友達料と逃亡生活   作:マイナルー

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10 『拉致対策会議』

「――――――――で?」

 脱出を終えたスバルとゆんゆんが向かったのは、めぐみんの宿の部屋であった。

「ご、ごめんねめぐみん。いきなり押しかけちゃって。でも、こっちも色々あって……」

「ええ、ゆんゆんも色々とあるのでしょう。その色々を説明してほしいと言っているのです。例えば……そこのお姉さんは何故この街にいるのですか」

 そういって彼女の指差す先には、スバルたちが連れてきた修道女――――セシリーの姿がある。ちょこんと座って、キョロキョロとめぐみんの部屋を見回しているその姿は、無駄に美しい。

 スバルとゆんゆんがエリス教会から逃げ出した際、いつの間にか同行していた彼女。

 なんでも、ゆんゆんとめぐみんの知り合いで、話を聞く限りスバル達が逃げ出すきっかけを作ってくれたのも彼女という。

 そんなわけで、めぐみんに会いたいという彼女を無下にはできず、連れてきた次第である。

 スバルとゆんゆんが床に正座して、椅子に座るめぐみんと相対する中、セシリーは部屋に備え付けられたベッド、そのシーツにこそこそと身を投げ込んだ。

「スーハー……スーハー……お久しぶりね、めぐみんさん! めぐみんさんとゆんゆんさんがアルカンレティアを発ってから、何もかもが灰色にみえる日々だったわ!」

「ええお久しぶりですお姉さん……。ですがそれは私の使っているベッドです。今すぐそこを出て、それから私の質問に答えてください」

 めぐみんの言葉を受け、セシリーはさらにその顔をシーツや枕に埋めていく。呼吸をするたびにその美貌は自然と相好を崩し、幸せいっぱいの無邪気な笑顔で溢れていた。

 あまりといえばあまりの行動に、スバルは驚きで目を白黒させる。やがてはっと我に返るとゆんゆんを肘でつつき、意図的に声量を殺して話しかける。

「なあ……あのセシリーとかいうのも、ゆんゆんの友達だろ? なんとかしなくていいのか?」

「ナツキさん、私にだって相手を選ぶ権利はあると思うんですよ」

 釣られて声を潜め、言外に友達ではないと語るゆんゆん。

 確かに、ロリっ娘の使ったシーツの臭いを嗅ぐ美人というのは、友達にするにはちょっとアレというか、一緒にされたくないものがあるのだろう。

「スーハー……スーハー……そうね、話せば長くなるけど、私がこの街に来たのは大切な理由があるのよ。でも、先にそっちの二人の話を聞いてあげて? 大変な目に遭ったみたいだから……クンカクンカ」

「おい、どうでもいいからまずそこから出てもらおうか」

 抑揚のない、怒りを含んだ声を聞いて、セシリーは全身をシーツの中に引っ込める。徹底抗戦の構えだ。

 めぐみんはセシリーの身体を包むシーツをひっぺがしにかかる。

 するとセシリーは意外なほどの力強さで激しい抵抗を見せてきた。

「嫌よ! 理想のロリっ娘と別れて数日、私がどれだけ苦しい思いをしたと思ってるの!? 犯罪じゃないんだから、ちょっと匂いのひとつやふたつ、嗅がせてくれてもいいじゃない!」

 そう叫び、とことんまで抵抗を続ける。

 めぐみんは押したり引いたりフェイントを入れたりと、手を変え品を変え、硬軟織り交ぜた引き剥がしにかかっても、セシリーはそれに見事に対応してみせる。変なところで器用な人間である。

「うわぁ…………」

 なんて女だ。ここまで痛々しい美人は、少なくともこの世界では初めてだろう。前回の占い師も割とアレだったが、これがアクシズ教徒というものなのだろうか。

 都合三つの世界を渡り歩いてきたスバルをして、奇行のみでドン引きさせる女であった。

 正直関わり合いになるとろくなことがなさそうだが、スバルやゆんゆんには、彼女を連れてきた責任というものがある。

 ここは膠着状態に陥った戦線に参戦せざるを得ない。

 ひたすらシーツにしがみつくセシリーだが、三人がかりの力に叶うはずもなく、そのままシーツをなくしたベッドに転がることになった。

 しばらくベッドを右に左に転がっていたセシリーは、次第に静止。そのまま一度、ゆっくりと立ち上がって体の埃を払い、表情を真面目なものに切り替えてから、シーツのないベッドに正座する。

