●人道主義と最凶の向日葵
午前九時四十六分。
幻想郷で一際大きい存在感を誇る妖怪の山とは、反対側にある平原に、とある二人組がいた。
道を先導する緑髪の女性と、それに着いていく女性、共に言葉を発しようとはしない。
やや高めの身長であり、眼鏡に三つ編みの人間――天堂かな。
緑髪をなびかせ、赤いチェックのジャケットとスカートを着て、白い日傘を所持している妖怪――風見幽香。
彼女達の友好関係は、この数時間で最悪のものになっていた。
道を先導する幽香の後を追う、かなはとてつもない人道主義者だった。人道主義とは、助け合いや支え合い等、人間的な部分を尊重する思想のことである。それは性善説主義や博愛主義に近く、暴力や残虐的行為は全力で排斥しようとする。
一方妖怪側である風見幽香は、自分の気に入らない存在は徹底的に滅ぼす、という性格を有している。とある書物では彼女について、『人間友好度・最悪』とも書かれていて、戦闘力は人間百人がかりでも、左腕一本だけでたやすく蹴散らせる程度である。
そんな非人道的で暴力的な妖怪を人道主義であるかなは、ゲーム開始前から良く思ってはいなかった。
更に、道を歩く途中で幽香はちょっかいを掛けてきた蛍の妖怪を「暇つぶし」という理由で完膚無きまでに打ちのめし、かなはそれを見てしまう。
そのせいで、彼女にとって幽香の印象は最悪なものとなっていた。
幽香自身、ただの非力な人間であるかなに興味はなく、『死なない程度に護るべき人間』としか思っていない。
そんな二人に友好関係など築けるはずもなく、『人間と妖怪』という言葉そのままに、互いの相性は悪いものとなっていた。
そして、現在。
「いいところへ連れて行く」と言われ、幽香と共にかなは数時間前から歩き続けている。
彼女は幽香を信用していないというより、この時点で単純に嫌っているので、休憩を提案するという弱みも見せなかった。
数時間歩きつづけた、かなの体力はかなり消耗している。
しかし、ある時かなが顔を上げてみると、幽香は足を止めていて、にこやかな表情でかなを見ていた。
肩で息をする素振りを隠すかなを見ながら、幽香は「さぁ、着いたわよ」と言ってほほ笑む。
力を振り絞り、かなは一山の頂上に着いた途端、絶句する。視界には、向日葵が地平線一杯まで広がっていた。
「すっご……」
彼女は思わず幽香の前を走り過ぎて行き、向日葵を眼前に捉える。自分の背丈ほどはある向日葵が、目の前一杯に生い茂っている。その美しさに息を呑んでしまう。
「どうかしら。ここが私の住処――太陽の畑よ」
「凄い……綺麗」
追いついた幽香の言葉もまるで聞こえていないかの様に、かなは呟く。
それを見て幽香は、嬉しそうに言葉を続けた。
「あら、花を司る私のことは嫌いで、花そのものは好きなのね。それともその態度は、あなたが博愛主義者故にとらないといけない行動なのかしら」
「いや。心の底から凄いと思ってるわ。こんなに綺麗な向日葵畑、日本にあるかどうか」
そう言って、かなはあることに気付いた。
数時間前――自分がいた外界では、季節は夏が終り秋が始まりつつある時期だった。
――もし私がいた世界と、この世界の時期が同じだとしたら、今の季節は?
