友達料と逃亡生活   作:マイナルー

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本作は、このすばは書籍本編、仮面、爆焔、続爆がベースなのに対し、リゼロはweb版をベースにしていることが多くなっております。(たまにアニメの描写も参考にしていますが)
そのため、エキドナが”ワタシ”という一人称を使っていたり、スバルの回想が書籍版と違っていたりと言った部分があります。
それ故、書籍だけ読んでいると誤字っぽく見える部分もありますが、報告を無視してるわけではないのでご了承ください。

まあ、原作読み返すと矛盾に気づいたりするのですが、それはさておき。


20 『開戦』

「ゆんゆん」

 スバルが冒険者全体に簡単な説明を終え、一部の冒険者と何かの打ち合わせに行った後。

 自身の耳朶に、慣れ親しんだ鈴のような声を感じ、ゆんゆんは後方を振り返る。

「めぐみん」

 とんがり帽子を被ったいつもの格好に、いつも通りの表情。

 ただ、眼帯を外した紅の瞳には、何度も見てきたそれよりも、どこか安堵の色が濃くなっている気がした。

「さっきの様子だと、どうやらあの男とはうまくいったようですね」

「うん、なんとかね」

 こちらの頷きに小さな笑みを一つこぼし、めぐみんは懐に手を入れて、

「では、こちらの手紙は返しておきましょう。もう必要ないでしょうからね」

 取り出したのは、白い封書。

 スバルとの対話に望む前、ゆんゆんがめぐみんに託しておいた手紙だ。

「ゆんゆんが失敗した時のために、ということでしたが……いったいなんだったんですか?」

「ああ、うん…………」

 多少の興味を含んだ問いかけ、その声にゆんゆんは少し恥ずかしげに目を細め。

「ないしょ。色々と恥ずかしいことも書いちゃったし」

「――――――――」

 めぐみんからの返答はなく、そのまま数秒間、周囲の喧騒が空間を支配する。

 ゆんゆんがその反応に訝しむと同時、めぐみんは手の中で留めていた手紙の封を破って、中身を取り出した。

「ちょっと、めぐみん!?」

 制止しようとしたゆんゆんの手は、無駄に軽やかなバックステップによって空を切る。

 そしてめぐみんの視線は、手の中で開かれた手紙へと移り、

「『この手紙を読んでいる頃には、きっと私はもうこの世にいないと思う。私はこれから、自分の持てる全ての力を駆使し、自分の全てを賭けて、一世一代の戦いに挑むわ。だから、どんな結末になろうと悔いはない…………! 私に悔いがあるとすれば――――それは、めぐみんに自分の口から色々と伝えられなかったこと。ずっと言えなかったけど、爆裂魔法なんてネタ魔法一つで、どんどん強敵を倒していくめぐみんはすごく格好良くて』」

「やめてええええええええええええええええええええええええぇっ!」

 紅い唇から紡ぎ出された朗読に、ゆんゆんの顔が朱色に染まった。

「何を恥ずかしがっているのですか。自分で書いた手紙でしょう。『すごく格好良い大事な友達』宛の手紙を私が読んで、何が悪いんですか」

 自ら書いた言葉を引用され、ゆんゆんは紅潮した顔を手で覆う。

「違うの! これは失敗したときのためであって! その、そういうんじゃないから!」

「『――――』だの『…………!』だの、手紙なのにきちんと手を抜かず書き込んでいることは評価できます。もっと胸を張りなさい」

「だから違うんだってばあああああああああああああああああああああ!」

 ゆんゆんは叫ぶと同時に、羞恥のあまり頭を抱えてうずくまる。その感情は叫びとなり、酒場の壁の反響して冒険者達の耳にも届いたようだったが、ゆんゆんはそれに気づくほどの余裕もないようだった。