「めぐみんさん。ゆんゆんさんとそこの目つきの悪い男は、暗黒神エリスの手先に捕らえられていたみたいなのよ」

 彼女の持つ青く美しい瞳。濁ってはいても嘘のないその視線は、めぐみんの瞳をまっすぐと見据えていた。

 それを受け、めぐみんはこちらに顔を向ける。

「ゆんゆんとその男が捕まっていた……それは本当ですか?」

 その紅く輝き始めた双眸は静かに、しかし抑えきれない怒りの炎に燃えていた。

 同じ炎を宿したゆんゆんは胸の前でぎゅっと両の拳を握りしめ、その感情を吐き出すように言い放つ。

「そうなの! ナツキさんに、『お前は臭いから悪魔だろう』って言い出して、無理矢理私達を縛って監禁しようと……! 私、あの二人が許せないわ!」

「変態に縛られて拉致監禁!? それは許せませんね! 正直なところ、私はゆんゆんが多少困っても、試練だと放置するつもりでしたが、そのレベルになると話は別です。手を貸しましょう。……それはともかく、そんなに臭いなら後で身体を洗ってもらいましょうか」

「ねえ、ゆんゆんさん、今悪魔って言った? 臭い人よりも、お姉さんそっちが気になるんだけどアクシズ教徒的に」

「女の子達に臭い臭い言われるの、結構傷つくんだけど!? そこそこ慣れてるつもりだったけどキツイわ!」

 実際の体臭的な意味でないのはわかっていても、さすがにその評価には羞恥に顔が歪む。

 しかしスバルの反射的な抗議も、熱くなった二人には届きそうにない。

「でもめぐみん、銀髪の盗賊はともかく、共犯者の女騎士は金色の髪に青い瞳をしていたから、ひょっとしたら貴族のお嬢様かもしれないわ。だとしたら警察に届けても……」

「ええ。……死人も出ていない、短時間で脱出できた今回の件程度は、平気で揉み消されるかもしれませんね……」

 権力という圧倒的な格差にめぐみんは歯噛みする。

「ねえねえ、めぐみんさん。とりあえずめぐみんさんの魔法で、あの悪しきエリス教会を消し飛ばしてしまうのはどうかしら」

「やりませんよそんなこと! 罪もない無関係の人も大勢いるんでしょう!?」

「もうやだこの人……」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 犯人たちへの誅伐は一旦保留。その前にまず、やらなければならないことがある。

「とりあえず、二人が拉致誘拐犯とやらに見つからないようにしないといけませんね」

 スバルから大雑把な話――悪魔の臭いやら嘘発見ベルやらは省き、疑われていることのみ話した――を聞いためぐみんはそう切り出して、スバルの目を見た。その紅の瞳は理知的な光に満ち溢れている。爆裂魔法をぶっぱなして、弁償代で金欠になった考えなしとは思えないほどだ。

「お姉さん、シスター服以外の適当な私服に着替えてもらえますか。別の服がなければゆんゆんの着替えでも借りてください」

「めぐみんさん。お姉さん、そろそろセシリーお姉さんって名前で呼んでもらってもいい頃じゃないかと思うの。あ、セシリーお姉ちゃんでもいいわよ?」

「お姉さんはアクシズ教のシスターという以上のことは漏れていないでしょうから、別の宿でゆんゆん達の部屋を確保してください」

 めぐみんはセシリーの要望を無視して話を進める。

「セシリーよ。宿……宿ねえ……。めぐみんさん、それって二部屋でいいの? この二人が実は恋人で、二部屋取ったのに一部屋しか使われないってことはない?」

 にやりと笑ったセシリーの口からその言葉が出た刹那、めぐみんの瞳に動揺の光が走り――――。

「ねえよ」

「ありません」

 当の本人たちの否定によって、即座に打ち消された。

 スバル主観でループを含めて、一週間ちょっとの付き合いのゆんゆん。彼女のことが好きか嫌いで言われればもちろん好感を持っていると答えるが、スバルの心は二人の少女で完全に占められている。他者が入り込む余地などない。

