新米P渡瀬柚希   作:ユユ

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第12話 甘い香りは何もかも

 

衣装を合わせてメイクを受けて、そんなこんなで時間なんてあっという間に過ぎていき、あたしが綺麗な衣装を着たシンデレラに変身したのは本番の30分前のことだった。一足先に準備が終わったあたしは、部屋の外で待っていた柚希さんに駆け寄った。

 

「どう、柚希さん? 似合ってるかな?」

「うーん、周子がそれ着ると真っ白だね」

「あー、やっぱり?」

 

柚希さんはあたしを見ると、小さく笑って言った。あたしの衣装は白いドレスに青いダイヤモンド刺繍をあしらったデザインで、あたしの自慢の白い肌も相俟って全体的に色が薄いかもしれない。

 

「でも、似合ってるよ」

「ふふっ、ありがとさん♪」

 

それでもなんだかんだ褒めてくれる彼女があたしは好きだった。上機嫌になって彼女の手をとると、彼女はピクリと体を動かしてから、目を合わせないままあたしの手を握った。彼女の手はあたしよりずっと熱くて、少し湿っているような気がした。

 

「周子、手冷たいね」

「柚希さんが熱いだけだよー。あたし達より緊張してどうすんの」

「私だって初めてなんだから、仕方ないでしょ。私としては周子があんまり緊張してないことの方が意外だよ」

「まぁね、緊張ならさっきしきっちゃったかなー」

 

言ってみて気付いた。確かにあたしは自分でも驚くほど緊張していなかった。リハーサルの時とは打って変わって体が軽い。本番までのプレッシャーに慣れたからだろうか。

 

「そういえば、周子さっきお母さんと電話してたよね」

「ん、まーね」

「何か言われた?」

「んー……」

 

他愛のない話であまり覚えていないけれど、思い出した会話を口に出す。体調はどうだとか、1人で寂しくないかだとか、楽しみにしてるよだとか。

 

「ああ、あと、柚希さんに会ってみたいだって」

「私? どうして?」

「分からないけど、お礼言いたいんじゃないかな。家出したあたしを匿ってくれて、その上立派なアイドルにまでしてくれたんだから!」

「立派かどうかはこれから次第だけどね」

「分かってるって。でもなんていうか、あたしを真人間にしてくれたのが柚希さんだから」

「なにそれ、変なの」

 

あたしとしては結構本気で言ったつもりなんだけど、柚希さんは呆れるように笑った。彼女と出会ってから2ヵ月弱、まだ謎が多いけれど、まるで姉妹のように接してくれる彼女には感謝してもしきれない。あたしは彼女の手を握り直して、そしてくすりと笑った。

少しの間そのままの状態で一緒に過ごしていると、部屋から続々と着替えが終わったアイドル達が出てきて、あたし達の前を通り過ぎていった。さすがに恥ずかしくなって手を離そうとしても、いつの間にか指が絡み合い強く握られていて簡単には外れそうにない。

 

「ねぇ、柚希さん…………柚希さん?」

 

彼女はあたしの呼びかけに応じない。10cm上からの視線はある1点を捉えている。

 

「私がここでこう質問しますから、高垣さんは意気込みをお願いします」

「はい、わかりました。では、ここはこうして……」

 

古瀬プロデューサーが立ち合いの元、直前番組の進行についてアナウンサーと話し合いをする楓さんがそこにいた。彼女はあたしと同じ白地に青の衣装を着ている。その顔は真剣そのもので、彼女の周りには煌びやかなオーラが漂っていた。

 

「楓さん、私と同い年なんだって」

「そうなん?」

「見えないよね」

 

柚希さんの細い手により強く握られて、あたしの手が少し汗ばむ。手を振って抗議をすると彼女は手の力を緩めたが、それでもあたしの手は抜けてくれない。半ば諦めて彼女を見上げると、視線はまだそこから外れていなかった。

 

