継続高校自動車部   作:skav

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課題

大洗に来るのもこれで二回目だ。一度目は自動車部の交流に、そして今回は戦車道のアドバイザーとして。

そう言えば、大洗の生徒の顔をあまりよく知らない。自動車部の4人とみほ、そして秋山優花里という名前の女子生徒だけだ。大洗は強豪校の一角であるサンダース大付属高校を破るという番狂わせをやってのけた。それによって彼女たちに火がついたらしく、ちょっとした疑問でもみほに相談するようになった。

みほの負担を減らすべく、みほと同じ戦車に乗るメンバーもサポートしているがそれでもやはり技術的な面では不安なところがあるようだ。

無理もない、彼女の話を聞くにみほと優花里以外全員素人なのだから。普通の女子高生は顔を黒くして油まみれの機械など触らない。

しかも自動車部の連中は車両の整備こそするものの、乗る戦車が無いから出られないらしい。

だったらどこかの戦車に自動車部の連中を乗せればいいと思うのだが、各々譲れない理由があるらしくそれも難しいらしい。

一応大洗女学園の生徒会長と連絡は取ったが、生徒会室で待ってるよーという適当な返事を受けた。

「…その生徒会室の場所を知らないのだが。」

駐車場に車を止め、職員用の玄関から校舎内に入る。来客用のスリッパを履き、案内図を頼りに歩き出した。しかし継続高校よりも規模の大きいこの学園は、一度見ただけでは全く分からなかった。

今日は土曜日のためか、校舎内に人の気配は無い。部活中だろうか、校庭の方から掛け声が聞こえるだけだ。

「あー!なんかでっかい人がいるー!」

暫く歩いていると、背後から甲高い声が響く。

「なになにー?」

「もしかして…不審者!?」

「どうしよう…。」

「……。」

不審がっている言葉とは裏腹に6人の女子生徒が春樹を取り囲む。向けられるのは好奇心旺盛なキラキラとした瞳。

「あー…こんにちは?」

「お兄さん誰ー?」

「あ、その制服…もしかして継続高校の人ですか?」

6人の中で一番しっかりして良そうな子が春樹の制服に気が付いたようだ。

「そう、生徒会長に用があるんだが…良ければ案内してほしい。」

「なるほどー。」

「そういう事なら、私たちにお任せください!」

どうやら普段からこの5人は一緒にいることが多いようだ。当たり前のように全員で案内すると言った。

「ありがとう、助かった。」

これで迷わずに生徒会長に会えそうだ。

「あれ、そういえば生徒会室ってどこだっけ?」

『あ……。』

全員がそんな声を漏らす。

まあ、普段生活していて生徒会室なんて行かないしな…。

「ま、適当に歩いてればたどり着くだろ。」

そんなこんなで春樹を先頭にして奇妙な隊列が出来上がったのだった。

 

「会長、本日の演習の件ですが…。」

「んー?何か問題でも見つかった?」

「大ありです!何故女生徒の競技に他校の男子生徒がアドバイザーになるんですか!」

バン!と生徒会広報の河嶋桃が机を叩く。

「そうはいってもねー西住ちゃんたっての希望なんだよねー。」

「西住さんがですか…?」

副会長の小山柚子が不思議そうに首を傾げた。

「話によるとその男子生徒はアンツィオや聖グロリアーナ、黒森峰にも顔を出しているらしいよ。ウチの生徒の中にも個人的に知っている人間がいるから聞いてみる?」

大洗女学園のトップである生徒会長。角谷杏が柚子に指示を出す。

『自動車部の4名は至急生徒会室まで来てください。』

自動車部の面々が神妙な面持ちで生徒会室に現れた。

「あのー私たち何もやましいことしていませんよ…?」

「最近は大会でも成績残してるし…。」

「学園長とのレースも月一に控えたし…。」

「怒られるようなことまだ…。」

まるで体育教官室に呼ばれたかのような雰囲気の4人であった。

「いやいや、最近の活躍は聞いてるよー。もっと頑張ってねー。でも、今日は別件なんだなー。」

杏子は机の引き出しから干しイモが入った袋を取り出し、中身を一つ取り出す。

「お前たち、継続高校の戦車道に関わっている男子生徒について何か知っているか?」

「あ、もしかして本田君の事ですか?」

「あ、やっぱり知ってるのね。ちょっと彼について詳しく教えてくれないかな?」

四人は顔を合わせて少しだけ困ったような顔をした。暫く小声で話し合ったのち、ナカジマが代表として話し始めた。

私たちが彼の名前を知ったのは去年の学生ラリー大会でした。

その時は小っちゃくてかわいかったよね~。

そうそう、なのにめちゃくちゃ速いんですよ!まるでWRCドライバーみたいで。

それで本田君の速さの秘密を知りたくて、交流会を開いたんです。そのために旧演習場をお借りしたわけで…。

そしたらあの子、私たちの車を見てくれてそのおかげで見違えるように速くなったんです!