 ゆんゆん側に至っては、スバルと出会って二、三日ほどしか経っていないはずだ。これで恋焦がれていると言われるほうが、よほど驚愕する話である。

「もう、そんなあっさり返されるとお姉ちゃん悲しいわ! 勘違いを真っ赤になって否定する、ゆんゆんさんの愛らしい顔が見たかったのにっ!」

 セシリーの方も別に本気で言っていたわけでもないらしく、大げさな仕草で顔を覆ってみせる。

 なんだろう、アクシズ教徒というものは、逐一ふざけなければならない教義でもあるのだろうか。

 その一方で、めぐみんは小さく息をついてから、パンパンと手を打ち鳴らした。

「さあ、話を続けますよ。お姉さんの名前で宿を取り、ゆんゆん達がその部屋に当分引きこもっていれば、そうそう居場所がバレることはないでしょう。馬小屋の方は除外するとして、今ゆんゆんが使っている部屋は――――」

 と、一瞬セシリーの顔を見て、

「引き払ってもらいますか」

 考えを変えたように早口でまとめた。

 そんなめぐみんに対して、セシリーは真面目な顔で手を挙げる。

「普通に考えて、ゆんゆんさんの名前で取ってある部屋くらいは調べに来るでしょう。私の顔は見られてしまっているから、そこに私がいると面倒なことになるわ。かといって、一人で三つも四つも部屋を取るのは不自然というものね。というわけで、ここはゆんゆんさんの部屋をめぐみんさんが、めぐみんさんの部屋を私が使うのがベターだと思うの。ねえ、目つきの悪いスバルさんもそう思うでしょう?」

「さっきベッドに潜り込んでおいて、本人の前で堂々とよく言えるな!? あと目つきの悪いってのは大きなお世話だよ!」

 何故かこちらに求められた同意に、即座の否定で返す。するとセシリーは心外と言わんばかりの顔つきになり、みるみるうちに眉を釣り上げた。

「どうして!? こんなに論理的に説明したのになにが納得いかな…………ははーん、さてはこの美しい私の躰が目当てね。『部屋がこれしかない以上、年下の二人に一部屋ずつあてがうべきだ。だから年上の俺達は同じ部屋で我慢しよう』なんて言って、そのまま私の豊満な身体に卑猥なことを……! さてはあなた邪悪なるエリス教徒ね! 敬虔なるアクシズ教徒はそんな卑劣な手に屈しないわ! 覚悟しろやオラァッ!」

 言葉と共にスバルに飛びかかり、セシリーはそのまま首に掴みかかってくる。スバルは当然身を捩ってそれをかわし、その無駄に美しい両手を掴んでその動きを封じる――否、セシリーはそのまま押し切ろうとしてきた。

 単純な腕力ではスバルもそれなりに自信があるつもりだが、それでも気を抜くと押し込まれそうなのは、気迫の差だろうか。

「話が進まないのでお姉さんは黙っててください!」

 夢中になって攻め込むセシリー、それをめぐみんが後ろから膝カックン。そのままめぐみんは、バランスを崩したところを一気に羽交い締めにして押さえ込んだ。

 解放されたスバルは、やれやれと力を抜き、袖で額に浮いた汗を拭う。

「初対面でここまではっちゃけられたのは、いきなり体液飲ませてきた魔女以来だよ……」 

「えっ……ナツキさん、誰かのたいえ……その、飲んだんですか?」

 ふと漏れた本音を聞きとがめたゆんゆん。スバルに向けられたその視線は、驚愕と若干の恐怖に染まっている。

「ち、違う! 茶会だっていうから差し出されたカップを飲み干しただけで、俺にあの女の分泌物を飲みたがる趣味はねぇよ!」

 前の世界で、唯一スバルの悩みを聞いてくれた白髪の魔女の笑顔が頭に浮かぶ。

 個人的には決して嫌いではなかった、むしろ『魔女』であっても悪い奴じゃないと信用しつつあった相手だが、それとこれとは話が別だ。こんなところでおかしな性癖を持っていると誤解されるのは非常に困る。

「そんな変態と友だちだったのね? めぐみんさん、ゆんゆんさん。お姉さん、前にたかってた美少年から、こんなタメになることわざを聞いたことがあるわ。いわく、『類は友を呼ぶ』」

「そこ余計な茶々入れるの禁止な! ゆんゆんもちゃんと話を聞いて……おい、その変な目やめろよ!! 俺は悪くねぇ! 俺は悪くねぇ――!!」

 セシリーのことわざはこの世界にもあったのか、それともニュアンスでなんとなく意味が伝わったのか。ゆんゆんの視線に若干の軽蔑が混じったような気がして、心に突き刺さるような痛みが走り。