「羨ましい?」

「……そりゃあね。私は大学出たらアイドルなんて、って諦めてたんだ。だから、楓さんが同い年って聞いて……」

 

そこまで言って柚希さんは何かを考えるように言葉を詰まらせた。また握る手が強くなって、それからすぐに力を抜いた。

 

「やっぱ私には無理、あんなにキラキラ出来ないや」

 

柚希さんはそう言って初めて、こちらに顔を向け苦笑いをした。その顔は握っている手の熱さを忘れるほど哀愁が漂っていて、思わず息を呑む。彼女に返す言葉は口から出てこなかった。

 

「シューコちゃん達はっけーん、シルブプレー?」

「にゃはは! 手なんかつないで、ラブラブだねー♪」

 

聞き慣れた2人分の陽気な声が聞こえて、あたしはハッとそちらを向いた。志希ちゃんとフレちゃんのニヤニヤとした顔にあたしは顔が熱くなる。

 

「いやー、柚希さんが繋ぎたいって言うからさぁ」

「私、そんなこと言ったっけ?」

「シューコちゃんも満更でもないみたいだよねー♪」

「あはは……まぁ何でもいいでしょ」

 

恥ずかしくなって目線が下に落ちる。2人の衣装がはっきりと見えた。

 

 

「ねえ見て、プロデューサー! アタシの衣装、黄色じゃなくてピンクなんだって!」

「あ、そっか。フレデリカもキュートパートなんだっけ」

「そう♪ アタシがキュートでカワイイのは分かるけど、いつもの色じゃないから何か変な感じー」

「でもフレちゃんあたしとお揃いだねー♪」

「あ、ほんとだ、お揃い! むふふ、ペアルックってやつだねー♪」

 

『シンデレラガールズ』はその中でキュート、クール、パッションの3チームに分かれていて、それぞれピンク、青、黄色のイメージカラーが設定されている。アイドル達はその外見と雰囲気から各々チームに振り分けられていき、そのイメージカラーにあった刺繍があしらわれたドレスを着ていた。

志希ちゃんとフレちゃんはキュートチームであるから、その衣装にはピンクの花の刺繍があしらわれている。志希ちゃんはともかく、レッスンでは黄色のジャージを着ていたフレちゃんがピンクを着ているのは何だか目新しい。

 

「フレちゃんはやっぱ何着ても似合うにゃー」

「メルシー♪ シキちゃんも似合ってるよー!」

「そっかー、あたし達、ついにアイドルなんだね」

「そうだよ。そんな綺麗な衣装、普通着られないんだからね」

「そう言う柚希さんも今日はキチンとしたスーツ着てる……って、ネクタイ曲がってるよ」

「えっ、嘘っ!」

「あたしが直してあげるー♪」

 

慌ててネクタイを締め直そうとする柚希さんを制して、志希ちゃんはネクタイに手をかける。手先が器用な志希ちゃんにしては少しもたついて首を捻っていたが、それでもきちんと整えると、満足そうに鼻を鳴らした。

 

「ありがと、志希」

 

柚希さんは空いていた右手で優しく頭を撫でると、その手を滑らせて志希の左手を握った。その瞬間志希の動きがぱったりと止まる。どうやら彼女も緊張しているらしく、もう片方の手はプルプルと震えていた。

 

「じゃあアタシはこうかなー」

 

フレちゃんはその手を優しく握って、もう片方の手をあたしに差し出した。

 

「これじゃあまるで円陣やね」

「あはは、そうだねー!」

 

フレちゃんの手を左手で握って、4人は目を閉じる。この小さな輪っかは何よりも固く強く結ばれているような気がした。

 

「それじゃあ、プロデューサー声出しお願い♪」

「えっ、私? んー……」

 

あたし達は目を開けて柚希さんの方を見る。彼女は一人一人目を合わせるように見回すと、少し頷いてから小さく息を吸った。

 

