●幼稚
午前七時三十分。人里から離れた林道。
その道には、人間と、兎の耳を生やした者がいた。
外界の人間で、小柄で黒髪ポニーテイルの女性――藤吉かほ。
幻想郷の妖怪で、幼女の様な体躯に薄桃色のワンピースを身に着け、黒髪の上から兎の耳が生えている妖怪――因幡てゐ。
彼女達は林道脇で休んでいた。かほは木に腰を下ろし、てゐは彼女の横に立つ。
「……ったく、何なのこの世界」
かほは不機嫌そうに言って、地面を叩く。
「突然こんな所に連れてこられて、ゲームに参加しろだとか好き勝手言って、何なんだよあいつ」と、開催者である八雲紫に悪態を吐いていた。
対して因幡てゐは、「だから言ってるでしょ。八雲紫――というより八雲紫の力は、神の力みたいなもの。自分勝手な奴らが多い妖怪がそんな力を持てば、好き勝手するのは当り前よ」と、さも当然のように言う。
「たく、意味わかんねぇ。何で私がそんなことに巻き込まれなきゃならないのよ……」
「紫も言ってたでしょ。『自分の目に入った二十一人を集めた』って」
「そう、それだよ。私は普通の女子高生だよ。なんであんな、変な奴ら共のゲームに参加させられなきゃ――」
「『外の世界でも目を見張るほどの甘ったれ』。それがあんたの選ばれた理由じゃない?」
皮肉に反応したかほに向かって、てゐは言葉を続ける。
「だってそうでしょう。ゲーム開始から一時間半。それだけの時間が経ってるのに、あなたはこのゲームに臨む覚悟すら見せないでいる」
「当たり前だろ。お前ら妖怪とは違うの。いきなりこんな世界に連れてこられて、こんな妙なゲームに参加させられてよ。仮にやろうと思っても、人間には心の準備ってものが――」
「何、逃げる準備? それとも死ぬ準備? あなたに戦う度胸なんてなさそうだし」
「うっさい。そもそもお前、何か勘違いしてない?」
かほの問いに、てゐは訳が分からないという顔をする。
「このゲームは人間二十一人があなた達を使って他の人間を殺していくゲーム。お前、ゲームが始まって少しした時に言ったよね。『この世界の人達は、私達の世界の人間よりはるかに強い』って。じゃあそういうことじゃない。このゲームでの私達の住む世界から来た人間は『プレイヤー』。そしてあなた達は『武器』。くじを引いた時になんとなく思っていたわ。このくじで恐らく、おおよその勝敗が決まるってね」
臆病者ほどよく喋るなぁ。と、てゐは思いつつも、黙ってかほの言葉を聞き続ける。
「それに、私がその気になればいつでも失格になることができるのよ。そうなるとお前は優勝できなくて困るでしょうけど、私には一つのメリットがあるの」
「死ぬよ、多分」
かほが言おうとしていたメリット、『失格になったことにより、殺される心配がない』に対し、てゐは彼女が言う前にそれを否定した。かほは「え?」と間抜けな声を出していたので、それを説明する。
「あなた、地図に書いてあったルールちゃんと読んだ? ほら」
てゐは地図を取り出し、ある部分を指差してかほに見せた。
――脱落条件・『スキマ』を使用した際、その一時間前から一時間後以内に脱落していないゲーム参加者を殺傷する。
「これの意味。よく解ってないでしょう。説明の時、あなた達側の人間がスキマからスキマへ移動させられたのを見たじゃない」
「あ、ああ」と、それだけしか言わないかほに、てゐはため息を吐く。
「じゃあ、解りやすいように説明してあげる」と、かほから十数メートル程の距離を置いた。
てゐは自分を指差す。
「例えば、私が八雲紫だとする。私の右腕近くにスキマがあって、あなたの首元にもう一つのスキマがあるとする。私がこのスキマに向かって、たとえばナイフを突き立てたら、どうなると思う?」
てゐはそう言って、かほの方を指差す。
