Mana-Khemia ~zwei alchemist 二人目の錬金術士~ 作:村人A
「……あれ、グンナルさん? 私たちより先にアトリエにいるなんて……珍しいですね」
ある日、いつものようにアトリエへと向かうと、扉を開けるなり仁王立ちで立っているグンナルさんと遭遇した。
いつもの三割増しくらいでニヤニヤと笑うその姿に、正直嫌な予感しか感じない。
……ついつい、ヴェインの腕を掴んでアトリエの外に行こうとするくらいには。
「ようやく来たな。よし、行くぞ」
しかし悲しいかな、グンナルさんは私が逃げようとすることなど想定済みだったようで。
がっしと私とヴェインの首根っこを掴み、そのままずるずると引き摺って行ってしまうのだった。
学園一のトラブルメーカーには勝てなかったよ……。
◇◇†◇◇
「……で、こんなトコに連れてきて……何がしたいんですか? グンナルさん」
「まあ待て、そう急かすな。確かこの辺に……お、いたな」
ずりずりと引きずられてやって来たのは、グンナルさんにしては珍しく……ほんっとーに珍しく、普通に学園の敷地内だった。というのも、なんと連れてこられたのは食堂だったのだ。
おかしい。いつもなら地下とか学園の外とか三年生しか入れない場所とかに連れていかれるのに。主にヴェインが。
「え、グンナルさん……? まさか、ご飯食べに来たとかじゃないですよね? いやむしろそうであってほしい」
「何を言う。この俺様がわざわざそんなことのためにアトリエまで出向くと思うか?」
「デスヨネー」
至極真面目に言い切られてしまった。というかあのアトリエ、あなたが私たちを巻き込んで強引に獲得した場所じゃなかったっけ。それにしては扱いが雑過ぎる気がするんだけど。
「……な、何で子供が学校の中に……?」
「ま、まさかグンナルさん……攫ってきたんじゃ……!?」
「馬鹿者。そんな正義の味方にあるまじき行為……ゴホン」
……? 何か言いかけたみたいだけど、よく聞き取れなかった。何だろう、というかもう帰りたいんだけど。
「あ、あの……お兄ちゃんに忘れ物届けに来たの……そしたら迷っちゃったの……」
「……ふぁ?」
お兄ちゃん……忘れ物? いや待てそれはおかしい。だってアルレビス学園は全寮制だ。もし仮に新入生が忘れ物をしたのだとしても、それは学園の職員が預かるはず。部外者が、ましてやこんな小さな子供が届けに来るなんてことはありえない。
ってことは……この人また何か企んでるな。
そう結論付けて、じろりと横にいる
「どうやら迷子のようだな。どうする? ヴェインよ」
「どうって……先生に連絡して保護してもら「馬鹿者ォ!」……はい?」
至極真っ当な提案をしたヴェインを一喝すると、グンナルさんはカッと目を見開き、鬼気迫る形相でヴェインの肩を掴んでがくがくと揺さぶった。ちょっ。
「この愚か者が! 今、目の前で子供が困っているのだぞ? それを見捨てて人任せにしようなど……貴様それでも漢か!!」
「いやこれ絶対グンナルさんが仕込んだ奴だよね。というかそんなこと言うなら最初に見つけた時に助ければよかったと思うんだよね、私的な見解としては」
そうぼそりと言った私の声は届かなかったらしい。グンナルさんはそのままヴェインの肩を掴んだまま、背後のメラメラと燃え盛る炎を幻視するくらいの勢い……もとい暑苦しさで叫ぶ。いい加減にマイブラザーを離しなさい。
「そ、そんなこと言われても……そもそも、学園の中に子供がいることがおかし……」
「御託はいい! 俺様が聞きたいのは一つ。子供を助ける気があるのかないのか!!」
「あ、ありますけど……」
「あーあ、言っちゃった……」
そんなグンナルさんの勢いにおされて、ヴェインがこくりと小さく頷いた。これは頷いたらダメなやつだよ。経験則的に。
……ああほら。グンナルさんが見るからに嬉しそう。というか楽しそう。いや字が違うかな。愉しそう。
ヴェインの半ば無理矢理に捻り出された答えに満足そうに頷くと、グンナルさんはにやりと口角を吊り上げた。
「ならば迷うことはあるまい。さて、まずはどこかで情報を集めないとな」
「そんなことしなくても、男子寮に行けばいいと────」
「それでしたら、校庭で話を聞けばいいと思います!」
「ファッ!?」
「うむ、子供にしては良いアイデアだな。早速向かうか!」
アイエエエ!?
