A Letter From A Drifter 作:牙草 流神
「あの山の一本杉を目指せ……ってどうした、綺麗な顔した兄ちゃんっ!?」
船長がそこで言葉を止めたのでゴン達もその視線を追う。するとクラピカが凄い顔――何かに驚愕したような形容し難い表情――でそこに立っていた。
「どうしたの、クラピカ?」
「――いや、何でもない……」
ゴンの問いかけに、明らかに何でもない事はない様子で答える。だが、その言葉には力がない。
「でも……」
「何でもないって言ってるんだから放っておけよ、ゴン。それよりオッサンの話が途中になってるぜ」
クラピカの様子を心配して追及しようとしたゴンを、レオリオが止める。確かに船長の話を遮ってしまっているのはよろしくない。人の話を最後まで聞きましょう、とはミトさんにもよく言われた。
クラピカの事は気になるが、ゴンは続きを話し始めた船長の言葉に耳を傾けるのだった。
「オレはバスで行くことをすすめるね」
船長の話を聞いた後、ザハン市に向かう3人だが、その道行きは異なるようだ。
レオリオが船長の助言に従うのではなく、公共の交通機関を使用しての移動に拘ったのだ。
「なら仕方がないね……」
そう言って別離れようとするゴンだったが、それを別の人物の声が止める。
「ゴン、レオリオ、ちょっと待ってくれ。少し調べたい事があるんだ」
クラピカだった。
「調べたい事……?」
「ああ」
クラピカの言う、調べたい事に思い当たりがないゴンが疑問の声を上げるが、クラピカはそれに生返事を返しただけで自分は回りを見渡したかと思うとバスの停留所の方へと向かっていった。
「なんでぇ、やっぱりバスで行くんじゃねーか」
その後姿を見送ったレオリオがそんな呟きを溢すが、どうやらクラピカはバスに乗る訳ではなく、バス待ちをしている人に何かを尋ねているようだった。
それから更に2~3人に聞き込みを行ったクラピカが戻って来たが、その表情は暗い。
「どうやらザバン市行きのバスは全て止まっている、いや、途中で止められてしまうらしい」
「なんだとっ!?」
レオリオが驚愕の声を上げる。彼はバスで行くつもりだったので当然だ。
結局、3人とも船長が言っていた一本杉を目指す事になったのだが、ゴンはクラピカの表情が晴れない事が気になった。その奥にある苦悩は、バスが使えない事が原因ではないように思えたからだ。
「ドキドキ2択クイ~ズッ!!」
老婆の声が響き渡る。
彼女の問いに答えないとこの先には進めないらしい。
ゴン達より先に別の男が二択に挑んで、そして示された道を進んで行った。そして次はゴン達の番だ。
質問の内容にレオリオはブチ切れ寸前だ。いや、あれはもう切れている。そしてゴンの耳に微かに届く悲鳴。先ほどの男のようだが……。
クラピカの様子を見ると、何か深く悩んでいる。確かに悩む二択である。ゴンだって悩む。そして答えが出せないんじゃないかと思う。しかしクラピカの悩みはこの問題に対してではないのではないか? そんな事を思う。彼は船を降りてから? いや、例の手紙を読んでからか? それからずっと思い悩んでいるように思う。
しかし今はそれを追求している暇はない。後で聞いてみる事にしよう、ゴンはそう棚上げする。そして今、目の前の問題について悩み始めるのだった。
先ほどの老婆の問い掛けの答えは『沈黙』であった。
そう、クラピカが説明してくれた。ゴンはそうとも分からず、ずっと考えていたというのに。だがクラピカはその解説をしながら、正解であった事を喜んでいる様子もない。返って眉間のしわが深くなったように思える。手紙を読んでからずっと付いているしわが、である。
周りの景色が変わらない事にまた愚痴を溢し始めたレオリオを放っておいて、ゴンはクラピカに話しかける。
「クラピカ、何に悩んでいるの? オレがパン屋さんのお姉さんからの手紙を渡してからみたいだけど……もしかして嫌な事が書いてあった?」
「っ!? ――そうだな、こんな顔をしていたら気にもするか。だが、大丈夫だ。嫌な事、というのではない。ただ……」
「ただ……?」
「――どう受け取っていいのか、判断が付かないんだ……」
そう返したクラピカの顔は、そして声は、疲れ切っていた。多分、手紙を読んでからずっと考えているのだろう。
「あのお姉さんってクラピカの知り合いだったの?」
「いや、全く面識はない、と思う。むしろゴンに色々聞いてみたいところなんだが……」
ゴンが気になった点に対して、クラピカは途方に暮れたような声を上げる。
「オレだってそんなに知ってるわけじゃ。オレはパン屋ってあんまり行かないし……」
ミトさんがパンだって焼いてくれるので、必然パン屋に行く事は稀である。
