慟哭の空 作:仙儒
―――助けて欲しいのです。
女性の澄んだ声だった。
最初は疲れているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
彼から渡された端末を開くように言われ、何故、彼と私達しか知らない秘密を知っているのか問い詰めようと思い、端末を開く。
普段、映像が映るところには暗闇で何も映らないと思ったら、アスランが勲章を授与される所が映し出された。
―――助けて欲しいのです。
また聞こえる声に、変な感覚が襲い掛かる。まるで、頭に直接語りかけられているような感覚。
次に聞こえたのは、女性の声では無く、何時も聞きなれたアスランの声だった。ただ、何時も話している声よりも低く、重苦しい感じだ。
それは、呪いだった。
―――誰よりも、この星の誰よりも戦い抜かなくてはならない。
―――護れなかった命のためにも誰よりも惨めで、惨い終わり方、最後を迎えなくてはならない。死ぬのは俺一人で十分なのだ。
一体、何が彼を此処まで追い立てているのか、何がそこまで彼を駆り立てているのか。まるで見当がつかなかった。
なぞの声の主は何なのか、これを聞かせてどうさせたいのか…、わからない。
ただ一つ、アスランがこのままでは壊れてしまう、否、もう十分に壊れている事だけが理解できてしまった。
思い返せば可笑しい事ばかりだった。
常に最前線で戦い続ける彼。目を離せばすぐに戦線へと行ってしまう彼。
今までその背中を見て頼もしいと思っていた自分を引っ叩きたい気分だ。
もう彼はとっくに限界を迎えて、助けを求めていたんだ。
そのサインにどうして気が付くことができなかった!
あの死に急ぐ背中を! 生き残り、救えなかった者達に一番心砕き、少しずつ壊れていく愛しい人に!
彼は”物語”に出て来るような”英雄”でも無ければ、”勇者”でもない。ただの”普通の男の子”だという事に。
言葉にならない激情が体を駆け巡る。
私は…、私はどうすれば良いのだ。どうすれば彼を救える? 壊れた心を癒せる?
式典から帰って来た彼はいつも通りだった。
それが返って不安を加速させていく。
私よりも大きい背が今は小さく、強がっているようにしか見えなくなった。
彼の背中に手が伸びかけて、止まってしまう。それは、同じく端末を渡されている女と同じ行動を、同じタイミングでしてしまったからではない。
ただ、なんと声をかければ良いのかわからず、二人してたたらを踏んでしまったのだ。
それに、今、手を伸ばしたらこの押し殺している感情を抑えられなくなってしまう。彼を救いたいのに、彼にすがってしまう。
それだけはしてはならないとなけなしの理性が働いたのだ。
そして、日数は過ぎ、今日も危ない背中を黙って見送るしかなかった。
扶桑では急ピッチで軍艦の改修が行われていた。
元を辿れば、一人の男が出した報告書が原因だったりする。
連装砲じゃなく、三連装砲になったら良いなと思いました。っと何時も必要無比のお手本のような報告書を書いて出す男が書いた頭の悪そうな一文を扶桑海軍上層部で話し合った結果だ。
男の活躍もそうだが、新型魔道兵器の円滑な運用に適していると上が判断を下した。
他にも、新たに加わった艦を再編成し、人員をどうするかで上も下も大忙し。
そして、その男がカールスラント皇帝陛下から直々に勲章を貰って、引き抜きされたのかどうかが、一番気がかりな所だった。
最近、記者のニールマンが当たり前のようにこの500統合戦闘航空団の基地に居ついている。
一体いつの間に500に所属になったんだよ。このことについて小一時間問い詰めたい。
はぁ、と溜息を付いて珈琲を飲む。
そう言えば、章香もフィーネも様子がおかしい。
俺から距離を取っているように感じる。嫌われるような事をした覚えは無いんだけどな。何やら、焦りのような、そんな感じが伺える。何に対して焦っているのかわからないが、後でメンタルケアの真似事でもした方が良いだろうか。
そう考えて居たら電話が鳴る。
そう言えば、此処の電話が鳴るのは珍しい気がする。
『お久しぶりです。グンドュラ・ラルです』
「ああ、ラルか。どうした?」
グンドュラ・ラル。彼女がまだ駆け出しのウィッチだったころに出会った仲で、ネウロイの攻撃で大怪我して、それを治療した覚えがある。
『例の件です。一応書類を送りましたが』
ああ、そんな書類合った気がする。
「確か502統合戦闘航空団設立だったか」
その件に関しては既に了任の印を押したんだが、はて?