グンナルさんと(自称)迷子の子供の二人の間で、まるで予定調和のように話が決まっていく。
あー……胃が。胃が痛くなってきた気がする。
「……なんか、怪しいんだよな……」
「……だよねー」
────はぁ。帰りたい。
◇◇†◇◇
「……そんな訳で校庭にやって来ましたとさ。まる」
「リヴィ、一体誰に言ってるの……」
「現実逃避」
「あ、うん……」
そんなこんなで校庭でございます。ええ。仕方がないので子供──ほぼ間違いなくグンナルさんと共犯の──を連れてやって来ましたとも。
きょろきょろと若干挙動不審気味に辺りを見回している子供に、ヴェインがしゃがみこんで優しく聞いてみる。
「どう? ここにお兄ちゃんはいる?」
「んー……いない」
「そうか、それは困ったな」
「満面の笑みで言われても説得力ないんですがそれは……」
後ろでニヤニヤしてんの気付いてないとでも思ったんですか? バレバレなんですよ。愉しそうにしやがって。愉悦すんなこの
……おっと。ついつい口が悪くなってしまった。いけないいけない。いくら問題ばっっっっっっっっっかり起こすとしても一応は、そう、一ッ応! は、先輩だ。態度には気を付けないと。
「そんなことはないぞ。それより、そろそろ時間のはずだが……」
「時間?」
「こっちの話だ。ほら、誰か来るぞ」
瞬時ににやけ面を引っ込めて、グンナルさんが真面目な表情で言う。うん、そろそろ何かあるかな。
私の肩で、呆れたようなため息をついているサルファをひっそりと地面に下ろしてから一言。
「……サルファ、ヴェインの近くにいてあげてねー。そこはかとなーく嫌な予感がするから」
『……分かった』
サルファも同じことを考えていたのか、私に何か言うでもなく、地面に降り立つなりてこてことヴェインへと近付き、普段しているようにひょいとヴェインの頭の上に飛び乗った。
やがて、グンナルさんが『む、遅いな』と苛立たしげに見つめる方向から、一人の男子生徒が走ってきた。
「はぁ、はぁ……す、すいません」
「どうした? ずいぶん遅かったではないか」
「補習が長引いちゃって……」
肩で息をしている少年の制服は青い。つまり、私たちと同学年だ。
というか、今の会話。これで確実に、この騒動にグンナルさんが一枚どころか二枚三枚噛んでいることが確定した。
ひっそりと睨み付けている私には目もくれず、グンナルさんは表情(だけ)を真面目に取り繕って言う。
「言い訳は後で聞こう。それより、さあ」
「ああ、そうでしたね。そう! それどころじゃなくて、大変なんですよ!」
「……何?」
つまらない物を見るような目で一瞥すると、男子生徒が若干……いや、かなり棒読みで捲し立てた。
「学園に、指名手配中の凶悪犯が忍び込んだんです!」
「なにぃ!? しかも、人質を連れて逃亡中だとぉ!?」
「さらに! わたしのお兄ちゃんがその人質なんですね!?」
「いやねーよ。何だこの茶番」
流れるような会話に、思わずツッコミを入れる。ついでに突っ込み(物理)も入れておいた。グンナルさんに。……当然の如く避けられたけど。
「ああもう……どこからつっこめばいいのか……」
「つっこみなど後回しだ! 凶悪犯を追わなくては! さあさあ!!」
「…………行くしか、ないのか……?」
「諦めようヴェイン」
さぁて……。
「────終わったら、ちょっと私とオハナシしましょうか?」
「それが俺様の益になるのならば何時でも構わんぞ。………………………ふむ。それにしても、こいつは正義の味方というより、どちらかと言うと……」
「な・に・か。仰いまして?」
「うむ、何でもないぞ」
にっこりと目以外を笑わせながらグンナルさんを見るが、奴さんは眉一つ動かさない。ちぇっ。
まあ、さっさと片付けて寝よう。そうしよう。
◇◇†◇◇
誰も使っていない無人のアトリエ。その中に、私たちはずかずかと無遠慮に踏み込んだ。
「見つけたぞ! あれが凶悪犯に間違いあるまい」
「……どうして最短距離でここに来たのかとか、そもそもどっちも平然と立ってるのにどうして凶悪犯だと見抜いたのかとか、聞きたいことは山ほどありますが……まあ良いでしょう。さっさと終わらせて帰りたいので、もう少しだけ茶番に付き合って差し上げます」
「わぁ、リヴィが割と真面目に怒ってるよ」
『落ち着けヴェイン。現実逃避はリヴィ一人で十分だ』
ぴくぴくとこめかみをひきつらせながら、ニコニコと顔だけを笑顔の形にしている姉から目を逸らしているヴェインに、とうとう我関せずのスタンスを貫いていたサルファがつっこみを入れる。
一方で、凶悪犯(推定)は、グンナルたちの姿を認めると、まるで丸暗記した台本を思い出すかのような間を空けた後、先程の子供や男子生徒以上に大振りな動きで叫んだ。……二人の内、後ろにいる方が。
「うわ、もう来たか。おのれ、なぜここが分かった!?」
