綺麗だが人の気配を全く感じない建物内には私の足音だけが響いている。
部長とちびすけが出発する前に話していた標的の『
考え事をしながら暗い廊下を歩いていると、一枚の貼り紙を見つけた。真っ白な壁にセロテープ一枚で貼られた紙は風になびいて独特の音をたてていた。私は少ししゃがんで、肩に掛けているゴルフクラブケースからスキルを一つ取り出して脇に抱える。細長く黒い武器は先端に近づくに連れて、さらに細く鋭くなっている。一見槍のようにも見えるそれはライフルだ。しかし槍としても十分に役目を果たす。私はライフル型スキルに取り付けてあるスコープを覗き込む。敵の奇襲が怖いところだが、気配は一切ないので構わないと思いスコープ越しに貼り紙を見る。ぼやけている視界をピント調節で鮮明にすると、書かれた文字がはっきりと見えた。
『屋上で待っている』
どうやらあのスナイパーはまだ屋上にいるようだ。自ら居場所を教えるなどありえないので罠の可能性が高いが、他にすることもないので私は屋上へ向かうことにする。
スキルをゴルフクラブケースに戻している途中私は異変に気付く。あの貼り紙は“風になびいていた”のだ。今は昼間で、しかもここは日陰街ではなく普通の都市街なので、人がいないのならば戸締りはしているはずだ。ーでは、私はどうやって閉鎖されているビルに入ったかというと、単純に窓を叩き割って中へ入ってきただけだ。帰りにガラスを回収して新しいものをはめれば侵入した形跡も方法も残らない。ー
私は貼り紙のある壁の向かいの窓を見た。鍵は壊れていないが解錠されており、冷たい風が遠慮なく廊下へと入ってきていた。敵の作戦としては、貼り紙を確認しようと近づいたところを、開いた窓から狙撃するといった感じだろう。そんな幼稚な作戦に引っかかるのか、と言われれば大体の人は罠に気づくと言うだろう。しかし撃たれてから気づいても遅いのだ。一度開いた窓におびき寄せればあとは引き金を引くだけだ。スナイパーライフルなどで狙われていたら考える間もなく頭をぶち抜かれる。部長は車から出た瞬間を狙われたのだろう。それに、敵戦力に遠距離は一人しかいないはずで、先程までこのビルの屋上にいた人物がスナイパーだとすると空いた窓を狙っているのは誰なのだろうか。情報が間違っている可能性もあるので私は開いた窓の前を通らないように迂回して階段を探した。
六階建てのビルには各階に階段が一つづつあり、よく見ると各階に一箇所づつ『屋上で待っている』という貼り紙の罠がある。敵が狙うとすれば入り口や階段など必ず通らなけれればならない場所の方が効率がいいはずだ。少しの疑問を残しながら私は最上階へたどり着いた。鉄の扉を開ければそこは屋上だ。
私はポケットから出したゴム製手袋を右手にはめ、ドアノブを回してドアを開ける。
「……来たぞ」
冷たい風が一気に飛び込んでくる。屋上には二つの人影がある。遠くて顔は見えないが二人とも手になにか持っているのが分かる。どんなものかは分からないがおそらくスキルだ。
私はゆっくりと後ろ向きのまま元来た道へ戻る。遠距離系の武器を持っていれば撃たれる可能性が少なからずあるので、一旦扉まで戻ってこちらから先に銃で仕留めようという魂胆だ。
「悪いが一方通行だ」
後ろからの声によりその望みは断たれた。不意に現れた三人目の敵は、私の首元に刃物を押し当てている。少し動けば肌が裂ける絶妙な位置でとめてある。
「こいつが目標か?」
刃を当てたまま敵の男が私に問う。
「いや、私に聞かれても知らないんだが…」
「お前に言ってねぇよ!仲間に言ったんだよ!通信機で!」
敵はあっさり情報を吐いた。こいつらは通信機で繋がっている。私が有利になることはないが、たったこれだけで勝算がぐっと上がる。
例えば私が言ったことが他の二人にまで伝わってしまうことがなくなった。逆に誤情報を伝えることもできる。まあ今の状況ではどうにもできないし作戦も思いつかない。今頭の中にある勝算は、車にいる部長が目覚めて助けてくれるというものだ。
「はぁ?!生け捕りィ?」
私がどうにか討伐、脱出方法を考えている間も私を捕まえている男は仲間と通信しているらしい。首に当てた刃は相変わらず切れるギリギリで止まっていて、少し動いただけでも皮膚を裂いて動脈を切るだろう。相当な手練れだ。
「あんたたちってHARDっていう
「そうだよ!お前ちょっと黙ってろ!ああ…もう何だよ!死体でも報酬出るだろ?」
あっさり同意を得た。この人は色々とゆるすぎる。そのおかげでこいつらは討伐対象ということが分かった。さらに今私を生かすか殺すかで揉めているらしい。
ついに通信機で話すのをやめ、向こう側から低い声で罵声が飛んできた。もちろん私ではなく、私の動きを封じている口の軽い男に向かってだ。
「あーもう!分かってないのか?