そんな彼女の思考を察知してか、幽香は「ええ、今は秋の始まり辺りね」と伝える。
「え、だって……」
「今は秋よ。一番綺麗な向日葵畑を見せれなくて、残念ね」
幽香の言葉に、かなはまたも絶句する。
今自分が目にしている以上に美しい向日葵畑があった。それがどうにも信じられなく、そんなかなを見て、幽香はにっこりと微笑む。
「あなたは、何の花が好きなの?」
突然の問いに、かなは多少素っ頓狂な表情になってしまう。少し唸った後、幽香の問いに答えた。
「アサガオ……かな」
その理由を幽香は聞いた。
「別に、他の花が思い浮かばなかっただけよ。アサガオだけは、私が小学一年生の時にクラス全員で育てたから。あの時は子供だったから、土から少しずつ芽が出てきて、花が咲くなんて、凄く新鮮で楽しかった。花を育てたのはそれが最後だから、アサガオが思い出に残ってるのよ」
言いながら、かなの表情からは徐々に笑みが零れてくる。
昔の思い出を蘇らせているかなに対し、「愛情や平静」と、幽香が呟いた。
「え?」
「朝顔の花言葉は、『愛情』、『平静』。何だか、あなたにお似合いね」
言われて、恥ずかしさからか、かなの口元は緩み、顔がやや紅潮する。
「べ、別にいいじゃない! 妖怪みたいな暴力的な人達が嫌いで花が好きでも! そんなの、人の勝手じゃない!」
「ええ、構わないわ」
幽香は絶えず微笑み続ける。
「好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。自分の心に嘘なんて吐く必要はないわ。あなたにとって花や人間は好きで妖怪は嫌い。それでいいじゃない。それでも人間の一部――いや大体は、それを理性で抑えようとする。自分より力が同等――もしくはそれ以下でも、煽てたり、嘘を言ったりする。まぁ、だからこそ人間は、一つの組織として成り立っているのかもしれないわね」
かなは幽香が何を考えているのか分からなかった。幽香の笑顔から放たれた言葉の真意が人間を褒めているのか、貶しているのかも分からない。なので彼女は、途中気になった事を聞いてみることにする。
「妖怪は……違うの?」
「ん?」
「妖怪は……チームを組んだりしないの?」
かなに問われた幽香は、近くにあった岩に腰掛けた。
「確かに妖怪同士で徒党を組んでいるのもいるわ」
妖怪の山を傘で示す。
「あそこは、天狗が他の妖怪達を纏めているわね。理由は特に覚えていないけど。地底には妖獣をペットにしている妖怪だっているし、お寺で徒党を組んでいる妖怪もいる。もちろん、単独で行動する妖怪もいるけどね。基本的に人間より殺伐としているわ。結局は力が全てだから」
そう言って傘を地面に突き立て、幽香は息を吐く。先程とは違って、その表情はややしんみりとしたものだった。
「あなた、覚えてる? このゲームの司会者」
「え、ええ」
かなの頭の中には、すぐに八雲紫が浮かぶ。殺し合いという名のゲームを開催した、人道主義の自分にとって、最も許すべきではない存在が。
そんなかなの表情を見ながら、幽香は話す。
「このゲームが始まる四日前――紫はここに来たのよ」
「え?」
かなの発した疑問の言葉に、幽香は答える素振りを見せず、ただ向日葵だけを見る。
「ねぇ、幽香さん――」
それ、どういうこと? かながそう聞こうとした途端。
向日葵をかきわけるような音が聞こえた。
「!」
咄嗟に二人は、音の場所から数メートル程距離をとる。
するとそこから、一人の女性が飛び出してきた。
「人間?」
やや小柄な体躯をした少女は、息を殺しながら向日葵から出てきて、辺りを見回す。そして、かなと幽香をとらえると、安堵したように彼女達の元へ走って来る。
「助けて! ネズミの妖怪に――」
幽香は弾幕を放つ。一発の黄色い小弾幕は、女性の頬をかすめた。
「おそ……われ……」と、言葉が弱くなっていく女性に対し、幽香は尚も、先程弾幕を放った傘を向け続けている。
「これ以上近付いたら殺すわよ。早く引き返しなさい」
「え……あ……」
言葉を出すこともできない女性。しかし――
「!」
「……何をしているのかしら、かな」
彼女を庇うように、かなは幽香の前に立ち塞がる。
「先に謝るわ、幽香さん。でもね、それでも私は、暴力は嫌いなの」
かなは幽香を睨む。もちろん、先程蛍の妖怪をぼろぼろにした幽香が、それで怖気づくと思ってはいない。
「その人は敵よ。鼠の妖怪のパートナーよ」
「それが何? 私はそんな理由で、この人を殺させたりなんかしない」
「私は『そんな理由』だから、そいつを殺したいのよ、分かるでしょう? そもそも、今一番危ないのはあなたなのよ。その人が武器を持っていたら、あなたは護ろうとしている人間に背中を刺されることになる」
