まあ、伯邑考が会いやすいキャラって限られてますよね。
つい先日、俺の母、太姒が懐妊していることが判明した。宮殿は大騒ぎになり、祝辞を述べる家臣たちや貢物を持ってくる使者で溢れ帰った。そんな喜ばしい空気の中、俺は侍女たちによって隔てられた太姒へ祝いの言葉を伝え、太姒も侍女の壁の奥から返礼をした。どう見ても3歳の子と母親のやり取りではない。しかし、しばらくの間なにも言わずこちらをじっと見つめていた、あの黒い瞳が、今も忘れられそうもない。
太姒はこんな俺のことをどう思っているのだろうか。恐らく腹の中の子は姫昌の次男、姫発だ。姫発が生まれれば、後継ぎの男子は俺一人ではなくなる。妊娠がわかってから、太姒は俺の部屋に来なくなっていた。胎児のために無理をしないようにしているのだと思うが、もしかしたら、俺のことをもう見放しているのかもしれない。もしそうだとしたら、それはそれで仕方のないことだろう。俺も俺自身の問題にかまけて、太姒への歩み寄りをしてこなかった。会えば挨拶程度はしていたが、相手の心を開くようなことはできなかった。そんな状態で3年も経てば、それは拗れるにきまっている。しかし、関係修復の手手立ても見つからないまま、どうしたら前進できるのか頭を悩ませるだけだった。
どうしたら、前に進めるのか。
「伯邑考さま、そっちは前じゃありませんぜ。こっち、こっちです」
「あー、もう、前が見えない。こんなのいるか」
手を叩いて呼ぶ声に、遂に苛立ちが頂点に達した。額に着けていた鉢巻をもぎ取って投げ捨てる。額に着けたはずの布が何度も目まで落ちてきて、頭が重いせいでしょっちゅうバランスを崩しかけていたからだ。
「あああ、とっちまったんですか」
「これ、すぐにおちてくるぞ。もっと軽いやつないのか」
「はあ、一番細いやつだったんですがね」
目の前で困った顔をした少年、実は彼の父親は将軍であり、一族で西岐の首都豊邑に住んでいる。少年自身も軍に所属し、毎日厳しい鍛練に励んでいるようだ。と、説明したところで、少年の顔をよく見る。ビジュアル系バンドのごとき重力に逆らった髪形、厳つい眉、三白眼、そしてすでにうっすら割れている顎、
どう見ても南宮适なんですが。
「名前はなんというんだ」
「はいっ、南宮适です」
やっぱりな。
おもわぬところで原作キャラに出会えてしまった喜びに口がほころぶ。すると、目の前の少年南宮适は、にかっと笑顔になった。なんだかこいつ、犬みたいだ。
「はちまきは次までに作ってもらう。今日はなしでできることをおしえてくれ、南きゅうかつ」
「任せてください、伯邑考さま」
こうして南宮适に教わっていることは、武術だ。いや、武術の基礎か。武器を振る前の歩法、走法、重心移動、受け身など身のこなしを習っている。まだ体が出来てきていないのであまり武器は持たない方がいいそうだ。
まあ、まだ3歳なのでそんなものだろう。何故南宮适に教わっているのかというと、身元が確かであることと、軍に所属していること、あとは俺に比較的年が近いことが影響しているらしい。それに、南宮适は意外なことに教えて上手だった。
ところで伯邑考といえば、武成王にひけをとらない戦上手だったと太公望が原作で言っていたが、本当だろうか。武成王は天然道士だから一般人が武術で勝てるはずがないのだから、部隊を指揮する力とかだろうか。そうだとしても、最低限の戦場で身を守る力が必要なわけだから、こうして武術に励んでいる。
「伯邑考さまは筋がいいですぜ」
「ん、そうか」
自分でもそれは少し思っていた。前世よりも物の動きがよく見えるし、体のキレがいい。ほとんど疲れないのは無駄のない動きが自然とできているからだろう。この身体、伯邑考はやはりハイスペックであることは間違いない。
一通り体を動かしたあと、急に疲労感が襲ってきた。幼児の体だからか、これ以上は足1つ動かせる気がせず、自然と地面にへたりこんでしまった。
「南きゅうかつ、もう、うごけない」
「はい、今日はこれで終わりです」
南宮适は、バテた俺を担いで宮殿まで戻ってくれた。今日は早朝からの鍛練だったから、1日中世話になったなあ。年はいくつぐらいなのかわからないが、すでにガッチリとした筋肉が腕や肩についていることがわかる。しかし、南宮适がずっと敬語を使っているのに最初は驚いたが、鍛練が終わりに近づくにつれて慣れてきたな。荒っぽい口調のところもあるがちゃんと敬語を使えるのは、まだ軍に入りたての下っぱで上司に使わなければいけないからだろう。のちに大将軍になると、君主一族にしか使わなくなるだろうが。
「南きゅうかつ、たんれんだけでなく、ここまで連れてきてくれて、ありがとう」
「いや、俺なんかに、もったいねぇです」
「明日からは、軍のたんれんだろ。がんばってくれ」
「い、いえ、軍の方はこれから行くんで。明日も、朝からは伯邑考さまと一緒にさせて頂きます」
「え」
「朝からは伯邑考さまと鍛練させてもらえて、午後からは軍でやる。いやー、こんなに常に鍛練できるなんて最高ですぜ」
うわ、こいつ、やばいやつだ。
脳筋というか、鍛練馬鹿というか、南宮适ってこういうやつだったのか。原作でも武成王に突っかかってばかりで決して知性派には見えなかったが、接してみると思った以上にキャラが濃くて、明日からも毎日鍛練で会うかと思うとすでに食傷気味な気分になる俺だった。
というわけで原作キャラその2、南宮适でした。やはり口調に難儀しました。
姫発誕生は資料がなかったので、雷震子を拾う時期からフィーリングで決めました。史実では姫昌との年齢差を考えるともっと遅かったと思います。
今回は完全に母懐妊と南宮适出現で主人公の目的はあまり進展しませんでした。伯邑考の身体能力を実感できたのが唯一の収穫だったかと。冒頭のように頭を使うのに疲れてたので、体を動かせて良かったんじゃないですかね。