●バトルロイヤル
博麗霊夢が八雲藍から手紙を受け取ってから一週間後の午前五時。博麗神社。
霊夢はこの朝早い時間に、既にいつもの巫女服へと着替ていた。普通にイメージするような巫女服とは違い、膝程の赤いスカートで、上半身は腋の部分にある生地が無くなっている。
手足を振ったり組んだりして体操をしつつ、彼女はため息を吐く。結局、一週間前のことについてほとんど解らずにいた。数日前に魔法使いの霧雨魔理沙が神社に来たが、結局『魔理沙もゲームに参加する』以上の情報は得られなかった。
今回も多分、ロクでもないことだろう。そう思う彼女は八雲紫に怒りを向けていた。外界の人間をこちら側に連れてきていることに、霊夢は腹を立てていた。
――ただでさえ変な奴らの相手で疲れるというのに、これ以上の異常なんてたまったものじゃない。
霊夢はそう思ったが、一週間前にゲームに参加することを決めたのは他ならぬ彼女なので、今更どうこう言ったところでしょうがない。
もう一度「ふう」とため息を吐いたところで、外の空間が歪んで見えていることに気付く。その歪みは少しずつ大きいものになり、裂け目のようになっていく。その裂け目の中には何やら無数の目のようなものがある。これこそが八雲紫の『スキマ』であり、この中に入ることで、別のスキマから出る――つまり別の場所へ移動することができる。
霊夢はスキマの存在を認識しても、中々足を前に出さなかった。彼女はなんとなく、嫌な予感を感じていた。
――このスキマに入ったが最後、私は紫と今までのように接していけなくなってしまうのではないか……。
しかしその感情を『外の人間を巻き込んでいることによる怒り』で誤魔化すことにした。同情や遠慮。そういった感情を捨てるつもりで、霊夢は両頬を気付けの意を込めて叩く。
そしてスキマに向かい、足を一歩前に進める。
スキマから出ると、そこはどこかの原っぱだった。
「……暗っ」
午前五時にも関わらず、空は先程以上に暗くなっている。一応明かりとして提灯が周りに一定間隔で括られている。それの支えになっている木の棒が四角を囲み、まるで結界のようになっている。
辺りを見渡してみると、少し遠くに人里が見える。
ここは人里から少し離れた一山の野原だと、霊夢は理解する。同時に、周りにいる者達にも目を向けた。
霊夢は最初に霧雨魔理沙を認識した。黒い魔法使いのような衣服に白いエプロンと、大きな黒い三角帽子。彼女の格好はどこにいてもはっきりと、魔法使いと認識できるほど目立つ。
「おっ。よう霊夢、ちゃんと来たか」
「何よその言い方」
「お前だったら、こんなイベント馬鹿馬鹿しいと思って、来ないかと思ったぜ」
霊夢は魔理沙の言葉を否定できなかった。
ふとそこで、前に聞きそびれた、魔理沙のゲーム参加理由が気になった。
「あんたは藍に何て言われたの?」
「ん?」
「いや、藍に手紙渡されたでしょ。それで何か言われなかったかしら」
「例えば?」
外の世界の人間が巻き込まれている。そう言おうとしたところで、霊夢はもう一度辺りを見渡してみる。
そこには魔理沙の他にも見知った顔がいた。
宵闇の妖怪――ルーミア。
七色の人形使い――アリス・マーガトロイド。
四季のフラワーマスター――風見幽香。
現人神の巫女――東風谷早苗。
水棲の技師――河城にとり
ルーミアがいるから空が暗いのか。と霊夢は納得した。ルーミアは闇を操る妖怪であり、彼女がいる周辺はいつも夜になっている。
続けて辺りを見渡すと、神霊異変の時に対峙した人物と目があった。
「おや、博麗霊夢。お久しぶりですね」
聖徳道士――豊聡耳神子。彼女とは約一ヵ月前に戦ったばかりである。といっても、その理由を後から聞いてみれば、『寝起きだった』という妙な理由であったが。
「貴方も八雲紫の催事に呼ばれたのですか」
「ええ、とりあえずわね」
神子との挨拶を適当に交わしつつ、霊夢は異様な光景に気付く。この場にいる幻想郷の人間や妖怪。それとほぼ同じ人数の、見知らぬ姿の者達がいた。
彼女達は、霊夢にとって見た事もないような衣服を着ていた。
――まさか、この人達が?
