魔法少女リリカルなのは~the worst~   作:柳沢紀雪

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5.寝癖がつかないようにするのは意外に面倒なんだ

 月村のおかげもあり、太陽が沈むまでになんとかイタチのような動物を獣医に見せることができた。夕日の差し込む病室の診療台でイタチのような動物――フェレット?というらしい――は一度だけ眼が覚めたが、なんとも恩知らずなことで、直接助けた訳ではない高町の指をなめただけでまた気を失ってしまったのだ。

 

――おのれ、高町。動物好きの俺を差し置いてなんたる狼藉か――

 

 その空気を感じたのか、帰るときの高町の表情が非常におびえたものとなっていたのが少し気がかりだ。

 俺が大人げなかった、今は反省している、だから許せ、とは口にはしなかったが、心の中では深く思っていたので、高町がテレパシーを使えるのならおそらくこの思いは伝わっているだろう。

 

 ともかく美人の獣医先生によると酷く衰弱しているが、栄養を取って安静にしていれば明日には動けるようになるだろうというらしい。明日が楽しみだ。

 

 ともかく、バニングスたちもあの子を放ってはおけないというらしく、明日昼休みに集まってどうするか決めようという話になり解散となった。

 彼女たちは塾に通っているらしく時間もなかったのだろう。話がまとまったところでバニングスたち三人はさっさと立ち去ってしまったが、それでも道中なんども後ろを振り向いている様子だったので、非常に強く後ろ髪を病院に引っ張られているようだった。

 

 心優しい子達だ。

 

 俺もいつまでもたむろしているわけにもいかず、最後に窓の外から病室のケージに移されて眠るフェレット?の様子を見、帰宅することにした。俺は塾には通ってはいないが、うちの母上殿はわりと帰宅時間にうるさいのだ。

 

 本人謂く、もうすこし寛容になりたいらしいが、長年軍隊生活をしていたせいか、なかなか規律を厳守する、厳守させるといった習慣が抜けないらしい。

 夫婦げんかの時は本当に鬼軍曹みたいな口ぶりになるのだから、いい加減日常に慣れて欲しいのだけどね。まあ、そんな母上殿も凛々しくて俺は嫌いではない。

 

「ただいま」

 

 そう言いながら小さな身体からは大きく見える我が家の扉をくぐった。

 

「おかえり」

 

 そして、そんな俺を迎えたのは台所から響く母の声だった。家の奥にいても非常によく通る声からは何となく安心が与えられているようだった。

 

 俺はそのまま玄関口に腰を下ろして靴を脱ぎ、極力バタバタとならないように二階の自室へと向かった。

 リビングからはイギリス式のカレーの匂いが漂ってきていた。

 

 

************

 

 

 俺の母は金曜にはカレーを出す。なんでも、主婦をしていると曜日感覚が崩れてしまうためだというらしい。もちろんそれは嘘だが、カレーの頻度が高いのは本当だ。

 

 ちなみに、父が夕食に顔を出す頻度はカレーよりも低い。もちろん別居しているというわけではないが、帰りはたいてい俺が眠るよりも遅く、家をでるのは俺が起きるよりも早いという具合に、顔を合わすことも意外と少ない。典型的なサラリーマンの生活というわけだ。

 一度、週末に冗談で「いらっしゃい、父さん」とか、「今度はいつ泊まりに来るの?」など言ってお客様扱いにしてみたことがあったが、あの時の父の顔は絵にも筆にも書けないようなものだった。

 

 我ながら冗談になっていないと思い、それ以降は自粛しているが、最近のこの状況では、もう一度ぐらいやってみてもいいかもしれない。

 いくつになっても……といっても、俺はまだ9歳でしかないのだが……家族がそろわないのは何となく寂しく思う。

 

 そう思いながら俺はシャワーで濡れた髪を丁寧にタオルで拭いながらリビングに顔を出した。

 

「でたよ」

 

 一声かけたリビングの中には母が一人、ニュース番組をBGMのようにしながらミリタリー雑誌に眼を落としていた。

 

「ん、了解」

 

 母は一度だけ雑誌から面を上げて、ぶっきらぼうにそう答えた。

 一目見ればリラックスしているようだが、背筋は伸びてページをめくる手もまるで機械のように無駄がない。リビングにも独特の緊張感のようなものがただよっているが、これが母の他意のない日常であることは9年間一緒に過ごしてきて分かっている。

 

 一種の職業病だなと俺は小さく肩をすくめると、あらかた乾いた髪を手持ちのゴムでまとめ食卓に着いた。

 

 少し背の高い椅子によじ登り、母が常飲している出涸らしの紅茶を自分のカップに注ぎながら風呂上がりのいっぱいを堪能することにした。

 

 お茶請けは特になく、母の隣の席にはラップのかかった料理がまだのせられている。

 

「父さんは今日も遅い?」

 

 母の暇つぶしの材料でもあるミリタリー雑誌のバックナンバーを眺めながら、話題作りがてらに俺は口を開いた。

 

「今日はいつもよりは早いらしい。といっても、帰ってくるのははるかが寝たあとになるだろうけどな」

 

 ペラリと紙のめくれる音が静かなリビングに響く。

 

「父さん、最近忙しい?」

 

 この国の友好国がいよいよ次世代戦闘機(F-54)を実戦配備するという記事を流し読みしながら、俺は最近のことを思い出す。

 

「そうだな……結構大口の契約が取れるか取れないかのところらしい。詳しいことはあたしもよく知らないが」

 

