さあ、愉しい訓練の時間だよ!
〜閑話 鎮守府廊下にて〜
「あ、あの山本少将!」
横須賀防衛戦の翌朝五時、執務室(仮)の外で待ち構えていたのは葛井だった。
「おはよう、葛井。────今から外周走るんだが、一緒に行かないか?」
「あ、いえ、その……。っ、お供させていただきます」
八月も半ば。相も変わらずギラギラと照りつける太陽は、しかし日の出直後の今は、水平線から優しく鎮守府を照らし出している。
気温もまだ高くない中、三十分程のランニングを終え、クーリングに入っていた葛井にスポーツドリンクを投げる。
「あ、ありがとうございます……」
「いや、付き合ってくれたお礼だよ。梶谷は昨日徹夜突貫で工廠の整備監督してたし」
身体がビックリしないように、少量冷えたドリンクを口に含む。運動後の身体には嬉しい甘味に乾いた喉も潤う。
「……て、提督。お話があります」
「ん?」
「先日のブリーフィング中、前線部隊の生存を軽視するような発言、誠に申し訳ございませんでした!」
ああ、と思った。確かにエリート出身で人一倍出世欲も有してはいる。故に周囲が目に見えなくなれば迷走してしまう危うさも持っている。だが、彼は上に立つ人間としての自覚は持っているだろう、実際ここで謝罪したのが証拠だ。
しかし、これだけでは完全ではないので少し言っておくことにする。
「んー……。まあ、今回の件は不問かな?ただ、俺以外にも謝罪する相手がいるだろ?」
「っ……!!しかし……」
部下に頭を下げるのは……、と悩む様が判る。プライドの高さもあり、逡巡する彼を見ながら続ける。
「まあ、どうするかはお前に任せるよ。ただ……」
立ち上がりながら、脳裏には三年前の自分の姿が浮かぶ。
「言いたい事は早く言うべきだよ?後悔先に立たずってね」
閑話~完~
わんわんと騒がしい蝉の声。
高温高湿度の空気は吸い込む度に喉の渇きを助長し。
早朝なのにギラギラ輝く太陽で焼かれる私の身体。
ドライ生地で出来たタンクトップも滝の如く流れる汗の前には役立たずで肌にまとわりつく。
そんな中を既に十五キロ程走り、疲れ果てた自分の二本の脚で走る。
一言で言って地獄です。
「オラァ!!チンタラ走るな、ペナルティ喰らいたいのか!」
ついでに、後ろからはシェフ改め泣く子も黙る鬼教官と化した梶谷大佐が私たちを追い抜く勢いで追いかけてくるこの状況。
「……何で私、こんな事してるんだろ?」
横須賀襲撃から一週間。基地の復旧作業があらかた完了した私、吹雪は今、
────再訓練の真っ最中です。
事の始まりは昨日のことでした。
***
「────き……。吹雪ってば!」
「────わ!!…て叢雲?どうしたの?」
午後の射撃訓練も終了し、艤装の整備の最中。思いに耽っていてポケーとしていた私は妹分の叢雲の声で我に返る。慌てて連装砲の手入れをしつつ、彼女にお礼を言う。
「あ、ごめん。考え事してて……。」
「……どーせまた山本提督の事でしょ?」
「うん!!だってかっこよかったでしょ、あの戦い!!」
ま、そーよねー、と叢雲も首肯する。防衛戦の提督の獅子奮迅の大立回りは艦娘や下士官兵達の間で一週間経っても色褪せず、語り草となっていました。
「私もやってみたいなー、提督の早撃ち迎撃!」
「イージス艦みたくなアレはさすがに無理よ、でもあれぐらい私も艤装を扱えるようにはなりたいわね…」
砲身についた煤汚れを綺麗にし、安全装置をかけて保管場所へ。これで今日の通常業務は終了である。後は入浴と夕食、自主トレや趣味に使える自由時間の後に就寝です。
前任の時と比べ格段に待遇が向上し、私たち艦娘や下士官兵たちからの信頼も非常に良い山本提督や梶谷大佐。辛口コメントを発していた川内さんや長門さんも認めてくれたらしく素直に指示を聞いていて、鎮守府の雰囲気も良くなりました。
「そういえば今夜の炊事当番は梶谷大佐だったね!」
「先週はアジフライ定食だったわね…。今日は何かしら?」
一週間に一度は厨房に立つ、と彼本人が決めたらしく毎週日曜日の夜は梶谷大佐が料理当番になっています。(流石は元料理人です)
私と叢雲は足早にシャワールームに入り、サッサと汗を流すことにしました。
***
「あー、艦娘のみんなは全員居るな?自由時間に入る前に連絡事項がある」
梶谷大佐特製、鯖の味噌煮定食(現状、お肉はコストが高いので、非番の人が釣り上げた魚がメインです)でお腹いっぱいになった所に提督からのお話。自室でゴロゴロしたい所ですが、忘れそうになりますが特型駆逐艦の一番艦。艦娘なのだからちゃんとする所はキッチリしないと。
「まず、この一週間訓練と並行しての復旧作業お疲れだった。おかげで基地機能の復旧が完了した。ありがとう」
数秒拍手が沸き、その後静かに。提督が続ける。
「そしてこれが本題だが、明日から三週間全艦娘の再度の短期集中訓練に入る。全員朝四時半起床で五時には第一運動場へ集合。また指定の訓練装備もそこで渡す。訓練は俺と梶谷が直接見る。以上解s」
「────エェ!?なんで今更再訓練なのよ!」
川内さんの反論も理解できる。まだ航海課程修了前の電や雷ならわかるけど、なぜ訓練修了した私たちも?
