ポケットモンスター——縮めてポケモン。
この世界にはポケモンが多数生息している。
その数150匹。
そして。
そのポケモンと一緒に旅をし、戦わせる者のことをポケモントレーナーという。そんなポケモントレーナーが目指すのはやはり、リーグ優勝であって——それに出場するためには街にある『ジム』を攻略して、その証としてもらえる『バッジ』を集めなければならない。
その数八つ。
だが、バッジを手に入れるのはそう簡単ではない。それを手に入れるには——ジムを収めている『ジムリーダー』を倒さなければならないのだ。
その人たちは中々に強者揃いで、簡単には攻略できない。
だからこそ燃える。
だからこそ優勝を目指したくなる。
ただまぁ、俺はそれ以前なんだ。
「セイジも今日で16歳かぁ——つまりは、ポケモントレーナーになれる年齢ってことなのよねぇ。本当に、時が過ぎるのは早いこと早いこと」
四人掛けのテーブル——その正面に座っている母さんが俺のことをまじまじと見てきてしみじみといった調子で言った。
そう。
俺はまだ、そのスタートラインにも立ててない。
だが、それは今日で終わった。
そして、明日オーキド博士——この街でポケモンの研究をしている博士——からポケモンをもらえる。
明日で——俺はポケモントレーナーになれるのだ。
「そんな旅に私もついて行ってしまっていいの?」
と、俺の隣に座っている腰くらいまである茶髪に碧眼の少女——アザレアが若干不安そうな声色で訪ねてきた。
俺が断ると思ったのだろうか?
それは——ちと、ヒドイものだ。
「もちろんさ、アザレアだって……多分俺と同い年くらいなんだから、ポケモントレーナーになってもいいんだ。オーキド博士だって認めてくれたんだし。だから、俺は一緒に旅ができて嬉しいぜ」
笑みを浮かべてそう言うと、アザレアの表情も明るくなった。
よかった。
「それに、博士のお孫さん——ケイルくんも旅にでるのよねぇ……このマサラタウンも静かになりそう」
母さんが付け加えるように言った。
そうなのだ。
ケイル・ユキナリも今年で16歳ということで、ポケモントレーナーになる資格を得て明日旅に出るようのだ。
一応、俺が16歳になるのを待ってくれていたようだが、本当はなってからすぐに行きたいようだった。
まぁ、その気持ちは分からなくもない。もしも、俺がケイルの立場だったら我慢出来ていたかがわからない。
三人一緒にと思えば、我慢出来なくもなさそうだが。
「ところで、二人とも博士からはどのポケモンを頂くかを決めているのかしら?」
明日。
俺たちは出発するに際して、博士からポケモンを一体もらえることになっている。
フシギダネ。
ヒトカゲ。
ゼニガメ。
このうちから一体もらえることになっているんだ。
ところで。
ポケモンにはタイプというものがある。
フシギダネ——草タイプ。
ヒトカゲ——火タイプ。
ゼニガメ——水タイプ。
と言った具合に。
そしてタイプには相性がある。
草は水に強く、水は火に強く、火は草に強い、と言った具合に。
出発する前に、これ位は調べておいた——将来、ポケモンリーグで優勝を目指しているのだからこれくらいは覚えておかないとね。
ただ。
どれを選べ、と言われたら困ってしまう。最初のパートナーということだから、慎重に選びたいんだ。とはいえ、ケイルは真っ先に自分勝手に選んでしまって選択肢はおそらく二択に成ってしまいそうだけど。
「私は、明日になって『声』を実際に聞いて、仲良くなれそうだと思ったらその子にしようと思ってる」
アザレアは、とある事情からポケモンが何を喋っているのかが分かるのだ。トレーナーになれるのは——ポケモンを手持ちに置いておけるのは16歳からだが、それよりも前であってもポケモンと接することはできる。
その時に知ったのだ。アザレアがポケモンと会話できるということを。
羨ましいなぁ。
「そっか——セイジは?」
「俺も、明日実際に会ってから決めようと思ってる」
「まぁ、最初のパートナーだもんね。しっかりと決めなさいな」
俺とアザレアは一緒に頷いた。
と、ここで母さんが手を叩いた。
「さてと、明日も早いことだしそろそろ眠りなさいな。明日は早いんでしょう?」
いつもの調子といったように感じたが……少し、暗いように感じる。
