さて、人間嫌いの私がまったくもって珍しいことに、この男ーーーたしか、鹿波と言ったっけ。
そう、鹿波がどんな人間なのか。
それを知ろうと思い、私の誇る移動式ラボ、「吾輩は猫である(名前はまだ無い)」まで連れて来たのはまだ予定の範疇だ。
それはいい。
しかし、人間性を見ると言ったところで、一体どこへ連れていけばいいのか。
ISを使った戦闘の最前線に連れていけばどうだろう。
うん、「ISが有ろうが無かろうが、戦争なぞどこでもやっているだろうがバカめ」とか、一息に言いきる様が理解できる。
っていうかなんでこいつ私のことをクソ兎って呼ぶんだろう。
まあ、いろんな人からの恨みを買ってるからね、私。
少なくともISがなければ…って人は世界中にいるだろうし、こいつもその一人なのかもしれない。
あ、さっき一瞬見せた後悔した表情はそれ関連かな、なんて気楽に考えながら、行き先を考える。ここで何も感じないあたりが人の心がわからないとか言われる所以なんだろうけど。
私はそんなだからね、別に気にしないんだぜ!
ブイブイ♪
さてと。どうしようか。
見たところ、
んー、どこがいっかなー。
「ねークーちゃん」
「はい?」
なんて同意を求めて声をかけてみるけど、クーちゃんは首を傾げるだけだった。
あぁもうクーちゃんはかわいいなぁ!
だっこしちゃうぞ。ギュー。
思わず抱きしめている時、視界に鹿波の姿が入る。
おい、見せ物じゃないぞ…ってこいつまったく見てねえ。
私のラボの中を興味津々に見て回ってる。
お前はソファーの方にでも行ってろ。しっしっ。
「あの、束様。ちょっと苦しいです」
はっ!しまった。
クーちゃんを抱きしめたままだった。
慌てて緩めると、緩めた拍子にクーちゃんは、猫のようにスルリと私の腕の中から抜け出してしまった。
あぁ…。
ってそうじゃなくて。
「ねぇクーちゃん」
「はい」
ちょっとしたニュアンスの違いで、呼びかけてるかどうかが分かる。
やっぱりクーちゃんと私は以心伝心だね!
はっ、さっきから意識がそれまくり。
全てはさっきまでの鹿波とのやり取りのせいなんだ、ストレスで胃がマッハなんだ。
いや私の胃はそんなにやわじゃないけど。
「人柄とか人間性を見ようと思ったら、どこに行けば良いと思う?」
「人柄…ですか。そうですね…。
私の経験は偏っているので当てにはなりませんが、私に入れられた知識でいくと、その人の趣味の場とか、でしょうか?」
んー、趣味の場か。
休日は家でISコアの制作、仕事の終わった後の自由時間にもISコアの制作。
またはプログラミング。
仕事が趣味なタイプだろ、
なし。
「他はー?」
「あとは…そうですね。教会や神社、戦争の跡地…でしょうか。
すみません、私ではこれくらいしか…」
「いやいや、私だとそういうのからっきしだからねー。ありがとークーちゃん!」
「束様のお役に立てたのなら幸いです。
では、お茶を淹れてきます。紅茶でよろしかったですか?」
「おっけーい」
クーちゃんが何か言ってたけど、適当に返事をする。
だいたいのことは、クーちゃんまかせで問題ないからね。
しかし、教会や神社、戦争の跡地ねー。
墓地とかならいいだろうけど、鹿波の両親や祖父母はまだ生きてるし。
私も鹿波もIS技術者だ、IS関連の墓地、か。
脳裏に浮かぶのは、ちょっと前に潰した、醜悪な人間生産工場。
技術的には不完全もいいところだったけど、そこで作られ、自由もなく犠牲になったあの子どもたちは、そこにあった凄惨さは本物だ。
私にできる簡単な弔い程度はしたあの場所が、なんだか無性に引っ掛かった。
よし、あそこに行こう。
正直あまり気乗りしないが、行き先が決まったので座標データを打ち込み、移動式ラボの目的地を決定する。
ドイツに着くまでは観察でもしていよう。
椅子に座ってじっくり見ていると、何処へ行くのかと聞いてきた。
無視。
「おいクソ兎」
「聞いてるよ」
聞いてるけど無視してるだけだ。聞こえてる。
そう思ったけど、その後に続く言葉に、私は少し驚いた。
「花屋に寄れ」
ああ、そうか。
そっか、という声が私の口から零れ落ちる。
こいつは、私が何処に連れていくつもりなのか、だいたい予想してたのか。
ただ、意外に思ったのはそっちじゃなくて。
こいつにも、人を弔う気持ちってあったんだ。
そんな驚き。
ドイツでは花屋に寄った。
しょうがないことに、鹿波はドイツ語が出来なかったので通訳してやる。
花屋では、鹿波は花束を3束買った。
工場に着く。
工場は、前に来た時よりも寂れていた。
人が居た場所に、誰も来なくなった後特有の空虚さと、一抹の侘しさを感じる。
鹿波を見ると、すでに顔色が悪い。
まだ周りは明るいというのに、寒いのか、僅かに震えながら付いてくる。
その顔色は青白く、唇は紫色に染まっている。
大丈夫なのか、と声をかけようか迷うほどに酷い顔ではあったが、その足取りはしっかりとしている。
その様子を見て、大丈夫だろうと思い、どんどん進む。
時たま様子を確認するために、ほんの少しだけチラッと後ろを確認するが、こうやって私がチラチラ見ていることにも気づいてないようだ。
いざとなったら支えてやらないと、いつか倒れそうな危うさがある。
「………………………………………………か」
何か言ったようだが、周りの風の音と、鹿波の声が細すぎて聞き取れない。
空にいくつか見える雲は全く動く気配もなく、穏やかな蒼色の空が私たちを見守っている。
…雲が動いてない?
