術師ギルドのトップであるハンニバル・トレイブンに召喚されたわけよ。

  もちろん偶然。

  それからハンぞぅ(私がつけたハンニバル・トレイブンの愛称♪)に師事&養育され、私はアルケイン大学で育った。

  グッド・エイもここブラヴィルに赴任する前は大学で学んでいた。その頃からの知り合い。

  不思議と気が合い……まぁ彼女の方が遥かに年上だけど……私は姉のような感覚で接し、彼女も妹をあしらうよう

  に私と接している。そういう意味では大学は私の実家のような感覚、かな。

  その実家を今、私は飛び出している。

  それはある意味自立したいという、子供が大人になる通過儀礼のようなものだろうか?

  その気になれば私は魔術師ギルドの評議員になれるだけの実力がある。

  だがそうしなかった。

  もちろん自立云々以前に研究に生涯を捧げますぜー、的な感覚がないのだ。私はいつでも自由でいたい。

  研究したり弟子取ったりは、したくない。

  私は旅が好き♪

  私は冒険ラブ♪

  趣味と仕事、その両立として帝都巡察隊に入ったけど……まっ、これは散々愚痴ったように失敗ですなぁ。

  近いうちにやめようっと。

  ……。

  まっ、こんな破天荒な生き方してるからか基本的に冷たいのか、人の生き死に関してはあまり興味がない。

  ただ言える事。

  ……こんな人生送ってても奇跡的に傷物にされてない。

  ふっ、私ってば瑞々しい女性ですよぉー♪

  フィッツガルド・エメラルダ、愛称フィー。解禁です♪

 

 

 

  「エメラダ坊や」

  「……あっ、何?」

  「どうしたの、そんなにエロそうな顔して」

  「……すいません物思いに耽ってた顔なんですけど……エロって何……?」

  「働きすぎかい?」

  「昨日徹夜だったし。……今も無料奉仕させられてるしね」

  「何で帝都軍なんだろうねぇ。せめてバトルマージにすればいいのに」

  バトルマージ。

  魔術師ギルドが擁する実戦部隊。評議会の要請により動く魔道兵であるものの、基本的に日和見主義な評議会は

  連中を動かす事はない。自然、大学の警備兵でしかないのだ。

  「あのねグッドねぇ。どーして大学に研究室もってる私が警備兵に成り下がらないといけないわけよ」

  「帝都軍なら立派なのかい?」

  「そ、それは痛いところだけど……ここで無料奉仕してるよりは誇れる仕事だろうね」

  「ほらノルマがどんどん溜まってるよエメラダ坊や」

  「……」

  さ、さすがは私が姉と慕う女性ねグッド・エイっ!

  私の不平不満を受け止める事なく受け流すとは、さすがブラヴィル支部長ねーっ!

  ……まぁそこは関係ないけど。

  「グッドねぇ。そのエメラダ坊やはやめてよ。いい加減私は二十歳よ?」

  「エメラルダ、自分でそう名乗れずにエメラダって名乗ったのは誰かしらねぇ」

  ……あまり思い出したくないなぁ、その話題。

  ようするに人外の世界オブリビオンで数年サバイバルな生き方していた際に言葉を忘れてしまった。

  自分の名前さえも満足に言えなかった。

  だから、ハンぞぅに召喚され、タムリエルに戻った際には私は人としてのカテゴリー内ではなかったのだと思うよ。

  よくここまでリハビリ出来たものだと自分でも褒めてあげたい。

  私の表情を見て、事情を知っているグッド・エイは優しく語り掛けてきた。

  「エメラダ坊や」

  坊や、というのはやんちゃだったからだ。

  「今夜はここで夕食を摂っていきなさい。それで泊まるといいわ。巡察隊のお仕事はいいんでしょう?」

  「ええ」

  「ゆっくり食べて、ゆっくり休んで」

  自然、顔が綻ぶ。

  私は自分で生きていけると思うしそうありたいと思っているものの、こういう家族的な雰囲気が大好きだ。

  グッドねぇは私の姉も同然な人。

  「それから、薬の調合をやっていって。……エメラダ坊やだけノルマ溜まる一方だねぇ」

  「……」

  さ、さすが私の姉同然の人ねっ!

  この底意地の悪さ、まさに感服しますグッドお姉様っ!

  おおぅ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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