鋼鉄の少女達は暁の水平線に何を想う。   作:飯炊きめっしー

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【第13話】不条理な現実

「艦長。基地司令官、飯山中将より通信が入っています」

「了解。こっちに繋いで」

 チュィィイイイン……という雑音(ノイズ)と共に、CICのスピーカーから飯山中将の声が流れる。

「アールヴァク、聞こえるか。基地司令の飯山だ」

「こちらウィルキア海軍駆逐艦アールヴァク、感度良好」

「……この度は貴艦を我々の戦いに巻き込んでしまい、本当に申し訳ない。日本国の軍人を代表して、心より深くお詫び申し上げる」

「いえ。私はあくまで同盟国の艦艇として、果たすべき任を果たしたまでのことです」

「貴艦には非常に感謝している。いくら感謝しても感謝しきれないほどだ」

「差し出がましいようですが、私には過ぎたお言葉です。結局私は……荒潮さんを守りきれませんでした」

「荒潮については非常に残念だった、だがそれは貴艦の責任ではない。元はと言えば、これは我々の戦いなのだ。貴艦が居なければ、この基地も今頃は瓦礫(がれき)の山だったことは想像に難くない……貴艦が負い目を感じる必要は微塵も無い」

 アールヴァクの胸がズキリ、と痛む。負い目を感じる必要は無いと言われたとはいえ、当事者として責任を感じずにはいられないのが人情だ。

「……そう、ですか」

「それに、貴艦にはまるで追い討ちをかけるような真似で申し訳ないのだが……非常に酷な事を言わなくてはならない。貴艦の処遇についてだ」

「私の、処遇……?」

「過去こちらの世界では現在に至るまで、歴史上ウィルキアという名の国は存在しない。これが国同士の戦争でないという点が救いなのだが、本来であれば貴艦は所属不明艦……もし、それを戦闘に参加させたことが公にでもなれば、国民は、特に野党は紛糾(ふんきゅう)するだろう。それを避けるためにも、貴艦を守るためにも、貴艦を暫定(ざんてい)ウィルキア政府として、改めて同盟を締結(ていけつ)する必要がある」

「……と、(おっしゃ)いますと」

「同盟締結の為、貴艦には本土へ向かってもらいたい。そこで貴艦には暫定ウィルキア政府として、我が国と正式に同盟の締結を行なってはもらえないだろうか」

「それは私は一向に構いませんが。その口振りですと……何か他に問題がありそうですね」

「アールヴァク。君の存在は、この不毛な深海棲艦との戦いを終わらせる切り札になり得る。貴艦のその力を欲しがる国はごまんと居るだろう……それが新たなる火種、人間同士の戦争の引き金になり得る可能性も、ある」

「……人間同士の、争い」

「特にソ連や中国、アメリカが嗅ぎつけでもしたら、この深海棲艦との戦いで暫定的に手を結んでいるだけの(いびつ)な、砂上の楼閣(ろうかく)のような同盟関係が崩れ去ることも大いに有り得る」

「そんな……っ!!」

「残念なことだが、人間とは所詮(しょせん)その程度の生き物なのだよ……自分より強い力を、他者が占有することを許し難い生き物なのだ」

「……私はただ、皆を守りたいだけなのに」

「ただでさえ兵器が自我を持つなど、と糾弾する者も少なくない。兵器は黙って人間に使われるべきだ、とな……彼らの言い分も一理ある。いつ、その砲口が自分達に向かないとも限らない」

 世界中の、特に沿岸部に位置する国々の大多数の市民達は、自分達の身の安全を守ってくれている艦娘に対し非常に肯定的かつ友好的な者が多い。

 しかし、内陸国や一部の沿岸国では、戦闘で艤装に修復不可能な損傷を負い、やむなく艤装を解体し軍を辞め、一般市民となった元艦娘達への誹謗中傷や傷害事件などが度々発生していることも、また然りである。

 事実、日本国内においても対深海棲艦戦争の真っ只中であるにも関わらず、国会議事堂前では“艦娘反対”の声を唱えるプロ市民団体の集会が毎週のように行われており、親艦娘派の市民達のデモ隊と時折衝突を起こし暴動が発生。警察や陸軍が鎮圧に当たる事件が数回起きている。

「で、ですが……私は!!」

「わかっている。君にそんな気持ちが微塵(みじん)もないことなど、この老いぼれにだって手に取るように分かる。だがしかし、実際に戦争の空気に触れていない人間──。君たち艦娘と触れ合ったことのない人間にはそれがわからん」

「……では、私は。どうすれば良いのでしょうか」

「一つだけ、考えがある。但し、それは……同時に君に辛いことを押し付けることにもなる」

「聞かせてください」

「君が、現在この世界に存続している73ヵ国、全てと同盟を結ぶことだ」

「世界中の国、全てと……?」

「……そして、この深海棲艦との戦争が終わったら、君の艤装を、艦体を解体することだ。そしてそれは同時に“暫定ウィルキア政府の解体”をも意味する」

 暫定ウィルキア政府の解体──。それが意味する事は、ウィルキアという国の存在が、この世界から()()されるということと同義であった。

「……っ」

「君が元の世界に帰る方法が見つかれば、全てにおいて優先的に支援することを約束しよう。だが、もしも君がこの世界に残るのであれば……我が国は君を()()()として、ひとりの()()()として……全力で守って見せる」