「そんなの知らない!」
叫び、かなは後ろを見る。
「はやく逃げて。私じゃあ、あの人を抑えられない」
女性に逃走を促すも、涙声で訴えられてしまう。
「む、無理……。逃げても、ネズミの妖怪に、殺される……」
彼女は、鼠の妖怪に追いかけられ、ここまで逃げてきたらしい。
かなはようやくそれを理解し、同時に、とてもまずい状況になっていると気付く。
ここから逃げないと、幽香に殺される。逃げると鼠の妖怪に殺される。
自分の心拍音とは反比例する程の、静かな向日葵畑。そこにもう一人、乱入者が現れた。
「ふむ、ようやく見つけた。まさか風見幽香の元に辿り着くとは、君も中々幸運な人間だ。いや、不幸な人間と言うべきかな」
かなと幽香は、声のした上空を見る。そこにいたのは、鼠を模した妖怪――ナズーリンだった。
「だがどうやら、ここで君は脱落するようだな、しょうこ」
ナズーリンを見て、「いや……助けて」と、パートナーであるはずの江藤しょうこは、かなの元へ走っていく。
――自分がこのまま、あの人を護ればいい。
そうすれば、幽香さんからは護れる。今自分もろとも彼女を撃たないのが、その証拠だ。
そう思い、彼女はしょうこの方に向いて、身体を大きく開き、幽香の弾幕がしょうこに当たらないようにする。
しかし、「一つ教えておくわ、かな」と幽香は言う。途端、先程聞いた、弾幕が発射される音がかなの耳元に響く。
かなの全身から汗が噴き出した。
――自分もろとも、この人を消す気だ!
そう思い、彼女は弾幕に耐えるように全身に力を入れる。
しかし、幽香の傘から放たれた弾幕は、かなの目の前にいる女性の側頭部で破裂した。
「え?」
江藤しょうこが吹き飛ばされ、動かなくなって、ようやくかなは力を抜く。しかし、何が起こったのかまるで理解できず、思わず、幽香の方へ振り向いた。
「かな、そこにいては危険よ。私の後ろにいなさい」
幽香はにこりと微笑み、注意を促す。
「あの……幽香さん。今、何が……」
「私がその人を撃ったの。殺す程の威力はなかったはずだけど、当たり所が悪かったかしら」
「そ……そんなはずない。だって、幽香さんはそこにいて、私はあの人と幽香さんの間にいた。どうやってあの人の頭に……」
しかし、かなは何となく理解してしまう。弾幕の本質に。
「教えておくわ」
幽香は、かなの方に傘を向けた。
「!」
弾幕を放ち、手の平程のそれは真っ直ぐかなに向かい飛んでいく。
「うっ……!」
しかし、直撃する寸前で弾幕は上に曲がって飛んでいき、そのまま空に消えた。
「え……」
「弾幕は、なにも真っ直ぐ飛んでいくだけではないわ。まぁ、撃った後でどうにかするのは難しいけど。別に直線状にあなたがいても、あの人間にあてることは簡単だったのよ」
そう言われ、かなは撃たれた女性の方に目を向ける。
ぴくりとも動かなくなったしょうこの元へ、かなは歩いていく。
「何をしているの、危険よ。まだ生きているかもしれないし」
「どうして……」
かなの歩みは止まり、幽香へ問いかける。
「どうしてこの人を撃ったの……」
「言ったでしょう。あなたがどう思おうと。私はその人を私やあなたの敵と判断したからよ。つまりは、あなたを護ろうとした。あら、あなたの理想的な行動をしたことになるわね」
微笑みを崩さず喋る幽香が信じれなく、かなはがっくりと膝を地に着けた。
――やっぱり、妖怪だ。
「全く。私の獲物を殺してくれるとは。まぁおかげで手間は省けた。お礼に、君のパートナーを始末してあげよう」
――花の話をしてた時の、幽香さんの優しそうな顔。
「お生憎様。私はその子を護るわ。ゲームに勝つためにね」
――あれを見て、解りあえると思ってた。
「ではまず君から倒そう。風見幽香」
――でも……幽香さんは、血も涙もなかった。
「あらあら。私に挑むなら、あなたのいるお寺の妖怪全員でかかってきた方が、いいんじゃないかしら?」
――ただの妖怪。人間とは、そもそも思想が違う。
「その驕りを君の敗因にしてあげるよ、風見幽香。言っておくが、私は博麗霊夢と三度戦い、負けたことがない。君はどうかな」
ナズーリンと幽香の、売り言葉に買い言葉も聞こえず、かなはしょうこの元へ歩いていく。
「そう。なら本気で行こうかしらね」
その一方で、ナズーリンと幽香の弾幕勝負も始まった。
まずは牽制。と言わんばかりに、幽香に向かって数列の楔弾を放つナズーリン。
幽香はそれに、真っ直ぐ飛んで突進する。
「!」
そのまま、力任せに左腕で弾幕を薙ぎ払ったことに、ナズーリンは驚愕する。
それは幽香の能力でもなんでもなく、本当にただの力任せ。その証拠に、幽香の左腕に触れた弾幕は破裂し、袖が破れ、血が滲んでいる。
――この狂人め!
