魔法少女リリカルなのは~the worst~   作:柳沢紀雪

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6.友達ができたといっていいものか……

 衰弱したフェレットを拾った日から一夜明けた。

 日差しは清々しく、初夏でありながら日差しは春を思わせる。しかし、日中は熱くなりそうだと思いながら、俺はイチゴ柄のパジャマを脱ぎながら、今日の肌着は少し薄手のものにしようかとつらつらと考えていた。

 

 案の定、朝食を取り終わり、制服に着替えて登校するするころには、日差の清々しさはなりを潜め、猛暑を予感させるような鋭い陽光が降り注いでいた。

 

 まるで日光が雲を吹き飛ばしてしまったかのように、空は雲の一つもない一面の蒼が広がっており、海からの風も今日はなりを潜めているように思えた。

 

「今年も暑くなりそうだな」

 

 暑いだけではない、何か決定的ななにかが起こりそうな予感が、にわかに吹き付ける潮風と共に胸を駆けめぐった。

 

 

 

************

 

 

 

「暑い……」

 

 午前中の授業が終わり、いよいよ昼食だというところで俺はうなだれるように机に突っ伏した。

 この学校はよい所の子女が集まる学校であるので、流石に空調設備や温水プール等々、立派な設備が整っている。

 しかし、空調設備は来月からの運用が校則で決められているため、その過渡期である今は学校生活で一番過ごしにくい時期の一つだろう。

 

「いっそのこと、教室に打ち水をしてみるか……」

 

 といったのが去年のことで、暑さに茹だった脳みその命ずるまま、教室にバケツで水をぶちまけてみたら、バニングスのヤクザキックを食らったという塩梅だった。

 結局それは担任教師の知れるところになり、昼休みを使って一人で後始末をさせられた揚げ句に昼飯を食い損ねたという散々な有様だった。しかも、後始末をした後にちょうど良い湿り具合となった教室は、開いた窓から差し込む風と相まって実に快適な空間を教室に提供していたのだからたまらない。

 こちとらは作業で身体が汗だくで、足にまとわりつくスカートといい、通気性の悪い下着といい、不快指数マックスの状態だったのだから。

 

 今年は幸いなことにバニングスは別のクラスとなった。

 となれば、今年こそ快適ライフを実現するために行動するべきか……。

 

「あのパツキンは、がさつそうでいて生真面目なヤツだからな……」

 

 その分の真面目さが祟って、別のクラスには下手に口が出せないだろうと俺は当たりをつけ、そして立ち上がった。

 

「だ・れ・が――なんですってぇ?」

 

 どうやら妨害工作は今年も万全のようだった。

 

 仕方がないから今年はバッテリー駆動の小型扇風機を持ち込むプランに変更しよう。

 

「案ずるな、バニングス。俺の言葉のおおよそは真実ではない事実に満たされている」

 

「つまり、嘘はついてないってことね」

 

「扱いにくいやつめ……」

 

 これだから賢い子どもは苦手なんだ。

 

 俺はため息混じりに肩をすくめ、改めて振り向いた。

 

「それで? 君は俺の快適スクールライフプランを妨害するためにわざわざここに来たのか?」

 

「残念ね、あたしはそこまで暇じゃないわ。とにかく、ちょっとツラ貸しなさい。話があるから」

 

 本当に喧嘩腰だな。仮にも良家の淑女がまるで不良のような言葉を使っていることを咎めるべきか。

 いや、下手に説教をしようものなら、業を煮やしたバニングスのことだ、そのまま耳を引っ張って連行しようとすることだろう。

 

 泣く子とバニングスには勝てない。

 

 俺は仕方がなく了承すると、まるで不機嫌さを隠そうともしないバニングスに手を取られ、いきなりのことにあっけにとられるクラスメイトを尻目に教室を後にした。

 

 さらばだ愛しきクラスメイト達よ。今晩あたり東京湾に沈む謎のコンクリートの塊があったら、俺はその中にいると思ってくれ。

 

 

************

 

 