「待て待て、犯人は俺だ。お前は人質役」
「あれ、そうだったっけ? でも、もう叫んじゃったよ」
「しょーがないな……じゃあ、このままで行くか。た、助けてくれー」
後ろの人質ポジション(の予定だったらしい)にいる生徒が叫ぶや否や、前にいた、いかにも犯人っぽいポジションに立っていた生徒が面倒くさそうな悲鳴を上げながら(わざわざ)犯人(自称)の後ろへと走って行く。
「うっわ、ぐだぐだぁ……」
「うん……どう見てもうちの生徒だし……」
揃ってため息をつく私たちが不満だったらしい。グンナルさんが何とか『犯人は学園の生徒に変装しているのだ』とそれらしい言い訳を捻り出した。
「さあ! 大人しく人質を解放しろ! さもなくば……」
「ふははは! 力ずくか? それも良いだろう。言っておくが、俺は強いz」
「あ、言質とった」
「がはっ!?」
「あーあ、余計なこと言うから……」
言質とーった。
台詞を最後まで聞かず、両手に剣を出すことすらせずに、調子に乗った凶悪犯(自称)の腹に思いっ切り回し蹴りを食らわせる。
蹴飛ばされた凶悪犯は、面白いくらいに後ろの人質を巻き込んで吹っ飛んでいく。
どんがらがっしゃんと辺りのインテリアやら埃やらを撒き散らして飛んで行った凶悪犯は、腹部を押さえながらよろよろと立ち上がると、こっちに指を突き付けて半ば涙声になりながら叫んできた。
「いたたた……おい! 手加減してくれるんじゃなかったのか!?」
「そんな約束知らないですしおすし」
だってほら、指名手配中の凶悪犯が学園の生徒に変装してて、しかも力ずくでもいいって言ってたんだからぶっ飛ばしてもいいでしょ?(熱い手の平返し)
「成り行き上だ。それよりほら、早く逃げろ」
「全くもう……いてて。うわあ、こいつはかなわねぇ、お助けー!」
投げやりになっている気がしないでもない叫び声を上げながら、凶悪犯(自称)はすたすたと私たちの間を歩いて通り抜けると、そのまま扉を開いていなくなった。
そうして締まらない空気の中、呆然としている人質にグンナルさんが声を掛けた。
「ほら、お前も!」
「あっと、そうか。助かりました! それで、ぼくの弟は?」
「……弟じゃなくて、妹さんでしたけど……」
「あれ? ごめんごめん、今のナシで。それで、ぼくの妹は?」
「向こうで貴様の帰りを待っているぞ! 早く迎えに行ってやれ」
「もうつっこむ気も起きない」
がっくりと肩を落として、走り去っていく男子生徒を見送る。謝礼がどうのとか言ってたけど、グンナルさんの反応を見るにやはり彼も共犯のようだった。
一体何がしたかったんだこの人たち。
「事件解決だな! いやぁ、よかったよかった」
「全ッ然よくないですよ。何だったんですか今の」
私のため息混じりの言葉に、グンナルさんが重々しく頷く。
「うむ、そのことについてだが……実は、お前たちに一つ、言わねばならないことがある」
「……何です?」
グンナルさんに似つかわしくない重々しい雰囲気から、一体どんな重要な情報が出てくるのかと身構えた。
しかし、次の瞬間、それは必要ないことだったということを悟った。
「今回の事件は……全て俺様が仕組んだことだったのだ!」
「じゃあヴェイン、帰ろっか」
「そうだねリヴィ。僕、今日はやりたい調合が────」
「待て待て待て待て!! 何をしれっと帰ろうとしているのだ貴様ら!」
手の平を返したように無人のアトリエの出口に向かおうとした私たちの首根っこをがっしりと掴んで、グンナルさんが慌てたように捲し立てる。
それを、肩越しに顔だけ向けて半眼で睨み付ける。
「……何ですかグンナルさん。終わったんだしもう帰っていいでしょう?」
「何を言う。それより貴様ら、何か感じぬのか?」
「……はい?」
「何かって……何です?」
静かに瞼を伏せ、しみじみとした様子で語り始める。
「困っている人を助け、目の前の悪を倒す……」
「はぁ」
「この喜び! 感動! 興奮!! どうだ、やりがいを感じないか?」
「いや、バレバレ過ぎてやらされてる感が────」
「皆まで言うな! 俺様には見えている……」
ヴェインの台詞を遮って、グンナルさんが熱く拳を握り締める。
やがて、カッと目を見開くと、ヴェインの肩を掴んで暑苦しいオーラを纏い、声高々に宣言した。
「お前たちの胸に灯った、赤々と燃える正義の炎がな!」
「ええええ……」
「(もう駄目だこの人、早く何とかしないと……)」
「さて、今日は帰るか! いやー、善いことをした後は気分が良いな!」
はっはっはと朗らかに笑いながら、アトリエを出ていくグンナルさん。
その後ろ姿を眺め、ふと目が合った私たちは、これから起こるであろう苦難の数々に、顔をひきつらせながら苦笑する他なかったのだった────。
あれ、おかしいな。何でグンナルのイベントがこんなに長いんだろう……。