東方闘王劇――東方バトル・ロワイアル   作:片岡アユミ

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3章
8話・霊夢とルーミア


●呑気な妖怪

 

 午前七時三十九分。

 博麗神社から数百メートル離れた小道に、二人の人影がいた。

「ねぇ、ルーミアちゃん。本当に霊夢さんって人に会って大丈夫なの?」

「大丈夫。霊夢はこんなゲームでも、人間であるあなたに酷いことをしようとは思っていないはずよ」

 神社に向かって小道を歩いているのは、ボサボサの髪をした小柄な少女――北野まゆかと、黒い衣服に身を包んだ妖怪――ルーミア。

 彼女たちは数十分前に、ルーミアの提案で博麗神社に行くことを決めた。

 その理由は、先程ルーミアが言った『博麗霊夢は無益な殺生をしない』というもの。しかし、他にも理由はあった。

 ルーミアと北野まゆかは、強い方ではなかった。ルーミアは幻想郷側の参加者として。まゆかは外界の参加者として。

 そこでルーミアが提案した手段は、博麗霊夢と手を組み、ゲームを協力して生き残るというものだった。

「でも本当に大丈夫なの? 霊夢さんって妖怪が嫌いなんでしょう?」

「うーん。霊夢は妖怪退治を生業としているけど妖怪が嫌いというわけじゃないわ。逆に、人間があまり好きじゃないようにも見えるし」

 ルーミアの言葉に、まゆかは引っかかるものを感じた。

「霊夢はね。人間でありながら人間と妖怪の中立的存在なの。私のような人間じゃない人達が異変を起こした時は、さすがに妖怪と戦ったりするけど、人間の味方をしているって風にも見えないのよ」

「そ……そうなの?」

「ええ。この神社に人があまり来ないのか、ここに来る人達が変なのばかりなのか。どちらかというと、霊夢は普通の人間より私達のような人外と多く接しているの」

 ルーミアから一通りの話を聞き終えたまゆかの中で博麗霊夢の印象が若干変わる。先程までは、『この世界で最強』という言葉から、幻想郷も、妖怪が存在するだけで人間が支配する世界と思っていた。しかしその霊夢が中立的な立場であるということを知った。

「それじゃあ、この世界で一番偉い人って……なんとか紫さん?」

「うーん一番偉いかぁ。まぁ妖怪の中では八雲紫が一番偉くて強いんだろうけど、霊夢がいるからなぁ……」

 考えている内に彼女達は、博麗神社の鳥居が見える場所まで歩いてきた。

「さぁ、霊夢に会いに行くわよ」

 やけに乗り気で言うルーミアに対し、まゆかは気が乗らなそうな表情をしていた。

「どうしたの?」

「いや……なんか、ちょっと怖くなっちゃって……」

「変な人ね。霊夢は人間よ。私といるよりは霊夢と一緒にいたほうが安心できると思うわよ。強いし」

「でも、それでルーミアちゃんが殺されない可能性はゼロじゃないんでしょう?」

「何言ってるのよ。さっきも言ったでしょう。霊夢はやたらと人や妖怪を殺したりしないって。それにもう私が神社に向かっていることは、ばれているんだから」

 ルーミアの言葉を聞いて「あ……」と口を開きつつ、まゆかは空を見た。視線の先には仄かに光が刺すだけの宵闇が広がっていた。

「本当に不思議な力。今は確かに朝の七時なのに」

 妖怪ルーミアの力、闇を操る程度の能力。その力の一つとして、彼女がいる周辺の空は夜になる。そのためか、まゆかは幻想郷に来てからずっと、日の光を見ていない。ルール説明の時もルーミアは近くにいて、今現在は常時百メートル以内にいないといけない決まりになっている。

 まゆかは遠くの空を見てみるが、変わらず夜空になっている。

 ルーミアはまゆかの疑問に答える様に、話しかける。

「別に、この周辺だけ夜空になるわけじゃなくて、私の周辺にいる人からは、空が夜空に見える、って言った方が正しいかしら。もちろん夜空が見えるってだけじゃなくて、日の光も届かないけどね」