提督からの答えはシンプルでした。
「────はっきり言っとく。お前たちの練度は低い。正直、俺の原隊じゃ全員纏めてキャンプ送りレベルだ。」
「んな!?」
「俺はお前たち一人たりとも沈める気は毛頭無い。だが、現時点での練度で戦場に出せば確実に戦死者が出る。それを避けるための再訓練だ。────拒否するなら除隊してくれ。俺も止めない」
……やばい、提督の眼本気だ……。
恐らく食堂に居た艦娘全員が直感した。
***
「全員集まったな?今から訓練服を渡す」
時刻はきっかし午前五時。頭から眠気が抜けないまま、パッケージングされた装備を受け取────。
「────って重!!!?」
「ああ、防弾チョッキにコンバットナイフ、サバイバルキットに一人用のシュラフや1週間分の携帯糧食で十五キロ程あるから注意しろ」
「────!?」
今ので目が覚めた。ていうか提督、それを軽々持っていませんでした!?
「────どういう事?私たちに野営でもさせる気?」
「ああ、川内の言う通り、中盤は山間部で野営しながらの訓練だ。宿舎には戻れないから覚悟しとけよ」
「────。馬鹿げてる」
「……何か不満があるのか?」
「あるに決まってるでしょ!私たちは艦娘で海上戦が任務なのよ。どうして陸軍みたいな訓練しなきゃならないのよ!?」
流石に今回は提督を疑う。詰め寄る川内さんの言う通り、艦娘に想定される状況下には無い訓練内容、意味が無いと私も思う。
提督は考える素振りをすると頷き、
「────じゃあ、教えてやるよ」
次の瞬間には川内さんが地面に組み伏せられていました。かろうじて見えたのは足払いを掛けた所だけでした。スクっと立ち上がった提督は泡を食ってポカンとなる川内さんに、私たちに告げます。
「今のが実戦なら間違いなく戦死だ。……いいか、お前たち艦娘は艤装を外せば普通の人間と大差ない。弾薬が切れたら降伏するのか?否、相手はそんな事構うこよとなく殺しにかかってくるんだ。実戦ではあらゆる想定外が予想される。近接戦闘や陸戦、場合によっては艤装喪失下での戦闘も有り得る。俺が教えるのはそのような状況下に置いても生存する為の技術とそれを支える体力、精神力だ。────他に異論は?」
────その言葉に、私は実戦の重みを感じました。
提督は確かにそういった修羅場を生き残った歴戦の兵士であり、私たちもそういった状況に陥っても生還させる為にこの訓練を設定してくれたと思います。
「────よし、じゃあ最初のメニューだ。柔軟体操の後、
「……以外に、てかウォーミングアップにもなりゃしないよ。いつもトラック十周は走ってるんだから」
「何言ってんだ川内?基地外周を五周だよ」
……横須賀基地の外周部は確か一周約四キロだったハズ……。嫌な予感が走る私たちにさらに追加条件が言い渡される。
「あと、二時間かかるペースなら後ろから梶谷がケツを蹴りあげるから。」
「そういうこった。他に質問あるか?」
────ある訳ないです。この後待ち受ける地獄を目の前に、私も含め駆逐艦組のメンバーの顔が青ざめました。
***
「おーし、全員なんとか二時間は切ったか。」
時刻は午前七時十五分。二十キロロードを完走したわけですが。
「……流石に、ヘトヘト……」
「……なの、です……」
駆逐艦の皆(勿論私も)は全員ダウン。私たちより体力のある青葉さんや川内さんたちも地面に膝をつく様子。立っているのは長門さんだけです。(それでも汗だくみたいです)
「誰が座って良いって言った!点呼後、クールダウン。それが終わってから朝食!」
「「……は、はい……」」
「声が小さい!!」
「「はい!」」
***
午後六時。今日のカリキュラム全てを終え、解散を命じる。
