●天真爛漫
現在時刻は、午前六時五分。
八雲紫のゲームがスタートしてから、五分が経過した。
霊夢、榊はるなの組は五時四十二分にゲーム説明を聞いた時の平原を離れていて、スタート地点から博麗神社に向かって適当な距離を歩いていた。霊夢は、恐らく今は人里と博麗神社の中間辺りだろうと直感する。
だが、彼女達の足はそこで止まっていた。
はるなが突然待機を始めた訳を霊夢に聞くと、霊夢がそれを話した。
「『待ち伏せ』、ですか?」
「ええ。相手は妖怪。人の事は言えないけど、あいつらは勝つためなら何でもしてくるのよ。だからあいつらの性格上可能性は低いけど、徒党を組んで神社で待ち伏せしている可能性だって、全くないわけじゃないわ」
霊夢はふと、時々自分の神社を訪れる鬼のことを思い出し、地図の裏面を見る。そこにはゲームルールの詳細が書かれており、八雲紫が言っていた『人里に立ち入れる時間帯』もきちんと書かれていた。
――外界の人間が一番から七番の組・零、三、六、九の刻。
――外界の人間が八番から十四番の組・一、四、七、十の刻。
――外界の人間が十五番から二十一番の組・二、五、八、十一の刻。
「あなたは何番だったっけ?」
「九番です。だから私達は、七時に人里に行けますね」
霊夢は、はるなが自分と普通に会話していることに違和感を持った。
「あんた、どういう適応能力してるのよ。普通、こういう状況にもっと怖がったりしないの?」
同じ人間である霊夢が言うのも妙な話だが、榊はるなは事実殺し合いのようなこのゲームが始まる前から何の恐怖も感じていないように見える。霊夢のように、幻想郷最強の妖怪である八雲紫と普通に戦える力があるならば、いくらかその余裕も納得できる。しかしはるなは普通の人間。さらに背丈は霊夢と比べても小さい。
だからこそ霊夢は、何故はるなが恐怖を抱いていないのか気になっていた。
「そりゃあ怖いですよ。だからできるだけ考えないようにしているんです」
「考えない?」
「はい。死ぬことを怖がってばかりいたら何もできないし、最悪それで時間切れになっちゃうじゃないですか。だからまぁ、『虎穴に入らずんば虎児を得ず』というわけですよ」
「この場合は、『郷に入っては郷に従え』だと思うけど」と霊夢は言うも、それにしてもはるなは郷に従いすぎているという感じもする、と思う。
「まぁ、他に理由があるとすれば、『霊夢さんだって人間なのに、余裕でいるから』ですかね」
「私はいいのよ。強いから」
霊夢の言葉に、はるなはまた微笑む。
「だから安心なんですよ。霊夢さんといると。あの開催者の妖怪以外の人達には全員勝てそう、って気がします。そうですよね」
「はずれ。紫にも勝てるわ」
霊夢の言葉に、さすがにはるなも驚いたらしく、「え、ええ?」と目を丸くする。
「まぁ、さすがにあいつら二十人に束になられたら苦戦するけど」
「れ、霊夢さんって、どのくらい強いんですか?」
空を見ながら「自分で言うのもなんだけど、この地上で誰かに勝てなかったことはないわ」と霊夢は答えた。
「え……じゃあ私って、もしかしてとってもラッキー?」
「分っててそんな態度だったんじゃないの? まあ、勝手に私の側を離れさえしなければ、あなたの事は護ってあげるわよ」
自分にとってとても有利に事が進んでいることに気付いたにも関わらず、はるなの笑みはすこし小さくなっていた。
「何で、逆に嫌そうな顔してんのよ」
「いやぁ、ここまで有利だと、『最後の最後で死んじゃう』っていうフラグが立ちそうですし」
「安心しなさい。ここは幻想郷だけど現実の世界。かけ離れた実力の差は、運の良し悪しなんてものともしないわ」
霊夢の言葉を聞いて、はるなはもう一度、初めに浮かべていた笑みに戻った。
「それを聞いて安心しました。信頼しますよ。霊夢さん」
「あなたも、その性格を相手に利用されないように気を付けなさい。はるな……さん」
「はるなでいいですよ。私が親しみを込めて、さん付けしているだけですから」