「当然、あなたの所よねぇ。この地図に書かれてあるルールでは、それを行ってはいけない。ただし、それは脱落していない組に限る」
言われて、ようやくかほの表情は険しいものになった。
「……あなた、今まで解ってなかったの?」
「いや……だって……そんなことあいつ、教えてくれなかったし……」
何を甘いこと言ってるんだ。そう思いながら、てゐはため息を吐く。
「そんなこと教えてくれる訳ないじゃない。何が面白くて主催者が、言ったら自分が有利じゃなくなることを言うのよ」
実際、八雲紫がそのようなことをするかはまだ分かっていない。だが、幻想郷参加者のほとんどは、『八雲紫ならそれをやる』と思っている。一方、一部の外界者はそう思ってはいないのだ。
「でもさ、それってお前の考えでしかないんだろ? なら……」
かほの言葉が終わる前に、てゐは怪しげな笑みを浮かべた。
「なら、百メートル離れてみる? 脅すつもりはないけど先に言っておくわ。そうした場合どうなるのかは分からないけど、もし紫が『組の内片方を始末する』と決めている場合。その対象は間違いなくあなたになるわ」
「は……。何でそんなことわかるのよ」
「私が言ったんでしょう? 『この世界の参加者は、あなた達よりはるかに強い』って。仮にも妖怪である私とただの人間であるあなた。もし首を刃物で貫かれた場合……」
――どちらが早く死ぬかしら?
しばしの沈黙。
てゐの言葉に畏怖したのか、「ま、まぁ、そんなことしても失格になるだけだし。チームなんだから、私とお前とでは仲良くしないとな」とかほは誤魔化した。
「まったく、どこぞの魔法使いと一緒で口だけは達者ねぇ。まぁ安心してよ。あなたが私とパートナーでどう思ってるかは知らないけど。私と一緒になったからには、これから幸運が起こるわよ」
てゐの回りくどい言葉に、かほは顔をしかめる。パートナーになることが幸運ではなく、パートナーになったから幸運になる。かほにとっては何の事か分からないが、それがてゐの能力である。
人間を幸運にする程度の能力。それが因幡てゐの力である。例えば、とても広大な竹林で迷ったとしても彼女に会えばあっと言う間に出られるのだ。ただしそれがもう『幸運』なので、彼女の力はそこで切れてしまう。もちろん、かほはそんなことは知らず、てゐが言った言葉の真意を理解することはできない。しかし、自分の味方をしてくれるということだけは理解したようだ。
「じゃあ、ちゃんと護ってよ」と、かほはてゐに手を差し伸べる。
「はいはい」と彼女は笑って、手を握った。
「あらあら。そんな非力な兎さんより。私の付き添いにならないかしら?」
突然、後ろから声がする。二人がそちらを振り向くと、二人一組が佇んでいた。
「…………」
低めの身長にややふくよかな体格で細目の女性――清水ちひろ。
「どう。悪い話ではないと思うけど」
水色の着物を羽織り、渦巻きが模された三角巾を頭に着けた亡霊――西行寺幽々子。
この二人、というより幽々子は敵であるかほ達と相対しても、にこやかな表情だった。まるでこのゲームに対し高みの見物をしているように。または、参加者として楽しんでいるかのように。
「お、おい。それ、どういうことだよ」と、かほは幽々子の提案に耳を傾ける。
「よせ、どうせ利益しかないのは、あちら側だけよ」とてゐは右手でかほを制する。
てゐの態度を見て幽々子は、くすくすと微笑み口元に扇子を持っていく。
「あらあら。せっかく共同戦線と行こうと思ったのに。外の世界の人をリードしなくちゃいけない幻想郷の妖怪がそんな態度なのは、悲しい事ね」
幽々子の言葉に対し、幻想郷で人間より遥かに長く生きているてゐは挑発に乗ったりはしない。しかし、彼女の後ろにいる人間は、幽々子の提案に耳を傾けようとしていた。
「別に、聞くだけ損はないだろ」