当然か。
明日から——俺もアザレアも暫くこの家を空けて母さんは家で一人でいることになるんだ。寂しいと思うのも無理ないか。
少し、浮かれすぎていたかもしれない。
母さんの気も知らないで。
「母さん……」
ただ、俺はこんな時になんて声をかけたらいいか分からず弱々しい声を出して、母さんを見つめるしかなかった。
情けない。
挙句、母さんの右目からは一粒の涙がこぼれた。
「……あぁ、駄目ねえ。本当は笑顔で送り出してあげようと思ってたんだけど、やっぱり、ちょっと寂しいなぁ」
「ママさん……」
アザレアも、つられて泣き出してしまった。
……ここは男である俺がしっかりしないといけない——のだが。
駄目だった。
俺も、つられて涙が出てきてしまった。
ただ、それがばれたくなかったから俺は天井を見上げて腕で顔を覆った。
●
その日の夜。
自室のベッドにて寝転んでいるが、中々寝付けずにいる。母さんには悪いのだが——やはり、それでも興奮してしまっている自分がいる。
そのせいで、眠れないでいるところ部屋のドアがノックされた。
誰だろう、と思いつつも起き上がってドアを開けてみると、そこにはアザレアがいた。
「アザレア? どうしたんだよ、こんな時間に?」
「ごめんね、セイジ。ママさんには悪いんだけど、やっぱり興奮して眠れなくて——セイジなら起きてるかなって思って来ちゃった」
「俺も、興奮してるって?」
そう、からかいまじりに言ってみると、アザレアは頷いた。
頷かれるのか——まぁ、その通りなのだが。
「部屋に入ってもいい?」
「あぁ、いいぜ」
俺はアザレアを自室に招き入れて——二人並んでベッドの縁に腰をかけた。
なんだろう。
アザレアとはいつも同じ家に暮らしているのだけれど、そういうわけかこんな時間に二人きりになることなんてないから——少し緊張する。
だが、どうやらアザレアはそんなことないようで呟くように言った。
「私たちが出会ってからもう6年になるんだよね——あっという間だったなぁ」
言い終えて、アザレアは足をバタバタとさせた。
出会って6年——つまりは、俺がここマサラタウンに越してきてから6年が経ったということだ。
その時に俺はアザレアと出会い——ひょんなことからアザレアは俺の家に暮らすことになった。
アザレアには両親がいないために。
俺の家で暮らしているのだ。
その時のことを思い返して俺は腕を組んでしみじみと言った。
「そうだな——本当にあっという間だった」
「……ねえ、セイジ?」
「何だ?」
そう言うも、アザレアはしばらく黙ったままでいる——ただ、俯いてしまっているために表情が見えず、何を思っているのかは読み取れない。
だから。
語り出すまで、待つことにする。
数秒経った頃だろう、アザレアはポツリと呟いた。
「私の——私の両親、旅を通して見つかるかなぁ?」
「…………」
アザレアには両親がいない。
いや、正確にはいるかどうかが分からないのだ——何せ、アザレアはポケモンに育てられたから。マサラタウンの近郊でポケモンに育てられたから。
だから、アザレアはポケモンの言葉が分かる。
会話ができる。
そこを——食料を探してマサラタウンにやって来たところに俺は出会った。
出会うことが出来た。
「私は、あのポケモンに——名前も知らないあのポケモンに育てられた。とても感謝している。だけど、やっぱり……セイジとママさんの様子を見ていたら、やっぱり本当の両親っていうのに憧れちゃうんだぁ」
「アザレア……」
「ただでも、私はあのポケモンに育てられる前の記憶が全くない。名前以外何も覚えていない。そもそも両親がいるかどうかも分からない。でも、今回のこの話——16歳になったらポケモントレーナーになれるという話を聞いて、このカントー地方を回って探し求めたいと思った」
いるかどうか、本当に分かったものではないんだけどねとアザレア。
でも。
アザレアの思いは正しいんだと思う。
いるかいないか分からなくても、探してみたいと思うアザレアの思いは。
だから、俺もそれの手伝いが出来るのならしたい。
「俺にはその気持ち分かるとはいえねえけど——一緒に旅をして、一緒にカントー地方を回って、探そうぜ‼︎」
「うん……」
元気ねえな?