そう思い、幽香から距離を置こうとしたナズーリンの頭上に、何かが直撃する。
「がっ!?」と呻き、突然のことに混乱するナズーリンだったが、すぐにそれが何か理解できた。
先程風見幽香が、天童かなに向けて放ち、そのまま上空へと消えていった弾幕。それは実際には消えておらず、時間をかけて、自分の頭上に当たるように仕向けられていたのだ。
しかし、理解した時には既に幽香は目の前まで接近していて、彼女の渾身の跳び膝蹴りを自らの鳩尾で受け止めた。
「はぎ……ぐぅっ!?」
今までで、言った事のないような奇声を上げ、ナズーリンの視界は白く濁る感覚に陥る。
幻想郷最強クラスの妖怪が放つ蹴り。その威力をナズーリンは身を持って知る。自分の腹部が消し飛んでいないことに感謝したほどに、彼女が感じたダメージは相当のものだった。
「は……あ……は……!」
「あらごめんなさい。『霊夢に無敗』なんて嘘吐くものだから、つい本気を出しちゃったわ」
幽香はナズーリンの言った、『博麗霊夢に三戦無敗』という言葉は信じていなかったが、それは事実である。大魔法使い――聖白蓮を復活させるためにナズーリンは暗躍し、その際に博麗霊夢と三度戦うことになった。それらは全て、『ナズーリンの逃走による無効試合』であって、全勝したわけではない。
そんな彼女が風見幽香に勝つ確率は限りなく低い。しかし、それでも彼女が戦いを挑むことには、訳があった。
「…………」
幽香の攻撃で地面に膝をつけるナズーリンからは、少しばかりの笑みが零れていた。
「どうしたのかしら、降参? もう少し頑丈かと思ったんだけど……」
余裕の表情を浮かべる幽香に、ナズーリンは地図を見せる。
その意味が分からず、幽香は首を傾げた。
「ルール説明の時……八雲紫が言っていた……。脱落したチームは……この地図上に現在いる場所が……表示されると……」
「そうね、それがどうかしたの?」
「つまり……逆をいえば……こういうことだ……」
――脱落していなければ、現在地が表示されない。
「!」
瞬間、幽香は視線をナズーリンから外す。
彼女は、かなが行った場所――江藤しょうこが倒れた場所を見る。
そこには、先程まで、倒れていた人間と立っていた人間が、逆転していた。
風見幽香の弾幕を喰らったはずの江藤しょうこは、立っている。江藤しょうこの様子を窺いに行った天童かなは、首元を抑えて蹲っている。そしてかなの首からは、大量の鮮血が流れていた。
風見幽香と目があったしょうこは、舌を出しながら赤く染まったナイフを見せる。
「ざんねーん。私は詐欺師でーす。死んだふりでーす」
瞬間、幽香は反射的に、しょうことかなの元に向かおうとする。
しかし、足が動く前に幽香の腹部から一本の光線が飛び出た。
「!」
「おや? 真剣勝負をしたことがないのかな、風見幽香。近い方の敵から目をそらすとは、何という醜態だ」
後ろから聞こえたナズーリンの言葉で、幽香は、レーザーで撃たれたことを理解し、膝から崩れ落ちる。
それを見たしょうこは、意地の悪そうな笑みを浮かべ、ナズーリンに向けて声を飛ばす。
「さすがナズーリン、ほれぼれする不意打ちだねぇ」
「君こそ、頭に弾幕を喰らったにも関わらず、死んでいなくてなによりだよ」
「いやぁ、実のところ、さっきまで意識はなかったけどね。でも、こいつが私を揺さぶって、すぐに状況を思い出したよ」
すでに意識の薄れていくかなの頭を右足で軽く踏みながら、しょうこは笑う。
更に、かなに追い打ちをかけるように、しょうこは彼女の方を向く。
「聞こえるか、風見幽香――だっけ、そのパートナーさん。あんたのパートナーは、やられちゃったよ」