「聞いたら、おなたがあいつの話に乗る可能性はゼロじゃないでしょう」
呆れたようにかほを見ながら、てゐは幽々子を見据える。
「幻想郷の怪物なんて、存在自体が胡散臭いんだから」
「あなたもその一人じゃない」と、てゐの言葉に幽々子は微笑む。
挑発なのか手招きなのか、右手をかほ達の方に差し伸べる。表情も、やや真面目なものになっていた。
「私は紫の横暴を止めたいと思っているわ」
幽々子の発言に一番驚いたのは、てゐだった。彼女にとって、幻想郷の妖怪は(自分を除いて)とても胡散臭い存在。しかも西行寺幽々子は、何を隠そう八雲紫の親友でもある。そんな奴の言葉は聞くに値しない。しかし、幽々子の言葉に気持ちが揺らぐ。
「どういうこと」と、彼女の口から言葉が漏れる。
「『どういうこと』なんて、おかしなことを言うわね。あなただってこんなゲームには反対しているんでしょう」
「それはそうだけど……」
「私は亡霊――つまりかつては人間だった。その頃から紫とは親しい仲だった。そんな彼女がおかしくなったら、かつて人間だった者として止めるのは当然よ」
幽々子の言葉に重みを感じたてゐ。しかしそれでも彼女を信じようという気は起きない。
「仮にそうだとして、どうやって八雲紫を止めるのよ」
「決まってるじゃない。あなた達と組んで、紫を倒して説得させる。この弱肉強食の幻想郷では、それが一番手っ取り早いでしょう?」
てゐは反論しない。力あるものが自らの我儘に振る舞える幻想郷。そして八雲紫を倒すということは、自分一人の実力ではほぼ不可能であるということをてゐは薄々察知している。紫のパートナーの中川ちふゆを集中して狙うとしても、紫の隙を狙うのはかなり難しい。それならば大勢で攻めて紫を倒し、このゲームを中止させる。幽々子はそう言いたいのだろう。
「な、なあ。あの人、なんか味方になってくれるっぽくない?」と言うかほの言葉を無視し、てゐは思案する。
――あいつの意見は最もだ。逆立ちしても自分では紫を倒すことは至難の業。それならば確かに西行寺幽々子という大きな戦力と組んだ方がいい。だが、こいつは信用に値しない存在だ。あっち側になって考えてみればわかる。百パーセント信用できない者に、余裕綽々と近付いてきている。それは、もしこちらが申し受けを断って襲いかかっても、自分ならねじ伏せられる自信があると思っている証拠だ!
心の中では既に幽々子の誘いに乗るつもりがないてゐだったが、それでもいくつかの気になったことを問う。
「なぜ最初に、自分の配下を誘わなかったの」
幽々子の部下である魂魄妖夢の事について、てゐは問う。
「中々見つからないのよあの子。こんなことなら予め集合場所を決めておけばよかったわ」
――恐らく嘘じゃない。
「なぜ霊夢や魔理沙ではなく、私のような弱い妖怪を誘ったの?」
「別に。ゲームが始まって初めに見つけたのがあなた達だったからよ」
――今のも恐らく嘘じゃあない。
「仮に紫を倒せたとしたら、誰を外の世界に戻すの?」
「どうしようかしらね。とりあえずは私が発案者ということで、まずパートナーのちひろさん……」
幽々子が言葉を言い終わる前に、てゐはにやりと笑って言葉を遮った。
――話にならないね。
「え?」
「あんた、本当にゲームを中止する気なんてない。中止するなら、紫の力で参加者全員は戻れるくらい軽く想像できるのに。むしろそうするためにゲームを中止するというのが相場。それを考え付かない――そうするつもりがない。つまりあんたは私達を陥れるつもりなんだよ」
てゐが言葉を畳み掛けるも、幽々子は涼しげな表情を保っている。
「…………。そう」
幽々子はぽつりと呟く。徐々に空気が重くなる。
「ふふふ。即興にしてはいい演技だと思ったのだけれど」
――決まりだ、こいつは最初から組む気なんて一切ない!
