「はい、到着~。」
「ここが我が大洗女学院自動車部の部室です!」
「継続ほどじゃないけど…。」
「道具は揃ってるよ!」
今日は大洗の学園艦に乗り込み、その本拠地である校舎まで来ていた。そう、わざわざ金沢から大洗に来た本来の目的は自動車部の交流だったのだ。なにせSH6クラスのトップ3に輝いた学校同士なのだから、お互いに気になることもあるだろう。これはその第一弾として優勝者である春樹が呼ばれることになったのだ。
「おーすごーい!穴が掘ってある!」
二日目には副部長のユミが合流し、早速自分の学校には無い設備を発見していた。
「うちリフトがないからね、代わりに穴掘って下回りは見てるんだ。」
予算が出ないなりに工夫を凝らして日々自動車の整備に励んでいるらしい。ガレージには数台の車が駐車されていて、あのインプレッサもあった。
「今は何をメインに?」
「コスモのメンテかなぁ?あの子も定期的に面倒見てやらないとすぐ拗ねるから。」
そう言ってナカジマが指をさす方に、UFOのように平たい車があった。
「うおぉぉおお!本物のコスモスポーツだぁあ!」
興奮したユミは一目散にその車の方へ駆け寄り、中を覗き、下回りを覗き込み、ちょっと離れて全体を観察する。
「え、エンジン見ても良い!?」
「どうぞどうぞ~。」
慣れた手つきでホシノがボンネットを開ける。そこにはとても小さいエンジンが鎮座していた。
「わぁ…本物の10Aだぁ…。」
この小さいエンジンこそロータリーエンジンの神髄だ。小さい排気量で大きな出力を得られるため、このような平たい車体に収めることができたのだ。
「ちょっと手がかかるけど、やっぱりNAのロータリーは良い音するよ。なんと言っても―」
「「かっこいい!」」
ツチヤとユミは同時に同じことを言う。
「お、さてはいける口だね?」
「もっちろんですよ!ロータリー大好きですから!」
春樹のランサーの隣に止められている鮮やかな青色の車。流線型を主体として一見2ドアに見えるが、その実4ドアのクーペという異彩なレイアウトのスポーツカー。マツダRX-8は先代のRX-7と比較してさらにエンジンを低く、重心近くに位置している。そして自然吸気で9000回転まで回るその音こそがRX-8の真骨頂だ。
「ロードスターも良いけど、やっぱりマツダはロータリーだよね~。」
「うん、分かる。それにはすっごく共感する!」
ツチヤ、ナカジマ、ユミが楽しそうにロータリー談義をしている中―
「あーもうちょっと燃調(燃料噴射量と空気の比)煮詰める必要がありますね。出来ればステージごとに切り替えられたら尚良いです。」
「導入したのは最近だからね…。」
「ウチはその辺のデータとかたくさん持ってますから。後日メールで送りますよ。」
「良いの!?」
「もちろんです。もっと早くなってもらわないと。」
スズキ、ホシノ、春樹はインプレッサをどう改良していくかについて話し合っていた。
「あ、そうそう本田君の運転にもちょっと興味があるんだよね。」
「具体的にはどこら辺が?」
「あの綺麗なゼロカウンターはどうやってるんだろうなーって。」
「あれだけ早くてタイヤも持つなんてずっと不思議に思ってたんだ。」
それならば話は早い。早速走りに行こうと言うわけで、インプレッサにスズキとホシノが、ランサーには春樹が乗り自動車部のテストコースに向かった。ちなみに他の三人はまだ話し足りないらしく、そのまま部室に置いていくことにした。
「同じ四駆と言ってもスバルと三菱じゃ、アプローチが異なりますからね。運転の仕方も変わるわけですが…。」
そんなことを言いつつ春樹は大洗のインプレッサを手足のようにコントロールする。広大な広場に並べられているパイロンをジグザグに抜け、大きく曲がりながら急に小さく回るコーナーも綺麗に抜ける。
「っとまあこんな感じに。」
「成程…荷重移動ね。」
二台を交互に乗り比べ互いの乗り方や車の特性を体験しながら話し合う。
「あーそれとね、ツチヤがもっと曲がりやすくしたいって言ってたんだけど、何かいい案無い?」