「……それ以外に、道は無いのですね」

「君の心中は察する。しかし──、あくまで今の君は、国際的には国籍不明の不審艦という扱いだ。本来であれば、海賊船として撃沈という処分が下っても何の不思議もない。武人として、助けて貰った身でこんな事は言いたくないのだが……それが人間の決めたルールと言うやつなのだ。分かってくれ」

「……わかりました。他に私に生きる道が無いのであれば、そうするしかないのでしょう?」

「すまない……恩人にこのような仕打ち。私の事はどう思ってくれても構わん。だが、私の部下達を、この国の国民を、この世界の住人を、どうか悪くは思わないでやってくれ……ッ、この通りだ──ッ!!」

 そう呟いた飯山は、無線越しにすっくと立ち上がり、一抹の乱れも感じさせない動作で(こうべ)を垂れる。

 誇り高き日本海軍の軍人として。そして何よりも武人として、命の恩人に対して何もすることができない無力感と悔しさから、飯山はその表情を(こわば)らせ、握り締めた拳をわなわなと震わせていた。

「飯山司令。私は貴方を悪く言ったりはしません。この世界の人たちも……いつ自分達のその命が狙われるかもしれないともなれば、誰だって臆病にもなります」

 そしてアールヴァクは、彼のその如何ともしようの無い気持ちを、彼の武人としての誇りを、切に感じ取っていた。

「……アールヴァク」

「兎も角。目下我が艦は、当基地に迫る敵艦隊の迎撃に向かいます。詳しい話は、それからと言う事で」

「すまない、恩に着る……貴艦は補給の当ては無いだろう。我が基地の備蓄を融通する、使ってくれ。書類はこちらで何とかする、それぐらいのことはさせてくれ」

「お心遣い痛み入ります。しかしせっかくのお言葉ですが、我が艦に適した燃料弾薬があるとは……」

「その点は心配無用だ。我が基地の貯蔵庫から変化器を通す事で、貴艦が必要とする燃料弾薬へと変化する筈だ」

「それは心強いのですが、一体どういう原理で……?」

「恥ずかしながら我々にも、深海棲艦が出現したのとほぼ同時期に現れた“妖精達”のテクノロジーによって開発された……ということしか分かっていない。我が軍の技術廠(ぎじゅつしょう)のみならず、世界中の軍や大学などの組織が何度も分解や解析等を試みたそうだが、(いず)れも失敗している」

「……原理は不明、ということですか」

「正直、その通りだ。ただ一つだけ確実に言えるのは、既存(きそん)の技術の|何れにも当て嵌まらない未知の方法で作り出されたーー。(まさ)に“オーパーツ”とでも言うべき装置だ、と言うことだ」

「そんなもの、使って大丈夫なんですか?」

「リスク管理も何もないが、使えるものがそれしか無いとなれば、得体の知れない物だろうと何だろうと引っ張り出して使わざるを得ない程まで、戦力も物資も逼迫(ひっぱく)しているというのが、この世界の実情だ。(わら)にも(すが)る、とは……まさにこのことだな」

「……そこまで、人類は追い詰められているんですか」

「この装置だが、今のところ特に故障や不具合等といった報告はない。だが、生産される弾薬や燃料は、何故か艦娘以外の通常兵器や動力機関への使用はできないことが検証で明らかになっている。妖精達が言うには“霊力”が無い物には使用できないとのことだが……何にせよ、詳細は未だ不明だ」

「お話を聞かせていただいても半分以上理解できないところはありますが……まぁ、何はともあれ。補給の心配が無いのであれば憂いはありません、全力でやらせていただきます」

「すまない、私にできるのはこれが精一杯だ。彼女達を頼む……そして、必ず生きてここへ戻ってきてくれ」

「ええ、勿論です……では。通信終わり」

 飯山は一人、窓の外の海に浮かぶアールヴァクへ敬礼し、彼女が水平線の遥か彼方へとその姿が見えなくなるまで決して、その腕を下ろす事は無かった。その頬には、一条(ひとすじ)の涙が流れていた。




投稿が遅くなってしまい申し訳ございません。
今回はこの世界の実情として、艦これに対するこの作品独自の解釈がふんだんに盛り込まれております。
かなりダークな世界観であり賛否両論あると思いますが、これがこの作品の世界観です。
感想等、是非投稿して頂けるとありがたいです。

最初に登場する超兵器はなんでしょう?

  • 超高速巡洋戦艦「ヴィルベルヴィント」
  • 超高速巡洋戦艦「シュトゥルムヴィント」
  • 超巨大双胴戦艦「播磨」
  • 超巨大潜水艦「ドレッドノート」
  • 超巨大爆撃機「アルケオプテリクス」

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