 てっきりそのまま謎の黒服集団に連れ去られ、人体実験にかけられるのかと思いきや、連れてこられたのはまだ春の終わりの涼しい風が通り抜ける校舎の屋上だった。

 俺もこの学校に入学した手の頃は人目を忍んでここで昼食をとっていた物だったが、最近は来ていない。流石に冬の寒空の下でわざわざ食事をとる趣味はない。ただそれだけのことなのだが、今日はさわやかな春風と初夏を思わせる太陽の光がさんさんと降り注いでいるようだ。

 

「そろそろ解禁か……いいことだ」

 

 しみじみとそう思っている俺を「早くしなさい!」の一言でせかすバニングスは間違いなく無粋な人間の一部にはいるだろう。自然を愛でる感性を失っては人としてどうかと思うが、跳ねっ返りの女には逆らわない方がいいという絶対真理に基づき、俺は何も言わずただバニングスに追従した。

 

 まったく、女は強い。男としての感性がまだまだ先に立つ俺としては、この手の女は手に余る存在であるに違いない。あらゆる男にとっておそらくバニングスという少女は生涯の天敵になるだろうなという感想を口に出さず、俺はバニングスの導く先に鎮座していた少女達のそばに腰を下ろすこととなった。

 

「まずは説明を頼む。俺がどうしてここに強制連行されなければならなかったのかという弁明も含めてな」

 

 いつまでも下手に出ていても仕方がないとして、俺はスカートをはいていることも忘れ、どっかりと腰を下ろし、あぐらをかいて腕を組んだ。

 

 まずは軽い世間話をと思っていたのであろう二人の少女、高町と月村は浮かべた笑みの降ろし場所を失い、混乱したような視線をバニングスに向けた。

 

 「話が違う」という二人の視線に込められた言葉を正確につかみ取ったバニングスはしばしうろたえたが、すぐに「エヘン」と咳払いをして同じく俺の隣に腰を下ろした。

 

「ま、まあ……無理に連れてきたことは謝るわ。だけど、ああでもしないと、ついてこなかったでしょう?」

 

 「ねぇ?」と視線を向けられても困るのだが、確かにあのときの俺にはこうしてバニングスとわざわざ屋上くんだりまで足を運ぶ気などさらさらなかった。むしろ、あのまま教室で優雅に一人で昼食をとる方を選んだだろうことは自明の理だっただろう。そう考えると、バニングスが自らの目的を果たすために強制力を発揮したのは、間違いであるとはいえない。おそらく、単に俺をここに連れてくると言う目的を果たすだけなら、最適の行動だっただろうといえなくもない。

 

「とりあえず、謝るぐらいなら最初からするなと言っておく。納得はできないが理解はできた。とっとと用事を済ませてくれ。俺は一人静かに昼飯が食いたいんだ」

 

 ただでさえ昨晩は夢見が悪かったんだ。今はまだ食欲が勝っているから良いにせよ、この初夏の陽気に当てられては意識を保っているのが徐々に困難になってくる。

 

「なんだか、眠そうだね、はるかちゃん」

 

 目をこすりながら時折あくびの混じる俺の声に高町は気がついたようだった。それにしてもいつのまにファーストネームにちゃん付けで呼ばれるようになったのか。

 俺は細目を開きながら高町の表情を伺うが、そこからは純粋な心配以外の感情が見えてこない。まったく、善意の固まりのようなやつだ。まぶしすぎて直視できないな。

 

「半眠半起のまま一晩過ごしたからね。よく分からん幻聴まで聞こえて大変だった。とにかく眠いんだ」

 

 『誰か助けて』とか『危険が……』とかいう声が眠る頭の中に響き渡れば寝不足にもなる。それを話すと高町の表情が目に見えて固まったように思えた。

 

「それって、まさか幽霊?」

 

 この手の話は苦手なのか、月村が若干おびえたようにこちらを見る。俺は肩をすくめた。

 