バネ代えてもまだ文句言うからさとホシノがため息をつく。
「それならスタビを細くしてみてはどうでしょう?」
スタビとはスタビライザーの略で、アンチロールバーとも呼ばれている。ロアアームと繋がれている鉄の棒で、車が左右に傾くことを抑える役割を果たしている。その鉄の棒が太ければ太いほど車の傾きが抑えられ、四輪がしっかりと接地し、高速コーナーで有利になる。言い換えると車が曲がらなくなるのだ。逆に言えば細くすれば車は良く曲がるようになるが、高速コーナーでは踏ん張りがきかなくなってしまう。
「それは盲点だったわ…。」
「成程ねースタビかー。」
かく言う春樹も最初は車が曲がりにくくて苦労していた時期があったのだ。そこで同じような改造を施して今のような車を振り回す運転を会得したのだ。ただし、現在は純正のものを付けている。今度は曲がりすぎて車が前に進まないように感じ始めたのだ。今後はもっと太い奴でも良いと思っているほどだ。
「今は車を動くようにセットして、荷重移動の感覚を掴む方が先ですかね?」
「なんかあの子と同い年なのに一歩も二歩も先にいるんだね。」
「そりゃあ…ずっと乗ってますから。」
そんなことを話していると聞き覚えのある2ローターの音が近づいてきた。
「いやーごめんごめん。すっかり話し込んじゃってー。」
ナカジマ、ツチヤ、ユミが車から出てきた。
「よし、それじゃあ始めようか!」
「「第一回学校対抗ダートトライアル大会~」」
駐車場から少し移動すると、土がむき出しで大小さまざまな島が作られている場所に着く。
「ここは戦車道の演習場で時々私たちも借りてるんだ。」
ダートトライアル、通称ダートラは未舗装の広場で決められたーコースを走る競技だ。昨年の学ラリで黒森峰のステージで似たような区間があった。
「私たちは一人一本。そっちは一人二本で、合計タイムが早い方が勝ち。どう?」
ナカジマがにやりと不敵な笑みを浮かべる。
「良いでしょう、その勝負乗ります。」
先攻は継続組。まずは春樹が一本走り、ターゲットライムを作る。
「この車運転するのも久しぶりだね。」
シートポジションを合わせながら、ユミは懐かしそうにハンドルを左右に回す。
「減衰はどうする?」
「前が全緩めから5つ後ろが3つで。」
「りょうかい。」
ユミの指示通りに減衰力を合わせて、車から離れる。恐らく彼女たちはユミの実力を測り損ねているのだろう。コ・ドライバーとはただ単に道案内をするナビゲーターではない。ラリー中、ドライバーに何かあった場合コドライバーが運転することもあるのだ。なのでユミもかなりの運転技術を有しているというわけだ。豪快な土煙を上げながらフィニッシュ。春樹と遜色ないタイムを叩き上げたのだった。
「やっぱり継続の人ってみんな速いのかなぁ…。」
これには大洗の四人も焦りの色を隠すことができなかった。
「よし、取り付け完了!本田君、乗ってみて。」
早速春樹は自分の車に乗り込む。
「おぉ…これは良いな。」
格段に下がったシートポジションは今までのような窮屈さを感じることもなく、各操作にゆとりを感じる。
「いやぁ間違って買っちゃったローダウンレールが残ってて良かった良かったー。」
「でも、継続にもシートレールくらいあるんじゃない?」
確かに継続高校の自動車部には様々な車の部品が揃っている。ただしそれは全て”女子生徒”が使うことを前提としてある者ばかりなのだ。
「あー確かにめちゃくちゃ大きくなったもんね。」
今までは、それで問題なかったのだが、ここ数か月の春樹の身長的な意味での成長で、シートポジションが合わなくなってきたのだ。そのせいでかなり窮屈な姿勢を強いられていた。特にハンドル周りはかなり窮屈だった。
「そうなんですよー。この前までこーんな小っちゃくて弟みたいで可愛かったのに~。今じゃタワーだよ、タワー!」
そう言ってユミが自分ののど元あたりに掌をかざす。
「えーそうかな?私は今の本田君が好きだな~。」
「ナカジマさんは優しいですね。コドラになってくれません?」