学ラリだと同じクラスで、直接の敵になるはずなのに。「もっと強くなってほしい」て言ってセッティングまで教えてくれて!

あの子本当に車が…いや、機械が大好きなんだってすっごく伝わってきました。

自分の不利、有利ではなく同じ自動車が好きな仲間として、互いに切磋琢磨し合うライバルとして、春樹は大洗の自動車部を歓迎していた。

10連覇を達成した強豪校の部長としてではなく、最後まで一人の車好きな男の子として接してくれたことがとても嬉しかった。

「ふーん、ま、悪い輩ではなさそーだな。」

「むしろいい子なのでは…?」

「ええい!お前たちの話じゃ信用ならん、西住を呼べ!」

三人の中で唯一桃だけが、まだ信じられないようで全校放送用のマイクをひっつかんで叫んだ。

「2年普通1科、西住!今すぐ生徒会室に来い!」

一度生徒会室に呼ばれたことのあるみほは、前と同じように五十鈴華と武部沙織を連れて現れた。

「ごめんねー西住ちゃん。なんか河嶋が暴走しちゃってさー。」

「はぁ…。」

「西住!本田春樹という生徒について詳しい情報を教えろ!」

なるほど、規模は大きいがここは女子高校だ。同年代の男子生徒と普段接する機会がないため、どうあっても信用することが出来ないのだろう。

「え、みぽりんまさかその人って…!」

「あらまあ…私たちの知らない間に…もしかして向こうの学校で?」

みほの両隣にいる二人もいい具合に勘違いをしているようだ。このままでは彼にまで迷惑が掛かってしまう。今すぐ弁解しないと…!

「あの、彼は私がここの学園にくるきっかけを作ってくれたと言いますか…。その、私にとって恩人なんです。」

みほはまだ知らない。今の彼女の発言がさらに混乱を助長してしまうきっかけになることを。

そしてこのタイミングで廊下が騒がしくなりだした。無邪気な声で「わー!」!「きゃー!」という黄色い悲鳴が聞こえる。

「こらー!もう少し静かにしろ!」

桃が怒鳴りながら扉を勢いよく開けた。

「すっごーい、たかーい!」

「桂利奈ばかりずるーい、私もー!」

桃の眼に一人を肩車しながらやつれた顔をした春樹の姿が目に飛びこんだ。

「お前ら…いい加減に…。」

無邪気な彼女たちに振り回され続け、散々回り道をした春樹は精神的に疲れ切っていた。

「あ、丁度いい。そこのアンタ、こいつらを何とかしてくれないか?」

「ふ…不審者だああああ!」

桃のそんな叫び声が学校中に響き渡ったのであった。

 

「…ったく、なんで生徒会室に行くのにうさぎ小屋まで行かなきゃなんねーんだ。」

「まあまあ、あの子たちも悪気があったわけじゃないから…。」

ブツブツと文句を言う春樹をみほがなだめる。

件の女子生徒である6人組は、柚子に注意を受けている最中だった。

「とにかく、学校のお客様なんだから迷惑をかけちゃいけません。分かった?」

『はーい。』

その様子はまるで子供を叱る母親の様であった。

「さて、遠路はるばるご苦労だったね。私がここの学校の生徒会長、角谷杏。よろしく。」

「継続高校機械科二年、本田春樹です。」

自己紹介をすませ、早速本題に入る。

「西住ちゃんから話は聞いてるよ。戦車に関してはぴか一だってね。」

「俺は戦車道の専門家ではないですが、まあ乗り方や整備の事であれば…。」

「それは頼もしいねー。早速だけど今から訓練を見てもらうからよろしく。」

だらだらと話題を引き延ばすのではなく、さらっと本題に入る。春樹としてもありがたかった。

このまま好奇の視線を浴びるよりも早く戦車をいじりたい。そんな心境だった。

 

「ちょっと前に進まないよ~」

「前、まえ!木にぶつかってる!」

 

「敵捕捉せず…うわ!敵襲、敵襲!」

「後ろぜよー!」

 

「この建物…思ったより硬い。」

「根性で押せ!」

「「はい!」」

 

「よし、この隙に乗じて…発射!」

「桃ちゃんここで外す?」

 

「…みぽりんどうする?」

「もうちょっとだけ様子見かな。麻子さん、少し後退して下さい。」

「分かった。」

 

とりあえず決められたエリアを取り合うルールで模擬戦をやらせたが思った以上にバラバラだった。

いや、ばらばらというよりも自由といった方が正しいか、はたまた混沌としていると言うべきか。

とにかくチームとしての統一感がまるでなかった。連携という意味では継続高校もバラバラであるが、それはミカの方針からそうしているだけで必要があれば連携も取ることが出来る。

