ふと食堂に並ぶ恵方巻を見て気付く。
そうか。今日は節分である。
節分と言えば、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。
やはり多くの人は豆まきだろうか。もしくは、恵方巻だと答えるだろうか。
そういえば、あの豆、みんな自分の歳の数だけ食べてる?
俺はそんなの気にしないで食べてます。
喉乾くからね。しゃーなし。
豆まきといえば有名な「鬼は外、福は内」というかけ声がある。だが、俺は「鬼は外」は言わずに「福は内」だけとしている。
意外と同じような人はいるかもしれないね。
俺が「鬼は外」を言わなくなったのは、前世の小学生の頃だ。当時、幼稚園や保育園の隣には、児童館とか児童センターと呼ばれる遊ぶ場所があった。
その土曜日とかには、絵本の読み聞かせがあったのだ。その時に、『ないたあかおに』という本があった。
あらすじとしては、人間と仲良くなりたい赤鬼がいた。しかし立て札で人間に呼び掛けても、誰も警戒して寄って来てくれない。
そして赤鬼は、その立て札を壊してしまうのだ。
赤鬼には、友達の青鬼がいた。その青鬼がある日、赤鬼にこんな提案をしたのだ。
「ぼくが人間を襲う、悪い鬼になる。だから赤鬼、きみは、人間を守るんだ。
そうすれば、きみは人間を守る良い鬼として、人間と仲良くなれるよ」
そして計画の通り、青鬼は人間を襲った。そして赤鬼は人間達を守り、人間と仲良く過ごすのだ。
それから人間達と過ごす赤鬼だが、それ以来青鬼は一度も赤鬼の家に来ない。
しかし赤鬼は、青鬼にお礼を言いたかった。
そしてある日、青鬼の家に行くと、戸は閉まり、こんな張り紙がしてあるのだ。
「赤鬼くん、人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。それで、ぼくは、旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。さようなら、体を大事にしてください。ぼくはどこまでも君の友達です」
そして赤鬼はその張り紙を何度も何度も読み返し、涙を流した。
それ以来、赤鬼は、青鬼に再会することはなかった。
細かいところは違うかも知れないが、おおよそこんな感じだったはずである。
当時、俺は幼心に青鬼の優しさに涙し、それ以来俺は、いつ青鬼が自分たちと触れあったりしたくなっても良いように、二度と「鬼は外」とは言わなくなったのだ。
え?
赤鬼?
あいつは自分の望みが叶ったんだからいいだろ。かわいそうなのは赤鬼じゃない、青鬼だろ。
正直、あの絵本の本当の主役は青鬼だと思っている。あんな良い奴は、なかなか居ない。
俺も当時、超ぼろ泣きした覚えがあるからな。相当なショックだったんだろう。
というか、転生しても本当に大事な事は、案外忘れていないもんだ。
人生と言われるアニメとかな。
あれは泣いた。めっちゃ泣いた。良い歳した大の大人が大号泣した。あれはafter story(2期)が良いんだよ…。親父ィ…。
今でも勧めてくれた友人には感謝している。まあ、前世でも高校卒業後は会うことは叶わなかったが…。
ともかくそんな理由があり、俺は豆まきをしても絶対に「鬼は外」は言わないのである。
まあでも、最近は豆まきすること自体ないが。
そんな益体もないことをつらつらと考えながら、とりあえず5本ほど適当に恵方巻を購入。
わりと1本1本が長い上に太いので、食べ応えがありそうだ。
とはいえ俺は、海鮮系なら3人前くらいならぺろっと入るので大丈夫。
ちなみにステーキだと1.5人前くらいで限界。胃もたれすんねん。
現在時刻は午後4時過ぎ。整備庫でISコアいじって遊んだ後ででも食べよう。
そんなことを思いながら食堂から整備庫に戻ってくると、今日もプログラムを組み立てる水色の髪の女子生徒。また髪の話してる…。
この時間に整備庫にいて、しかもプログラムをやってる子なんて限られている。ゆえに俺は、気軽に声をかけた。
「簪ちゃんお疲れー」
「あ…。お疲れ様です」
こちらを振り向いて軽く頭を下げてくる簪ちゃん。いつも礼儀正しいこの子のことは、割りと嫌いじゃない。
「今日もプログラムの組み立て?打鉄弐式、だっけ」
「はい。鹿波さんのおかげで、だいぶ出来てきたんです。
まだまだ調整とかはありますけど、もう少しで完成しそうなので…」
「はは、僕が手伝ったのはほんの少しだけだよ。
打鉄弐式を完成間近までもってきたのは、ひとえに君の頑張りだよ」
「あ、ありがとうございます…」
そういって、少し照れたように下をむく簪ちゃん。
あぁ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~!