「ダメーそれはだーめーでーすー!」
ユミはバタバタと両手を振り上げて春樹に抗議した。
「こらこら、女の子をイジメすぎると愛想つかれちゃうよ?」
「まあ、その時は言ってね。代わりのコドラはたくさんいるから。」
「ちょ、ちょっと!?皆さん何をおっしゃられてるのかわかりかねますがー!」
大洗の四人からもからかわれ、ユミはもはやパニック状態だった。
「ほら、そろそろ出ないと間に合わないぞー。」
「うぅ~帰ったら延々文句言ってやる…。」
学園艦から降り、二人は岐路に着くのだった。
「ウチでラリー?もうそんな時期になったのか?」
「はいっす!自動車部の連中が忙しそうに準備してたんで。」
「そうかそうか…なら、例の作戦を実行に移すぞ。」
「カルツォーネ作戦…ですね。」
アンツィオ高校のある部屋にて、三人の人影が不敵に笑った。
「なんだかすごく親近感がわく光景だな。」
「まあ、どちらかと言うと田舎ですからね。」
アンツィオ高校の学園艦に乗り込んだ自動車部の面々は目の前に広がる光景を見て既視感を覚えていた。目の前に広がるのは森、森、森とにかく緑がいっぱいだった。
「でもうちより綺麗な…というか美術館みたいな校舎だな。」
古代ローマのような石造りの校舎と相まってとても神秘的であった。
継続高校に次いでラリーが盛んなアンツィオ高校はおよそ半年に一度のペースでラリー大会が行われている。本音を言えばもっと開催したいらしいが、それは財政上の問題で難しいようだ。
「うちみたいに一声かければ道路が封鎖できる訳じゃないからな。」
「そしていつものアンツィオルールですよ…。」
「まあ、たまには良いだろ。」
主催者ルールとして参加できるクラスはSH5クラス相当未満の車両に限るというレギュレーションが存在する。学ラリで勝てないのはSH6クラスの車両を買うお金がないからだと言わんばかりだ。
そのため春樹たちも今回は違う車両を持ち込んでいた。マツダRX-8。そう、ユミの車だ。排気量が小さく、尚且つ過給機係数のかからない自然吸気エンジンのため最も下位クラスであるSH1クラスに該当する。ライバルとなるのはトヨタのヴィッツやマツダのデミオ、ダイハツのストーリア等だ。
「本当に俺がドライバーで良いのか?」
「もちろん。私の車だろうと競技に出るからには私はコドラだもん。そこは譲れないよ。たとえ本田君でも。」
彼女には彼女なりのコ・ドライバーとしてのプライドがあるのだろう。
「…ライバルはストーリアだな。」
「そうだね…四駆ターボだし、なにより軽い。」
なにせダイハツがラリーで勝つためにターボ係数を踏まえた上での排気量にしたエンジンを積んでいるのだ。
そしてまるで軽自動車のような車体に四輪駆動を詰め込んだストーリアはまさに羊の皮を被った狼だ。
「ウチはどノーマルだし、軽量化一切してないし、最近ドラの体重増えてるしでハンデありまくりなんだよねー。」
「…すんません。」
「けどまあ悪いことばかりでもないよ。こっちはFRだしね。」
FFや4WDに比べて挙動が素直なFRはきっとここの急こう配、急コーナーのセクションに有利に働いてくれるだろう。
「去年の反省を踏まえて本田君はリアタイヤのマネジメントを鍛えようね。」
「…了解。」
もちろんちゃんと勝ったうえでねと付け加えられた。これは結構厳しい課題だなと春樹はため息をついた。
「そういや今回は誰が出るんだ?」
ユミがエントリーリストを取り出して春樹に渡す。普段SH6で走る連中は殆どがSH5クラスに移っていた。その影響か半分がSH5クラスを占めていて、なかなか面白そうだった。
「んん?」
春樹と同じSH1クラスに聖グロリアーナ・シティという名前が。そして、そのドライバーには”ローズヒップ”と書いてあった。
「アイツ…ふふ。出る気になったか。」
「知り合い?」
「あっちに行ってるときにな。初代シビックに乗ってる。」
「へぇ…良い趣味してるじゃん。」
ちょっと気になったので、早々に車両整備を終わらせて聖グロリアーナのテントに向かった。