「パン屋で1年前から働いている黒髪の女、だったな?」
「うん。でも名前は知らないんだ。お姉さんって呼んでたし。他には――優しそうな感じだったよ。黒い、垂れ目がちな瞳で、20歳くらいじゃないかな? ミトさんより若そうだった。服装も普通だったし……背は小さかったかな?」
「ん? 話した事はなかったのか?」
「あいさつくらいはあったけど、顔見知り程度だよ。オレも手紙渡されてビックリしたくらいだし」
クジラ島から出港の日の朝、突然呼び止められて、あの手紙を渡された。今思い出すときっとゴンを待っていたのだろう。手紙を渡す為に。
ではゴンがハンター試験を受けることを知っていた? ――まぁ知っていただろう。ゴンがハンター試験を受けに行く事は島中の人間が知っていた事だし。
しかしあの時点で、ゴンがクラピカの会う事を、手紙を渡せるである事を知っていたのだろうか? クラピカの方は面識がないと言っているというのに。ホントはクラピカの知り合いの誰かが、クラピカに分からないように手紙を書いて渡したのではないかとも思うが、クラピカには思い当たる節がない様子である。
そんな手紙に書いてある事に、ここまで悩まされるのも不思議な話であるのだが……一体、手紙には何が書いてあったというのだろうか?
ゴンが続けて問い質そうとすると、その前にレオリオの声が響き渡る。クラピカと歩きながら話し込んでいたらいつの間にかレオリオの方が先行しており、結果、どうやら山小屋が見つかったらしい。
手紙の件は一旦置いて、レオリオの方に駆け寄って行く事にした。手紙についてはまた後でも聞けるし、必要ならクラピカから話してくれるだろうし。
山小屋の扉を開ける段になって、クラピカが声を掛けてきた。
「気をつけろ、二人とも。……何か、あるかもしれない」
「何かって?」
突然、険しい声を出すクラピカに疑問を持ってゴンが問い返す。レオリオも不思議そうな顔だ。
クラピカは気配察知が得意だっただろうか? この小屋の中に何かしらの気配を察したのだろうか?
「――いや、なんでもない」
何か酸っぱい物でも飲み込んだように言葉に詰まった後、結局は自分の言葉を否定するような言葉。
「どうしたの、クラピカ? やっぱり変だよ……?」
「何だってんだよなー」
心配するゴンと、あまり気にした様子もなく愚痴を返すレオリオ。そしてそのままレオリオは扉を開けた。……史実通りに。
そして、そこに、魔獣が、居た。
魔獣が『キリコ』というナビゲータであった事、そしてその試験を無事にクリアした事によりゴン達3人はハンター試験の会場まで案内して貰う事が出来た。
ゴンとレオリオはここまで辿り着けた事に喜びを隠せない様子だが、ただ一人クラピカだけはより一層苦悩の色を濃くしていた。
そして会場の入り口であるという定食屋に入ろうとした時、その足を止めさせたのもクラピカだった。
「すまない、会場に入る前に少し買い物がしたいんだが……」
「そうは言っても、もう試験開始までそれほど時間がないぞ?」
「そうか……」
何か試験に入るに当たって不足している物があったのだろうか、買い物に行きたがったクラピカだったが、時間がないとのキリコの回答に諦めざるを得なかった。
「何が欲しかったの、クラピカ?」
「あ、ああ……。食糧を少し買い足しておきたくてな」
ハンター試験が何日に及ぶか分からないから保存食なりを用意しておきたいというクラピカの気持ちは分からないでもない。
「え? メシの用意なんてしておく必要あんのか? ハンター協会が用意しておいてくれんじゃねーの?」
しかし一方でこういう輩もいる。レオリオの事だが。
「さあな、用意される時もあるし、ないときもある、ってくらいか。俺から言えるのは」
レオリオに問い掛けられる形となったキリコはそう返す。
用意しておいた方がいい、というのは分かっただけでも十分な答えだが……。
「しかし時間がないなら仕方がない。何とかするしかないか。――それに、本当に必要になるのかも分からないしな」
最後の台詞は独り言のような小さい声で――しかしゴンの優秀な耳には届いていた――呟いたクラピカは買い物を諦め、定食屋に向かった。
その後ろを、オレも買い物を~、とか言い出すレオリオを引っ張ってゴンも続いて行くのだった。
【ここからがハンター試験に関する記述となります。
とは言っても、ゴン君が私のお願い通りに貴方に手紙を渡していてくれた場合、既にハンター試験は始まっている事になるのですが。