『そうです。それで人材を集めてまして、総監督が「アスランで構わない」…、アスランの艦隊から菅野直枝少尉と雁淵孝美中尉をお借りしたく』
成る程、引き抜きか。確かにウィッチには羽振りがいいが、統合戦闘航空団の方が好待遇な上、戦闘経験も積めるし、彼女たちの事を考えると良い経験になるだろう。
「わかった、話は通して置く」
『助かります。アスラン』
「敬語は要らないって言っただろう。それにしてもお前が隊長か…、もう、ひよっことは呼べないな」
『もうとっくにひよっこは卒業しました。アスラン位ですよ、未だに私をひよっこと言うのは…、戦果を期待ください』
……、
「戦果なんてどうでもいい。全員で生きて帰る事だけを考えろ」
『…、そうでしたね、貴方は何時もそうだった』
「? ラル? すまないがもう一度言ってくれ、声が小さい」
『なんでもありません。失礼します』
少し呆れた声音で電話切られたが、何だったのだろうか?
…で、一応、配備される新型ユニットのパーツを確認して、食料と一緒に、かき集められるだけかき集めて、502の所へ出向いた。
別に俺じゃなくても良いんだが、陸路も海路もネウロイに出会えば破棄なので、確実に持って行ける方法でと考えた。転移魔法様々だな。
「言ってくれれば、迎え位出しましたのに」
「新設の部隊で忙しいと思っていたんだが…」
どこの部隊でも人手不足は否めない。新設の部隊なら尚更だ。
取り敢えず、
「隊長就任祝いだ」
そう言って書類を渡す。
「本当は電話一本で何とかしてやりたいが、そこは組織だから、と諦めてくれ」
後で確認しといてくれとも言って置く。
一通り、書類に目を通した後、少し驚いた顔をして問いかけて来るラル。
「これだけの量、大変だったんじゃないですか?」
「お前たちの所程じゃない」
ラルたち502は陸路はネウロイに塞がれていて、物資の運搬の殆どを海上輸送船団に頼っている。
その輸送船団の半数もネウロイにより静められることが殆どだ。実質、入って来るのは頼んだ物資の半分あればいい方なんじゃないか?
それに比べて、俺達500の基地は比較的安全地帯にあり、物資も滞りなく補給される。ストライカーユニットもルーデルが壊したりする以外は特に問題ないので、部品に困ることもない。
そして、俺は軍内部では顔が利く。俺に借りを作りたい奴はわんさかいるので、パーツも食料の調達もそれ程てはかからない。
「他にも希望があれば今の内に言ってくれ、できる限り叶えるさ」
流石に502に付きっ切りと言うわけにもいかないし、脱落者が出ないとも限らない。だから、今の内に叶えられるものがあれば叶えてやりたい。
「…、アスラン」
おっといけない。顔に出ていたか。
「それよりも、新人の迎えまだだろう。俺が行ってくるよ」
「いえ、流石にそこまでして貰うわけには。迎えにはポクルイーシキン大尉を向かわせます」
「仕事をさぼるための建前だ。察してくれ」
「…、ではお願いします」
敬語は要らないって言ってるんだけどなぁ。
「場所は?」
「スオムスキー駅です」
場所を聞いて出てこうとすると、袖を引っ張られる。
「ん? どうした?」
「道はわかりますか?」
「わかるけど?」
そう言うと脛を蹴られた。理不尽だ。
本当は嘘で、わからないので、ジャスティスが道案内してくれる。
「道はわかりますか?」
どうやら、さっきのやり取りは無かったことにするらしい。
「…、はぁ、わからない」
どこまで行っても平行線なのは今までの経験上わかっている事なので、早めに折れる。
「では、私が案内します」
そう言う。
「気持ちは嬉しいが、忙しいだろ。それに、ポクルイーシキン大尉に任せると言ってなかったか?」
「仕事をさぼるための建前です。察してください」
…そう言われては、此方としては断れないな。誰だよ最初にそんなこと言った奴。…、俺だよorz
そう言うことで、格納庫まで行ったら、丁度迎えが出る所だった。
「待て、サーシャ。予定変更だ。私が迎えに行ってくる」
「え? 隊長自らですか?」
そうそう、普通そこに突っ込むよね。
俺も、サーチャーでネウロイに動きが無いのを確認しなかったら駄目だと言ってたところだし。
「それに…そちら…、え、嘘」
驚いた顔で何度か見た後、凄い勢いで敬礼して来た。
「わ、私はアレクサンドラ・イワーノヴナ・ポクルイーシキン大尉であります。お会いできて光栄です! アスラン・ザラ中将!!」
この間階級上がったばかりなのに良く知ってたね。
新聞にでも載ってたか?