「どうした? 俺じゃ不満か?」
「ううん、そんなことない——そういうことじゃないの。セイジやケイルくんの様にポケモントレーナーとして、リーグ制覇を目指すなんて大層な目的もないのに、そんな目的を持ったセイジと一緒に旅なんてしてもいいのかな?」
なんだ——なんだ、そんなことか。
そんなことで悩んでいたのか。
さっきも言ったが、俺はそんなことで同行を断ったりはしない。アザレアの方を向いて、俺は頬を突いた。
「いいんだよ、旅の目的がなんだろうが。それは俺たちの自由なんだ。誰も、文句なんて言えないことなんだよ。だからさ——」
そこまで言って俺は、振り返ったアザレアに微笑んだ。
「——一緒に行こうぜ、俺は俺の旅をしに、アザレアはアザレアの旅をしに、さ。あんまり役には立たねえと思うけどさ、両親探し手伝ってやるよ」
すると、アザレアは顔を覆ってしまった——直後には泣き出してしまった。
い、嫌だったのか?
「わ、悪い——そういうつもりで言ったんじゃ……」
バツが悪くて俺も泣きそうな声で言った。
ただ。
アザレアは顔を抑えながら頭を振った。
「違うの、セイジ。私嬉しくて——身寄りのない私に対してこんなに優しくしてくれて。本当に……私、セイジのことが大好き」
満面の笑みでそんなことを言われたら……。
思いがけない言葉に俺の前身は上気した。
身体中が熱い。
顔は真っ赤だろう——アザレアから顔を背けて頬を掻く。恥ずかしくて、俺は何も言えずにいた。
すると、そんな俺に対してアザレアはさらに追い討ちをかけて来た。
「ねえ、セイジ——この家で寝るのも一旦今日で最後だし、出会ったときみたいに一緒に寝ない?」
「へっ?」
またしても思いがけない言葉に俺は素っ頓狂な返事をしていた。
い、一緒に寝ようだって?
…………。
「……いいぜ、寝よう」
「やったー‼︎」
そう言って、アザレアは俺に抱きついてきたので、俺たちはベッドの上に倒れこんだ。
……違う意味で興奮して眠れなさそうだ。
と思ったが、意外なほど俺たちはすぐに眠りにつけたのだった。
●
翌日。
俺たちはオーキド博士の研究所にやって来ている——が、家を出るまでが大変だった。
まず、俺たちはかなり熟睡していた様で母さんに起こされることになった。それが不味かった。前日の夜、俺たちは一緒に寝ていたのだから。
その様子を見た母さんから、
「何をしているの、セイジ?」
と、ジト目で見られた。
別にやましいことはしていない。ただ、ノリというかなんというかで一緒に寝ることになったのだ。
だが。
何を思ったのか——寝ぼけているのか、アザレアが大変なことを言ってくれたのだ。
「か、からみつきたかったんです‼︎」
ポケモンの技で言い訳をしないでもらいたい——というか、からみつきたいって……。
その言葉にさらにジト目を強くして母さんは俺のことを見てきた。
「何に興奮しているのかしらね、うちの馬鹿息子は……」
「ち、違えよ——」
と、弁明を聞き入れてもらえるまでが大変だった。
ここで寝られるのも一旦最後——久しぶりに一緒に寝たかった。その旨を俺はそれはそれは真剣な表情で告げたのだ。
「まぁ、そういうことにしておいてあげる——それよりも、早くいきなさいな。オーキド博士が待っているわよ」
そういうわけで、今ここというわけだ。
「遅っせえじゃねえの、セイジ。俺に恐れをなして来ないもんかと思ったぜ」
そう言ったのはケイル。
ケイル・ユキナリ。
オーキド博士の孫で——俺らと同じく今年16歳となってポケモントレーナーとなる旅に今日出発する少年だ。
茶髪のツンツンヘアーに、顔は同年代のうちでもかなりカッコイイ。服装もそれに合わせて大人びていて同年代よりも年上に見える。
「セイジ——そいつは嫌味か?」
うん?