くじら島を発った船で船長にハンターを志す動機について問われ、同乗者であるレオリオさんと意見を違えて衝突し、嵐に遭った中で船員さんを共に助け、和解したところであろうかと思います。少なくともゴン君には、貴方が他の同乗者と打ち解けてから手紙を渡すようにお願いしております。約束を違えるような子ではないと思うのですが……忘れることはありそうですが。
もし上記のタイミングで手紙を受け取られていた場合、特にその後の船旅については問題は発生しません。安心して、この手紙を読んで頂ければと思います。
ただし、ハンター試験の参加希望者が貴方、ゴン君、レオリオさんの他に居た場合、注意して下さい。その人物は私と同じ『未来を知る』事が出来る人物である可能性があります。その人物の行動によって私の知る『未来』とは異なる結果が起こる可能性がありますので注意してください。】
手紙を貰った時点で、既に起こった事についての記載があった。つい直前に起こった事だ。
先ほどの事件――レオリオとの対立と、カッツォと呼ばれた船員の救出劇――の後、ゴンからこの手紙を貰うまでの短い時間で手紙を書く、なんて事は不可能であろう。この分量であるし、さらに嵐の中、揺れに揺れる船の中である。
だが、だからと言って、この手紙の中に書いてある『未来を知る』なんて戯言を信じる事が出来るだろうか。
また後半にも何と判断してよいか困る事が書いてある。『未来を知る』事が出来る人間は複数存在するという事なのだろうか? しかしハンター試験の参加希望者は彼ら3人しかいなかった為、『異なる結果が起こる可能性』というのは無いようである。――この手紙を信じるならば。
【船が目的地に着いてからが次の試験の始まりです。
下船する貴方達に船長がアドバイスをくれると思います。アドバイスの内容は「一本杉を目指せ」というような内容であると思いますが、その情報は正しいです。
会場に向かうバスも出ているかと思いますが、それらはトラップです。船長の言葉を、そしてそれを信じるゴン君を信じた方がいいです。
最初は無愛想だった船長が好意的になったことに疑問を抱くかもしれませんが、それは彼が、船員を助ける件で貴方達を気に入ったこと、そしてゴン君の目標であるゴン君のお父さんの事を彼が知っていたことが原因です。警戒するようなことではありません。】
この手紙を読んで、さらに船長がその通りの言葉を発した時、この船長も手紙の主――魔女とグルであるのかと疑った。それを言い出すのであればゴンとレオリオについても同様に疑っていたのであるが。
ただしそうまでしてクラピカを騙す必要があるのか、その動機が分からない。緋の目を手に入れる為? 彼が狙われるのであるとすればそれくらいしか思いつかないが、その為の手段としては迂遠である、それどころかどのように関係してくるのかが分からない。これだけの情報――手紙の主である魔女の言うところの『未来を知る』のであればもっと直接的な手段があるのではないだろうか? もちろん、クラピカとしてもそう易々と屈するつもりはないのだが。
バスの件についても確認し、それが真実である事も確認した。
ただ、これに関しては多分、過去のハンター試験でも同じような事が起こっていたのではないだろうか? その事を知っていれば、今回のハンター試験でも同じような事が起こるであろう事を予想するのはそう難しい事ではない。魔女の言っている『未来を知る』力とは、過去の事象から未来で起こるであろう事を予想出来る、という意味であろうか? その程度であれば……その程度ではないのだろう、この手紙に書かれている内容からすると。楽観は禁物である。
【一本杉を目指す途中、老婆に二択クイズを出されることになると思います。
多分、ヒントがなくても貴方は答えを知る事が出来ると思いますが、万一を考えてここに答えを記させて頂きます。答えは『沈黙』となります。】
老婆にも本当に遭遇した。そして二択クイズを出された。『沈黙』という単語が答えなのかとも思ったが、二択の内容を聞いて違う事が分かった。
だが自分達の前に問いに答えた男に出されていた問題、自分達に出された問題から『沈黙していること』が答えであると分かった。この魔女の手紙は分かり難い。わざとか。
この時のレオリオの直情具合、またゴンの純粋さからこの二人は魔女とは係わり合いがない、信じてもよいのではないかと思えるようになった。
【老婆のクイズを終えると、そこから6時間以上(老婆には3時間云々と言われるかと思いますが、その倍は掛ります)進んだ所で小屋が見えます。
そこはナビゲータである『キリコ』と呼ばれる妖獣の住まいとなっております。この『キリコ』は人間に化ける能力を持ち、貴方達に一芝居打ってきます。それらを見抜くとハンター会場まで案内してくれるようになります。】