「じゃあ、ずっと向こうの人達からは、この場所の空はどうなってるの?」

「それは、夜空になってない空よ」

 能力のせいで一度も朝日を拝んだことのないルーミア故に、変わった言い方をすることにまゆかは気付かず話を進める。

「じゃあ、どのくらいの距離近づいたら、夜になるの?」

「うーん。それはわからないわ。調べたことないし」

 ルーミアは確かに人間ではない。だからといって、日の光を見ることなく一生を終えていいのか。そんな風にルーミアの顔を窺うまゆかに、ルーミアは平気そうに答える。

「別に不便は感じないわよ。私にはこの能力があるから、人間の周りを真っ暗にして、食べることだってできるの」

 そう言って、ルーミアは能力を発揮する。自身が黒く染まり、闇に包み込まれ、黒い球体ができる。

「……きゃあ!?」

 そしてそれは徐々に膨らんでいき、近くにいたまゆかを呑みこんでいった。

 数秒して、自分の身体に何も異常が起きていないことに気付き、まゆかは恐る恐る目を開けた。しかし、何も見えない。

 ただ、ルーミアの声が聞こえるだけ。

「これが私の能力よ。私の能力に包まれれば、何も見えなくなる。匂いを嗅いだり触ることはできるけど、とにかく見えない。松明の炎も、魔法使いの光線も、魔女の火も。私の闇の前では照らす事なんてできないの」

 そう言って、ルーミアは力を出すのをやめ、闇は徐々に小さくなる。そこからまゆかの姿が現れ、最終的には彼女の目にルーミアの姿が映る。

「これで私は今まで人間を捕食してきた。でも、私は妖怪の中でも弱い部類なのよ。私より強くて、奇妙な力を持つ人なんてたくさんいるわ。それに――」

 それ以上を続けようとするルーミアの言葉は、一人の女性によって遮られた。

「何してるのよあんた達」

 突然横槍を入れられ、一瞬身体を強張らせるルーミアとまゆか。まゆかはすぐにルーミアの後ろに隠れる。

 しかし、「仲間にならない? 私達二人じゃ心細いのよ、霊夢」と呑気に喋るルーミアの態度に、彼女の震えは止まった。

 恐る恐る声のした方を振り向くと、まゆかの視界には、赤いスカートと奇妙な巫女服を身に纏う女性が、鳥居前の石段にいた。

「それにしても、ちょうど良いタイミングできてくれたわね」

「何言ってるのよ。こんな時に悲鳴なんて聞こえたら、大抵あんた達の仕業でしょうが」

 人間と妖怪という種族間の違いがあるにも関わらず、普通に言葉を交わす霊夢とルーミアにまゆかは違和感を覚える。その様子に、霊夢の興味を引いた。

「その人があなたのパートナー?」

「ええ。北野まゆか、っていうの。大丈夫、食べるつもりはないわ」

 もの珍しそうに、霊夢はまゆかを見続ける。

「やっぱり外の世界の人間って、変わった格好なのね。まぁ、はるなに比べたらまだ地味だけど」

 自分で言って、何かを思い出したような態度で霊夢は神社の方を振り向く。

 霊夢より高所の石段近くにある茂みには人影がひとつあり、それに向かって「来てもいいわよー」と霊夢は声を掛けた。

 茂みから出てきた女性である霊夢のパートナー――榊はるなは恥ずかしそうに、顔をにやけさせながら石段を下りてきた。外界の人間でありながら、白を基調とさせたフリルのワンピースは、どちらかというと幻想郷住人に近い服装で、それにまゆかとルーミアは驚くことしかできない。