こんなにも、私の周りには風が吹いているのに?
そんなこともあるか。
そう思い、後ろを振り返ると、顔色が青色を通り越して白くなっている鹿波が、足を止めていた。
もう建物はすぐそこだが、立ち止まられては仕方ない。
私は鹿波の近くまで戻って、ひょいと顔を覗きこむ。
僅かに震えながら眉をひそめて立つその姿は、まるで何かに苦しめられているかのようで。
10分もの間待たされた私は、ほんの少しの苛立ちと、大丈夫かどうかの心配で、微妙に睨み付けるような顔をしていたことだろう。
鹿波がようやく顔を上げた。
「気付いたか」
もう建物は目の前だ。
こいつがここまでの霊障もちとは。
いや、それだけここの子たちの怨念が強いのかーーー。
以前の襲撃時にぶち破った扉とは違う、電気が来ていたころは電子ロックされていたであろう扉を、力づくでこじ開ける。
細胞レベルでオーバースペックな私には、この程度は障子を開けるのと大差ない。
以前来た時の記憶とともに思い出した間取りを頭に描いて進む。
とはいえ、後ろからついてきているこの男には、真っ暗な闇が広がって見えるだけだろう。
仕方がないので、少し進んでは立ち止まり、鹿波がついてきているか気にしながら奥の部屋へ。
仕方がないとはいえ、束さんがこんな、案内人の真似事をすることになるなんてね。
こいつと出会わなければ、こんな事をするなんてあり得なかっただろうな、なんて考えて。
さあ、まずはここ。
培養機の立ち並ぶ、水子たちの居た跡。
全員残らず私が殺した。
まだ自我さえ生まれていない、小さな小さな命たちも。
自らの欲望にまみれ、罪なき子どもたちを弄ぶ科学者たちも。
みな、平等に。
「説明しろ…って、言ってたよね」
私は口を開く。私が壊したこの場所が、どんなところだったか説明するために。
「ここはドイツ。
生体兵器、遺伝子強化試験体の製作工場跡。
今でこそ稼働していないけど、ここでは数千単位で試験管ベビーを、文字通り作っていた」
「デザイナーベビーってやつか…」
今にも倒れそうなふらつき方で、それでも今度ははっきりとした芯のある声が返ってくる。
そうだ。そう。
そうだとも。
ここは。
「そう。
人を人と見ず、モルモットのように、いや、まるで粗悪品と規格合格の工業製品のように、命を作っては使い潰していた場所だ」
ふと右を見る。
かつて私が全て破壊した、培養ポットの残骸が、そこには放置されていた。
「あれは培養ポット。
母親の胎内の代用品だ。
…ここにいた子達は、私が全員殺したよ。
勝手な都合で生み出され、実験体になるならいっそ、と思ってね」
そうだ。
私が殺した。
私は決して善人などにはなれないけれど。
それでも、目の前にある光景は、到底許せるものだと思えなかった。
「…その子達の、骨はあるか」
部屋のすみに指をさす。
気休めにもならないけれど。
自分勝手な感情だけど。
この子たちを、死んだまま放置するのは嫌だった。
鹿波は持っていた花束の一つを、桐の骨箱の前に供え、手を合わす。
…やっぱりこいつは、私が思っているほど悪い人間ではないのかもしれない。
続く部屋にある、私が即興で作った銀の十字架は、まるで鉄のようにくすんでしまっていた。
それを見て私は悲しくなったが、目の前の男の真剣な眼差しに、いつの間にか手をとって、十字架の前に連れていく。
この部屋の子たちは、抵抗してきた科学者たちの兵器によって、骨すら残らず肉片が飛び散るだけだった。
だからこの部屋は今でも鉄臭い。
最後のフロアにつく。
もはや鹿波はまっすぐ歩くことすら出来ない程にフラフラで、顔を見ようにも土気色にでもなっているのか、表情を全く読み取ることができない。
と、思ったら、ふいに真っ直ぐに立ち、私の手を振りほどき、台の上に花束を置いた。
体の状態が戻ったのか?と思ったが、なんだか様子がおかしい。ずっと顔を上にあげ、全く動く素振りがない。
やおらに鹿波は振り向いて、私の顔を見た途端、驚いた表情をした後、まるで、お礼を言うかのように笑った。
満面の笑顔。
そしてその後ろには、蒼緑色の光が、右側に3つ、左側に3つ、そして頭上に1つ、小さな小さな白い点のようにチカッと見えた。
意味がわからない。
確認するようにもう一度見ると、光はすでに消えており、鹿波はゆっくりと降りてくる。
何の光?見間違い?
ありえない。私ははっきりこの眼で見た。
「お、おい…」
私の声が聞こえていないのか。
鹿波は、ただ淡々と、これまで来た道を歩いて戻っていく。
私の目の前を通り過ぎて行くその顔は、しっかりとした意識が確かにあるように見えた。