 そんな彼女を横目に、めぐみんは手紙を黙々と読み進め。

 その視線が、ある一点で止まった。

「ちょっとゆんゆん。少し真面目な話をするので、ちょっと落ち着いてそこに座りなさい」

「え? あ、うん。いいけど」

 どことなくめぐみんの声に真剣な空気を感じて、ゆんゆんは頬の紅潮をなんとか抑えて、その辺の椅子に腰を下ろす。

 彼女の前でめぐみんは手紙のある一点を指して、

「おい、ここに書いてある遺体だの遺品だのの真意について聞こうじゃないか」

 そう言いながら、とんとんと指で音を立てて強調する。

「えっと……ね」

 ゆんゆんは、そんなめぐみんの顔をまっすぐに見つめて、

「あのね、めぐみん。私、今回のことで少しだけわかったの」

 めぐみんと同じ紅色の瞳に宿すのは、理解の色と希望の光。

「ただ友達を作ればいいってわけじゃない。闇雲に友達を作ろうとするのは、きっと友達がいないことよりよくないことだったんだって」

 桜色の唇からこぼれ落ちるのは、この街に来て僅かな。しかし、大切に重ねた経験。

「本当に大事なのは、心から大切にしたいと思える人を見つけること。お互いを大切にできる、そう思える人を見つけることなんだって」

 そこから紡ぎ出した、自分なりの小さな答えだった。

「ふむ…………で、それとこの手紙と何に繋がるんですか?」

 ゆんゆんなりの思考、その果ての答えを聞き、めぐみんは一秒ほどの時を経て、問うてくる。

「簡単に言うと、ナツキさんに友達になれなきゃ死ぬって言って――――ちょっとめぐみん、引かないでってば!」

「重っ…………」

「今のはちょっと簡略しすぎちゃったの! ナツキさんはそのくらいしないとダメだったっていうか、色々あったっていうか!」

 言葉と共に一歩後ずさっためぐみんを前に、慌てて取り繕うも、めぐみんの態度は軟化しない。

 そのまま一拍置くと、真剣な顔で覗き込まれたあと、首元のあたりを掴まれた。

「たかだか友達にかける気持ちが重いんですよ! なんで命がけが前提なんですか!」

 めぐみんに首をガクガク揺らされ、ゆんゆんの視界が上下に大きくシェイクする。

 いつも非常識なことをして、こうやって首を揺らされるのはめぐみんなのに、まるで立場が逆になったかのような気分だ。

「だって、ナツキさんを死なせたくなかったんだもの。なら私だって、一緒に命を賭けてでも引き止めるのが筋じゃない?」

「筋じゃありませんよ! どうしても死なせたくないなら、殴って無理矢理引き戻したほうがまだマシってものです!」

 振動で胸が揺れて痛くなってきたので、こちらを揺さぶるめぐみんの手をなんとか止める。

 そのままめぐみんの手を包み込むように握り、

「あのね、めぐみん。せっかくだから、手紙じゃなくてちゃんと言うわね。これまでちゃんと言えてなかったと思うけど……」

 そこで一度、大きく胸いっぱいに息を吸い込んで。

「……………………私、あなたのこと、凄く凄く大事な友達だと思ってるから」

「今言われても、全然嬉しくありませんよ!」

 真剣にぶつけた心からの言葉は、真正面から一刀両断された。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「しっかし…………わかっちゃいたがでっけぇなあ…………」

 駆け出し冒険者の街、アクセル。その近くにある森にて、ある冒険者が感嘆の声を漏らす。

 他の冒険者達も大なり小なり感想は同じのようだ。

 彼らの視線の先にあるのは、大地から立ち昇る結界の中、身体を休めるように全身の力を抜いている巨竜。その全身は松葉色の鱗に包まれており、とりあえず表面上の傷はほとんど残っていない。

 赤茶色の翼を折り畳んでなお、その外見だけで人を威圧するその巨体。

 その大きさを活かした突進と、多彩な上級魔法による暴れっぷりは、大きな傷跡を森に残している。

 また、周囲の魔法を無効化する力まで持ち合わせ、あらゆる手段を尽くしてなお致命傷には至らない耐久力。

 あの時の傷がどこまで癒やされてしまったのか。そもそもスバルがやった爆破は体内を起点とした破壊であり、ただ表層を治しただけなのか完治したのか、外観上は判断がつきにくい。