そう思い、彼女達に近付こうとする霊夢。
「んん、あなたはもしかしてこの世界の人間ですかぁ?」
と、突然声を掛けられる。
霊夢が振り向くと、そこには見知らぬ一人の女性がいた。黒縁のメガネを掛けビジネススーツに身を包んだ女性。
じろじろと見られることに抵抗を覚えつつも、「え、ええ」と霊夢は答えた。
「ふむふむ。ようやく、明らかな人間が増えてくれましたね、とりあえずは一安心」
スーツ姿の女性は微笑み、言葉を続ける。
「この世界の人間って変な人ばかりですね。魔法使いのコスプレイヤー」
「正真正銘の魔法使いだぜ」
「緑髪、頭に弁当箱みたいな帽子被っている人、白髪のモンペ、ヘッドホンをしたスーパーサイヤ人、それであの人が……まぁあなたの次にまともそうな人間」と、幻想郷に住む大魔法使い――聖白蓮を指差す。
一方、早苗、寺子屋の教師――上白沢慧音、不老不死の人間――藤原妹紅、神子は微妙な心境になる。
「それで魔法使いさんから聞いたんですけど、ここって本当に私達がいた世界とは別の世界なんですか?」
彼女の言葉を聞き、目の前にいる人間はやはり外の世界から来ていることを霊夢は悟った。
「ええそうよ。ここは幻想郷。あなたや他の人間達は、外の世界から迷い込んできたってわけ」
「ほうほうほう!」
「なんで嬉しそうなのよ」
「いやー。わたし、こういう所に来てみたいと思ってたんですよ。色々同人ゲームの参考資料になりますからね」
「変わった人ね。こんな所に迷い込んで、不安じゃないの?」
――どうじんゲームって何かしら?
スーツの女性は少しだけ悩むような素振りを見せ、聞きなれない妙な単語に思考を取られている霊夢に答える。
「まあ、言葉は通じるみたいですし。これで後は、帰れる手段とかがあればいいんですけどね」
「多分大丈夫よ。ここに来る手段があるなら、帰る手段もあるでしょ」
「まぁ、そうですね」
霊夢はあえて、紫の事は話さなかった。『あなた達は一妖怪の暇つぶしのため神隠しにされた』という、あまりにも一方的すぎる理由を言いたくもないと思っていた。
「それにしてもあなたの姿も、結構変わっていますね。それ、巫女さん……ですか」
ジロジロと霊夢の衣服を見ながらスーツの女性は問う。霊夢がつけている下の衣服は袴ではなくスカートなので、これを巫女服と言われても疑問に思うだろう。
「ええ。飛ぶときに一々邪魔にならないし、便利なのよね」
「え、飛ぶ?」
女性が霊夢の言葉について質疑しようとした時――ゆっくりと拍手をするような、連続して両手を叩く音が辺りに響いた。
その場にいた全員が音のした方を振り向く。そこには、腰まである美しい黄金色の髪に、ナイトキャップを被っている女性がいた。
幻想郷に住んでいる者なら、彼女を知らない者はほとんどいない。
「紫……」
幻想郷最強の妖怪にして、ゲームの開催者――八雲紫。
彼女の両横にはそれぞれ、式神である八雲藍と、藍の式神――橙が立っている。橙はからは猫耳と二本の尻尾が生えている。
全員が自分の方に振り向いたことを確認すると、紫の口が開いた。
「さて皆さん、おはようございます。八雲紫です。この一週間はいかがお過ごしだったでしょうか。私はこの日が今か今かと待ち遠しく、前日はよく眠れませんでした」と、特に面白くもない普通の近況報告を始める紫。
「私はこの日を待っていました。幻想郷の妖怪や人間達が、こうしてお互いの本心をさらけ出すことができる日を……。そして外の世界の者達と交流を持つことができる日を……。この日は本当に――」
「待ってください」と、突然誰かが紫の言葉を遮る。
彼女は銀縁の眼鏡に、ややおかっぱな黒髪をしている。霊夢は彼女も外界の人間だと認識した。
「ここは何処ですか? 私、気がついたら知らない内にここにいて……」
「ここは幻想郷。あなたや、ここにいる半分の人達は外の世界からここに連れてきたのよ」
「つ……連れてきた?」
おかっぱ髪の女性は紫の言葉を理解することができない。それは他の人間達も同じだった。
彼女達の様子を見て紫は右腕を上げる。すると近くの空間が徐々に捻じれていき、スキマが現れた。
「あ!」とおかっぱ髪の女性が声を上げる。
「思い出したかしら? 外の世界から来た人たちは全員、これのことを知っているはずよ。このスキマを介して、あなた達をこちら側に連れてきたんですから。あなた達は、これから行うゲームの参加者として、私が選定したの。光栄に思ってくれていいわよ」
「はい」と今度はスーツの女性が手を上げる。
「あらあら、質問は私の話が終わってからにしてほしいわ」と、別段困る様子もなく、紫はにこにこと微笑む。
「ああすみません。じゃあこれだけ。あなたは一体、何者なんですか?」
「うーん。自分でいうのもあれだし。藍、あなたが説明して頂戴」
分かりました。と藍は答え、一歩前に足を踏み出した。