「はいはい、皆落ち着いてください! いい加減話を進めますよ!」

 そうやって、どんどん脱線していく流れに、めぐみんが事態の収集を図った。

 そうして三人の騒ぎを諌めためぐみんは、小さくため息をつく。

「はぁ……まったく、変わり者が多いと私のような常識人は苦労しますね」

「ねえ、今常識人っていった? 私の知る限り、めぐみんは意味もなく爆裂魔法を使う、かなりおかしい人だと思うんだけど」

 ゆんゆんがすかさずツッコミを入れるが、めぐみんは当然のように無視。今やるべきことをまとめていく。

「こほん。では明日、お姉さんは適当に変装して、三人分の宿泊先をここ以外の宿屋で確保してください。ゆんゆん達はタイミングを見て、そっちに移って身を隠しましょう。私は、ギルドあたりで例の拉致誘拐犯の動向を調べるとします。幸い、盗賊職には一応知り合いがいますから、そこからなにかつかめるかもしれません。貴族らしいクルセイダーの方は金髪碧眼で目立つので、情報も集まりやすいでしょう」

 めぐみんがそこまで続けたところで、スバルは片手を挙げた。

「狙われてるところを助けてくれるのは礼を言うよ。本気で助かった、ありがとな。……でも、それだけじゃ解決しないんだ。とりあえず、森の悪魔についてどういう状況になってるのか知っておきたい。それから……」

「ナツキさん、ナツキさん。そういうのはせめて移動してからの方が…………」

「――――っ、悪い。ちょっと焦ってたわ」

 ゆんゆんに諌められ、スバルは自分の願いを取り下げる。

 前回通りのタイミングならば、悪魔討伐に失敗するのも、エンシェントドラゴンが襲い掛かってきたのも、あと一週間はあるはずだ。情報を集めるにせよ、対策を練るにせよ、ゆんゆんの言うように身を隠してからでも遅くはない。

「めぐみんさん。宿を取ってきたら、今度はお姉さんのお願いも聞いてほしいの。アクア様にまつわる、とってもとっても大事なお話なんだけど……」

「聞くだけなら聞いてあげますよ、お願いを叶えてあげるかは別ですが」

 めぐみんはそうしてセシリーをいなすと、ひとりひとりの顔を見て、これ以上の意見がないことを確認する。

「では、もう遅いですし、今日はもう寝るとしましょうか」

「待ってくれ、一つ聞くのを忘れてた」

 最後のめぐみんの言葉で、大事なことに気づいたスバルは慌てて手を挙げる。

「今日は遅すぎて、駆け込みで宿を取ったらそれだけで目立つから取れない。それはわかる。じゃあ、今日はどこで寝るんだ? 特に俺」

 当然といえば当然の疑問である。

 基本的にスバルの寝床は、駆け出し冒険者の定番の宿、馬小屋だ。今夜もそんなバレバレのところでぐーすか寝ていれば、目が覚めたらまた教会で縛られている、ということにもなりかねない。

 つまり、使える部屋はめぐみんの部屋とゆんゆんの部屋の二部屋。

 かといって、男女同じ部屋というのも、あまりよくはないだろう。

 もちろん想い人のいるスバル的としては、たとえ同じ部屋で寝泊まりしても、何もおかしなことをするつもりはない。

 仲間のゆんゆんにそんな邪なことを考えるのはあまりにも失礼だし、ロリコンではないのでめぐみんと寝ても何とも思わない。セシリーは普通に嫌だ。

 かといって、『俺は気にしないから一緒に寝ようぜ!』といえるほどの図太い神経は持ち合わせているはずもないのだ。

「あらあらめぐみんさん、考えてみればそうよね! 追われてる二人がゆんゆんさんの部屋にいたら、色々まずいわよねバレちゃうわよね」

 スバルの言葉にセシリーは目を輝かせ、興奮気味かつ早口にめぐみんに擦り寄っていく。

「ここはやっぱり、私とめぐみんさんの二人が、ゆんゆんさんの部屋で泊まりましょう! ゆんゆんさん達はめぐみんさんの部屋で。なあに、二人はパーティを組んでるんだし、同じ部屋で寝泊まりした程度で間違いが起きるなら、どの道起きるわよ。お姉さん、あの目付きの悪い男の子を信じてるわ! さあめぐみんさん、お姉さんの胸の中で寝ましょうね!」