言いながら、足でかなの頭を揺らし動かす。
「だからあんたも遠慮なく息を引き取って――」
そこで、江藤しょうこの言葉は途切れた。いや、言葉を発することができなくなった。
「え?」
その様子の全てを見ていたナズーリンですら、信じられないような表情をしていた。
「邪魔よ、どきなさい」とナズーリンの足元にいた『彼女』は突然立ち上がり、後ろにいる妖怪の腹部に、もう一度蹴りを喰らわせた。
「ぶううっ!?」
胃の空気を強制的に排出させられたナズーリンはまたも奇声を上げさせられ、吹き飛ばされた。
「…………」
立ち上がった妖怪――風見幽香の傷はすでに癒えていて、彼女は、かなの方へ向き直る。
その場に立っている方の人間。いや、人間だった者は、首から上が無くなっていた。
「いくら人を騙すことが得意らしいあなたでも、頭を吹き飛ばしてしまえば、死んだふりも何も関係ないでしょう?」
直後に、幽香が放った超高速の弾幕で絶命させられた人間の身体は、前のめりに倒れていった。
数十メートル後方で倒れているナズーリンのことは後回しにし、幽香は、首を抑えていた手が既に地面に落ちているパートナーの元へと向かった。
幽香は蹲って動かない人間の胸に手を触れる。
「!」
わずかながらも、まだ彼女の心臓は動いていた。すぐに幽香は、応急処置として彼女に種を呑みこませ、別の種を首の傷に入れた。すると彼女の首から、蔓と葉が生えていき、傷を覆っていく。
――人間だからどうなるかは分からないけど、これで駄目ならしょうがない。
幽香は、かなの身体をそのまま動かさず、立ち上がってナズーリンが倒れている方を向く。
「…………」
しかし、ナズーリンの姿はなかった。隠れたわけではなく、江藤しょうこが死んだことを理解し、逃げたのだろう、と幽香は思い、再度かなの方を向いた。
「かな……聞こえる?」
幽香はかなではなく、側にある死体の方を向いた。
「あれが、あなたの護ろうとした人間。そしてその末路よ」
彼女は、意識のないかなの視界に死体が入らないように間へと入り、優しく仰向けに動かし、頭を自分の膝枕に置いた。
「あなたはさっき、本来敵であるはずの人間を庇った。本当に愚かで面倒な人間。私はそう思ったわ」
かなの髪を撫ぜながら、幽香は言葉を続ける。
「四日前、ここに来た紫も私と同じようなことを言っていたわね」
――人間が助け合うのは、弱い互い同士を護り合うだけじゃない気がする。でもそれが何かは解らない。
「そう言っていた。正直私にも、それが何かは分からない、というより、どうでもよかったわ」
――いや、そんなことじゃない。
「私が聞きたいのは、私が人間を撃った時に、あなたが悲しそうな表情で私を見た。まるで哀れむようにね。あれには、どういう感情や言葉が隠されていたのかしら」
当然、意識のないかなが、それに答えることはない。
「いつもなら、それは『弱い人間が考える訳のわからないこと』で片付けたんだけど、紫のこともあってなんとなく気になったのよ」
――私は、その答えが知りたくなった。
「だから、あなたをこのまま生かせることにしたわ。ゲームに勝ちたいし、せっかく知り合った花好きの人間を見殺しにする気にはなれないし。理由なんて、なんでもいいのよ」
だから、目を覚ましたら教えてね。と言って、幽香は髪を撫ぜ続ける。
天童かなは、上位妖怪の膝で、小さく呼吸をしはじめる。それを見て、幽香は思わず微笑んでいた。
人間に裏切られても尚、彼女は人間の味方でいられるのだろうか。
そんな邪な思考に、幽香自身、くすくすと笑ってしまった。
江藤しょうこ・ナズーリン組:脱落
残り十七組