「あら?お久しぶりですわ春樹さん!」
そこには妙な話し方をするようになったローズヒップがいた。髪形が綺麗に整い、姿勢も良くなっている当た、りおそらくダージリンの影響だろう。
「免許取ったんだな。」
「もっちろんですわ!私に自動車の楽しさを教えてくださったのは春樹さんでございますのよ?」
「その奇妙なしゃべり方はあの英国貴婦人の影響か?」
「えい…こく…ああ!ダージリンさまのことですの?はい、ダージリン様の下でしゅくじょのまなーを学んでるところですのよ!」
まあそれで行儀がよく成れば良いかと話半分で聞き流し、二人の車を見る。
「この車はどこからか持ってきたのか?」
「自動車部で使わなくなった車両を譲り受けて私たちで整備したんです。」
ローズヒップの後ろから小柄な金髪の少女が貌を出した。まるでダージリンを80%の縮尺にしたような出で立ちだ。
「君はコドラ?」
「はい、ダンデとお呼びください。フルネームはあまり女性っぽくないので…」
エントリーリストにはダンデリオンと記載されていた。確かに女性の名前にするには少し男っぽい。しかしたんぽぽじゃ、今度は子供っぽい。なるほど、だからダンデか。
「ラリーは初めて?良かったら教えてあげるよ。」
「良いんですか?」
「もちろん!継続高校は頑張る全ての車好きに協力は惜しまないんだから!」
そう言ってユミはダンデにペースノートの作り方を教え始めた。
「シビックの調子は?」
「おかげさまで上々ですわ。毎日元気よく走ってくれますのよ!…時々ダージリン様に少しは戦車のお勉強もしなさいと叱られることもありますが。」
「まあそこは程よくバランスとってやることだ。」
「もっちろんですわ!」
シビックもそうだがこのシティも随分古い車だ。その小柄で軽量なボディは初代シビックと同じ系統と言えるだろう。まるで軽自動車のようなボディはこの時代のホンダの特徴だ。真新しいボディ補強の痕から察するに一から車を作り直したのだろう。それだけで、ラリーに対する真剣さを伺える。
「うん、いい仕事だ。」
「ありがとうございますですわ!」
このへんてこな話し方は少し気になるが、前と比べてすっかり明るくなったことは喜ばしいことなのだろう。太陽とたんぽぽ、成程良いコンビだ。
「本田君無線機あったよね?あれちょっと借りてきてよ!」
ユミの指示で持ってきた無線機をシティに取り付ける。RX-8にも同じく取り付け、春樹は何となくユミの意図を理解した。
「実地研修か。」
「そ、実際にコース見ないと分からないしねー。」
こうして二台でレッキ走行に向かうのだった。
「はい、ここがグレイチングね。グレって略すと良いよ。」
『はい。スピードは抑えた方が良いですか?』
「うーん…シティなら大丈夫かな。」
『分かりました。』
無線を使いながらコースのどこに気を付ければいいか、どこを通ると安全に早く抜けられるかをアドバイスする。
「R5~2/10/R2…アウトに水。」
「はい、アウト水ね。」
橋を抜けると少しだけ舗装が良くなる。上下のブラインド。いわゆるクレストが目立つが、基本的にアクセルは全開で行けそうだ。
「オーバークレ、キンクス100。コーション無し。」
「お、攻めるね。」
「馬力無いからな。」
普段のランサーならスピードを抑えるところだが、そこまでスピードが出ないことを逆手にとることにした。SS区間が終わり、次のSS区間に向かう。森の切れ目から、下界の様子が一瞬だけ見えた。
「わぁ…良い景色。あれ、アンツィオ高校だよね。本当に遺跡みたい…。」
窓を開けると標高の高いおかげか涼しい風が車内に入ってくる。
「こうしてみると文化の町って気がするなぁ。」
歴史的文化、自然的文化を見事に両立させたこの学園艦は本当に美しい艦と言えよう。
「だからこそここでラリーするのは好きなんだよね。」
「…そうだな。」
ただ走るだけがラリーの楽しさではない。ローズヒップにはその一部でもいいから伝わって欲しいと春樹は思っていた。