「……君達、ここまでよく頑張ったね。たくさん練習して、失敗もあったかもしれない。まだ不安があるかもしれない。だけど、本番はもうすぐそこだ。

今までの練習の成果を堅実に出していくのもいいけど……やるからにはトップ目指してほしいな。私は君達の個性を信じてるから、それぞれ『自由』に自分らしさを出してきてほしい。そうすれば結果はついてくるはずだから」

 

手を握る力を強くして彼女は一息にそう言った。不意にあたしの頭にこの1ヵ月半の努力がよぎって、涙がこぼれ落ちそうになる。彼女の顔を見ると、彼女も目頭に涙を溜めてそれをこらえているようだった。

 

「シンデレラガールズさん、スタンバイお願いしますー」

 

廊下の奥の方からスタッフさんの声が響いた。柚希さんの手が緩んで、志希ちゃんが手を離す。あたしの手もようやく外れて、もはや誰のものかも分からない熱が手に残った。

 

「プロデューサー、アタシ、頑張ってくるね!」

「うん、いってらっしゃい」

「にゃはは、フレちゃん行っちゃった。……ユズキ、ちょっとそのまま」

 

フレちゃんが走っていくのを見送って、志希ちゃんは柚希さんに抱きついた。いつもと違い軽く抱きつくだけ、鼻を鳴らす音も聞こえない。

 

「じゃあ、あたしも行ってくるかな。ちゃんと見ててね」

「……いってらっしゃい、周子。涙は拭いときなよ」

「え? あ、うん、行ってきます」

 

いつの間にか涙がこぼれていたらしい。志希ちゃんに抱きつかれる柚希さんに背を向けて、あたしは右手の甲で涙を拭いた。右手に残っていた柚希さんの温もりが、優しくあたしの目を包んだ。

 

 

 

「城ヶ崎さん、高垣さん、ありがとうございました! Mスタはこのあとすぐです!」

 

アナウンサーさんがそう言い終わらない内に、モニターの表示がCMに切り替わる。その瞬間、アタシは隣にいたシキちゃんの肩にもたれかかって大きく息を吸った。

 

「フレちゃん、大丈夫?」

「あはは、ちょっとフレちゃん息し忘れてたみたい……」

 

荒く息をするアタシを心配そうに見つめるシキちゃんも、体は固く動きがぎこちない。その向こうに見えるシューコちゃんに至っては、まだカメラが回っているかのようにボーッとそこを見つめていた。

結果だけ言えば、アタシ達は全くアピールが出来なかった。本番直前のたった5分間だが、『シンデレラガールズ』が単独でフォーカスされた貴重な5分間。何かをするならこの時間だと頭では思っていても、合図がかかってカメラのランプが点った途端、その大きな瞳がアタシ達を貫くような視線で見ているような気がして、体が氷のように固まってしまった。もうその後は何をしていたかも覚えていない。

 

「ではみなさんこちらにお願いしますー」

 

だけど、それをネガティヴに思う時間もなく、アタシ達はスタジオ裏に案内される。人の波に乗ってそちらに向かうと、そこでは多くのアーティストが自分の出番を思い思いに待っていた。もう奥の階段を登れば、歌を待つ多くのお客さんがいる。独特な空気感がアタシに冷や汗をかかせた。

 

「あかんなあ、すっごく緊張する」

 

そう言いながら顔を引きつらせるシューコちゃん。その隣のシキちゃんも鼻を何度も小さく鳴らして周囲の匂いを確認しては、嫌そうな顔をしていた。そう、シキちゃんが匂いを――

 

「……あっ!」

「どしたん、フレちゃん?」

「ちょっと待ってて!」

 

アタシは走って今来た道を戻っていった。もう時間はあまりない、何度もスタッフさんとぶつかりそうになりながらなんとか楽屋にたどり着くと、自分のバッグをやや乱暴に開けて、ゴソゴソと中を漁る。

 

「あった!」

 