「そっか」

 

 俺はなるべく感情を交えず答えた。

 父は先週の週末も帰ってこなかった。先々週も帰ってきたのは夕食の後で、その前の週も朝食の前に出かけていった。平日は言わずもがなで、俺は一日父の顔を見ずに過ごしている。

 なんというか、これでは果たして俺たちは家族なのかどうか疑問に思えてしまう。これでもしも母までフルタイムの仕事に就いていたとなれば、俺はへたをすれば一日中家族の誰とも顔を合わさず過ごしていたかもしれない。それは、なにやら寒気のする状況に違いない。

 

「寂しいか?」

 

 「第三次世界大戦後の世界の難民」というテーマで書かれたコラムを流し読みしていた俺に母はポツリと尋ねてきた。

 

「ん~、まあ、慣れたよ」

 

「そうか……」

 

 俺の答えに母は特に何も言わなかった。紙面に眼を落とす俺は母がどのような表情をしているのか分からなかったし、見たくもなかった。

 時折俺は、この家族は既に破綻しているのではないかと思うことがある。その最もの原因が俺にあることは自覚している。

 俺は異質すぎる。おそらくは通常の子どもであれば、父のいない今を慣れたという一言であらわすことはないだろう。

 たとえ両親に心配をかけたくない、ある意味子どもらしくない子どもであっても、慣れたという言葉は使わないだろう。せいぜいのところ、心配をかけさせないために「大丈夫」という言葉と共に笑顔を浮かべるのではないか。心の底には寂しさを抱えながら表に出される笑顔は、言葉よりもなおその内面を強く訴えるものだ。

 

 俺の両親は俺のことをどのように思っているのだろうか。

 

 この世界においてイレギュラーの塊に過ぎない俺のことを家族だと思ってくれているのなら嬉しいが、それは過ぎた願いなのだろう。

 

 あらかた読み終えた雑誌を元の場所に戻し、カップに残っていた出涸らしの紅茶を一口で空にして、俺は椅子から飛び降りた。

 

「じゃあ、そろそろ寝る」

 

 時計をチラリと見ると、短針は10時の方向を指し示していた。主観的にはまだまだ寝るような時間ではないのだが、幼いからだと早い朝からこの身体は既に眠気を訴えていて、可愛らしい欠伸が時折口から漏れてきていた。

 先ほどまで湿り気を帯びていた自慢の長い黒髪は今ではすっかりと乾いていて、明日の朝に手を煩う事もないだろう。

 

「はるか」

 

「ん?」

 

 欠伸がてら腕を振り上げていた俺は母の声に大開にしていた口を閉じ、振り向いた。

 

「こっちを見なくてもいい」

 

 振り向くといつの間にか母が背中にたっていた。足音を立てず、動きには無駄がない。まるで、武人のようだとなにやら奇妙な関心をしていると母は両手を俺の脇に入れて軽々と持ち上げてしまった。

 

「わぁ」

 

 引っ張り上げられる感触と共に一気に視界が高くなる。久しぶりに見おろす世界は何となく違和感がつきまとうものだった。

 

「あんまり暴れるな」

 

 そう言われて、俺は地面につかない足を無意識にバタバタとさせていた事に気が付き、とりあえず言われるままに大人しくした。

 

「はるかも重たくなったな…………」

 

「まあ、成長時期だから」

 

 太ったとは思いたくはないが、思えば少し運動不足だったかもしれない。

 

「そうだな……子どもの成長は早いな」

 

「……子どもだからね」

 

 そんな、何か奇妙な対話をしながら、俺はゆっくりとソファに座らされた。

 

 テレビから流れる童謡がどこか懐かしさを伴い心地よく耳朶を打つ。

 シャボン玉が空に舞い、風に流されて屋根まで飛んで、そして壊れて消えた。

 ただそれだけの歌詞が何故か心にしみる。

 人の命はまさに泡のようだと、一度死を経験した俺は思っていた。人は泡のように生まれて泡のように消えていく。

 生まれる前に出会ったアレにとっては、俺たちなどはそんな泡以下の存在にすぎないのだろう。

 

「寝る前はちゃんと髪にブラシをして、まとめて寝ろと秋雄に言われてるだろう」

 

「別に母さんが父さんの真似をしなくてもいいんだ」

 

 俺の髪に巻かれたゴムを慎重にほどき、慣れない手つきでブラシをかける母に俺はため息混じりに呟いた。

 

「それでも言いつけは守れ」

 

 この家では、髪とか服とか身だしなみとか、俺にうるさく言うのは母ではなく父のほうだ。母は父からの言いつけを守っているに過ぎない。

 しかし、父もまた何かと口下手な俺たちの仲を取り持つため――少し不自然でもふれあう機会を与えるために、母がこれは自分の言いつけだと言い訳ができるようにという配慮なのだろう。

 

「不器用だね、母さんは」

 

 ブラシで髪が引っ張られ、髪が引き抜かれる痛みに俺は少し顔をしかめる。

 

「うるさい。こういう事は慣れていない」

 

「まあ、それでも……昔よりはずっと気持ちいいよ」

 

「そうか」

 

 まるでラペリングロープをまとめるような手つきで、母は俺の髪を厳重にまとめ上げていく。

 

 やっぱり不器用な人だ。

 

「ほら」

 

 と渡された手鏡で尻尾のようになった後ろ髪を眺め、俺はこれ見よがしに肩をすくめて見せた。

 

 

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