眠っていたら1年後の世界に来ていた……というのは嘘ではあるが、半眠半起のような毎日を過ごしていたら、いつの間にか一歳年を取ってしまっていた。まあ、つまりは人生こともなし。平々凡々として目新しいことは少なく、退屈がほとんどをしめる単なる日常が続いているという、実に平和な毎日だ。
状況もあいも変わらず。1年前に想像していたように、現在俺は学校の屋上でただ一人、母親の上等な弁当を頬張っている所だ。つまり、この一年で俺と一緒に食事を取ってくれる友人ができなかった言うことで、こればかりは給食にしなかった学校のシステムを怨んでおこうと思う。
やっぱり給食はいいよ。みんな一緒に食べることは重要だし、子どもの偏食をある程度は防ぐことができる。食育という言葉も昨今よく聞く言葉なので、この際この学校も弁当ではなく給食にしてみればどうかと思う。そうなれば、共働きの親御さん(具体的にはうちの両親)も弁当を用意する手間が省けるというものだ。まあ、もっとも、最近では給食費を払わない(払えないのではなく払わない)親が増えているとも言われているので、学校側としては弁当の方がやりやすいのだろうが。泣くところだな、ここは。
相変わらずというのはなにも俺だけの話ではない。1年前少しだけ心配していたあの少女も今年も同じクラスになり(来年が初めてのクラス替えだから当たり前だけど)、今年も暇が有ればチラチラと様子を見ているわけだが……彼女もどうやら相変わらずのようだ。
俺の予想では、クラスに一人でいる人もそこそこいたので、それらが一つに統合し一つのコミュニティーに発展するだろうとしていた。しかし、蓋を開けてみれば、寄っていった者達は寄り添い合っているが、寄ってこなかったものは未だ独身を貫いているという状態が出来上がっていた。
まあ、俺は独身貴族様だ。慣れているから問題ない。言っていてむなしくなる気もするが、まあ、食事の終わるころには忘れているだろう。俺の頭は俺にとって都合の悪いことは端から忘れていくような便利な構造になっているのだ、ざまぁみろ。
話を戻すと彼女もまた俺と同様に独身であるが、俺と違う所は彼女は独身貴族になりきれていないと言うことだ。つまり、独身を楽しむことができない病を煩っているというややこしい状況であるように思える。墓場でも人によっては天に昇るような思いというらしいし、同じ状況一つでも俺と彼女とではそれこそ受け取り方に天と地ほどの差があると言えるのだろう。
いっそのこと、くっついてしまうかとも思ったが、やはり俺は奥手であり、自分から話しかけるのははばかられる。
ケチャップのついたタコさんウインナーを爪楊枝ごと咀嚼しながら、俺はウンウンと何事か考えているようなフリをしていた。彼女はチラチラとこちらを見ているようだったが、気になるのなら話しかけてきて欲しいそれなら話が続けられるから。
せめて「爪楊枝は食べられないよ」とか、そういったツッコミを期待したい所だが、やはり小学生の少女には高度な技能であるのだろうか。
前に住んでいた所でたこ焼きと一緒に爪楊枝まで食べていたら、10人中11人から激しいツッコミを受けたものだ。
さて、ボケたのにツッコミなしというこの生殺し状態は非常に辛い。しかしツッコミがないといってボケるのをやめてはなにか負けたような気もするのでつらい。せめて笑いをとれればよかったのだが、薄目でチラリと確認する彼女の表情は全く変わらず。クスリとするどころか、あれはひょっとしてこちらがボケたことにも気付いていないという類のものかもしれない。
仕方がないので、俺は咀嚼をやめ、ゴクリと口の中のものを喉に流し込んだ。食道やら胃袋に若干チクチクとした感触が通っていくが、まあ、大丈夫だろう。この世界で食べられないものは意外に少ないのだ。
食事も終わったので俺は屋上を後にした。思えばずいぶんと暖かくなってきた。しかし、高いところにふく風はまだまだ冷たく、衣を変えたての玉の肌にはつらい空気だった。
昼休みも終わり、教室に戻ったが、どうも騒がしい。教室で騒がれている内容を広い聞きしてみたところ、どうやらあの後屋上で喧嘩沙汰があったらしい。何でもクラスのいじめっ子がいじめられっ子の髪飾りをとって、それをさらに別のクラスメイトが仲裁に入り、そのまま喧嘩にまで発展したと言うらしい。
しかも、その仲裁に入っていじめっ子をボコボコにしたのは、俺のボケに全く反応を見せなかった彼女と言うではないか。
何とも、おとなしいヤツほど怒れば何とやらというやつだろうか。
俺はそっと例の彼女のほうに目をやってみた。髪やら制服を少しばかり汚しながらも、つい数十分前までの彼女とは面構えがまるで違っていた。
ああ、吹っ切れたのか。
そして彼女がチラチラと目を向ける二人の少女。おそらくはくだんのいじめっ子といじめられっ子の二人になるのだろう少女は、その視線を感じながらばつの悪そうな表情をしながらも、何となく照れくさそうな様子を醸し出していた。
独身貴族が一人減ったなと俺は直感した。
まあ、以上がクラスメイトの彼女――高町なのはがアリサ・バニングスと月村すずかというかけがえのない親友を得た重要なエピソードである。