 数多の冒険者と共に、自分の人生で最も長い間敵対してきた相手を視界に入れ、スバルは知らずのうちに唾液を飲み込む。

 自分は。

 自分達は。

 今度こそ、勝てるのだろうか。

「怖いですか?」

 隣から声をかけられ、自然と顔を向けた。

 そこには、いつの間にか近寄ってきていたゆんゆんの姿があった。

 彼女は自身の方に向けられたスバルの瞳を、まっすぐと覗き込んでいる。

 スバルを見透かすように。

 スバルを見逃さないように。

「…………そうだな。やっぱ怖いよ」

 自身の咎は楔となって、決してスバルを逃さない。

 自分の罪を償うため、戦いに挑んできた。

 自分の罪を贖うため、苦痛と死を味わってきた。

 何度も何度も何度も、自分の命を投げ捨ててきた。

 だが、あの孤独な戦いはある意味では楽だったのだ。

 一人で戦うと決めてから失うものは、最初から度外視した自分の命だけで。 

 それ以上の何かを失うことは、決してなかったから。 

「俺のしでかしたことで、人が死ぬかもしれない」

 スバルの罪を、笑って許してくれた冒険者達を。

 スバルの危機に戦った、日本人の少年を。

 そして、自分に手を差し伸べてくれた、目の前の少女を。

「そうですね…………私も怖いです」

 ゆんゆんはスバルの瞳から視線を外すと、そのまま一歩二歩と足を進める。

「めぐみん――――幼馴染と話してきたんです」

 スバルから三歩ほど離れた距離で立ち止まって、そのまま言葉を紡ぐ。

「ナツキさんっていう友達が出来たこと。それから――――ずっと言えなかった気持ちも、思い切って言ってきました」

 えへへ、と照れくさそうに笑う表情が、斜め後ろからちらりと見えた。

 その笑みには、普段は見せないような一面が色濃く出ていて、そのことにスバルは自然と喜びを覚える。

「そっか――――本当に、良かった」

 相手を気遣いすぎるあまり、おずおずとした様子で失敗していた少女が。

 少しずつ大切な誰かに踏み込み、胸襟を開くようになっている。

 それが彼女自身の変化なのか、スバルとの関係の変化によって見せてくれるようになったものなのかはわからないが、喜ばしいことというのは確かだ。

 これを、なかったことにしないためにも。

「今度こそ、勝ちたいな」

 自然とその言葉を口に出していた。

「――はい。やれることを全力でやって、きっと勝ちましょう」

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 冒険者たちは自分達をいくつかのグループに分け、エンシェントドラゴンを中心とした半円を描くような形で待機していた。

 その半円からも外れた、最後方グループにいるカズマは、他方からの合図を待ちつつ、同様に待機を命じられためぐみんに声をかける。

「なあ、ギルドで騒いでたけど、ゆんゆんと何話してたんだ?」

「大したことではないですよ、些細な話です」

 カズマの言葉を受けてめぐみんは、どこかうんざりしたような調子で言葉を返してきた。

 まあ騒いではいたものの喧嘩という感じでもなさそうだったし、それほど問題はないのだろう。

「それより、エンシェントドラゴンの方です。あのデカブツに、何か変わった様子はありましたか?」

「ああ。今んとこは大丈夫だよ。また地震でも起こしてくるかと思ったんだけどさ」

 そう言ってカズマは遠くにいるエンシェントドラゴンの姿を、覚えたての『千里眼』スキルで捉える。

 巨大な結界の内部。その大地は穴が空いていたり、一部が隆起していたり、なかなか酷い惨状になっている。

 エンシェントドラゴンが引き起こした地震の痕跡だ。古竜が脱出のためにあれこれ足掻いたのが窺える。

「せめて、もっとしっかりとした準備をしてから戦いたかったところなんだが…………」

「この状況では仕方ないでしょう。向こうもずっと閉じ込められていれば、多少の知恵も回るようになるということです」

 相手が結界内で暴れることは無意味のように思えるが、地震に関しては別だ。

 この地震で地に設置された魔道具が破壊されるとは思えないが、万一のこともある。

 そうでなくとも、大地の揺れは結界の外まで伝播する。このまま地震の規模が大きくなって、街が壊滅でもしようものなら一大事だ。

 結局冒険者たちは、短期決戦の道を選ばざるを得なかった。

 