 訂正。目を輝かせているというより、欲望に目をギラつかせたという方が正しい。美女と美少女のふれあい、と言葉にすれば微笑ましいものか、目の保養になりそうな図を思い浮かべそうだが、片方が明らかな変態だとそんなプラスの感情は微塵も起きない。端的に言ってヤバい。

 めぐみんは、すっとセシリーの背中越しにアイコンタクトを送り。

「その問題ならば、簡単かつ完璧な解決方法がありますよ」

「何かしら? ああ、アクア様についてのお願いなら、今夜一緒に寝る時にゆっくりと語って……」

「『スリープ』」

 ばたん。くかー。

 セシリーの身体が崩れ落ちるように倒れ、そのまま眠りについた。

「めぐみん、これで良かった?」

「ええ、ありがとうございます、ゆんゆん。こういうときは空気が読めますね」

 下手人は(ワンド)を背中に仕舞い、依頼人は笑って倒れた標的を仰向けにする。

「と、いうわけであなた達はゆんゆんの部屋で寝てください。お姉さんにベッドを譲るか、お姉さんを床に転がすかはおまかせしますね」

「え、俺が? 図らずも、さっきキレられたのと同じ組み合わせになっちゃうけど、大丈夫かこれ」

「この状況下で手を出すのは、それこそ話にならないアホでしょう。どう考えても、私やゆんゆんがお姉さんと寝るほうが危険が大きいですから」

 そういって、仰向けになったセシリーへと視線を向ける。その寝顔は、なかなかに幸せそうなものがあった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 そして、深夜。眠りこけたセシリーをゆんゆんの部屋のベッドに運び、スバルは床に毛布で横になる。

 ああも選択権を委ねられては、スバルもレディーファースト的な精神で対応せざるを得なかった。

 部屋には外からゆんゆんが『ロック』――――施錠魔法をかけてある。

 解除するには同レベル以上の魔法使いでなければ難しいとのことだ。

『これで寝ている間に誰かが入ってくることはないでしょう。深夜にドアを破るような騒ぎは、さすがに向こうも差し控えるでしょうしね』とはめぐみんの弁。

 固い床に身体を横たえ、クッションを枕にして気づくのは、自身の自覚していなかった倦怠感だ。

 昼に森に入り、夜には突然の拉致監禁とそこからの脱出で、肉体の疲労はかなりたまっている。身体の汗は濡らした布で拭き取ったつもりだが、日本人としてはやはり入浴をしておきたいものだ。

 状況が状況だけに公衆浴場に行けない今は、なかなかに辛い。

 加えて、スバルの精神の疲労は肉体以上。拘束から逃れる際に、『見えざる手』――――未だに適切な名が思い浮かんでこない――――を使ったためか大きく精神をすり減らしている。

 この件についても、明日以降ゆんゆんに説明しなければなるまい。

 確実に外法の技、それも魂を削られるようなもの。説明自体難しいのだが、なんとか納得してもらうしかない。

「魂…………か」

 魂。

 この世界では、あらゆる生物が内に秘めているものであり、冒険者のレベルアップには強い関わりを持っているものらしい。

 生物の生命活動を停止させたり、その身を体内に吸収したりすることで、この魂の記憶の一部を吸収する。これこそが冒険者たちのレベルアップのシステムであり、モンスターを倒すだけで強くなる仕組みだ。