「そ…そりゃぁ『テクノ』だけどよ!ん〜…」
『テクノ』という聞き慣れない言葉に私の脳が反応する。
「おいHARD!『テクノ』っていったいなんだ?」
「あ?テクノっていうのはな…」
「ちょっ!ばっかじゃないの!!あんたちょっと黙りなさい!!」
私の問いに答えようとした口軽男をさっき罵声を浴びせてきた方とは違う方の人影が叫びながら、こぎはじめの自転車くらいの速さで近づいてくる。
高い声で叫んだ彼女は思ったより幼く、右手にはカバン、左手には日傘、頭にはカチューシャ、赤と白が特徴的なロリータ服に身を包んでいた。ふりふりのスカートがとてつもなく邪魔そうだが、本人は気にする様子もない。少女は迷いなく日傘を、私の動きを拘束している男の脳天に突きつけて言い放つ。おそらくその日傘が
「あんまりばかだとここで消すわよ!」
容赦ない行動に私も内心驚きつつ、それとなく聞く。
「ところで『テクノ』ってなんだ?」
私が言い終える前に、ふろふり少女はくりくりの目で鋭く睨みつけてくる。一瞬怯んだが、相手は特に攻撃をしてこなかった。
「まあいいわ、冥土の土産に教えてあげる」
突き刺さるような視線が引くとロリ少女もといロリータ少女は、気分よさげに語り始めた。
「テクノって言うのはテク……」
まだ何も語っていないが、少女の声はそこで途切れた。それと同時に奥の方、つまりもう一人の人影がいる方で金属音が聞こえてきた。HARDの方々も少し距離を置いて警戒する。一定の間隔で鳴る音は屋上の柵を何者かの手が掴んだことにより途切れる。柵をよじ登り屋上へ上がってきた人影は、風になびいて綺麗な黒髪が揺れている。
「な…何よあいつ!!」
ロリータが驚いた。
「ここ…六階建てビルの屋上だぞ?!」
ばかが冷静に分析した。
さすがに奥にいる人影の声は聞こえなかったが、ビルの壁をよじ登ってきた人物は誰か分かる。
「ハァ……私を撃ったのは誰よぉ…」
いつもより低く、怒りを
「な、ななな…なによぉぉ!!てっ撤退〜!!」
格の違いを瞬時に見極めたのか、ロリータ少女がそう叫ぶと、HARDの皆様は背中に背負っていた装置からコードのついた銃を取り出し、隣のビルに向けて引き金を引いた。躊躇いなく屋上から飛び降りてさながら立体機動装置のように弧を
「待てぇ!!」
怒りが収まらない部長は背負っていた
「ちっ」
綺麗な舌打ちをした部長はライフルを元の形に戻して背負った。私は今までの光景を、ただ立ち尽くして眺めていることしかできなかった。
動く標的を、スコープなしで構えとほぼ同時に撃ち抜く。しかも逃走を妨げる脚に命中させた。こんなことできる人物を私は部長の他に一人しか知らない。まあ、あの
鋭い眼光を、今もHARDが去った場所を睨んでいる。しばらくすると、完全に逃げたことを確認すると、怒って鋭くなってもなお変わらない独特の喋り方で、部長は退却命令を出した。
「かかりぃ!帰るよぉ!」
そういえば、結局『テクノ」が何なのか聞きそびれた。
こんにちはぺんたこーです。
今回はめっちゃ長くなりました。※八ツ橋のみ
次回、やっと科学研究部の目的が決まります!
ではまた、次のあとがきで!