哀れな鬼 作:ただのオッサン
「がはっ……!? く、くそ…!」
強さとは何か? 男なら、一度は考えた最大の謎である。その謎は、古来より考えられているがいまだ誰も正解にたどり着いていない。この謎は、一生解けないから。
正義感溢れる青年はこう言った――
『守ることで人は強くなれると』
どんな卑怯なことをしても勝たなければならない男は、こう伝えた――
『強いっていうのは、どれだけ悪いことをするかだ』
孤高でこの世を去った老人が、遺言では――
『一人でいれば、強さは得られた』
仲間に囲まれながら、何かを制した男は嬉しそうに――
『みんなが居たから、俺は強くなった』
それぞれ、多種多様の強さという謎を自己解決したのだ。謎は、解決された……。
いいや、謎は解決されていない。強さというのは、多種多様にありながらもそれが本当の強さとは限らない。だから、誰もが『最強』という称号を握りしめていないのだ。この称号は持っている人はいるが、それはただの称号である。100人に聞けば99人が最強と答えても、1人がそれほどでもないと言えばそいつは『最強』ではない。
人に認められれば、人に己の強さを見せれば、そう謎を解決するには人が必要なのだ。
「なんで……あたんねぇ…んだ」
鈍い轟音が、当たりに響き渡る。
拳にはべっとりと、真っ赤な血がついてる。血が付着していようが、それを拭わずもう片方の拳を目の前に向けて放つ。また先ほどと同じような音が、響きだす。
「ぐ……! のやろ…」
目の前の男は、全身に打撲や骨折している跡が浮き出ている。顔面には血が流れており、彼の右目を血で覆っている。どうやらまだ口が動くようだ。
「竜也ー!! 頑張ってーー!!」
「そんな奴に負けないでくれ!!」
視線を周りに移せば、十数人ぐらいが囲みながら応援をしている。まだこいつらは希望を持っており、竜也という人間に必死にエールを送っている。
強さというのは、少年漫画の主人公のほとんどは『仲間』や『友情』という、曖昧な答えで導いている。だが、決してそれは正解とは限らない。ただの傲慢で、欺瞞だ。そう思わせることで、みんなは勘違いしてしまっている。
『仲間』? 『友情』? そんなんで強くなれるとか、どこまで頭がお花畑で埋め尽くされているんだか。だったら、今すぐその不可思議パワーでこの危機的状況を、打破してくれないか?
何回も、何回も何回も何回も何回も、あんたの強さっていうのを拝もうとギリギリの状態にさせているのに、何でまだ見せてくれないの?
怒りが拳に宿りだし、竜也の喉元まで目がけて拳は走り出した。
「ひっ…!!」
竜也は一瞬悲鳴をあげたが、気づいたころには首に鋭い拳が入り込み、白目を向きながら後ろに倒れだした。外野からは悲鳴が聞こえ、何人かが竜也の名前を呼んでいる。
――が、しかしそれでも立ち上がらない。指はピクリとも動かなく、ただただ地面に背中を預けていた。
これだから嫌なんだよ、強さっていうのを何も見せずに終わらせちまうのは。これまでだってそうだった、正義感溢れた青年は、最後には怯えながら何もかも捨て逃げ去った。
卑怯な男も、うずくまりながら泣いて謝ってきた。孤高な老人は『最強』と自負しながらも、あっさりと死んじまった。今度こそはと思い、絆を信じているこの男に挑めば、なんともあっけない結末に。
奴に入れた拳の数は計16発。どれもただの挨拶程度の威力ではあったが、どうやらこいつは耐えられなかったらしい。死合前の竜也は自信に溢れていたが、進みにつれて恐怖が刻み込まれたか顔が歪んでいった。圧倒的な差を見せつけられながらも、こいつはそのまま諦めてしまった。だから、俺は許せなかった。
死合前は上から目線で、歯がゆいことをペラペラと言ってはみたが所詮はこんなものだった。俺の期待を全て裏切り、自分自身にも裏切ったのだ。
足音静かにしながら、奴の頭の元まで歩く。俺が何するか見当が付かない外野は涙をためながらも、動こうとはしない。
「ヒュー……ヒュー…」
息がある
なら、まだやりあえる
拳を垂直に振り下ろし、奴の顔面を捉えた。
「や、やめてーーーー!!!!!」
「このやろーーーー!!!」
外野のほとんどが俺を取りおさてくるが、それでも奴の顔面に一発、二発と続けて拳を当て続ける。外野は俺の腕を抑えようと必死だが、それを物ともせずただただ攻撃を繰り返す。
止められるわけないだろ、だって俺はまだこいつの強さを見せてもらっていない。息があるならまだ戦えるはずだ、さぁ立ち上がれ。そして、理解させてくれお前の強さっていうのを。満足させてくれ、俺の空腹感を。眠るな、眠るな眠るな眠るな、まだ目を開けて俺に攻撃してこい!
