哀れな鬼 作:ただのオッサン
「お久しぶりです、揚羽さん」
「うむ、遠いところからご苦労。元気そうでなによりだ、鬼灯」
ここは九鬼財閥で経営しているホテルの一つ。外観は高級マンション顔負けの豪華さであり、その内装もまるで宮殿を思う浮かべるような出来栄えである。この最上階には九鬼だけしか入れなく、今その九鬼しか入れないところには何故かしら俺が居る。
大広間の絨毯は動物の毛皮かと思うほどふかふかであり、天井には数百万のしそうなシャンデリアが。中央にはそのシャンデリアの額を変えてそうな大理石の机に、高級ソファが対に置いている。
片方にはもちろん俺が座っており、その片方には先ほど名を呼んだ揚羽さんが腕を組み、ましてや足も組んで君臨して居る。
九鬼 揚羽。九鬼財閥の長女であり、跡取りの一人。特徴的な九鬼家の紋章ともいえる、額にバッテン傷が目立っているが、揚羽さんは隠そうとはせず前髪をカチューシャで止めている。
「どうだ、学校生活は? 風の噂では、お前が不良のような真似事をしていると聞いているんだが」
揚羽さんの言葉に棘があるのを感じた。どうやらこの人は、俺の関西での生活を知っていたらしい。揚羽さんが机に置いているただの水を飲むほど、空気が重く感じている。
「そんなヤンキーみたいな事はしていません。俺はただ、強さっていうのを探しているだけです」
強く言い返す、用意されている水を飲み干す。
たしかに他の人から見ればヤンキーの行動と一緒なのだろうが、俺にも俺ならの理念がある。否定されるのはちょっとしゃくだ。
どうだ揚羽さん、今の俺カッコ良くないですか?
「見なうちに、重度の中二病になってしまったか……」
「そうじゃない。人を可哀想な目で、見ないでくださいよ。そういう簡単な事じゃないんですから」
「フハハハハ! いやなに、お前をからかうと楽しいからな。昔に戻ったみたいで、愉快であったぞ」
「お人が悪い…。そんなんだから、いまだに独身なん「お前、死兆星がよほど見たいらしいな」ごめんなさい、心の底から謝罪します」
揚羽さんは拳を強く握ると、体中から呼応するように気が流れ出した。この人は嘘は言わない主義だから、もしあのまま口を滑らしていたら確実に世紀末を見ていただろう。
深く頭を下げ詫びると、揚羽さんは落ち着きを取り戻し元に戻りだした。機嫌が少し悪くなったのか、また揚羽さんはコップを強く持ってはグイッと一気飲みし、強く机に叩きつけた。
「全く、その口の聞き方は直っておらんのだな。流石に、我だって傷つくぞ」
と、目を細めてプイッとそっぽを向けられた。
なにこれ可愛いと一瞬思ったが、ようは松永の上位版と理解した。松永がやると何かしら裏があるからな、この人のは単純に可愛い。
「そんな可愛くされても、困ります。それよか、俺に話があってわざわざここに呼び出したんじゃないのですか」
「可愛い……」
「……揚羽さん、なにボーとしてんですか。ほら、早く要件を話してください」
「あ、あぁ。ごほん……話というのは他でもない」
少しだけ揚羽さんが俺を見つめてフリーズしていたが、どうやら仕事疲れなのかすぐに元通りになった。顔が朱かったのは、たぶんこの部屋が熱いとかなんかだろ? たぶん……。
真剣な眼差しに戻って揚羽さんは、俺に強く言い放った。
「鬼灯、この依頼…………降りてくれないか」
この部屋の温度が急激に冷めたように感じる。揚羽さんの言葉には、どことなく平凡な俺の言葉とは違い何かが宿っていると昔から思っていた。この人の言葉は、生まれながらの王がもっているソレに近い。この人の瞳は獣には例えられない。王という存在は曖昧な現代だが、この人が王と言われたら誰もが納得する。
そして、今回揚羽さんが依頼を断ってくれないかと強く言ってきている理由も、もちろん俺は理解できる。これはお願いではない、王からの命令だ。
九鬼とは、ここまで恐ろしいのかと噛みしめた。これほどまで存在力があり、権力も腕力も知力も持ち合わしている。
この依頼、将来のわが身のために、この人と友好的関係を長く続けるために断ろうか……。