「まさか。わざわざ人間に助けを求める幽霊だったらもっとはっきりと姿を見せるだろうさ。それに、霊感のない俺では何の手助けにならないことぐらい幽霊の方も分かってるだろうから、そもそも助けを求めるということ自体がナンセンスだよ」

 

「そ、そうだよねぇ~」

 

 明らかに目を泳がせる高町を少し追求したいところだが、無駄話をこれ以上していてもらちがあかないため、俺は話を進めるようバニングスに視線を送った。

 

「まあ、幽霊じゃない何かに助けを求められて見捨てたはるかのことは置いておくわ。とりあえず本題にはいるけど……」

 

 と、バニングスは二人をちらりと伺い、二人も小さく頷いた。

 どうでもいいが、俺のことはファーストネーム呼びで固定されているのか?

 なにか意図的なものを感じるが、俺は益体もないことと断じ口を閉じた。腹の虫ばかりは自分の意志では黙らせることができない。

 

「…………ご飯食べながらにする?」

 

 月村の何となく哀れんだ様子が少し気にくわないが、その意見には大賛成だった。

 

「だったら俺は教室に弁当を取りに行ってくる」

 

 俺はすっくと立ち上がりきびすを返した。

 

「えっと、持ってきてなかったの?」

 

 背後に座る高町の視線はおそらくバニングスに対して白い目を向けていることだろう。

 

「あ、あんた。なんで持ってきてないのよ!」

 

 少しあわてた様子でこちらに責任転嫁をしようとするバニングスだったが、俺はやれやれと面を振り、

 

「その時間も与えてくれなかったヤツの言うことではないな」

 

 と口にすると物の見事にバニングスは口を閉じた。ざまあみろだ。腹の虫も少し癒えたので、俺はそれ以上は何も言わず、廊下を走るという校則をぶっちぎる暴挙を犯しながらもわずか数十秒の間で教室に戻り、何とか屋上に帰還することに成功した。

 

「まあ、いろいろと悪かった。空腹と寝不足で虫の居所が悪かったんだ。バニングスも、辛辣なことを言ってしまったな、謝るよ」

 

 食事をとりながら徐々に空腹が収まってくると現金なもので。さっきまであれほどささくれ立っていた感情も、今ではずいぶん角が取れてなめらかになっていた。少なくともバニングスの暴挙を他愛もない子供の癇癪だと割り切れる程度にはなった。

 いや、むしろ癇癪を起こしていたのは俺か。子供のやることにいちいち目くじらを立てるのは良くない大人のすることだ。もっとも、子供でありながら大人を騙るのも良くない子供のすることなのだろうが。

 

 俺は何となく苦笑しながら弁当箱を開き、中に詰められていたたこ焼きの一玉を爪楊枝ですくい上げ口に運んだ。屋台物でも冷凍物でもない。紛れもない母の手作りのたこ焼きは野菜がたっぷり入っていて実に美味だ。

 

「あんた、お弁当もそれなのね」

 

 米をおかずにしてたこ焼き(主食)を食べる俺にバニングスは呆れたような感心したようなまなざしを向けるが、今更なことなので俺は特に反論もしなかった。

 

「これ(たこ焼き)のない生活なんて考えられないよ。衣食住の食はたこ焼きとルビを振るべきだと思ってる」

 

 キャベツのみじん切りの歯ごたえがたまらない。それに包まれるようにして鎮座するぶつ切りのタコが、とろりとしたたこ焼き本体のソースと美味い具合に絡まり至高の味を醸し出している。屋台物では出せない味わいだ。

 

「そんなにたこ焼きが好きなんだ」

 

 一口ごとに下鼓をうち、じっくり味わう俺を高町は呆れるよりもむしろ感心しているようだった。

 まあ、特殊な趣味であることは否定しない。

 

「好き嫌いと言うよりはライフワークかな」

 

 あるいは前世の好物を引きずっているだけのことなのかもしれない。前の時はいくら好物だといっても、実際に食していたのは二週間に一度に過ぎなかった。今生では一日一度はこれを口に入れなくては落ち着かない。子供に戻った、性別が変わったと言うよりも、記憶にある自分と異なる自分になってしまったことは思いの外自身に重くのしかかる。思えば、未だに自身のことを「俺」と名乗ることさえも、異なることを認められずに、無様にあがいているという証拠なのかもしれない。