「この方は八雲紫様。あらゆる境界を操ることができ、幻想郷妖怪の頂点に立つお方だ」
「よ、妖怪?」
一部の人間達は、『妖怪』という言葉に反応する。
「そういえば説明が不足していたな。この幻想郷には様々な者達が住んでいる。お前達のような人間もいれば、妖怪、妖精、亡霊に神もいる。お前達の世界では、人間だけしか可視できないようだがな」
幻想郷の説明をしても、ほとんどの人間達は理解できていない。しかし、何人かは話をいくらか理解しているようで、スーツの女性に至っては興味津々に藍の話を聞いている。
「お前達外の世界の人間は、紫様の興味の対象になり、あのスキマによって外の世界からこちらの世界に連れてこられたのだ」
「どうして、私達が連れてこられたんですか」と今度は、左目が前髪で隠れている女性が質問する。
「お前達は――」と言う藍の言葉を遮るように紫は話しはじめる。
「あなた達は、それぞれ魅力的な個性を持っています。良い悪いは置いといて、あなた達は十人十色の心を持っています」
そう言って紫は、スーツの女性を指差す。
「狂気的な創作者」
そう言われ、彼女は誇らしそうに胸を張る。
おかっぱの女性を指差し――
「異国の神を信仰する者」
左目が隠れた女性を指差し――
「自分で命を絶つことさえできなかった者」
紫は微笑む。
「あなた達は私の興味を引くのに十分な資格がありますわ。それでいてあなた達は、ほぼ全員が、それぞれの持つ意味はどうあれ『自分は普通の人間とは違う』と思っているように見えます。それも興味の対象にはなったわね」
紫の言葉に、人間達の数割が反応した。
霊夢はスーツの女性を見る。他の人間もこの人くらい変な人なのかしら。と彼女は思った。
「では話を戻します。このように、今回は――」と言う紫の言葉はまた遮られる。
「悪いが、先に何をするのか教えてくれないか。こいつらと違って、私はせっかちでね」
一人が紫の前に歩み出る。彼女は体操服のような衣服にやや透けて見えるスカートという奇妙な衣装を身に着け、額には一本の大きな角が生えている。彼女は星熊勇儀――幻想郷に住む鬼である。
しょうがないわね。と紫が答え、本題に移る。
「皆さんには、外の世界の者と幻想郷の者、それぞれ二人一組になって、ゲームに参加してもらいます」
その言葉に、外界に住む者と幻想郷に住む者、全員にどよめきが起きる。
「ルールは簡単。今から言う脱落条件を破らずに、最後まで残った一組が優勝という、とてもシンプルなものです」
当然その説明でも、紫やその式達以外の者は理解できない。しかし霊夢は、何か嫌な予感を感じていた。
何か。とても危険な何か。
「ではまず、脱落条件の一つ目」
――組の内、どちらかが死んだ場合。
「………………………………………………は?」
霧雨魔理沙が言葉を漏らした。それ以外の者達は紫の言葉で呆気にとられ、声すら出ない。
「二つ目、組員同士が――」
「ちょ、ちょっと待って!」
そう言葉を発したのは、おかっぱ髪の女性。
「何ですか?」
「え? い、いや……」
紫があまりにも平然としているので、彼女は一度言葉に詰まってしまう。
「その、死んだ場合って……」
「ええそうよ。どちらか一人が死んだ時点で、その組はゲームから脱落します」
あくまで微笑みながら紫は説明する。その態度に、外界の人間達のほとんどがどよめいていた。
「まあまあ。あくまでこれは脱落条件の一つ。別に私は殺し合いをしろと言ってるわけじゃあないのよ」
幻想郷の者全員は、紫の言葉を信用できない。
「話を戻します。脱落条件の二つ目、組員同士が百メートル以上離れた場合。三つ目、ゲームに参加していない人間、つまりここにいる以外の人間を殺傷した場合。四つ目、指定した時間帯以外で、あそこの人里にいる場合」
紫は人里の方を指差す。
外界者の者達は、まだゲームの趣旨を理解できない。
「五つ目、ここからとある場所にある『地底』に繋がる穴に入った場合。六つ目、幻想郷の住人が上空二百メートル以上の高さを飛んだ場合」
「飛ぶ……?」と、紫の言葉に左目が隠れた少女が疑問に思う。
紫はそれに答えるように、空中に浮きあがった。
「え、と……飛んだ!?」
「幻想郷の一部の人間と、人外の者は、こうして空を飛ぶことができます。なので、そういうことです」
紫の言い方が、何かを濁しているように聞こえた霊夢。
「そして七つ目。あなた達外の世界の人間が上空十メートル以上の高さを飛んだ場合。そして八つ目と九つ目、と言ってもこれは私に限る話ですが。スキマで十メートル以上移動した場合。スキマを使用した際、その一時間前から一時間後以内に脱落していないゲーム参加者を殺傷した場合」
紫のルールにだんだんと違和感を感じる霊夢。幻想郷住民のほとんどは、おおよその趣旨を理解していた。