決断は早かった。俺は息を短く吐きだし、目の前の王に告げる。
「無理」
「なっ!?」
二言で、王は動揺した。動揺した揚羽さんは目を見開き、唖然としていた。
それを気にせず、悠然と飲み物を口に含む。うん、やっぱり高級ホテルが出す飲み物も格別なんだなと、平凡な事を心で言いながら。
「鬼灯、これは九鬼の問題だ……。頼むから、ちゃんと聞いてくれ」
「聞いてますよ。聞いてるから、俺は率直に答えただけです。無理なものは、無理」
「お前…! 良いか! 下手すればまた、『あいつ』に壊されるかもしれんのだぞ!」
『あいつ』と聞いた途端、手が一瞬震えてしまった。そう、一瞬だ。この一瞬、俺は脳内で揚羽さんが『あいつ』と言っていた人物を振りかえぅた。
フラッシュバックした、過去。一度も忘れてはいけない、大切な過去でもある。けど、同時に忘れたい忌まわしき過去でもある。
歪なもので混ざり合う思い出は俺以外に、揚羽さんはその事も知っている。揚羽さんは優しい、優しいから強く命令している。
俺が、あの時のように壊れることを望んでいない。純粋に、俺を助けようと必死な表情だ。そんな表情を見た途端、ふと笑いが込みあがってきた。
「ははは……」
「何を笑っている! 我が、どれだけお前の事を…」
「えぇ、わかってます。なんかこう、嬉しいんですよね…。嬉しくて、こう胸の奥底から笑っちゃういうような…」
腹の底から笑いが込みあがってくる。これは、ただ嬉しいだけだ。揚羽さんが俺を心配してくれるのが、単純に嬉しかった。あの時、壊された後にこの人と出会った。それが、救いでもあった。
あの場所に、俺の居場所はなかった……。俺のことを心配してくれる人はちらほらいたけど、けど一番俺のために動いてくれたのがこの人だったな。
また、俺を助けようとしてる。
それが、嬉しいんですよ。
「でも、今回は譲れませんよ。俺はあそこでやり直さないと、強さを求めていた事が無駄になっちまう」
立ち上がり、自分より小さい揚羽さんを見下ろす。揚羽さんから唾を飲み込む音が聞こえた。それほど、お互いの距離は近い。
「今行かなきゃ、俺は二度とあそこに行く口実がなくなっちまう……。お願いだ、揚羽さん」
「……鬼灯」
頭を深く下げる。顔は見えないが、声で聞く限り揚羽さんはきっと悩んでいる。この人の優しさに漬け込む自分は嫌いだ、この人に迷惑かける自分はもっと嫌いだ。
嫌い、嫌い、嫌い、嫌い。
嫌いでも、俺は前に進まないといけねぇんだよ。
松永に誘われたときは、これは最初で最後のチャンスと思った。生まれ変わるための一本の糸が、やっと俺の目の前に現れたんだ。
絶対手放さねぇ、例え両腕が千切れようがどんなことしても掴みとってやる。覚悟は、もうできている。
「…………」
「頼む揚羽さん、俺をもう一度……もう一度、川神に行かせてくれ!」
なりふり構ったいられない。土下座だってなんだってしてやる。あんたが首を縦に振るまで、この部屋から出させねぇ。
「……はぁ。わかった、わかったから頭を上げろ。いい男が、土下座などするではない」
頭を上げれば、頭を押さえていて困っている揚羽さん。やれやれとため息をつき、俺の体を立たせようと、手を指し伸ばしてくれた。
手を握り、勢いよく立ち上がると揚羽さんの力が強すぎて……。
「ぷっ!?」
揚羽さんのたわわに実っている胸に、顔を埋めてしまった。謝りながら脱出しようとしたが、後頭部を押さえつけられ身動きできない。
き、気持ちいいけど……。これが、本能ってやつか、恐ろしい…。
「すまん、鬼灯。今だけは、こうさせてくれ。不甲斐ない我を、許してくれ……」
「揚羽さん……」
優しく包み込む揚羽さん。顔は見れないけど、必死に泣くのを堪えている声が頭上から聞こえる。
俺はずるい、この人を泣かせてしまった。何かをするのはおこがましいけれども、この女の子をまたさっきみたいに元気にさせたって、罰は当たらないだろ。
フリーになっている両手を揚羽さんの頭に置き、ポンポンと優しく宥める。
ごめんなさい、揚羽さん。
ありがとう、我儘な俺を許してくれて。
ご意見、よろしくお願いします。