老婆は2時間と言っていた。そして実際には倍の4時間かかった。この差異は何を示すのだろうか? クラピカには分からなかった。
また小屋までの道程において、ゴンに魔女の事を聞いてみた。
これまで何度となく聞いてみたいと思ったのだが、ゴンも魔女の一味ではないかという疑いからそれも出来なかった。だが今では大丈夫だと確信を持っている。
しかしゴンから聞き出せた魔女の情報は少なかった。というかミトさんて誰だ。
小屋に着いてから、手紙に書かれていた内容――妖獣――の下りを思い出し、またこれまでの的中率から手紙に書かれた『未来』を若干信じざるを得ない気持ちになっていた為に扉を開ける前に声を出してしまった。しかしそれらをゴンやレオリオに説明することは出来ない……。彼らを信じていないわけではなく、また手紙に書かれていたから話さない方がよい、と判断した訳ではない。クラピカが、自分の判断で話さない事を選択したのだ。
そもそもどうやって説明しろというのか。手紙を見せる事も考えたが、それも今この場でする事ではない。
結局、手紙の通り――妖獣と魔獣の違いはあったが。というかこの差異は何だ?――紆余曲折を経てキリコにナビゲートしてもらえる事になった。
【ハンター会場の入り口は街中の小さな定食屋となります。ステーキ定食を弱火でじっくり、という合言葉で個室に案内してもらえます。その個室がエレベータのように下り、ハンター試験の開始地点に移動します。それらはナビゲータの『キリコ』が手配してくれるはずですので、特に貴方が意識する必要はないのですが。
しかしここから本格的なハンター試験が始まる為、事前に準備を行う最後のチャンスとなります。
あまり時間がないかもしれませんが、時間が許す限りで以下の準備を行っておいた方がよいと思います。
必要になる場面や詳細については後述させて頂きますが、簡単に羅列すると以下となります。
1.折り畳み自転車
2.東方の国ジャポンの伝統料理の一つである『スシ』についての知識
3.1週間分の保存食】
手紙に書いてある物のうち、保存食だけでも用意したかったのだが、時間がなかったのは痛恨であった。
保存食だけである理由は、クラピカ自身が最後まで手紙に目を通し、その結果として必要だと判断したのがそれだけあったからだ。折り畳み自転車に関しては嵩張り過ぎる点、また利用する事は他の受験者の手前、要らぬ軋轢を産みそうな点、何よりそのような物を試験開始前に突如として購入し始める事をゴンやレオリオに説明出来ない点から不要と判断。また『スシ』については手紙に簡単には書いてあったが、その情報の正確性と更に細かい事を調査に要するであろう時間が検討も付かないから諦めた。また共に、無くても魔女の『未来』では問題なかったらしい、というのも理由である。
保存食に関しては量に関しては調整するものの、持っていてもそれほど嵩張らず、目立たず、またゴン達にも不審に映らないこと、調達も容易である事から準備したかったのである。
しかし、食料に関しては簡単な物であれば2~3日分程度は用意していたのであるが(水は現地調達となるが)、まさか1週間分必要となるとは。これは現地調達するしかあるまい。更に、これにしても魔女の知る『未来』であれば無くても大丈夫であったはずである物だ。余裕を作っておきたかった為の準備だったのだが、実現出来ない物であれば仕方が無い。済んでしまった事は気に掛けず、先を見るべきである。
そして、先。ここからがハンター試験の本番である。今まではスタート地点にも辿り着けていなかったのである。ようやく、ここが始まりの地点。
また、ここからが魔女の手紙の本番でもある。ここからは本当の、ハンター試験に関連する『未来』となる。そして手紙に書かれている内容も一段と厳しいものとなってくる。それも含めて、クラピカは挑まなくてはならない。
クラピカは未だ、手紙の内容に関しては半信半疑である。いや、3信7疑、くらいか。だがこの手紙の事があろうと無かろうと、クラピカはハンター試験に合格するつもりである。そしてこの手紙が真に『未来』を予知しているのであれば合格の手助けになるはずである。手紙の『未来』ではそのような知識がなくても合格出来ていたのであるから、より一層合格が近くなったはずである。クラピカはそう、考えた。
その想いを胸に、クラピカは会場入り口である定食屋へと向かうのであった。
――だがクラピカは気付かない。自分が、手紙の中に書かれた『未来』より、心乱されている事を。そして、その原因が他ならぬ『手紙』にある事を。
手紙に書かれていない『未来』を、クラピカは知りえない。
クラピカが飲むザバンのコーヒーは苦い