「そして最後、十つ目。ゲーム開始から二四時間以上経っても脱落者が出ない、または組が脱落してから二十四時間以内に次の脱落者が出なかった場合です」
紫の話を聞くことに徹している霊夢に、魔理沙は近付いて来た。
「な、なあ霊夢」
不安そうに近づく魔理沙に霊夢は手のひらを見せて制した。
「今は何も考えてたくないの。気のせいか、吐き気がこみ上げてきたわ」
霊夢には段々と紫の微笑みが、とてもどす黒い感情を隠すための表情に見えてきた。いや、もしかしたら紫自身にとっては、隠してないどころか、どす黒い感情になっていないのかもしれない。
彼女は妖怪だから。
彼女は人間ではないから。
「ええと。ここまで何か質問はありませんか?」
紫の問いに、「はーい」とスーツの女性が答える。
「どうぞ」
「ええと、『地底』の穴って、どこにあるんですか?」
「それはこれから後で配る地図に書かれているから、読んでみてください。他には?」
「えーと。そのスキマってどんな風に移動するんですか」
一見、あまり関係なさそうな質問だが、それに対し紫は嬉しそうに目を細める。
いい質問ね。そう言って紫はスーツの女性の側にもう一つスキマを出す。紫が自分の近くにあったスキマに右腕を入れると、もう一方の隙間から腕が出てきてスーツの女性の腕を掴んだ。
「!」
そしてそのままスキマに引きずり込んでいったかと思うと、紫側のスキマから彼女が出てきた。
「わかったかしら。こんな風に使うことができるのよ」
「ど、どうも……」
驚きのあまり、スーツの女性は目が点のまま自分がもといた位置に戻っていく。
「さぁ他に質問がある人はいないかしら?」
静かに、一人の女性が手を上げた。彼女は今まで霊夢の印象に残った三人ではなく、綺麗に整ったセミロングの黒髪にセーラー服を着ている。それ以上に印象的なのは、このような状況にも関わらず、一切の喜怒哀楽が感じられない表情だった。
「どうぞ」
「人里に入れる時間帯は何時ですか」と、女性は淡々とした様子で聞く。
「ええと、うーん。それはあなた達外の人間ごとに決まっていて、それも地図の裏面に書かれていますので、よく読んでおいてください。他には?」
「ありません」と、一秒以上の間をおかず女性は答えた。
「他に質問は?」
紫の更なる質問の催促に、「はい」と元気に手を上げたのは、幻想郷の妖怪――ルーミアだった。
「どうぞ」
「えーっと。確か九つ目のルールが、脱落していない者をスキマで殺傷してはいけない、だったよね」
「そうです」
「じゃあ……」
――脱落した組の人をスキマで殺しても、紫は失格にならないのか。
瞬間、ほとんどの者達は戦慄した。組のどちらかが死ぬ、以外の脱落条件もあるはずなのに、不気味な不安が湧き上がる。
「そうです」と、紫は正直にルーミアの質問に答えた。
「そーなのかー」
徐々に不安な空気が立ち込める。
外界の者達も、このゲームの趣旨をほとんど理解しつつある。
だが霊夢は、まだこの雰囲気を修正する余地があると思い、手を上げる。
「あら、質問かしら」
「ええ、そうよ。つまり今言ったルールを利用すれば、人を殺さないでゲームを終えることもできるんでしょう」
これ以上外界の人間を心配させたくない一心で、霊夢は他の人にも聞こえるような声の大きさで言う。
「……!?」
だが、妙な事が起きた。霊夢の視線の先にいる紫の表情が、霊夢の言葉に対し上の空だ。
「さあぁ、どうかしらねぇ。誰も殺さずにゲームを終える事なんてぇ、難しいぃんじゃないのかしらぁ?」と、紫も全員にはっきり聞こえるくらいの声で言った。
霊夢は苦虫を噛むような表情で紫を見る。これで、自分の嫌な予感が的中したことを確信した。
「おいおい、どうしたんだ霊夢。今更何言ってるんだ」
霊夢に話しかけてきたのは、大きな角の鬼である勇儀。
――馬鹿。頼むから何も言うな。
そんな霊夢の願いを軽く放り投げるかのように、彼女はにやにやと笑っている。
「お前ともある奴が、紫の考えてることが見抜けないなんて、珍しいな」
――お願いだから、それ以上言うな。
「じゃあせっかくだから教えてあげるよ」
――やめろ。
「このゲームは――」
――やめろっ!
霊夢は勇儀を黙らせるために、彼女の懐に入ろうとした。
「!」
だが、彼女と勇儀の間に、藍が割って入る。
「どうしたんですか博麗霊夢。まだゲームは始まっていない。ゲーム開始前の暴力行為は、参加放棄とみなしますが?」
「……!」
――何を言っている。これからとても恐ろしいことが起きようとしているのに、何が『暴力行為』だ!
霊夢は叫ぼうとした瞬間、藍に右肩を掴まれ耳打ちされる。
――頼む霊夢。ここは堪えてくれ。ここでお前がどうしようと、紫様はまた同じことを繰り返す。次はお前の邪魔が入らない手段と規模で。だから正攻法で行ってくれ。そうしないと、紫様の目を覚ますことはできない!