「離れて、かほ!」
まるでその言葉を待っていたように、かほはてゐ達に背中を向けて走り、距離を取る。
確認した後、てゐはすぐさま幽々子に弾幕を放った。小型の楕円形弾幕の米弾をばら撒く。しかし、弾幕は全て、幽々子の眼前で弾けて消えた。
「!?」
初めて見た弾幕に驚くかほと、突然弾幕が弾けたことに驚くてゐ。
扇子を口元に当てて一人微笑み、幽々子はてゐの疑問に答える。
「知っているでしょう。私の力は『死を操る程度の能力』。人外の者に対して有効な攻撃手段を持つ博麗霊夢や、大きな力を持っている者。それ以外の弾幕は、私の元に着く前に全て死ぬ――消えるのよ」
弾幕が殺される。それが異常ということは先程弾幕について教えられたかほでも理解できた。
「おい、あいつそんな強いの!?」
「そんなわけない、何かの間違いよ!」
――多分幽々子の言っていることは嘘だ。ただ自分の元に来た弾幕を全て自分の弾幕で撃ち落としているだけだ!
てゐはそう直感し、試しに今度は適当に弾幕をばら撒き、それらは幽々子に当たる弾幕だけが弾けて消えた。しかしそれだけでは、てゐの仮定が証明されたとはいえない。
「まだまだ!」
全ての弾幕を幽々子に向けて放つ。瞬間、少しだけ地面から浮き、低空飛行をした。
幽々子は弾幕を全て消した瞬間にてゐの行動に気付く。彼女の目的は、清水ちひろだということに。
てゐは道脇の木に身を隠していたちひろを発見し、米弾を放つ。しかし、勝利を確信したとは思っていない。
「……ほら、やっぱり」
てゐの視界にはっきりと、弾幕を撃ち落とす幽々子の姿が見えた。
「何が『弾幕を殺した』よ。この嘘つ……」
途端てゐは、耳をつんざくような音を聞き、自分の左腕が弾け飛んだような感触を覚える。身体全体もそれにつられるように吹き飛んだ。
「!? …………!?」
地面に顔を付した体制になり、てゐは混乱する。数秒後にようやく、自分が幽々子の弾幕を喰らったと認識した。
横から見なければ、撃ち落とした事が判らないほどの速さと正確さの弾幕。ならその速さを利用してカウンターを仕掛けてくることも十分あり得た。
――そうか。あいつは私の弾幕を叩き落とす前に、私に向けて弾幕を撃ってたんだ!
弾幕を喰らって、てゐは反省する。西行寺幽々子は八雲紫とほぼ同等の実力を兼ね備えている。彼女自身、それは分かっていた。
清水ちひろに向けて弾幕を放った後、動く時間も十分にあった。しかしてゐは、油断してその場に留まったままだった。
「は……はは。だから私は……鈴仙にすら本気の勝負で勝てないのか」
笑いながら、ふらふらとしながらもてゐは立ち上がる。左腕を見ると、肘と肩の間が思い切り内出血を起こしているものの、指を動かすことはできた。逆に言えば、幽々子の弾幕は一発でそれほど深刻なダメージを受けるほどの威力だった。
「分かってたんだけどなぁ。姫様の護衛の時も、花が沢山咲いた時も。霊夢や魔理沙の弾幕を思いっきり喰らったはずなのに」
――やっぱり、めちゃくちゃ痛いや。
激痛に堪え、てゐは幽々子の方を睨みつける。
「まだやるの?」
「当然」
「私達の仲間になるなら、もうここで終わっていいのよ」
「まだ言うか……!」
てゐの態度に、幽々子は溜息を吐き、視界をかほの方に移す。
「ねぇ、そこにいるあなた」
幽々子は十数メートル離れた木に隠れている藤吉かほに呼びかけた。彼女は顔だけを出し、幽々子を見る。
「先に言っておくわ。今この戦いを終わらせる方法はみっつ。ひとつは、私が倒れるか。もうひとつは、そこの兎さんが倒れるか。そして最後は、あなたがわたし達の仲間になるか」
少しだけ心が揺らぐかほに、「騙されるな! こいつの言う事を信じちゃ駄目! どうせ仲間になっても、他の参加者と戦う時に、囮や盾にされるだけよ!」とてゐは一喝する。