「うぅ……」
「竜也!! 逃げろ!! ここは、俺たちが…!」
「竜也くん!! 早く!」
どうやら殴ったおかげで脳が覚醒したのか、竜也は目を開けた。外野は一安心しているが、それでも気を緩めず俺を抑えようとしている。
いいぞ、それだ。お前の強さは絆、ならその仲間への絆で俺を倒してみろ! 俺を超えてみろ!! 『最強』に近づいてみやがれ!
竜也は外野から差し出された手を握ろうとしている。
「た、たすけ……」
弱気な発言で仲間に助けを求める竜也。
ふざけんなよ、何帰ろうとしてやがるんだ。お前の力っていうのは、こういう時に来るもんなんだろ? ほら、お前の望むように仲間が近くにいてる強くなったろ? なら、その力を俺に示しやがれ。
「こいつ、なんつ…力だ」
「やばい、竜也逃げろ!! もう、持ちそうにねぇ!」
右腕に抱きついている男を引きはがし、奴を掴もうとした―――が。
「ひぃぃいいい!!!」
「た、竜也…くん」
竜也は仲間よりも自分の体を優先にしてしまい、仲間を盾に奴は後ろに隠れた。
いま、こいつは何をした? 自分の力の源である仲間を、売ったのか? たった、たった数十発殴られてだけで己の理論を覆したのか? それが、お前の強さなのか………。
右腕の力が空気のように抜け、ダランと下がった。他の仲間たちは絶句しながら押さえつけている手を緩め、竜也たちに近寄った。
「大丈夫だったたか?」「どこも怪我はないか?」、盾にされた仲間の体を気遣う言葉を送っていた。
だが、今ので分かったはずだ。これから一生、竜也の事を信じる仲間はもう誰も居なくなると。この気持ち悪い空間を抜け出したく、速攻と去りだした。
「今回も外れ……か」
都会の方では全く見れない、綺麗な夜空を眺めながらぽつりを独り言を呟く。公園のベンチで偉そうに足を組み、空を仰いだ始末。
この繰り返しは、アソコから去ってからずっとこんな調子だ。強い奴とは、ここ数年出会ってはいない。むしろ、強い奴と信じしている雑魚しか出会っていない。
学校の方ではちょくちょく良さそうな奴はいたけれども、どれも俺と互角に叩ける奴ではなかった。あと数年したらわからないが、そこまで待つ義理もない。
「……強ぇ奴、近くにいないかな」
願望も呟くほど、俺は飢えていた。
「なら、私が相手になってあげようか? 今なら、納豆つきだぞ」
後ろから聞こえる、女の声。そして、ほのかに納豆臭い。振り向けば、そこには笑顔でポーズを決めている女子高生がいた。
「はぁ~……一瞬上物の匂いがしたかと思えば、腐った女子高生の匂いかよ…」
「ちょっとー、その言い方はダメなんじゃないかな? こう見えても、君より年上だぞ私は」
「一歳しか違わないじゃねぇか……。で、何の用だ松永」
「なになに、こんな真夜中で不審者に用があって悪いの?」
「もう俺不審者なのかよ」
「拳や顔に返り血ついていれば、誰だってそう思うよん」
松永 燕。ただの学校の先輩であり、それなりに交流している数少ない人物である。以上、説明終わり。
松永はニコニコしながら隣に座り、もっと詰めてと言わんばかりに奴の太ももが俺を押し込んでいる。
「ちょ、あまりくっ付くなわずらわしい。用がないならさっさと帰りやがれ、親が心配しますよー」
「私は君を心配しているんだよ? また、食い荒らしたっぽいしさ」