その中でみほが車長を務めるⅣ号戦車だけが、きちんと戦車を動かしている感じはある。そこは流石と言うべきだろう。

「はぁ…どこから手を付けるべきか。」

継続高校にもある三号突撃砲からにしようか。戦車にも詳しそうな言動でもあったし。

「ふぃ、フィンランド人が来たぞ!」

春樹の制服を見るや否や、そんなことを言い出し横一列に並ぶ。

「「すみませんでした!」」

そして綺麗に頭を下げるのだった。

「いや、いきなりなんだ?…”まだ”何もしてねーぞ。」

「いえ、三号突撃砲と言えば冬戦争でロシアと最後まで戦った優秀な戦車であるわけで。」

「そのことを知らないとは、まさに無礼この上なしぜよ。」

「ああ…そう。」

戦車についての見識があることは悪いことではないので、春樹は否定せずに早速指導に入る。

「こいつの有用性とか、使い方はお前らの方が詳しいだろうから任せる。それよりも、これはなんだ?」

そう言って春樹はハンマーで転輪を叩く。一輪だけ明らかに低い音が鳴り響く。

「こんだけガタついてて気が付かなかったのか?普通乗ってりゃ気が付くぞ。」

「そうは言っても戦車の中はガタガタ揺れるし、我々は乗り始めて日が浅い。多少の事は仕方がないのではないか?」

春樹の放つ雰囲気が突然変わったのを感じたのか、エルヴィンの声が少し震えていた。

しかしそれを聞いた春樹は気にも留めずに、ドックの奥の方で鎮座していた工具箱を引っ張り出し履帯を分解し始めた。

「試合中は履帯の修復も自分でやんなきゃいけないんだ。どうせならやれるようになった方が良いぞ?」

春樹の言葉に歴女達は渋い顔をした。

「そうは言うが、我々に整備なんて…。ここは自動車部にお任せするぜよ。」

「あー…すまん言葉を間違えたな。」

春樹は工具をトレーに戻し、ゆっくりと振り返った。もうその表情には優しさの断片すら残っていない。そう、まるで初めてエリカに会った時のようなとてつもない覇気を放っていた。

「やれ。」

実に迫力のある声色に彼女たちの顔が引きつる。そんなたった一言で、中には目に涙を浮かべる者までいる始末だった。

「そんなとこに手突っ込むな。最悪指が飛ぶぞ。」

「は、はぃ!」

転輪のガタつき具合を確認する。幸いなことに転輪そのものは無事なようだった。これならグリスを入れて、増し締めをすれば問題なさそうだ。

「よし、トルクレンチの使い方はさっき教えたとおりだ。」

春樹に教わった通りに増し締めをすませる。

「ふぅ、終わったな…。」

エルヴィンが額の汗を拭うと、顔にその汚れが付いた。

「よし、初めていじるにしちゃ上出来だ。顔の汚れはちゃんと落としておけよ。」

「あ、あの…さっきはすみませんでした。」

「やってみると案外簡単だろ?この調子で自分の戦車に向き合うと良い。」

「はい!」

最初に会った恐怖感は薄らぎ、今は達成感の方が大きかった。

 

そんな感じで春樹は大洗の戦車道履修者たちに、戦車の向き合い方を伝授していった。

「でも私たち整備なんてとてもできません…。」

先ほどの六人組も戦車道履修者だったらしい。聞くにまだ1年生。学校にもやっと慣れ始めたころなのに、いきなり戦車を整備しろというのは酷な話だろう。

「それなら、ちょっとでも気になることがあったら隊長にでも相談しろ。まずはそれだけでいい。6人もいりゃ、一人くらい気が付くだろ。」

『はい!』

さて、最後は一番面倒な生徒会チームだ。ここの砲手は広報の河嶋とか言ったか。

「とりあえず操縦手も今のところ問題なさそうですし、車長も連携は取れていますね。今のところ、砲撃が課題でしょうか。」

「ちょっと待て、私の砲撃が問題だと言いたいのか?」

今日の演習のスコアは、みほの所のチームに次いでここのチームが勝っていた。しかしそれは、乱戦に乗じてエリアを取るという戦略のおかげであった。砲撃自体は全弾外すというある意味で、驚きの数字だった。

「砲撃訓練ばかりやるのに、一向に上達しないのは何が原因なんでしょうね…。そうだ、西住さんと一緒に見てみましょうか。」

「人の話を聞け!」

桃の言うことを右から左に聞き流し、みほを連れて38tに乗り込む。春樹が操縦手、みほが車長、桃を砲術手として。

「とりあえず射撃練習場に行くぞ。」

「う、うん。」

久しぶりの戦車の操縦に内心ワクワクしつつも、表情は厳しく。ゆっくりと演習場へ向かった。

 

「よし、それじゃあいつも通りに撃ってみてください。」

射撃位置に着き、みほと春樹は車外へ体を出し様子を見る。

「撃つぞ。」

ドン!

砲塔から放たれた徹甲弾は空気を震わせながら真っすぐ進む。

そして二番の目標物を打ち抜いた。

「命中、なんだ当たるじゃねーか。」

「すみません、今どちらの的を狙いましたか?」

感心する春樹とは反対に、みほがそんなことを聞く。

「き、九番だ。」

九番は2番から一番離れた場所に置いてある的だった。

「じゃあ、次は1番を狙って下さい。」

みほは一番近場にある的を狙うように指示する。

「準備完了だ。」

「撃て!」

ドン!