「……!」
藍は何食わぬ顔で紫の元まで歩いて戻る。それを見越して勇儀は、「言っていいか?」と確認をする。
霊夢にとって、「もういいわよ。勝手にして」と、了承するのがこれほど腹立たしいと思ったことはなかった。
そして勇儀は宣言する。
「これは外の世界の人間と私達がチームを組んで戦うバトルロイヤル。つまり、【殺し合い】だ!」
――殺し合い。
一瞬で、場の雰囲気が一変した。外界の人間達は、ほとんどがあまりの事柄に口を開くこともできない。聖白蓮や上白沢慧音等、幻想郷の人間はただ黙ってそれを聞き入れている。だが妖怪達は、全員楽しそうな表情を浮かべていた。
「あの人おいしそう」と呟くルーミアの声に、外界の人間達が反応する。
「ええ、では次に、脱落条件の例外などを言い――」
八雲紫はあくまで殺し合いの部分について否定せず、そのまま話を進めようとした途端、「待ってください!」と声をかけられる。
外界の人間で、細目で丸顔の少女。霊夢は彼女の声を初めて聞く。
「こ、殺し合いなんて嫌です! どうしてそんなことをしなきゃいけないんですか!」
女性は大声で反対の意を示す。だが、紫はまるで興味がないかのような様子で、ただじっと少女を見るだけだった。
「私は、そんなゲームなんかに参加したくありません!」
「じゃあしなきゃいいじゃない」
「……え?」
また外界の人間達がざわめきだす。しかし霊夢は、その言葉にある裏を半ば見抜く。
「じゃあ先に優勝賞品の説明をしましょう」
そう言って紫は、気分を害されたといった様子で言葉を続ける。
「最後まで残った組には素晴らしい商品があります。まぁどちらかというと、権利という言葉が近いですね。優勝した組、外の世界の方には、私とこのスキマを使ってできる程度の願いを何でも一つ叶え、更にこの幻想郷へ自由に出入りできる権利を与えます!」
場が一斉にざわめく。外界の人間は、幻想郷へ出入りできる権利という言葉に。幻想郷の者は、スキマを使ってできる願いを叶えるという言葉に。
「ちなみに、幻想郷側の優勝者には、願いを二つ叶えてあげます。何なら、願いの一つを『外の世界へ出入りする権利』に変えてもいいですよ」
妖怪達の雰囲気が一様に盛り上がる。
「あの……」と、細目の女性が手を上げる。
「はい、質問どうぞ」
「優勝したらこの世界に出入りできるって……じゃあ、優勝できなかったら」
他の人間達がそのことについて思案する前に、「もちろん元の世界には帰れません。この世界の住人になってもらいます」と紫は言う。
「そんなの……」と、少女が怒りをあらわにしようとしたところで、紫の言葉がそれを遮る。
「ちなみにここに住む妖怪達は、みーんな人間が大好きです。食糧的な意味で」
少女の身体が一度震え、動きが止まった。
「ここに住む人間はあまり食べてはいけない、という暗黙の了解があるのが、今の妖怪の辛い現状です。ですが、今ここには二十一人の例外がいます」
霊夢から見て、とても邪悪な笑みを浮かべた紫を見て、少女の喉が鳴った。
「もちろんあなたがゲームに参加しないのは自由です。ですがおそらく、お腹を空かせた妖怪に食べられてしまうでしょうねぇ。皮をグチャグチャと、骨をバキバキと、内臓をグチャグチャと、脳をブチュブチュと」
神経をプチプチと。血をペチャペチャと。目をプチュプチュと。
そう聞かされてはたまったものではなく、少女は今誰が話しているのかもわからないほど紫に恐怖を抱きはじめた。
心臓をベチャベチャと。そう言おうとしたが、紫は言葉を止めた。
上白沢慧音が、細目な女性の耳を塞いでいた。
「八雲紫。変なことを言って彼女達を怖がらせるな。それに、なにも妖怪に喰われると決まったわけでもない」
つまらなさそうな態度を見せつつも、紫はそれ以上を言わなくなった。
慧音は震えが止まった女性から、手を放す。
「落ち着け。今はただ話を聞いてるんだ。大丈夫、きっと大丈夫だから」
それは自分に言い聞かせているんじゃないのか。霊夢はそう思った。
「優勝賞品について、何か質問はありませんか?」
紫が尋ねても、誰も手を上げない。
「では一応。もしかしたらこれは何かの言葉の綾で、本当は皆揃って帰れるはずだ。そう思っている皆さんに、念を押して言います」
それに対し、慧音が何かを言おうとしたが、「楽観的に見解して命を奪われるよりは、きちんと状況を理解してゲームに臨まさせた方がいいんじゃなくて?」と紫に言われ、口を閉ざしてしまう。
そして八雲紫は、この言葉を言いたかった、というような笑顔で、言った。
――あなた達二十一人は私が連れてきました。そこにいる幻想郷の人達と協力して、頑張って最後まで生き残りましょう!