「酷い言われようね」と、幽々子は微妙な表情をして呟く。
一方てゐは、芳しくない状況を打破するために、策を練っていた。途中、自分がしかけた悪戯に同僚である月の兎や主である姫を引っかけた事を思い出す。 ――ああ、これが走馬灯か。などと冗談めいたことを考えながらも、てゐは勝負に出る。
――スペルカード宣言。
「幽曲『リポジトリ・オブ・ヒロカワ ―神霊―』」
「……え?」
てゐがスペルカードを宣言しようと決断した時。自分が相対している西行寺幽々子が先に宣言をした。
「兎符『因幡の素兎』!」
慌てて、てゐも宣言をする。
幽々子の周りには沢山の蝶を模した弾幕が現れ、てゐは先程の数倍はある数の弾幕を撃つ。しかし、異常に気が付く。
幽々子の蝶弾幕が、自分に向けて放たれないのだ。それらは壁を作るように幽々子とちひろを覆い。襲いかかるてゐの弾幕を防ぎ、無効化させた。
「弾幕で……防御した?」
呟いた瞬間、弾幕の壁から大量の蝶弾が列をなして、てゐに襲いかかる。
「!」
一瞬反応が遅れたものの、それらは全て一直線に襲いかかってきたので、横に回避したてゐは服をかすらせる程度で済む。しかし弾幕の群列は次々と襲いかかる。
それでもてゐは、にやりと微笑む。
彼女のスペルカードはただの囮だった。しかも西行寺幽々子は自らを弾幕で覆っている。それはつまり、彼女にはてゐの位置が分かっても、行動の思考を読むことは分からない。てゐにとってそれは好機だった。
踵を返して、幽々子から距離を取る。弾幕に狙われるも、距離はどんどん遠くなっていく。弾幕は正確にてゐを狙って撃たれるので、止まらずに動いていれば寧ろ避けるのは容易だった。
「だ……大丈夫か?」
彼女の狙いは、藤吉かほの元へ行くことだった。
「そんなことより、行くわよ!」
そして戦闘を放棄し、幽々子から逃げ出すこと。
「行くって、何処へ行くのかしら?」
「とりあえず、永遠亭って所がある! そこに一先ず……」
言おうとして、てゐの動きが止まる。
――今、自分は誰に話しかけた……誰に話しかけられた?
右肩に手が触れる。それは幾ばくか冷たく感じた。
――西行寺幽々子。
右を振り向いたてゐが幽々子の姿を捉えた途端。彼女は不意に押された。
スペルカードが発動されてから、てゐの姿は幽々子から見えなかった。それは言い換えれば、てゐにも幽々子の姿は見えなかったということ。
幽々子にとって、追い詰められた一妖怪兎の行動心理は手に取るように分かっていたようで、彼女はてゐに引けを取らないほどのスピードで、かほの所に先回りしていた。そして、あとは自分から来た隙だらけの彼女に攻撃するだけ。ただてゐの肩を押すだけだった。
――何故攻撃しなかった? 自らの問いに対し、てゐはすぐに答えに辿りついた。
攻撃はまだ終わっていない。幽々子のスペルカード攻撃はまだ終わっておらず、先程までてゐを追いかけるように弾幕の列は襲いかかってきた。ならば気紛れに、今まで走った道を一歩戻ればどうなるか。
当然、弾幕の群列に撥ねられる。
――くっそおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
因幡てゐの視界には、ただ彼女を見る事しかできない藤吉かほと、意地悪そうな笑みを扇子で隠す西行寺幽々子の姿が映った。
彼女の腹部に、連続で衝撃が走る。普段の弾幕と違い、破裂するものの弾き飛ばされない。だがそれは次以降に来る弾幕も受け続けるということ。
連続する破裂音が鳴り止んだ時には、因幡てゐの右腹部は抉り取られていて、鮮血がワンピースの裾を赤く染めていた。
「てゐ……?」
「……はは……あーあ」
てゐは受けたダメージにも関わらず不敵に微笑み、前のめりに倒れた。