「どういう意味だ?」
「お前にカッコイイなんて紹介されても全く嬉しくねえんだけど——俺の株を奪っておいてそれは嫌味にしか聞こえねえぞ」
…………。
「……はぁ」
いまいち飲み込めない。
と、ここで今までだんまりを決め込んでいたアザレアが意地悪そうに耳打ちして来た。割と大きい声だったので、おそらく周りに聞こえてしまっていそうだ。
「ケイルくんはねぇ、セイジのかっこよさに嫉妬しているんだよ」
「ばっ、お前何言ってんの⁉︎ ぜ、全然そんなことねえんだよ‼︎ 俺は人に嫉妬なんかしねえ、俺はいつだってなんだって一番——No. 1の男なんだからよ」
俺のかっこよさに嫉妬?
ありえない。俺はかっこよくなんてないんだから——自分で言うのもアレだけど。虚しいけれど。
「そういうのは、自分では分からないものなんだよね」
そういうものなのだろうか?
そんなことはないと思うけど。
まぁ、こんな話はどうだっていい。
「それよりも、オーキド博士はどこにいるんだ? 約束の時間は既に過ぎてるのにやってこないけれど?」
「あぁ、それならさっき忘れ物をした——って言って家に戻ったぜ。まぁ、もう少ししたら来るだろ」
俺の問いかけにケイルが腕を組んで言った。
忘れ物、か。
「博士でも忘れ物なんてするんだね」
アザレアが間の抜けたことを言ったので思わず苦笑してしまう。
博士だって人だ。忘れ物くらいするだろうさ。
「そう言ってもらえると嬉しいのぉ」
不意に背後から声がかかったので、3人して振り向くと——そこには、薄い茶髪に白衣姿の人の良さそうな顔立ちの男の人がいた。
オーキド博士その人である。
博士は歩きながら俺たちに告げる。
「待たせて悪かったのぉ——こいつを忘れてしまてしまってのぉ。ポケモンを皆に渡すのも大事なのじゃが、皆にはこの図鑑の完成も目指してもらいたいのじゃよ」
そして、俺たちを追い越して博士はその先にあるテーブルの上にモンスターボールと赤い——本のような機械を置いた。
「じいちゃん、この赤いのは何だ?」
どうやら、ケイルも知らなかったようで、尋ねていた。
俺も気になる——博士の言葉を待つ。
「これはポケモン図鑑——ポケモンの生態を記録できる、画期的なアイテムなのじゃよ。皆にはもちろん自分の目的もあるじゃろうが、この図鑑の完成のために、旅をしながらポケモンを集めて欲しいのじゃ」
研究のためにもどうか頼む、とオーキド博士。
俺の目的は——まぁ一応リーグ制覇ではあって、ポケモンを集めようという思いはなかった。だが——断れるわけがない。他ならぬ博士の頼みを断れるわけがない。
ポケモンをもらえる——ポケモントレーナーとしてくれる代わりに博士の頼みを聞くことを嫌がる訳がない。嫌と言える訳がない。
「もちろんです——なっ、アザレア?」
「うん‼︎」
「すまんのぉ」
俺とアザレアは肯定的だ——が、孫であるケイルは唇を尖らせた。
「えー、じっちゃん面倒臭い‼︎ 俺はポケモンリーグを目指してんだよ」
「その過程に頼む、ケイル」
「嫌だよ——ほら、セイジとアザレアがやるってんだから、俺は俺の目的だけに専念させてくれよ」
わがままだなぁ、相変わらず。
ここは友人として物申してやろう。
咳払いをして俺は噛んで含めるように言った。
「自分勝手が過ぎるぞ、ケイル。博士からはポケモンをもらえるんだ、その代わりに博士をの頼みを聞いてあげようぜ」
俺がそう言うとケイルは唇を尖らせた。
「うー、面倒臭え」
むっ、ここまで言っても駄目か。
ただでも、焦る必要はない。ケイルを動かすにはこうすればいいのだ。
ライバルであるケイルを動かすにはこうすればいいのだ。
「俺に負けるのがそんなに嫌か——ポケモン集めで俺に負けるのがそんなに嫌なのか?」
「なんだと?」
案の定食いついてきた。