再び放たれた砲弾は真っすぐに二番の的を打ち抜いた。

この後もどの的を指示しても必ず2番の方へ飛んでいくのだった。

「それじゃあもう少し実践的なのいってみるか。」

そう言って春樹は荒れた地面の区域を走り出した。上下左右に激しく揺れ、とても砲撃はできそうにない。

「合図と同時に2秒だけ静止するので静止後1秒経った後に車体が安定します。その間に砲撃してください。」

38tは4番の目標へ一直線に向かう。そしてほとんど真横に着た瞬間に、ブレーキを蹴とばす。一気に前側のサスペンションが沈み込み、大きく前傾姿勢になる。その後スプリングの力で元の姿勢に戻ろうとする。

「撃て!」

砲撃。

しかしタイミングが早かったのか、目標の下側をそれてそ砲弾は飛んでいった。

「よし、次行くぞ!」

同じ要領で春樹は演習場をくまなく走り回った。しかし、どうあっても砲撃が当たらない。静止時間を延ばしてもそれは変わらなかった。

「こりゃ、完全に人間の問題だな。」

「あ、あはは…。」

みほも擁護が出来ずに乾いた笑い方をするだけだった。

 

「できれば他の誰かが砲手をした方が良いと思いますが…人も少ないですから仕方ないですね。」

ドックに戻り、春樹と生徒会チームだけで先ほどの砲撃のフィードバックを行う。

「お前はどうしても私の方に問題があるとしたいのか?」

納得が出来ないという感じの顔だった。

「どうしてもというより、そうとしか思えないのですが…。」

「私はしっかりと狙っている!問題があるのは戦車の方だろう。今一度自動車部に整備をさせる。どうせ整備ミスに違いない。」

その会話を聞いていたみほが「あっ…」と声を漏らした。

「そ、それではみなさん!本田さんのアドバイスを思い出してもう一度訓練をしましょう!」

「みほ、こいつらは後から合流させる。」

「う、うん!大丈夫だよ。」

既に片鱗が現れ出している。みんなをこの場に残していたら、間違いなくとんでもないことになる。特に一年生の子たちには絶対に見られてはいけない。

「それじゃ、準備を始めてください!」

それぞれ戦車に乗り込み、エンジンをかける。

キューポラから4人の様子を伺う。生徒会の3人は既に顔が青ざめ始めている。

「どうしたのですかみほさん?そんなに慌てて。」

「う、うんちょっとね。」

華の質問に曖昧な返事で返す。

ごめんなさい。怒った春樹君は本当に怖いので、できれば私も立ち会いたくないのです。本当にごめんなさい。

戦車たちが去っていき、ドッグに重い沈黙が漂う。

 

 

 