「くそー、どいつがそうなんスかねー?」
「写真によると背格好は私くらいのはず…。」
「でも姐さんと同じ背丈の男なんて見当たらないっすよ?」
「あ、もしかしてあの方では?」
「えー写真と全然違うっすよ?」
「でも男性の参加者は彼だけですし、お隣にいる女性が同じ方ですから…。」
「それもそうか。…でも成長期を考えたとしても成長しすぎじゃないか?」
「姐さんあんな感じの人が好みっすからね~。」
「なっ!?なぜそれを…じゃなくて、それは関係ないだろう!?」
「アンダーパワーの車ってのもなかなか面白いもんだな。」
「でしょう?無いなら無いなりの楽しさってのもあるんだよ。」
そう言ってユミは胸を得意そうに張る。
「まあ俺はあった方が好きだけどな。むしろじゃじゃ馬の方が乗りがいがある。」
「…どーせ私はぺったんこですよーだ。本田君のスケベ。」
「さっきまで車の話してたよな?…よし分かった。そっちの方のコダワリもじっくり語ってやろうじゃないか。」
「ごめんなさい。許してください。」
エグイ話の一つや二つしてやろうかと思ったが、ユミが思ったより素直に謝ったのでやめておくことにした。
「そういえばあの二人の調子は?」
「タイムにばらつきはあるけど、遅くはないよ。あのダンデって子かなり肝が据わってる。」
「楽しみだな。」
「そうだね。」
この調子でSH6に上がってくれたらもっと楽しいんだけどなと春樹は、あの二人の秘めたる才能にワクワクしていた。
「本田さん、空気圧はどうしますか?」
「同じで良い。増し締めは確認したか?」
「はい、大丈夫です!」
「よし、上出来だ。」
後輩の頭を撫で新しい水の入ったペットボトルを車内に置く。
「本田くーん、褒めるのも良いけどほどほどにね。」
「なんだ?きっちりと仕事をこなしたんだ。褒めるのは当たり前だろう?」
新入生にとってはこれが初めてのラリーだ。緊張もあるだろう。その緊張をほぐす方法として褒めるのも重要なのだ。
「はいはい、ウチのお父さんは面倒見がよろしいことで。ほら、そろそろサービスアウトだよ。」
妙に刺々しいユミであった。
「はい、ここから舗装が良くなるよ!」
しかしそんな刺々しさもラリーが始まってしまえば関係ない。
「R3/50アウトスリップ。さっきより土出てるよ。」
いつも通りの的確なナビゲート、且つ必要な情報を必要なタイミングで引き出す。
「はいフィニッシュR3ロング~お疲れ様。」
「ふぅ…。」
最後のSS区間が終わりストップを抜けてサービスパークに向かう。
「ストーリアとどうかなーって感じ。もしかしたら負けたかも。」
「まあ…リアをセーブしすぎたか。路面が悪かったか…。」
元から今回の目的は後輩の育成だったのだ。勝ち負けはあまり問題ではない。それに最低限の課題は達成できたから良しとしよう。山道を下り、コーナーを抜ける。あとは楽しいドライブタイムだ。そう考えていた時だった。突然目の前に大きな岩が現れた。こんな岩さっきまで無かったのに。気を抜いたせいで反応が遅れる。
「春樹君!」
「……!」
完全に不意を突かれた春樹は咄嗟にハンドルを右へ切り、ブレーキを踏み込む。
パン!ガガガガガ…
「くそっ…バーストした。」
「三停板出して来る!」
ユミが急いで車から出て後続の車に故障車がいることを伝える準備を始める。
春樹も降りて車の状態を確認する。岩はよけたはずなのに、タイヤがバーストしたことに違和感を感じたからだ。パット見てどこかにぶつけた形跡もない。しかし、右の後ろのタイヤが何かに引き裂かれたかのようにズタボロになっていた。ということは、車体の下に何かがあったのだろうか。
「…あれが原因か?」
車の10m後方に、まるで剣山のように無数の釘が生えた棒が転がっていた。明らかに人為的なものだ。
「誰がこんなことを…。」
その意図を推察するよりも、今はタイヤ交換だ。工具とジャッキを取り出すためにトランクを開けたその瞬間、突然目の前が真っ暗になった。ふっと体が持ち上がる。
「何―」