旧式化した64式小銃を用いての百メートルハイポートや模擬ナイフを用いての格闘戦訓練(勿論俺直々)フィジカルトレーニング(俺が所属していた特機十一隊と同じメニュー)により全員疲労困憊、倒れる者は居なかったが(吐いたやつはいた)、恐らく翌朝の筋肉痛は凄まじいものだろう。なにせ配属された初日の俺がそうだった。
「……お前はついてきたな、長門」
そんな中唯一人、初日にへばること無く食らいついて来た彼女。
「……隠れて、自主的に、やってた、からな。ここまで、本格的な、訓練は、今日が初めてだ。」
「聞いてるよ、前任が禄な新兵訓練をやってなかった事は。」
「────奴は、私たちの、反乱を、恐れていたんだ。だから、訓練も最低限、艤装の使用許可が降りるのは、一週間で三回もあれば多い方だった。」
「で、こっそり深夜に自主トレしてて捕まったと……。鍛錬して叱られるとは世も末だな」
前任とその取巻きの悪事と杜撰な基地運用の実態は調べれば調べるほど浮き出てきた。
艦娘や一部の女性兵士に対する性的虐待。
資材の水増し計上。
軍関係施設・物資の私物化etc。
終いには憲兵隊隊長への口止め料。故に憲兵隊関連の書類偽造も多々発見することになった。(その隊長も天罰か先の空襲で爆撃されたシェルターごと圧死した。)
本来なら俺たちの着任と交代で呉に栄転させる様に装い、呉鎮守府憲兵隊に拘束させる予定だったが、空襲で先に逝ってしまった故に報告書をまとめて送らなければならないのだが。
「……どうした、提督?難しい顔をして」
「ん、いややっぱりお前たちの頑張りを無下に出来ないなって。キッチリ向き合える信頼築かなくちゃ、って思ったんだよ」
***
『────ははっ、随分手を焼いているそうじゃないか、優ちゃん。────いや失礼、山本少将?』
「まあそうですね、大河原司令。それとその呼び名はやめてください」
訓練期間も半分を切り、梶谷と長門たち主力部隊が山中訓練を行っている(残りの水雷戦隊は周辺海域のパトロールをしつつ基地内で俺自ら手ほどきしている)頃、俺は執務室である人と通話していた。直通電話の相手は呉鎮守府提督にして統合軍極東管区艦隊総司令、『才知大洋の如く』と称される智将にして俺の師である大河原邦明大将である。────ついでに俺が唯一頭の上がらない人でもある。
「やめて欲しければ一度は模擬戦シミュレーションで私を負かしてみせなさい、三十六連敗中の優ちゃん。それはそうと、I2奪還作戦の増援艦隊の件了承しておいたよ。編成はこちらでやっておこう」
I2、
ありがとうございます、と感謝を述べ通話を切ろうとしたその時、そう言えばと切り出された。
「前任の不祥事、────いや犯罪だな。報告書読んだよ。後のことはこっちで処理しておく。ご苦労さま」
「いえ、任務ですから。」
「彼女たち、艦娘とはどうかね?大方、跳ねっ返りに付きまとわれているんじゃないかね?」
この人千里眼でも持ってんじゃないか?、と今日もナイフ戦で突っかかて来た川内を思い出しつつ曖昧に笑ってごまかす。と、
「まあ、彼女たちを信じてやりなさい。信頼を築くには自分が相手を信じてやる事が一番大切だ。────二年前の君が出来ていなかった部分だね」
────一瞬で首が飛んだ衛生兵の彼女。
────応戦して腹部を吹き飛ばされた先輩達。
────そして俺に向けられた圧倒的な殺意の奔流。
「───大丈夫かね?」
「……ええ、すみません。それでは失礼致します」
受話器を置き、天井を仰ぐ。脳裏に浮かぶ二年前の光景を振り払うように頭を振り、窓辺から港を見下ろす。
黒々とした海原を見つつ、訓練初日に長門に言った言葉を思い出す。
(────俺は、長門たちを信頼出来る、のか……?また俺はアレを繰り返すんじゃないか……?)