ま、それはさておき。
「うん、お疲れ様。あ、でもちゃんと休憩は取らなきゃダメだよ?」
以前は初めて俺が声をかけるまで、この子は鬼気迫る迫力で、毎日整備庫を閉める時間ギリギリまでこのISを組み立てていた。
さすがにちょっと根を詰めすぎなので注意したのだが、最初は無視していた。
けど、限界が訪れたのか、言い返してきた時がありまして。
あなたに私の何が分かるんですか…!とか、涙を浮かべながら言われた時は焦った焦った。
下手に他の人に見つかったら、俺が泣かせた奴になっちゃうからね。
正しいか正しくないかじゃなくて、泣かせた奴が悪いって本気で言ってくる奴が俺は心底嫌いです。ざけんな。
泣いてるやつが悪いのに謝れとか言ってくる奴本当ひで。
前世でも小学生の頃にあったなあ…。
親のことをバカにしてきて、二回も三回も同じことをしてくるクソガキ共が居てね。
仏の顔も三度までっていうし、父親も何回かは我慢しろっていうから耐えてきたけど、あんまりにも言ってくるものだから、
それ以上言うなら殴るからね、と親切にも注意してやったのだ。
まあ、それで止まらなかったので全員の腹に一発ずつかましてやったのだが。
で、泣き出した奴もいたけど、まだこっちは謝ってもらっていないので、訂正と謝罪を要求したのだが。
泣いてるから話になりやしねえ。
しかも殴られたやつの一人が先生呼んでくるし、こっちがなんどクソガキ共に謝罪を要求しても結局謝ってこなかった。
他の生徒の奴らも、事情を知らないくせして俺に謝れ謝れ言ってくるし。
あれは本当に腹立った。
その後、俺とクソガキ3人は先生に呼び出され、先生が事情を全員に聞いた。
当然その3人は俺に殴られた、としか言わないから、そもそもの発端からすべて事情を説明。
その後、先生が俺にクソガキ3人に謝ることを要求してきたので、俺氏プッツン。
というかこれ、あなた(先生)の監督不行き届きですよね?俺は謝りませんよ。こいつらが謝るまでは死んでも謝りません。両親を呼びたければ呼んで下さい。事情を説明しますから。警察呼びたいなら呼んで下さい。自分の行動の責任くらい取ります。
俺の行動は正しくなくても、俺は恥ずべきことはやってない!
なんて感じのことを教師に全部ぶちまけたら、あんたは先に教室に戻ってて。
なんて言ってきた。
その、人をなめた態度を取る先生も、からかってきたくせして自分がやられたら泣くクソガキ3人も、全部が敵だと思った。
そんな子供時代を過ごしたせいか、俺は前世も今生もひねくれまくりである。
でもお天道様に顔向け出来ないようなことはやってないと自信をもって言えるし、数こそ少ないけど頼りになる友人や親友もいた。
そんな満足した人生で大往生したんだから、転生するなんて夢にも思ってなかったわけだが。
話がそれた。
なんだっけ。
そうそう、何が分かるんですか…!って言われたところからだね。オーケーオーケー。
君が頑張ってることとかくらいしか知らないけど、君が頑張りすぎて倒れたとして。
その時に無駄になった時間のこと考えてる?
ちゃんと無理なく計画的に進めて、仮にアクシデントがあってもちゃんと復元できたりするようにバックアップとったりすることとかの方が大事じゃないの?