多少のトラブルはあったものの、無事に演習の”一日目”が終了した。

『聞こえるかい?ハル。』

「電話でその問いかけは前衛的だな。」

『めったに使わないからね。それはそうとハル、そちらに到着するのは明日のお昼ぐらいになりそうだよ。』

春樹の表情が凍り付く。

「なにがあった?」

『大型特殊車両が複数台で、林道を行進したらどうなるとおもう?』

スピーカーの奥で「ミカのばかー!なんで広い道を通らないのさ!」という声が聞こえてくる。

「お前たちが夕方には着くという前提で、テントも金も宿も何も用意せずに来たんだが?」

車から降ろし忘れた寝袋だけが幸い残っていたが、それでも状況は変わらない。

『ごめんね、ハル。』

「はぁ、分かった。こちらは何とかするから、ちゃんとこっち来いよ。」

通話を切る。

「さて、どうしたものか。」

「なにかあったの?」

春樹の雰囲気が良くないことを感じ取ったのか、みほが心配そうな顔で近づいてきた。

春樹は先ほどの会話と、自分の陥った状況を簡潔に説明した。

「どこか安い宿かなんかあれば教えてほしい。なきゃ車で寝る。」

「そんな、折角来たのに車の中なんて…。あ、そうだ!」

みほは物陰に隠れて様子を伺っていたあんこうチームのメンバーを呼ぶ。

「なになに?お二人さんで話してて良かったのに~。」

のぞき見がばれていた気まずさか、恥ずかしさからか少しだけ4人は表情が固い。

「その、春樹君が沙織さんたちに相談したいことがあるみたいなの。ここじゃ、ちょっと相談しにくい感じの…。」

「……は?」

何を言っているんだという前に”そういう事”に敏感な女子高生、特に沙織がすぐに反応した。

「なになに?まさか恋愛について?まかせて!私そういう事の相談得意だから!」

策士西住みほの手により、瞬く間にみほの家に集まる流れになってしまった。

「おい西住の妹。俺はあの女子高生たちに相談するようなことは何も―」

沙織に手渡された買い物リストを手に、みほと春樹はスーパーで買い出しをしていた。

「春樹君、エリカさんのこと好きでしょ?」

「なっ…。」

一瞬にして春樹は言葉を失う。すぐに否定をしようと、口を動かすが声が出てこなかった。そう、まるで本能が否定することを拒否しているようだった。

「ふふ、女の子の直感も馬鹿にできないでしょ?」

「逃げ出したい…。」

逃げたら逃げたでもっと面倒くさそうなことになりそうなので、ただただみほの質問に曖昧な返事を送ることにした。

「みぽりんお帰り~!」

「あ、もうみんな来てたんだ。」

みほが住んでいるマンションの部屋から沙織が出てきた。奥の方を覗くと、既に優花里、華、麻子の3人も来ているようだった。

「春樹君も上がって。」

今更断る空気でもないので、素直にみほに従う。

「あ、お久しぶりです本田殿!」

「あぁ、研修以来だな。」

「はい!」

日中はあまり個人的に会話をする機会が無かったので、改めて自己紹介をすることにした。

「昼間でも挨拶したように、継続高校の本田春樹だ。」

「普通科二年の五十鈴華と申します。」

「冷泉麻子だ。」

砲術手と操縦手という重要なポジションの二人だが、素人とは思えないほど筋が良い。きっと生まれ持ったセンスだろう。

「それはそうと、生徒会の皆さんは大丈夫でしたか?随分とお顔が優れない様子でしたけど…。」

春樹に本気で怒られた三人は普段のしっかりした様子は息を潜め、まるで小動物のように怯えた目で春樹に視線を送っていた。会長の杏もいつもの不敵な笑みが引きつっていた始末だった。

「こう権力が集中すると盲目になりがちなんだよな。」

「…はぁ。」

華はあまり理解をしていないのか、曖昧な返事を送るだけだった。

「それはそうと、お前Ⅳ号戦車のエンジンカーブは持ってないか?」

ずっとみほのベッドで横になっていた麻子がむくりと起き上がり、そんなことを言い出した。

「あるぞ、ちょっと待ってろ。」

持参していた鞄の中のファイルから、数枚の紙を抜き出す。

「ほれ、お前らのとこの戦車のデータだ。」

大洗女学園が所有している戦車全てのエンジンのデータだった。

「どこからこんなものを…。」

「継続高校は戦車道に関しては弱小だが、日本でも屈指の工業技術を学べる学校だって事を忘れてもらっては困るな。」

「……なるほど。ありがたく貰っておく。」

データを受け取った麻子は早速それを熟読し始めた。

「あの…本田さんはサルミアッキという飴はご存知ですか?」

食に対して関心のある華は、継続高校でのみ流通している飴に興味津々なようだ。

「食ってみるか?部外者にはあまり勧めたくないのだが…。」

「お持ちなのですか?是非食べてみたいです!」

めったに口にできない珍味を味わえるとなり、華は少し興奮気味だった。

春樹は胸ポケットからトランプの箱のようなケースを取り出し、一粒手渡す。

「頂きます。」

サルミアッキを摘まみ、綺麗な仕草で口に運ぶ。

「これは…噂通りの独特な味わいですね。甘草特有の甘みと、風味。」

平然とした顔でサルミアッキの味の分析を行う。

「確かに美味しいというわけではありませんが。一概に不味いというわけではありませんね。」

「あー駄目だよ、ご飯の前のお菓子食べちゃ!」

台所で調理をしていた沙織とみほが出来立ての料理をもって現れた。

「はい!特製の肉じゃがだよ。男の子は肉じゃがが好きってよく言うもんね!」

沙織が自信満々な様子で、皿一杯に盛られた肉じゃがをテーブルに置く。

醤油と味醂の完璧なバランスは香りとなって鼻腔をくすぐる。こんなの絶対に美味しいに決まっている。

しかしそれよりも、先ほどから視界の端にちらちらと映る茶色の揚げ物の方が気になって仕方がなかった。

「それとこっちがみぽりん特性のコロッケ!」

何を隠そう春樹の好物はコロッケだった。それもじゃが芋とひき肉だけのシンプルなものが一番大好きなのだ。

「さあ、好きなものから食べてよ。」

春樹は迷わずコロッケに箸を伸ばした。まだ湯気が立つコロッケを一口齧る。

その味は知ってか知らずか、みほが用意したのは春樹の好みにドンピシャのものだった。

「美味い。これ、お前が作ったんだよな?」

「う、うん…。」

「今度作り方教えてくれ。」

あっという間にコロッケを一つ平らげる。

「春樹さん、コロッケがお好きなのですか?」

華の問いかけに春樹は無言で頷く。

「そ、そんなぁ~男の子は肉じゃがが好きって雑誌に書いてあったのに…。」

沙織が残念そうな声を上げて俯く。どうやらあの肉じゃがは、かなりの気合いを入れて作ったもののようだ。

確かに大きな器に盛られた肉じゃがは、普段自分で作っているものより比べ物にならないくらい美味しそうだった。

「コロッケが一番好きなだけであって、俺は基本的に嫌いな食べ物は無いぞ。」

そう言って大きなじゃが芋を一つ取る。取り皿の上でじゃが芋を半分に割ると、奥の方までしっかりと出汁の色をしていた。ひき肉と糸こんにゃくも一緒にご飯の上にのせてかきこんだ。

