【第1話】交錯の海
「艦長、艦長……。起きてください、艦長!」
どれくらいの時間が経ったのだろう。
誰かの声で目が覚めたアールヴァクは、まだ掠れた視界の寝惚け眼で窓の外に目をやる。
眩いばかりに輝いていた太陽は既に沈み、代わりに満月の明かりが照らす海面と、満天の星空が代わりに存在を主張していた。
「う、ん……」
絨毯の上で寝ていたせいか、節々が痛む。
バキボキと縁起の悪い音を出しながらも、なんとか重い身体を必死に叩き起こし、ふと声の主の方を見るーー。
「小人……?」
そこには小さな小人……小人が小さいのは当たり前なのだが……がちょこんと立っていた。
「……あぁ、そうかまだ私……夢、見てるんだ」
そして彼女は再び
「違いますよ失礼な!! 私は小人じゃなくて妖精ですし、艦長は夢なんか見てません、紛れもなくリアルです現実です!!」
「妖精、さん……?」
あまりの現実味の無さに目が覚めた彼女は、ゴシゴシと袖で目を擦り、もう一度目を開ける。
「何してんですか艦長。珈琲でも飲みます?」
「本当に妖精さんなの……? あと、艦長って?」
ようやく認識した現実に脳味噌が追いつかず、目をパチクリとさせるアールヴァク。
「紛れもなく妖精ですよ、間違っても小人じゃないですから。そんでもって、貴女はこの船の艦娘で、艦長。あ、あと私は妖精なんで階級とかそう言うの無いんで、よろしくお願いします」
「え、あっ……はい、こちらこそよろしく?」
「……んじゃ私は珈琲淹れてきますから、艦橋に来てくださいね。皆待ってますよ」
「えっ、ちょっ、皆って誰? あ……行っちゃった」
艦長室にただ一人ぽつんと残された彼女は、頭を抱えていた。
(私が艦長ってどういうこと……? それに、妖精さん……敵意はないみたいだけど、あと艦娘って……?)
そんな事を考えながらも、やがて意を決したかのような表情ですっと立ち上がる。
「まぁ、分からない事を考えててもしょうがないよね」
服の乱れを直し、鏡を見て、今の自分の姿を改めて確認する。思えば自分の顔を見るのは、これが初めてだ。
初めて見る自分の顔に少し不安はあった。
だが、それも初めて持った生身の肉体という事実から湧き上がる好奇心には敵わなかった。
勇気を出して、恐る恐る鏡を覗く。
「これが、今の私……」
駆逐艦アールヴァク。少し幼げな顔立ちではあるが、幾多の戦場を潜り抜けてきた歴戦の艦の勇姿は、その碧く輝く瞳が物語っている。
「こういう髪型、姫カット……? って言うんだっけ」
彼女は自分が最前線で戦っていた頃、度重なる出撃の合間に通信員のナギ少尉が言っていたことを思い出す。
『艦長ぉ〜、なんかこう心機一転? みたいな感じで髪型とか変えてみようかなー、って思うんですけど、どんな髪型が良いと思います〜?』
『……ふむ、そうだな。個人的には、以前ウラジオストクで見かけた娘のしていた、前髪をぱっつんにしてサイドは少し長めに切り揃えて……後ろ髪はストレートだったか、アレは可愛いと思ったぞ』
『艦長、それは今流行りの姫カットって奴ですよ』
『詳しいな、ヴェルナー』
『え〜……でも姫カットって可愛いんですけど、ちょっと何かこう……メンヘラっぽくなっちゃうんですよね〜。あ〜あ、髪型どうしよっかなぁ』
そして彼女は再び鏡を見る。
艦長の言っていた特徴通りの髪型、紛う事なき姫カット。
白い肌に黒い髪、薄いピンクの唇に泣き腫らして赤くなった目の周り。
そして彼女は思うのであった。
「どこからどう見ても、メンヘラだ…私」
妖精さんが持ってきてくれたコーヒーは、とても苦かった。
………
……
…
1時間の後、彼女は艦橋に立っていた。
艦橋に来た彼女は、自身を動かす為に忙しなく働く妖精さんの数に驚いたが……まずは冷静に現在地を確かめるべくGPSの信号を受信……できなかった。
「どうして? GPSの信号が…無い?」
焦った彼女は何度も何度も衛星に向かって信号をキャッチしようとする……が、やはり何度試しても信号そのものが存在していない。
自身の設備事態に異常があるのではないかとも考えたが、システムチェックでも異常は見受けられず、通信士(例の如く妖精さんである)……も異常は見当たらない、と言う。
だとすれば考えられるのは何らかの事故によって衛星が破損、乃至は故障したか、もしくは対衛星ミサイルによって撃墜されたか、だが。
(GPSは帝国も使っているから……、わざわざ自国の衛星を撃ち落とす訳がないし。仮にそうだったとしても、十数基もの衛星が一斉に応答しなくなるなんてあり得ない……)