答を求めて満天の星空へと顔を上げるが、ちっぽけな人間の悩みなど知らぬ顔で、星々は煌めき続けるのだった。
***
訓練二十日目。ここまでの脱落者は0。駆逐艦クラスから何名か出るものと思っていたが、予想以上のタフネスを見せつけてくれた。
また各自の得意不得意の分野の把握も出来た。叢雲や川内、電は近接戦闘に、長門、古鷹、神通たちは射撃に長けている事がわかった。また何名か潜入工作の素質がある事も判明したが、今すぐにそれを伸ばす必要は当分無いだろう。
「皆三週間よくついてきた。明日で最終日だが、集中訓練のカリキュラム自体は今日で修了とする。」
「気をつけ!礼!」
ありがとうございました!、と長門の合図で艦娘全員からの礼を受ける。顔が上がるのを待って続ける。
「最後にこの言葉だけ言っておく。────絶対に勝てない戦いはするな。逃げに徹しろ。頭を使ってどうすれば負けないか常に模索しろ。確実な一勝を掴めるのなら百戦負けようとも生き残れ。」
この三週間で彼女たちの実力は確実に上がったと言える。特にこの前まで射撃精度のおぼつかなかった電、雷両名も見違える程の成長を遂げた。
だからこそ、変についた自信は逆に自身を、延いては部隊そのものを危険に晒す。
「────と言うことで、明日は呉鎮守府派遣艦隊との模擬戦を行う。今のお前たちの実力がどの程度通用するか、自分の身で確かめろ」
***~閑話 昼下がりの食堂にて~
「でもさー、山本司令に変わってから雰囲気良くなったよなココ」
同僚の言葉に頷く主計課の下士官兵たち。あの悪徳司令官が仕切っていた時に比、いや比べるのが失礼になるぐらい横須賀基地の環境は改善した。
「だよなー。前はご機嫌取らなきゃ罰掃除させられたしな!」
「俺なんて連中の虫の居所が悪いせいで何もしてないのに殴られたし……」
「私も、部下の子が艦娘の娘を庇ったから営巣行きになって……。アレが原因で表立ってみんな手出し出来なくなちゃったし……」
「それ考えたら山本少将も梶谷大佐もいい上司だよな!話わかってくれるし」
「そうだな、それに実際に前線で俺たち鼓舞してくれるしな」
「うんうん、……あ、でも梶谷大佐の眼鏡のセンスだけはないかも……」
それなー!!、とドッと湧く一同。
「ああ、そうだ飯!さ、早く食べよう」
「そーだぞ、飯は温かいうちに喰わないと作ったヤツに失礼だぞ」
「うん、そうそ────って、梶谷大佐!!!?」
プレートを持って後ろに居たのは山本少将の右腕、梶谷大佐であった。
「あああ、あの、どうして下士官食堂に!?」
「ん、此方の日替わり定食の方が旨いからな。」
ごちそうさま、と席を離れる梶谷大佐。と、何か思い出した様に振り返り、ニッコリ笑顔で告げる。
「ああ、そうそう。お前ら下士官、兵たちにも再訓練課程は踏んでもらうから。一応今晩アナウンスかかるけど、お前たち、俺が面倒見るからよろしくな」
────後日聞いてみたところ、眼鏡のせいでは無く、ただ気が変わった、とだけ語った梶谷大佐であった。
お久しぶりです。スマホが水没して「もうダメだ…おしまいだぁ…」ってなったけど、クラウド先輩にデータ守ってもらいました。やだ素敵……!!
はい、再訓練開始であります。話のテンポの都合で結構端折っていますが、塹壕掘りや爆弾処理などの新兵訓練で学ぶほとんどの事を彼女たちに三週間でやってもらいました。(下士官、兵の期間は長めで、尚且つ少し簡略化)
また、山本提督の過去がチラホラ見えていますが、一応伏線として展開しています。結構後で本格的に触れると思いますので首を長くしてお待ちください。
冒頭で葛井(かつらいです、くずいじゃ無いです)との会話がありますが、彼はエリート路線を歩んできた今の所成功者って感じなので、挫折や失敗と無縁な人物です。
(わかり易くいえばヤ〇トの南〇君みたいな)
彼がこれから成長していく過程も物語の筋の一つとして組んでいく予定なので暖かく見守ってあげてください。
(といっても、序盤で俺の嫁艦disったな(怒)ていう人も多いとは思いますがw)
と言うことで、またまた投稿日が空いてしまったのにも関わらず、読んでいただいた読者の方々に感謝を述べつつ、ここで筆を置かせていただきます。
次回新たな艦娘が登場します!どうぞお楽しみに!