アタシが探していたのはこのポーチに入っていた透明な小瓶、誕生日に貰ったシキちゃん特製の香水だった。貰った次の日に一度使って、その鼻をとろけさせるようなフレーバーとあまりの安らぎに衝撃を受けたっきり、使うのがもったいなくなってまだほとんど残っている。

今こそ使う時、とうなじと腕に少しずつ吹きかけると、久しぶりにその匂いがあたりに立ち込めて、一瞬腰が抜けそうになり、思わず壁に手をついた。

 

「あはは……よし!」

 

それからすぐに体勢を立て直して、1つ大きく声を出す。不思議と緊張はどこかに消えていった。

 

「あ、ヤバっ」

 

すっからかんな大部屋の空気の流れに気を取られていたが、時計はもうすぐ7時を指す。アタシはまた走ってスタジオ裏に急いだ。その足は行きよりも軽い気がした。

 

「あ、おかえりー、フレちゃん急いで!」

 

スタジオ裏に到着すると、もうアイドル達は円陣を組む体勢になっていて、シューコちゃんとシキちゃんが間を空けてアタシを待っていた。

 

「ソーリー、お待たせー!」

 

勢いよく2人の間に入ってその手を握ると、あの匂いがふわりと立ち上る。匂いに敏感なシキちゃんは気付いたようで、鼻で息を大きく吸うと、にゃははと小さく笑った。無意識なのかシューコちゃんも鼻で小さく息を吸っている。固かった2人の体は次第に柔らかくなっていった。

 

「全員揃った?」

 

ミカちゃんが円陣の真ん中に入って周囲を見回す。三十余人の円陣は随分と大きなものになっていて、ミカちゃんがだいぶ小さく見えるけれど、彼女の大きく張った声は、アタシ達を強く鼓舞した。

当たり前だけど、まだ緊張が解けないみんなを前にして、ミカちゃんは笑顔で励ましの言葉をかける。そんな努力もあって幾分か場の緊張感が和らいだところで、全員に手を前に出すように指示すると、自らも輪の一員となり、また声を張り上げた。

 

「今日の主役はアタシ達だよ! 緊張に負けないで、明るく楽しく、精一杯頑張って行こう!」

『お、おー』

「もっかい!」

『おー!!』

 

1回目は揃わなかった声も、ミカちゃんが機転を利かせてリズムよく合図をすると、きちんと大きな声になってこの空間に響いた。直後、みんなが満足げに微笑んだ。

 

「やっぱすごいね、ミカちゃん」

「あの雰囲気でみんなの緊張を解いちゃったからね。あたしもなんか体が軽いし」

「にゃは、むふふふ、にゃははは♪」

「ど、どうしたの志希ちゃん?」

「なんでもなーい♪」

 

シキちゃんはアタシにだけ分かるように小さくウインクをして、アタシに抱きついた。後ろからプロデューサーの呆れた声が聞こえる。

 

「ほら、もうすぐ出番だよ。そんなことしてないで、早く準備準備」

「んー、もうちょっとー♪」

「おっ、じゃあこのまま行っちゃうー?」

「いいねー♪」

「ちょっと志希! フレデリカも何か言ってやってよ」

「まぁまぁ柚希さん、あたしなりに自由にやるから任せといてよ」

「周子まで……分かったよ。その代わり、絶対成功させてきてね」

「はーい!」

 

アタシはシキちゃんに抱きつかれたまま階段の下に移動した。スタジオではさっき階段を上がっていったアーティストの曲が流れている。これが『お願い! シンデレラ』になればアタシ達の出番だ。

 

「じゃあ、行ってきます!」

 

後ろを向いてプロデューサーに声をかけると、聞こえてくるのは聞き慣れたポップな曲。仄かな安らぎの香りとともに、アタシ達は階段を駆け上がって真っ白に照らされたスタジオに出た。期待を、不安を、何もかもを背中に回して飛び出したその舞台、何台ものカメラの黒い大きな瞳がじっとこちらを見つめていた。

 

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