焚き付けると、ケイルは乗ってくるのだ。男として、ライバル負けるのは嫌なのだろう。俺だって、嫌だ。
「俺が、セイジに負けるのが嫌だからやらないって? そんなんじゃねえよ、ただ面倒臭いからだ——けどな、そんな風に言われてやらねえんじゃ、お前に負けたことになっちまう。それは嫌だ。お前にはゼッテー負けねえ‼︎」
そこまで言って、ケイルは博士に向き直った。
「じっちゃん、俺もポケモン図鑑の完成目指すことにしたから、図鑑くれ‼︎」
やろうとする意思が弱い気がする。
ただ。
博士からおそらくお礼を言ってくれたのだろう、目配せをしてくれた。
博士は博士で甘いんだよなぁ。
俺が何か言えたような立場ではないんだけど。
そういうわけで、俺たちにポケモン図鑑が配られた。
そして。
いよいよ。
「図鑑も配ったことじゃ——次はいよいよお待ちかねじゃろう、皆にポケモンを渡そうと思う。分かっていると思うじゃろうが、皆にあげるのは『フシギダネ』『ヒトカゲ』『ゼニガメ』の三体から一体を渡す。きちんと話し合って、一人一匹決めるんじゃ」
言って、博士はテーブルに並べたモンスターボール——球を半分に区切った上半分が赤、下半分が白い中央に開閉スイッチの付いたボール——から、ポケモンをそれぞれ繰り出した。
フシギダネ——草タイプであることを感じさせる、緑色の体。四つん這いの体勢で、背中には植物の種を背負っている。確かに種だ。
ヒトカゲ——火タイプからだろう、オレンジ色の体をしている。こっちは二本足で立っている。背中の下あたりからは尻尾が生えていて、その先端には炎が付いている。
ゼニガメ——水タイプを思わせる水色の体で、こいつも二本足で立っている。背中には茶色い甲羅を背負っている。
……ふと、そのうちの一体と目があった。
何だろう、こいつとは波長が合いそうだ。そう思って、そいつのそばに行こうとしたところで、ケイルが「俺はこいつにした‼︎」と叫んで、ヒトカゲに飛びついた。
「こいつが一番能力が高えからな」
ケイルは——ポケモンを見ただけでそいつの能力やレベルを見て取ることができるのだ。以前野生のポケモンを見たときに言っていたのを覚えている。博士のそばでよくポケモンを見ていたから身についた芸当だろう。
「話し合えといったじゃろう——って言って聞くようなやつではないか。すまんが、二人はフシギダネとゼニガメ、どちらにするか話し合ってくれんかのぉ」
若干呆れたように博士が言った。
……俺が気になった奴がケイルに取られなくて何より。
さてと、気を取り直して俺はそいつの——フシギダネの元に歩み寄る。
すると、
「じゃあ、私は先にゼニガメと話してみるね」
と、アザレアがゼニガメの元へと向かっていった。
……本当に話せるから羨ましい。
俺にはそんな技術はない——が、直感で話をしてみよう。
俺についていきたいか、を。
しゃがみこんで俺はフシギダネに問うてみた。
「なぁ、フシギダネ。俺はポケモンリーグっていうポケモントレーナーの目指す大会に出場してえんだ。だけど、それは戦いあってのことでお前にも危険なことがあるかもしれない。それでも——それでもよければ俺と一緒に来て欲しい。どうかな?」
フシギダネはジッとの俺のことを見据えてくる——俺も視線をさらさずに見据える。
「ダネダー‼︎」
と、不意にフシギダネが鳴き声を放ったかと思ったら、俺の足に顔を擦り付けてきた。
……なんだろう、可愛いな。
「良かったじゃない、フシギダネ、セイジのことが気に入ったみたいよ」
背後でアザレアの声がしたので振り返ってみると、ゼニガメを抱っこしていた。
「私でよければ——だって」
今の鳴き声はそういう意味だったのか。
改めて向き直る。
フシギダネは心なし微笑んでいるように見える。そんな姿を見たら、俺も思わず微笑んでしまう。
というか、私ってことは女の子なのかな?