 エンシェントドラゴンとの戦いを前にして、スバルの話を聞いた冒険者たちの行動は早かった。

 すぐに自分達の装備や道具を鑑みて、カズマとアクアが捻出した資金を使い、効果がありそうな魔道具を買い揃える。

 しかし、カズマはついこの前まで日本で自堕落な生活を送っていた身だ。戦闘経験などはゼロに等しい。

 幸い高価な食事でも経験値が入るらしく、アクアのお土産で多少レベルは上がり、幾人かに声をかけてスキルも教わったものの、戦力としては期待できない。戦闘中は後方支援が主な担当となっていた。

 隣にいるめぐみんも似たようなものだ。

 敵は原理不明な魔法無効化能力を使うという。魔法を攻撃手段として期待することはできない。

 前線の中にいる魔法使いには、魔法無効化能力の誘発や、その他サポートの役目が期待されているが、一度きりの爆裂魔法しか使えないめぐみんは話にならない。

 敵の能力について解明し、それを封じることができれば良いのだろうが、色々聞きかじっているというクリスからは、決定的な情報はなく。

 一番知っていそうなアクアに至っては、『そんな能力あったかしら?』などとのたまってくれたため、敵の能力についてはスバルの実体験をもとにして推測を立てる程度にとどまっている。

 そこまで考えたところで、遠くから声が聞こえた。

「「『クリエイト・アースゴーレム』!」」

 声と同時に、大地の土がある一点に集中し、徐々に大きなゴーレムが形成されていく。

 消費魔力が、大きさ・強さ・活動時間にそれぞれ反比例するゴーレム生成。当然、戦闘直前にゴーレムを作り出すのが望ましい。

 ゴーレムの形成が始まったということはつまり、各々の準備が完了したということを意味する。

 瞬時にそれを理解したカズマは、拡声器を手に取る。

 エンシェントドラゴンをも捕らえる結界。力づくで壊すのは内部・外部問わず至難の業。

 それをなんとかできる者は、この中でただ一人。

「頼んだぞ、アクア!」

 カズマの言葉に応えるように、女神の如き美貌を持ったアークプリースト――――アクアが前線と後方の中間地点にて、一歩前に出る。

 煌めく川のような水色の髪を、頭の動きと共に流しながら、全身に漲らせるのは常人離れした圧倒的な魔力だ。

 立ち並ぶ冒険者達が身震いするような魔力をアクアはこともなげに見せつけながら、その麗しい口唇を開いた。

「『セイクリッド――――」

 それと同時、彼女の全身に漲っていた膨大な魔力は、青白色の光という形で現出し、そのまま花弁状の魔法陣を描く。

 その数は五つ、アクアの手に浮かんだ白い光球と共鳴しその輝きを増していく。

 やがて、五つの魔法陣はまっすぐ一列に並び、それを待っていたかのように、アクアは閉じていた目蓋を力強く開く。

「――――スペルブレイク』ッ!」

 そして手のひらの白い光球で、魔法陣の縦列を貫くように、まっすぐに撃ち出した。

 撃ち出された光球は魔法陣をひとつ貫くたび、その輝きを増して加速していく。

 加速されたそれは隆起した大地を超え、やがて竜の周辺の大地を閉ざす結界に直撃した。

「くっ………………!」

 魔法陣によって撃ち出された光球は、結界を食い破る生き物のように侵食していく。

 それに抵抗するように結界はその力を強めるが、アクアもまたそれを打ち破らんと、更なる魔力を込め――――。

「くっ……くぅぅ――――うぁぁあああああああああああああああああああああああああっ!」

 腹の底から絞り出すような叫びとともに、光球と結界が同時に砕け散る。

 その破砕音が、この戦いの開始を告げる(ゴング)となった。

 

 