でもね、大声出すのはちょっと控えて欲しかったな。格納庫内に居た整備兵とかが一斉に此方向いたからね?
認識妨害魔法使っとくべきだったかな。
囲まれる前に、二人を軍用車に押し込み、エンジンをかけて一気に基地から発車する。
ペテルブルグの街は人が居なく、静かで、乗っている車のエンジン音だけが淋しく木霊する。
「そうだ、二人ともこれをつけておけ」
そう言って使い捨てカイロを渡す。
「これは?」
ラルから疑問の声が上がるが、着ければわかるとだけ言っておく。
それと、さっきから顔を真っ赤にしてだんまりを決め込んでいるポクルイーシキン大尉。成り行きとは言え押し倒すまがいの事やってごめん。だから、憲兵隊に突き出すのは勘弁してね。
少しして、カイロを体に着けたラルがほう、と声をもらす。
「寒ければまだあるぞ?」
そう言うが二人は要らないと答える。遠慮することは無いんだが…、
また、エンジンの音だけが木霊する。
元々ラルは余り話す方じゃないのし、顔見知りで、気心がしれているが、後ろの席に座っているポクルイーシキン大尉は違う。
もしかしたら、俺みたいな上官が居るせいで気を使いまくって気まずいかも知れない。
こんな時はラジオがあればいいんだが、この時代の、しかも軍用車にそんなものが付いているはずもなく、かと言って、気の利いた話もできない。
「待ち合わせ時間に余裕はあるのか?」
段々と、人の通りが多くなり、街へ入ったことが伺えると俺は問いかける。
「一応時間には余裕はあります」
ラルがそう答える。それなら、ちょっとくらい寄り道しても大丈夫だろう。
ジャスティスにこの辺りで有名なお茶できる所ないか聞いてみる。あ、茶菓子が美味い場所で宜しく。
車を止めて、ジャスティスのナビゲート通りに進んでいくと、割と洒落た店に出た。
その店に二人を引っ張って入る。
席に案内されて戸惑っている二人をよそに注文をする。
「かしこまりました」と言う声を残して店員の女性は去っていく。
やはり、と言うか、何と言うか。男は見かけないな。
「……、”誰か”と来たことがあるんですか?」
誰かの部分が強調されているような気がするけど気のせいか?
「いや、初めて来たが?」
「それにしては随分と詳しいみたいですが」
そう言いながらメニューを指さして言う。
「? もしかして、頼みたいのがあったか?」
そう言うとラルは、はぁ、と溜息を付いて「何でもないです」と言う。
もう一人は相変わらずガチガチに緊張している。
甘いものは女の子の大好物だと思ったんだが、やはり、金だけ握らせて店に放り込んだ方が良かったか?
注文の品が来て、食べ始めてもポクルイーシキン大尉の緊張の糸は緩まずに居る。
俺が居ない方が良いな、こりゃ。
そう思いラルには小声でこのことを伝えて、店を出る。
結局、ポクルイーシキン大尉には罰ゲーム以外の何物でもない状態になっちまったな。
「サーシャ、気持ちはわからなくも無いがもう少しどうにかならないか?」
アスランに悪気は無い。むしろ私達に気を使ったのだろう。
メニューを見ながら言う。
アスランは金を私に渡すと、会計をしてから外に出て行った。全く、そう言うことをするのは女の役割だろうに。
まぁ、悪い気はしないが。
「無理言わないでください、あの赤羽の英雄ですよ」
そう言って紅茶を口にする彼女。
「と言うか、隊長はお知り合いだったんですか? ずいぶん親しそうでしたけど」
親しい、か。
なんだか優越感を感じるな。
悪くない。
「ああ、私が軍に入った時に世話になった」
今回この第502統合戦闘航空団の設立にも世話になっているしな。
敬語なグンドュラ・ラル。
何か新鮮だな~。
壊れそうで壊れない壊れかけのアスラン(偽)