先程慧音に耳を塞がれた女性は、膝から崩れ落ち、地に手をついた。他の人間達も文句を言うことなく、ただ黙ることしかできない。もしこの場にいる全員が人間だったなら、全員で抵抗することもできただろう。しかし、開催者どころか参加者の一部ですら妖怪が混じっていて、恐らくその全員がやる気になっている。そして先程紫が言っていた、『外の世界の人間は妖怪に喰われる』という言葉。これが外界の人間達に『今参加を拒んだら、その瞬間に周りにいる妖怪に喰われるかもしれない』という恐怖を植え付けていた。
霊夢もまた、藍の懇願によって動けない。
今ここでゲームの開催自体を潰しても、紫は規模を大きくする。
霊夢もただ耐える事しかできなかった。ここで幻想郷の人間、そしてアリスなど人間側の味方になってくれる者と共に紫の計画を潰すことは、不可能ではない。だがそばにいる外界の人間を巻き込む可能性があるうえ、やはりそれでも紫は折れないだろう。霊夢はそんな風に直感していた。
結局は、ただゲームが開催されるのを待つことしかできなかった。
「では説明を続けます。ええと確か……。ああそうそう。脱落の例外等、でしたね」
紫はあくまでマイペースに話を進める。
少し遠くにいる人間が数人喋っていても、お構いなしに。
「私語をするのは自由ですが、生存率を低めるだけですよ。先程、『ゲームに参加していない人間を殺傷したら脱落』と言いましたが、人里にいない且つ、脱落していないゲーム参加者と五メートル以上の距離にいる人間を殺しても、例外的に脱落にはなりませんので覚えておいてください。あと、一度死んで脱落した方が何らかの方法で復活しても、ゲームには復帰できませんのでこれも覚えておいてください。そして、これはルールというわけではないのですが、自殺した組がいた場合。私はそのパートナーを執拗に狙うことにします。それが嫌な方はきちんとパートナーと話し合い、ゲームに望んでください」
言葉の真意がいまいち読み取れない霊夢だったが、とりあえずは記憶の隅に閉っておくことにする。
後ろで、不老不死の人間――藤原妹紅が舌打ちをする音が聞こえた。
「紫も参加するの?」というルーミアの問いに、紫は微笑んで首を縦に振った。
「次に、脱落者の報告について説明します。ゲーム開始は今から数十分後の午前六時からですが、それから六時間が経つごとに、そこの八雲藍が脱落者の報告を行います」
先程と同じように紫が、今言った事についての質問がないか尋ねると、スーツ姿の女性が手を上げた。
「ええと、さっきの脱落条件についての質問なんですけど、いいですか?」
「どうぞ」
「二十四時間誰も脱落しなかった場合脱落って言ってましたけど、それってつまり、ゲーム参加者全員が脱落ってことですか?」
「そうよ」
紫の返答に、外界の人間達が特にざわめく。
「じゃあもしそうなったら、誰も帰れないってことですか」
「そうよ。中々さえているじゃない」
平然とした態度で言う紫に、スーツの女性もさすがに舌を巻いた。
「では、他に質問のある人は?」
誰も返事がなく質問がないことを確認し、一息大きく吐く紫。
「これ以上質問が無いようですので、次はペアになる組を決めます」
ゲームの説明が終わるや否や、次は組決めとなった。
紫が目配せをし、橙は紫から受けとった巻物を開く。藍はいつの間にか足元に置いてあった、厚紙で造ったような箱を持つ。
「外の世界の人達が順番にくじを引き、この巻物に書いてある数字に対応している幻想郷の方達とペアになります」
「……くじ引き?」
簡素な造りの厚紙で出来た箱を見て、思わず外界者の一人が素っ頓狂な声をあげてしまう。
「ええそうよ。これ以上に平等な選別はないと思うわ。まぁ、くじを引く順番は五十音順にさせてもらったけどね」
では、まず外界側の一番。と紫は外界者の名前を呼ぶ。
「稲田あやかさん」
全員が辺りを見回し、その名前に該当する者を捜す。
一人の人間が前に出て、藍が持つ箱の前まで歩く。先程の無表情な女性だった。
「どうぞ、紙を一枚お取りください」と藍は事務的に告げ、彼女――稲田あやかも事務的に箱の中に手を入れ、中にある紙を取り出す。
「そこに書いてある数字を紫様に伝え、紙を渡してください」
藍の言葉を聞いたあやかは、紫に紙を見せ、数字を言う。
霊夢の距離でその声は聞こえなかったが、紫が大きな声で他の者達にも伝える。
「幻想郷側十六番、聖白蓮」
霊夢と魔理沙は稲田あやかの方を向く。
「あいつすごいな。いきなり白蓮を引き当てたぜ」
「まぁ、問題はどんな人間が紫と組むかよ。それ以外は、多分そこまで影響はないと思うわ」
紫は更に説明を加える。