 結界が砕けると同時、竜が眼光をギラつかせて巨体を動かし始める。結界の消滅を確認するように周囲を見回して、そのまま大きく顎を動かす。

 咆哮が響くと同時、竜の姿が掻き消えた。

「『ライトニング』ッ!」

 消える竜の影を追うように、土人形の陰から魔法が放たれる。

 一条の雷撃は空気の隙間を縫うように直進し、そのまま姿が見えなくなる。

「『ファイアーボール』!」

「『ライトニング』!」

「『ブレード・オブ・ウインド』!」

 その攻撃を皮切りに、魔法使い達による攻撃が開始された。

 エンシェントドラゴンが姿を消す魔法を使うことも、魔法無効化能力を持つという情報も、冒険者達にはきちんと行き渡っている。

 無効化能力は自分へのダメージだけを消すような器用なものではなく、自分を含めた周囲の魔法を無効化してしまうものであると。

 敵の遠距離攻撃は、魔法に依っている。こちらから散発的にでも魔法攻撃を行っていれば、敵は魔法無効化能力を使わざるを得ない。そう考えての作戦だった。

 しかし。

「――――おかしい。なんで魔法が消えないんだ?」

 それらの様子を後方から千里眼スキルで観測していたカズマ、その胸のうちに生じた疑問は自然と口をつく。

 火炎、雷撃、風刃。視線の先で展開される、魔法使いたちの一斉攻撃だ。それぞれの魔法の威力は、前回の悪魔との戦闘で見たゆんゆんの魔法には及ばないし、竜の鱗にさほどのダメージを与えているようには見えない。

 とはいえ、そういったひとつひとつの威力は小さくとも、塵も積もれば山となる。わざわざ身体で受けてやる必要はないはずだ。

 事実、スバルとの戦いではすぐに無効化させていたという話だったというのに。

「こちらの狙いが読まれているのでしょうか? ダメージ覚悟でこっちへの攻撃を優先してもおかしくはありませんからね」

 めぐみんがカズマの思考に言葉を添え、言葉を続ける。

「なんにせよ、相手が魔法無効化能力を使おうとしないなら、今が好機かもしれません。今のうちに我が爆裂魔法をぶち込んでやりましょうか」

「おいバカやめろ。何の警告もなしにぶっ放して、他の人達まで巻き込んだらどうする」

「ですが、ただでさえ今回私の出番があるか怪しいのです。相手が隙を見せているうちに、一発かましてもいいと思いませんか?」

「それが危ないんだよ。ああいう露骨な隙は、基本的に誘ってることが多い。ゲーマーとしての俺の勘がそう告げている」

 血気にはやって前に出そうになる少女を、なんとか押し留めつつ、カズマは思考を進めていく。

 自分には大したものはない。

 経験はおそらくこの街の誰よりも浅く、本来転生者に与えられる特別な武器も能力も持っていない。

 あのナツキ・スバルのように、単身で竜と戦うような力も度胸も持ち合わせていない。

 自分にあるのは、食事で得たわずかな経験値、それで取ったスキル。

 後は人並み外れて恵まれた運のよさ、そして、相手の嫌なことを見抜く力くらいのものだ。

 ネットゲーマー時代に活用していた観察眼をフル活用し、エンシェントドラゴンの考えをなんとかトレースしなければならない。

 敵が防げるはずの魔法を受ける理由は……………………めぐみんの言うように、攻撃のため? その割には敵の攻撃が甘い。

 透明なのでわかりにくいが、今のところ正面のバリケード代わりのゴーレムが破壊された程度で、さしたる被害も出ていなさそうだ。カズマも魔法について詳しいわけではないが、もっと効率よく攻撃する方法がありそうなものである。

 それとも、気づいていないうちに透明のまま逃げているのか。

 いや、透明化能力がわかった時点で敵感知スキルの発動は皆も徹底しているし、逃走やすり替えの暇があったとは思えない。

 それ以外では…………無効化能力の温存? 能力の使用に限界がある――――だとすれば使うのは、対爆裂魔法だ。前回森の悪魔を倒す際に、エンシェントドラゴンはめぐみんの集中させた魔力に反応していた。警戒している可能性は高い。