 スバルは冒険者ギルドでそう説明を受けた。

 『強欲の魔女』エキドナの言葉を思い出す。

 スバルの魂は、死の度に時間を逆行し、運命を変えるまでやり直しを強制されている、そう言っていた。

 『死に戻り』をこの世界に当てはめて考えるなら、スバルの肉体が死んだ瞬間、スバルの『魂の記憶』は他者に吸収される前に、時間を超えているのだろう。

「ま、だからって、吸収した他の魂まで連れていけるわけじゃないわな……」

 レベル1と刻まれた冒険者カードを見ながら、改めてスバルは基本的な情報を整理する。

 経験値――――つまり、スバルが倒したモンスターの魂の記憶の吸収とやらは、スバルの肉体の方へと依存しているのだろう。

 これが魂の方に依存していてくれたなら、『死に戻り』後に記憶と一緒に持ち越すようなことも期待できたのだが、そんな都合の良いことはできないらしい。

 まあ、スバルは低レベル故にレベルも上がりやすい。前回のループでは、ゆんゆんが弱らせたモンスターにちょっととどめを刺すだけで、どんどんレベルが上がったものだ。

 職業冒険者はどんなスキルでも覚えられるという。ステータスこそ低いものの、きっとこれは大きな利点になるだろう。

 クリスの存在で、大規模な協力要請が制限されてしまった以上、スバル自身の強化も重要になってくるのかもしれない。

 今度レベルが上がったら、いろんなスキルを試してみるべきか――――。

「ん?」

 と、そこまで考えた時。スバルは自分の冒険者カードの習得可能スキルの項目に、中級魔法の表示を見つけた。

 基本職業である『冒険者』は、人から教わって特定のスキルの使い方を知り、さらにそのスキルを実際に見ることで、自分もそれを修得可能となる。

 だが、今回のループは、ウサギからの逃走に、ギルドへの報告。そのまま酒場で食事をして、クリスに拉致られ、脱出後は宿に直行。

 ゆんゆんはほとんどずっと側にいたが、どう考えても、中級魔法(そんなもの)を教えてもらった覚えも時間もない。

 そう、中級魔法を教えてもらったのは――――

「まさか、前回の経験が反映されてる…………のか?」

 前回のループでは、森への全面的な出入りの禁止に加え、平原からモンスターがほとんどいなくなる事態で、まともな狩りができなかった。

 そのため、結構暇な時間ができてしまったスバルはトレーニングがてら、ゆんゆんから中級魔法を教わったのだ。

 もちろん、習得したわけではない。スキルポイントが圧倒的に足りなかったし、スバルの魔力ではゆんゆんの劣化にしかならないのだから、意味もない。

 だが、確かに教わったのだ。

 もしも、冒険者のスキル修得に必要な『教わる』という条件が、精神や魂を参照するものだったとすれば、この現象も頷ける。『使い方の理解』と『実際に行使される様子の記憶』だとするならば、

 『死に戻り』したスバルは、当然中級魔法の詠唱(つかいかた)を理解しているし、実際にスキルを使っているところも見ている。

 冒険者カードがスバルの記憶等を反映して、それを反映させた結果なのかもしれない。

 もちろん、レベルやスキルポイントが引き継がれるわけではない以上、これは時間の短縮程度の意味しか持たないのかもしれない。

 だが逆に言うなら、スキル教授の対価として、時間や資金をかけようとも、次のループでそれが生きてくるということになる。

「問題は、そこまで価値のあるスキルなんて、どれだけあるのかってことだけどな……」

 スバルが死ねばレベルはもちろん、スキルポイントも引き継げない。つまり、必要スキルポイントの多い、上位職のスキルは除外される。

 加えて、駆け出し冒険者の覚える大抵のスキルは、ギルドの訓練官が無償で教えてくれるのだ。

 つまりよほどレアなスキルでも教わらない限り、この発見に大した意味はないことになる。

 訓練官が知らないほどレアで、お手軽に覚えられ、かつ有用なスキルを、こんな駆け出し冒険者の街の人間が持っている。

「そんな都合のいいこと、あるわけがねえよな……」

 そうひとりごちて、スバルは目を閉じた。

 森の上位悪魔。

 スバルに疑いをかける女盗賊、クリス。

 スバルの真実を偽りに変える、嘘発見ベル。

 そして、おそらくは深い関わりがあるであろう、竜の彫像とエンシェントドラゴン。

 問題は山積みだ。

 クリスたちが本腰を入れてスバル達を探すなら、今回は動きが封じられたまま、情報収集の『捨て回』と割り切るしかないかもしれない。

 だが、幸いゆんゆんはどのループでも味方となっていてくれているし、ゆんゆんつながりでめぐみんやセシリーの協力も得られそうだ。

 大規模な協力要請ができなくとも、協力してくれる味方がいる。

 何度か周回すれば、きっと対応策の一つや二つ見えてくるだろう。

 目を閉じたまま思考を続けていたスバルはそこまでの結論を出して、そこに安心を得る。

 前向きな気持で、スバルはそのまま意識を夢の世界へと沈み込ませていった。

 窓の外、スバルがほとんど知らない空。

 スバルの知らない星が星団(すばる)を作り、地上のことなど関係ないと、素直にきらめき続けている。

 彼が心から安息を得て、星空について語れる日々は、まだ遠かった。


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