「くじを引いた後に、地図と腕時計を二つずつお渡しします。それぞれ組になる人達の分です。先程言った通りこの地図には、表に幻想郷の地形、裏に今まで説明した事以上に細かく書かれたルールが載っています。ちなみに、ゲームに脱落した人は現在の居場所が、全員の地図に表示されるように細工を施してありますので、覚えておいてください。そしてゲーム開始から二日目――つまり二十四時間が経つと、全員の居場所が表示されるようになります。これはできる限り時間切れを無くすための処置ですので、これも覚えておいてください」
「なるほど、制裁用か」
小声で言う魔理沙の言葉に霊夢も同調した。
紫のスキマを使えば、遠くの者も殺せる。それを利用して、死ぬ以外の理由で脱落した組の者を殺すつもりだ。
そう思った霊夢は、先程言っていた自殺云々の事も納得できた。
幻想郷の人間、藤原妹紅は不老不死――死んでも死なない人間である。
――死んだ者が復活してもゲームに再戦できない。
――自殺したら、紫はパートナーを執拗に狙う。
このルールは恐らく、藤原妹紅や外界の人間用に作られたものだろうと霊夢は理解する。藤原妹紅が自殺をして外界の人間を解放させないように。外界の人間が自殺をしたら自分にも被害が出るので、自殺をさせないよう幻想郷側の者が戒めておかなくてはいけなくなるように。
「外界側二番、内海ゆほなさん」
と、紫は組決めの進行を促す。見知らぬ少女が藍の元まで走って行き、くじを引いた。
「幻想郷側十九番、星熊勇儀」
「おっ、私はあいつとか」
そう言って二番目の少女の元に歩みよって行く勇儀。
そして次々と組み合わせは決まっていく。
外界三番・江藤しょうこ――幻想郷十四番・ナズーリン。
外界四番・小川まみ――幻想郷十二番・橙。
外界五番・金井みわこ――幻想郷十八番・藤原妹紅。
外界六番・北野まゆか――幻想郷二十一番・ルーミア。
外界七番・日下まいか――幻想郷八番・黒谷ヤマメ。
そして外界八番。
「琴弾そのかさん」
「はーい」と、スーツの女性が返事をし、藍の元に走っていき、くじを引く。
「幻想郷十三番、豊聡耳神子」
その結果に、また霊夢達は反応した。
「あ、あいつも中々の運だな」
魔理沙の言葉に、霊夢は黙って頷くだけ。
そして次は、外界九番・榊はるな。
「なぁ霊夢。これ、私達にとっては外の世界の人間が誰になろうと意味ないんじゃないのか? あいつらは全員、弾幕撃てるわけじゃないし」
「まぁそうだけど。相性って結構大事かもしれないわよ。何かの仲違いで、反則負けにされても――」
――幻想郷十五番、博麗霊夢。
「……え?」
霊夢の顔が紫の方を向いた。
「今、私呼ばれた?」
「ああ、多分お前だぜ」
「そう。じゃあ行ってくるわ」
霊夢はゆっくりと歩き、榊はるなという少女と対面する。
そこで霊夢は、目の前にいる少女が外界の人間かどうか判断できなかった。
外界者のほとんどが、幻想郷の妖怪達と比べて着ている服が地味だ。しかし目の前にいる少女は、白いドレスのようなフリルのついた服を着ている。
ゴスロリという種類の衣服は、外界から幻想郷へとやってきた東風谷早苗ならともかく、幻想郷に住む霊夢には知る由もない。
「あなたが、榊はるな……さん?」
「はい、よろしくお願いします!」と、はるなは黒メガネに白のゴスロリ衣装を着て元気に返事をする。身長は霊夢と比べて低い。
霊夢は、魔理沙の所に戻ることにして、はるなも霊夢の後を追った。
「外の世界の人間も、そういう服着てるんだな」
魔理沙の所に戻って早々、そのようなことを言われる。
「どうなんですかね。こういう服を着ている人はあまりいませんよ。私は可愛いから来ているだけです」と、身振り手振りを大きくしながら話すはるな。
そうこうしている間にも、他の組み合わせは決まっていく。
外界十番・清水ちひろ――幻想郷十一番・西行寺幽々子。
外界十一番・相馬きょうこ――幻想郷六番・河城にとり。
左目が隠れた少女、外界十二番・谷沢ゆき――幻想郷十番・魂魄妖夢。
外界十三番・千草さなえ――幻想郷九番・東風谷早苗。
東風谷早苗のパートナーの名前がさなえであることに霊夢達は一瞬反応したが、見たところさなえは普通の人間に見えたので、三人で会話を続けることにした。
外界十四番・天童かな――幻想郷四番・風見幽香。
外界十五番・中川ちあき――
「幻想郷七番・霧雨魔理沙」
自分の名前を呼ばれた魔理沙は話を一度切り、くじを引いた少女の元へと走っていく。
魔理沙を引き当てた少女は、やけに怯えているようだった。ポニーテイルに縁の太い眼鏡をかけている。彼女をなだめるために、魔理沙は自分から声をかけることにした。
「ようっ、よろしくな」
「はっ、はぃぃ……」と、気のぬけた返事をする少女――中川ちあき。
彼女のあまりにも気弱そうな態度に、はずれを引いたかもしれない、と苦笑する魔理沙。
彼女達は、とりあえず霊夢達の所に戻ることにした。
「外の世界十六番・中川ちふゆさん」