幽々子はそれを見てスペルカードを終了する。もう攻撃する必要はないと判断した。
「さぁ。行きましょう」
言葉の真意を理解できないかほの右肩に手が置かれる。
「え?」
「言ったでしょう。私は共に紫と戦ってくれる人が欲しいって。そこの兎さんがどうなろうと、あなたを仲間にしたいのよ」
かほは無言で因幡てゐを見る。彼女はぴくりとも動かなく、腹部からの流血は止まっていないように見える。
「大丈夫よ。あなたの思っている以上に妖怪は丈夫なの。半日すれば、普通に歩けるようになるわ」
そう言って、幽々子はかほの背中を押しながら、てゐの元から離れていく。
流されるままに、かほ達は清水ちひろの待つ場所まで歩く。
「待て……よ」
同時に後ろを振り向いたかほと幽々子の視線には、立ち上がっているてゐの姿があった。
「あらあら。私だって、本気中の本気のスペルカードを使ったのよ。まさか立ち上がるなんて、ショックねぇ」
あくまで余裕そうな態度の幽々子に対し、てゐは肩で息をして、またすぐにでも倒れそうだった。それでも彼女は言葉を絞り出す。
「かほ……逃げろ」
自分が瀕死の状態にも関わらず彼女はただひたすら、かほの身を案じる。
「殺されるだけ……利用されるだけ……」
それを聞いても、かほはただ戸惑うばかりである。
「決めるのはあなたよ」
幽々子はかほに言うが、同時に小声で言った。
「でも、あなたがあちら側に着くというなら、あなたを敵とみなすわ」
――殺す。
可憐を思わせる彼女の声から聞いた言葉。その言葉は、彼女の気持ちを切り替えさせるに十分なものだった。
「てゐ……もういいよ」
「……え?」
「私はこの人に着いていく」
「…………」
てゐは何も言わない。幽々子ももう何も言わない。ただ、かほだけが言葉を呑べる。
「だから、もういいよ」
悪気なくそう言うかほ。てゐへの配慮も謝罪の言葉もない。
「…………馬鹿野郎」
そう言っててゐは静かに目を閉じ、ゆっくりと崩れ落ちた。
「さぁ、行きましょう」
幽々子達は、てゐから視線を逸らす。
もう、因幡てゐが彼女のために起き上がることはなかった。
そのまま、幽々子を待っている清水ちひろの元まで向かう。
「清水ちひろです。よろしくお願いします」
着いて早々、ちひろはかほに挨拶する。つられて、「よろしく」とだけかほも言う。
そして合流した幽々子達は歩き始めるが、かほだけは歩みを止めていた。
「どうしたの、かほさん?」
幽々子は不思議そうに彼女を見つめる。
「ちょっと、いいですか?」
「何かしら?」
「あの……私。てゐから、『百メートル以上離れたら八雲紫に殺される』って言われたんですけど……」
かほの言葉を聞き、「ああ、そうね」と幽々子は微笑み、左腕を差し伸べる。
「……え?」
「ルールでは、スキマで殺傷していいのは『脱落者』のみ。なら、もし何らかのミスで私に攻撃が当たったら、紫はその時点で失格になる。彼女はそういうことも計算しているから、うかつにそういう攻撃はしてこないでしょう。でもいざという時のために、私の腕にしがみついているといいわ。それに、私のパートナーを殺すほど、紫は意地悪ではないわよ」
「そ……そうですか!」
かほの疑念は払拭され、すぐさま幽々子の腕にしがみつく。
若干身体が冷たいけど、この人の心はとても暖かい。そんなことを思いながらかほは幽々子と共に歩み、ちひろも二人に着いていく。
ある程度歩いた時、ちひろは広げていた地図を見ながら言う。
「幽々子さん。出ました」
その瞬間、「そう」と呟く幽々子から感じる体温がより冷たくなったのをかほは感じる。今、何の事を言っていたのか聞こうとした途端――
「!」
左腕を思い切り振った幽々子に、彼女は三メートル程飛ばされた。
何が何だか分からず、かほは受け身も取れず地面を転がる。
「え……え?」
