学年別トーナメントが中止になった。
やったあ、もうこれ以上、朝から晩まで打鉄とラファールの整備のお仕事しなくていいんやね!
ヒャッホー!
なんでも一年生の織斑教諭が担当するクラスの、ドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒのISが試合中に暴走。
原因は、ISに隠して入れられていたプログラム、″ヴァルキリー・トレース・システム″。
通称VTシステムである。
どうやら本来ならファーストシフトやセカンドシフトといった、自己進化の際にしか発生しない、IS本体の変形が突如発生。
溶け出したISはやがて、全盛期の織斑教諭とそっくりな姿へと変貌し、対戦相手であった織斑一夏君たちのペアを襲ったらしい。
っていうか、俺はその話を聞くまで、今回の学年別トーナメントがいつの間にかタッグトーナメントになっていることすら知らなかった。
何?
今年度のクラス対抗戦の時に謎のISが襲撃してきたことを踏まえて、アクシデントにも対応できるように?
中止になってしまった後に聞かされてもねー。
なんかね。
疎外感がすげーよね(´・ω・`)
まあ、今思えば2つ同時に借りられることが多かった気がしなくもない。
余裕無さすぎてあんまり覚えてないけど。
で。
トーナメントは中止にはなったけど、データ収集のために一回戦は必ずやるそう。
でもそれ、当然専用機持ち以外の生徒もやるんだよね?
お仕事けっこうあるじゃないですかやだー!
え、なに?
トーナメントが終わって一段落ついたら飲みにでもいこう?
だからもう少し頑張ってくれ?
軽く言ってくれますけどね、この二週間、どれだけIS整備してたか知ってます?
他の整備の人たちが、二人がかりで一台に一時間近くかかるところを、一人で延々やらされてたんですよ?
大体一台に30分、朝の9時から夜の10時まで、日曜日までトーナメント前で緊急解放しやがっ間違えた。緊急解放していただいたおかげで14日間。
しめて364台だよ!
ほぼ一年間の日数分やったんだよ!
それをもう少しだって?
冗談じゃない。
え、なに?
新しくできたバーに、良いボトルをキープしてある?
日本酒もうまい?焼酎もある?
…。
芋焼酎、ありますか?
ある。
ほう。
仕方ないなあ、全く。
今回だけですからね!
「…行ったか」
ふう。
真耶のやつに
「鹿波さんのストレスがかなりたまってきてまずいらしいので、織斑先生、もし見かけたら飲み会の話を振って下さい!
整備課の雰囲気が今かなりヤバいらしいです!
どれくらいヤバいって、皆さんかなりイライラしてらっしゃるのに、その皆さんが不満を言えないくらい鹿波さんから不機嫌オーラが見えるほどで、轡木さんに直談判するくらいヤバいらしいです!
美味しいお酒のお話すればなんとかなりますから!
飲み会の話は私が責任持ちますからぁ!」
と言われて、とりあえず了承したはいいが。
そもそも、教員の私と整備課の鹿波では、基本的に接点がない。
真耶はよく話をしているらしいが、一体どこで出会っているのか。
私と鹿波は同い年だが、いわゆる接点のない同僚にあたる。
私は普段なら教員室でスケジュール管理や講義のマスを割り振ったり、ああ、今度は臨海学校での校外実習があったな。
いつもやることと言えば、書類に振り回されたり、様々な国や政府との折衝などだ。
向こうはといえば、普段は訓練機の整備や点検、保守管理だから、活動する場所がそもそも違う。
しかも普段の業務はそれほど大変ではないと聞く。
私はいつも終業時間ギリギリまでやらねばならんというのに…。
それなのに、少しの間大変なだけで不機嫌だと?
そんな甘ったれは、少し灸をすえてやらねばなるまい。
そんな私が飲み会の話を振るだと?
了承した手前、真耶には悪いがもし会ったら一つ二つ、説教してやろう。
そう。
これは説教なのだ。
断じて私怨などではない。
そう意気込んでいた私だったが、鹿波の姿を見て声をかけた瞬間。
声をかけたことを後悔した。
返事が返ってこない訳ではない。
むしろ、話かけたらしっかりと対応してくれるし、言葉遣いは普段通り丁寧だ。
そう。
声に恐ろしいほどの迫力と、血走った目でなければ。
返ってくる返事の全てが重低音で、まるで底冷えするかのような、地獄の底からの呼び声ではないのかと思える。
普通にこちらを見ているであろう目は、眼力だけで人が殺せそうなほどの圧迫感を感じる。
そしてこのプレッシャー。
ISの世界大会でも、ここまでのものを感じたことはない。
少しでも怯めば、たちまちへたりこみたくなるほど。
なるほど、これはアカン。
ついそんな感想が出るほどまずい。
整備課から轡木さんに直談判が行く訳だ…。
いかん、何か…。
機嫌を損ねない何か、何かないか!
そこで私は真耶に言われたことを思い出す。
そうだ、飲み会だ!
飲み会をしよう!
今すぐとは言えないが、落ち着いた時にでも飲みに行こうじゃないか!
鹿波の目が、少しだけ興味をひかれたようにこちらをじっと見る。
真耶、私は、私はここからどうすればいいんだ!
教えてくれ!
真耶は私に、何も教えてはくれない。
飲み、飲み…。そうだ!
以前見つけた、少し洒落た感じのバーがある。
そこでどうだ!
なかなか良さそうなボトルをキープしてもらっている。
本当は少しずつ、一人で楽しむつもりだったが、仕方ない。
背に腹はかえられん…っ!
さっきよりも鹿波のやつの反応がいい。
もう少しか…?
日本酒も、焼酎もある!
日本酒は私も飲んだが、なかなかのものだった。
どうだ?
そう言うと、芋焼酎があるか聞いてきた。
その時の鹿波の顔は、まっすぐに見ても一応なんとか顔を逸らすことなく耐えられる程度にはなっており、当然私は力強く返事をした。
それじゃあ、楽しみにしてますね。
そう言って鹿波が背を向けて立ち去ったことを確認してから、私は大きく息を吐いた。
怖かった…。
私がここまでの恐怖を感じるとは…。
真耶や整備課の人達が、私や他の教員にまで連絡してきたときは何事かと思ったが。
なるほどこれは怖い。怖すぎる。
大袈裟な、とか、説教してやる!なんて思っていた自分をはっ倒してやりたい。
実際に闘えば負けるなどとは思わないが、私が呑まれるほどの迫力と、あの圧迫感は、心臓が弱い者なら死ぬのではないかとさえ思える。
とりあえず、真耶。
仕事は果たした。後は頼む。
教えてくれ!五飛!
誰か気付いたかしらん