まぁいいか。
「よろしくな‼︎」
そういうと、「ダネッ‼︎」と今度は本当にフシギダネは笑ったので、頭を撫でてやった。
「じゃあ、私はこの子——ゼニガメを選ぶね。この子、話してみると面白いし、なんとなく波長が合う気がするから」
振り返ると笑顔でアザレアが言っていた。
ということは、これで皆最初のパートナーが決まったようだ。
俺がフシギダネ、アザレアがゼニガメ、そして、ケイルがヒトカゲ。話し合いはなかったけど、なんだかんだで上手い具合に決まったようだ。
「ほっほっほ、皆決まったようじゃのう。晴れてポケモントレーナーの仲間入りじゃな。じゃあ——」
博士が何か言いかけたところで、ケイルが「じゃあさ‼︎」と声を張り上げた。
何だろうと、ケイルの方を振り向いてみると俺に挑戦的な目を向けていた。
……これの意図は分かる。
俺も、同じような目をしてケイルを見返した。
「折角、ポケモントレーナーになったんだ。セイジ‼︎ 俺とバトルしようぜ‼︎」
バトル——ポケモン同士を戦わせて、先に相手のポケモンを倒した方が勝利するというポケモントレーナー同士が目を合わせたらしなければならないもの。
「全く……言おうと思っていたことを先に言われてしまったわい」
呆れたように博士が言った。
さっきはこう言おうとしていたのか。
ただまあ、俺としては断る理由はない。
「いいぜ、ケイル——表に出てバトルだ‼︎」
●
「行け、フシギダネ‼︎」
「行って来い、ヒトカゲ‼︎」
俺たちは同時にモンスターボールを投げてその中からポケモンを繰り出す。
そしてにらみ合う。トレーナー同士もポケモン同士も。
と。
「ふーん、セイジのフシギダネ——やっぱり俺のヒトカゲよりもレベルは同じだが、能力値は低いみてえだな」
言って、ニヤリと笑う。
むっ。
「ポケモンは能力値だけじゃねえぞ。トレーナーの指示だって——ポケモンの技だって勝敗を決める鍵になる」
「だろうな。だが、結局はポケモンの強さがモノを言う——ヒトカゲ、ひっかくだ‼︎」
先手必勝だ、とケイルは叫んだ。すると、指示を受けたヒトカゲがフシギダネに襲いかかる。
「フシギダネ避け——」
言い終える前に、ヒトカゲはフシギダネに迫り、その鋭い爪をフシギダネに振るった。
「ダネッ⁉︎」
ダメージ受けたフシギダネから声が漏れる。
能力値が高い——素早さが高い。これほどまでとは思わなかった。
「フシギダネ大丈夫か⁉︎」
「ダネ……」
弱々しくフシギダネは頷いた。
油断した。歯噛みする——いや、している場合じゃ無い。反撃しねえとなっ‼︎
改めて、ケイルを見据える。
「言っただろ、能力値が大事だって——お前のフシギダネのHPはもう半分近くも減っちまったぜ? よっし、ヒトカゲ一気に畳み掛けるぞ‼︎ もういっちょひっかくだ‼︎」
「させねえよ‼︎ フシギダネ——」
落ち着け、このまま技を放っても期待通りの効果を生めない。今のダメージが響いている。重心が右にずれているように見える。今現在使えるフシギダネの攻撃技であるたいあたりを放ってもヒトカゲのひっかくの前には競り負けるだろう。
だから落ち着け。
フシギダネのたいあたり、その効果を最大限に引き出してひっかくもろとも封殺するには——。
「——少し重心を左に傾けて、後ろ足に力を込めて、たいあたりだ‼︎」
直後。
フシギダネはまるでダメージを感じさせないような調子でヒトカゲへと向かって行った。
ヒトカゲの爪と競り合う——が、たいあたりの威力が強かった。そのままヒトカゲを吹っ飛ばした。
ひっかくの方が威力が高いにもかかわらず。
「ヒトカゲ‼︎ やったなセイジ‼︎」
今度は俺がニヤッと笑って言う番だ。
「確かに能力値も大事だが、技も大事って言ったろ? 俺はその技に精通してる——技の威力を引き上げることだってできるんだぜ」
そう。
アザレアがポケモンの声を聞け、ケイルがポケモンの能力値を見て取れるのと同様に俺にも能力がある。