明らかに、彼女はこの未知の事態に動揺していた。
そしてその動揺は更に大きくなることになる。
「艦長、レーダーに接近する艦影有り、数三!! 方位〇-一-〇、距離一百五〇……
「……っ!! 艦種と予想会敵時刻は!?」
「艦種特定、三隻とも日本海軍の吹雪型駆逐艦!! 予想会敵時刻は三〇分後、二三五〇です!!」
「日本艦隊が出てくるってことは……ここは地中海? それともカリブ海……いや、違う。レーダーに映ってる陸地の反応はそのどれとも一致しない……」
「艦長……どうもおかしいんですよ。接近する日本艦からはレーダーの照射が行われていません。それに……理由は不明ですが、どうやらアナログ無線での通信が行われているようです」
「アナログ無線……?」
アールヴァクは混乱の極地に居た。
今時一百トン程度のトロール漁船ですら、レーダーを搭載しているのは当たり前だというのに。いつ敵に攻撃を受けるかもしれない軍艦が……それも夜間にレーダーを使わずに航行するなど余程の馬鹿か、極秘裏に行われるステルスミッションか……それしか考えられない。
しかし、ステルス艦ではない吹雪型にそのような任務が務まる筈もなく……しかも、無線封止は行なっていない。
それどころか、このご時世にアナログ無線を用いて通信するなど、どうぞ盗聴してくださいと言っているようなものであり……アールヴァクにも一応アナログ無線は搭載されているが、あくまで緊急用で基本的にはデジタル無線で行うのが常識だ。
「……通信士、敵艦隊の通信を傍受することはできる?」
「はっ、アナログ無線如きチョチョイのチョイです。お任せあれ!! 周波数解析!!」
言うが早いか、通信妖精がパパパパッと投影キーボードを操作すると、青色の波形グラフが表示され、数秒毎に徐々にグラフの波が大きくなる。
「艦橋スピーカーに回します!」
艦橋内に緊張が走る。
そしてノイズ混じりではあるが、ハッキリと人の声が聞き取れるようになった。
『…ぇ、……に…かな?』
『だい…ぶ…てい…くだって、バカ…ないわ』
『あと二時間も…れば帰れますから。リラックスしていき…しょう?』
聞こえてきたものは、女の子の声。
それも、三人である。
「
艦橋に居た妖精の1人が呟く。
「ねぇ、悪いんだけど……艦娘って何? 私も艦娘、ってやつなの?」
彼女の言葉に、艦橋が静まり返る。
「……参りましたね」
「我々も自分達が何なのか、艦娘が何なのか、よく分かってないんですよね」
「え、ちょっと待って……どういうこと?」
「私達も、艦長と同じで気がついたらこの艦に居たんです。自分が何をすべきなのか、それだけが分かっていたので今こうしていますが……貴女が艦長だっていうことも分かっていましたし、艦長が艦娘だ、ということも分かっていましたけれど……いざ何なのか? と聞かれてしまいますと、分からないとしか言いようが無いです」
「え、他のみんなもそうなの?」
彼女の問い掛けに、周りに居た妖精さんたちが全員同時にうんうん、と頷く。
「まぁ、細かいことはいいじゃないですか。それよりも
「いや、待て。それは幾ら何でも危険すぎる、いくら艦娘が乗っているからとはいえ……我々は敵対国同士だぞ?」
「とにかく我々が今しなくてはならないことは、現状を把握することだ!! そこを履き違えるな!!」
「ごめん皆、ちょっと静かにして」
妖精さん達同士の議論が白熱してきたところで、一人レーダーを見つめていたアールヴァクが、ある違和感に気付いた。
「ねぇ皆、この艦隊なんだけど……やけに低速じゃない?」
「……確かに言われてみればそうですね。巡航速度にしちゃ、ちと遅すぎます」
向かってくる日本艦隊の速力は、僅か17.5kt。
それに対してアールヴァクの巡航速度は47.2kt…彼女らの常識では、駆逐艦の巡航速度は最低でも40kt、高速艦であれば50kt乃至60ktは出すのが普通だった。
「……、確かめてみよう」
ーーこの時、彼女の中には一つの仮説が立てられていたが、その真偽を知る者はこの場に誰も居なかった。
中々「現在」での戦闘シーンの描写まで進みません。
戦闘のドキドキ感を楽しみにしている方には申し訳ございませんが、もう1, 2話程お待ちください。
最初に登場する超兵器はなんでしょう?
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超高速巡洋戦艦「ヴィルベルヴィント」
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