「大丈夫よ、かほさん。紫は、必ず私が失格にさせるわ」
聞きようによっては、かほを安心させるように聞こえるかもしれない。しかし先程幽々子がとった行動、そしてその言葉にかほの身を案じる様な気配がないことに気付く。
「な……なにをするんで――」
言葉を言い終わるうちに、かほは言葉を出すことができなくなった。彼女は、幽々子とちひろが自分を見て驚いていることに気付く。
かほの喉からは、血で真っ赤に染まった小刀の切っ先が二十数センチほど顔を覗かせていた。
幽々子は咄嗟にそれを素手で掴もうするも、幾分反応が遅れたせいで、小刀は幽々子の手に刺さる前に引っ込んでしまった。しかし、かほの後ろに小さなスキマがあるのを見逃さない。
突然呼吸ができなくなり、頭が真っ白になったかほは、横に倒れる。ちひろと幽々子は、ただ見ているだけ。
「まさか本当にやるとは思わなかったわ。おかげで、反応が遅れちゃった」と、能天気に幽々子はちひろに話す。
声を出せないながらも、かほは必死に幽々子達に助けを求める。
「ひゅ……ひゅう……」と、喉から血を流しながらこちらを睨むように見るかほ。その凄絶さにちひろは吐き気を覚える。
「ああ、ごめんなさい。すぐに楽にしてあげるわ」
申し訳なさそうに言いながら、幽々子はかほの胸に手を添える。そして自分の『死を操る程度の能力』を発動した。
「ひゅう……ひゅ……」
胸に手を添えられてから数秒で伸ばしていた手を地面に降ろし、そのまま動かなくなった。
「ありがとう。あなたのおかげで、本当に紫が殺してくるって、分かったわ」
嬉しそうにお礼を言う幽々子は、それを見て若干の寒気を覚えているちひろに教える。
「見たでしょう。これが紫の力よ。どんなに離れている者でも、スキマの力を使って殺傷できる」
人の命を湯水のように使い、幽々子は自分のパートナーに八雲紫の能力について説明した。
てゐの言った通り、幽々子にとっての藤吉かほは、その程度の存在価値でしかなかったのだ。
「どんなに離れている者でも、スキマの力を使えば殺すことができるの。どう、すごいでしょう?」
とある森林。切り株に腰掛けた少女と、彼女の力を眼前で見たもう一人の少女。
ゲーム開催者――八雲紫と、そのパートナー――中川ちふゆ。
八雲紫は、先程地図に点で表示された何者かを殺傷した。脱落者の点は参加者の組ごとにそれぞれ違う色で振り分けてあるので、同じ色の点が二つ以上あれば、それは『組員のどちらかが死ぬ』以外で脱落した者と分かる。
楽しそうに地図を指差す紫を見て、ちふゆは苦笑いを浮かべるだけ。
「あらつれない。外の人間には、スキマってあまり興味がないのかしら」
「いえ、そんなことはないです。本当にすごいですね、そのスキマって……」
「本当にそう思ってる? ……まぁいいわ。これは、私の『境界を操る程度の能力』のひとつでしかないんだけど……。本当に便利よ。外の世界のものを色々持ってきたりもできるし。ゲーム中は禁止だからしないけど、この幻想郷の端から端へ移動することもできるのよ」
紫は楽しそうに自分の能力を話す。
「他にも、ものの境界をいじって、存在を消したり別の概念として存在させることもできるの」
極端に言えば――を――することもできるのよ。
紫の言った言葉に、ちふゆは若干の興味を持った。
「――を――して、――として――することも可能よ。そうすれば――として存在することができるわ」
ちふゆはそれに大変驚き、にこにこと微笑む紫を見据える。
「どうかしら、試してみない?」
「いや。今はいいです。考えておきます」
そう言って、ちふゆは少し紫から距離をとる。
上にある木々の緑を見ながら、ふと自分の姉を想った。
――お姉ちゃん。今、何処にいるの。
藤吉かほ・因幡てゐ組:脱落
残り十八組