 敵の行動、そこに矛盾や穴がないかと頭のなかで精査し、少し顔を背筋を伸ばす。

 陽光の熱を後頭部に感じつつ、青色に染まった空の中、流れる雲が地上の冒険者達を眺めているのが見える。雲の白を裂くように光が、

 ――――背中から全身に悪寒が走り抜けるのを感じた。

「皆、散れ!」

 そのまま全身の血液が凍りつくような恐怖を振り払い、カズマは小柄な少女の手を掴み、強引に大地を蹴る。

「え――――ええっ!?」

 少女の戸惑いは意図的に無視。

 駆け出しとはいえさすが冒険者達、カズマの警告を受け問い返す前に散開している。

 彼らの姿を目の端で確認しつつ、カズマは少しでも下り坂となっている方向へと駆け下りる。

「――――『バインド』ッ!」

 前方からスキル発動の声が響く。

 おそらくスバルのものであろうそれを背中に受けつつも、カズマは足を止めることはない。

 走るというより跳躍するような勢いで、ただまっすぐに。

「ちょっと、どういうことで――――」

 無理矢理引っ張られ、ろくに足のついていないめぐみんが抗議の声を漏らし。

 次の瞬間、光の白刃が大地を削り取った破砕音によって、その声はかき消された。

「な――――」

 数秒前に自分達がいた場所、それを大きくえぐり取った白刃を見て絶句するめぐみん。

 カズマはそれに構うことなく、攻撃の来た方向に目をやると、透明化を解除した古竜が、片腕を振り下ろしたような体勢で佇んでいた。

 千切れたワイヤーのようなものが巻きついた腕、その先端の鋭い爪から生まれた光は刃となり、地中深くまでを切り裂いたところで消滅する。

「ラ――――『ライト・オブ・セイバー』……」

 めぐみんは敵の作り出した光刃に目をやり、紅の瞳に動揺と驚愕を満たしながらそうつぶやいた。

 カズマとめぐみんの推測は半分ずつ当たっていた。

 確かにエンシェントドラゴンはめぐみんの爆裂魔法を警戒していた。

 ただ、敵は爆裂魔法を防ぐためだけに力を温存していたわけではない。

 防げるかわからない爆裂魔法を待つよりも、先に使い手を殺す攻めの姿勢を選んだだけなのだ。

 散発的な攻撃でこちらの危機感を緩めつつ、バリケードを破壊してめぐみんの居場所を確認。

 さらに透明化の範囲を上空へと限界まで伸ばし、腕を振り上げて光の刃の魔法(ライト・オブ・セイバー)を上空に向けて発動。こちらが安全と思えるような長距離から、不可視の状態を保ち、刃を一気に振り下ろす。

 すんでのところで、範囲外に漏れ出した上空の光に気づかなければ――――いや、気づいてもバインドで動きを一瞬止めてくれなければ、おそらく回避が間に合わずに死んでいた。

 その事実に、背中に氷が当てられたように体が震える。

「おいめぐみん。あいつの狙いは俺たち…………というより、多分お前だな」

「そのようですね……。ですが裏を返せば、爆裂魔法は奴に有効だということですか」

「少なくとも、敵の無効化を突破して直撃させられたらの話だけどな。できるか、大魔導師」

「どうでしょう。全く、どうして私の周囲ばかり厄介事が…………強すぎるというのも困ったものですね」

 お互い軽口を叩いて、心中に湧き上がる恐怖を必死で抑え込む。

 正面のグループは、今の一撃で大きな打撃を受けている。

 警告にとっさに対応したらしく直撃こそ避けたものの、単純な衝撃で意識を失った者や、吹き飛んだ岩に腕部を挟まれている者など、余波によって動けなくなっている者が少なからず見られる。怪我人の間をアクアが走り回っているが、全員をすぐに治すことはおそらくできないだろう。