醤油と味醂の絶妙なバランス、それに胡椒がスパイスとなって旨みを引き立てる。

身体の奥へ染み渡るまさにお袋の味と言ったところか。

「なんと言うか…安心する味だな。毎日食べても飽きないかもな。」

「ま、毎日だなんてそんな~、まだ私たち高校生なんだから~」

照れ隠しで出た冗談なのか、はたまた春樹のお世辞を本気と受け止めたのか沙織は恥ずかしそうに顔を赤らめる。

「ああ、頑張っていい相手見つけろよ。」

「あははは…はは…はぁ…。」

そんな笑い声が次第に弱くなり、最後には深いため息が出てきた。

「大丈夫です!武部殿は将来良い旦那さんをゲットできます!」

「そうだよ沙織さん!だってこんなに料理上手で、気配り上手だもん!」

優花里とみほが落ち込む沙織を必死になだめる。

「そういえば春樹さん、相談とは一体何でしょうか?」

「そうだよ!今日は春樹君の恋愛相談のために集まったんだから!

華の一言で沙織はあっという間に復活した。流石はそう言った話題が大好物の女子高生なだけはある。

「最初はびっくりしたよ~みぽりんも隅に置けないな~。」

「わ、私と春樹君は別に…。」

「そうだな。だけど、俺もアイツもお前の事気にかけてるのは忘れるなよ。」

継続高校と大洗が練習試合をするという情報をキャッチするや否やエリカは春樹に直接電話を入れてきたほどだ。

「今出てきたアイツというのが、思い人か?」

麻子の発言は口数が少ない分、確実に核心を付いてくる。

「そうそう、皆も一回会ってるはずだよ。戦車喫茶で。」

「もしかして、みぽりんのお姉さん!?」

「おぉ!日本一の整備技術と名高い継続高校の主席と、黒森峰戦車道の隊長でありますか!確かにお似合いです!」

「そーそー、みほは将来義理の妹に―」

「はーるーきーくん?」

沙織と優花里の勘違いに悪ノリをすることではぐらかそうと、試みるがやけにドスの効いた呼びかけに春樹は言いよどむ。

めったに怒ることのないみほだったが、この時ばかりは少しだけ眉間に皺を寄せて威圧感のある笑みを浮かべていた。

「スンマセン。」

「お姉ちゃんじゃなくて、逸見エリカさん。…一緒にいた銀髪の子だよ。」

「あー!あの嫌みったらしいこと言ってた!」

沙織が真っ先に反応する。麻子も思い出したようで「ああ、あのきつそうな…」と呟くやはり、あのエリカの態度は誰から見ても良いものでは無かったようだ。

「あんな子が良いなんて春樹君…もしかしてマゾ?」

「いや、それは無い。」

珍しくみほが食い気味で断定する。

「春樹君が黒森峰に来た時、あのエリカさんが涙浮かべるまでいじめてたんだよ?」

「うわぁ…。」

「そ、それは凄いですね。」

「サディストだったか。」

予想外の事だったのか、沙織たちは若干引き気味だった。

「でも、少しだけすっきりしました。あの時は流石に…。」

華は戦車喫茶でのあの出来事がよほど頭に来ていたのだろう。

「それで、それで!もうデートとかしたの?」

黒森峰で西住姉妹を追ってショッピングモールへ行ったこと。

継続高校の学園艦に、エリカが来たこと。

偶然ながら研修で同じ組になり、キャンプをしたこと。

熊本でエリカの行きつけの場所で夕食を食べたこと。

今思い返してみれば、確かにあれは客観的に見てデートと言っても差し支えないのかもしれない。

「あ、その顔はデートしたんだ。良いね、良いね。」

この手の話の時の女子の勘の良さに春樹は驚愕した。女子という生き物は、限定的なエスパーなのだろうか?