声を出す前に猿轡をされてどこかへ押し込まれる。
「確保したっス!」
「よし、出せ!」
「はい!」
音と揺れ具合から察するに車に乗せられてどこかへ運ばれているようだった。よもや誘拐の当事者になるとは思いもしなかったので、とりあえず大人しくする。しばらくすると、車が停まり、ドアが開く音がした。
「よし、このまま歩け。」
車から降り視界が塞がったまま歩かされる。音の反響具合からどこか広い所のようだ。
カラン!
誰かが金属でできた何かで躓いたようだ。それが足元まで転がってくる。それを軽く踏んで形状を確かめる。
……スパナだな。
「コラ、気を付けろ!転んだらどうする!」
「す、すみません姐さん…。」
音の反響具合から、そこそこ広い空間だと推察できる。そして、工具が落ちているということは大きな機械を整備する場所のようだ。そこまで距離を走っていないことを考えたらアンツィオ高校の学園艦内であることは間違いない。つまりは戦車道の関係者か。
「そこに座れ。」
椅子のようなものに座らされると、背もたれごと腕を縛られる。その時春樹は思い切り腕に力を込めた。
「よっし、完了っス!」
目隠しを猿轡と目隠しを外される。春樹の予想通り戦車がずらりと並べられた光景が広がっていた。我ながら名推理だと小さく笑う。
「…ずいぶんと落ち着いてますね。」
「いやいや、突然誘拐されてびっくりしてるところだよ。」
「とりあえずアイスコーヒーでもどうっすか?」
黒い髪の女生徒がグラスに入れられたコーヒを持ってきた。
「縛られてるんだが…?」
「あ、そうだったっす!」
その女生徒を放っておくことにして、目の前のリーダー格であろう女子生徒を見る。
「とりあえず取引の内容を教えてもらいましょうか。」
「…話が早くて助かるな。私はアンチョビ、アンツィオ高校戦車道の隊長だ。お前の話はよく聞いているぞ、本田春樹。」
「そいつはどーも。」
アンチョビは春樹に詰め寄り、その肩をがっしりと掴む。
「単刀直入に言う、アンツィオに転校して、ウチのメカニックになって欲しい。」
「……はぁ。」
「ゆ、優遇はするぞ?三年間ウチの学食をただにするし、学生寮も優等な場所を与えるつもりだ。…どうだ?」
何かと思えばそんな話かと春樹はため息をついた。
「とりあえず理由を伺いたい。」
「…実は―」
金銭的に余裕のある学校は様々な交渉材料を駆使して春樹の技術を学ぼうとしたが、アンツィオは継続と同じように基本的に貧乏だ。人材はあるが金が無い継続。金はあるが人材は無い有名校。アンツィオはその両方が欠けていた。アンチョビの手腕で何とか戦車道は実力のあるレベルまでに上り詰めたが、優勝するためにはそのどちらかが必要不可欠。そこで彼女たちは継続がラリーでやってくることを狙って、今回の事を実行に移したようだ。
「こんなことしなくても、呼べば来ますよ。貧乏の辛さはどこの学校よりも知ってるわけですし。」
「ほ、本当か!?」
「報酬はピザかパスタが良いですね。ハーブが効いてると尚いいです。」
ここの学食の美味しさは全国的に有名で、そのためだけに入学を目指す生徒も少なくはない。
「ペパロニ、縄を解いてやれ。はぁこんなことなら最初から要請を出せばよかった…。」
「了解っス!…あれ?」
背後から「あれ…おかしいな?結びすぎたかなぁ…?」と不穏な呟きが聞こえてくる。おそらく夢中で結びすぎて、解けなくなってしまったのだろう。
「お、おいどうした?」
「すみません姐さん。解けなくなっちゃいました。」
「ば、バカ!どうするんだ!」
春樹はもう一度ため息をついて、腕の力を抜く。すると少しだけ隙間が生まれて、縄から腕を抜いた。
「おぉ~すげぇ!」
「一体どうやって…。」
感心する二人をよそにアンチョビが慌てた様子で春樹の服の袖をまくった。
「…良かった痣になってなくて。」
心底安心した様子でほっと息をつく。ここの隊長は根っこのところは優しいらしい。そこまで人の心配ができるならもう少しやり方があっただろう。
フォオオオ…ッフオオオオオ!