 果たして俺は何を演じて生きていけばいいのか。少女であるはるかとしてか、それとも男だった前世の人間としてか。それを定義できないまま九年の時を過ごしてしまった。

 

 若干ながら遠くを見つめる俺を不思議そうにのぞき込む高町に「一つどうだ?」とたこ焼きを差し出しながら俺はつかの間にわき上がってきた感情を胸の内に押し込もうとした。

 

 うまくはいかなかった。

 

 

************

 

 

 昼食もたけなわとなり、少しばかりうち解けあえた頃合いを見計らって聞かされた話はなんと言うこともない事後承諾だった。結局昨日拾ったフェレットは昨晩のうちに高町によって保護されていて、今も高町の家で怪我を癒しているとのことだった。

 何でも昨晩、あのフェレットを預けた動物病院が原因不明の爆発によって半壊したらしく、それから逃れてきたフェレットをたまたま深夜外出という不良のような行為をしていた高町が運良く見つけてそのまま保護したということらしい。

 あの子の医療費や入院費用はバニングスがすでに支払っているということらしく、俺にしては拍子抜けもいいところだった。もちろん、俺には自由にできる金はない。しかし、あの子を助けるために骨を折ってみたいともも考えていたため、あっけなさ過ぎる幕引きに思えて仕方がなかった。

 

 ともかく、月村とバニングスの家でフェレットの飼い主を捜してみると言うことだったので、何かあれば俺も協力すると言うことで話は落着を見せた。とりあえず、後日高町の家に見舞いに行くことを約束し、昼休みは終わりを迎えた。

 

 そういえば、俺は高町の家を知らないが……まあ、何とかなるか。

 

 

************

 

 

 ということで俺の日常は平穏を取り戻し、人生こともなく気怠い退屈が包み込む日々が戻ってきたわけだが……それから街に妙な噂が流れるようになった。

 

 何でも犬が巨大化したとか、プールで生き物のような水柱が立ったとか、夜の校舎で不気味な閃光を見たとか。単なる都市伝説にしては具体性のある……というよりは都市伝説になるにはあまりにもメルヘンチックな噂がクラスでもささやかれるようになっていた。

 

 通常都市伝説とはありそうでないような。日常の陰に穿たれた得体の知れない、それでいて身近で起きそうなことが定番であるはずが、広まりつつある噂はとうてい日常からはかけ離れた、通常ならあり得ないの一言で決着のつく馬鹿げた話ばかりだった。

 もう一つ気になるのは、この話が周辺の都市では話題にもされずに、この海鳴から忽然とわき出したものであることだった。都市伝説とは基本的に口伝によって伝えられていく物で、その広がりも一部の都市に限定される物ではなく、周辺の広い街々で同時多発的に生まれて広がりその話も広がるにつれ徐々に中身を変えて共通認識される物であるはずだった。

 ローカル局でもその奇妙な現象を話題にあげているが、結局目撃者や証言などは皆無であり、唯一残された現場は謎の爆発を起こした例の動物病院だけだった。爆発であるにしてはその破壊の痕跡が非常に限定的で、これは空間を押し広げて拡大する爆発と言うより、巨大な構造物によって押しつぶされ破壊された痕跡に近いというコメントが事件記者を自称するキャスターによって報告されている。そして、家一つを半壊させるほどの巨大な物体が事件現場から見つかっていないことも大きな謎とされていた。

 

 何かが街で起こっているのかもしれない。

 

 うさんくさい陰謀論を飯の種にしているマスコミを信用するわけではないが、俺は今街を漂う何となく不気味な雰囲気を前にしてそう感じざるを得なかった。

 

 これが、生まれる前に出会ったアレが言っていた「普通じゃない経験」にあたるのか。

 今の俺ではそれを判断することはできなかった。

 

 

 

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