「それであの高飛車生意気お嬢様は一体男の子の前だとどんなことを言うのかな?」

「別にいつもと変わらない憎まれ口だぞ?ついでに時々手も出るし。」

まあ、その時はやり返すが。

「いや、それは無い。エリカさん春樹君と話す時だけ雰囲気違うもん。」

今日のみほはやけに春樹に食いついてくる。やはり気になるのだろうか。

「それは気になりますね。具体的にはどのように違うのですか?」

華の質問に答えるべくみほはおもむろに携帯電話を取り出し、画面を見せる。

「おぉ…これは予想外。」

「あらあら…。」

「まさか…あの黒森峰の副隊長がこんな顔を…。」

「完全に乙女の顔だな。」

春樹にも携帯の画面が向けられる。

そこには普段の強気な彼女の表情とは似つかわしいほど、弱弱しくどこか寂しげな顔が写っていた。

躊躇うように少しだけ伸ばされた手の先には、春樹の背中が写っていた。現在とは違いその身長は低く、それでいつ撮られた写真なのかはすぐに分かる。

去年の戦車道大会。黒森峰・継続戦が終わった後のあの時の写真だろう。

「エリカさんが途中で急ぐように走っていったから気になって追いかけちゃった。」

いけないとは理解しつつも、あまりにも普段とはかけ離れた表情をしていたものだから思わず写真に収めてしまったのだった。

「へぇ~ただの高飛車お嬢様じゃないんだね。なんだか安心しちゃった。」

「戦車喫茶の時はアイツも余裕が無かった。それだけ知っておいて欲しい。」

「ま、まあ本田君がそう言うのなら…。」

沙織を初め全員が頷く。少なくともあの戦車喫茶での一件で生じた、逸見エリカと大洗女学園との摩擦も今日で少しは和らいだはずだ。逸見エリカは悪い人間ではない。それだけ分かってくれたのであれば、春樹は十分だった。

 

「さて、そろそろ良い時間になってきたことだし。俺はお暇するよ。」

そう言って春樹が立ち上がると。

「春樹君、泊まる場所も準備もしてないんでしょ?これからどうするの?」

「まあ、どうにかなるだろ。さっきも言ったように車中泊でも全然構わないしな。」

「でもそれじゃあ、休めないよ。私の―」

今からみほが言わんとしていることは、薄々感づいていた。だから春樹は、そのみほの言葉を遮る。

「悪いがここには泊まらない。いくら自分の家から逃げてきたとは言え、家族が心配するようなことはするもんじゃねーぞ。」

「……。」

「気持ちは貰っておく。ありがとうな。」

そう言って春樹は部屋を出ていった。暫くして、煩い車の音が過ぎ去っていった。

 

「ずるいよ、あんな言い方したらみぽりん何も言い返せないじゃん。」

春樹がいなくなってからは、テーブルの上にジュースやお菓子が並べられ、女子会が開かれていた。

沙織は先ほどの春樹の言葉が納得できないのか、少し腹を立てている様子だった。

「でも、お優しいのですね。」

「うん…。普段はあんな感じで言い方がちょっと乱暴だけど。凄く面倒見が良くて、優しいんだよ。」

「そういえば明日は何をする予定なのでありますか?」

「えっと、明日は継続高校の皆さんがきて一緒に訓練をする予定かな。」

練習試合ではなく合同練習なのは、二つ理由がある。一つはただ単に試合をする準備が間に合わなかったこと。もう一つは練習試合になると必ずと言って良いほど現れる、英国淑女を警戒をしたためだ。次の黒森峰に勝てば、聖グロリアーナとほぼ間違いなく当たるからだ。

「あまり聞かない名前だが、強いのか?」

「うん、戦車を動かす技術と整備する技術はたぶん日本で一番だと思う。」

「そうなんです!本当に凄いんですよ、あの学校は!でも、不思議と上位にはあまり食い込んで来ないんです。」

優花里が不思議そうに首を傾げる。

「成程、そこだけ突出してるのか。」

「どういうこと?」

麻子はすぐに理解が出来たようで、先ほど受け取った資料を机に置く。

「戦車道はラリーではない。砲撃もするし、ほかの戦車と連携も取る。戦略も逐一練り直す能力も必要だ。」

「つまり、戦車の運転が上手で砲撃があまり得意ではないという事ですか?」

「分かりやすく言うとそんな感じだ。」

「なんだ、それなら私たちだって負けないじゃん!」

それを聞いて安心したのか沙織は安堵のため息をつく。

「でも、去年黒森峰は苦戦したの…。」

その卓越した操縦技術で、必中の間合いまで確実に入り込んでくる。しかもこちらの弾道を読み、なかなか当たらない。

そして整備を通して培った技術で戦車が持つ特有の弱点を正確に狙ってくるのだ。

継続の戦車とは絶対に単体で戦ってはいけない。最低でも2両で、複数で包囲し確実に撃破すること。

それが黒森峰が立てている継続高校の対策だった。

「戦車の保有数も満足じゃない、予算も足りない。それでも工夫して、何とか勝てる手段を模索する。…まるで私たちみたいですね!」

継続は決して強豪校ではない。しかし、それだからこそ手本にするべき点が沢山あるとみほは思っている。かつて苦しめられた側の立場だから分かることだった。

「明日はきっと、実りのある一日になると思います。」

 

所変わり、大洗女子学園校舎。その一角にある自動車部のガレージから楽しそうな声が響いていた。

「そんでさー、学園長が潰されたF40の次に持ってきたのなんだと思う?」

「F50とか?」

「ウアイラだよウアイラ!パガーニの!」

「うわぁ…また恐ろしい車を…。」

そんなものが駐車場に止まっていたら絶対に対角線の反対側に止める。触らぬ神に祟りなし…。

「それで次の学連戦の予定は立ってるの?」

「それなんだがな、大洗で出来ないか?」

一年の中で一番大きな大会は全国学生ラリー大会なのだが、学園艦単位でラリー大会を開催することもある。連盟に申請を送れば、実績として認められ補助が出ることもある。そうすれば将来的に学生ラリー大会の会場として仲間入りを果たす可能性もある。もしかしたら、自動車連盟側で廃校が免れるかもしれない。