「この子が私のパートナー。もちろん食べるのは駄目よ」とルーミアに釘を刺す霊夢。

 榊はるなは霊夢と同じ高さまで降りきって、まゆか達を見る。後、ルーミアを示した。

「霊夢さん。この人は?」

「そいつがルーミア。さっき言ってた闇を扱う妖怪よ」

「へぇー。すごいですねぇ、闇を操るだけあって」と、先程のまゆか同様空を見上げるはるなに、霊夢は返事を返す。

「そうでもないわ。戦闘力自体は他の妖怪より弱いのよ」

「本当ですかぁ? 闇を操る妖怪なのに……。なんか、『何かで力を封印されてて、本来は凄い力を持ってる』とか――」

「いや、全然」

 ふーん、と霊夢の言葉に返しながら、はるなはルーミアを見据える。

 まゆかは、はるなの視線に入らないようにしている。それに気にせず、ルーミアは霊夢の方を向く。

「それで霊夢、私達の仲間にならない?」

「細かい指摘だけど、立場逆じゃなくて?」

 細かい事なら気にしない。と言いながら、ルーミアは石段を上る。

「私もゲームに勝ちたいのよ。そのためには、あなたと手を組んだ方が良いの」

 霊夢は石段を下り、提案を促すルーミアに近付く。

「でもルーミア。あなた一つ、過ちを犯しているわ」

「?」

 不思議そうに首を傾げるルーミア。

 霊夢は石段を下りきり、まゆかの所まで行った。

「あ……お、おはようございます」

 瞬間――霊夢は一瞬で彼女の後ろに回り込み、なんとなく挨拶をしたまゆかの首に右腕を回した。

「えええっ!?」とまゆかが驚く間に、彼女の左首筋には、霊夢がスカートの裾から出した針が突きつけられていた。

 突然の展開に、霊夢の味方であるはるなでさえ一瞬怯んでしまう。霊夢の表情はとても険しいものにもなっていた。

「ルーミア。あなたの過ちは、私が百パーセント味方だと思い込んでいたことよ」

 それに対し、人質になったまゆかはもちろん、ルーミアとはるなも何も言えず、ただ黙る。

「あなたわかってる? あなたがゲームに勝ちたいと思っているように、私もゲームに勝ちたいと思うことは、おかしい事じゃないわ。紫の優勝賞品にはそれくらいの魅力があるの。わかるでしょう?」

 はるなにも霊夢の行動はまるで予想外だったらしく、ようやく言葉を出す。

「れ……霊夢さん……何を……?」

「別に何もしないわよ。そこの妖怪がおとなしく立ち去ってくれるなら、この子には針一本これ以上近づけないわ。でも、それ以上石段を上ってみなさい」

 ルーミアは石段を上った。

 ――!?

 三人は驚愕する。この状況に、ルーミアは霊夢の脅迫にものともしていない。

「ちょ、あんた……話聞いてるの!?」

 本来の実力なら、ルーミアを圧倒できるはずである霊夢の方が動揺していた。

 ルーミアはあくまでマイペースに、霊夢達の方に振り向いてにっこりとほほ笑む。

「まゆか、それが霊夢よ。とっても優しいでしょう」

 そう言われるも、まゆかはまるで状況を理解できない。

 一方霊夢は、ため息を吐いた後、これ以上無駄だと悟ったのかまゆかを解放した。

「まったく。相変わらずの呑気者ね、あなた」

「あなたに言われたくはないわよ」

 ルーミアにつっこまれた霊夢は、まゆかの方に向き直る。

「ごめんなさい。ルーミアを試したくて、ちょっと人質にさせてもらったわ」

「い、いえ……」

「それにしても、あなたのパートナーも薄情よね。少しはリアクションしてくれたっていいのに」

 霊夢はルーミアの方に向き直るも、「あなたと初めてスペルカードで実戦し合った仲じゃない」と笑われた。

 目の前にいる能天気な妖怪の態度に、霊夢はもう一度ため息を吐く。そして、しょうがない、という風に石段を上り始めた。

「ほら、あなたも来なさい。お茶ぐらいなら出してあげるから」と霊夢に言われ、ようやく足を動かすことができたまゆかだった。

「あの……霊夢さんとルーミアちゃんって、どういう関係なんですか?」

「昔、一度退治した。それだけよ」

「え……それだけですか?」

「ええ。妖怪っていうのは、それだけで親身になってくるものなの。昨日コテンパンに打ちのめしたら、今日神社の宴会に来る。そういう奴らが多いのよ」

 目の前の二人みたいにね。と言う霊夢とまゆかの視線の先には、もう親しげに会話しているはるなとルーミアの姿があった。

「なんか……凄い世界に連れてこられてしまいました……」

 ルーミア達を見て苦笑いするまゆかに、「大丈夫よ。この世界の問題は、この世界の住人で片を付けるから。あなたは安心して、はるなと一緒に茶でもすすっていなさい」と霊夢は言って、安心させようとする。

 まゆかはそれに不思議な安心感を覚え、ようやく笑みを見せることができた。

「は、はいっ。これからお願いします!」

「大袈裟よ。こんなくだらない催し、一日二日で終わらせてあげるわ」

 まゆかを安心させ、霊夢も神社に向かうために鳥居の方に顔を向け、石段を上る。しかしその表情は、何か真剣なものであった。

 そしてこの一時間後、彼女達は鬼と対峙することになる。かつて勝負に敗れた人間を攫い喰らってきた、文字通りの金剛不壊な怪力乱神である『鬼』に。

 

 

 

 

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