「――――」

 竜から漏れる呼吸音。それを聞いて、カズマはとっさに懐に手を伸ばし、

 竜の咆哮。それに呼応するように巨大な炎が出現し、

「『マジック・キャンセラ』ーッ!」

 取り出したスクロールを両手で広げ、そこに込められた魔法を発動させた。

 カズマの手の中にあるスクロールが黒く染まると同時、古竜の放った魔法は風となって消滅する。

「「「『バインド』!」」」

 その一瞬の間に、両サイドグループの冒険者達がフォローのためすぐさまエンシェントドラゴンの拘束に移った。

 各々絶縁体の手袋をした手から、バインド用の鋼鉄製ワイヤーを放ち、竜の腕や足などに絡めて動きを阻害する。

 

 ――――が、足りない。

 

 再度の咆哮が黒い雷を呼び、竜を捕らえんと飛び交う鋼糸の一つを焼き払う。

 鉄が焼け溶ける異臭が漂う空気に、不快感を覚え。

 そして、気づく。

 その異臭を引き裂くように何か――一気にその長さを増した竜尾の存在に。

「あぶ――――」

 迎撃はできない。念のため持っていたショートソードは、先程スクロールを開く際に手放してしまっている。

 対策を考えるより先に、カズマはめぐみんの体を突き飛ばして。

 竜尾の先端が目の前に、

「んっ……くぅっ…………! んあぁっ…………!」

 届く寸前、カズマの目の前に金色の何かが間に割り込んでいた。

 その場で響いた激しい金属音と高い嬌声、その発生源にカズマは目を向ける。

 頭の後ろで結ばれた黄金色の長い髪を、金属製の鎧に流す彼女は、緑がかった青の瞳を真っ直ぐ竜へと向けている。

 金髪碧眼。純血の貴族の特徴を色濃く示す彼女には、最古の竜を前にしながらも恐怖の色は一切感じられなかった。

 彼女は確か硬さには自信があると盾役を志望していたクルセイダーで、名はダクネスだったか。確か盾役として最前線に配置されていたはずだが…………。

「た、助かったよ。……ありがとう、よく気付いたな」

 竜の斬撃を見てから走ったのではとても間に合わない。

 早々に敵の狙いに気付き、先回りしていたのだろう。

「いや…………」

 そんな考えを念頭に置いたカズマの感謝。しかし、それを受けた女騎士は、黄金色の髪の間に寂しそうな顔を覗かせて、首を横に振る。

「予め危機を予測して下がってきたわけではない。単に出番がなかったところを、飛ばされてきただけだ」

 そう語る女騎士の視線を追うと、そちらにはワンドを構えたゆんゆんの姿があった。

 めぐみんや自分を守ってもらうために、女騎士を風の魔法で吹き飛ばしたのだろうか。

 重そうな鎧を飛ばす魔力の強大さにも驚くが、意外と強引で無茶なことをするものだ。

 そう、どこか場違いな感想を抱くカズマを尻目に、女騎士は立ち上がる。

 先の寂しげな言葉とは裏腹に、その足取りにふらつきはなく、むしろしっかりと大地を踏みしめる。

 あの巨大な質量の一撃を受けた直後にはまるで見えない。

「おい、大丈夫か!? 」

「大丈夫だ…………それに、大丈夫でなかったとしても、ここで無茶をしないわけにはいかない」

 まっすぐと竜を見据えた彼女の顔。

「自分はただ残酷で強大な敵と戦うためだけに、冒険者になったわけではないのだ。この身は聖騎士(クルセイダー)。街や人々を守るために、ここに立っているのだから」

 そこにあるのは、強敵と戦えるが故の歓喜なのか。

 死を導く巨竜を前にしたが故の絶望なのか。

 背中にかばわれたカズマやめぐみんからは、その表情は伺えない。

 ただ、勝利につなげるためならば、一秒でも長く身体を張る――――そんな覚悟だけは感じられた。

「貴様が何を思ってこの街を襲うのかは知らないが…………」

 ダクネスはそこで一度言葉を止め、両手に握った大剣を正眼に構える。

「来るがいい。私がいる限り、その牙も爪も、この街に届くと思うな!」




トリビア
本作のゆんゆんは、胸元を開いた服を着ていません。理由は爆焔読んだら多分わかる。

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