食い荒らした――。この表現を使うのは、こいつが三人目だ。まるで俺が死合すると、それを食い荒らすとわざわざ言い換えるのは。この松永という女は、たしかに強い。身のこなしも、技の使い方もまさに一級品と取れる。以前、俺はこいつと死合しようとしたが、どうやら以前に無茶やっていた時期がこいつの耳に入り未だに死合を拒否されている。
目の前にいるのに生殺しかよと突っ込んでいるが、いままで我慢できたのが本当に奇跡だとも思う。
「どうする? そろそろ、ここ等へんで強い人もいなくなったし、ますます空腹感が沸いてくるんじゃない?」
「そうだな……」
素っ気なく返事されたのが気に食わないのか、頬を膨らませながらつんつんと俺の胸板をつついてくる。可愛らしい行動なのかもしれないが、生憎お前にされても全く嬉しくない。
しかし、実質問題これからどうするかだ。頼みの綱の竜也さえも、あの体たらくだ。これ以上ここで求めていては、ただの不良と変わらなくなっちまう。
深く悩んではいるが、最終的にはいつもどうにかなってるしな……それも、あともうちょいで限界だろう。次の手段を考えるのも、早くていいかもな。
考え込んでいる俺の顔を除く松永が物珍しそうな顔をしていやがった。
「んだよ、俺の顔がそれほど可笑しいっていうのか」
「まさか、ただ考え込む程切羽詰まっているんだなーって。じゃあ、そんな君に朗報です」
「納豆の押し売りは結構な。あんまし好きじゃんないんだよ」
「そうじゃなくて……。全く、納豆のどこがいけないってのさ。こうネバネバ―っていうのがたまらんのに」
松永はぶつくさ文句をしながら、懐から白い封筒を取り出し俺に差し出した。とりあえず納豆は入っていないと確信し、封筒を受け取って中身を見ると、やはり一通の手紙が入っていた。
手紙を取り出し、読んでみると――
「……おい、ここに九鬼って書いているには俺の見間違いじゃねぇよな」
「そうだよ。だって、その手紙は九鬼財閥からの手紙だし」
「俺が読んで平気なのかよ……暗殺とかされねぇかな」
「君が暗殺されるたまじゃないでしょ。いいから、サッとネバッと読んでみ」
ネバってなんですか、どこの日本語だよ。
言う通りにサッとネバッと読んでみれば、内容がとんでもないことに気づいた。というか、なんだよこれ……川神だと……。
ふと、手に力が込みあがる。
「まぁ、お仕事でね。来週にはもう川神に行くんだけど……どう?」
「どうってお前、これ俺も一緒に付いて行っていいのか? どう見ても、お前に向けての依頼なんじゃ」
「確実性を求めるなら、私を君を推薦するから平気だと思う。というか、できれば付いてきてほしいなぁー」
「…………」
内容を読み返せば読み返すほど、意味がわからん。九鬼とは以前何度か交流があって、どれほどの規模の会社なのかは理解しているが、これはなんだ? 九鬼がプラスになる要素が思いつかないし、むしろマイナスに……。
だけど、川神か。当分は帰らねぇと決めていたのに、まさかこんなに早く帰れる機会が訪れるなんてよ。
「で、どうする? 行くの? それとも、行かないの?」
「決まってるだろ、川神に直行だ」
こうして、俺の物語は歯車というパーツを手に入れ、一個ずつと確実に回りだした……。松永は嬉しそうに俺の手を握り、ぶんぶんと上下に振っている。
「それじゃあ、逝こう! 山神くん!」
山神 鬼灯。強さを求める、哀れな鬼の物語が幕を開けた―――
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