別に君がそれでいいなら良いけどさ。僕が損する訳じゃないし。
でも、もっと人を頼ること覚えなよ。
こんな感じに突き放した記憶がある。
いやー、さすが俺ってば冷血漢だね。
そこに痺れる憧れるゥ!(憧れない)
で、その後もギャンギャン言ってきたら関わらないでおこうと思ったんだけど、突然静かになって、ポツリ。
「人を頼ったって…、誰も手伝ってくれなかったらどうすれば良いんですか…」
そういってポロポロ涙を流しだす簪ちゃん。
当時は知らなかったけど、倉持技研の人たちになんとかアポとろうとしたらしい。でも誰も応じてくれなくて、今度はお姉ちゃんを頼ったけど、ここでも「あなたは役立たずでいい」と言われ。
それでも健気に自分の力で…!ってなってたところに、この俺の心ない言葉である。
そら心折れるわな…。
多分倉持はその時は既に一夏君の白式の方に力を割いていたのだろう。
お姉ちゃん、つまり更識楯無がそのセリフを言ったのは、原作ではそのタイミングじゃなかったと思うんだが…。
俺か?俺が転生したことによる、バタフライエフェクトか?
まあそんな風に泣き出したので、仕方なく、本当に仕方なくしぶしぶハンドタオルを渡し、しょうがないので話を聞き、関わってしまったからには自分一人で頑張れるようになるまで付き合ってあげることにし、わからないと言うところをぶっきらぼうに教えていたらーーー。
まあ、少しは会話する程度の仲になった。
え?
そこは仲良しとか、ヒロインとして落とすところって?
残念でした。
そもそも24歳が高校生口説いたらアカンやろ。
しかも俺は一夏君のような主人公体質ではない!
ニコポもなければナデポもない!
あるのはアンサートーカーという名のチート(ただし戦闘能力は皆無)と、この俺のひねくれ魂くらいなもんだ。
「ふふ、さすがにもうそんなことしませんよ。また鹿波さんに怒られちゃいますから」
そういってこちらにウィンクする簪ちゃん。
お茶目なのは姉妹そろってかー…。
「まあそれだけ気をつけてくれたら良いよ。今日もギリギリまでやっていく?」
「そうですね…。そのつもりです」
「オッケィ」
そう言って立ち去ろうとしたところで声をかけられる。
「あの、鹿波さん」
「ん?」
なんじゃらほい。
「今日アリーナで何かイベントをやってるらしいんですけど…知ってますか?」
「なにそれ初耳」
なんだか面白そうな予感。
「私も詳しいことは知らないんですけど、何か争奪戦…?をやっているらしいです」
「用事が出来た」
これはこの目で見に行かねばなるまい。
野次馬根性が騒ぐのう!
「更識さん、ありがとう。それじゃ!」
「あ…」
そう言って、足早に整備庫を去る。
イベントが俺を呼んでいるぞう!
「…簪でいいのに」
そんな不満げな呟きは、誰の耳にも届かず消えていった。
さて、ところ変わってアリーナでは、いくつもの机の上に、大豆の敷き詰められた皿と空の皿、そして箸がセットになって、いくつも用意されていた。
そしてその会場には、一学年の人数は居ようかというほどの女子生徒が。
アリーナ前方の壇上には、ぐるぐる巻きにされて転がされている織斑一夏君と、IS学園生徒会長更識楯無の姿があった。
楯無の上にはでかでかとした文字で
「織斑一夏君との一日交際券争奪戦!!」
と書かれており、その会場にいる女子生徒たちは、皆瞳にやる気の炎を燃え上がらせていた。あ、ちらほらと原作ヒロイン達の姿が見られます。
セシリアにラウラ、隣にはシャルロット。
また少し離れたところには箒の姿が。あれ、ちっぱい鈴さんは…?
あ、いました!背も低くて胸も小さいため、少々見つけにくかったようです!
(悪意のあるナレーション)
なぜかアリーナ右側、壇上から見て左側には織斑教諭、山田先生の姿もあり、それはあたかもこのイベントが学校公認であるかのような印象をもたらしている。
ちなみに織斑先生は赤色無地の半袖のTシャツに、下はいつもの黒ストッキング。ただし珍しくトラ柄のホットパンツを穿いており、いつもよりもラフな印象を与えている。美人。鬼をイメージしたのかな?
