●八雲紫
残暑が過ぎ去り、あと数週間後に来る紅葉の時期を待つ幻想郷。
その辺境に位置する博麗神社に、今日も変わらず一人の巫女はいた。彼女は神社の渡り廊下に腰掛けて暢気にお茶をすすっている。いつも神社を訪れる魔法使い、吸血鬼、大妖怪、鬼、巫女、猫が、今日は珍しく一人もいなく、彼女は平和を満喫していた。
数週間前に起きた『神霊異変』を解決した彼女は、ここしばらく異変は起きないだろう、と思いながら煎餅を齧る。
あと数日くらいはこうして一人でいたい。そう思った矢先、彼女は空を見て舌打ちをする。空には一つの点が浮かんでいた。
多分あの点はこっちに向かって来ているのだろうと思い、彼女はうんざりする。そして、ぼうっとその点が近付いてくるのを待った。
「あれ?」
こちらへ飛んで来ている者が、普段目にしている者達ではない事に気付き、彼女はなんとなく湯呑みを横に置く。
数十秒ほどでその者は自分の前に降り立った。その者は大きな狐の尻尾を九本生やしていた。
「久しぶりだな博麗霊夢。聞いたところによると、また一仕事したそうじゃないか」
狐の尻尾と耳を生やした、人の姿をする式神――八雲藍は、博麗神社の巫女――博麗霊夢に言葉をかける。
「へえ。主じゃなくて式神の方が来るなんて珍しいわね。あいつは病気にでもなったのかしら。それとも冬眠?」
八雲藍は式神――主に仕える存在である。彼女の主である妖怪は、霊夢の神社をよく訪れる者達の一人――八雲紫。
しかし彼女ではなく、今回はその式神である藍が博麗神社を訪れるという、霊夢にとっては珍しいことが起きた。
「紫様は、冬眠ではないがお休み中だ。それで今回は、これを渡すように頼まれてな」
藍は大きく開いた服の袖から一枚の手紙を取り出し、霊夢に渡す。
自分の能力の『スキマ』を使って渡せばいいのに、やけに律儀ね。と霊夢は思いながらも手紙を受け取る。
「そういえば最近、紫には会ってなかったわね。元気?」
「ああ、元気だ。とてもな」
藍の返答に若干の曇りを感じたものの、霊夢は手紙を読むことにした。
白い封を開け、中にある便箋を取り出す。
「どれどれ。『幻想郷に住む人間、妖怪、その他諸々の皆様、こんにちは。八雲紫です。……」
幻想郷に住む妖怪、人間、その他諸々の皆様、こんにちは。
八雲紫です。
近頃は日々をどのようにお過ごしでしょうか。私は最近も例に漏れず、惰眠を貪りつつ博麗神社で毎日を過ごすという、やや粗末な近況報告しかできません。
そこで今回皆さんには、一週間後に行われる私が発案したゲームに参加していただきたく思い、このような手紙をお送りしました。
この幻想郷では妖怪、人間、妖精、神々など、様々な種族の者達が存在しています。しかし、やはり種族の違いによる感情、思想、行動理念の違いにより、トラブルや事件の発生が後を絶ちません。
私はその様な異種族間の隔たりを減らしたく思い、またお互いの気持ちを解りあえるようにするために、あるゲームを考えました。これに参加していただくことにより、それぞれ異種族のことをもっと解りあって頂きたいと思っています。
つきましては手紙の裏面に、あなたの名前と、ゲームへの参加・不参加どちらかを決めていただき、三日以内に私の式である八雲藍にこの手紙をお返しください。
尚、諸々の都合により、ゲームの定員人数は二十一名までとなっております。定員を過ぎた場合は、私の一存による抽選で決めさせて頂きます。
是非ご参加して頂けることを願い、手紙が来るのをお待ちしています。
霊夢が受け取った手紙には、そう書かれていた。
「何これ」
訝しげな眼で質問する霊夢に対し、藍は平然と「ゲームの招待状だ。それでどうだ、参加しないか」と答え、狐のように目を細め、霊夢を見る。
「期間は三日あるんでしょ。っていうか、今タイミング逃したらわざわざ紫の所まで行かないといけないわけ?」
「その心配は御無用。三日後になったら私が回収に来るよ」
藍の言葉を聞き、霊夢はもう一度手紙を読み直す。
――異種族間の隔たりを減らしたく思い。