名前を呼ばれた少女――中川ちふゆが藍の方へ歩み寄っていく。
中川ちふゆをずっと見ているちあきが、魔理沙は気になった。
「どうしたんだ?」
「あ! ええと……あの子は……私の双子の妹なんです」
「ほほう」
双子にしては似ていない、と魔理沙は思った。中川ちふゆの髪色は茶髪で、薄くパーマが掛けられている。眼鏡も掛けていない。何より、ちあきと違っておどおどしている様子が見られなかった。
魔理沙が霊夢達に近付くにつれて、ちあきは魔理沙の後ろに隠れるようになる。
「どうしたんだお前」
「ご、ごごごめんなさい。私、人が怖くて」
「お前が住んでる世界は、人間しかいないんじゃなかったのか?」
「はい……。でも私、どうしても人間が怖いんで……」
「魔理沙も人間よ」
ちあきの言葉に対し、すぐに霊夢が突っ込んだ。
そう言われ、ちあきは魔理沙と顔を見合わせる。
「え、あなたは魔女なんじゃ……?」
「魔法使いの人間だぜ」
そう聞いて、「あわわわわ……!」と、徐々に魔理沙達から距離を置くちあきを見て、霊夢、はるな、魔理沙の三人は、何だか面白い人だなぁと思っていた。
「幻想郷二十番、私、八雲紫」
途端、幻想郷の者全員が紫の方を振り向く。
「え……え?」とちあきが驚き、霊夢がそれを説明する。
「ついてないわね、あなたの妹さん。紫と一緒なんて」
「え……あ、あの人、そんな強くないんですか?」
「強いわ、一番」
「え?」
ちあきが霊夢の言葉を疑問に思う中、残りの組み合わせも決まっていった。
おかっぱ髪の女性、外界十七番・野田りこ――幻想郷十七番・封獣ぬえ。
外界十八番・藤吉かほ――幻想郷二番・因幡てゐ。
細目の少女、外界十九番・松井みゆき――幻想郷一番・アリス・マーガトロイド。
外界二十番・南さき――幻想郷三番・霍青娥。
外界二十一番・矢作あおい――幻想郷五番・上白沢慧音。
全四十二人、二十一組の組み合わせは決まるも、不意に藤原妹紅が紫に問いかける。
「そこの狐は参加しないのか?」
「藍はあくまで司会進行のサポート兼、参加予定だった者です。今回は私を含め参加者が二十人だったので、同じく参加予定だった橙を参加させました」
説明し終えた紫は、藍から現在の時刻を聞き出した。
「ええ、では。あと三十数分でゲームを開始いたします。五時三十分までは各自の自由行動とし、三十分から一分半ごとに、外の世界の一番の方から順番にこの場を離れていただきます。ちょうど最後の組がスタートすると同時に六時になるといった感じです。ちなみに、六時までに別の組を殺傷したり、行動可能時間から三分経ってもここから百メートル以上離れない組は失格になりますのでご注意ください」
それを聞いて、魔理沙は霊夢と話をする。
「あーあ。あと三十数分で敵同士か」
「あんたまさか、このゲームに乗るつもりじゃないでしょうね」
「まさか。というより、お前はどうなんだ。外の世界の人間はともかく、妖怪とか殺せるのか?」
魔理沙に言われて、霊夢は言葉を返せなかった。
彼女が今まで戦ってきた強敵――吸血鬼、亡霊、スキマ妖怪、鬼、月の民、閻魔、神、天人、八咫烏、大魔法使い、聖人。いずれも勝ったことはあれど、殺したことはない。
極端な話、この二十一人の中で恐らく最も弱いルーミアさえ、霊夢は圧勝したことはあれど殺した事はない。
「まさか紫……私達が人を殺したことがないことを見越して、こんなルールにしたんじゃないか」
「心配ないわ。とにかく紫を殺せば、こんなゲームなんてなかったことにできるんだから」
――八雲紫を殺す。
霊夢が言った言葉に、全然力が入ってない事を魔理沙は感じた。
――じゃあ紫を殺せるのか。
魔理沙はそう言おうとしたが、これ以上霊夢が困る質問を自分がしてもしょうがないと思い、言うのをやめた。
そうして時間は過ぎ、紫が声をあげる。
「では、五時半になりました。第一組、稲田あやかさんと聖白蓮さんは、この場をお離れください」
幻想郷のバトルロイヤルゲームが、もうすぐ始まる。
「ねぇ、藍」
第三の組である江藤しょうこと、ナズーリンが平原を離れた時、八雲紫が八雲藍に話しかける。
「はい、何でしょう」
「あなた、さっき星熊勇儀に攻撃しようとした霊夢を止めたわよね」
「ええ」
「じゃあその時――」
何を耳打ちしたの?
紫の視線がとても鋭いものになっている事を藍は感じる。
「べ、別に何も。お前がここで暴れても、紫様は何度でもこのゲームを開催し直すおつもりだ、と言っただけです」
「ふうん、そう」
そっけなく紫が言葉を返して会話が終了したものの、藍はこの場で安心したくはなかった。
自分の主である八雲紫。その主が実力だけでなく、直感力も恐ろしくあることを改めて思い知らされる。
自らのため、霊夢のため、そして主である紫のためにも、一分の油断もできないであろうと藍は悟った。