山田先生は緑色の半袖Tシャツ。下は膝下くらいまでの黄色いカーゴパンツである。
その豊かな双丘は立派に自己主張しており、男子生徒がこの場に居れば間違いなくチラチラと見てしまうに違いない。
しかし憐れ、IS学園唯一の男子生徒は今なお壇上で簀巻きにして転がされている。
(※この時空は本編時空とは一切関係ありません)
さて、時刻は午後5時になろうというところ。
壇上にいた楯無が、マイクを持って口を開く。
「あーあー、テステス。うん、さすが虚、いい仕事ね!
さて皆!分かってる人が多いと思うけど、ルールの確認よ!
ルールは簡単!
片方のお皿の上には30粒の福豆があるわ!30粒の福豆全部を、もう片方の空いてるお皿に移し替え!
ただしお箸を使わないで移し替えたらその時点で失格!
今日は節分にちなんで、織斑先生と山田先生にお仕置きされます!」
その瞬間、キャー!!という大歓声が沸き起こる。君たち、織斑先生に構ってもらうために来たの?
「さて、今回のこれはタイムアタック形式!
一番タイムの短かった人にはなんと!じゃんっ!」
そう言って何かチケットのようなものを掲げる楯無。
「賞品として、織斑君との一日交際券をプレゼントー!」
先ほどよりも更に大きな歓声があがる。
原作のヒロインたちは静かに、しかしたしかな闘志を燃やしながら、既に箸を構えている。
ちなみにこのチケット。
織斑先生からは了承済み。
織斑一夏君本人には無断である。
つまり、織斑一夏君は気付いたらぐるぐる巻きにされて連れ去られ、現在進行形で被害に遭っているのである。憐れ。合掌。
「!?」
なんてリアクションをとっている織斑一夏君。
彼は犠牲になったのだ…。
「さて皆、準備はいいかしら!?
午後5時になったら始めるわ!カウントは10秒前からよ!
…ん、そろそろね、いくわよ!」
「10!
9!
8!
7!
6!
5!
4!
3!
2!
1…
スタートぉ!」
楯無の合図を皮切りに、女子生徒達は次々に豆を移し替えていく。
ちなみに溢したり、運んでいる途中で落としたら失格である。
海外から来ている生徒達、それも特に一年生達はまだ箸を上手く扱えていない者もいて、どんどん差が開いていく。
さて、そんなデッドヒートを繰り出している生徒達に隠れて、こっそりころころ転がって逃げようとしている者がいる。
織斑一夏君である。
彼からしてみれば、突然楯無に拘束されたと思ったら、いつの間にか自分との一日交際の権利が勝手に賞品にされているのである(しかも姉公認)。
逃げる判断をするのは早かった。
しかし自分はステージの壇上にいて、簀巻きの状態で転がったら落ちる。
だが、今ならステージのふちまで行って、ゆっくり足から落ちることが出来れば、あとは生徒達を見ている楯無、裏切りものの自らの姉たる千冬姉、そして山田先生にされ気付かれなければなんとかなる。
幸いにして、教師二人の後ろの扉は全開になっている。
どうか気付かれないことを祈りつつ、ステージから足をそっと降ろそうとした、まさにその時!
「あっ、織斑君危ない!」
そういって山田先生がこちらへ走ってくる。それも、ステージに全速力で、スピードを落とす気配もなく。
「あっ」
ビターン!
気付いたときにはもう遅く、山田先生とぶつかり、頭から床に落ちていた。
その床はほのかに暖かく、とても柔らかい何かに包まれているかのような感じで、わずかに上下している。
しかいは緑色一色に染まりーーーーー、
緑色?
「あ、あの、織斑君、その、私とあなたは生徒と教師であってですね、その、そういうのは禁断の関係というか、えっとーーー」
「すいませんっしたぁ!」
山田真耶先生の柔らかく巨大な胸部に顔を埋めたまま全力で謝る一夏少年。簀巻きにされてるからね、仕方ないね。
しかし周りはそうは思わなかったのか。
いや、まるでこれこそがいつもの光景であると言わんばかりに、
その後、悲痛な悲鳴がアリーナじゅうに木霊したのは、いつものことであったとな。
合掌。
ちなみに織斑先生は守ってくれませんでしたとさ。
ファッキューチッフ。
はい、後半は原作を意識した内容にして見ました。
今回の話は五時間もかかることになりましたので、楽しんでいただければ幸いです