ほら、いらない角が立ってしまった。
「ね、姉さんまずいっす!」
ドッグの外からロータリーエンジンの音が近づいてきた。
ギャギャギャギャ…
そのままドッグに飛び込み、派手なサイドターンで四人の前で止まった。
「な、なんだぁ?」
「ちょっとあんたたち!よくもウチのドラをさらってくれたわね!」
鬼の形相をしたユミがまさに鬼気迫る勢いで三人詰め寄ってきた。
「た、退却~!って、お前たちいつの間に!?」
気が付いたときにはアンチョビを残して二人ははるか彼方に走り去っていた。
「ま、待てお前たち!置いていくな~!」
アンチョビも二人を追って逃げていった。
「春樹君大丈夫!?ケガはない?」
「あ、ああ…大丈夫だけど。」
「良かったぁ…。」
ユミは安心したのかヘナヘナと座り込んでしまった。
「よくこの場所が分かったな。」
「春樹君を連れ去った車がオイル漏れ起こしてたみたいで、その痕を追ったの。」
ここの学校の整備が行き届いてないことが幸いにも、春樹を助ける形になったようだ。
「他の部員に連絡は?」
ユミは首を横に振る。どうやらあのバーストしたところから真っすぐ来たらしい。
「春樹君にもし何かあったらって考えたらいてもたってもいられなくなって…。」
俯くユミの顔色を窺うように春樹はしゃがむ。するとユミが首元に腕を回してグイッと引き寄せてきた。
「悪いな、心配しただろ?」
「そうだよ、本当に心配したんだから!」
ユミの眼は潤んでいて、あと少しで涙がこぼれ落ちそうだった。
「分かった分かった。ほら、表彰式もあるんだから帰るぞ。」
ユミの腕を掴んで立ち上がらせようとするが、彼女はその場に座り込んだままだった。
「…どうした?」
「こ、腰抜けちゃったみたい…。」
春樹は苦笑いをした後に、ユミを抱きかかえて助手席に乗せた。
「そういえばまだ助けてもらった礼をしてなかったな。」
帰り道、春樹は思い出したように空いた左手をユミに向ける。
「え?良いよ…別に。」
ユミは顔を横に振り、手を振り全力で拒否の意思を示した。
「なんだあの時はきつく当たってきたのに、自分は遠慮するのか?」
「だ、だって恥ずかしいし。」
「知るかそんなこと。諦めて受けろ。」
春樹は強引にユミの頭を引き寄せてやや強めに撫でた。
「ありがとよ。お前がコドラで良かった。これからもよろしくな。」
「……。」
ユミはしばらく放心した様子で春樹の顔をぼーっと見ていた。
「えへへ…えへへへ~。」
やがて完全に緩み切った表情でモジモジしだした。
それは表彰式でも続き、部員からはそんなに自分の車が2位になったのが嬉しいのかと春樹にとっては良い方向で誤解されたのだった。
ドラマCDで出てきたコスモスポーツは本物なんでしょうかねぇ?
彼女のカレラの方は本物でしたけど…。