最初はふとした思いつきだったんや、こんなに長くなるとか思ってなかったんや…。
皆も日常編の癒しが欲しいよね
工場を出た俺たちは、海に沈む日を眺めていた。
祭壇のような台に最後の花束を供えた後、俺はあれだけ感じていた寒気が嘘のようになくなっていることに気付いた。
それはそれは非常に不気味なことこの上ないんだが、同時に俺は、しっかりとあいつらに花束を贈ることができたことにほっとしている。
俺たちは海岸の、天然の岩場の崖上にいる。
崖の上にはなだらかな平原が広がり、のどかな牧草地帯となっている。
何も言わずにタバコを吹かし、傍らに座る女を見る。
女は頭にメカメカしいウサ耳をつけ、青を基調としたワンピースを着ていた。
そう、篠ノ之束である。
彼女は牧草地帯の端、ややゴツい切り立った崖の上の岩場に腰を下ろし、足をぶらぶらとさせながら、穏やかな顔をして、夕日を眺めていた。
その様は、こいつのことを好きではない俺が見ても、一枚の絵画として切り取って残しても良いと思えるほどに映え、俺は、何とはなしにその横顔を眺めていた。
「…なあ」
ふと疑問に思ったことを聞いてみる。
そう、こいつはーー
「結局お前、何がしたかったんだ」
俺をこんなところまで連れてきて、何をしたかったのか。
それが気になった。
「…うん」
そう言って、こちらを向きながら俺を見る眼は、まるで美しい湖のように澄んでいて。
俺を見るその表情は、俺に銃を突きつけた人物と、とても同一人物だとは思えないほどに穏やかな顔だった。
「…そうだね」
その人物はそう言って、俺から視線をふいと切り、再び夕日に顔を向ける。
「何から話そうか…」
そう切り出したこいつは、ぽつりぽつりと話し出した。
いわく、自分の子どもたちが新しく増えてることに気付いたこと。
俺がISコアを作っていることを突き止めたこと。
俺が作ったISをどうするのか、知る必要があること。
そして俺が、どんな人間かを探っていたこと。
それらは時々に、ISに対する愛情や親心が見え隠れしていて、ますます俺を苛立たせた。
そして最後に、俺の顔を真っ直ぐに見つめて、こう言った。
「確かにお前はむかつくような言動を私にするけどさ。
でも、なんとなくお前は、誰にでもそんなことをする奴じゃないと思うんだ。
だから、別にお前なら良いかな、って」
だいぶ主語が省略されていて分かりにくいが、多分、俺はこいつに認められたんだろう。
俺なら、ISコアを作っても良いと。
悪いようには、しないだろう、と。
バカが。
思わず自分勝手な感情が、俺の口をついて出る。
「お前は、そんなに簡単に人を信用するのか。
まだ会って数時間の人間を。
ほとんど会話などしていないような状態で、わが子ほどに大事に思うISコアを作れる人間を、お前は本気で信じるのか!」
はっとして気付くが、もう遅い。
口をついて出た言葉は戻らない。
このクソ兎は、相変わらず穏やかな表情のままこちらを見つめてくる。
俺は、もういっそ、ずっと思っていた気持ちを吐き出してやろうと思った。
そう思った時には既に、俺の口は全て吐き出していた。
「いいか、はっきり言ってやる。
俺はお前が好きじゃない。鬱陶しい、苛立たしいとさえ思っている。
俺はお前が嫌いだ。
お前は学会でISを発表した時に、理論を認められなかっただろう。
それなのに、お前の理論を認めなかった者たちは、お前の発表した理論の都合の良い部分だけを自分勝手に利用した。
そんな奴らが多くいると言うことを、お前は自分の経験から分かっているはずだ。
知っているはずだ!
それなのに貴様は、ISが宇宙へ行くマルチフォームスーツとして利用されず、軍事利用されていることを悲しんでいる。
もしくは不機嫌になっている。
そうでなければ貴様は今も、ISを作っているはずだ。
自分の想定した目的のために、自分の作った道具を正しく使われて嫌な思いなどしないからな。
だが、貴様は多数の人間が、自らの都合の良いようにしか道具を使わないことを、よく理解していただろうに。
本当に貴様が、ISを軍事利用されることを嫌うなら、初めから戦闘行動が取れないようにプログラムすれば良かっただろう。
軍事利用される可能性を知っていて、それでも戦闘行動が取れないようにプログラムしなかったくせに、貴様はまるで本当に悲しんでいるかのように不機嫌に振る舞う。
矛盾しているんだよ、お前の行動は。
俺は、ずっとISコアのプログラムを見てきた。
貴様の足跡を追ってきた。
貴様のことを、一技術者としては尊敬すらしている。
だが!
俺は、貴様のその行動が!貴様のその言動が!
大っ嫌いなんだよォ!」
ハア、ハアと、肩で息をしながら前を見る。
思わず感情的になっていまったが、これでいい。
俺はこいつが嫌いだ。
技術者としては本当に素晴らしく、ISコアの自律進化プログラムなどは本当に感動した。
ISを、本当にわが子のように思っていることは、ハードの丁寧なつくりと、ソフトウェアの端々から知っていた。
だからこそ、宇宙空間での活動用のマルチフォームスーツとして設計されているISに、武器や防具の拡張領域などという無粋なものがあるのか、本当に理解に苦しんだ。
武器拡張領域やシールドエネルギーなどといった、戦闘行動のためだけに設定されていたそれらは、宇宙空間での活動用に設計されていたプログラムに無理やり後付けされ、その素晴らしい在り方を歪められていた。
ISを認めなかった、その悔しさは容易に想像できるし、実際こいつはそんな想像上の悔しさなどとは比べ物にならないくらいの屈辱を味わったんだろう。
だが、それでも、これほどにまで大切に思っていたISを、こいつは、そいつらに認めさせるための道具として利用した。
罪悪感からか、絶対防御などという、搭乗者保護機能こそ付いているが、これも完全とは言いがたい代物である。
故に俺は、このクソ兎が嫌いだ。
これほど人類にとって素晴らしい発明を、こいつはあろうことか武器などという人の命を奪いかねないモノに落としたのだ。
そのくせ軍事利用されていることに深い悲しみを抱いている?
ふざけろ。
そう思いながら、クソ兎の方を見る。
俺の見たその表情は、悲しげに眉をひそめたものだった。