――お互いの気持ちを解りあえるように。
――異種族のことをもっと解りあって頂きたい。
「…………」
胡散臭すぎる。それが霊夢の、手紙への印象だった。
あの八雲紫がこんな手紙を書くはずがないと、霊夢は思っている。
「あいつ、何がしたいのよ」
「だがらそこに書いてある通り、多種族間の隔たりを無くすためのゲームを開催するのが目的だよ」
そんなわけないでしょ。と霊夢が一蹴する。
「あの妖怪が、そんな人里のくじ引きみたいな地味な事するわけないでしょう。あいつは何より、自分が楽しむ事第一なんだから」
それは紫に限ったことではないか、と霊夢は思いつつ藍の顔を見る。彼女は、何か言葉に詰まっているような表情だった。
「まあ、それもそうだな。確かにお前の言う通りだ」
やはりそうか、と霊夢は肩を竦める。
「まあ、幾ばくかの危険は秘めているよ。それでも紫様はともかく私も、このゲームにはお前に参加してもらいたいと思ってる」
「どうして」
そこで藍は、しばし考えた後霊夢に問う。
「一つ伝えたいことがあるんだが、これを聞いたからといって怒らないでほしい」
「随分思わせぶりな言い方ね。いいから早く言いなさいよ、怒らないから」
「外の世界の人間がゲームに参加する」
途端、霊夢の目が鋭くなり、藍を睨む。
それを見て藍は――ああ、絶対怒っている。と理解した。
「どういう事よ」
「募集人数は二十一名と手紙に書いてあっただろう。それはつまり、外の世界の人間が二十一名しか……」
藍は言葉を止めた。
霊夢は無表情になっていた。怒っているわけではないように見えたが、藍はそれ以上言葉を続けることができなかった。
「…………」
「外の世界の人間を神隠しにしたってこと?」
「……そうだ」
「それは、その人達の了承を得たってこと?」
「わからない。正直なところ、了承を得ていないと私は思っている」
「……そう」
なんとなくこの場所にいたくないと思った藍は、霊夢を急かすことにする。
「それで、ゲームに参加するか。それとも、三日考える期間がほしいか」
霊夢は下を向いたまま、藍に話しかける。
「今の時点では、誰が参加するの?」
「まだ決まっていない。お前が一人目だ。これから二十五人前後に配ろうとは思う」
「そう」
霊夢は、すっかり冷めたお茶を一度口に入れ、別の問いを投げかける。
「紫は今どこ」
少しの間を空けて、「私にも分からない。恐らく今はスキマの中におられるのだろう」と藍は答えた。
「そう」
「で、どうする。参加するか、三日後まで待つか」
参加しないという選択肢がないことに引っかかるものを覚えたが、霊夢は藍の問いに即答した。
「参加するわ。どうせあいつのことだもの、強引にでも私を参加させるつもりよ」
「まあ、そうだろうな」
一仕切の会話を終え、霊夢は紫の手紙に自分の名前を書き、ゲームへの参加を表明する。
「ありがとう、博麗霊夢。ゲームに参加してくれることを心から感謝するよ」と、素直に礼を言われることに、霊夢は妙なむず痒さを覚える。
「なによ改まって。ますますゲームがどんなものなのか解らなくなってくるじゃない」
「お前は特別だ。そこまで細かい範囲でなければ、ゲームを教えても大丈夫だと思う」
「別にいいわよ。どうせ一週間後に内容が分かるんだし」
そう言って霊夢は藍に手紙を渡した。
「では、紫様にお渡しする。一週間後の午前五時、ここ辺りにスキマが現れると思うから。それに入ってくれ」
「ええ。わかったわ。何か用意しておくものとかはあるの?」
「いいや何も。手ぶらで結構だ」
霊夢は、どんなゲームをするのか分からず思案する。藍に、他に質問があるかと聞かれたが、首を横に振った。
「じゃあ、これから他の人達にも手紙を渡さないといけないから、失礼するよ」
そう言って藍は霊夢に背を向けて、一言だけ放った。
「どうか、紫様を助けてくれ」
霊夢がそのことに疑問を持った時には、藍はもう空高く飛び上がっていた。
しばらくそこで立ち尽くす霊夢だったが、それも一週間後には分かるだろうと、渡り廊下に座り直し、お茶を飲み干した。