それはそうと。と言ってはるなは話題を切り替えた。
「これからどうするんですか? あと五十分経たないと人里に入ることができませんけど」
はるなの問いに対し「その必要はないわ」と霊夢は一蹴する。
「『人里に入れる』というルールは恐らく武器や食料の調達のため。武器はともかく食糧なら神社にあるわ。問題は、その神社に誰かが待ち伏せしていないか、だけど」
「じゃあ行きましょう、神社に!」
はるなの能天気な態度の即答に、霊夢は思わず吹き出しそうになった。
「あんた、人の話聞いてた?」
「大丈夫ですよ。まだゲームが始まって数分。今からその神社に走って行けば、集団に襲われることもないんじゃないですか?」
はるなと霊夢の組は九番目にスタートした。一応過半数よりは早い。
霊夢は、自分より先に出発した幻想郷住民を思い出す。
聖白蓮、星熊勇儀、ネズミのダウザー――ナズーリン、橙、藤原妹紅、ルーミア、地底の土蜘蛛――黒谷ヤマメ、豊聡耳神子の八人。この中で霊夢が苦戦する可能性があるのは、聖、勇儀、妹紅、神子辺り。
「……あ」
霊夢は一つの事実に気が付く。
――恐らく、誰も組んではいない。
「よくわかりますねぇ」
「正しくは、組まれて脅威になる可能性が著しく低いわ。私より前にスタートした、僧侶、鬼、モンペの人間、髪が逆立った人。この四人を覚えている?」
「逆立った……。ああ、あのスーパーサイヤ人さん。全員覚えています」
つい先程聞いたことがあるような言葉には触れないことにし、霊夢は話を続ける。
「まず一つ目、鬼は仲間を作ることはないわ。あの鬼は、多分このゲームを楽しむつもりでいる。パートナーを殺されてはいけない、というルールがあるからそうしているだけで、こういう勝ち残り制の戦いでは、参加者の中で最も、一人で何とかするような性格をしているのよ」
霊夢は、自分の神社に出入りしている鬼の事を想像しながら言った。
「二つ目、モンペの人はある人間と仲間になる。その人間はこのゲームに積極的にはならない」
藤原妹紅は、参加者の一人である寺子屋の教師――上白沢慧音と特に仲が良い。その慧音は殺し合いに否定するはずなので、妹紅は妖怪と徒党を組むつもりはないと霊夢は言う。
「三つ目、あの僧侶と、あなたで言うスーパーなんとかっていう人は、対立してるのよ」
「対立ですか?」
「ええ。お互いに何かしらの因縁があるらしいのよ。宗派がどうのこうのだとか、封印されたのがどうのこうのとか。だからその二人が組むことはまずないわ。運が良ければ、その人達同士で潰し合ってくれると思う」
それを聞いて、はるなはおもむろに手を上げた。
「別に質問があるならその場で言っていいわよ。ゲームの説明をしているわけじゃないんだから」
「それじゃあ。ええと、二つ目のモンペさんが、三つ目の方たちの内のどちらかとくっつく可能性はないんですか?」
はるなの問いに、霊夢は思案する。
聖は妖怪の方についている人間なので、先程の理由から一応人間の妹紅と組む可能性は高くはない。逆に、豊聡耳神子と藤原妹紅が組む場合がある。
しかし霊夢は、一つの事実に気がついた。
「いえ、多分ないわ。さっきも言った通り、モンペの人間はゲーム反対派の人間と組む。その後に誰と組もうが、人殺しに加担するつもりはないと思うわ」
「それじゃあ……」
「ええ、恐らくは今、神社に行っても大丈夫のはずよ」
言い終わると同時に、二人は同時に立ち上がった。
「そうと決まれば善は急げです。行きましょう」
「何であなたが指揮するのよ。神社の場所も知らないくせに」
「あ……。あはは」
「まったく。まぁいいか。それじゃあ、向かいましょう」
「はい!」
事実上殺し合いのようなこのゲーム中にも関わらず、中々のんきな態度で会話のやりとりをしながら、二人は博麗神社に向かう。
博麗神社に着いた時、鬼と対峙する事態になることなど予想だにせず、彼女達は神社に向かい歩を進め始めた。