そんな淡い期待を込めて春樹はそんな提案をした。

「でも私たち運営なんてやったことないよ?人数もこれだけだし…。」

「それに関しては任せてくれ。とある学校がラリー運営に興味を持っていてね。合同開催という形でどうだろう?」

「それってアンツィオ高校とか?」

「いや、黒森峰だ。」

以前行われた黒森峰のラリーを終えて、もう一度主催者としてラリーをやりたいという声が複数挙がっているらしい。西住まほから逸見エリカへ、最後に春樹に伝わった情報だ。

「最近ラリーに積極的になったよね、最初は堅くて厳しいイメージがあったけど。」

「うんうん、良い息抜きになってるのかもね~。」

「開催時期は戦車道大会が終わった後だな。だから今は大会に集中して良い。」

「りょーかい。お、そろそろ鍋の方も良いんじゃないかな?」

コンロの上でぐつぐつと音を立てる鍋のふたを取る。すると、湯気と共に魚介の香りが部屋中に広がった。

「はい、魚介鍋~。この時間はスーパーでお魚が半額だからさ。」

「普通に買って200円だから実質100円で買えるんだ。」

「流石学園艦だな。俺らのとこも魚が安くなるけど、そこまで安くない。」

先ほどまで夕食を食べていたのにも関わらず、春樹は食い入るように鍋を見つめていた。

「いやぁ車を見ながらの鍋は最高だねぇ。」

ツチヤが嬉しそうに鍋の具を器に移していく。

「あそこの左ドアの凹みはいつのだ?」

「今年の学ラリでリタイヤした時のです…。」

「成程、また鍛造ボディに近づいたわけだ。」

「ふん!どーせ私は走るプレス機ですよーだ!」

そう言ってツチヤはやけ気味にかっ込む。

「こら、そんなに慌てたらつっかえるよ。」

もう少しゆっくり食べろとホシノが注意した。

「いっぱい食べないと大きくなれないじゃん!ホシノみたいに食べた栄養が全部胸に行くわけじゃないんだし!」

「そ、それとは関係ないでしょ!」

「ところで本田君は胸が大きい人と小さい人どっちが好き?」

そんな下世話な話が春樹に振られる。

ここでどちらの回答をすれば正解なのだろうか?大きいか、小さいか。

ふむ……。

目を閉じた春樹がスッと腕を上げ、手を開く。そして少しだけその手がすぼめられる。

「…このくらいか?」

「はい、ちょっとそのままね。」

ナカジマが廃材置き場から針金を取り出し、春樹の手の大きさに合わせて針金の輪っかを作った。

「ホシノーちょっと万歳してみて。」

素直に両腕を上げたホシノの胸にその輪っかが当てられた。彼女には少々小さかったようだ。

「はい、ホシノアウトー。」

「何がよ!?」

「ハハハハ!本田君の女泣かせ~。」

「…今のは本当にすまない。」

よりによって一番駄目な答え方をしてしまったのかと、春樹は冷や汗を流す。

「でも、ほら他の三人はまだ足りてないわけだから。」

「そっか、私たちにはまだまだチャンスはある!」

ツチヤとスズキが「がんばるぞー!」と拳を突き上げた。

「…あれ?でもこの大きさ。」

ナカジマが何かを思い出そうとしているのか、輪っかを観察する。

「ユミちゃんってこんなに大きかったっけ?」

ナカジマが爆弾を投下した。

「そうだよ!あの子すっごくナローボディだもん!」

「ちょっとまて、なんでそこであいつの名前が出てくる?」

「え、だってユミちゃんと本田君って付き合ってるんじゃ…。」

本人も初耳な情報だ。一体誰からの情報なのかは知らないが、一刻も早く誤解を解かねば。

「アイツは俺のコ・ドライバー。それ以外に深い関係は無いよ。まあ、信頼できる相棒だけどな。」

クラスも一緒、部活も一緒、何だかんだ普段からも一緒にいる機会も多い。ミカ?アイツは知らん。

「ユミちゃんも春樹君のコドラに凄いこだわってるもんね。知ってる?ちょくちょく全日本のコドラのオファーが来てるの。」

「知ってる。全部蹴ってるけどな。”ほかの人とは組みたくない”って。」

「愛されてるなー本田君。」

それ故下手な運転も出来ない。ユミの期待に応えるためにも春樹は常に早くならないといけないのだ。

「それでこの輪っかの主は誰なのさ?」

「黙秘権を行使する。気になるなら探してみろ。」

「そっかぁ…じゃあ仕方ないね。」

ナカジマが残念そうに輪っかを片付ける。「重要規格」と書いたテープを張り付けて。

「さ、貴重な情報も手に入ったことだし鍋を再開しようか。」

「そうだそうだ~まだまだ具材も沢山あるんだから!」

自動車部たちの夜はまだしばらく続きそうであった。

 

 

 

 

 

 

 


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