ポケモンの技に関して。
父さんの仕事でずっと見ていたのだ。
技マシンを作るところを。
技の仕組みを。
ゆえに、どうすれば技を覚えさせられるかっていうメカニズムが俺には分かる。技のメカニズムがわかる。そこから、技の威力を引き出すことだって可能だ。
「全く、心技体——三人寄れば文殊の知恵とはこのことじゃのう」
感心したように博士が言った。
確かに、俺たちは心技体に置き換えられるだろう。
アザレアが『心』
俺が『技』
そして、ケイルが『体』に。
ただ。
「じいちゃん、口挟むなよ‼︎ つーか、俺はセイジとは組めねえ‼︎ 最大最高のライバルなんだからよ‼︎」
ケイルは否定的なんだよな。
だが、最大最高のライバルだっていうのは俺も認める。
だからって組めない理由にはならないと思うんだけどなぁ——これがなければ一緒に旅にも出られるのだが。
頭の後ろをさする——と、ケイルが俺のことを指差してきた。
なんだ⁉︎
「セイジ‼︎ 次の攻撃でお互いのポケモンのHPが多分0になる——本気でぶつかってこい‼︎」
ケイルには俺たちのポケモンのHPが分かっている。それゆえの発言だろう。
次で——次の技で勝敗が決まる。
…………。
負けらんねえな。
「おう‼︎ そのつもりだぜ」
目に——声に力を込めて俺は言った。
そして、一瞬の沈黙後俺たちは叫んだ。
「フシギダネ——‼︎」
「ヒトカゲ——‼︎」
その後勝敗は決したのだった。
●
「ちぇー、引き分けか——」
結局。
結局、最後にお互いのポケモンに技の指示をした後かち合ったもののお互いに技がクリーンヒットしてしまい、どちらともノックアウト。勝敗は引き分け——今後に持ち越されることになったのだ。
俺としてはいいバトルができて満足なのだが、ケイルはそうはいかないみたいでむくれている。
「——回復した後またバトルしようぜ、セイジ‼︎」
こんなことを言うのだ。
これでは——いつまで経っても旅に出られない。
そこでこんな提案。
「旅をしながら途中で出会ったらその都度バトルってのはどうだ? 今バトルしても同じポケモンでのバトルになっちまって楽しめないだろ?」
そう言うと、ケイルは、
「それもそうだな——仕方ねえ、セイジの提案に乗ってやるぜ‼︎」
と、まんざらでもない様子で肯定してくれたので何よりだ。
「じゃあ、俺は一足先に出発するぜ——」
そこまで言って、いつも通り一人出かけて行ってしまうのかと思ったらその前に振り返った。
「——セイジ、次会うときは負けねえからな‼︎」
一方的に告げると、俺の返答を聞く前に再び走り去ってしまった。
忙しい奴だ。
ただ、その申し出に対して俺は心の中で返答した。
——こっちこそ。
「ケイルくんは旅に出るっていうのにいつも通りだね——そんなに楽しみだったのかな?」
久しぶりにアザレアの台詞。
まぁ、仕方ない。
「じゃろうな。昨日からずっと、どんな旅にしたい、どんなポケモンを捕まえたいってしきりに騒いでおったわい」
「ケイルくんらしいなぁ」
全くだ。
泣いた俺たちって……。
「まぁ、後で一人部屋に戻ったら泣いている声が聞こえた——なんだかんだで寂しいのじゃろうな」
なんだ。
ケイルもそうだったのか。一安心。
さて。
いい話も聞けたことだ——俺たちもそろそろ出発しよう。
アザレアに目配せをする。
すると、アザレアも察してくれたのか頷いた。
「……そろそろ二人も出発するのかのぉ?」
俺たちのやり取りは博士にもばれていたようだ。
再び俺たちは顔を見合わせた後、頷いた。
「ケイルも出発しましたし、俺も——俺たちも負けてられないですからね。そろそろ……出発しようと思います」
すると、博士は若干寂しそうな顔をして頷いた。
「マサラタウンも寂しくなるのぉ——ただそれは、未来のポケモンマスターがここから生まれるかもしれんということと同義じゃ。そう考えると、喜ぶべきなんじゃろうな」
……ちょっと難しいが、つまりは応援してくれているってことだよな?
「まぁ、私はポケモンマスターを目指すんじゃなくて、両親探しの旅なんですけどね」
「おぉ、そうじゃったのう。見つかるといいのぉ」
「はい‼︎」
俺も本当にそう思う。
ただ……いや、今は考えるのはよそう。
その考えを消すために俺は博士に言った。
「じゃあ、そろそろ俺たちも行きます——」
そこまで言って俺は頭を下げた。
「——ポケモンに図鑑に、いろいろとお世話していただいてありがとうございました‼︎」
俺がそう言っていると、傍らのアザレアも、
「ありがとうございました‼︎」
と言っていた。
そして顔を上げると、博士は微笑んで、
「いいんじゃよ。未来ある少年少女の役に立てるなんて、年寄り冥利に尽きる——嬉しいというものじゃ。二人とも、気をつけていくんじゃぞ」
と、言った。
俺たちは三たび顔を見合わせると二人揃って首肯した。
「「はい‼︎」」
●
「いよいよ出発ね」
博士に別れを告げた後、自宅に戻って俺たちは身支度をした。
この日のために母さんが用意してくれた服に帽子、リュック——それらを身につけて。
「セイジ——すごくかっこいいよ‼︎」
母さんからもらった服に身を包んだ俺に対してアザレアが屈託のない笑みを浮かべて言った。アザレアからそんなことを言われるのはすごく嬉しいことなんだけど、それだけにすごく恥ずかしい。
頬を書きながら、顔を上気させながら、
「そ、そうかな?」
と、俺は呟いた。
母さんからは妙な表情で見られている——朝のことをまだ根に持っているのだろうか?
あれは違うんだ‼︎
「でも、本当に我が息子ながら似合ってるわ——もちろん、アザレアちゃんもね」
「そうですか?」
……母さんの手前言えなかったが、俺もそう思っていた。
白い帽子に、清楚なシャツ。そして……若干短めのスカート。
かわいい。
ここを去ったら、いの一番に告げようと思う。
「セイジはフシギダネ、アザレアちゃんはゼニガメを選んだ——ってことはケイルくんはヒトカゲね。なんとなくだけど、そんな気がしていたのよね」
「そうなのか?」
思いがけない母さんのセリフに俺は素直に尋ねていた。
「えぇ。ケイルくんはあの通り熱い子だから、火タイプのヒトカゲ。アザレアちゃんは天真爛漫な子だから水タイプのゼニガメ。そして、セイジはなんだかんだで落ち着いているから草タイプのフシギダネを選ぶんじゃないかなって思ったのよ」
……なるほど。
それはなんともまぁ、理にかなった推論だ——その通りになったわけだけど。
確かに、一目フシギダネを見て何か感じたのは確かだ。
やっぱり、母さんには敵わない。
「って、こんなことで出発を引き延ばしてたら世話がないわね——頑張ってもらいたいけれど、やっぱり寂しいなぁ」
と、ここで母さんがポツリと呟いた。
……何せ、母さんはここマサラタウンに一人で残されることになるのだから。
父さんがいればいいのだが、生憎と父さんはヤマブキシティというところの『シルフカンパニー』という会社で働いているためここにはいないのだ。
もともと俺たちもヤマブキシティで暮らしていたが、母さんの病気で俺たちは空気のきれいなここに越してきたのだ。
まぁ、そのおかげでアザレアやケイルに出会えたのは良かったことだが……。
「でも、子供の未来を絶っちゃう親なんて最低よね——ねぇ、セイジ?」
「なんだ、母さん?」
「もしも、ヤマブキシティに立ち寄ったらお父さんにできれば一度家に顔を出してくれるように言ってくれないかしら? 出来れば、でいいから」
「母さん——」
本当に寂しいんだろうなぁ。こんな声で言われてその願いを聞けない息子なんて最低だ。
俺は努めて真剣な声で言った。
「——分かった」
「ありがとうね、セイジ」
そう言って、頭を撫でてくれた。
……アザレアの手前、恥ずかしいな。
「アザレアちゃんもおいでなさいな」
その言葉に、アザレアも母さんの元に寄って頭を撫でられた。
「アザレアちゃんの両親も見つかるといいね」
「うん、ありがとうママさん」
嬉しそうにしているが——やはり、見つかってしまうのは……。
こんな風に考えるなんて最低だな。
と、一通り俺たちのことを撫で終えて満足したのだろうか、母さんは俺たちのことを抱きしめた。
……恥ずかしいぞ。
「二人とも元気で、そして気をつけてね。それから——」
それからが長かったのでここでは省くことにする。
ただ。
それだけ心配されているということだろう。
……これは絶対にリーグ制覇しないとだな‼︎
もちろんポケモン図鑑の完成もだ。
「……じゃあ、母さんそろそろ行くな——母さんも元気で‼︎」
「うん、ママさんも健康には気をつけてね‼︎」
「えぇ、分かった——それじゃあ」
三人で目を合わせる。
そして。
「「行ってきます‼︎」」
俺とアザレアは揃って告げたのだった。
こうして俺のポケモンリーグ制覇を目指す旅が始まったのだ。